連載小説
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療養
【3年前】


 セルマディオより北西に位置したある寒村。その村は反魔物領に接しているのだが、魔物との共生を行っている土地でもあった。また辺境に位置しているからか教団の目も届きにくい場所でもあったのである。


 その村の広場にはワーウルフの少女と人間の子供が仲良く走り回っており、それを木の椅子に座りながら眺めている、腕や額に包帯を巻いている青年がいた。やがてその青年に一人の老人が近づいてきた。


「具合はどうかね、ディラン君?」


「ああ、おかげさまでいい感じです。…本当にありがとうございます、反魔物領出身である俺を助けてくれたばかりか、治療までしてくださるなんて」


 ディランが深々と頭を下げると、長老はにこやかにほほ笑みながら手のひらを振った。


「構わんよ。目の前に傷ついている人がいるのなら、例えそれが敵であろうと助けようとするのは人と言う物の性と言う奴じゃからな。ゆっくり療養するとええ」


 長老の心温まる言葉に、ディランは再び頭を深々と下げた。やがて、近くにいた子供達が彼を呼んだ。


「兄ちゃん、一緒にあそぼー!」


「早く早く―!」


 そんな子供達の呼びかけに、ディランは苦笑しながらもゆっくりと立ち上がった…。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 さてここでディランの身に何が起こったのか、その説明をしなければならない。


 事の始まりは西側の親魔物領に攻め入った魔物の軍勢を撃退した帰りに始まる。魔物の襲来を受け、その襲来を受けた親魔物領の都市から救援を要請された聖騎士団はいつもの様に現場に赴くとその武勇を振るって魔物を撃退。その帰路についていた…。


「ディラン様、いつもながら見事なまでの武勇の冴え!流石は聖騎士団随一とされるお方ですね!!」


「止してくれよアルディオ…そう誉め立てられるとむずがゆくなる」


「何を言ってるんですか。私達の様な下級騎士の間ではもっぱらの噂の種ですよ?聖騎士団始まって以来の勇士であると!それに『一度戦場に赴けば、戦果を持ち帰らぬ事は無し。戦場で刃無き黒剣が振るわれれば、魔物は畏れて逃げ惑う。黒獅子都市を護る限り、魔物は悔し涙を流し去る』…巷では子供達がこんな風に歌ってるんですから!」


「…ちょっと待ってくれ。その黒獅子って…俺の事なのか!?」


「はい!浅黒い肌の上に獅子の毛皮を装飾として付けた黒甲冑、そして黒い刀身の刃無き大剣を振るう事からいつしかこう呼ばれているんです!聖騎士団に所属している下級騎士達は貴方をこう呼び讃えていますよ?『黒獅子ディラン』って!!」


 アルディスが半ば興奮しながら捲し立てるのに対し、ディランは顔を真っ赤にして手で顔を隠してしまっていた…。


「ってどうしたんですかディラン様?そんな風に顔を隠して?」


「いや、凄い恥ずかしいんだけど…」


「…何恥ずかしがってるんですか。戦場では魔物の軍勢を前にしても恐れる事の無い貴方が…」


 とまあ、そんな風な会話をしながらもディラン達は故郷であるセルマディオに向けて移動していたのだが、その途上にある火山地帯に近い崖沿いに差し掛かった時である。


ー…ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


「な、何でしょうか…!?」


「地響き…拙い!全員足を踏ん張れ!!」


―ドドオオオン!!


 ディランが下馬してそう叫んだ直後、彼らの近くにある火山が噴火した。やがてその噴火に連座するかの様に彼らが移動していた崖沿いの道に次々とひび割れが入ったのである。そして…そのひび割れはディランとアルディスを分かつ様にして入っていき…。


ーバガアアアン!


「っ!しまった…」


「ディ、ディラン様ああああああ!!!!」


 そのひび割れから大きく崩壊したかと思うと、他の騎士達に抱きしめられて落下するのを防がれたアルディスの悲痛な叫び声を聞きながら、ディランは落下して行った…。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 だが神は彼を見捨てなかった。目を覚ますとディランはこの村にある唯一の療養所で治療を受けさせてもらっていた。当然この村が魔物と共生をしていると知った時は驚きはしたが、見た限り魔物が人を襲っている様子は無く、人々も平穏に暮らしているのを見て責める事はしなかった。寧ろ聖騎士と言う教団に属している自分の命を救ってくれた彼らを、ディラン自身は責めたいとも思わなかったのも理由ではあるが…。


 ともあれ、ディランはこの寒村で暫し療養の日々を送る事になった。その間人間とワーウルフの夫婦の家に居候させてもらった彼はその家のワーウルフの娘を初め、村に住んでいる人間・魔物問わず子供達から兄の様に慕われるようになり彼らの遊び相手などをするようになった。


 そして2,3カ月ほどすると傷も大分癒えた事が分かる様になると、これ以上長居をしては騎士団の皆が心配するだろうと思い、別れを惜しむ村人達の声を受けながらセルマディオに向かって行った。


「兄ちゃんまたねー!」


「ぐす…また、ここに遊びに、来てね…?」


 その中でもその村の子供達は人一倍ディランとの別れを嫌がり抱き着いてきたが、彼の説得を受けて涙を流しながらも見送っておりディランもそんな子供達に笑顔を見せながら別れたのである。


 だがこの時の彼は気づかなかった。彼らとの出会いと育んだ絆が、『聖騎士団随一の騎士』とまで称され、次の騎士団長にも選ばれる事もあり得た彼を、『セルマディオの惨劇』を引き起こさせる事になろうとは…。
16/05/29 23:42更新 / ふかのん
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