龍の恋歌
――でんでらりゅうば
――でてくるばってん
――でんでられんけん
――でーてこんけん
――こんこられんけん
――こられられんけん
――こーんこん
岩山に住む少年―虎太郎は、大きな猪の死体を引きずりながら、歌の聞こえた方に向かう。
そこには、神社があり、屋根の上には寂しい顔をした龍の女がいた。
――何、その歌。
――でんでらりゅう。
――楽しい？
――ううん。
――じゃあ、なんで歌ってるの？
――やることがないの。
――お姉ちゃん、引き籠もりなの？
――ち、違うよ。
――じゃあなんなの？
――……何なんだろう？
龍の女と、人間の少年はお互い首を傾げる。
――あ、俺帰る。
――うん、さよなら。
――さよならなんて、寂しいよ。
――んー。
――またねー。
――うん、またね。
龍は手を振って、少年を見送った。
またね。
その言葉が、記憶へ鮮明に残った。
＊＊＊
年月は経ち。
成長し、背も伸びた虎太郎はいつものように岩山の山頂にある神社にやって来た。
「龍妃！」
「あ、虎太郎君」
神社の中から、龍の女性が現れた。
虎太郎が近づくと、龍妃と呼ばれた女性は彼の身体に抱きつく。
「ちょ……いつものことだけどさ、ガキ扱いすんなよなっ」
「え？ だって虎太郎君、ギューッてするの、好きでしょ？」
「いつの話だよ！？」
「そんなこと言って、抵抗してないよ？」
龍妃は虎太郎の頭を撫でて、名前の通り虎のように唸る青年を宥めた。
彼女、龍妃は虎太郎よりも何十倍、もしかすれば何百倍かもしれない年月を生きている。
だがそれを気にしておらず、このようにして構ってくれることが、彼女は嬉しく思う。
「虎太郎君、まるで子猫みたいで可愛いし」
「バッ、弟とかにしてくれよ」
「お婆ちゃんくらい、歳が離れてるのに？」
「そんなん、珍しくもないだろ」
「うーん……でも、可愛いから子猫！」
「やーめーろー」
ついには頬摺りが始まる。
だが虎太郎も嫌ではないようで、しばらく龍妃に頬摺りされながら、頭を撫でられる。
だが足音がした瞬間、虎太郎は急いで龍妃から離れた。
龍妃は少し不満げな顔をしていた。
後でやってもいいから今は我慢しろ、と言われたので我慢して、足音がした方を見る。
「あ、人間だ」
「え、人間？」
そこに、人間が歩いてきた。
貴族なのだろうか、豪華な喪服を着ていて、頭には烏帽子をかぶっている。
かなり身体が太く、汗が滝のように流れている。
「龍妃、俺の後ろにいて。もしかしたら、急に襲ってくるかもしれない」
「……うん」
人間だというのに、遥かに強い龍の自分を守ってくれるという行為に対し、龍妃は嬉しくてたまらない。
あえて不安そうに、手を出すと握ってくれることも嬉しかった。
「あ、あれえ？ 二匹も魔物がいたと、思ったのでおじゃるが」
龍妃は首を傾げ、虎太郎の顔を見る。
確かに中性的な顔立ちの上に、髪が寝癖で耳のような形になっているので、遠目から見れば、魔物や女の子に見えなくもないが。
彼女には慣れ親しんだ顔だし、何より彼の内面も知っていた。
「まあよい。妖怪にお供どもは襲われたが、こんなところで龍を見つけられるなんて、誠に幸運でおじゃる」
「龍妃が狙いかよ」
「虎太郎君……」
「大丈夫だっつの。いざという時は、神社に籠もれよ」
いざという時は、自分が持つ最強の妖術で貴族を叩きのめそうと思いながら、適当に返事をしておく。
赤ん坊の頃親に捨てられ、この山に住むウシオニに育てられた虎太郎がただの人間に負けることも、恐らくないだろうが。
「まずはそなたの首を斬ってやるでおじゃる！」
「あっ、そ！」
虎太郎は近くの石を持って、貴族の方に投げた。
石は貴族の頬を掠り、そのまま木に当たると、大きな音を立てながら木が倒れる。
「……うん、次は」
「うわあああん！ は、母上ぇえええええ！」
男は刀を振りながら、山道を駆け下りていく。
それを見ながら、虎太郎は少し大きめの石を置いて、龍妃の方を見る。
「大丈夫か」
「うん、虎太郎君がしっかり守ってくれてたから」
「それならよか……。あ、悪い、ずっと手繋いでたな」
虎太郎は手を離そうとするが、龍妃は彼の手を掴んで離そうとしない。
「もうちょっとだけ繋いでて、ね？」
「……仕方ねえなあ、もう」
「ふふふっ」
＊＊＊
夜になってもなかなか手を離さず、龍妃はさらに虎太郎へ下半身を巻き付けてきた。
「ねえ、いい加減……」
「人間がまた来たら、どうしよう……怖いの」
「ま、まあそれなら仕方ないな……」
目薬で作った涙を見せながら龍妃が言うと、ばつが悪そうな顔になり、虎太郎は無抵抗になる。
龍は隙あり、とばかりにさらに寄り添う。
「あ、あのさ、あまり密着されると、その……」
「密着されると？」
「その、なんだ……」
「んー、はっきり言わないと伝わらないよ？」
虎太郎が何を言いたいのか、龍妃はわかっている。
困惑している虎太郎の顔が可愛いので、ついつい意地悪くしてしまうのだ。
「む、胸が当たってるから……離れて……」
「気にしないよ」
「俺が気にするんだって！」
「嬉しくないの？」
「いや、嬉しいけど、なんてゆうか……。やっぱり俺みたいな……ウシオニと人間の半人半妖（ジパング風に言うインキュバス）だとさ、大妖怪つか神様に近い龍妃じゃ、釣り合いが……」
「大丈夫だよ、私は虎太郎君が大好きだから」
いつも言われる事だが、年頃の虎太郎はさらに困り顔になり、よく熟れた林檎のように顔が真っ赤になる。
小さい頃は、こんなことを言われようが気にもとめなかったというのに。
「う、うん、俺も、り、龍妃が好き」
「えへへ、私もっ」
龍妃はさらに巻き付きを強くする。
普通の人間なら、肋骨あたりが折れていそうな巻きつきである。
虎太郎は慣れているし、何より幼少時代、ウシオニの血を浴びて普通の人間ではなくなっているので、龍妃の方も逃げ出せない程度にまでなら巻きつけれるのだ。
しばらく、無言のまま二人は星空を見ていたが、「そういえばさ」と、虎太郎が沈黙を破った。
「龍妃と初めて会った時、なんの歌を歌ってたんだ？」
「でんでらりゅう。確か、南の方の童謡」
「どんな歌だっけ？ でんでらりゅうば、でてくる……」
「えっと、こうだよ」
――でんでらりゅうば
――でてくるばってん
――でんでられんけん
――でーてこんけん
――こんこられんけん
――こられられんけん
――こーんこん
「ああ、そうそう」
「住処から出たくない、そんな歌」
「昔の龍妃みたい」
「そ、そうかな」
「俺が言っても、神社の敷地から出ようともしなかったじゃん。まあ、今もそうだけど、つか呼ばないと神社から出ないようになったけど」
「言わないでよそういうこと！」
今度は次は龍妃が顔を真っ赤にする。
これは虎太郎とは別の恥ずかしさからだが。
「ごめんごめん。ま、俺も最近、一人で都に行けるようになったけど、この山から離れて暮らしたくない」
「やっぱり、お母さんがいるから？」
「まあ母ちゃんはウシオニだから一人にすると心配だし、兄弟たちもまだチビだからね。そ、それもだけど何よりさ……」
虎太郎は龍妃の異形といえる、龍の手を握る。
そして、赤が抜けない顔で、こう言った。
「龍妃ともっと、い、一緒にいたいんだ」
しばらく龍妃は呆けてしまったが、微笑んで、
「私も虎太郎君とずっと一緒にいたいよ」
二人はさらに近づいて――。
＊＊＊
龍妃はあの日、本当ならばすぐにでも神社から出たかった。
長年の間、彼女はとある有名な神社で、神獣として崇められていたが、外の国からの力で、半身女性と化してしまった彼女に、今まで敬っていた人間達が、好奇の目で見てきたのだ。
彼女には耐えきれず、妖怪だらけの岩山の神社に住み着いたのだが、今度は全く人が来ない。
それも嫌で、旅に出ようかと思った時――彼、少年時代の虎太郎に会った。
またねと言われてしまい、元から責任感の強かった龍妃は、翌日も神社で彼と会い、そしてまたと。
何年も繰り返している内に、龍妃はここから出ようとゆう気持ちは一切なくなっていた。
そしてしばらく前に、二人は交わった。
龍妃が誘惑し、ほとんど彼女が先導してやったが、お互い離れたくない、そんな気持ちは伝わったのだ。
＊＊＊
しばらくして。
龍妃は虎太郎と交わった後、ぐったりしながらも幸せそうに、彼の身体にすり寄る。
「私は、虎太郎君だけの神様だからね」
疲れきって眠る虎太郎に聞こえているかはわからないが、これを言えれば彼女は満足だ。
最初は嫌だったこの身体も、今は彼と出会う為のモノだと思っているし、何より今が幸せならそれでいい。
「眠たいなあ……おやすみ、虎太郎君……」
龍妃は幸せのまま、だがそれを絶対に逃がさないように、虎太郎にキツく巻き付いて、夢の世界に誘われていった。
＊＊＊
――でんでらりゅうば
――でてくるばってん
――でんでられんけん
――でーてこんけん
――こんこられんけん
――こられられんけん
――こーんこん
こんな歌がたまに、妖怪が蔓延る岩山から、楽しげな歌声で聞こえてくる。
それはある地域の童謡だが、これを歌っている者はそうは思っていない。
恋人とこの山からは出たくない、そんな気持ちをこめて、その神社に住む龍は今日も歌っている。
（完）
――でてくるばってん
――でんでられんけん
――でーてこんけん
――こんこられんけん
――こられられんけん
――こーんこん
岩山に住む少年―虎太郎は、大きな猪の死体を引きずりながら、歌の聞こえた方に向かう。
そこには、神社があり、屋根の上には寂しい顔をした龍の女がいた。
――何、その歌。
――でんでらりゅう。
――楽しい？
――ううん。
――じゃあ、なんで歌ってるの？
――やることがないの。
――お姉ちゃん、引き籠もりなの？
――ち、違うよ。
――じゃあなんなの？
――……何なんだろう？
龍の女と、人間の少年はお互い首を傾げる。
――あ、俺帰る。
――うん、さよなら。
――さよならなんて、寂しいよ。
――んー。
――またねー。
――うん、またね。
龍は手を振って、少年を見送った。
またね。
その言葉が、記憶へ鮮明に残った。
＊＊＊
年月は経ち。
成長し、背も伸びた虎太郎はいつものように岩山の山頂にある神社にやって来た。
「龍妃！」
「あ、虎太郎君」
神社の中から、龍の女性が現れた。
虎太郎が近づくと、龍妃と呼ばれた女性は彼の身体に抱きつく。
「ちょ……いつものことだけどさ、ガキ扱いすんなよなっ」
「え？ だって虎太郎君、ギューッてするの、好きでしょ？」
「いつの話だよ！？」
「そんなこと言って、抵抗してないよ？」
龍妃は虎太郎の頭を撫でて、名前の通り虎のように唸る青年を宥めた。
彼女、龍妃は虎太郎よりも何十倍、もしかすれば何百倍かもしれない年月を生きている。
だがそれを気にしておらず、このようにして構ってくれることが、彼女は嬉しく思う。
「虎太郎君、まるで子猫みたいで可愛いし」
「バッ、弟とかにしてくれよ」
「お婆ちゃんくらい、歳が離れてるのに？」
「そんなん、珍しくもないだろ」
「うーん……でも、可愛いから子猫！」
「やーめーろー」
ついには頬摺りが始まる。
だが虎太郎も嫌ではないようで、しばらく龍妃に頬摺りされながら、頭を撫でられる。
だが足音がした瞬間、虎太郎は急いで龍妃から離れた。
龍妃は少し不満げな顔をしていた。
後でやってもいいから今は我慢しろ、と言われたので我慢して、足音がした方を見る。
「あ、人間だ」
「え、人間？」
そこに、人間が歩いてきた。
貴族なのだろうか、豪華な喪服を着ていて、頭には烏帽子をかぶっている。
かなり身体が太く、汗が滝のように流れている。
「龍妃、俺の後ろにいて。もしかしたら、急に襲ってくるかもしれない」
「……うん」
人間だというのに、遥かに強い龍の自分を守ってくれるという行為に対し、龍妃は嬉しくてたまらない。
あえて不安そうに、手を出すと握ってくれることも嬉しかった。
「あ、あれえ？ 二匹も魔物がいたと、思ったのでおじゃるが」
龍妃は首を傾げ、虎太郎の顔を見る。
確かに中性的な顔立ちの上に、髪が寝癖で耳のような形になっているので、遠目から見れば、魔物や女の子に見えなくもないが。
彼女には慣れ親しんだ顔だし、何より彼の内面も知っていた。
「まあよい。妖怪にお供どもは襲われたが、こんなところで龍を見つけられるなんて、誠に幸運でおじゃる」
「龍妃が狙いかよ」
「虎太郎君……」
「大丈夫だっつの。いざという時は、神社に籠もれよ」
いざという時は、自分が持つ最強の妖術で貴族を叩きのめそうと思いながら、適当に返事をしておく。
赤ん坊の頃親に捨てられ、この山に住むウシオニに育てられた虎太郎がただの人間に負けることも、恐らくないだろうが。
「まずはそなたの首を斬ってやるでおじゃる！」
「あっ、そ！」
虎太郎は近くの石を持って、貴族の方に投げた。
石は貴族の頬を掠り、そのまま木に当たると、大きな音を立てながら木が倒れる。
「……うん、次は」
「うわあああん！ は、母上ぇえええええ！」
男は刀を振りながら、山道を駆け下りていく。
それを見ながら、虎太郎は少し大きめの石を置いて、龍妃の方を見る。
「大丈夫か」
「うん、虎太郎君がしっかり守ってくれてたから」
「それならよか……。あ、悪い、ずっと手繋いでたな」
虎太郎は手を離そうとするが、龍妃は彼の手を掴んで離そうとしない。
「もうちょっとだけ繋いでて、ね？」
「……仕方ねえなあ、もう」
「ふふふっ」
＊＊＊
夜になってもなかなか手を離さず、龍妃はさらに虎太郎へ下半身を巻き付けてきた。
「ねえ、いい加減……」
「人間がまた来たら、どうしよう……怖いの」
「ま、まあそれなら仕方ないな……」
目薬で作った涙を見せながら龍妃が言うと、ばつが悪そうな顔になり、虎太郎は無抵抗になる。
龍は隙あり、とばかりにさらに寄り添う。
「あ、あのさ、あまり密着されると、その……」
「密着されると？」
「その、なんだ……」
「んー、はっきり言わないと伝わらないよ？」
虎太郎が何を言いたいのか、龍妃はわかっている。
困惑している虎太郎の顔が可愛いので、ついつい意地悪くしてしまうのだ。
「む、胸が当たってるから……離れて……」
「気にしないよ」
「俺が気にするんだって！」
「嬉しくないの？」
「いや、嬉しいけど、なんてゆうか……。やっぱり俺みたいな……ウシオニと人間の半人半妖（ジパング風に言うインキュバス）だとさ、大妖怪つか神様に近い龍妃じゃ、釣り合いが……」
「大丈夫だよ、私は虎太郎君が大好きだから」
いつも言われる事だが、年頃の虎太郎はさらに困り顔になり、よく熟れた林檎のように顔が真っ赤になる。
小さい頃は、こんなことを言われようが気にもとめなかったというのに。
「う、うん、俺も、り、龍妃が好き」
「えへへ、私もっ」
龍妃はさらに巻き付きを強くする。
普通の人間なら、肋骨あたりが折れていそうな巻きつきである。
虎太郎は慣れているし、何より幼少時代、ウシオニの血を浴びて普通の人間ではなくなっているので、龍妃の方も逃げ出せない程度にまでなら巻きつけれるのだ。
しばらく、無言のまま二人は星空を見ていたが、「そういえばさ」と、虎太郎が沈黙を破った。
「龍妃と初めて会った時、なんの歌を歌ってたんだ？」
「でんでらりゅう。確か、南の方の童謡」
「どんな歌だっけ？ でんでらりゅうば、でてくる……」
「えっと、こうだよ」
――でんでらりゅうば
――でてくるばってん
――でんでられんけん
――でーてこんけん
――こんこられんけん
――こられられんけん
――こーんこん
「ああ、そうそう」
「住処から出たくない、そんな歌」
「昔の龍妃みたい」
「そ、そうかな」
「俺が言っても、神社の敷地から出ようともしなかったじゃん。まあ、今もそうだけど、つか呼ばないと神社から出ないようになったけど」
「言わないでよそういうこと！」
今度は次は龍妃が顔を真っ赤にする。
これは虎太郎とは別の恥ずかしさからだが。
「ごめんごめん。ま、俺も最近、一人で都に行けるようになったけど、この山から離れて暮らしたくない」
「やっぱり、お母さんがいるから？」
「まあ母ちゃんはウシオニだから一人にすると心配だし、兄弟たちもまだチビだからね。そ、それもだけど何よりさ……」
虎太郎は龍妃の異形といえる、龍の手を握る。
そして、赤が抜けない顔で、こう言った。
「龍妃ともっと、い、一緒にいたいんだ」
しばらく龍妃は呆けてしまったが、微笑んで、
「私も虎太郎君とずっと一緒にいたいよ」
二人はさらに近づいて――。
＊＊＊
龍妃はあの日、本当ならばすぐにでも神社から出たかった。
長年の間、彼女はとある有名な神社で、神獣として崇められていたが、外の国からの力で、半身女性と化してしまった彼女に、今まで敬っていた人間達が、好奇の目で見てきたのだ。
彼女には耐えきれず、妖怪だらけの岩山の神社に住み着いたのだが、今度は全く人が来ない。
それも嫌で、旅に出ようかと思った時――彼、少年時代の虎太郎に会った。
またねと言われてしまい、元から責任感の強かった龍妃は、翌日も神社で彼と会い、そしてまたと。
何年も繰り返している内に、龍妃はここから出ようとゆう気持ちは一切なくなっていた。
そしてしばらく前に、二人は交わった。
龍妃が誘惑し、ほとんど彼女が先導してやったが、お互い離れたくない、そんな気持ちは伝わったのだ。
＊＊＊
しばらくして。
龍妃は虎太郎と交わった後、ぐったりしながらも幸せそうに、彼の身体にすり寄る。
「私は、虎太郎君だけの神様だからね」
疲れきって眠る虎太郎に聞こえているかはわからないが、これを言えれば彼女は満足だ。
最初は嫌だったこの身体も、今は彼と出会う為のモノだと思っているし、何より今が幸せならそれでいい。
「眠たいなあ……おやすみ、虎太郎君……」
龍妃は幸せのまま、だがそれを絶対に逃がさないように、虎太郎にキツく巻き付いて、夢の世界に誘われていった。
＊＊＊
――でんでらりゅうば
――でてくるばってん
――でんでられんけん
――でーてこんけん
――こんこられんけん
――こられられんけん
――こーんこん
こんな歌がたまに、妖怪が蔓延る岩山から、楽しげな歌声で聞こえてくる。
それはある地域の童謡だが、これを歌っている者はそうは思っていない。
恋人とこの山からは出たくない、そんな気持ちをこめて、その神社に住む龍は今日も歌っている。
（完）
13/07/28 00:11更新 / 二酸化O2