偶然
ヴィルネスがディランの提案を受け入れ、村の手伝いをし始めてから3ヶ月経った。その頃にはヴィルネスもカリュネスの住人達からすっかり村の一員として見られるようになり、寧ろこの世のものとは思えないほどの美しさ目当てに酒場に足を運ぶ人達が多い程となった。しかもその人と言うのはカリュネスの漁師や村人達のみならず、行商で村を訪れた商人達も同じだった。
「ヴィルネス、一番テーブルの人の料理が出来たから持ってっておくれ!」
「はいおかみさん!」
酒場のマスターの奥さんで料理長も兼任するおかみさんからの呼びかけに、クリーム色のドレスの上に、純白のエプロンを羽織ったヴィルネスがお盆にビールの入ったグラス2つと、鯨の肉を大きくカットし焼き上げたステーキ2つ、そしてカリカリに焼き上げたバゲットやパン・ド・カンパーニュの盛り合わせを乗せてテーブルに向かった。
「カリュネスビール2つと『鯨肉のステーキ』2つ、焼き立てパンの盛り合わせをご注文のお客様、お待たせ致しました!」
「ああありがとう!いや、待ち兼ね…おお///////」
「(なんて…美しい人なんだ)」
カリュネスの村に行商で訪れていた二人の行商人は思わず見とれてしまった。だがそれも当然だろう、何せ女神もかくや…と言うぐらいの美貌を持った女性が、太陽を思わせるほどの眩しい笑顔で接待をしてくるのだ。これで見ほれない人間がいるのならば、それは衆道の気がある人間位だろう。
「あの、どうしましたか?」
「あ、ああ!何でもない!!さっそく頂くとするよ!」
「ふふっ、ごゆっくりどうぞ!」
そうお客に笑顔で返答をしたヴィルネスはカウンターへと戻って行った。
「ありがとねヴィルネス、いつも厳しい仕事を手伝わせちゃって悪いねぇ。ここ最近はあんた目当てで北の方から行商人や旅人達が来てますます忙しくなっちゃって」
「いいえ。私はこの村に居候している身ですからお手伝いできることがあるのなら喜んで引き受けさせてほしいです」
おかみさんの問い掛けにヴィルネスは笑顔でこれに応えると、カウンターでグラスを吹いているマスターが茶目っ気を込めて切り出した。
「…本当に気立てのいい子だよヴィルネスちゃんは。ディランもいい幼馴染がいて羨ましいって物さ」
「ま、マスターさん。別に私と彼はそんな…」
「そうだねぇ。ヴィルネスちゃんもあいつの事、満更でもないように思ってんじゃないのかい?あんな他人の事を気に掛けられる様な青年なんてそうそういやしないよ?あたしももう少し若くて旦那持ちじゃなかったら口説いてたってのにねぇ」
「ちょっ!?そりゃあんまりだって!?」
そう言ってマスターが自身の奥さんであるおかみさんに縋りつきそうになるのをおかみさんが頭を押さえつけて仕事に戻そうとする光景を見て、ヴィルネスはまた笑顔になって笑い始めた。
「そ、そう言えば…ディランが護衛で同行してからもう2週間ぐらいになるのか?」
「えーっと…うん、その位になるねぇ。まったく、ディランもヴィルネスちゃんを置いて買い入れ組の護衛として同行するなんてしょうがない子だよ」
おかみさんの問い掛けにヴィルネスも頷く。実はこの時ディランはカリュネスにいなかった。彼はここ最近で採れたシーサーペントの干し肉や鱗に骨と言った物、鯨の干し肉と言った物などを北にある交易都市で売り、それによって得た財貨で穀物やチーズなどの乳製品、雑貨などを買い入れる為の買い入れ組の護衛をする為に同行していたのである。その為この2週間ヴィルネスはディランの姿を見ていなかった。
「おかみさん、そんなに怒らないであげてください。このご時世、護衛を付けないとそうした商隊を狙う盗賊とかも出るでしょうし、護衛が必要なのは当然だと思いますから…それに彼ってああ見えて腕も立ちますし」
「かぁー、あんたは本当にいい子だね。ディランの事をそこまで言ってあげるんだからさ。おっと、お客さんお勘定だよ」
「あっ、それじゃあ片づけて来ますね」
そうしてヴィルネスは再び給仕に戻り、その後マスターから上がってよいと言われるまで仕事に励み続けた…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
給仕の仕事が終わり服装をクリーム色のゆったりとしたドレスに着替え終わったヴィルネスはそのままディランの家に戻る前に、教会の礼拝堂に足を運んでいた。1日の終わりを主神に報告する為である。前は礼拝堂で祈りをささげる前にマヌエル司祭に挨拶をしていたが、今では挨拶も必要なく礼拝堂で祈りを捧げられるようになっていた。
その際…彼女は心に抱えている悩みも打ち明けていた。
「…主よ、今日も私は人々に交じって汗を流しました。しかし…私は今の生活に迷いを覚えてもいます。私は貴方の命を受けて地上に降り立ちました、勇者を育て、導くという使命を。ですが…私はそれを為せませんでした」
「使命を果たせず苦しんでいた私に、この土地の民人であるディランが手を差し伸べてくれました。彼のおかげで私はこの村の人々とも心を通わせる事が出来る様になり、日々が充実した物になっているのが嬉しく思っています…ですが、私は貴方から命じられた使命を果たさないで日々を過ごす事に悩んでもいるのです。…私は、どうすればよいのでしょう?」
そう打ち明けたヴィルネスだったが…やがて彼女の脳裏に『神の声』が響いてきた。
ーヴィルネス、ヴィルネスよ。そなたの悩みも最もであろう、だがその事についても私の不備があった事は否めぬ。なれど私は見た、そのカリュネスの地に住まう『その土地の生まれでない民人』こそ、新たな勇者であると。
―なればこそヴィルネス、今はしばし待て。時満つれば、勇者となるべきものは必ず現れる。それまでは、そなたを迎えてくれたこの地の民と…そしてディランと心通わせよ。
「っ!何故…ディランと心通わせよと言うのですか、主よ!?確かに彼には多大な恩義もありますが…」
ー私の目は節穴ではないぞ、ヴィルネス。いや、そなたとて分かっている筈だ。あの若者と共に過ごす日々が…そなたにとって何よりもかけがえの無いものであるという事に。
主神の指摘にヴィルネスは一瞬、その身を強張らせたが…やがて深く頭を下げながら返答をした。
「…その通りです、主よ。彼との、ディランと過ごす日々は…天上であなたにお仕えする日々では得られない、満ち足りた日々でした」
そう話し始めたヴィルネスの脳裏に浮かんだのは…いつもディランばかりに料理をさせてもらっているのが我慢ならず、自分がやると宣言して始めた物の盛大な失敗をしてしまい、ディランに腹を抱えて笑われたが『まあこんな事もあるさ』と言いながら頭を撫でられた事。
初めて教会のシスターとして手伝い始めた物のその堅物な雰囲気から子供達から怖がられ、夜の給仕の仕事も失敗ばかりして自信を無くしていた自分に潮風が吹く砂浜に寝転がりながら星空を共に眺め、元気づけられた事。
そして度々頭を撫でて来ながらも、心に沁み渉る様な微笑みを浮かべるディランの貌だったのである…。
「ですが…ですが主よ!貴方に仕えるヴァルキリーたる私は、一時の欲情に身を任せてはならないとも思っています!もしそうしてしまったら…私は自分を抑えられなくなる。私は…それが怖いのです」
ヴィルネスの悲しげな告白に、神の声は暫し黙したままであったが、やがて神の声は再びヴィルネスに語りかけた。
ー…では、お前はこのままその想いを抑え込み続ける積りか?想いと言う物は、抑え込み続ければいずれ己自身をも縛り付ける呪いにもなりかねぬ。時として、それを解き放ち想いのままに生きる事もまた必要なのだ。
「っ!?想いを、解き放てと…?」
ーそうだ。無論、すぐに出来る事ではないかもしれぬ。だがこのまま想いを封印して生きる事は、お前にも…そしてお前が想っているディランにもよい事ではない。それを、忘れるな…。
それを最後に神の声は途絶え、呆然としつつもヴィルネスはマヌエル司祭に別れを告げて礼拝堂を後にした…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そしてディランの家に戻ったヴィルネスは寝る前に明日の朝食の支度をし始めていたが…やがて必要な物を取りに家の地下室へと足を運んだ。
「…よし、岩塩と干し肉があった。これで必要な物は揃ったな」
そうして物を移動させた為片づけをし始めた彼女の脳裏には、先ほどの神の声が残り続けていた。
ー想いを封印して生きる事は、お前にも…そしてお前が想っているディランにもよい事にはならぬ。
「(…なら、彼に想いを伝えるべきなのだろうか?………だ、駄目だ駄目だ!//////////私は神に仕える者なのだ、軽はずみに欲情を通そうなど…!し、しかし主は想いを伝えるべきだと…わ、私はどうすればいいんだ!?//////////)う、うううううううっ!?」
―ガツン!
そう脳裏で混乱し始めた彼女は周囲をぐるぐる回り続けていたが、やがて壁に取り付けられ、地下室を照らしている燭台に頭をぶつけてしまった。
「〜〜〜〜〜っ!?…な、情けない真似をしてしまった。こんな所、ディランには見せられ…?」
だがその時、ヴィルネスはふとおかしい事に気づいた。ぶつかった燭台が、おかしな方向に曲がったままになっているのである。これに気になったヴィルネスが燭台を捻る様にして動かしてみると、その通りに動かせたのである。
「これは…何かのカラクリか?」
そう思ったヴィルネスが、試してみようとばかりに燭台を右に回す様に捻ってみると…。
―ガキン。ずずずずず…ごごん。
その燭台の傍の石壁が横にスライドして行き、ぽっかりと入口が現れたのである。そしてその奥には通路がありその先に続いていた。
「…ディランはこの隠し通路の事を何も言っていなかった。何が在るというのだ…?」
ヴィルネスはこの先に何があるのか、それが気になってしょうがなくなった。そして彼女は手持ち型の燭台を手にし、炎を灯すとその通路に入って行った…。だがその通路はあまり長く続いておらず、その奥にあったのはこじんまりとした祭壇の様な物だった。しかし…彼女はそこにあった物に思わず目を疑った。
「こ、これは…?」
彼女が驚愕に顔を染め、凝視し続ける先にあった物。それは…。
ー質素な宝箱の中に無造作に押し込められている、獅子の毛皮が装飾として取り付けられた黒の甲冑に、細身で黒い刀身を持つが刃の無い白い柄の大剣。そして、教団の紋章である十字が刻まれた蒼色の鞘を持つ、一振りの長剣だった…。
「ヴィルネス、一番テーブルの人の料理が出来たから持ってっておくれ!」
「はいおかみさん!」
酒場のマスターの奥さんで料理長も兼任するおかみさんからの呼びかけに、クリーム色のドレスの上に、純白のエプロンを羽織ったヴィルネスがお盆にビールの入ったグラス2つと、鯨の肉を大きくカットし焼き上げたステーキ2つ、そしてカリカリに焼き上げたバゲットやパン・ド・カンパーニュの盛り合わせを乗せてテーブルに向かった。
「カリュネスビール2つと『鯨肉のステーキ』2つ、焼き立てパンの盛り合わせをご注文のお客様、お待たせ致しました!」
「ああありがとう!いや、待ち兼ね…おお///////」
「(なんて…美しい人なんだ)」
カリュネスの村に行商で訪れていた二人の行商人は思わず見とれてしまった。だがそれも当然だろう、何せ女神もかくや…と言うぐらいの美貌を持った女性が、太陽を思わせるほどの眩しい笑顔で接待をしてくるのだ。これで見ほれない人間がいるのならば、それは衆道の気がある人間位だろう。
「あの、どうしましたか?」
「あ、ああ!何でもない!!さっそく頂くとするよ!」
「ふふっ、ごゆっくりどうぞ!」
そうお客に笑顔で返答をしたヴィルネスはカウンターへと戻って行った。
「ありがとねヴィルネス、いつも厳しい仕事を手伝わせちゃって悪いねぇ。ここ最近はあんた目当てで北の方から行商人や旅人達が来てますます忙しくなっちゃって」
「いいえ。私はこの村に居候している身ですからお手伝いできることがあるのなら喜んで引き受けさせてほしいです」
おかみさんの問い掛けにヴィルネスは笑顔でこれに応えると、カウンターでグラスを吹いているマスターが茶目っ気を込めて切り出した。
「…本当に気立てのいい子だよヴィルネスちゃんは。ディランもいい幼馴染がいて羨ましいって物さ」
「ま、マスターさん。別に私と彼はそんな…」
「そうだねぇ。ヴィルネスちゃんもあいつの事、満更でもないように思ってんじゃないのかい?あんな他人の事を気に掛けられる様な青年なんてそうそういやしないよ?あたしももう少し若くて旦那持ちじゃなかったら口説いてたってのにねぇ」
「ちょっ!?そりゃあんまりだって!?」
そう言ってマスターが自身の奥さんであるおかみさんに縋りつきそうになるのをおかみさんが頭を押さえつけて仕事に戻そうとする光景を見て、ヴィルネスはまた笑顔になって笑い始めた。
「そ、そう言えば…ディランが護衛で同行してからもう2週間ぐらいになるのか?」
「えーっと…うん、その位になるねぇ。まったく、ディランもヴィルネスちゃんを置いて買い入れ組の護衛として同行するなんてしょうがない子だよ」
おかみさんの問い掛けにヴィルネスも頷く。実はこの時ディランはカリュネスにいなかった。彼はここ最近で採れたシーサーペントの干し肉や鱗に骨と言った物、鯨の干し肉と言った物などを北にある交易都市で売り、それによって得た財貨で穀物やチーズなどの乳製品、雑貨などを買い入れる為の買い入れ組の護衛をする為に同行していたのである。その為この2週間ヴィルネスはディランの姿を見ていなかった。
「おかみさん、そんなに怒らないであげてください。このご時世、護衛を付けないとそうした商隊を狙う盗賊とかも出るでしょうし、護衛が必要なのは当然だと思いますから…それに彼ってああ見えて腕も立ちますし」
「かぁー、あんたは本当にいい子だね。ディランの事をそこまで言ってあげるんだからさ。おっと、お客さんお勘定だよ」
「あっ、それじゃあ片づけて来ますね」
そうしてヴィルネスは再び給仕に戻り、その後マスターから上がってよいと言われるまで仕事に励み続けた…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
給仕の仕事が終わり服装をクリーム色のゆったりとしたドレスに着替え終わったヴィルネスはそのままディランの家に戻る前に、教会の礼拝堂に足を運んでいた。1日の終わりを主神に報告する為である。前は礼拝堂で祈りをささげる前にマヌエル司祭に挨拶をしていたが、今では挨拶も必要なく礼拝堂で祈りを捧げられるようになっていた。
その際…彼女は心に抱えている悩みも打ち明けていた。
「…主よ、今日も私は人々に交じって汗を流しました。しかし…私は今の生活に迷いを覚えてもいます。私は貴方の命を受けて地上に降り立ちました、勇者を育て、導くという使命を。ですが…私はそれを為せませんでした」
「使命を果たせず苦しんでいた私に、この土地の民人であるディランが手を差し伸べてくれました。彼のおかげで私はこの村の人々とも心を通わせる事が出来る様になり、日々が充実した物になっているのが嬉しく思っています…ですが、私は貴方から命じられた使命を果たさないで日々を過ごす事に悩んでもいるのです。…私は、どうすればよいのでしょう?」
そう打ち明けたヴィルネスだったが…やがて彼女の脳裏に『神の声』が響いてきた。
ーヴィルネス、ヴィルネスよ。そなたの悩みも最もであろう、だがその事についても私の不備があった事は否めぬ。なれど私は見た、そのカリュネスの地に住まう『その土地の生まれでない民人』こそ、新たな勇者であると。
―なればこそヴィルネス、今はしばし待て。時満つれば、勇者となるべきものは必ず現れる。それまでは、そなたを迎えてくれたこの地の民と…そしてディランと心通わせよ。
「っ!何故…ディランと心通わせよと言うのですか、主よ!?確かに彼には多大な恩義もありますが…」
ー私の目は節穴ではないぞ、ヴィルネス。いや、そなたとて分かっている筈だ。あの若者と共に過ごす日々が…そなたにとって何よりもかけがえの無いものであるという事に。
主神の指摘にヴィルネスは一瞬、その身を強張らせたが…やがて深く頭を下げながら返答をした。
「…その通りです、主よ。彼との、ディランと過ごす日々は…天上であなたにお仕えする日々では得られない、満ち足りた日々でした」
そう話し始めたヴィルネスの脳裏に浮かんだのは…いつもディランばかりに料理をさせてもらっているのが我慢ならず、自分がやると宣言して始めた物の盛大な失敗をしてしまい、ディランに腹を抱えて笑われたが『まあこんな事もあるさ』と言いながら頭を撫でられた事。
初めて教会のシスターとして手伝い始めた物のその堅物な雰囲気から子供達から怖がられ、夜の給仕の仕事も失敗ばかりして自信を無くしていた自分に潮風が吹く砂浜に寝転がりながら星空を共に眺め、元気づけられた事。
そして度々頭を撫でて来ながらも、心に沁み渉る様な微笑みを浮かべるディランの貌だったのである…。
「ですが…ですが主よ!貴方に仕えるヴァルキリーたる私は、一時の欲情に身を任せてはならないとも思っています!もしそうしてしまったら…私は自分を抑えられなくなる。私は…それが怖いのです」
ヴィルネスの悲しげな告白に、神の声は暫し黙したままであったが、やがて神の声は再びヴィルネスに語りかけた。
ー…では、お前はこのままその想いを抑え込み続ける積りか?想いと言う物は、抑え込み続ければいずれ己自身をも縛り付ける呪いにもなりかねぬ。時として、それを解き放ち想いのままに生きる事もまた必要なのだ。
「っ!?想いを、解き放てと…?」
ーそうだ。無論、すぐに出来る事ではないかもしれぬ。だがこのまま想いを封印して生きる事は、お前にも…そしてお前が想っているディランにもよい事ではない。それを、忘れるな…。
それを最後に神の声は途絶え、呆然としつつもヴィルネスはマヌエル司祭に別れを告げて礼拝堂を後にした…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そしてディランの家に戻ったヴィルネスは寝る前に明日の朝食の支度をし始めていたが…やがて必要な物を取りに家の地下室へと足を運んだ。
「…よし、岩塩と干し肉があった。これで必要な物は揃ったな」
そうして物を移動させた為片づけをし始めた彼女の脳裏には、先ほどの神の声が残り続けていた。
ー想いを封印して生きる事は、お前にも…そしてお前が想っているディランにもよい事にはならぬ。
「(…なら、彼に想いを伝えるべきなのだろうか?………だ、駄目だ駄目だ!//////////私は神に仕える者なのだ、軽はずみに欲情を通そうなど…!し、しかし主は想いを伝えるべきだと…わ、私はどうすればいいんだ!?//////////)う、うううううううっ!?」
―ガツン!
そう脳裏で混乱し始めた彼女は周囲をぐるぐる回り続けていたが、やがて壁に取り付けられ、地下室を照らしている燭台に頭をぶつけてしまった。
「〜〜〜〜〜っ!?…な、情けない真似をしてしまった。こんな所、ディランには見せられ…?」
だがその時、ヴィルネスはふとおかしい事に気づいた。ぶつかった燭台が、おかしな方向に曲がったままになっているのである。これに気になったヴィルネスが燭台を捻る様にして動かしてみると、その通りに動かせたのである。
「これは…何かのカラクリか?」
そう思ったヴィルネスが、試してみようとばかりに燭台を右に回す様に捻ってみると…。
―ガキン。ずずずずず…ごごん。
その燭台の傍の石壁が横にスライドして行き、ぽっかりと入口が現れたのである。そしてその奥には通路がありその先に続いていた。
「…ディランはこの隠し通路の事を何も言っていなかった。何が在るというのだ…?」
ヴィルネスはこの先に何があるのか、それが気になってしょうがなくなった。そして彼女は手持ち型の燭台を手にし、炎を灯すとその通路に入って行った…。だがその通路はあまり長く続いておらず、その奥にあったのはこじんまりとした祭壇の様な物だった。しかし…彼女はそこにあった物に思わず目を疑った。
「こ、これは…?」
彼女が驚愕に顔を染め、凝視し続ける先にあった物。それは…。
ー質素な宝箱の中に無造作に押し込められている、獅子の毛皮が装飾として取り付けられた黒の甲冑に、細身で黒い刀身を持つが刃の無い白い柄の大剣。そして、教団の紋章である十字が刻まれた蒼色の鞘を持つ、一振りの長剣だった…。
16/05/26 00:31更新 / ふかのん
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