虹のかかる霧
霧の大陸。
そこは年中白い霧に覆われた、未だ謎多き地。
その霧は内陸に行けば行くほど濃くなり、その奥を目指した冒険家たちの行方不明の報も後を絶たない。
独自の文化や芸術の美しい国。
そう印象を抱く人も多いかもしれない。
だがそれはあくまで人が居られる場所の話。
生きて帰りたいのなら、決して霧の大陸に挑むのはおすすめしない。
有志の冒険家たちの雑誌にこんなことが書いてあった。
霧の大陸から絶対に帰還できない3つの条件。
・魔法を熟知していない、あるいは魔法を用いた探索経験が浅い
・少しでも出発地点から見える空に雲があること
・独行
魔法が不得手。
天候が悪い。
ましてや一人で行けばその僅かな足跡すら霧に呑まれるだろう。
しかし、僕は行かねばならなかった。
「本当ですか!?」
「おお、約束しよう」
珍しく僕が声を張り上げたのは、家の近くの古物商店の中。
僕の名前はシェーザ。
駆け出し冒険家で、まだまだ若手だが行動力はある方だと思う。
やや気が小さいため、パーティなどは組まずに一匹狼で行動している。
なぜ穏やかな僕が大声を出したのか。
「ホウライ…の珠を持ってきたら…小さくても100万…!?」
「うむ、蓬莱の珠は貴重じゃ、神木の枝から取ってきたら…そうじゃな、最高額では5000万を超える額が付いたこともあるからの、出来合いで判断しよう」
「わかりましたっ!頑張りますっ!」
冒険家という職業はゴールドハンターに似ている。
新たな地での新たな価値の発見を求めて旅をする。
無論、一山当てれば大富豪。
しかしそう上手くはいかないもので、だいたいの冒険家は金銭面や肉体面で夢を諦めて故郷の親を継ぐ。
僕の財布には銀貨が1枚と銅貨が3枚、それだけだ。
いいお店でランチを食べたらあっという間になくなる額。
さすがにこれは生活がまずい。
そう思って儲け話を求め、お世話になっている古物商店の親父さんの所へ転がり込んだ次第である。
「あ、でも蓬莱の珠は内陸にあるからね、気をつけてね」
「任しといてください!大枚叩いて買ったコンパスがありますから!」
「え………コンパスなしで今まで冒険家やってたの?」
「いや、これは魔法のコンパスで…!ジパング地方から来たギョーブさん?から買ったんです!ほら、見てください!」
紫色の豪奢な装飾に彩られた重たい羅針盤。
真ん中には『聖封魔惑』の文字があり、ジパング語は読めないので意味は分からないがカッコいい。
銀貨5枚払った価値はあるだろう。
現に今も針がくるくる…と揺れ…びしっと一方を指した。
「北は反対だよ」
「い、いや!きっとこの先にお宝があるという暗示…!」
指された方角を窓の外から見てみると。
「わーっ!たすけてーっ!」
「は、ハーピーに少年が!」
「早く教団の兵隊を呼べー!」
「ふしゃしゃ、この坊やは私のもんだもーん♪」
…。
「お宝は見えたかね?」
「……はい」
僕はそれを帰り道に海に投げ捨てた。
「出港しまーす!行き先は霧の大陸!進路よし!面舵いっぱーい!」
翌朝早く、僕は乗船料が安かった小さなぼろ船に乗り込んで霧の大陸を目指していた。
かもめの翼が空を切っている。
今日はいい天気だ。
こんな天気で船上での朝食、これがたまらない。
「え…?」
カバンの中が濡れている。
皮の水筒が破れたにしては水浸しでもないし、果物が潰れたかと思って濡れている物を引っ張り出す。
「ぎゃ、ぎゃあああああっ!」
「お、お兄さん!?どうした!」
船員がこちらを驚いたように見る。
僕が叫んだ理由は一つ。
昨日海に捨てた羅針盤がカバンに入っていたからだ。
「あーちょっとお兄さん、困るよー」
「え…?」
「魔法道具はきちんと検査通してもらわないとさぁ、ほら、赤いシール貼ってもらってないでしょ?」
船員が言う通りだ。
税を払って『検査済』の赤いシールを貰っていなければ、魔法道具の国家間での輸送は認められていない。
しかし今回は僕に非はないはず。
「き、昨日捨てたんです!信じてください!たしかに海に…!」
「んー…まぁ…荷物とかも検査されるしねぇ、こんな馬鹿でかいコンパスを見逃すとは思えないし…どれ、見せてみ」
船員の人がルーペをかける。
この人は神官くずれと呼ばれる人であり、地元の教会に乗り込み教えを広めた教団に反発した元教会関係者らしい。
「あー………こいつは……」
「な、なんです?高かったんですよ?」
「い、いい品物だ、うん」
「ですよね?僕もそう思います」
少し引っかかるこの船員の苦笑の理由は、後に分かることになる。
「入港ー!気をつけろよー!」
昼過ぎに霧の大陸に着いた。
かかった時間は5時間ほどか。
霧の大陸はやや北にあるだけあって、船旅の後半は外套を羽織らなければ寒かった。
「いらっしゃーい、豚の首、豚の足、全身なんでも売ってるよー」
「土産はここがおすすめー、ヘビ酒が一番人気ー、外貨支払いもちろんオッケーだよーん」
「飯!飯食ってけ!可愛い看板娘のレンシュンマオちゃんを一目見たいやつは飯を食っていけ!」
「せんぎょー!せんぎょー!さかないらんかねー!」
すごい活気のある街が広がっている。
やや汚げながらもどこか懐かしい雰囲気。
「みやげみやげ、蓬莱の珠もありまっせぇ」
こうして活気付いている街は刺激的で……ん?
「ほ、ホウライの珠って言ったか!?」
「へーい、らっしゃーい」
露天で色々な宝石を並べる女性。
フードを深めにかぶっており、人間かどうかも定かではない。
「へへ、蓬莱の珠…今なら1000からだよ」
「1000…!?1000万ってことか!?」
「ふぇ?何言ってんのアンタ…げぇっ!」
ちらりとフードの奥の瞳でこちらを捉えると、慌てて顔を伏せた。
なぜかは分からないが、今はこの蓬莱の珠が大事だ。
「ち、違うのか?じゃあありったけくれ!全部買う!」
「……あのさ」
「なんだ?値引きは歓迎だけど売り惜しみはやめてくれよ」
「アンタ、この蓬莱の珠がそんなに欲しいの?」
「欲しいです」
「はあぁぁぁぁ〜」
なんだかすごいため息だ。
「な、なんなんですか?」
「この、蓬莱の、ガラス玉が、そんなに、欲しいの?」
「ほs…………え?」
「アンタ…バカでしょ、蓬莱の珠がこんな露天で売られてるわけないじゃん」
「えっ…えっ…」
勝手にホウライの珠を取って光に透かす。
店主の話だと『光に当てれば7色、あるいはそれ以上に深みのある色をたたえて輝き続ける』らしいが。
綺麗なだけのガラス玉だ。
「…………………」
そっと棚に置く。
その女がぽんぽんと頭を優しく叩いた。
「アンタさあ、仕事は?」
「………」
「冒険家でしょ?前に聞いたよ」
「な、なんで知って……」
するりとフードを取ると、そこにはあの憎きコンパスを売りつけてきたギョーブさんの顔。
「……ぎ、ギョーブ…さん…!」
「あのね、悪いことは言わないからね、霧の大陸はやめときなよ」
ギョーブさんはジト目でこちらを見ている。
冒険家と名乗った俺の、秘宝とガラス玉を間違えるなどという大失態をからかいもせずに同情している。
泣きたい。
「蓬莱の珠は世界で6つしか本物はないの、残りはこの霧の大陸の奥の奥にあるだけ」
「え…?い、いや、仕入れた情報では10個ほど世界で取引された例があるって…」
「ニセモノだろうね、たぶん」
「なんでそんなことを知ったように…」
「とにかく、アンタ冒険家向いてないよ?ほら、とっととお帰り」
ギョーブさんは腰の重たげな巾着から銀貨を3枚取り出すと、僕のポケットに突っ込んだ。
その動作で思い出す。
「あっ!そうだ、このコンパス返品しますから、あと銀貨を2枚返してください」
「へ?やだよ、それ呪われてるもん」
「え」
「あ、口が滑った」
「の、のろ…だからか……」
道理で海に捨てても勝手に帰ってくるわけである。
というか僕はよく調べもせずに買った品物の呪いに引っかかるという、冒険家にあるまじきミスをまた犯してしまったのだ。
ダブル…いや、トリプルパンチでがっくしと凹む。
「あ、いや、でもさ!」
ギョーブさんが手を叩く。
「それ、アンタにとっちゃ救い主様になると思うんだ!それを辿ればお宝に出会えるからさ!」
「……それは本当のことですか?」
「うんうん、蓬莱の珠かそれ以上の物に出会える!アタシ、保証するから!」
「金貨何枚賭けます?」
「金貨10枚賭けるよ、うん、誓う」
「…………」
結局誓約書を書いてもらった。
「だいぶ…タイムロスはしたけど…まあいいや」
懐中時計を確認する。
こちらの時間に換算して、日が落ちる4時間ほど前か。
山に入るのならば危険な時間だが、平地をひたすら行くのであればそんな危険はあるまい。
テントや寝袋、携帯食料や最低限の燃料も持ってきている。
「ほんとに行くの?ああは言っても、アタシ的にはやめといたほうがいいと思うけど…」
「大丈夫です、この羅針盤を頼りにしていますから」
「…うん、気をつけてね、これ餞別」
ギョーブさんが何かを投げてきた。
小さなガラス玉だ。
藍、紅、翠、山吹……さまざまな色が濃く入り混じり、やや黒い。
薄い霧の中ではよく分からないが、ガラス玉の失敗作だろうか。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
なんだかんだ優しいところはあるのかもしれない。
だからギョーブさんの言う羅針盤も、迷いに迷ったとしたら少しは信頼してみようか。
寒い。
凍える寒さ。
外套の上から着替えを羽織り、火の近くにいても寒い。
霧の大陸は太陽の光の大部分を分厚い霧が遮ってしまう。
昼はまだその暖かさをもった大気があるが、夜は冷え切った空気が乾いた大地に擦れることから、その間にいる僕のテントは恐ろしい寒さに見舞われる。
あまり魔法の羅針盤を信用せず、ただ気の向くままに歩いていた。
川を伝えば村があるかもしれない、木々のある方へ行けば小屋があるかもしれない。
甘かった。
普通の羅針盤も持っていたが、この辺りにはどうも鉱脈があることが分かった。
ところどころむき出しになった鉱脈を見かけたが、そのラインの周辺を通るとすっかり羅針盤は狂う。
東に歩いて行けば元の港町に出られるはずなのに、羅針盤の針は回転を始めて、どの方面に向かっているのか、まっすぐ歩いているかすらも分からなくなった。
ときどき魔法の羅針盤をチェックすると、魔法の羅針盤はピンと一点を指していた。
きちんと動いている。
だがこれに頼るのは、僕のちっぽけなプライドが許さなかった。
その結果、凍える夜を過ごしている。
「はぁっ…さむい……」
外の明かりが消えた。
風で火が吹き消されたのだろう。
「ふ、フレア…」
ぽっと指先に灯った炎。
だが魔法は不得手な僕は、その風のなかで小さな炎を燃やしたまま維持させられずにすぐに消えた。
おまけに、ぱつぱつとテントを叩く水音。
このぼろテントはもちろん耐水性などない。
雨を凌ぐ時は木の下や洞窟の中でテントを張った。
この霧の平原にはそのどちらもない。
「はーっ…はーっ…」
テントから外を覗く。
すると、雨のおかげかモヤのかかった霧はほぼ溶けて、細く笑う月明かりで周りがクリアに見えていた。
「あ、あれ…は……」
遠く、6kmほど先に明かりが見える。
それも小さなものではないし、魔物や犬の目でもない。
ずらりと並んだ暖かな光は、大きな屋敷のようだ。
「行くしか…ないよな…」
テントと寝袋をたたみ、ぐしょぐしょになりながら歩く。
寒い。
脚が重い。
身体が限界を訴える。
歩けども歩けども、決して明かりは近づいているようには見えない。
「ぐ……ぅ…」
やがて脚から力が抜け、がくりと膝をついた。
もう歩けない。
「鹿母婦人は…」
「自らが産み落としたのに引き離された子…」
「それを知らぬ子たちに命を狙われたそのとき…」
「自らの乳房から迸る乳を子に飲ませ…」
「母と気がつかせたそうです…」
「無知な子供は私の子…」
「ようこそ、よくぞ戻ってきましたね…シェーザ…」
「さあ、母の胸に抱かれ…安らぎなさい…」
シェーザの口に当てられる暖かく、柔らかな桜色の突起。
そこから溢れる雫を飲んだ瞬間、シェーザの意識は繭に覆われた。
「目が覚めましたか?シェーザさん」
「………?」
目を覚ますと木の天井が広がっていた。
柔らかくて暖かいベッドは広く、独特な装飾で着飾っていた。
「あの…ここは……」
「無理に動いてはいけません、母があなたをお手伝いしますから…」
「母…?」
身体を優しく触ってきた白い手。
顔を覗き込む女性。
その顔は美しく、東洋独特の華奢な感じも見受けられるが…なにか言い難い安心感を持っていた。
ゆっくり身体を引き起こされる。
すると、僕の下半身に跨った女性は僕の背中に手を回し。
「あぁっ…怪我がなくてよかった…愛しい我が子…んんッ…♡」
抱きしめ、あろうことかキスをしてきた。
ちなみにファーストキスである。
「あ、あのっ…!?あなたは一体…!というかここは…!?」
周囲を見渡すと、そこには大量の本棚。
国立図書館よりもずっと多い本、本、本。
そしてガラス張りの壁から先は、真っ白な霧だけが広がっていた。
小さな部屋にあるベッドと椅子と机以外、生活で必要なものは全く無いように思われる。
そして先ほどキスを交わした女性は、僕と同じくらいの体格。
おっとりとした顔つきで微笑んでいるが、顔の美しさから目を離して落ち着いて見ると、頭に角が生えている。
「魔物娘さん…なんですか…?」
「種族など親子を隔てるわけにはなりませんが…ふふ、そうですね、後学のために言っておくと…母は白澤という、この国特有の魔物娘です」
「母ってのも何か引っかかりますけど…と、とにかく助けてくださってありがとうございます」
すると、白くて艶のある髪をさらりとかきあげて口元に手を当てて微笑んだ。
「ええ、良いのです、母は息子を守り、育て、そして何より教えることが大事なのですから…」
その仕草にも淫靡な、妖艶な、なんとも言えない感情を抱く。
これが魔物娘の魔力なのか。
「シェーザさん…あなたを我が子、としてここで教育します」
メガネをくい、と上げて白澤さんが言う。
「え?な、なぜです…?僕には行くべき場所が…」
「実はあなたのこと、少し調べましたが……」
きっ、と僕の目を見て言い放った。
「冒険家と名乗るにはあまりにお粗末です、数々の失態に挫けないのは良いことですが、あまりに反省をしなさ過ぎです」
「………返す言葉もございません」
するとぱっと顔を明るくし、頭を撫でてきた。
「けれどその心が大事なのです、決して挫けない心…知識や経験は積めますが、その素質だけはあなただけの、強力な武器なのです」
美人、と形容すべき笑顔に見惚れる。
見惚れていることが分かっても正気に戻れない。
「ありがとう…ございます…」
「本日から、私が動植物、魔法、道具、魔物、古典、読み書き、計算、魔物娘に関して、それら全てを…」
ぺろり、と舌なめずりをし。
「頭がいっぱいになるまで…仕込みきってあげましょう…♡」
それから、僕と母(と呼ぶことを強制された)の生活は始まった。
「さあ起きてください、可愛い我が子シェーザ…♡」
「おはよう、ございます…」
「寝起き、一番にすることを覚えていますか?」
「歯磨き…?」
「不正解…んん…ちゅーっ♡」
「むーっ!ぅむーっ!」
親子(?)のスキンシップ(?)で愛(?)を育み(白澤さん談)。
「はい、ここを読んで聞かせてください?」
「天吾ヲ見放セリ。復タ日ヲ見ル事叶ハズ我ガ命此処ニ尽ク」
「よく読めましたー♡」
「間違えたらキスされますからね…」
「ご褒美です…♡んちゅーっ♡」
「むーっ!ぅぅーっ!」
勉強を教わり、自分でも驚くほど頭が良くなった。
「今日のご飯です、たくさん食べてくださいね」
「ミルクのスープ…ですか」
「お気に召しませんか?」
「いえ…毎朝毎晩これですから…」
「しかしいつも平らげてくれるじゃありませんか」
「なんだか…目の前にあると食べたくてたまらないと言うか…うん、すごい美味しいからついつい…」
「ふふ、母は嬉しいですよ♡」
特製のミルクを飲み、食べ。
「さ、私がお手本を読みます…♡現代文学もきちんと学ばねばなりませんからね…♡」
「……これ、明らかに……」
「彼の手は私の豊満な乳房を捕え、離すまいと強く揉みしだいた……。次第に高まる互いの興奮の、熱の波を肌で感じつつ、ただひたすらに衣摺れの音のみが響いた…。互いを激しく求める接吻、赤子のように甘えるその舌を引きずり出し、伸ばして蹂躙してやる…。私たちの営みはそれでさらに激しくなった…。」
「……っ」
「ふふ、どこを見ているのですか…?さあ、母と二人で音読しましょう…♡」
官能小説まがいのものを一緒に読み。
「この魔物娘は非常に警戒心が薄く…いつも寝てばかりいます」
「……」
「ですが、ほかの魔物娘と同様に頭の中は性欲に満ちていて、無意識に放出される魔力は人を性欲解消に駆り立てるそうです…♡もちろん、目の前の身体を使っての…」
「……」
「黙りこくってはいけませんね…きちんとノートを取ってください」
魔物娘の生態を学び。
「ほーら、髪をわしゃわしゃ…目をしっかり閉じていてください…」
「あ、あの、さすがに…」
「母と子は一緒に身を清めます、おかしなことはありません」
「…はい」
「ふふ、では洗いっこ…しましょうか♡」
「……え?」
一緒にお風呂に入り。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
一緒にお布団に入り。
そして。
「魔物娘には…ぁ…♡発情期…がぁ♡あ、ありまし…てぇッ♡」
「…あの、母?大丈夫ですか?」
「ふー…♡ふー…♡発情期ににゃるとぉ…♡」
「……」
「え、エロい目で見られることに反応したりぃ…♡」
「…っ」
「たとえむしゅこでもぉ…♡ち、チンポ勃ててる子にはぁ…♡」
「…母」
「こうやってぇ、足も絡めて腕回してひっついてぇ…♡」
「…僕も、いいですよ」
「お、お下品な顔でぱこぱこしたくにゃるんですぅ♡はぁむっ♡ぐぢゅぐぢゅ♡ぅむうむっ♡にゅぷりゅ♡」
身を交わし。
そして。
「は、母と…セックスはぁ…許されませんがぁ…♡ある古い国ではぁ…♡」
「我慢…できないです…講釈なんかどうでもいいですっ…♡」
「母と子がぁ、ちんちんを突っ込んでパンパンっ♡あぁあああっ♡んにゃあぁっ♡」
「うっわ…ぬるぬるできっつい…っ♡」
「エッチしか考えられないお猿さんにぃ…♡な、なっちゃいたいです…♡」
「いきますよ…っ♡」
「あッ♡あぁっ♡ああぁっ♡だめぇっ♡あーッ♡あーッッ♡んにゃあああ♡」
男女となり。
「よーしよし…♡母のおっぱいをたーんと飲んでくださいねぇ…♡」
「ありがとう、ございますっ…美味しいです…母…」
「ママ、でちゅよ…♡」
「は…」
「ママ」
「…ママ」
「よく出来まちたぁっ♡ちんちんたっくさんいい子いい子♡」
「あ″ッ…ぐぁっ♡そんなに激しくしたらっ…♡」
「ママのお口にしーしー…いいでちゅよ…♡」
エロ本に書いてあるものを真似して。
「い…挿れるけど…痛かったら言ってくださいね…?」
「は、はい…♡母もお尻の穴なんて…知りませんし…♡」
「お″ッ…ふ…とろっとろで…あっつ…」
「んふっ…うぅ″ぅ″っ…♡なんかぁ…ふわふわしますぅ…♡」
「う、動く、よっ」
「ま、待ってくださ…いぃ″♡ひっ♡ひんっ♡し、子宮を壁越しにっ♡こちゅこちゅってぇ…♡」
「顔…トロトロですよ…♡」
「み、見にゃいでぇ…くらしゃい…♡」
エロ本に書いてあるものを片っ端から真似して。
「ああロミオ様!ロミオ様!あなたはなぜロミオ様でいらっしゃいますの…!?お父様と縁を切り、家名をお捨てになって! もしもそれがお嫌なら、せめてわたくしを愛すると、お誓いになって下さいまし。そうすれば、わたくしもこの場限りでキャピュレットの名を捨ててみせますわ…!」
「劇の稽古をつけるって話じゃ…」
「この二人は恋仲だけれど結ばれず、このような悲しいシーンになっているのです…ならばせめて、愛する者同士が結ばれるエンディングがあっても良いじゃありませんか…♡」
「要するに、なんです?」
「セックスがしたいだけです…♡今までお勉強ばっかりしてきましたから、ね♡」
「仕方ないですね…」
「あ、待ってください…この催眠の本で遊んでみましょう…♡」
「……っ、どうなっても知りませんよ…?」
「ママ…ママぁ…」
「ママはここでちゅよー…♡あー可愛い…♡もう一生このままにしておきたいくらいです…♡」
「ママぁ…おっぱい…」
「おっぱいはここでちゅよ…♡これが終わったらママと悪者退治のぱんぱんごっこしまちょうね…♡」
「うんっ、やるーっ♡おっぱいーっ♡」
「ぶぼっ♡ぶぽっ♡くぽっ…♡んぽっ♡」
「あーっ…♡母のガチフェラ一度受けてみたかったんです…♡」
「よりょこんでもりゃえてうれしいれふ♡ぐぽっ♡ぅぽっ♡ぷぽんっ♡にゅぽっ♡んぽっ♡」
「我慢できないっ…ごめんなさいっ」
「え…♡ちゅのちゅかんでにゃに…♡ぐぽぉ♡ぐぼッ♡んごぉ″っ♡ぉ″ごぉっ♡」
「は、はは…あとでこっぴどく怒られそう…♡」
お互いを言いなりにしたり。
「喉が変な感じがするのですが…?それに口の中のこの匂い…」
「うっぷ…ミルクでお腹が水っぽい…おまけに身体中キスの赤い跡が…」
「我が子の方がひどいです、角は魔力を放出したりにも使うというのに、それをひっつかんで無理やりなどと…」
「いいえ母の方がひどいですよ、しかも……転写魔法で録画していたの、魔力漏れでバレバレですよ」
「……まぁ…気持ちよかったですけど…」
「…母に甘えるのも、悪くなかったけど…」
親子(?)喧嘩(?)したり。
とにもかくにも、楽しい日々を過ごした。
そしてある日。
「蓬莱の実は神木の実であり、綺麗な空気と人間の愛によって育ちます、宝石として非常に高い価値を」
「蓬莱の…珠…!」
ホウライ…蓬莱、その言葉を聞いた瞬間、頭の中で電撃が迸ったのだ。
「どうしました?急に立ち上がって…」
「爛れた生活で忘れていたけど…思い出した…僕は…!」
母に本来の目的を話した。
「……そうですか」
「だから…」
「だから?」
母の目が怪しく光る。
理性的なものではなく、荒々しく威圧的な目。
「教育が終わるまで、どのみち出すつもりはありません…はじめにもそう言ったはずですよ」
「絶対に帰ってきますから!ただ、ただ残した友人や他の人々に別れを告げたいだけですし…母が一緒に来たって構わないのです!」
「………」
母の手の中でドス黒い魔力が見えた。
真っ白な指とは対照的な力のラインが僕を穿つ。
傷はない、が。
「う…ぐぁ″…!」
「罪悪感が苦しさに変わりました…これでもまだ、母を置いていくつもりですか?」
僕は、一か八か賭けに出た。
黒い線を握りしめ、逆に魔力を流してやる。
「っ…!?魔物娘の母と…魔力で勝負する…と…!?面白いですね…」
「……違う、なっ!」
素早く印を切る。
霧の大陸に古代から伝わる魔法だ。
「孔雀籠包!」
「まずっ…!」
母を牢に閉じ込めた。
この牢も、母ほどの力の持ち主を数時間も監禁することは不可能だろう。
「すぐ帰ってきますから…!」
「……!」
その時、外は晴れていた。
頑張って真っ直ぐ走れば、逃げ切れるかもしれない。
「何か…落としましたね…」
失敗作のガラス玉。
陽の光を浴びたそれは、10色の輝きを爛と放っていた。
「蓬莱の珠を取りに来た……既に持っているではないですか…?」
「こんちはー…刑部狸でーす…お宅に人間来ませんでした…?」
「……勝手に人の家に入ってこないでいただけますか?」
「なんかご機嫌斜めですね…その牢屋、解いたほうがいいやつです?」
「いいえ、彼はこの大陸にいる限り、私から逃れることはできません」
異様に濃い、乳色の霧が外に溢れ出す。
あっという間に大地を埋め尽くすそれは、今までのものとは違う圧迫感に満ちたものだ。
「えーっと…あった!」
「その蓬莱の実は我が子のものです」
「ケチケチ言わないでくださいよ、おばさん」
「おばッッッ……!」
「コレ渡したのはアタシ、そろそろアタシの使ってる神木も年老いてきて…新しい種が欲しかったんです」
「…それをここから持ち出したなら、その瞬間にあなたの未来は霧の中で骨になる運命ですよ」
「ご心配なく!蓬莱の木…神木は愛なくして育ちませんから…ここの庭…そこのガラス戸の外に埋めておきますよ」
「……そうですか、さっさと埋めて出て行ってください」
「つれないなぁ……まーアタシに感謝してくださいよ、あなたと男が出会えたのもアタシのお陰なんですから」
「それはどうもご苦労様です、一体何様のつもりですか?」
「アタシですか?んーっと…」
「人と魔物娘を結びたい、ただのがめつい刑部狸ですよ」
「………それが本当なら、一つお願いがあります」
「ひどい…霧だ……!」
重い荷物は途中で捨て、着の身着のまま走り続けた。
がさりと胸の中でおかしな感覚。
「コンパス…!」
その羅針盤は僕が真っ直ぐ走ってきた方…母の家の方面を指していた。
羅針盤を無視してがむしゃらに走る。
すると、ある時。
「……!」
羅針盤の針が180度回り、僕が向かう方を向いたのだ。
狂ったのか。
それにしては真っ直ぐ指しすぎている。
僕は走った。
その羅針盤の針の方へ。
「おかえりなさい、我が子よ」
にこやかな顔。
ここ数ヶ月、ずっと見た顔。
「…母」
「我が子、さあ早く上がってください、話があるのです」
逆らいたかったが母の身体には乳白色のオーラが色濃く出ていた。
逆らうことが、できない。
僕は、ゆっくりと家に入った。
「二つ聞かせてください」
部屋で問いかけられる。
「はい」
「あなたは、ここにいることが、母といることが苦痛ですか?」
真っ直ぐな目で聞かれ、答えに詰まる。
苦痛ではない。
僕なりに愛しているといえばそうだし、きっと母も同じだ。
だが『冒険家』である以上、母と永住はできない。
…冒険家?
なぜ僕は、そんな冒険家になりたかったんだ…?
ただ、お金のためじゃないか…。
頭の中の何かがボロボロと崩れる。
「…いいえ」
「ならもう一つ、シェーザの生きていた場所の人々に別れを告げられたら、帰るのを諦めますか?」
頭の中がぐるぐるしていた。
たしかに帰る必要は、それでなくなる。
「………はい」
「よかったです!それならこの便箋を使って、皆様にお別れのご挨拶を書いてくださいね」
「え…?」
「心優しい方が届けてくださるそうですから…」
誰だろう?
そんな疑問が浮かんだ。
だが、そんな考えはすぐに消えた。
「さ、ホットミルクでも飲んで……ね?」
母の優しい味。
それがあれば、もうどうでもいい気がしたから。
「ありがとう、ございます…」
「すごい…虹だ…!」
「なんだありゃ!?ドデカい虹だぞ!」
その数年後、数十年後も。
霧の大陸が晴れ渡る、一年のうちのわずか数日。
一部だけが乳白色の霧に覆われている、そこから伸びる。
霧に反射した光が織りなす。
それはそれは美しい虹が見えたそうです。
「蓬莱のガラス玉いらんかねー、採れたての蓬莱の実もあるよーっ」
「蓬莱の珠があるって…本当かよ!?」
「ええありますとも…ちょいと高くつきますけどね」
「いくらだ!?言い値で払おう!」
「そんじゃ…付いてきてください…あの霧の中に、愛に飢えた魔物と実がありますから…ね…♪」
「わ、わかった!待ってろ!」
「私が用意した楽園…気に入ればアタシの勝ち、神木を負けた方と奥様に育てていただいて、その蓬莱の実をちょっとばかしいただきます……気に入らず、逃げ切ったならあなたの勝ち…蓬莱の珠を約束通り差し上げましょう…逃げ切れたら…ね……♪あなたも一度、いかがです……?」
ただいまの刑部狸戦績:70勝6敗0引分け
そこは年中白い霧に覆われた、未だ謎多き地。
その霧は内陸に行けば行くほど濃くなり、その奥を目指した冒険家たちの行方不明の報も後を絶たない。
独自の文化や芸術の美しい国。
そう印象を抱く人も多いかもしれない。
だがそれはあくまで人が居られる場所の話。
生きて帰りたいのなら、決して霧の大陸に挑むのはおすすめしない。
有志の冒険家たちの雑誌にこんなことが書いてあった。
霧の大陸から絶対に帰還できない3つの条件。
・魔法を熟知していない、あるいは魔法を用いた探索経験が浅い
・少しでも出発地点から見える空に雲があること
・独行
魔法が不得手。
天候が悪い。
ましてや一人で行けばその僅かな足跡すら霧に呑まれるだろう。
しかし、僕は行かねばならなかった。
「本当ですか!?」
「おお、約束しよう」
珍しく僕が声を張り上げたのは、家の近くの古物商店の中。
僕の名前はシェーザ。
駆け出し冒険家で、まだまだ若手だが行動力はある方だと思う。
やや気が小さいため、パーティなどは組まずに一匹狼で行動している。
なぜ穏やかな僕が大声を出したのか。
「ホウライ…の珠を持ってきたら…小さくても100万…!?」
「うむ、蓬莱の珠は貴重じゃ、神木の枝から取ってきたら…そうじゃな、最高額では5000万を超える額が付いたこともあるからの、出来合いで判断しよう」
「わかりましたっ!頑張りますっ!」
冒険家という職業はゴールドハンターに似ている。
新たな地での新たな価値の発見を求めて旅をする。
無論、一山当てれば大富豪。
しかしそう上手くはいかないもので、だいたいの冒険家は金銭面や肉体面で夢を諦めて故郷の親を継ぐ。
僕の財布には銀貨が1枚と銅貨が3枚、それだけだ。
いいお店でランチを食べたらあっという間になくなる額。
さすがにこれは生活がまずい。
そう思って儲け話を求め、お世話になっている古物商店の親父さんの所へ転がり込んだ次第である。
「あ、でも蓬莱の珠は内陸にあるからね、気をつけてね」
「任しといてください!大枚叩いて買ったコンパスがありますから!」
「え………コンパスなしで今まで冒険家やってたの?」
「いや、これは魔法のコンパスで…!ジパング地方から来たギョーブさん?から買ったんです!ほら、見てください!」
紫色の豪奢な装飾に彩られた重たい羅針盤。
真ん中には『聖封魔惑』の文字があり、ジパング語は読めないので意味は分からないがカッコいい。
銀貨5枚払った価値はあるだろう。
現に今も針がくるくる…と揺れ…びしっと一方を指した。
「北は反対だよ」
「い、いや!きっとこの先にお宝があるという暗示…!」
指された方角を窓の外から見てみると。
「わーっ!たすけてーっ!」
「は、ハーピーに少年が!」
「早く教団の兵隊を呼べー!」
「ふしゃしゃ、この坊やは私のもんだもーん♪」
…。
「お宝は見えたかね?」
「……はい」
僕はそれを帰り道に海に投げ捨てた。
「出港しまーす!行き先は霧の大陸!進路よし!面舵いっぱーい!」
翌朝早く、僕は乗船料が安かった小さなぼろ船に乗り込んで霧の大陸を目指していた。
かもめの翼が空を切っている。
今日はいい天気だ。
こんな天気で船上での朝食、これがたまらない。
「え…?」
カバンの中が濡れている。
皮の水筒が破れたにしては水浸しでもないし、果物が潰れたかと思って濡れている物を引っ張り出す。
「ぎゃ、ぎゃあああああっ!」
「お、お兄さん!?どうした!」
船員がこちらを驚いたように見る。
僕が叫んだ理由は一つ。
昨日海に捨てた羅針盤がカバンに入っていたからだ。
「あーちょっとお兄さん、困るよー」
「え…?」
「魔法道具はきちんと検査通してもらわないとさぁ、ほら、赤いシール貼ってもらってないでしょ?」
船員が言う通りだ。
税を払って『検査済』の赤いシールを貰っていなければ、魔法道具の国家間での輸送は認められていない。
しかし今回は僕に非はないはず。
「き、昨日捨てたんです!信じてください!たしかに海に…!」
「んー…まぁ…荷物とかも検査されるしねぇ、こんな馬鹿でかいコンパスを見逃すとは思えないし…どれ、見せてみ」
船員の人がルーペをかける。
この人は神官くずれと呼ばれる人であり、地元の教会に乗り込み教えを広めた教団に反発した元教会関係者らしい。
「あー………こいつは……」
「な、なんです?高かったんですよ?」
「い、いい品物だ、うん」
「ですよね?僕もそう思います」
少し引っかかるこの船員の苦笑の理由は、後に分かることになる。
「入港ー!気をつけろよー!」
昼過ぎに霧の大陸に着いた。
かかった時間は5時間ほどか。
霧の大陸はやや北にあるだけあって、船旅の後半は外套を羽織らなければ寒かった。
「いらっしゃーい、豚の首、豚の足、全身なんでも売ってるよー」
「土産はここがおすすめー、ヘビ酒が一番人気ー、外貨支払いもちろんオッケーだよーん」
「飯!飯食ってけ!可愛い看板娘のレンシュンマオちゃんを一目見たいやつは飯を食っていけ!」
「せんぎょー!せんぎょー!さかないらんかねー!」
すごい活気のある街が広がっている。
やや汚げながらもどこか懐かしい雰囲気。
「みやげみやげ、蓬莱の珠もありまっせぇ」
こうして活気付いている街は刺激的で……ん?
「ほ、ホウライの珠って言ったか!?」
「へーい、らっしゃーい」
露天で色々な宝石を並べる女性。
フードを深めにかぶっており、人間かどうかも定かではない。
「へへ、蓬莱の珠…今なら1000からだよ」
「1000…!?1000万ってことか!?」
「ふぇ?何言ってんのアンタ…げぇっ!」
ちらりとフードの奥の瞳でこちらを捉えると、慌てて顔を伏せた。
なぜかは分からないが、今はこの蓬莱の珠が大事だ。
「ち、違うのか?じゃあありったけくれ!全部買う!」
「……あのさ」
「なんだ?値引きは歓迎だけど売り惜しみはやめてくれよ」
「アンタ、この蓬莱の珠がそんなに欲しいの?」
「欲しいです」
「はあぁぁぁぁ〜」
なんだかすごいため息だ。
「な、なんなんですか?」
「この、蓬莱の、ガラス玉が、そんなに、欲しいの?」
「ほs…………え?」
「アンタ…バカでしょ、蓬莱の珠がこんな露天で売られてるわけないじゃん」
「えっ…えっ…」
勝手にホウライの珠を取って光に透かす。
店主の話だと『光に当てれば7色、あるいはそれ以上に深みのある色をたたえて輝き続ける』らしいが。
綺麗なだけのガラス玉だ。
「…………………」
そっと棚に置く。
その女がぽんぽんと頭を優しく叩いた。
「アンタさあ、仕事は?」
「………」
「冒険家でしょ?前に聞いたよ」
「な、なんで知って……」
するりとフードを取ると、そこにはあの憎きコンパスを売りつけてきたギョーブさんの顔。
「……ぎ、ギョーブ…さん…!」
「あのね、悪いことは言わないからね、霧の大陸はやめときなよ」
ギョーブさんはジト目でこちらを見ている。
冒険家と名乗った俺の、秘宝とガラス玉を間違えるなどという大失態をからかいもせずに同情している。
泣きたい。
「蓬莱の珠は世界で6つしか本物はないの、残りはこの霧の大陸の奥の奥にあるだけ」
「え…?い、いや、仕入れた情報では10個ほど世界で取引された例があるって…」
「ニセモノだろうね、たぶん」
「なんでそんなことを知ったように…」
「とにかく、アンタ冒険家向いてないよ?ほら、とっととお帰り」
ギョーブさんは腰の重たげな巾着から銀貨を3枚取り出すと、僕のポケットに突っ込んだ。
その動作で思い出す。
「あっ!そうだ、このコンパス返品しますから、あと銀貨を2枚返してください」
「へ?やだよ、それ呪われてるもん」
「え」
「あ、口が滑った」
「の、のろ…だからか……」
道理で海に捨てても勝手に帰ってくるわけである。
というか僕はよく調べもせずに買った品物の呪いに引っかかるという、冒険家にあるまじきミスをまた犯してしまったのだ。
ダブル…いや、トリプルパンチでがっくしと凹む。
「あ、いや、でもさ!」
ギョーブさんが手を叩く。
「それ、アンタにとっちゃ救い主様になると思うんだ!それを辿ればお宝に出会えるからさ!」
「……それは本当のことですか?」
「うんうん、蓬莱の珠かそれ以上の物に出会える!アタシ、保証するから!」
「金貨何枚賭けます?」
「金貨10枚賭けるよ、うん、誓う」
「…………」
結局誓約書を書いてもらった。
「だいぶ…タイムロスはしたけど…まあいいや」
懐中時計を確認する。
こちらの時間に換算して、日が落ちる4時間ほど前か。
山に入るのならば危険な時間だが、平地をひたすら行くのであればそんな危険はあるまい。
テントや寝袋、携帯食料や最低限の燃料も持ってきている。
「ほんとに行くの?ああは言っても、アタシ的にはやめといたほうがいいと思うけど…」
「大丈夫です、この羅針盤を頼りにしていますから」
「…うん、気をつけてね、これ餞別」
ギョーブさんが何かを投げてきた。
小さなガラス玉だ。
藍、紅、翠、山吹……さまざまな色が濃く入り混じり、やや黒い。
薄い霧の中ではよく分からないが、ガラス玉の失敗作だろうか。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
なんだかんだ優しいところはあるのかもしれない。
だからギョーブさんの言う羅針盤も、迷いに迷ったとしたら少しは信頼してみようか。
寒い。
凍える寒さ。
外套の上から着替えを羽織り、火の近くにいても寒い。
霧の大陸は太陽の光の大部分を分厚い霧が遮ってしまう。
昼はまだその暖かさをもった大気があるが、夜は冷え切った空気が乾いた大地に擦れることから、その間にいる僕のテントは恐ろしい寒さに見舞われる。
あまり魔法の羅針盤を信用せず、ただ気の向くままに歩いていた。
川を伝えば村があるかもしれない、木々のある方へ行けば小屋があるかもしれない。
甘かった。
普通の羅針盤も持っていたが、この辺りにはどうも鉱脈があることが分かった。
ところどころむき出しになった鉱脈を見かけたが、そのラインの周辺を通るとすっかり羅針盤は狂う。
東に歩いて行けば元の港町に出られるはずなのに、羅針盤の針は回転を始めて、どの方面に向かっているのか、まっすぐ歩いているかすらも分からなくなった。
ときどき魔法の羅針盤をチェックすると、魔法の羅針盤はピンと一点を指していた。
きちんと動いている。
だがこれに頼るのは、僕のちっぽけなプライドが許さなかった。
その結果、凍える夜を過ごしている。
「はぁっ…さむい……」
外の明かりが消えた。
風で火が吹き消されたのだろう。
「ふ、フレア…」
ぽっと指先に灯った炎。
だが魔法は不得手な僕は、その風のなかで小さな炎を燃やしたまま維持させられずにすぐに消えた。
おまけに、ぱつぱつとテントを叩く水音。
このぼろテントはもちろん耐水性などない。
雨を凌ぐ時は木の下や洞窟の中でテントを張った。
この霧の平原にはそのどちらもない。
「はーっ…はーっ…」
テントから外を覗く。
すると、雨のおかげかモヤのかかった霧はほぼ溶けて、細く笑う月明かりで周りがクリアに見えていた。
「あ、あれ…は……」
遠く、6kmほど先に明かりが見える。
それも小さなものではないし、魔物や犬の目でもない。
ずらりと並んだ暖かな光は、大きな屋敷のようだ。
「行くしか…ないよな…」
テントと寝袋をたたみ、ぐしょぐしょになりながら歩く。
寒い。
脚が重い。
身体が限界を訴える。
歩けども歩けども、決して明かりは近づいているようには見えない。
「ぐ……ぅ…」
やがて脚から力が抜け、がくりと膝をついた。
もう歩けない。
「鹿母婦人は…」
「自らが産み落としたのに引き離された子…」
「それを知らぬ子たちに命を狙われたそのとき…」
「自らの乳房から迸る乳を子に飲ませ…」
「母と気がつかせたそうです…」
「無知な子供は私の子…」
「ようこそ、よくぞ戻ってきましたね…シェーザ…」
「さあ、母の胸に抱かれ…安らぎなさい…」
シェーザの口に当てられる暖かく、柔らかな桜色の突起。
そこから溢れる雫を飲んだ瞬間、シェーザの意識は繭に覆われた。
「目が覚めましたか?シェーザさん」
「………?」
目を覚ますと木の天井が広がっていた。
柔らかくて暖かいベッドは広く、独特な装飾で着飾っていた。
「あの…ここは……」
「無理に動いてはいけません、母があなたをお手伝いしますから…」
「母…?」
身体を優しく触ってきた白い手。
顔を覗き込む女性。
その顔は美しく、東洋独特の華奢な感じも見受けられるが…なにか言い難い安心感を持っていた。
ゆっくり身体を引き起こされる。
すると、僕の下半身に跨った女性は僕の背中に手を回し。
「あぁっ…怪我がなくてよかった…愛しい我が子…んんッ…♡」
抱きしめ、あろうことかキスをしてきた。
ちなみにファーストキスである。
「あ、あのっ…!?あなたは一体…!というかここは…!?」
周囲を見渡すと、そこには大量の本棚。
国立図書館よりもずっと多い本、本、本。
そしてガラス張りの壁から先は、真っ白な霧だけが広がっていた。
小さな部屋にあるベッドと椅子と机以外、生活で必要なものは全く無いように思われる。
そして先ほどキスを交わした女性は、僕と同じくらいの体格。
おっとりとした顔つきで微笑んでいるが、顔の美しさから目を離して落ち着いて見ると、頭に角が生えている。
「魔物娘さん…なんですか…?」
「種族など親子を隔てるわけにはなりませんが…ふふ、そうですね、後学のために言っておくと…母は白澤という、この国特有の魔物娘です」
「母ってのも何か引っかかりますけど…と、とにかく助けてくださってありがとうございます」
すると、白くて艶のある髪をさらりとかきあげて口元に手を当てて微笑んだ。
「ええ、良いのです、母は息子を守り、育て、そして何より教えることが大事なのですから…」
その仕草にも淫靡な、妖艶な、なんとも言えない感情を抱く。
これが魔物娘の魔力なのか。
「シェーザさん…あなたを我が子、としてここで教育します」
メガネをくい、と上げて白澤さんが言う。
「え?な、なぜです…?僕には行くべき場所が…」
「実はあなたのこと、少し調べましたが……」
きっ、と僕の目を見て言い放った。
「冒険家と名乗るにはあまりにお粗末です、数々の失態に挫けないのは良いことですが、あまりに反省をしなさ過ぎです」
「………返す言葉もございません」
するとぱっと顔を明るくし、頭を撫でてきた。
「けれどその心が大事なのです、決して挫けない心…知識や経験は積めますが、その素質だけはあなただけの、強力な武器なのです」
美人、と形容すべき笑顔に見惚れる。
見惚れていることが分かっても正気に戻れない。
「ありがとう…ございます…」
「本日から、私が動植物、魔法、道具、魔物、古典、読み書き、計算、魔物娘に関して、それら全てを…」
ぺろり、と舌なめずりをし。
「頭がいっぱいになるまで…仕込みきってあげましょう…♡」
それから、僕と母(と呼ぶことを強制された)の生活は始まった。
「さあ起きてください、可愛い我が子シェーザ…♡」
「おはよう、ございます…」
「寝起き、一番にすることを覚えていますか?」
「歯磨き…?」
「不正解…んん…ちゅーっ♡」
「むーっ!ぅむーっ!」
親子(?)のスキンシップ(?)で愛(?)を育み(白澤さん談)。
「はい、ここを読んで聞かせてください?」
「天吾ヲ見放セリ。復タ日ヲ見ル事叶ハズ我ガ命此処ニ尽ク」
「よく読めましたー♡」
「間違えたらキスされますからね…」
「ご褒美です…♡んちゅーっ♡」
「むーっ!ぅぅーっ!」
勉強を教わり、自分でも驚くほど頭が良くなった。
「今日のご飯です、たくさん食べてくださいね」
「ミルクのスープ…ですか」
「お気に召しませんか?」
「いえ…毎朝毎晩これですから…」
「しかしいつも平らげてくれるじゃありませんか」
「なんだか…目の前にあると食べたくてたまらないと言うか…うん、すごい美味しいからついつい…」
「ふふ、母は嬉しいですよ♡」
特製のミルクを飲み、食べ。
「さ、私がお手本を読みます…♡現代文学もきちんと学ばねばなりませんからね…♡」
「……これ、明らかに……」
「彼の手は私の豊満な乳房を捕え、離すまいと強く揉みしだいた……。次第に高まる互いの興奮の、熱の波を肌で感じつつ、ただひたすらに衣摺れの音のみが響いた…。互いを激しく求める接吻、赤子のように甘えるその舌を引きずり出し、伸ばして蹂躙してやる…。私たちの営みはそれでさらに激しくなった…。」
「……っ」
「ふふ、どこを見ているのですか…?さあ、母と二人で音読しましょう…♡」
官能小説まがいのものを一緒に読み。
「この魔物娘は非常に警戒心が薄く…いつも寝てばかりいます」
「……」
「ですが、ほかの魔物娘と同様に頭の中は性欲に満ちていて、無意識に放出される魔力は人を性欲解消に駆り立てるそうです…♡もちろん、目の前の身体を使っての…」
「……」
「黙りこくってはいけませんね…きちんとノートを取ってください」
魔物娘の生態を学び。
「ほーら、髪をわしゃわしゃ…目をしっかり閉じていてください…」
「あ、あの、さすがに…」
「母と子は一緒に身を清めます、おかしなことはありません」
「…はい」
「ふふ、では洗いっこ…しましょうか♡」
「……え?」
一緒にお風呂に入り。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
一緒にお布団に入り。
そして。
「魔物娘には…ぁ…♡発情期…がぁ♡あ、ありまし…てぇッ♡」
「…あの、母?大丈夫ですか?」
「ふー…♡ふー…♡発情期ににゃるとぉ…♡」
「……」
「え、エロい目で見られることに反応したりぃ…♡」
「…っ」
「たとえむしゅこでもぉ…♡ち、チンポ勃ててる子にはぁ…♡」
「…母」
「こうやってぇ、足も絡めて腕回してひっついてぇ…♡」
「…僕も、いいですよ」
「お、お下品な顔でぱこぱこしたくにゃるんですぅ♡はぁむっ♡ぐぢゅぐぢゅ♡ぅむうむっ♡にゅぷりゅ♡」
身を交わし。
そして。
「は、母と…セックスはぁ…許されませんがぁ…♡ある古い国ではぁ…♡」
「我慢…できないです…講釈なんかどうでもいいですっ…♡」
「母と子がぁ、ちんちんを突っ込んでパンパンっ♡あぁあああっ♡んにゃあぁっ♡」
「うっわ…ぬるぬるできっつい…っ♡」
「エッチしか考えられないお猿さんにぃ…♡な、なっちゃいたいです…♡」
「いきますよ…っ♡」
「あッ♡あぁっ♡ああぁっ♡だめぇっ♡あーッ♡あーッッ♡んにゃあああ♡」
男女となり。
「よーしよし…♡母のおっぱいをたーんと飲んでくださいねぇ…♡」
「ありがとう、ございますっ…美味しいです…母…」
「ママ、でちゅよ…♡」
「は…」
「ママ」
「…ママ」
「よく出来まちたぁっ♡ちんちんたっくさんいい子いい子♡」
「あ″ッ…ぐぁっ♡そんなに激しくしたらっ…♡」
「ママのお口にしーしー…いいでちゅよ…♡」
エロ本に書いてあるものを真似して。
「い…挿れるけど…痛かったら言ってくださいね…?」
「は、はい…♡母もお尻の穴なんて…知りませんし…♡」
「お″ッ…ふ…とろっとろで…あっつ…」
「んふっ…うぅ″ぅ″っ…♡なんかぁ…ふわふわしますぅ…♡」
「う、動く、よっ」
「ま、待ってくださ…いぃ″♡ひっ♡ひんっ♡し、子宮を壁越しにっ♡こちゅこちゅってぇ…♡」
「顔…トロトロですよ…♡」
「み、見にゃいでぇ…くらしゃい…♡」
エロ本に書いてあるものを片っ端から真似して。
「ああロミオ様!ロミオ様!あなたはなぜロミオ様でいらっしゃいますの…!?お父様と縁を切り、家名をお捨てになって! もしもそれがお嫌なら、せめてわたくしを愛すると、お誓いになって下さいまし。そうすれば、わたくしもこの場限りでキャピュレットの名を捨ててみせますわ…!」
「劇の稽古をつけるって話じゃ…」
「この二人は恋仲だけれど結ばれず、このような悲しいシーンになっているのです…ならばせめて、愛する者同士が結ばれるエンディングがあっても良いじゃありませんか…♡」
「要するに、なんです?」
「セックスがしたいだけです…♡今までお勉強ばっかりしてきましたから、ね♡」
「仕方ないですね…」
「あ、待ってください…この催眠の本で遊んでみましょう…♡」
「……っ、どうなっても知りませんよ…?」
「ママ…ママぁ…」
「ママはここでちゅよー…♡あー可愛い…♡もう一生このままにしておきたいくらいです…♡」
「ママぁ…おっぱい…」
「おっぱいはここでちゅよ…♡これが終わったらママと悪者退治のぱんぱんごっこしまちょうね…♡」
「うんっ、やるーっ♡おっぱいーっ♡」
「ぶぼっ♡ぶぽっ♡くぽっ…♡んぽっ♡」
「あーっ…♡母のガチフェラ一度受けてみたかったんです…♡」
「よりょこんでもりゃえてうれしいれふ♡ぐぽっ♡ぅぽっ♡ぷぽんっ♡にゅぽっ♡んぽっ♡」
「我慢できないっ…ごめんなさいっ」
「え…♡ちゅのちゅかんでにゃに…♡ぐぽぉ♡ぐぼッ♡んごぉ″っ♡ぉ″ごぉっ♡」
「は、はは…あとでこっぴどく怒られそう…♡」
お互いを言いなりにしたり。
「喉が変な感じがするのですが…?それに口の中のこの匂い…」
「うっぷ…ミルクでお腹が水っぽい…おまけに身体中キスの赤い跡が…」
「我が子の方がひどいです、角は魔力を放出したりにも使うというのに、それをひっつかんで無理やりなどと…」
「いいえ母の方がひどいですよ、しかも……転写魔法で録画していたの、魔力漏れでバレバレですよ」
「……まぁ…気持ちよかったですけど…」
「…母に甘えるのも、悪くなかったけど…」
親子(?)喧嘩(?)したり。
とにもかくにも、楽しい日々を過ごした。
そしてある日。
「蓬莱の実は神木の実であり、綺麗な空気と人間の愛によって育ちます、宝石として非常に高い価値を」
「蓬莱の…珠…!」
ホウライ…蓬莱、その言葉を聞いた瞬間、頭の中で電撃が迸ったのだ。
「どうしました?急に立ち上がって…」
「爛れた生活で忘れていたけど…思い出した…僕は…!」
母に本来の目的を話した。
「……そうですか」
「だから…」
「だから?」
母の目が怪しく光る。
理性的なものではなく、荒々しく威圧的な目。
「教育が終わるまで、どのみち出すつもりはありません…はじめにもそう言ったはずですよ」
「絶対に帰ってきますから!ただ、ただ残した友人や他の人々に別れを告げたいだけですし…母が一緒に来たって構わないのです!」
「………」
母の手の中でドス黒い魔力が見えた。
真っ白な指とは対照的な力のラインが僕を穿つ。
傷はない、が。
「う…ぐぁ″…!」
「罪悪感が苦しさに変わりました…これでもまだ、母を置いていくつもりですか?」
僕は、一か八か賭けに出た。
黒い線を握りしめ、逆に魔力を流してやる。
「っ…!?魔物娘の母と…魔力で勝負する…と…!?面白いですね…」
「……違う、なっ!」
素早く印を切る。
霧の大陸に古代から伝わる魔法だ。
「孔雀籠包!」
「まずっ…!」
母を牢に閉じ込めた。
この牢も、母ほどの力の持ち主を数時間も監禁することは不可能だろう。
「すぐ帰ってきますから…!」
「……!」
その時、外は晴れていた。
頑張って真っ直ぐ走れば、逃げ切れるかもしれない。
「何か…落としましたね…」
失敗作のガラス玉。
陽の光を浴びたそれは、10色の輝きを爛と放っていた。
「蓬莱の珠を取りに来た……既に持っているではないですか…?」
「こんちはー…刑部狸でーす…お宅に人間来ませんでした…?」
「……勝手に人の家に入ってこないでいただけますか?」
「なんかご機嫌斜めですね…その牢屋、解いたほうがいいやつです?」
「いいえ、彼はこの大陸にいる限り、私から逃れることはできません」
異様に濃い、乳色の霧が外に溢れ出す。
あっという間に大地を埋め尽くすそれは、今までのものとは違う圧迫感に満ちたものだ。
「えーっと…あった!」
「その蓬莱の実は我が子のものです」
「ケチケチ言わないでくださいよ、おばさん」
「おばッッッ……!」
「コレ渡したのはアタシ、そろそろアタシの使ってる神木も年老いてきて…新しい種が欲しかったんです」
「…それをここから持ち出したなら、その瞬間にあなたの未来は霧の中で骨になる運命ですよ」
「ご心配なく!蓬莱の木…神木は愛なくして育ちませんから…ここの庭…そこのガラス戸の外に埋めておきますよ」
「……そうですか、さっさと埋めて出て行ってください」
「つれないなぁ……まーアタシに感謝してくださいよ、あなたと男が出会えたのもアタシのお陰なんですから」
「それはどうもご苦労様です、一体何様のつもりですか?」
「アタシですか?んーっと…」
「人と魔物娘を結びたい、ただのがめつい刑部狸ですよ」
「………それが本当なら、一つお願いがあります」
「ひどい…霧だ……!」
重い荷物は途中で捨て、着の身着のまま走り続けた。
がさりと胸の中でおかしな感覚。
「コンパス…!」
その羅針盤は僕が真っ直ぐ走ってきた方…母の家の方面を指していた。
羅針盤を無視してがむしゃらに走る。
すると、ある時。
「……!」
羅針盤の針が180度回り、僕が向かう方を向いたのだ。
狂ったのか。
それにしては真っ直ぐ指しすぎている。
僕は走った。
その羅針盤の針の方へ。
「おかえりなさい、我が子よ」
にこやかな顔。
ここ数ヶ月、ずっと見た顔。
「…母」
「我が子、さあ早く上がってください、話があるのです」
逆らいたかったが母の身体には乳白色のオーラが色濃く出ていた。
逆らうことが、できない。
僕は、ゆっくりと家に入った。
「二つ聞かせてください」
部屋で問いかけられる。
「はい」
「あなたは、ここにいることが、母といることが苦痛ですか?」
真っ直ぐな目で聞かれ、答えに詰まる。
苦痛ではない。
僕なりに愛しているといえばそうだし、きっと母も同じだ。
だが『冒険家』である以上、母と永住はできない。
…冒険家?
なぜ僕は、そんな冒険家になりたかったんだ…?
ただ、お金のためじゃないか…。
頭の中の何かがボロボロと崩れる。
「…いいえ」
「ならもう一つ、シェーザの生きていた場所の人々に別れを告げられたら、帰るのを諦めますか?」
頭の中がぐるぐるしていた。
たしかに帰る必要は、それでなくなる。
「………はい」
「よかったです!それならこの便箋を使って、皆様にお別れのご挨拶を書いてくださいね」
「え…?」
「心優しい方が届けてくださるそうですから…」
誰だろう?
そんな疑問が浮かんだ。
だが、そんな考えはすぐに消えた。
「さ、ホットミルクでも飲んで……ね?」
母の優しい味。
それがあれば、もうどうでもいい気がしたから。
「ありがとう、ございます…」
「すごい…虹だ…!」
「なんだありゃ!?ドデカい虹だぞ!」
その数年後、数十年後も。
霧の大陸が晴れ渡る、一年のうちのわずか数日。
一部だけが乳白色の霧に覆われている、そこから伸びる。
霧に反射した光が織りなす。
それはそれは美しい虹が見えたそうです。
「蓬莱のガラス玉いらんかねー、採れたての蓬莱の実もあるよーっ」
「蓬莱の珠があるって…本当かよ!?」
「ええありますとも…ちょいと高くつきますけどね」
「いくらだ!?言い値で払おう!」
「そんじゃ…付いてきてください…あの霧の中に、愛に飢えた魔物と実がありますから…ね…♪」
「わ、わかった!待ってろ!」
「私が用意した楽園…気に入ればアタシの勝ち、神木を負けた方と奥様に育てていただいて、その蓬莱の実をちょっとばかしいただきます……気に入らず、逃げ切ったならあなたの勝ち…蓬莱の珠を約束通り差し上げましょう…逃げ切れたら…ね……♪あなたも一度、いかがです……?」
ただいまの刑部狸戦績:70勝6敗0引分け
20/01/01 01:55更新 / あさやけ