連載小説
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腐敗
【2年前】


 この数カ月、ディランは鬱屈した思いで任務に当たっていた。だがそれは彼が成し遂げたいと思う『魔物の襲来から都市を、人々を護る』と言う聖騎士団の根幹とも言うべき、誇りを以て成し遂げようと思える任務ではなく、『魔物に支配された土地へ侵攻し、解放する』…解放と銘打っているが、実際は侵略行為に手を貸す様な任務だったのである。


 その中でディランはある親魔物領に属していた戦場跡を歩いていた。そこは嘗て牧歌が響き渡るような、そんなのどかさを感じさせる牧草地に面した小さな村だった。恐らく平素の時には、のんびりとした気分のいいところであったろうその土地は…今や焼け落ちた建物が点在し、人の気配を失った廃墟と化していたのである。


 『セルマディオ』が属している反魔物領の首魁とも言える教主国によってこの村は焼き払われた。『魔物に毒された土地を浄化し、真に人々の土地を取り戻す為』…そう教団の司祭たちは高らかに宣言しているのだが、ディランにはとてもそうは思えなかった。自分達の残酷な行為を『主神の為』、『正義の為』と隠れ蓑をして正当化している…そんな感じがありありと感じられたのである。


 いずれにしても、その様な残虐行為に手を貸した自分がどう言い繕おうと、親魔物領【人も魔も問わず】に住む人々から見れば、自分もまた教団の手先であり、唾棄すべき存在と思われている…そう思うとディランは益々気鬱になっていくありさまだった。


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 なぜこの様な事になったのか…それはディランがあの寒村からセルマディオに帰還した頃に遡る。帰還して騎士団の建物に顔を出した当初、彼の生存が絶望的と思われていただけにディランが姿を見せると驚愕の渦に包まれはしたが、やがて彼の生存を騎士団総出で祝われた。


 だがディランがいない間、騎士団は様変わりしていた。当時の団長であったフェルメティは聖騎士団でも随一と謳われるほどの聖騎士であったディランの生存が絶望的と報告を受けた教団の上層部から『彼ほどの勇士をみすみす失わせてしまった騎士団長の職務怠慢を疑う』と言われて罷免されかけるも、ほかの幹部達の必死の説得でアルディオらと同じ下級騎士に降格されてしまったのである。これにはディランも当時新しく団長になった相手に物申すも、既に決定した事だと切り捨てられてしまう。


 しかも新たに騎士団長に任命されたのは教団から送り込まれた騎士なのだが、これが教団の教義である『魔物は悪であり、根絶する事こそ神の御意志である』と言う考えに染まりきっており、聖騎士団の本来の任務である『魔物の襲来に対する都市の防衛』を後回しにし、本来なら教団直属の軍団や神々や教団によって選ばれる勇者が行うべき『魔物に支配された土地に侵攻し、これを解放する』と言う任務を先行する様にと騎士団に命じる始末である。


 これには流石のディランも騎士団長に対し直談判を行い、『魔物の襲来から人々を護る事が我々聖騎士団の役目であり、それをおざなりにする事はあってはならない』と熱意を込めて抗弁するも、騎士団長の強行な決定を覆す事は出来ず、そればかりか逆に『教団の教えを受け入れない異端者』とレッテルを張られそうになるも、他の幹部達の必死の説得を初め『聖騎士団随一の武勇を持つ彼を放逐する事は、却って教団の威光を損なう行為である』と言う教団側の指示によって何とか事なきを得た。


 だがディランにとっては本来なすべき事である『魔物の襲来から都市を、人々を護る』聖騎士団の任務をおざなりにするばかりか、次第に中央から任命された騎士団長に感化され、清貧と信仰を重んじるべき騎士達が利を貪り、賄賂などで信仰の在る無しを見る様になった今の聖騎士団に対し、失意しか抱けなかった…。


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 そして…その日はやってきた。この時中堅騎士の一人に昇格していたアルディオと、その補佐を任じられたフェルメティはセルマディオから離れており、ディランはセルマディオで待機をしていた。と言うのも、この日セルマディオには教主国から教団の長と言える教皇が来訪しており、その教皇から呼び出しを受けたのである。


「おおっ、そなたが聖騎士ディランか!勇名は度々聞いておるぞ」


 教団の長らしい、煌びやかな装束をまとった、でっぷりとした体格の中年の男性が嬉々としてディランの手を取って歓迎すると、ディランはとりあえず膝をついて頭を下げた。


「…恐縮です」


「何その様に畏まる必要はないぞ。しかし騎士団長から話は聞いておるぞ?度々武勲を挙げたそなたに次の騎士団長としての任命を持ちかけたがこれを固辞したそうではないか?」


「自分には、勤まるとは思えないので…」


「何と…何と謙虚な事よ!それでこそ聖騎士団随一と称されるにたる男よ!惜しいものよ…神々がそなたを勇者として認めてくださるのであればどれほど心強かったか!!」


 教皇はそう言いながらディランの事を褒め称えていたが当のディランはいい気分をしていなかった。目の前に立っているのが教団の頂点に立つ教皇の位にある人物とは思えぬほどに物欲の権化と言う空気を纏っており、とても聖職者の長とは思えなかったのである…。


「…そろそろ失礼いたします。馬具の手入れなどもせねばなりませぬので」


「おおそうか。今後も教団に対して誠忠を尽くしてくれ!よいな?」


 その呼びかけに対し、ディランは物一つ言う事無く頭を下げると教皇の部屋から出て行った。


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 そうして外へ出る為の塔へ続いている渡り廊下を歩いて行くが、ディランの心中は暗かった…。


「(何であんな強欲が服を着て歩いているような男が教団の長なんだろうな…騎士団長もあんな男に媚び諂う事しか頭にないし、近頃は他の団員達も団長に倣っている始末…いっそのこと、騎士団をやめてしまいたい)」


 だがディランは慌てて心中に浮かんだその考えを振り払う。自身は聖騎士だ、人々の平安を魔物達の襲来から護る為にこの道を選んだ…その生き方を今更否定したくはない。だが今まで武勇を磨く事しかしてこなかった自分に騎士団に蔓延する不正をただす、政治関係の仕事がどうしてできるのだろうか?


 そう思ってしまうと、再び心中には暗い気持ちが垂れこんでくるのをディランは嫌と言うほど感じていた。だがその時、渡り廊下の外から歓声が湧き上がった。


 この渡り廊下の右側の窓からは騎士団の庁舎にある大広場を見下ろす事が出来る。一体何事なのだろう?そう思ったディランが窓から顔を出し…そのまま硬直した。眼下に見えたもの…それは西方への親魔物領の侵攻を命じられた聖騎士の一人が帰還していたが、彼が引き連れている軍兵の中に嘗て傷ついた自身を助け、治療までしてくれた『あの寒村の住人達』が武具を手にした騎士達に連行されていた光景だった。これを見て、ディランは思わず外に向かって駆け出した…。


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 そうして外に飛び出したディランが人の群れを掻き分けながら進んでいく中、その耳には聞きたくもない言葉が次々と飛び込んできた…。


ーこの者達は反魔物領に住んでいながら、汚らわしい魔物共と共生をしておりました!偶然にも私はその村に立ち寄った事でそれを知り、彼らを連行してきたのです!


ーそうか、よくやった!…教皇聖下、この者達の処罰如何いたしましょう?


ー分かりきった事を言うでないぞ騎士団長。この者達は畏れ多くも主神を敬うべき役目を忘れ、汚らわしき魔物どもと結ばれ剰え子供まで儲けたそうではないか!?なればこの者達を主神の名の下、一人残らず処刑せよ!


 その言葉が聞こえて来た時、ディランは大勢の人の波を掻き分けながら叫びそうになるのを我慢した。


―何が神の元処刑をせよだ!!神が何時その様な事を望んだ!!主神の名の元に、などと声高に叫んでいればすべてが許されると思うのか!?まだ幼い、無垢な子供の命すら奪っていいなど…神が望んでいる訳がない!!


 そうおもいながらようやく人の群れを掻き分けたディランの目に飛び込んできたのは、騎士達によって一人の子供が引きずり出され、断頭台に連れて行かれるところだった…。


 ディランにとって覚えのある人間の男性と、その妻と思われるワーウルフが必死に止めようとして騎士達に押さえつけられた。


 捕えられた村人達の中から抜け出た、ディランが構ってあげた少年の一人がワーウルフの少女を連れて行こうとした騎士の足元にしがみつき、これに騎士が彼を蹴り飛ばして『汚らわしい魔物に肩入れする糞餓鬼が!!』と侮蔑の言葉を投げかけた。


 檀上では教皇が何やら声高に聖句を唱えながら『この者達に神の慈悲を!』と心にもない言葉を投げかけ、騎士団長や幹部達はワーウルフの少女を汚らわしい物を見るような目で見下していた。


 そして…。


「お父さん…お母さん………お兄、ちゃん…」


 断頭台に首を押し付けられ、一人の聖騎士が自身の得物である両手斧で首を切り落とそうとする中、ワーウルフの少女は両親の名を唱え…そして兄の様に慕ったディランの姿を見つけると、村にいた頃の様に自身を『お兄ちゃん』と儚い声で呼んだ。


 それを見た瞬間…彼の中で、ナニカがきれた。

16/06/01 00:25更新 / ふかのん
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