守護
【5年前】
親魔物領に隣接している都市の一つに『パラケスト』と呼ばれる都市がある。魔物の襲来に備える為に設計された3重の城壁は守備と言う点においては申し分ないほどの物だろう。だがいくら頑強に作られ、堅牢を誇る城壁であろうと、人の手で作られたものであれば壊れない道理はない。
それを魔王軍は知っているかのように、この城塞都市は度々魔王軍の襲来を受けていた。それは魔王が代替わりし、魔物達が魔物娘に変化してもそれは変わらない。彼女達は自身の番いとなるべき夫を求めて、猛然と都市に向かって攻め込んでくる…だがそれは度々ある者達によって阻まれてきた。
それは先代魔王の時と同じように、ある者は長柄の戦鎚を、ある者はハルバードを、そしてある者は刃の無い細身の大剣を…彼らは自身の得物を手に悠然と魔物娘の軍勢の前に立つ。やる事はいつもと変わらない。都市に迫ってくる魔物達を討ち払い、都市に住む人々の平安を護る事。それこそが…主神に仕え、人々の平穏を護る為にその武勇を振るう『聖騎士団』の務めなのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ーガキイイインッ!…ザスッ!
「馬鹿な…っ」
今回の魔王軍を率いていたデュラハンは今の状態を受け入れられなかった。デュラハンは魔王軍における精鋭と言える魔物であり、今回の侵攻軍の中核を担う事からもその信頼は厚い物だった。そしてその信頼とはただの見せ掛けなどではなく、魔王軍において並ぶもののない武勇を誇り、のみならず日々厳しい鍛錬を繰り広げているからこそ魔王も彼女達に軍の指揮権を任せているのである。
だからこそ…そんな自分が目の前にいる浅黒い肌に獅子の毛皮を取り付けた甲冑を纏い、黒い刀身を持つが刃の無い細身の大剣を手にした銀色の瞳を持つ青年に自身の剣を弾き飛ばされた…即ち、自身が敗北した事が信じられなかったのである。
だが、彼女は魔物と言う人から外れた種族であっても騎士としての誇りを持ち合わせていた。戦場において堂々とした戦いの果てに敗れた…その事が彼女に観念をさせるには十分すぎた。
「…私は魔族だが騎士でもある。お前の勝ちだ…さあ!止めを刺すがいい、こうなってはもはや生き足掻こうとは思わぬ」
そう言い放った彼女はその場に跪き、首を差し出したのだが…当の本人は頬を指で掻きながらばつが悪そうにしていたが、やがてこう言い放った。
「…悪いけど、俺は天邪鬼でね。止めを刺せとか言われると刺したくなくなるんだよなぁ」
「…はあ?」
青年の言葉にデュラハンは思わず呆けた声を出すより無かった。そもそも聖騎士などの教団に属する人間は『魔物は悪であり、これを討伐する事が絶対である』と言う教義に従っている者達が殆どである。なのにこの青年は今まさに武器を失い、膝を屈した魔物を前に、殺すつもりはないと言ったのである。ハッキリ言ってその性根を疑うより他無い。だがその理由を問う事は出来なかった。
「それに、もう戦いの趨勢は決まったんだしこれ以上命を粗末にする事も無いだろう?」
そう言って青年が親指を立てて、何かを指差す様に動かすのでデュラハンがその方向に首を向けると…その先では魔物娘の軍勢が数十人の、彼が纏っているのと同じ造りの甲冑を纏った騎士達によって追撃されている姿だった。最も追撃と言うよりも『追い立てられている』と言う報が正しいが…。
「お前も命を粗末にするなよ、逃げるならとっとと逃げな」
「………済まない」
その青年の言葉にデュラハンは侵攻軍が呆気なく敗れて配送するのを見て呆然としていたが、やがて静かに頭を下げると、逃走をしている魔王軍に合流するため駆けだして行った…。青年は魔物娘の軍勢が這う這うの体で撤退していく光景を暫し眺めていたが、やがて自身の背後から一人の騎士が近づいてきた。
「ここにいたんですかディラン様!」
「おっ、アルディスか」
「戦いは魔王軍が撤退をしていきました!我らの大勝利です!!」
そう言ってブロンドのショートヘアーに蒼い瞳をした騎士は喜色満面と言う感じで喜びを露わにする一方で、ディランは大きく背伸びをする様に手を伸ばしたかと思うと早速踵を返した。
「ってどこ行くんですか?」
「決まってるだろ?帰るんだよ、俺達の故郷にな」
「いやそれは駄目だと思いますよ?パラケストの領主が祝勝会を開くので参陣した我々を招きたいと…」
「あんな堅っ苦しい所には一秒たりとも居たくないんだよ!!それなら他の騎士達に参加しろと言ってくれ!俺は帰る!!」
そう言うが早いかディランは近くに止めておいた栗色の馬にまたがると、そのまま猛然と駆け去ってしまったのである。
「あっ、ちょっ…待ってくださいよディラン様ああああああ!??」
猛然と駆け去っていくディランの後姿にアルディスはただ悲しげに叫ぶ事しか出来なかった…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
反魔物領において人々の平安を守護する為にその武勇を振るう事を使命とする『聖騎士団』を抱えている『セルマディオ』。その国にある聖騎士団の本拠地の建物の中、騎士団長の部屋でディランは聖騎士団の団長である、ほっそりとした体格に狐を思わせる細い目を持った『フェルメティ』の前で直立不動の状態で立っていた。
「…今回のパラケスト防衛戦、まずはよくやった。我ら聖騎士団の務め、見事果たした事は褒めてやる」
「はあ、そりゃどうも『だがお前は祝勝会に出ないで帰ってきたそうだな?』えっ?…まあそうですけど、それが何か?」
そう言ってディランがとぼけた様な感じで答えたのを見て、フェルメティは盛大な溜息を一つついた直後再び話し始めた。
「…まあそれはいいだろう。お前は余り豪奢な所に行くのが好きじゃないのも知っているからな…だが、またお前は対峙した魔物娘を見逃した様だな?」
そう言ってその狐のような細い目が開かれ、黒い瞳に憤りを込めたのを見てディランは苦笑いをして切り出した。
「あはは…どうして分かったんで?」
「騎士団長としての勘、と言う奴だ。…お前とて教団の教義位は分かっているだろうが」
「…『魔物は悪であり、これを討伐する事が責務である』ですよね?」
「そうだ。そしてそれは教団に属し、人々の平安を護る為に戦う『聖騎士団』にとっての唯一無二の使命でもある。まあ魔物は我々人間に比べれば遥かに頑強であり、我らの攻撃で命を落とさなかった…と言うのはわからない訳じゃない。実際あの戦いでも我ら聖騎士団の攻撃を受けて、半死半生になっている魔物もいたからな。だがな、お前はあの時決着がついて負けを認めたデュラハンを逃したじゃないか?これは流石に看過できんぞ…理由があるなら聞いてやるが?」
そう言って厳しい視線を向けるフェルメティに対し、ディランは真剣な表情で話し始めた。
「言い訳はしませんよ、俺は情が深い性質だから傷ついて戦えない魔物を見逃して野郎って言う事も多々やっています。まあ魔物が悪って事は知っていますし殺す必要があるって事も分かってはいるつもりです。けれど…」
ー魔物を只殺して、それであいつらの侵攻が減るんですか?
その言葉にフェルメティは暫し黙した後、質問し始めた。
「ふむ…それはどういう事だ?」
「言葉通りの意味ですよ。そもそも魔物を殺した所で連中はまた侵攻をしてくると思うんです。仲間が殺されたとあれば敵討ちも含めて…けれど魔物達を殺さないで、これでもかって位痛めつけて追い立てれば…連中も痛めつけられた仲間を見て、侵攻しようって気も萎えると思うんです。誰だってこれでもかって位痛めつけられて泣きながら逃げてきた仲間を見て次も侵攻しようとは思わないでしょ?」
『まあ被虐体質な奴やとにかく男が欲しいって言う奴には逆効果かも知れないですけどねー』と軽い口調で話すディランに対し、フェルメティは内心冷や汗をかいていた。彼の言っている事があまりにも合理的だったからだ。
確かに教団の教義では魔物は悪でありこれを討伐する事が求められている。だが魔物を殺して撃退したところで彼らは仲間の敵討ちとばかりに再び進行をしてくるだろう。だが逆を言えば『何度も何度も痛めつけられて追い立てる』場合、痛めつけられた仲間が傷つき恐慌に陥って逃げ込んでくるのを見た場合果たしてどう思うだろうか?
その答えは単純明快、『その場所への侵攻に二の足を踏む』事だろう。最も痛めつけられる事を快楽と見る被虐体質や、それでも男が欲しいと襲ってくる魔物には効果が薄いのも道理だが…。
「…お前は自分が優しい、情が深いと言っているが私にはそうは見えんな。ある意味で怖い奴だよ」
「そうですかね?」
「はあ…まあいい。今回の事は私の胸の内に収めといてやる」
「ありがとうございます団長!」
そう言ってディランが部屋から出て行こうとして…フェルメティの待ったの声が掛けられた。一体何事かとディランが足を止めて振り返ったので、フェルメティがさっそく切り出した。
「…実は教団の方でお前を次の聖騎士団の団長に任命しようという動きがあるらしい」
「っ!?…俺が、ですか?」
「ああ。まあ当然だろうな、聖騎士団始まって以来随一とも言える武勲を挙げ続けるお前を上の連中も手元に置いておきたいんだろうよ。それで、お前の答えは『嫌ですよ』…即答かよ」
ディランの即答にフェルメティが呆れた声で零すと、ディランはそのまま捲し立てた。
「俺は団長になって偉くなりたいが為に聖騎士になったんじゃない…俺は魔物の襲来から、人々を護りたいから騎士になったんです。そう言う話は他の奴に譲ってくださいよ。それじゃ失礼します」
―ばたん。
そう言ってディランは騎士団長の部屋から退出した。それを見送ったフェルメティはため息を一つつくと椅子に深く腰掛けた。
「全くあいつは…どこまでも真っ直ぐで、どこまでも自由な奴だよ。教団に属していながら魔物を殺す事が必ずしも正しいと思わないという異端的な考えをしているってのに、それでいてその真っ直ぐさで他の団員からも慕われている。…あいつには教団と言う場所は狭すぎるのかもしれんな」
そう言ってフェルメティは事務作業に戻って行った…。
親魔物領に隣接している都市の一つに『パラケスト』と呼ばれる都市がある。魔物の襲来に備える為に設計された3重の城壁は守備と言う点においては申し分ないほどの物だろう。だがいくら頑強に作られ、堅牢を誇る城壁であろうと、人の手で作られたものであれば壊れない道理はない。
それを魔王軍は知っているかのように、この城塞都市は度々魔王軍の襲来を受けていた。それは魔王が代替わりし、魔物達が魔物娘に変化してもそれは変わらない。彼女達は自身の番いとなるべき夫を求めて、猛然と都市に向かって攻め込んでくる…だがそれは度々ある者達によって阻まれてきた。
それは先代魔王の時と同じように、ある者は長柄の戦鎚を、ある者はハルバードを、そしてある者は刃の無い細身の大剣を…彼らは自身の得物を手に悠然と魔物娘の軍勢の前に立つ。やる事はいつもと変わらない。都市に迫ってくる魔物達を討ち払い、都市に住む人々の平安を護る事。それこそが…主神に仕え、人々の平穏を護る為にその武勇を振るう『聖騎士団』の務めなのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ーガキイイインッ!…ザスッ!
「馬鹿な…っ」
今回の魔王軍を率いていたデュラハンは今の状態を受け入れられなかった。デュラハンは魔王軍における精鋭と言える魔物であり、今回の侵攻軍の中核を担う事からもその信頼は厚い物だった。そしてその信頼とはただの見せ掛けなどではなく、魔王軍において並ぶもののない武勇を誇り、のみならず日々厳しい鍛錬を繰り広げているからこそ魔王も彼女達に軍の指揮権を任せているのである。
だからこそ…そんな自分が目の前にいる浅黒い肌に獅子の毛皮を取り付けた甲冑を纏い、黒い刀身を持つが刃の無い細身の大剣を手にした銀色の瞳を持つ青年に自身の剣を弾き飛ばされた…即ち、自身が敗北した事が信じられなかったのである。
だが、彼女は魔物と言う人から外れた種族であっても騎士としての誇りを持ち合わせていた。戦場において堂々とした戦いの果てに敗れた…その事が彼女に観念をさせるには十分すぎた。
「…私は魔族だが騎士でもある。お前の勝ちだ…さあ!止めを刺すがいい、こうなってはもはや生き足掻こうとは思わぬ」
そう言い放った彼女はその場に跪き、首を差し出したのだが…当の本人は頬を指で掻きながらばつが悪そうにしていたが、やがてこう言い放った。
「…悪いけど、俺は天邪鬼でね。止めを刺せとか言われると刺したくなくなるんだよなぁ」
「…はあ?」
青年の言葉にデュラハンは思わず呆けた声を出すより無かった。そもそも聖騎士などの教団に属する人間は『魔物は悪であり、これを討伐する事が絶対である』と言う教義に従っている者達が殆どである。なのにこの青年は今まさに武器を失い、膝を屈した魔物を前に、殺すつもりはないと言ったのである。ハッキリ言ってその性根を疑うより他無い。だがその理由を問う事は出来なかった。
「それに、もう戦いの趨勢は決まったんだしこれ以上命を粗末にする事も無いだろう?」
そう言って青年が親指を立てて、何かを指差す様に動かすのでデュラハンがその方向に首を向けると…その先では魔物娘の軍勢が数十人の、彼が纏っているのと同じ造りの甲冑を纏った騎士達によって追撃されている姿だった。最も追撃と言うよりも『追い立てられている』と言う報が正しいが…。
「お前も命を粗末にするなよ、逃げるならとっとと逃げな」
「………済まない」
その青年の言葉にデュラハンは侵攻軍が呆気なく敗れて配送するのを見て呆然としていたが、やがて静かに頭を下げると、逃走をしている魔王軍に合流するため駆けだして行った…。青年は魔物娘の軍勢が這う這うの体で撤退していく光景を暫し眺めていたが、やがて自身の背後から一人の騎士が近づいてきた。
「ここにいたんですかディラン様!」
「おっ、アルディスか」
「戦いは魔王軍が撤退をしていきました!我らの大勝利です!!」
そう言ってブロンドのショートヘアーに蒼い瞳をした騎士は喜色満面と言う感じで喜びを露わにする一方で、ディランは大きく背伸びをする様に手を伸ばしたかと思うと早速踵を返した。
「ってどこ行くんですか?」
「決まってるだろ?帰るんだよ、俺達の故郷にな」
「いやそれは駄目だと思いますよ?パラケストの領主が祝勝会を開くので参陣した我々を招きたいと…」
「あんな堅っ苦しい所には一秒たりとも居たくないんだよ!!それなら他の騎士達に参加しろと言ってくれ!俺は帰る!!」
そう言うが早いかディランは近くに止めておいた栗色の馬にまたがると、そのまま猛然と駆け去ってしまったのである。
「あっ、ちょっ…待ってくださいよディラン様ああああああ!??」
猛然と駆け去っていくディランの後姿にアルディスはただ悲しげに叫ぶ事しか出来なかった…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
反魔物領において人々の平安を守護する為にその武勇を振るう事を使命とする『聖騎士団』を抱えている『セルマディオ』。その国にある聖騎士団の本拠地の建物の中、騎士団長の部屋でディランは聖騎士団の団長である、ほっそりとした体格に狐を思わせる細い目を持った『フェルメティ』の前で直立不動の状態で立っていた。
「…今回のパラケスト防衛戦、まずはよくやった。我ら聖騎士団の務め、見事果たした事は褒めてやる」
「はあ、そりゃどうも『だがお前は祝勝会に出ないで帰ってきたそうだな?』えっ?…まあそうですけど、それが何か?」
そう言ってディランがとぼけた様な感じで答えたのを見て、フェルメティは盛大な溜息を一つついた直後再び話し始めた。
「…まあそれはいいだろう。お前は余り豪奢な所に行くのが好きじゃないのも知っているからな…だが、またお前は対峙した魔物娘を見逃した様だな?」
そう言ってその狐のような細い目が開かれ、黒い瞳に憤りを込めたのを見てディランは苦笑いをして切り出した。
「あはは…どうして分かったんで?」
「騎士団長としての勘、と言う奴だ。…お前とて教団の教義位は分かっているだろうが」
「…『魔物は悪であり、これを討伐する事が責務である』ですよね?」
「そうだ。そしてそれは教団に属し、人々の平安を護る為に戦う『聖騎士団』にとっての唯一無二の使命でもある。まあ魔物は我々人間に比べれば遥かに頑強であり、我らの攻撃で命を落とさなかった…と言うのはわからない訳じゃない。実際あの戦いでも我ら聖騎士団の攻撃を受けて、半死半生になっている魔物もいたからな。だがな、お前はあの時決着がついて負けを認めたデュラハンを逃したじゃないか?これは流石に看過できんぞ…理由があるなら聞いてやるが?」
そう言って厳しい視線を向けるフェルメティに対し、ディランは真剣な表情で話し始めた。
「言い訳はしませんよ、俺は情が深い性質だから傷ついて戦えない魔物を見逃して野郎って言う事も多々やっています。まあ魔物が悪って事は知っていますし殺す必要があるって事も分かってはいるつもりです。けれど…」
ー魔物を只殺して、それであいつらの侵攻が減るんですか?
その言葉にフェルメティは暫し黙した後、質問し始めた。
「ふむ…それはどういう事だ?」
「言葉通りの意味ですよ。そもそも魔物を殺した所で連中はまた侵攻をしてくると思うんです。仲間が殺されたとあれば敵討ちも含めて…けれど魔物達を殺さないで、これでもかって位痛めつけて追い立てれば…連中も痛めつけられた仲間を見て、侵攻しようって気も萎えると思うんです。誰だってこれでもかって位痛めつけられて泣きながら逃げてきた仲間を見て次も侵攻しようとは思わないでしょ?」
『まあ被虐体質な奴やとにかく男が欲しいって言う奴には逆効果かも知れないですけどねー』と軽い口調で話すディランに対し、フェルメティは内心冷や汗をかいていた。彼の言っている事があまりにも合理的だったからだ。
確かに教団の教義では魔物は悪でありこれを討伐する事が求められている。だが魔物を殺して撃退したところで彼らは仲間の敵討ちとばかりに再び進行をしてくるだろう。だが逆を言えば『何度も何度も痛めつけられて追い立てる』場合、痛めつけられた仲間が傷つき恐慌に陥って逃げ込んでくるのを見た場合果たしてどう思うだろうか?
その答えは単純明快、『その場所への侵攻に二の足を踏む』事だろう。最も痛めつけられる事を快楽と見る被虐体質や、それでも男が欲しいと襲ってくる魔物には効果が薄いのも道理だが…。
「…お前は自分が優しい、情が深いと言っているが私にはそうは見えんな。ある意味で怖い奴だよ」
「そうですかね?」
「はあ…まあいい。今回の事は私の胸の内に収めといてやる」
「ありがとうございます団長!」
そう言ってディランが部屋から出て行こうとして…フェルメティの待ったの声が掛けられた。一体何事かとディランが足を止めて振り返ったので、フェルメティがさっそく切り出した。
「…実は教団の方でお前を次の聖騎士団の団長に任命しようという動きがあるらしい」
「っ!?…俺が、ですか?」
「ああ。まあ当然だろうな、聖騎士団始まって以来随一とも言える武勲を挙げ続けるお前を上の連中も手元に置いておきたいんだろうよ。それで、お前の答えは『嫌ですよ』…即答かよ」
ディランの即答にフェルメティが呆れた声で零すと、ディランはそのまま捲し立てた。
「俺は団長になって偉くなりたいが為に聖騎士になったんじゃない…俺は魔物の襲来から、人々を護りたいから騎士になったんです。そう言う話は他の奴に譲ってくださいよ。それじゃ失礼します」
―ばたん。
そう言ってディランは騎士団長の部屋から退出した。それを見送ったフェルメティはため息を一つつくと椅子に深く腰掛けた。
「全くあいつは…どこまでも真っ直ぐで、どこまでも自由な奴だよ。教団に属していながら魔物を殺す事が必ずしも正しいと思わないという異端的な考えをしているってのに、それでいてその真っ直ぐさで他の団員からも慕われている。…あいつには教団と言う場所は狭すぎるのかもしれんな」
そう言ってフェルメティは事務作業に戻って行った…。
16/05/29 00:33更新 / ふかのん
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