連載小説
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殺戮
「…何とか任務を果たせましたね」


「ああ。何とか、だがな」


 親魔物領に対する侵攻部隊の援護と言う任務を命じられ、出向していた聖騎士団の中堅騎士となっていたアルディオと、その補佐役を命じられたフェルメティは出向した先でその任務を達成し、現在セルマディオに向けて帰還していた。


「………」


「如何したアルディオ?気分がすぐれない様だが…」


 だがその先頭に立っているアルディオの表情に陰りがあるのを見たフェルメティがそう問いかけると、アルディオは悲しそうに呟き始めた。


「…フェルメティ団長、今の聖騎士団は果たして聖騎士たりえているのでしょうか?」


「今の俺はもう団長ではないのだがな…何故そう思う?」


「だってそうでしょう!?団長がディラン様が消息不明になったと報告した途端、教団の上層部は貴方に何の弁明もさせぬまま罷免しようとした!そうして貴方の後釜に着いた騎士は…私には教団の教義以外の価値を認めない狭量であり、頑迷な男でしかない!!私にとって団長とはあなた以外に居ません、フェルメティ団長!」


「それに命じられる任務も、人々の守護から『魔物に制圧された土地の解放』と謳っていながら、実際は破壊と虐殺、強奪の嵐でしかないではありませんか!!戦場に出た私には、とても目視できなかった…清貧と敬虔を以て生きるべき騎士達が、我欲のままに人々にまで危害を加えている姿など…!!」


 そう言ってアルディオが無念であると言う様に歯軋りしながら俯くと、フェルメティも苦悶の表情を見せて頷いた。


「そうだな…今の聖騎士団は中央から来た新しい団長様に感化されて、強欲と暴虐のままに動く獣の群れになってしまっている。今となっては清貧と敬虔な信仰を貫いている聖騎士と言えば、俺やアルディオにこの場にいる騎士達。そしてディランぐらいだ…あとは殆ど新団長様の走狗に成り果ててしまった。…全く以て情けないと言うべきだな」


「団長…」


 フェルメティが自身を貶める様な発言をするのを、アルディオは何も言い返せなかった…。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そうして彼らはセルマディオに帰還したのだが…そこで彼らを出迎えたのは騎士達による歓声などではなく、噎せ返ってしまうような腐臭と大量の棺桶だったのである。


「これは…!」


「………!?」


 目の前の光景に言葉が出ないアルディオをよそにフェルメティは近くで埋葬作業を行っていた騎士の一人に事情を求めた。


「おい、一体何が起こった!?我々がいない間何が…?」


「俺に聞かれても困るぞ!?俺達だって帰還して来た時には死体の山がいくつも出来てたぐらいなんだからな!!他の連中を当たってくれ!!」


 …と言う様に主だった騎士達はそう言って作業に戻って行ったのだが、やがてこの都市に最初に戻って来た騎士から話を聞かされた。


「…何だって!?ディランが…?」


「ああそうだ…!我らが都市に帰還した際、都市の門をくぐろうとした時にディランと鉢合わせたのだ。幌馬車を何台も連れているからどこへ何をしに行くのだと問いかけると『最前線へ補給物資を届けに行くように命じられた』と言われてな…それで別れた後に本拠へ戻って見ればこの有り様だ!!ディランめ…同胞や団長閣下ばかりか、教皇聖下までも殺めるとは!!」


 そう言って騎士は憤然やるせないという感じで作業に戻ったのだが、フェルメティには信じられなかった。あのディランが何の理由もなしに、このような惨劇を引き起こす訳がないと思ったのである。そこでフェルメティは凄惨な有様となった大広場をくまなく歩き回っていたが、やがてそこかしこに微かに残っていた『ワーウルフと思われる獣の毛』を見つけたのである。


「(…あいつ、まさか!)」


 フェルメティは自身の頭の中に浮かんだ考えに思わず震撼したが、その考えは的中していた…。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【3日前】


 教皇は目の前で起こった出来事を理解できなかった。その時、教皇は聖騎士団に所属する騎士の一人が魔物共と共生していた寒村を制圧して住民たちを連行して来たのに対し、それを処刑するように命じた。そして一匹のワーウルフの子供を断頭台に首を押し当て、両刃斧を手にした聖騎士がその首を刎ね飛ばすのを今か今かと見ていた…はずだった。


ードグシャア!!


 そんな音が響いたのは正にその時だった。教皇がふと音のした方を向くと、多くの騎士達が所狭しとその処刑を眺めていた一部分が爆発でも起きたかのように吹き飛んでおり、吹き飛ばされた騎士達は何れも甲冑を纏っているにも拘らず、その甲冑が無残にへしゃげ手足があり得ない方向に曲がっている状態で目や鼻から血を垂れ流して事切れていたのである。


―ぐちゃっ!


 また音がした。突如として現れた惨劇の現場を呆然と眺めていた教皇が慌てて音の方を向くと…自身が最も信頼を寄せていた聖騎士・ディランが、手にしていた刃の無い黒い細身の刀身を持った大剣で、今まさにワーウルフの子供の首を刎ね飛ばそうとした騎士の頭蓋を叩き潰していた。そしてその頭蓋を叩き潰すのを見たディランが即座に大剣を横薙ぎにして騎士の亡骸を他の騎士達のいる方に吹き飛ばすと、断頭台に押しつけられていたワーウルフの子供を抱き抱えたかと思うと、一足飛びで捕えた村人達の元へ跳び、子供を引き渡した。


 それを為したかと思うと今度は目の前の光景を自分と同じく呆然とした表情で見ていた騎士団長を初めとした幹部達に猛然と襲いかかった。これに団長を初めとした幹部達も漸く事態を飲み込んだのか慌てて武具を構え始めたが、ディランの前では何の抵抗も出来なかった。


ーブチイッ!


 ある者はディランが首元に大剣を横薙ぎに振るった事で首が捥げ飛んだ。


ーグシャッ!


 ある者は胴体にディランが振るった大剣が直撃し、そのまま吹っ飛んで城壁にめり込んだ。


ーブチュッ!


 そして後釜として騎士団長に任命した男は、ディランが持つ大剣を脳天から叩き込まれた事で頭蓋が熟れたトマトの様に潰れて死んだ…。そして気が付くと、あれほど大広場を埋め尽くしていた聖騎士団の騎士達は悉くが冥界に叩き落され、生きているのは自分と捕えた村人達、そしてディラン位しかいなくなっていたのである。


 そうして大剣の刀身にへばり付いていた肉塊を一回振るっただけで吹き飛ばしたディランはその瞳を、憤怒一色に染め上った瞳を壇上で石像のように固まったままの自分に向けると、そのままゆっくりと近づいてきた…!


ーカツ、カツ、カツ、カツ。


「ま、待てディラン!?な、何故斯様な所業を行う!?お前は聖騎士の責務を忘れたのか!?魔物は悪なのだ!討ち倒す事が神の望みなのだぞ!?」


 教皇が必死に彼を説得しているのがよく聞こえる。だが彼は止まらない。


ーカツ、カツ、カツ、カツ。


「わ、私はお前の事を高く買っていたのだ!聖騎士として次の団長に据えたいと思うほどにお前を信頼していた!!なのにその期待を裏切るというのか!?(どさっ!)ぐあっ!?」


 ディランが近づくのを見て後ずさりし始めるも、そのまま落下してしまう教皇を見たディランは祭壇を回り込むように近づいて行く。


ーカツ、カツ、カツ、カツ。


「わ、私を殺せば教団に所属する全ての者達から狙われる事になるのだぞ!?お前ほどの騎士ならばそれが分からない訳がないだろう!?」


 地べたをはいずりながら教皇は脅しめいた言葉を放ち始める。…それでも彼は止まらない。


ーカツ、カツ、カツ、カツ。


「や、止めろ…近づくな!近づかないでくれ!!おお主よ、どうかあなたの良き僕たる私をお助け下さい!!如何か、主よ…た、た"じゅけ"て"え"え"ええ!????」


 そうして終いには顔面が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、跪いて手を組んで祈りを捧げる格好となった教皇の前に、ディランは辿り着いた。その手にはこの場にいた聖騎士達悉くを冥府に叩き込んだ刃無き大剣が肩に乗せられている…。


「や、止めでぐれ…!慈悲を……お慈悲を!!だ…だじゅげでぐれ!じにだくない!じにだぐない!!!じにだくないんだあああああ!!」


 そう言って彼の足元に縋りついて許しを請う教皇に対し…ディランは静かに呟いた。


「…お前はそう言って許しを求めてきた者達に何をした?」


 そう呟いて間もなく、彼は手にした大剣を今だ許しを請うて泣き喚く教皇目掛けて…振り下ろした。


ーグチャッ…!


 耳にこびりつくような嫌な音が響き、地面が半ば陥没してしまったのを彼は暫し眺めていたがやがて手にしていた大剣をゆっくりと引き上げる。そこには…血が周辺に飛び散り、手足も捥げ飛んでいる誰とも知れない肉塊が転がっていた。だがその肉塊の近くに転がっている、捥げ飛んだ腕の一つに教皇が身に着けていた豪奢な指輪が填められており、これが教皇であると示している事だろう。ディランは暫しそのままの状態で立ち続けていた…。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 やがて放心状態から立ち直ったディランは騎士団庁舎にあった幌馬車に村人達を乗せると人間の男性に深々とフードを被る様に伝え、自らは血塗れになった甲冑をカーテンを破いて荒々しく拭き取り、そうして厩舎に止めてある自身の愛馬に跨るとそのまま庁舎を後にした。


 そうして城門に来ると別の任務に赴いていた騎士団の同僚と鉢合わせたが何とかごまかして脱出に成功する。やがてディランと幌馬車の一団は親魔物領との国境辺りに差し掛かった。


「…ここまでくればもう安心だ。後は親魔物領の人々に匿って貰えば、命の心配はない」


「じゃが…お前さんはどうするんじゃ?あのような事件を起こして、よもや戻れるわけもあるまい…もしよければ儂らと来ぬか?お主は…儂らの命の恩人なんじゃ。出来ればともに来てほしい」


「そうだよ兄ちゃん!俺達と一緒に行こうよ!!」


「お兄ちゃん、行かないで…?私達と、一緒にいてよ…」


 長老の言葉に子供達はおろか他の村人達も彼に同道してほしいと懇願するが…ディランは首を縦に振らなかった。


「…事情がどうあれ、俺は結果的に教団の手先として魔物領に侵攻した身だ。破壊と虐殺の片棒を担いだ俺には…魔物領に行く資格は無い。…心配しないでくれ、運がよければまた会えるさ。…達者でな」


「っ!待って、行かないでよ兄ちゃん!」


「やだ…やだよぉ…お兄ちゃああああん!!」


 そう言うとディランは引き留めようとする大人たちや、行かないでほしいと泣き叫ぶ子供達の声を背に受けながら…夜の闇夜に消えて行った。
16/06/03 01:17更新 / ふかのん
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■作者メッセージ
 ここで連絡です。暫く出張になってしまったので更新が遅くなるかもしれません。ご了承のほどを。

 ではノシ

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