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昔、あるところに1つの農村がありました。
その農村にはリアムという青年が両親と共に暮らしており、裕福とまではいきませんが慎ましやかな生活を送っていました。
しかし、ある時リアムの住んでいる国が隣の国と戦争を始めてしまい、状況が悪くなり始めてからは若い者達が徴兵されてゆき戦場へと送られて行きました。
そしてまだリアムの住む村にはまだそのような徴兵によって連れて行かれた者はその時まではいませんでしたが、ある時を境にリアムの家に1通の手紙が届いたのでした...
____________
ある日の朝のこと。僕はいつも通りの時間にベットから起きて部屋から出ると日課の散歩をしようと思って玄関まで向かっていたんだ。
それで滅多に手紙や郵便物が入ることのない家の郵便受けに手紙が入っているということに気がついて僕は少し嬉しい気持ちになりながらその手紙を取り出したのさ。
でもその紙は僕の期待や予想を裏切るような物だったんだ...
何故ならそれは徴兵の知らせを伝える為の召集令状だったのだから。
それから僕はとりあえず母さんにこのことを伝えるために日課の散歩を取りやめて台所へと向かったんだ。
「...母さん、おはよう。」
「あら、リアム。おはよう、昨日は良く眠れた?」
「うん、しっかりと寝れたよ...」
「なら良かったわ....でもこの時間ならいつも散歩に行っているじゃない。何かあったの?」
そう聞かれたので僕は先程郵便受けから持ってきた召集令状を取り出して見せた。すると母さんは少し驚いた後に悲しい表情になって
「....この家にもとうとう来てしまったのね。」
そう言って僕に徴兵について詳しく教えてくれたんだ。
「....だから、この家からは1番若いリアムを軍隊に出さなければならないの。お父さんはもうそこまで動くこともできない歳でしょうから....」
「でも、悪いことだけじゃないだろう?だって軍隊に一応は入るんだから給料は支給されるし食べ物や寝るところだって用意してくれて....今の暮らしを少しぐらいは楽にできるだろうし....」
そこで僕は軍隊に素直に入るよ、と言おうとしたが母さんの泣き出しそうな顔を見て言うのを躊躇ってしまった。
「リアム....私は貴方を戦いに行かせたくないの。それに、人を殺すだなんてこともさせたくはないわ。だって、だって貴方は私の自慢の1人息子なんですから....」
「....僕だってそれはよく分かっているよ。でも、これは拒否できるものじゃないんだ。だから、嫌ではあるけども行くしかないだろう....?」
そう言って僕は泣き崩れる母さんを抱きしめてしばらくの間慰めたんだ....
____________
母さんに召集令状を見せてから1日経って僕は軽く準備をした後、隣の家に住んでいた同じように徴兵される友人のジョンと共にこの村を出て、1番近くの招集施設がある都市に向かうことにした。
ジョンは小さい頃からの友人で年も近いことからとても親しい間柄だった。だからこそ彼も同じように召集されることを悲しんでいた。
「....なあリアム。俺ら本当に生きて帰ってこれるかな....」
「それは....僕でも分からないよ。」
「....あの令状、お前のところにも届いただろう?それでさ、あれを見た母さんがな泣きながら行かないでくれって言ってたんだ。」
「僕も同じような感じだったよ....」
「でも行かないっていう選択肢はないだろう?....だから必ず帰るって約束をして家を出てきたんだ。」
「....なら、必ず帰ってないといけないね。」
そう話し合いながらも道を進んでいると手紙に書かれている場所に辿り着いたので列に並ぶようにして建物の中に入って行った....
____________
建物の中に入って列が進むのを待ちながら少しずつ受付へと進んでいき、受付に辿り着いたら送られてきた令状を渡してそれから軽い検査を受けた後、渡された少しシワのある軍服を着て訓練に早速参加することになった。
訓練ではまずランニングや障害物を乗り越えたりする体力を鍛えるものを受けて、その後は誰かと組んで至近距離での白兵戦と呼ばれる格闘術の練習を行ったんだ。
それが終わってからは実際に使う武器の取り扱いについての訓練になり、銃を1人1丁渡されて射撃の訓練を行うことになったのさ。
銃っていうのは初めて持って使ったけどそこまで重くなくて扱い方もそこまで難しくもなかったんだけど撃ったときはとても驚いたんだ。こんなにも小さい武器でこんな威力を出すことができるってことにね。それと同時にこれを使って敵とはいえ同じ人間を撃たなければならないんだって思うと驚きよりも怖いって感情の方が強くなったよ....
____________
そうして短い間で色々な経験をして、訓練を積んだ僕は同じようにして訓練を終えたジョンと共に前線に向かう輸送車に乗り込んで配属になる場所へと向かい始めたんだ。
輸送車も馬が動力源の馬車ではなくて自動車という燃料を使って動く乗り物になっていて速度は速かったけども振動や揺れが酷くて乗り心地は馬車と同じかそれ以下だった。
輸送車の中は人が向かい合って何とか座れるぐらいの広さで特にすることもなかったから輸送車の後ろから見える景色をずっと眺めていた、けれど景色はどんどんと酷いものになっていったんだ....
出発して数分の間はまだ人気のある家々が続いていたけども、しばらくすると空から爆弾を落とす爆撃という攻撃によって破壊された建物や火災で真っ黒になった形を保っていない瓦礫の山が見えてくるようになってきた。
その瓦礫の山が見え始めてくると燃える木の臭いと射撃訓練の時に初めて嗅いだ火薬の臭いが風に乗って流れてきて、ここが嫌でも戦場なのだということを実感させられたよ....
そうして景色があまり変わらなくなり始めた頃合いに前線のある塹壕の入り口あたりに辿り着いたのか輸送車が停止したので荷台から降りて、ジョンと共に所属になる隊の場所まで細く狭い塹壕を時には体をそらしたりして上手くすれ違いながら進み、途中で道も聞きながら何とか隊の待機所まで行くことができたんだ。
「....すみません、第56小隊はここでしょうか?」
「ああ、いかにもここがそうだが....新しい補充兵員なのか?」
「そうです、後方の方から補充兵員として配属になりました。」
そう言って僕とジョンは配属届けを軍曹に渡した。
「そうか....では、わたしがこの隊の軍曹だ、よろしく頼むぞリアム、ジョン。」
「こちらこそお願い致します、軍曹。」
こうして僕らはこの日からこの隊に所属し戦うことになった....
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そしてこの隊に所属してから数週間が過ぎていた。
ここ最近では塹壕での生活にも慣れ、敵の動きを交代で確認する時にもしっかりと監視を行えるようにもなり始めていた。もちろんジョンもね。
それで慣れてきて少し気分が和らぎ切っていた時に前線の隊全てに新しい作戦について通達されたようで軍曹は届けられた命令書を2回ほど確認した後、隊の人員を集めて会議を行い始めたんだ。
けれどその作戦は予想していたものよりも酷いものだった。
「....全員集まったな。これから明日の朝に行われる突撃作戦について説明を行う。」
「突撃作戦....?それってどういうことなんでしょうか。」
作戦の名前を聞いて唖然としていた僕はジョンが質問していることに気がついて詳細を聞いてみることにしてみた。けれども作戦は名前の通りで....
「この作戦は笛の音と共に塹壕から這い出て敵の前線に突撃し、味方の前線を引き上げるというものだ。だからこそ立ち止まることは決して許されない。」
死んでしまうかもしれないリスクの高いものだった。
____________
それから僕とジョンは震える手を何とか抑えながらこれから始まる戦いのために装備を整えていたんだ。だけど....
「...なあリアム。俺、やっぱり怖いよ....だって、死んじまうんだぞ。」
ジョンに声をかけられた僕は銃のレバーから手を離して返事した。
「僕だって怖いさ...だけどだからと言ってここから逃げ出すこともできないだろう?」
「そうだけどさ....死ぬのは怖いじゃないか。」
「僕もそうだ、だけどこっちがやらないとあっちは問答無用で攻撃してくるんだから怖がっていても無駄に死んでしまうだろ。だから、気を強く持たないと....」
「.....リアムは強いんだな、なんだか....羨ましいよ。」
「僕は君に言われるほど強い人間なんかじゃないさ....」
そう言ってまた銃のレバーを握り直して調整し始めた....
____________
そして装備の調整から数時間後、仮眠を取っていた僕らは隊の仲間から肩を叩かれて起こされ、ずれていた鉄帽をもう一度しっかりと結び直して少し服を正した。
ジョンはどうやら既に起きていたようでしきりに手を震えさせながらも手を合わせて何かに向かって祈っていたんだ。だから僕が起きたっていうのを伝えると同時に少し落ち着かせるために肩を少し叩いた。
するとジョンも僕の顔を見て落ち着いたのか顔も多少落ち着いた顔つきになったので僕は安心して携行食をジョンと一緒に食べることにした。
そしてしばらくした後軍曹が隊全員の前に立ち作戦の旨をもう一度確認し、配置に着くように連絡を伝えられたので気持ちをできるだけ引き締めて着剣の合図と共に銃の先に銃剣を取り付けてから近くの塹壕内の壁に張り付いた。
緊張して動機がはっきりと聞こえるぐらいになりながらも待機し、何処からか聞こえた笛の音と共に塹壕からできるだけ急いで這い出て、無人地帯である敵陣地まで走り抜けるために歩みを進めていったのさ....
けれども無人地帯は整地された場所ではなくそこら中が爆発によって抉れていて汚れた泥水や味方か敵かも分からない死体がそこら中に散乱していたんだ。
まだ鉄条網や泥水だけなら耐えられたけども以前まで生きていた人であったものの死体はハエがたかっていたり腐臭が漂っていて近づきたくもなかった。それに死体から感じる視線も嫌だったしね。
そしてさらに進みにくいだけでなくて向こう側からは敵の放つ弾丸があっちからもそっちからも飛んできていてまともに立っていることができなかったんだ。だから爆発で抉れた穴に潜っては出て潜っては出るというのを繰り返すことで少しずつではあるものの敵の陣地まで確実に近づくことができていた。
そしてついに最後の鉄条網を潜り抜けて敵の陣地である塹壕に入り込んだんだ。
すると敵の塹壕の中では既に辿り着いたら味方が戦っていて、敵は逃げながらも攻撃をしているという状況だった。そして運良くそんな中でもジョンと合流することができたのさ。
「ジョン!ジョン!、大丈夫かい?」
「ああ、俺の方は大丈夫さ。リアムの方はどうだ?」
「いや、僕の方も何も問題は無いよ。」
「よし....ならこの下の方に通っている通路を見に行こう。この通路はさっき敵が逃げこんで行くところを見た場所なんだ、2人で行くぞ!」
「分かった!」
そう言って僕とジョンはトンネルのように掘られている下の通路を制圧しに向かったんだ。
下の通路は暗かったけどもまだランタンの火が灯ったままだったから視界には困らなかった。だけど敵の姿は見当たらなくてこの場所だけ戦場ではないような雰囲気だったんだ。....だから少し油断してしまったのかもしれない。
「.....!、ジョン!ワイヤー式の地雷だ!気をつけて!」
「何!、ワイヤー爆弾だって!何処にあるんだ......あっ!」
「ジョン!危ない!」
その時ジョンは足元に転がっていた缶に運悪くつまずいてしまって転び、完全にワイヤーを踏み抜いてしまったんだ。
踏み抜いてしまったと同時に金属のピンが抜けるような音と同時に凄まじい音を立てながら目の前で爆発し、僕は後ろに吹き飛ばされたんだ。
少し負傷してしまったけども僕は1番爆発に近かったジョンのことが心配になり、確認をするために急いで立ち上がってワイヤーのあった場所まで戻ったんだけど、そこには酷い状態のジョンが倒れていて今にも死にそうだったんだ...
「ジョン!生きているかい!ジョン!返事をして!」
そう言ってジョンの体を少し揺さぶった。するとジョンはまだ生きていてしっかりと呼吸をしながら苦しんでいた...
「ああ....ゲホッ.....リアム、痛い、痛いんだ、ああッ!何かが、刺さって、うっ....」
「とりあえず装備を外すよ!ジョン!」
そう言って僕はジョンから装備を外して傷が手当てできるようにしたんだ。だけど、あらゆるところに破片が刺さっていてそこから止めどなく血が溢れ出していたんだ。それでも必死に包帯を上から当てて、止血しようと頑張ったけど止まってくれなくて
「嫌だ、いやだ、リアム、俺、しにたくない、リアム、いやだ、いやだ....」
「止まってくれ!頼むから!どうして、どうして止まらないんだ....」
そうしている間にもジョンは段々と反応が弱々しくなっていって
「あれ....母さん、母さん、そこにいるのかい、なんだか、ねむくなってきて...」
「ジョン!駄目だ!生きて帰るんだろう?ならここで死んじゃ駄目だ!」
「リアム....おれ、もう、だめみたいだ、だから、おいて、いって....」
「駄目なわけないさ!それに置いて行くなんてできないよ....」
「リアムは、やさしいなあ、ほんとうに、おまえは....」
そう言うとジョンは自分の首に付いていた認識票を弱々しい手でなんとか引きちぎり、僕に差し出した。
「これを、母さんに、とどけて、くれよ.....」
そして、それを最後にジョンからは力が抜けてしまい、呼吸も止まってしまった。
「ジョン?ジョン?返事をしてよ、ジョン、お願いだから、ねえ、ジョン.....」
いくら名前を呼んでも返事は返ってくることはなくて....
それはつまりジョンが死んだと言うことだった。
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それからリアムは制圧された敵の塹壕の中で気絶して倒れていたところを味方の衛生兵に発見され、病院へと運び込まれました。
リアムは度重なるショックが原因だったのか長い期間気を失っていたようで意識が戻ったのは気絶してから2週間ほどのことでした。
さらには意識が戻ってもしばらくの間放心状態に近い状態が続いていたためにまともな会話ができるようになるまでそこからさらに時間がかかり、リアムも重傷ではないもののあのワイヤー式爆弾を食らってしまっていてその傷が治るまでの期間を含め数ヶ月あまり病院で過ごしました。
そしてその間に戦争は戦い続けるということが資金的にも物資的にも難しくなり停戦という形で終わりを告げました。
こうしてリアムは治療が終わり退院になると故郷へ帰ることを許可され、1人故郷の村へと帰るのでした....
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あの後僕は気がつくと病院のベットの上にいて治療を受けていたんだ。だからもしかしたらジョンがいるかもしれないと思って近くを通りかかった看護婦にジョンという人を知らないかと聞いたけど搬送されてきていない、と言われその後に胸ポケットを探るとそこには乾いた血の付いたジョンの認識票が入っていてあれは夢ではなかったのだと改めて感じたんだ....
それからはほとんど記憶がないんだけど戦争が終わったってことはこっちの方まで情報が来ていたから知ることができたんだ。
それでその知らせが届いた頃合いに僕は退院になり帰ることを許されたから支給されたお金と少しばかりの携行食を持って1人村へ帰ることになった。
村に、家にさえ帰れば両親が出迎えてくれる。両親が慰めてくれるはず、分かってくれるはずだと。そう思って体を引きずりながらも家を目指したんだ。
だけど、現実っていうのは酷くてね、残酷だったんだ。
僕の家は瓦礫の山になっていて、火災でほとんどが焼失していて
誇りに思っていた田畑は全て無造作に刈り取られ、荒らされ尽くしていた。
とりあえず状況が理解しきれない僕は家だったものの瓦礫に近づいて行くと、戦場で嗅いだあの独特な死人の臭いがしたんだ。
嫌な予感がしたけどもそうでないでくれと思いながらもあたりを探るとそこには原形を保っていない両親の亡骸が無造作に焼かれ放置されていて
それを見つけた僕は大きな声を張り上げてただ、ただ泣くことしかできなかった....
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その後少し落ち着いてからジョンの家にも向かったけどもジョンの家も跡形もなく焼かれていた。死体は、僕には見る勇気はもうなかった。
だから認識票は僕が持っておくことにしたんだ。これがあるとジョンが付いてくれている気が心なしかするからね.....それに渡すはずだったジョンの両親は僕の両親と同じように死んでしまったから.....
それから僕はどの道もう暮らすことのできないこの場所から離れて、近くの大きい街へと向かうことにしたんだ。
どうして街に行ったのかは色々と理由があったからだけど、1番大きかったのはもうあの村には自分の居場所がないのだと理解したからなのだと思う....
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こうして街へとやってきたリアムでしたが街へ一度入ると街の住人からは白い目で見られ、すれ違いざまに陰口を言われたりしました。酷い時には大きな声で罵声を浴びせられたりもしました....
これはリアムが一時的にでも軍人であったということが原因であの戦争ではリアムの国が負けてしまったため、負けたのは軍隊の所為だと、戦争で負けたことで不自由になってしまった暮らしも全て軍隊が悪いというように考えられており、運悪く着る物が軍服しか無かったリアムは住人の陰口の格好の餌食になってしまったというわけでした。
そして度重なる精神的な負荷によりリアムは時々幻聴が聞こえてきたり幻覚が見えてしまうようになり、それを紛らわすという名目で酒を飲むようになったのです....
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街には来ることができたけどもホテルや宿に泊まることができるようなほどお金は持っていないため僕はやむを得なくホームレスのように路地裏で昼間は生活するようにし、夜は酒場に入り浸るようになったんだ....
元々お酒は好きでは無かったんだけど最近になって疲れからなのか聞こえていないはずの音が聞こえてきたり、見えないはずのものが見えたりすることが良く起こるようになって....少しでもそれを和らげるために酔ってどうにかしようと思って飲んでるのさ。
....それでいつもの席で同じウイスキーを頼んで少しずつ飲んでいると見慣れない女性が隣に座っても良いかと聞いてきたんだ。それで僕は構わないと言った....
「....ねえ、貴方かなり若いようだけどもこんなところへどうしたのかしら...?」
「....気を紛らわせたくて苦手だけどもお酒飲みに来ているんですよ。」
「....ということは余程酷いことがあったのね。一体何があったの....?」
「....長くなりますけどね。」
そうして僕は今まで起こったことを話してしまったんだ。でも彼女は不思議な雰囲気の女性で話してしまっても良いというように感じたんだよ...
「....なら、こんなところによりももっと気を紛らわせられる場所があるわ。」
そう言って彼女は僕のウイスキーの代金と自分の代金を支払うと酔っていて意識があまりはっきりしていない僕を半ば強引に酒場から連れ出し、ホテルへと連れて行かされたんだ。でも、そのホテルはただのホテルじゃなくて、そういうことをするためのホテルだったんだよ....
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あれから数分後。ホテルの部屋にまで連れてこられた僕はベットの上に座らされて、僕が座ったことを確認すると慣れた手つきで彼女は服を脱ぎ始めたんだ。そこで僕はようやく酔っていてぼんやりとしていた思考がはっきりとしてきて、今起きていることの異常さに気がついた。
「こんなところで一体何をするんですか!」
そう彼女に言い放った僕は本能的に部屋のドアまで逃げ、彼女のことを睨みをきかせて見ていると彼女は服を脱ぐのを止めて
「...本当に冗談じゃなくてそういうことが分からないのかしら。」
と言い、ドアまで逃げていた僕の目の前に一瞬のうちに移動してきた。
そして彼女は僕の腰に手を回すようにして抱きつくと
「予定とは違うけど、ここで寝てもらうわ....」
そう言って僕の脇腹にナイフを刺してきたんだ......
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それからしばらくした後、腹部に痛みを感じながらも気がつき起き上がると僕はホテルの裏手にあるゴミ捨て場で横になっていたことに気がついたんだ。それでとりあえず荷物の確認をしようと思ってポケットを探ってみると何も入っていないことに気がつき、あの女性、彼女に盗まれてしまったのだと理解したのさ。
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こうしてリアムは詐欺というものに人生で初めてあってしまい、お金や価値のありそうなものは全てあの女性に盗られてしまったのでした。しかし不幸中の幸いだったのかナイフで刺された場所の傷はあまり大事にはならない浅い傷であったため傷はすぐに塞がりましたがリアムはこのことが原因で人と関わることに恐怖心を過剰に抱くようになり、また信じるということができなくなってしまったのです。
しかしお金を盗まれてしまったために最低限の生活を送るということすらもできなくなってしまったため、リアムは仕事を探すことにしました。けれども経歴がはっきりとしていないということや、軍人であったということから何処に行っても門前払いされてしまい、職に就くことができませんでした。
そして必死に仕事を探していたリアムでしたがその気持ちが届くことはなく、さらには一度は終わったはずのあの戦争がその間にも再び起こってしまい、徴兵は再び行われ志願を募るようになり始めました....
リアムは最後の最後まで何度も悩みましたが普通の職に就くことを諦め、嫌々ではありましたが軍隊に再び志願することにしたのです。
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....嫌ではあったけども僕は仕方がなく軍隊へと再び戻ってきたんだ。
軍では食料も支給されるのはもちろんのことお金も支給がされる、だから僕は仕事に入れずに野垂れ死ぬよりはましだろうと思ってね...
それで僕には以前所属していたという経歴が少なからずあったのですぐさま前線の方へと送られていったんだ。
前線の方は以前配属になった場所ではなかったけれども雰囲気は同じ、いや酷かったのかもしれないな....
塹壕の中では目元にマスクを着けた味方の兵がたくさんいて歩く時にはマスクを着けていない者の肩に手を置いて連なるようにして移動していた。
気になりはしたけども話したこともないような他人と話をしようとは思えなくて....結局は聞かずじまいで終わってしまったのさ。
それでその出来事から数週間が過ぎた時、僕は夜間警備を交代で行なっていたんだ。
夜間警備とは言うもののあかりをつけて照らしながら見ているわけではないからほとんど何も見えないんだけどね....動いているものがあれば報告したんだ。
けれどもその日は1回か2回ほど普段であれば報告が行われ動いたものを撃っているんだけど1度も報告が無かったんだ。
僕は少し違和感を覚えてはいたんだけども対して気にすることもなく自分の番が回ってきたから暗闇の先を良く目を凝らして見ていたんだけどその時突然瓶の栓が抜けるような音がしたかと思うと足元から空気が抜けるような音が鳴り始めて....
異臭がし始めたと気がついた時には既に遅くて、僕は目が見えなくなってしまったんだ。
僕はあたりから聞こえる味方の叫び声や呻き声などを気にかけもしないで塹壕の中を何故かはわからないけど慌てて叫びながら歩き回ったのさ。
それで気がついた時には何処かの爆発で抉れたであろう穴に落ちてしまったのか落ちている感覚を感じて.....とても長く落ちていたんだと思う。
何かを通り抜ける感触を感じた後僕は頭から何か冷たい物の上に勢いよく落ちたんだ。そして気がつくと僕は目が見えない状態で「雪」に埋れていた....
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こうして彼は偶然にも落ちた穴の底に開いてしまった次元の穴に引き込まれてしまって、別の世界へと飛ばされてしまったのでした....
けれども、これは彼にとって新たな人生の始まりでもありました。
その農村にはリアムという青年が両親と共に暮らしており、裕福とまではいきませんが慎ましやかな生活を送っていました。
しかし、ある時リアムの住んでいる国が隣の国と戦争を始めてしまい、状況が悪くなり始めてからは若い者達が徴兵されてゆき戦場へと送られて行きました。
そしてまだリアムの住む村にはまだそのような徴兵によって連れて行かれた者はその時まではいませんでしたが、ある時を境にリアムの家に1通の手紙が届いたのでした...
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ある日の朝のこと。僕はいつも通りの時間にベットから起きて部屋から出ると日課の散歩をしようと思って玄関まで向かっていたんだ。
それで滅多に手紙や郵便物が入ることのない家の郵便受けに手紙が入っているということに気がついて僕は少し嬉しい気持ちになりながらその手紙を取り出したのさ。
でもその紙は僕の期待や予想を裏切るような物だったんだ...
何故ならそれは徴兵の知らせを伝える為の召集令状だったのだから。
それから僕はとりあえず母さんにこのことを伝えるために日課の散歩を取りやめて台所へと向かったんだ。
「...母さん、おはよう。」
「あら、リアム。おはよう、昨日は良く眠れた?」
「うん、しっかりと寝れたよ...」
「なら良かったわ....でもこの時間ならいつも散歩に行っているじゃない。何かあったの?」
そう聞かれたので僕は先程郵便受けから持ってきた召集令状を取り出して見せた。すると母さんは少し驚いた後に悲しい表情になって
「....この家にもとうとう来てしまったのね。」
そう言って僕に徴兵について詳しく教えてくれたんだ。
「....だから、この家からは1番若いリアムを軍隊に出さなければならないの。お父さんはもうそこまで動くこともできない歳でしょうから....」
「でも、悪いことだけじゃないだろう?だって軍隊に一応は入るんだから給料は支給されるし食べ物や寝るところだって用意してくれて....今の暮らしを少しぐらいは楽にできるだろうし....」
そこで僕は軍隊に素直に入るよ、と言おうとしたが母さんの泣き出しそうな顔を見て言うのを躊躇ってしまった。
「リアム....私は貴方を戦いに行かせたくないの。それに、人を殺すだなんてこともさせたくはないわ。だって、だって貴方は私の自慢の1人息子なんですから....」
「....僕だってそれはよく分かっているよ。でも、これは拒否できるものじゃないんだ。だから、嫌ではあるけども行くしかないだろう....?」
そう言って僕は泣き崩れる母さんを抱きしめてしばらくの間慰めたんだ....
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母さんに召集令状を見せてから1日経って僕は軽く準備をした後、隣の家に住んでいた同じように徴兵される友人のジョンと共にこの村を出て、1番近くの招集施設がある都市に向かうことにした。
ジョンは小さい頃からの友人で年も近いことからとても親しい間柄だった。だからこそ彼も同じように召集されることを悲しんでいた。
「....なあリアム。俺ら本当に生きて帰ってこれるかな....」
「それは....僕でも分からないよ。」
「....あの令状、お前のところにも届いただろう?それでさ、あれを見た母さんがな泣きながら行かないでくれって言ってたんだ。」
「僕も同じような感じだったよ....」
「でも行かないっていう選択肢はないだろう?....だから必ず帰るって約束をして家を出てきたんだ。」
「....なら、必ず帰ってないといけないね。」
そう話し合いながらも道を進んでいると手紙に書かれている場所に辿り着いたので列に並ぶようにして建物の中に入って行った....
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建物の中に入って列が進むのを待ちながら少しずつ受付へと進んでいき、受付に辿り着いたら送られてきた令状を渡してそれから軽い検査を受けた後、渡された少しシワのある軍服を着て訓練に早速参加することになった。
訓練ではまずランニングや障害物を乗り越えたりする体力を鍛えるものを受けて、その後は誰かと組んで至近距離での白兵戦と呼ばれる格闘術の練習を行ったんだ。
それが終わってからは実際に使う武器の取り扱いについての訓練になり、銃を1人1丁渡されて射撃の訓練を行うことになったのさ。
銃っていうのは初めて持って使ったけどそこまで重くなくて扱い方もそこまで難しくもなかったんだけど撃ったときはとても驚いたんだ。こんなにも小さい武器でこんな威力を出すことができるってことにね。それと同時にこれを使って敵とはいえ同じ人間を撃たなければならないんだって思うと驚きよりも怖いって感情の方が強くなったよ....
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そうして短い間で色々な経験をして、訓練を積んだ僕は同じようにして訓練を終えたジョンと共に前線に向かう輸送車に乗り込んで配属になる場所へと向かい始めたんだ。
輸送車も馬が動力源の馬車ではなくて自動車という燃料を使って動く乗り物になっていて速度は速かったけども振動や揺れが酷くて乗り心地は馬車と同じかそれ以下だった。
輸送車の中は人が向かい合って何とか座れるぐらいの広さで特にすることもなかったから輸送車の後ろから見える景色をずっと眺めていた、けれど景色はどんどんと酷いものになっていったんだ....
出発して数分の間はまだ人気のある家々が続いていたけども、しばらくすると空から爆弾を落とす爆撃という攻撃によって破壊された建物や火災で真っ黒になった形を保っていない瓦礫の山が見えてくるようになってきた。
その瓦礫の山が見え始めてくると燃える木の臭いと射撃訓練の時に初めて嗅いだ火薬の臭いが風に乗って流れてきて、ここが嫌でも戦場なのだということを実感させられたよ....
そうして景色があまり変わらなくなり始めた頃合いに前線のある塹壕の入り口あたりに辿り着いたのか輸送車が停止したので荷台から降りて、ジョンと共に所属になる隊の場所まで細く狭い塹壕を時には体をそらしたりして上手くすれ違いながら進み、途中で道も聞きながら何とか隊の待機所まで行くことができたんだ。
「....すみません、第56小隊はここでしょうか?」
「ああ、いかにもここがそうだが....新しい補充兵員なのか?」
「そうです、後方の方から補充兵員として配属になりました。」
そう言って僕とジョンは配属届けを軍曹に渡した。
「そうか....では、わたしがこの隊の軍曹だ、よろしく頼むぞリアム、ジョン。」
「こちらこそお願い致します、軍曹。」
こうして僕らはこの日からこの隊に所属し戦うことになった....
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そしてこの隊に所属してから数週間が過ぎていた。
ここ最近では塹壕での生活にも慣れ、敵の動きを交代で確認する時にもしっかりと監視を行えるようにもなり始めていた。もちろんジョンもね。
それで慣れてきて少し気分が和らぎ切っていた時に前線の隊全てに新しい作戦について通達されたようで軍曹は届けられた命令書を2回ほど確認した後、隊の人員を集めて会議を行い始めたんだ。
けれどその作戦は予想していたものよりも酷いものだった。
「....全員集まったな。これから明日の朝に行われる突撃作戦について説明を行う。」
「突撃作戦....?それってどういうことなんでしょうか。」
作戦の名前を聞いて唖然としていた僕はジョンが質問していることに気がついて詳細を聞いてみることにしてみた。けれども作戦は名前の通りで....
「この作戦は笛の音と共に塹壕から這い出て敵の前線に突撃し、味方の前線を引き上げるというものだ。だからこそ立ち止まることは決して許されない。」
死んでしまうかもしれないリスクの高いものだった。
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それから僕とジョンは震える手を何とか抑えながらこれから始まる戦いのために装備を整えていたんだ。だけど....
「...なあリアム。俺、やっぱり怖いよ....だって、死んじまうんだぞ。」
ジョンに声をかけられた僕は銃のレバーから手を離して返事した。
「僕だって怖いさ...だけどだからと言ってここから逃げ出すこともできないだろう?」
「そうだけどさ....死ぬのは怖いじゃないか。」
「僕もそうだ、だけどこっちがやらないとあっちは問答無用で攻撃してくるんだから怖がっていても無駄に死んでしまうだろ。だから、気を強く持たないと....」
「.....リアムは強いんだな、なんだか....羨ましいよ。」
「僕は君に言われるほど強い人間なんかじゃないさ....」
そう言ってまた銃のレバーを握り直して調整し始めた....
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そして装備の調整から数時間後、仮眠を取っていた僕らは隊の仲間から肩を叩かれて起こされ、ずれていた鉄帽をもう一度しっかりと結び直して少し服を正した。
ジョンはどうやら既に起きていたようでしきりに手を震えさせながらも手を合わせて何かに向かって祈っていたんだ。だから僕が起きたっていうのを伝えると同時に少し落ち着かせるために肩を少し叩いた。
するとジョンも僕の顔を見て落ち着いたのか顔も多少落ち着いた顔つきになったので僕は安心して携行食をジョンと一緒に食べることにした。
そしてしばらくした後軍曹が隊全員の前に立ち作戦の旨をもう一度確認し、配置に着くように連絡を伝えられたので気持ちをできるだけ引き締めて着剣の合図と共に銃の先に銃剣を取り付けてから近くの塹壕内の壁に張り付いた。
緊張して動機がはっきりと聞こえるぐらいになりながらも待機し、何処からか聞こえた笛の音と共に塹壕からできるだけ急いで這い出て、無人地帯である敵陣地まで走り抜けるために歩みを進めていったのさ....
けれども無人地帯は整地された場所ではなくそこら中が爆発によって抉れていて汚れた泥水や味方か敵かも分からない死体がそこら中に散乱していたんだ。
まだ鉄条網や泥水だけなら耐えられたけども以前まで生きていた人であったものの死体はハエがたかっていたり腐臭が漂っていて近づきたくもなかった。それに死体から感じる視線も嫌だったしね。
そしてさらに進みにくいだけでなくて向こう側からは敵の放つ弾丸があっちからもそっちからも飛んできていてまともに立っていることができなかったんだ。だから爆発で抉れた穴に潜っては出て潜っては出るというのを繰り返すことで少しずつではあるものの敵の陣地まで確実に近づくことができていた。
そしてついに最後の鉄条網を潜り抜けて敵の陣地である塹壕に入り込んだんだ。
すると敵の塹壕の中では既に辿り着いたら味方が戦っていて、敵は逃げながらも攻撃をしているという状況だった。そして運良くそんな中でもジョンと合流することができたのさ。
「ジョン!ジョン!、大丈夫かい?」
「ああ、俺の方は大丈夫さ。リアムの方はどうだ?」
「いや、僕の方も何も問題は無いよ。」
「よし....ならこの下の方に通っている通路を見に行こう。この通路はさっき敵が逃げこんで行くところを見た場所なんだ、2人で行くぞ!」
「分かった!」
そう言って僕とジョンはトンネルのように掘られている下の通路を制圧しに向かったんだ。
下の通路は暗かったけどもまだランタンの火が灯ったままだったから視界には困らなかった。だけど敵の姿は見当たらなくてこの場所だけ戦場ではないような雰囲気だったんだ。....だから少し油断してしまったのかもしれない。
「.....!、ジョン!ワイヤー式の地雷だ!気をつけて!」
「何!、ワイヤー爆弾だって!何処にあるんだ......あっ!」
「ジョン!危ない!」
その時ジョンは足元に転がっていた缶に運悪くつまずいてしまって転び、完全にワイヤーを踏み抜いてしまったんだ。
踏み抜いてしまったと同時に金属のピンが抜けるような音と同時に凄まじい音を立てながら目の前で爆発し、僕は後ろに吹き飛ばされたんだ。
少し負傷してしまったけども僕は1番爆発に近かったジョンのことが心配になり、確認をするために急いで立ち上がってワイヤーのあった場所まで戻ったんだけど、そこには酷い状態のジョンが倒れていて今にも死にそうだったんだ...
「ジョン!生きているかい!ジョン!返事をして!」
そう言ってジョンの体を少し揺さぶった。するとジョンはまだ生きていてしっかりと呼吸をしながら苦しんでいた...
「ああ....ゲホッ.....リアム、痛い、痛いんだ、ああッ!何かが、刺さって、うっ....」
「とりあえず装備を外すよ!ジョン!」
そう言って僕はジョンから装備を外して傷が手当てできるようにしたんだ。だけど、あらゆるところに破片が刺さっていてそこから止めどなく血が溢れ出していたんだ。それでも必死に包帯を上から当てて、止血しようと頑張ったけど止まってくれなくて
「嫌だ、いやだ、リアム、俺、しにたくない、リアム、いやだ、いやだ....」
「止まってくれ!頼むから!どうして、どうして止まらないんだ....」
そうしている間にもジョンは段々と反応が弱々しくなっていって
「あれ....母さん、母さん、そこにいるのかい、なんだか、ねむくなってきて...」
「ジョン!駄目だ!生きて帰るんだろう?ならここで死んじゃ駄目だ!」
「リアム....おれ、もう、だめみたいだ、だから、おいて、いって....」
「駄目なわけないさ!それに置いて行くなんてできないよ....」
「リアムは、やさしいなあ、ほんとうに、おまえは....」
そう言うとジョンは自分の首に付いていた認識票を弱々しい手でなんとか引きちぎり、僕に差し出した。
「これを、母さんに、とどけて、くれよ.....」
そして、それを最後にジョンからは力が抜けてしまい、呼吸も止まってしまった。
「ジョン?ジョン?返事をしてよ、ジョン、お願いだから、ねえ、ジョン.....」
いくら名前を呼んでも返事は返ってくることはなくて....
それはつまりジョンが死んだと言うことだった。
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それからリアムは制圧された敵の塹壕の中で気絶して倒れていたところを味方の衛生兵に発見され、病院へと運び込まれました。
リアムは度重なるショックが原因だったのか長い期間気を失っていたようで意識が戻ったのは気絶してから2週間ほどのことでした。
さらには意識が戻ってもしばらくの間放心状態に近い状態が続いていたためにまともな会話ができるようになるまでそこからさらに時間がかかり、リアムも重傷ではないもののあのワイヤー式爆弾を食らってしまっていてその傷が治るまでの期間を含め数ヶ月あまり病院で過ごしました。
そしてその間に戦争は戦い続けるということが資金的にも物資的にも難しくなり停戦という形で終わりを告げました。
こうしてリアムは治療が終わり退院になると故郷へ帰ることを許可され、1人故郷の村へと帰るのでした....
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あの後僕は気がつくと病院のベットの上にいて治療を受けていたんだ。だからもしかしたらジョンがいるかもしれないと思って近くを通りかかった看護婦にジョンという人を知らないかと聞いたけど搬送されてきていない、と言われその後に胸ポケットを探るとそこには乾いた血の付いたジョンの認識票が入っていてあれは夢ではなかったのだと改めて感じたんだ....
それからはほとんど記憶がないんだけど戦争が終わったってことはこっちの方まで情報が来ていたから知ることができたんだ。
それでその知らせが届いた頃合いに僕は退院になり帰ることを許されたから支給されたお金と少しばかりの携行食を持って1人村へ帰ることになった。
村に、家にさえ帰れば両親が出迎えてくれる。両親が慰めてくれるはず、分かってくれるはずだと。そう思って体を引きずりながらも家を目指したんだ。
だけど、現実っていうのは酷くてね、残酷だったんだ。
僕の家は瓦礫の山になっていて、火災でほとんどが焼失していて
誇りに思っていた田畑は全て無造作に刈り取られ、荒らされ尽くしていた。
とりあえず状況が理解しきれない僕は家だったものの瓦礫に近づいて行くと、戦場で嗅いだあの独特な死人の臭いがしたんだ。
嫌な予感がしたけどもそうでないでくれと思いながらもあたりを探るとそこには原形を保っていない両親の亡骸が無造作に焼かれ放置されていて
それを見つけた僕は大きな声を張り上げてただ、ただ泣くことしかできなかった....
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その後少し落ち着いてからジョンの家にも向かったけどもジョンの家も跡形もなく焼かれていた。死体は、僕には見る勇気はもうなかった。
だから認識票は僕が持っておくことにしたんだ。これがあるとジョンが付いてくれている気が心なしかするからね.....それに渡すはずだったジョンの両親は僕の両親と同じように死んでしまったから.....
それから僕はどの道もう暮らすことのできないこの場所から離れて、近くの大きい街へと向かうことにしたんだ。
どうして街に行ったのかは色々と理由があったからだけど、1番大きかったのはもうあの村には自分の居場所がないのだと理解したからなのだと思う....
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こうして街へとやってきたリアムでしたが街へ一度入ると街の住人からは白い目で見られ、すれ違いざまに陰口を言われたりしました。酷い時には大きな声で罵声を浴びせられたりもしました....
これはリアムが一時的にでも軍人であったということが原因であの戦争ではリアムの国が負けてしまったため、負けたのは軍隊の所為だと、戦争で負けたことで不自由になってしまった暮らしも全て軍隊が悪いというように考えられており、運悪く着る物が軍服しか無かったリアムは住人の陰口の格好の餌食になってしまったというわけでした。
そして度重なる精神的な負荷によりリアムは時々幻聴が聞こえてきたり幻覚が見えてしまうようになり、それを紛らわすという名目で酒を飲むようになったのです....
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街には来ることができたけどもホテルや宿に泊まることができるようなほどお金は持っていないため僕はやむを得なくホームレスのように路地裏で昼間は生活するようにし、夜は酒場に入り浸るようになったんだ....
元々お酒は好きでは無かったんだけど最近になって疲れからなのか聞こえていないはずの音が聞こえてきたり、見えないはずのものが見えたりすることが良く起こるようになって....少しでもそれを和らげるために酔ってどうにかしようと思って飲んでるのさ。
....それでいつもの席で同じウイスキーを頼んで少しずつ飲んでいると見慣れない女性が隣に座っても良いかと聞いてきたんだ。それで僕は構わないと言った....
「....ねえ、貴方かなり若いようだけどもこんなところへどうしたのかしら...?」
「....気を紛らわせたくて苦手だけどもお酒飲みに来ているんですよ。」
「....ということは余程酷いことがあったのね。一体何があったの....?」
「....長くなりますけどね。」
そうして僕は今まで起こったことを話してしまったんだ。でも彼女は不思議な雰囲気の女性で話してしまっても良いというように感じたんだよ...
「....なら、こんなところによりももっと気を紛らわせられる場所があるわ。」
そう言って彼女は僕のウイスキーの代金と自分の代金を支払うと酔っていて意識があまりはっきりしていない僕を半ば強引に酒場から連れ出し、ホテルへと連れて行かされたんだ。でも、そのホテルはただのホテルじゃなくて、そういうことをするためのホテルだったんだよ....
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あれから数分後。ホテルの部屋にまで連れてこられた僕はベットの上に座らされて、僕が座ったことを確認すると慣れた手つきで彼女は服を脱ぎ始めたんだ。そこで僕はようやく酔っていてぼんやりとしていた思考がはっきりとしてきて、今起きていることの異常さに気がついた。
「こんなところで一体何をするんですか!」
そう彼女に言い放った僕は本能的に部屋のドアまで逃げ、彼女のことを睨みをきかせて見ていると彼女は服を脱ぐのを止めて
「...本当に冗談じゃなくてそういうことが分からないのかしら。」
と言い、ドアまで逃げていた僕の目の前に一瞬のうちに移動してきた。
そして彼女は僕の腰に手を回すようにして抱きつくと
「予定とは違うけど、ここで寝てもらうわ....」
そう言って僕の脇腹にナイフを刺してきたんだ......
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それからしばらくした後、腹部に痛みを感じながらも気がつき起き上がると僕はホテルの裏手にあるゴミ捨て場で横になっていたことに気がついたんだ。それでとりあえず荷物の確認をしようと思ってポケットを探ってみると何も入っていないことに気がつき、あの女性、彼女に盗まれてしまったのだと理解したのさ。
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こうしてリアムは詐欺というものに人生で初めてあってしまい、お金や価値のありそうなものは全てあの女性に盗られてしまったのでした。しかし不幸中の幸いだったのかナイフで刺された場所の傷はあまり大事にはならない浅い傷であったため傷はすぐに塞がりましたがリアムはこのことが原因で人と関わることに恐怖心を過剰に抱くようになり、また信じるということができなくなってしまったのです。
しかしお金を盗まれてしまったために最低限の生活を送るということすらもできなくなってしまったため、リアムは仕事を探すことにしました。けれども経歴がはっきりとしていないということや、軍人であったということから何処に行っても門前払いされてしまい、職に就くことができませんでした。
そして必死に仕事を探していたリアムでしたがその気持ちが届くことはなく、さらには一度は終わったはずのあの戦争がその間にも再び起こってしまい、徴兵は再び行われ志願を募るようになり始めました....
リアムは最後の最後まで何度も悩みましたが普通の職に就くことを諦め、嫌々ではありましたが軍隊に再び志願することにしたのです。
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....嫌ではあったけども僕は仕方がなく軍隊へと再び戻ってきたんだ。
軍では食料も支給されるのはもちろんのことお金も支給がされる、だから僕は仕事に入れずに野垂れ死ぬよりはましだろうと思ってね...
それで僕には以前所属していたという経歴が少なからずあったのですぐさま前線の方へと送られていったんだ。
前線の方は以前配属になった場所ではなかったけれども雰囲気は同じ、いや酷かったのかもしれないな....
塹壕の中では目元にマスクを着けた味方の兵がたくさんいて歩く時にはマスクを着けていない者の肩に手を置いて連なるようにして移動していた。
気になりはしたけども話したこともないような他人と話をしようとは思えなくて....結局は聞かずじまいで終わってしまったのさ。
それでその出来事から数週間が過ぎた時、僕は夜間警備を交代で行なっていたんだ。
夜間警備とは言うもののあかりをつけて照らしながら見ているわけではないからほとんど何も見えないんだけどね....動いているものがあれば報告したんだ。
けれどもその日は1回か2回ほど普段であれば報告が行われ動いたものを撃っているんだけど1度も報告が無かったんだ。
僕は少し違和感を覚えてはいたんだけども対して気にすることもなく自分の番が回ってきたから暗闇の先を良く目を凝らして見ていたんだけどその時突然瓶の栓が抜けるような音がしたかと思うと足元から空気が抜けるような音が鳴り始めて....
異臭がし始めたと気がついた時には既に遅くて、僕は目が見えなくなってしまったんだ。
僕はあたりから聞こえる味方の叫び声や呻き声などを気にかけもしないで塹壕の中を何故かはわからないけど慌てて叫びながら歩き回ったのさ。
それで気がついた時には何処かの爆発で抉れたであろう穴に落ちてしまったのか落ちている感覚を感じて.....とても長く落ちていたんだと思う。
何かを通り抜ける感触を感じた後僕は頭から何か冷たい物の上に勢いよく落ちたんだ。そして気がつくと僕は目が見えない状態で「雪」に埋れていた....
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こうして彼は偶然にも落ちた穴の底に開いてしまった次元の穴に引き込まれてしまって、別の世界へと飛ばされてしまったのでした....
けれども、これは彼にとって新たな人生の始まりでもありました。
20/03/16 23:40更新 / はぐれデュラハン
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