連載小説
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告白
 北の交易都市からカリュネス、そして南へと延びている街道を数台の馬車がゆっくりと移動し、その傍を樫の木で作ったスタッフを手にし、灰色の外套を羽織ったディランと数人の若者と壮年の男性が馬車を護る様に同行していた。


 この馬車には北の交易都市でカリュネスから運んできたシーサーペントやクジラの肉を使って作られた干し肉にシーサーペントの骨や鱗、鯨の鱗などと言った物を売却して得た財貨で購入した穀物や雑貨、そしてそれでも余った財貨などが積み込まれていたのである。


「それにしても結構な量を購入できたよな…」


「ああ。それに十二分な穀物や雑貨を買えたのにかなりの財貨が余ったしな…とりあえず長老にこの財貨の使い道を相談するとしよう。まああの長老の事だからまた新しい船を作ってくれるだろうがな」


「ああ新しい捕鯨用の船か。これで3隻目だっけ?」


「長老にとっての数少ない贅沢だよなぁ…もっとも、捕鯨用とかの大きな漁をする時に使うから、俺達はかなり助かってるんだけどな」


 さて、今も青年や壮年の男性が話している様に、カリュネスの村長を務めるベヌロンにはある趣味と言う物がある。それは『船好き』と言う趣味だ、それも村の漁師達が何時も使う漁船だけでなく、大きな港町に停泊するようなガレオン船もこの範疇に入っている。


 ベヌロンは若い頃閉鎖的な村で過ごすのが嫌で村を飛び出した事があった。そうして世界中を旅する中で大海原を進むガレオン船に惚れ込んでしまい、長い旅を終えて村に戻った後、村で取れる獣の干し肉や獣の毛皮、薬草に時々とる事の出来る鯨やシーサーペントの干し肉や鱗、皮や骨を売り、穀物や雑貨などの必要物資を購入し、護衛をした村人達らに給金として与え、それでも残った財貨を少しずつ貯め続けた末に、北の都市から大工を呼んで今ある漁船を改装したり、新しい船を作る様になった。


 材料は近くの森林に豊富にある上に、村の近くに大型の船も止められる様な入り江も在った事から現時点では村の漁師達が何時も使う漁船(定員10名)が10隻、捕鯨用として使う為ベヌロンが作らせたガレオン船が今回を入れると3隻作られたのである。一見すれば無駄使いと思われがちだがそれ以外にも村の為に還元する事から村人達も長老の道楽を温かい目で見る事が多かった。


 さて、話が逸れてしまったがそんな会話を耳に入れながら、ディランは懐からある物を取り出していた。それは交易都市で商売をしている刑部狸が開いている露店で売られていた、蒼色の宝玉が填められた円環状の髪飾りだった。ディランはそれを一目見て、ヴィルネスに送りたいと思ったのか文字通り衝動買いをしてしまったのである。


「……(思わず衝動買いをしてしまったけど、綺麗な髪飾りだ。ヴィルネスも喜んでくれるといいが)『おっ、ディラン。その髪飾りは幼馴染への贈り物か?』バルディさん!?」


 思わずちょっかいを込めた声が掛けられたことに驚いたディランは、馬車に乗って手綱を引いている、この商隊を何度も率いている纏め役の壮年の男性『バルディ』に目をやった。


「だってそうだろう?どう見ても女物の髪飾りを余り散財をしない様なお前が一目見た途端に衝動買いなんてするんだ。どう考えても居候している幼馴染への贈り物じゃないか」


「い、いや別にそんなんじゃ…」


「はっはっは!照れるな照れるな!!この際だ、お前達夫婦になってしまえ!その方が村の皆やベヌロン爺さんも祝福するだろうし、マヌエル司祭も喜んで仲人をやってくれるだろうからな!!」


「う、ううう…////////////」


 そう言ってからからと笑いながら馬車を動かす作業に戻るバルディにディランは顔を赤面させて言い返せなかった…。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そうして村へと戻って来た商隊の面々は村の広場で買い出ししてきた荷物を下ろしてからそれぞれの家へ公平に配分し始め、ディランは村の教会に穀物と都市で購入してきた書物などを持って行ったのだが…。


「…ヴィルネスの様子がおかしい?」


 マヌエル司祭がそう話し始めたのを聞いたディランが戸惑いを隠せない声でそう呟くのを見て、マヌエル司祭も頷きながらつづける。


「ええ…子供達の相手をしている時も、何か悩み苦しんでいる様な表情をし続けていて、子供達から心配されていたほどでした。私も事情を聞こうとしたのですが、心配内の一点張りでして…」


 マヌエル司祭の言葉にディランも心配を隠せなかった。自分がいない間に何かあったのだろうか…やがてディランの心中を察したマヌエル司祭が彼に語りかけた。


「ディラン君、荷物の搬入などは後で村の人達に手伝ってもらいますので君は家に帰ってください。ヴィルネス君の悩みを聞いてあげて、そしてその助けとなる…それが君が今すべきことですよ」


「マヌエル司祭…分かりました」


 マヌエル司祭の助言に頭を下げると、ディランは教会を後にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ヴィルネス、ただいま!」


 村の外れにある自身の家に向かったディランが家の玄関を開けると、そこには家の応接間にあるテーブルに座っているヴィルネスの姿があった。椅子に座って何かを悩んでいるようだったヴィルネスは彼の姿を見ると慌てて立ち上がった。


「お、お帰りなさい…ディラン」


 だがその声にはいつもの様な凛然とした空気は宿っておらず、何か…知ってはならない事を知ってしまい、それを隠そうと必死に平静に努めようとしているのがありありと感じられたのである。


 ディランはそれを感じ取りはしたが…すぐに追求しようとは思わなかった。ディランが彼女の頭に手を当てると彼女は一瞬体をびくつかせたが、ディランはヴィルネスの頭を撫でながら静かに語りかけた。


「ヴィルネス、君が何かを隠していて…それで悩んでいる事はマヌエル司祭達から聞いた。けれど、すぐに話してほしいとは言わない。自分の中で決意が出来た時に…話してくれれば俺はそれで構わないから」


「ディラン…」


 彼の優しい言葉にヴィルネスが呆然としながら返事をすると、ディランは再び眩しい笑みを浮かべて話題を変える様に言い放った。


「さてと、久々に俺が料理を作るよ。腕を振るってやるから楽しみにしててくれ!」


 そうして料理場に向かうディランの姿を、ヴィルネスは何時までも見続けていた…。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その後夕食を終えた二人は、応接間でゆっくりと過ごしていたが…やがてヴィルネスが意を決したかのようにこう切り出した。


「…ディラン、後で私の部屋に来てくれますか?」


 そう言うとヴィルネスはディランの返答も待たずそのまま逃げ去る様に部屋に入って行った。その一部始終を間近で見たディランはしばし呆然としていたが…やがて気を取り直すと、少ししてから彼女の部屋に向かった。


―こんこん。


「ヴィルネス、入るぞ?」


 そうノックしながら声をかけたディランがドアノブを回して扉を開けると、あまり飾り気のない質素な部屋が彼の目に入り、そしてベッドの前で後姿を向けたままのヴィルネスがいた。


「…来てくれましたねディラン。急に呼び出してすみません、ですが…どうしても聞きたい事があったのです」


 そう言って振り向いたヴィルネス。だが次の瞬間、ディランは思わず目を見開いた。彼女が自身の胸に押し抱く様にしている手には金色の十字の紋章が目を引く蒼色の鞘に収まった一振りの長剣…ディランにとって忘れがたい過去の象徴があったから。


「…ヴィルネス。その剣を、どこで…?」


「3日前…地下室に言って物を取りに行ったとき、壁の燭台に頭をぶつけてしまった際にそれに仕組まれていたカラクリを分かって…そして見つけた通路の奥でこれと…甲冑と大剣を見つけたのです」


「そう、か…まさか見つけられてしまうとは思わなかった。それで…君は俺を責めるかい?」


 ディランがそう問いかけると、ヴィルネスは悲しそうな表情をしながらも静かに首を横に振った。


「いいえ…。この3カ月、貴方と共に過ごしてきましたが…貴方が決して悪人ではない事は知っています。誰よりも優しく、他人を思いやれる人だという事も。…私は、只知りたいんです。貴方が、何者なのかと言う事を…」


 そう問いかけるヴィルネスの瞳には、真実を知りたいという強い想いが宿っていた。それを見てディランは暫し沈黙をしていたが、やがて静かにため息をつくと彼女の隣を通り過ぎ、ベッドに座ってヴィルネスにも座る様に伝えた。


 そしてヴィルネスも彼の隣に座ると、ディランは静かに話し始めた。


「…ヴィルネスはセルマディオって言う国を知っているか?このカリュネスの人達が物を売りに行く北の交易都市もそこに属しているんだけど…」


「は、はい。反魔物領として知られている国でしたね…確かそこには敬虔な主神の信奉者であると同時に、一騎当千の武勇を誇る聖騎士達が集まってできた『聖騎士団』と呼ばれる組織を抱えていると聞いています。しかし2年前に当時の聖騎士団の殆どの団員や幹部達、そして当時の教団を統べた教皇が殺害されたという『セルマディオの惨劇』が起きて、それと同時期に一人の聖騎士が行方をくらましたと…」


 だがそこまで話したヴィルネスはその直後目を見開き、口を掌で抑えながらディランを凝視し始めた。それにディランも否定する事無く、むしろ彼女の推察が正しいのだと言う様にゆっくりと頷き、口を開いた。


「…ヴィルネスの考えは間違っていないよ。『セルマディオの惨劇』を引き起こしその直後に消息を絶った聖騎士…それは、俺なんだよ」


 静かに言い放ったディランにヴィルネスは言葉を挟めない。それを視線に収めつつ、ディランは話し始めた。敬虔なる主神への信仰を貫いた聖騎士が、なぜそのような惨劇を引き起こしたのかを。
16/05/27 20:32更新 / ふかのん
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■作者メッセージ
 どうもふかのんです。感想をいろいろ書いて頂き恐縮です!

 さて質問の答えですが、ヴィルネスが発見した武具はディランの物と言う設定です。また彼女への神の声も『堕落神』と言う設定ですが、この小説ではダークヴァルキリーへの転化は起きないようにしようと思っていますので…どうかご容赦のほどを。それでは。

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