第二話「ラブストーリーはマッハ2・3で突然に」
翌日。
天香は風香の車に乗って自宅より自宅らしい家である、祖父母の家に向かっていた。
「ちゆりさん……はぁ〜……」
「うん、少し天香が気持ち悪くなったこと以外は平気。……まあ、ウザいようならアルバイト行かせて大丈夫だから」
「ちゆりさん、どこにいる人なんだろう……」
「知らない、突然。うん、うん、とりあえず今も気持ち悪いけど大丈夫」
「あ、叔母さん! ここでいい!」
「え? ああ、わかった」
風香の車から素早く降りると、走ってとある民家へ向かっていく。
その民家には「染山」と表札が掛かっており、その下にあるインターホンを何回も鳴らす。
「ひーしぃぎぃい! ついでにシュゥーン!」
そう叫んだ数十秒後、ゆっくりと扉が開けられ、そこの間から不機嫌そうな表情をした青年が覗いてくる。
「誰かと思ったらヨッシー……。なんだよ、昨日シュンに血抜かれて貧血気味なんだよ、朝から暑いし」
「テンション低いな、ひしぎ! 俺はこんなに元気モリモリなのにさ!」
「……タケリダケでも食べたの? 童貞なのにお盛んだね、それじゃ」
顔色も悪く、眠そうな隈が不気味にさせている長身の青年――天香の幼馴染でもある、染山ひしぎはそう言いながら扉を閉めようとする。
「待て待て待て待て!! 幼馴染が疑問を抱えてきたんだぞ!」
「疑問? どっかしたの?」
「聞きたいことがあってな」
「そう……まあ、入って」
「サンキュー!」
***
「よっすシュン!」
「黙れ」
「えぇー!?」
染山家のリビング、と言うより畳が広がった居間。
そこで朝食だろうか、白米と味噌汁、野沢菜と卵焼きの並んだ机の前に座った黒長髪の魔物、ヴァンパイアでありひしぎの従妹である染川シュンが、そっぽを向いて冷たく言い放った。
「あー、ひしぎと従姉弟同士ラブラブ朝食だったんだな、ごめん」
「死んで詫びろ」
「そこまで!?」
「まあまあ、シュン、ヨッシーも悪気はなかったんだし。朝食も多い方が楽しいよ」
「うん、そうだな。ひしぎ、隣に来て」
「おい、なんだこの扱いの差」
「まあまあ……」
ひしぎに密着せんとばかりに近寄って黙々と出されたものを、シュンは食べ続ける。
「あ、そういえば聞きたいことって? 図書委員関係のこと?」
「いや、ちょっと気になる先輩がいるんだけど何年生かわからなくて」
「名前は? あ、麦茶貰うよ、シュン」
「うん、私も飲む」
「千住院ちゆりっていうんだけどさ、昨日喧嘩して気絶しちまったんだけど、その人が救急車呼んでくれたらしくて、ちょこっと話もできたんだけど」
「「ブッフ!!!」」
ひしぎとシュンが同時に天香へ麦茶を吹いた。
「きたねえ! 何すんだお前ら!?」
「ゴホッゴホッ! ヨッシーが予想外のこと言うからだよ!」
「ちゆりに気があるのね……」
「え? 何? お前ら知り合い?」
「知り合いも何も……。俺たち、生徒会の頂点、生徒会長その人だよ!?」
この二人は幼馴染でもあり、同じ学校に通う生徒だ。
集団行動の苦手な天香とは違い、従姉弟で図書委員会の委員長と副委員長をやっているのだが。
「せ、生徒会長なんていたのか……」
「普通いる」
「ヨッシー……」
「な、なんだよ! 生徒会入ってないから関係ないし!」
「でも生徒会長くらい知っとくべきだよ」
天香はそう言いながら、顔に付いた麦茶を出されたタオルを拭く。
ひしぎはため息を吐いて、ポケットからスマートフォンを取り出して操作すると、あるページを見せてくる。
「何だこれ?」
「生徒会のホームページ、会長のプロフィールが載ってるから」
「千住院ちゆり、高等部三年三組兼生徒会本部所属、帰宅部、十七歳」
「書いてはないけど千住神社の一人娘で、学年トップの成績保持者。去年はミスミネルヴァに選ばれた、絵に描いたみたいなヒロイン、みたいな?」
「大体そう」
「ほ、ほえー」
スマートフォンをしまって、ひしぎは天香を見据える。
「しかも彼氏は今のとこいない」
「マジで!? じゃあ、俺にもチャンスがあるのか!?」
「そりゃあね」
「でも付き合うのは無理」
「え、なんでさ」
「あー、ヨッシーは知らないか。うんとね、サッカー部の部長も野球部の部長も、ってかほとんどの付き合ってない男子がちゆりさんに最低一回は告白してるんだけどね」
「お、おう」
「みんな玉砕」
「ウッソ!?」
「ホント」
ひしぎは頷いてから、シュンを見る。
「シュンは?」
「ひしぎがいるから」
「もう、恥ずかしいなあ」
「おいバカップル! つーかなんで玉砕したんだよ!」
「ちゆりは恥ずかしがり屋」
「確かメアドもシュンしか持ってないんだっけ……」
「うん」
「RAINのIDも?」
「ううん、みんな知ってるけどすぐ退出してブロックしてる」
「どんだけシャイ!?」
シュンがしばらく考えて「うーん……」と腕を組む。
「とりあえず、一回告白して現実を見た方がいいかも」
「それって死ねってことか!?」
「ううん、玉砕して恋」
「慰めてからの恋なんて嫌だ!」
「こいのとこ恋ってわかるヨッシーにビックリだよ……」
「ちきしょー! お前ら幼馴染なのに何で応援してくれないんだ! もういい、お前らには協力してもらわねーからな!」
出ていく天香の目から涙があふれ出しているというのに、その幼馴染二人は手を振っていた。
最後は獣のように吠えて、玄関を出ていった。
「でも」
「ん?」
「ちゆりと少し話せたって、結構すごい」
意味ありげにシュンが微笑むと、黙って味噌汁を啜りだす。
ひしぎの方はどういうことかはわからず、ただ首を傾げ、吸血鬼の従妹の隣で白米を静かに食べ始めた。
***
それから時間は経って夕方。
散々泣いた後に疲れて眠った天香はすっかり元気になって、夕方からやっているハンバーガー店のアルバイトをしていた。
担当はバーガー作りだが、休日の夕方となるとカップルや家族連れが多く来るので、少しペースを上げながらの作業だ。
ちょくちょくウンディーネの店員が水を運んでくれたり、新入りのミノタウロスのバイトが作りすぎたポテトを食べながら、なんとかラッシュを乗り切って、午後八時。
「あー、疲れた」
肩を自分でほぐし、水を飲んでから一息つく。
九時までのシフトなので後一時間しかないのだが、五、六人はまだ来るだろうと思って、気は抜かずに警戒してポテトを頬張っている。
「しかし美味いなウチのポテト」
「最後まで芋たっぷりですもんね」
「最後まで芋じゃないフライドポテトって何だよ!?」
「あ、浮田っち浮田っち〜」
「あん?」
同期のサキュバスである増岡とコントを繰り広げていると、その彼氏である倉田がカウンターの方を指差した。
「んー、なんか浮田っち呼んでって言われた。龍の」
「ここよろしく!」
「早っ!」
期待と歓喜に満ちた表情でカウンターへ向かうと、そこには期待した通り――。
「こんばんわ、えっと、天香君」
「ひゃいっ! にょんにゃんわ!!」
声が裏返っている上に、噛みまくってすでに謎の言語になってしまった天香。
だが龍、ちゆりは微笑んだままスマホを取り出した。
「ね、病院じゃ忘れちゃったんだけど」
「はい? あ、ポテト美味しいですよね」
「え? あ、おいしいね……って、違うよ。あのね、天香君危なっかしいからメールアドレス交換しておきたいなあって思って」
「あ、わかりました、メアドの交換とスマイルはゼロ円ですんで」
「お金取るところあるの!? シュンから天香君のは聞いてるし、今から送るね」
「はーい」
出した天香の携帯電話が震え、ちゆりはうんうんと頷いてから手を振ってハンバーガー店を出た。
「今の子誰?」
「えー? うちの生徒会長」
「へえ……。あ、もう俺帰るからきちんとハンバーガー作ってくれよ」
「おーう」
フラフラ自分の持ち場へ戻り、しばらくは何もなかったのだが、あと五分というところでハンバーガーの注文が来た。
そこで天香は「きちんと」作ったはずなのだが。
「はえっ!? 浮田殿ォオオッ!? これはなんじゃ!?」
「はえ?」
そこには、ケチャップで大きく「愛・龍」と書かれたハンバーガーが、バイトリーダーであるファラオの夢崎の手にあった。
***
バイトから帰って、祖母祖父の寝室から聞こえる水音と喘ぎにうんざりしながらも、天香は携帯電話に充電器を差して、早速メールを打つ。
もちろん、送る相手はちゆりだった。
【バイト終わって帰って来ました!】
「送信っと……」
天香はそのまま待とうかとも考えたが、ちゆりの爪手を思い出し、あれではきっと打つのも遅いだろうと思い、ゲームサイトを開こうとした、その瞬間にメールを受信した。
【おかえり!寄り道してないんだ、偉いね!】
「当り前です、叔母さんも怖いんでっと……」
送信してまた三十秒後、また送られてくるメール。
【叔母さんって、あのドラゴンのナースさん?】
「はい、そうですよ」
【優しい人……ドラゴン?だと思ったんだけどなあ】
「いやいや、めちゃ怖いですって!」
【いつかお話してみたいかも】
「頭固いし、独身ですから話してもさほど……」
【えっ!?独身なんですか!?】
それから、夜中から夜明けまで他愛のないメールのやり取りをしたのだった。
だがいくら楽しくとも天香の方に限界が来たのか、「おやすみなさい」と打って、自分の布団へと倒れ込み、夢の世界へ引き込まれていった。
***
「おはよー」
「だ、大丈夫? ヨッシー、目の隈がすごい……」
「うーん、ちゆりさんとのメールでな」
「ちゆりのメールアドレス手に入れたんだ、おめでとう」
その日の昼。
ひしぎ、シュンと共にショッピングモールに向かって、全国チェーンの喫茶店スペクタルバックスでカフェオレを飲みながら、買った小説や漫画を見ていた。
図書委員会である二人は当然のことながら、本と言う物質が好きなのだ。
だが紙袋一杯まで買うのには天香は引かざる負えない。
「でもシュン、漫画は何を買ったんだ?」
「ん? ガッ○ュの原本……」
「まだあったのか……? ひしぎは?」
「スレイ○ーズ小説が出てたんだ、売ってたのとりあえず全部」
「マジで!? 後で見せて!」
「うん」
ひしぎが頷くと、残っていたカフェオレを全部啜る天香。
そして携帯電話を開いて、またちゆりへメールする。
「随分メールするようになったね、前まで俺たちと風香さんのアドレスしかなかったのに」
「うっせ、必要なかったんだっつーの」
「強がり」
「シュンはツンデレー」
「ひしぎ、竹刀二本」
「うん」
「ごめんなさい! 双剣道師範の孫娘に殴られたら死んでしまいます!!」
シュンへ平謝りをしていると、携帯がまた震えた。
開くと、どうやらちゆりからのようで、急いでメールを開く。
「……はい?」
「どうしたの、ヨッシー?」
「お、おぉおおお!? こ、これ!」
「『明日、屋上で待ってます』」
シュンがメールに書かれていた文章を読むと、天香は両手を上げる。
「俺にも……今は夏だけど! 春が来たぞーっ!!」
「シュン、会長の友達として言えることは?」
「生徒会の手伝いとか、そんなとこだと思う」
夢のない言葉は天香には聞こえず、ただただ彼は回って、これからの「春」を想像しながらうかれていたのだった。
天香は風香の車に乗って自宅より自宅らしい家である、祖父母の家に向かっていた。
「ちゆりさん……はぁ〜……」
「うん、少し天香が気持ち悪くなったこと以外は平気。……まあ、ウザいようならアルバイト行かせて大丈夫だから」
「ちゆりさん、どこにいる人なんだろう……」
「知らない、突然。うん、うん、とりあえず今も気持ち悪いけど大丈夫」
「あ、叔母さん! ここでいい!」
「え? ああ、わかった」
風香の車から素早く降りると、走ってとある民家へ向かっていく。
その民家には「染山」と表札が掛かっており、その下にあるインターホンを何回も鳴らす。
「ひーしぃぎぃい! ついでにシュゥーン!」
そう叫んだ数十秒後、ゆっくりと扉が開けられ、そこの間から不機嫌そうな表情をした青年が覗いてくる。
「誰かと思ったらヨッシー……。なんだよ、昨日シュンに血抜かれて貧血気味なんだよ、朝から暑いし」
「テンション低いな、ひしぎ! 俺はこんなに元気モリモリなのにさ!」
「……タケリダケでも食べたの? 童貞なのにお盛んだね、それじゃ」
顔色も悪く、眠そうな隈が不気味にさせている長身の青年――天香の幼馴染でもある、染山ひしぎはそう言いながら扉を閉めようとする。
「待て待て待て待て!! 幼馴染が疑問を抱えてきたんだぞ!」
「疑問? どっかしたの?」
「聞きたいことがあってな」
「そう……まあ、入って」
「サンキュー!」
***
「よっすシュン!」
「黙れ」
「えぇー!?」
染山家のリビング、と言うより畳が広がった居間。
そこで朝食だろうか、白米と味噌汁、野沢菜と卵焼きの並んだ机の前に座った黒長髪の魔物、ヴァンパイアでありひしぎの従妹である染川シュンが、そっぽを向いて冷たく言い放った。
「あー、ひしぎと従姉弟同士ラブラブ朝食だったんだな、ごめん」
「死んで詫びろ」
「そこまで!?」
「まあまあ、シュン、ヨッシーも悪気はなかったんだし。朝食も多い方が楽しいよ」
「うん、そうだな。ひしぎ、隣に来て」
「おい、なんだこの扱いの差」
「まあまあ……」
ひしぎに密着せんとばかりに近寄って黙々と出されたものを、シュンは食べ続ける。
「あ、そういえば聞きたいことって? 図書委員関係のこと?」
「いや、ちょっと気になる先輩がいるんだけど何年生かわからなくて」
「名前は? あ、麦茶貰うよ、シュン」
「うん、私も飲む」
「千住院ちゆりっていうんだけどさ、昨日喧嘩して気絶しちまったんだけど、その人が救急車呼んでくれたらしくて、ちょこっと話もできたんだけど」
「「ブッフ!!!」」
ひしぎとシュンが同時に天香へ麦茶を吹いた。
「きたねえ! 何すんだお前ら!?」
「ゴホッゴホッ! ヨッシーが予想外のこと言うからだよ!」
「ちゆりに気があるのね……」
「え? 何? お前ら知り合い?」
「知り合いも何も……。俺たち、生徒会の頂点、生徒会長その人だよ!?」
この二人は幼馴染でもあり、同じ学校に通う生徒だ。
集団行動の苦手な天香とは違い、従姉弟で図書委員会の委員長と副委員長をやっているのだが。
「せ、生徒会長なんていたのか……」
「普通いる」
「ヨッシー……」
「な、なんだよ! 生徒会入ってないから関係ないし!」
「でも生徒会長くらい知っとくべきだよ」
天香はそう言いながら、顔に付いた麦茶を出されたタオルを拭く。
ひしぎはため息を吐いて、ポケットからスマートフォンを取り出して操作すると、あるページを見せてくる。
「何だこれ?」
「生徒会のホームページ、会長のプロフィールが載ってるから」
「千住院ちゆり、高等部三年三組兼生徒会本部所属、帰宅部、十七歳」
「書いてはないけど千住神社の一人娘で、学年トップの成績保持者。去年はミスミネルヴァに選ばれた、絵に描いたみたいなヒロイン、みたいな?」
「大体そう」
「ほ、ほえー」
スマートフォンをしまって、ひしぎは天香を見据える。
「しかも彼氏は今のとこいない」
「マジで!? じゃあ、俺にもチャンスがあるのか!?」
「そりゃあね」
「でも付き合うのは無理」
「え、なんでさ」
「あー、ヨッシーは知らないか。うんとね、サッカー部の部長も野球部の部長も、ってかほとんどの付き合ってない男子がちゆりさんに最低一回は告白してるんだけどね」
「お、おう」
「みんな玉砕」
「ウッソ!?」
「ホント」
ひしぎは頷いてから、シュンを見る。
「シュンは?」
「ひしぎがいるから」
「もう、恥ずかしいなあ」
「おいバカップル! つーかなんで玉砕したんだよ!」
「ちゆりは恥ずかしがり屋」
「確かメアドもシュンしか持ってないんだっけ……」
「うん」
「RAINのIDも?」
「ううん、みんな知ってるけどすぐ退出してブロックしてる」
「どんだけシャイ!?」
シュンがしばらく考えて「うーん……」と腕を組む。
「とりあえず、一回告白して現実を見た方がいいかも」
「それって死ねってことか!?」
「ううん、玉砕して恋」
「慰めてからの恋なんて嫌だ!」
「こいのとこ恋ってわかるヨッシーにビックリだよ……」
「ちきしょー! お前ら幼馴染なのに何で応援してくれないんだ! もういい、お前らには協力してもらわねーからな!」
出ていく天香の目から涙があふれ出しているというのに、その幼馴染二人は手を振っていた。
最後は獣のように吠えて、玄関を出ていった。
「でも」
「ん?」
「ちゆりと少し話せたって、結構すごい」
意味ありげにシュンが微笑むと、黙って味噌汁を啜りだす。
ひしぎの方はどういうことかはわからず、ただ首を傾げ、吸血鬼の従妹の隣で白米を静かに食べ始めた。
***
それから時間は経って夕方。
散々泣いた後に疲れて眠った天香はすっかり元気になって、夕方からやっているハンバーガー店のアルバイトをしていた。
担当はバーガー作りだが、休日の夕方となるとカップルや家族連れが多く来るので、少しペースを上げながらの作業だ。
ちょくちょくウンディーネの店員が水を運んでくれたり、新入りのミノタウロスのバイトが作りすぎたポテトを食べながら、なんとかラッシュを乗り切って、午後八時。
「あー、疲れた」
肩を自分でほぐし、水を飲んでから一息つく。
九時までのシフトなので後一時間しかないのだが、五、六人はまだ来るだろうと思って、気は抜かずに警戒してポテトを頬張っている。
「しかし美味いなウチのポテト」
「最後まで芋たっぷりですもんね」
「最後まで芋じゃないフライドポテトって何だよ!?」
「あ、浮田っち浮田っち〜」
「あん?」
同期のサキュバスである増岡とコントを繰り広げていると、その彼氏である倉田がカウンターの方を指差した。
「んー、なんか浮田っち呼んでって言われた。龍の」
「ここよろしく!」
「早っ!」
期待と歓喜に満ちた表情でカウンターへ向かうと、そこには期待した通り――。
「こんばんわ、えっと、天香君」
「ひゃいっ! にょんにゃんわ!!」
声が裏返っている上に、噛みまくってすでに謎の言語になってしまった天香。
だが龍、ちゆりは微笑んだままスマホを取り出した。
「ね、病院じゃ忘れちゃったんだけど」
「はい? あ、ポテト美味しいですよね」
「え? あ、おいしいね……って、違うよ。あのね、天香君危なっかしいからメールアドレス交換しておきたいなあって思って」
「あ、わかりました、メアドの交換とスマイルはゼロ円ですんで」
「お金取るところあるの!? シュンから天香君のは聞いてるし、今から送るね」
「はーい」
出した天香の携帯電話が震え、ちゆりはうんうんと頷いてから手を振ってハンバーガー店を出た。
「今の子誰?」
「えー? うちの生徒会長」
「へえ……。あ、もう俺帰るからきちんとハンバーガー作ってくれよ」
「おーう」
フラフラ自分の持ち場へ戻り、しばらくは何もなかったのだが、あと五分というところでハンバーガーの注文が来た。
そこで天香は「きちんと」作ったはずなのだが。
「はえっ!? 浮田殿ォオオッ!? これはなんじゃ!?」
「はえ?」
そこには、ケチャップで大きく「愛・龍」と書かれたハンバーガーが、バイトリーダーであるファラオの夢崎の手にあった。
***
バイトから帰って、祖母祖父の寝室から聞こえる水音と喘ぎにうんざりしながらも、天香は携帯電話に充電器を差して、早速メールを打つ。
もちろん、送る相手はちゆりだった。
【バイト終わって帰って来ました!】
「送信っと……」
天香はそのまま待とうかとも考えたが、ちゆりの爪手を思い出し、あれではきっと打つのも遅いだろうと思い、ゲームサイトを開こうとした、その瞬間にメールを受信した。
【おかえり!寄り道してないんだ、偉いね!】
「当り前です、叔母さんも怖いんでっと……」
送信してまた三十秒後、また送られてくるメール。
【叔母さんって、あのドラゴンのナースさん?】
「はい、そうですよ」
【優しい人……ドラゴン?だと思ったんだけどなあ】
「いやいや、めちゃ怖いですって!」
【いつかお話してみたいかも】
「頭固いし、独身ですから話してもさほど……」
【えっ!?独身なんですか!?】
それから、夜中から夜明けまで他愛のないメールのやり取りをしたのだった。
だがいくら楽しくとも天香の方に限界が来たのか、「おやすみなさい」と打って、自分の布団へと倒れ込み、夢の世界へ引き込まれていった。
***
「おはよー」
「だ、大丈夫? ヨッシー、目の隈がすごい……」
「うーん、ちゆりさんとのメールでな」
「ちゆりのメールアドレス手に入れたんだ、おめでとう」
その日の昼。
ひしぎ、シュンと共にショッピングモールに向かって、全国チェーンの喫茶店スペクタルバックスでカフェオレを飲みながら、買った小説や漫画を見ていた。
図書委員会である二人は当然のことながら、本と言う物質が好きなのだ。
だが紙袋一杯まで買うのには天香は引かざる負えない。
「でもシュン、漫画は何を買ったんだ?」
「ん? ガッ○ュの原本……」
「まだあったのか……? ひしぎは?」
「スレイ○ーズ小説が出てたんだ、売ってたのとりあえず全部」
「マジで!? 後で見せて!」
「うん」
ひしぎが頷くと、残っていたカフェオレを全部啜る天香。
そして携帯電話を開いて、またちゆりへメールする。
「随分メールするようになったね、前まで俺たちと風香さんのアドレスしかなかったのに」
「うっせ、必要なかったんだっつーの」
「強がり」
「シュンはツンデレー」
「ひしぎ、竹刀二本」
「うん」
「ごめんなさい! 双剣道師範の孫娘に殴られたら死んでしまいます!!」
シュンへ平謝りをしていると、携帯がまた震えた。
開くと、どうやらちゆりからのようで、急いでメールを開く。
「……はい?」
「どうしたの、ヨッシー?」
「お、おぉおおお!? こ、これ!」
「『明日、屋上で待ってます』」
シュンがメールに書かれていた文章を読むと、天香は両手を上げる。
「俺にも……今は夏だけど! 春が来たぞーっ!!」
「シュン、会長の友達として言えることは?」
「生徒会の手伝いとか、そんなとこだと思う」
夢のない言葉は天香には聞こえず、ただただ彼は回って、これからの「春」を想像しながらうかれていたのだった。
13/08/11 16:06更新 / 二酸化O2
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