ダークマターちゃん調査報告
これは国家魔物娘研究所所属保護観察員の僕。
大月昇が書き記したダークマター観察日記である。
稀少なダークマターに関する研究資料として、ぜひ後世に残してほしい。
2○○2年4月2日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…異常なし
「こんにちは、今日から新しく君のお世話をすることになった大月昇って研究員だ、よろしくね」
ダークマターに挨拶を試みた。
ダークマターがいるのは、人間が正気を保てて、かつダークマターの行動に影響がないよう魔力が一定に管理された部屋の中だ。
ちなみに僕の住んでいる部屋よりも広い。
まんまアパートのような内装で、ダークマターは可愛らしい人形が置いてあるソファの上にいた。
「………ノボル、私をどうするの？」
ダークマターにしては少し発達した身体を持っている。
彼女はモヤモヤとした黒い太陽を膝に乗せたまま、ジトっとした目をこちらに向けた。
「どうするって……君は魔物娘の中でも数が非常に少ない、だからこの研究施設で生態調査やら」
「もういい」
ふいと顔を背けてパンダの人形を手でもてあそび始めた。
どうやら嫌われてしまったようだ。
この子は保護されたばかりなので、前任の担当者もいない。
明日こそは気に入ってもらえるよう頑張らなくてはいけない。
2○○2年4月3日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…ご機嫌ナナメ
彼女のいる施設は保護観察専用の住居だ。
他に貴重な魔物娘…アトラク=ナクア、バイコーン、白澤などがいる。
外出は届出さえ出せば自由だが、日をまたぐ場合には宿泊先などを記入した別な申請を出さなくてはならないため多少厄介。
売店(食べ物飲み物大人のおもちゃエッチな本)や娯楽室(映画ゲームセンターテニスコートサッカーコートビデオ鑑賞室)談話室にレストラン(中華和風西洋)と何でもある。
僕もたまに利用するが、半袖シャツ一枚のバイコーンなどが闊歩していて非常に目のやり場に困るうえ、男性職員や研究員がいるとトイレに連れ去られそうになる事案もあるのでやや危険である。
話が逸れた。
とにもかくにもそんなわけで僕は売店で犬のぬいぐるみを買って、彼女に渡すことにしたのである。
「おはよう、体調はどうかな？支給されたご飯は全部食べられたようだね」
「……うん」
ちなみに人の精を食事とする彼女には、人工的に作られた特殊な食べ物が与えられている。
「ところで、今日は君にプレゼントがあるんだよ」
犬のぬいぐるみを彼女に差し出す。
彼女はそれをしばらくの間ジーッと見ていた。
「なにこれ？」
「ぬいぐるみだけど…犬の」
するとさすが魔物娘というべきか、黒い太陽をじりじりと歪ませてこう言った。
「こんなぬいぐるみでご機嫌取りのつもり？私、犬嫌いだし」
思ったよりもワガママで眼の肥えた子のようだ。
こういう時には正直に話すのが一番である。
「あはは…バレたか…どうやら君は研究員が嫌いみたいだから、少しでもお近づきになりたくてね……」
「……」
「犬が嫌いだとは知らなかったよ、これからも君のこと…たくさん僕に教えてくれると嬉しいな」
犬のぬいぐるみを引っ込めようとした時、彼女の細い指が僕の腕を掴んだ。
体温はわりと低いようだ。
「……もらっとくから」
そのまま犬のぬいぐるみを僕から引ったくって、頭を撫で撫でしつつぬいぐるみ達のある場所に置いた。
「あ、ああ、もちろん！おっと…今日はこのくらいが時間だね…明日！ええと…」
「レミ」
「レミちゃん、また明日ね」
頭を撫でてみたところ、特に怒るフシはなかった。
ぬいぐるみのレシートを研究所に提示したところ、事務員のラミアさんこと小山さんに
「職員の個人的なプレゼントは経費では落とせません」
と冷たい調子で言われてしまった。
2○○2年4月10日
天気…くもり
レミちゃんの健康状態…空腹
彼女と一週間過ごした感想としては、別段人を嫌うわけではないが無口で少し分かりづらい子である、ということに尽きる。
最近は人慣れしたのかよく喋ってくれるようになってきた。
「ご飯食べに行こうよ」
「え？朝食は全部食べたみたいだけど…」
黒い太陽がメラメラと揺れ動いた。
「お腹すいたの、早く行こうよ」
一応規定として、ただでさえ自由が制限されている(もちろん研究対象が人と交わるわけにはいかないので魔物娘にとって一大問題である欲求不満もオナニーで解消している)魔物娘の求める娯楽には、常識の範囲内で担当した研究員はなるべく付き合ってあげるべしだと定められている。
それに従って僕は彼女とお昼を食べることにした。
「それじゃ、ご飯を食べながら生態調査といこうか」
「食べる時くらい研究のこと忘れられないの？ノボルは」
「…なんだかお母さんみたいだね、レミちゃん」
そう言うと黒い太陽が危なげにメラリと黒い火を吹いた。
背筋が少しぞくっとした。
「な、何食べる？ここのレストラン街は色々あるからなぁ」
話を逸らすと彼女は和食の店を指差した。
「ここ、ずっと行きたかったの」
「は、はぁ…」
海和尚らしき店員が、物珍しげに研究員とダークマターの食事を見守る昼過ぎの和食レストラン。
「ノボルはなんでこの仕事に？」
ヘンテコな形の寿司を食べているとレミちゃんが問いかけてきた。
「あー…昔テレビで魔物娘の龍を見た時にね…なんか神秘的な何かを感じて…そこから魔物娘に興味が止まらなくなったんだよ」
「…ふーん、龍ね…ダークマターは嫌いなの？」
「そんなわけないさ！大好物だよ、その黒い太陽の中身の仕組みや物質、生態も未だに明らかにはなってない…君と携わる仕事ができてとっても嬉しい」
そう言うとレミちゃんは顔をふいと背けた。
「……彼女にするなら魔物娘と人間、どっち？」
「そりゃできたら魔物娘の方が僕は嬉しいなぁ……もちろん、選り好みできる身分ではないんだけどね」
レミちゃんの隣に置いて(？)ある黒い太陽がボボッ…と音を立てて黒く燃え上がった。
彼女の感情に左右されるのだろうか。
「た、た…例えば…ダークマターは守備範囲？」
なぜか急にカミカミだ。
難しい質問だが、真面目に答えてあげるべきだろう。
「もちろんだけど…ダークマターにはちっこい子が多いからなぁ…何か犯罪チックなものを感じるよ……フェアリーとかもそうだけどね」
すると揺らめいていた黒い太陽が一気に鎮まった。
レミちゃんが立ち上がる。
「帰る」
「え〝っ…ちょ！レミちゃん！？」
事実、ダークマターの大人は非常に少ない。
なぜかは分かっていない。
今目の前にいるレミちゃんも中学生くらいの歳であるため、今後が気になるところだ。
しかしなぜかご機嫌を損ねてしまったらしい。
「お客さん」
海和尚さんに呼び止められる。
レミちゃんを追いかけなければいけないというのに…！
「何ですかもう！」
「お・だ・い♡」
小山さんに昼食(ダークマター専用)代金2000円の領収書を渡したところ
「それは研究員である大月さんが非常にデリカシーのない回答をして、レミさんを困らせたからでしょう？経費では落とせません」
と言われてしまった。
2○○2年7月1日
天気…雨
ダークマターの健康状態…風邪
いつも通りの時間に彼女の健康状態が記された紙を見ていたところ、朝食が3割ほど残っていたらしい。
とりあえず体温を測った。
38度2分…人と同じ基準で言うのなら、そこそこの熱だ。
「ノボル…こんなに大げさなことをしなくても…」
「いいや、レミちゃんが体を崩したのは一大事だ、早く気が付いてやれなくてごめん…」
ベッドに寝かせる。
頭には冷えピタ、氷枕、毛布をかけて頭を撫でている。
一応上司に聞いてみたが、人と大して処置は変わらないらしい。
市販の風邪薬は媚薬効果を示すことがあるため注意らしいが。
枕元には僕のあげた犬のぬいぐるみが置いてある。
少し頭やお腹が汚れているのを見ると、撫で回してくれているのだろう。
「レミちゃん、食べたいものとかあるかい？買ってくるよ」
「…ノボル」
「ん？」
呼ばれたので聞き返すと、風邪のせいか赤い顔を布団に埋めた。
「………なんでもない、感染るから出て行って」
「そうはいかないさ、面談時間が終わるまでは面倒を見るからさ…もしも厄介なら出て行くけどね」
そう返すとごろりと寝返りを打った。
犬のぬいぐるみを抱きしめてヨシヨシしている。
面談時間終了の数分前、くうくうと寝息を立てていた。
宙に浮いた黒い太陽も心なしかサイズがダウンしている気がする。
「それじゃ…またね、レミちゃん、しっかり治すんだよ」
起こさないように声をかけてそっと部屋を出た。
「むにゃ…の…ぼる……すき…」
小山さんに
「この前美味しいところ見つけたんですけど、今晩行きません？」
とご飯に誘われた。
非常に酒癖が悪く
「おらぁ…婚姻届書けやァ…！」
危うく(小山さんがカバンの中に持参していた)記入済み婚姻届にサインさせられるところだった。
とりあえずお帰りいただいた。
2002年7月2日
天気…くもり
ダークマターの健康状態…風邪(前日よりも良い)
「レミちゃん、体調はどうだい？」
「……！ノボル、いらっしゃい…もう元気だよ」
リビングに入ると犬のぬいぐるみを抱っこしてテレビを見ていた。
時折笑顔を見せるようになったのは、打ち解けてくれた証だろうか。
熱を測ると37度7分
やや微熱といったところか。
「風邪に油断は禁物、あんまり不摂生なことしたらダメだからね」
「分かってるよ…」
「…ま、服を着るのが一番かもしれないけど」
彼女はすっぽんぽんなのだ。
一応黒い太陽から伸びる黒いもので身体を隠すことはできるものの、売店などに行くにはあまりにキケンな格好だ。
「…めんどくさい、そんなの着て窮屈じゃないの？」
レミちゃんが僕の服を引っ張る。
するとなぜか、目をいつもより開いて僕の服(というよりも肌)をくんくんと嗅ぎ出した。
「ちょっ…くすぐったいから…！」
「昨日…女の人とベタベタした？」
黒い太陽が煌めく。
吸い込まれそうな闇をジワジワと広げている。
レミちゃん自身の瞳も暗く染まっているような錯覚に陥る。
「ベタベタって…いや、まぁ…」
小山さんにベタベタ引っ付かれたのは事実だ。
きっちり夜にシャワーを浴びたのに、服の上からそれを嗅ぎ分けるとはすごい嗅覚だ。
ダークマターは嗅覚も優れているのだろうか。
「……もう、帰って」
「え？ま、待ってよ、まだ聞かなきゃいけないことが…」
「その匂い、二度と付けてこないで…次付けてきたらその匂いの持ち主を太陽で喰うから」
何やら怒っているようだ。
しかし、不快な思いをこれ以上させるわけにはいかない。
香水とかが苦手なのかもしれない。
2○○2年8月4日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…成長期(？)
最近レミちゃんがよく食べるようになっている。
しかし、彼女自身は食べても食べてもお腹が膨らんだりしている様子はない。
むしろ黒い太陽が膨張してきていて、ここ数日の成長で僕の胴体くらいにまで膨れ上がっている。
今日はイタリアンの気分だそうだ。
「レミちゃん、ダークマターってのは特殊な成長過程があるのかい？」
「もぐもぐ…んぐ…なんで？」
小さなパンをご飯が来てもいないのにガツガツと食べている。
朝食ではとてもとても足りないようだ。
「最近太陽が大きくなって来ているからさ…もしかして成長期なのかと思って」
「むしゃむしゃ…あぐっ…んぐ、ごくん…黒い太陽はエネルギー体だからね…たくさんエネルギーを取ったらもちろん大きくなるよ」
「ふむふむ…ええと、レミちゃん自体は成長しないのかい？」
「するよ？たぶん10月からくらいかな…何ヶ月か黒い太陽にくるまったサナギみたいになって…この身体も大人になると思う」
簡単にそう言う彼女。
なんでも黒い太陽は、いつもは生存に必要なエネルギーを最低限供給しており、ある時が来たらそれまで溜め込んだエネルギーで人体部分に大きな成長をもたらすらしい。
信じられないような話だ。
「大人になったらどうなるんだい？」
「黒い太陽の力が強くなるの、女の人を吸い込んで株分けしてダークマターにしたり…伴侶を丸ごと吸い込んだり…あとは性格も変わったりするみたい」
「性格まで…？」
「そ、記憶とか人格はそのままだけどね、こう…大人っぽくなったりするんじゃないかな…？」
そう考えると少し寂しい気もする。
これまで…半年も経ってはいないが、楽しい時を一緒に過ごしたレミちゃんが変わってしまうと思うと。
出会ったいつぞやと同じく、それを見抜いたように彼女は言った。
「……寂しい？」
「…うん、僕は寂しいな…ちょっとだけ」
笑って誤魔化すと彼女は俯いた。
なにやらとても真剣な顔をしている。
「あ、ごめん！落ち込ませるつもりじゃ…！」
「ううん、違う…ひとつだけ約束、してくれない？」
「約束？」
ふいと彼女は顔を上げた。
「…さなぎから出たら、どんな姿でも、どんな時間が経っても、必ず私のことを迎えてくれるって」
その笑顔は、さなぎを経てもいないのにとても大人っぽくて、艶っぽいものだった。
「…必ず」
「ありがと」
「お待たせしました～ダークマター用ピッツァLです～」
小山さんにお盆に海に誘われた。
しかし研究所は閉まっても、責任のある担当研究員は魔物娘に手の届く範囲にいなければいけないため、お断りしておいた。
「……シケた理由ですね、ホントに」
ご機嫌ナナメだ。
2○○2年9月21日
天気…雨
ダークマターの健康状態…暴飲暴食(らしい)
研究員の健康状態…インフルエンザ
やってしまった。
インフルエンザだ。
魔物娘の住宅には一週間顔が出せない。
ほかの研究員によれば、部屋にこもって暴飲暴食しているらしい。
担当にやって来たのが僕ではないこと、そして俺がインフルエンザであること分かると部屋に立ち入ることすら拒否したらしい。
ワガママは治りつつあるかと思ったが、そうではないのだろうか。
何にせよ悪いことをしてしまった。
小山さんがお見舞いに来た。
部屋にあげることはできなかったが「漢の超元気」という別用途な強壮剤を持ってきてくれた。
今度ご飯でも奢ってあげなくては。
2○○2年9月29日
天気…雨
ダークマターの健康状態…さなぎになった
「レミちゃん、僕…ノボルだよ…中に入れてくれないかな？」
俺はインフルエンザの治癒を確認するなり、雨の中傘もささずにレミちゃんの部屋へと走った。
さなぎになることを間近に控えた彼女を放置してしまった。
その自戒の念は大きい。
インターホンから声がした。
「…ノボル、入って」
ややかすれた声だ。
扉を開けると、リビング一杯に黒い塊があった。
その前にレミちゃんがへたり込んでいる。
「レミちゃ…」
レミちゃんに近づいた瞬間、彼女に抱きつかれた。
「ノボルの馬鹿！身体に気をつけてって言ったのはノボルでしょ…！勝手にインフルエンザになって…そんなの心配でさなぎになれるわけないじゃん…っ！」
彼女の瞳は涙で潤んでいた。
服を握られた力の強さで、本当に心配されているのだと感じた。
背中に手を回し、頭を撫でてやる。
「……ごめん、必ず…必ずさなぎから出たら出迎えるから…」
「………いなかったら許さないからね…ノボル…」
彼女は僕が研究のためのビデオをかまえる前で、肥大した黒い太陽の中へと入って行った。
子供のような、心からの笑顔で手を振ってくれた。
2○○2年10月20日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…さなぎがゆっくりと収縮している。
レミちゃんがさなぎになって一ヶ月ほど。
さなぎはたまに律動し、少しずつ小さくなっている。
僕の呼びかけに返事はない。
ここ毎日、僕はずっと彼女の前で待ち続けている。
たまに博士が訪ねてきたりするがみんな動きの少ない地味な研究対象に、数分で飽きて去って行く。
僕にとって彼女はもはや研究対象などではない。
彼女はもっと…大切なものだ。
2○○2年11月10日
天気…くもり
ダークマターの健康状態…さなぎから気泡が出ている
ごぽごぽとさなぎから泡が出ている。
最初に見たときは驚いたが、検査の結果特に内部に異常はないらしい。
まだ目が覚めないのだろうか。
待ち遠しい。
小山さんからコーヒーの差し入れをもらった。
2○○2年12月20日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…さなぎが2m程度の球体になった。
さなぎがとても小さい。
もう少しで目覚めるのではないだろうか。
とても会いたい。
会いたい。
小山さんがクリスマスの夜にご飯でも食べに出かけないかと誘ってきた。
残念ながら研究が忙しいのでお断りした。
「研究研究……そんなにレミさんが好きなんですね」
呆れたような顔で言われた。
2○○2年12月25日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…異常なし
さなぎが人の形になったと思うと、いきなり球体が分離した。
「…ノボル」
彼女の肢体は、確かに大人の女性になっていた。
「…レミ…ちゃん…」
「ちゃんはやめてよ……私、大人になったから…！」
レミが抱きついてきた。
色々と柔らかくてドギマギする。
「え、ええと…大人になったんだね…」
「もっちろん！ずーっとさなぎの中からノボルを見てた……ずーっと、ずーっと…」
さなぎが破れる様子を見にきたたくさんの研究員達も、気まずそうに出て行ってしまった。
「ノボル…私と一緒にいてくれる？これからも…」
黒い太陽を連れた彼女がゆっくりと離れる。
さなぎになる前と、彼女は何も変わってはいない。
「もちろん！」
2○○3年6月4日
天気…雨
研究保護期間は終わった。
レミは研究の報酬を受け取り、まだ保護を受けるか自立して社会に出るか、それとも自然へと帰るかを選択できる。
彼女が選んだのは社会に出ることだった。
少数派である魔物娘…その中でも非常に数の少ないダークマターがまともに社会生活をすることは難しい。
そこをウチの研究機関が就職先を見つけたり、住むところを手配したりのサポートをするというのが一般的な流れだ。
しかし、彼女は違った。
結婚する道を選んだのだ。
「ノボル」
「ん？」
「…研究は終わった……けど、私はノボルが気に入った」
「…うん」
「私なりに考えたつもりなの、聞いて」
「……うん」
そこから先は言うまでもない。
小山さんにも告白された。
丁重にお断りした。
「…レミさんにフラれたら転がり込んできてください、一生くらいなら面倒を見てあげますから」
僕は幸せ者だ。
「ノボル！またそれ読んでるの…？仕事の時間でしょ」
「あ、ああ…もうそんな時間か…！」
「ほら、お弁当…白衣も畳んどいたからね…」
「ごめん！ありがと！」
「それと…また女の匂い付けて帰ってきたら…」
「わ、わわ…分かってるって！行ってきます！」
「…ま、仕事柄仕方ないのは分かるけどね……あのバニップ…一度シメてやろうかな」
「忘れ物ーッ！」
「ああもう！」
大月昇が書き記したダークマター観察日記である。
稀少なダークマターに関する研究資料として、ぜひ後世に残してほしい。
2○○2年4月2日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…異常なし
「こんにちは、今日から新しく君のお世話をすることになった大月昇って研究員だ、よろしくね」
ダークマターに挨拶を試みた。
ダークマターがいるのは、人間が正気を保てて、かつダークマターの行動に影響がないよう魔力が一定に管理された部屋の中だ。
ちなみに僕の住んでいる部屋よりも広い。
まんまアパートのような内装で、ダークマターは可愛らしい人形が置いてあるソファの上にいた。
「………ノボル、私をどうするの？」
ダークマターにしては少し発達した身体を持っている。
彼女はモヤモヤとした黒い太陽を膝に乗せたまま、ジトっとした目をこちらに向けた。
「どうするって……君は魔物娘の中でも数が非常に少ない、だからこの研究施設で生態調査やら」
「もういい」
ふいと顔を背けてパンダの人形を手でもてあそび始めた。
どうやら嫌われてしまったようだ。
この子は保護されたばかりなので、前任の担当者もいない。
明日こそは気に入ってもらえるよう頑張らなくてはいけない。
2○○2年4月3日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…ご機嫌ナナメ
彼女のいる施設は保護観察専用の住居だ。
他に貴重な魔物娘…アトラク=ナクア、バイコーン、白澤などがいる。
外出は届出さえ出せば自由だが、日をまたぐ場合には宿泊先などを記入した別な申請を出さなくてはならないため多少厄介。
売店(食べ物飲み物大人のおもちゃエッチな本)や娯楽室(映画ゲームセンターテニスコートサッカーコートビデオ鑑賞室)談話室にレストラン(中華和風西洋)と何でもある。
僕もたまに利用するが、半袖シャツ一枚のバイコーンなどが闊歩していて非常に目のやり場に困るうえ、男性職員や研究員がいるとトイレに連れ去られそうになる事案もあるのでやや危険である。
話が逸れた。
とにもかくにもそんなわけで僕は売店で犬のぬいぐるみを買って、彼女に渡すことにしたのである。
「おはよう、体調はどうかな？支給されたご飯は全部食べられたようだね」
「……うん」
ちなみに人の精を食事とする彼女には、人工的に作られた特殊な食べ物が与えられている。
「ところで、今日は君にプレゼントがあるんだよ」
犬のぬいぐるみを彼女に差し出す。
彼女はそれをしばらくの間ジーッと見ていた。
「なにこれ？」
「ぬいぐるみだけど…犬の」
するとさすが魔物娘というべきか、黒い太陽をじりじりと歪ませてこう言った。
「こんなぬいぐるみでご機嫌取りのつもり？私、犬嫌いだし」
思ったよりもワガママで眼の肥えた子のようだ。
こういう時には正直に話すのが一番である。
「あはは…バレたか…どうやら君は研究員が嫌いみたいだから、少しでもお近づきになりたくてね……」
「……」
「犬が嫌いだとは知らなかったよ、これからも君のこと…たくさん僕に教えてくれると嬉しいな」
犬のぬいぐるみを引っ込めようとした時、彼女の細い指が僕の腕を掴んだ。
体温はわりと低いようだ。
「……もらっとくから」
そのまま犬のぬいぐるみを僕から引ったくって、頭を撫で撫でしつつぬいぐるみ達のある場所に置いた。
「あ、ああ、もちろん！おっと…今日はこのくらいが時間だね…明日！ええと…」
「レミ」
「レミちゃん、また明日ね」
頭を撫でてみたところ、特に怒るフシはなかった。
ぬいぐるみのレシートを研究所に提示したところ、事務員のラミアさんこと小山さんに
「職員の個人的なプレゼントは経費では落とせません」
と冷たい調子で言われてしまった。
2○○2年4月10日
天気…くもり
レミちゃんの健康状態…空腹
彼女と一週間過ごした感想としては、別段人を嫌うわけではないが無口で少し分かりづらい子である、ということに尽きる。
最近は人慣れしたのかよく喋ってくれるようになってきた。
「ご飯食べに行こうよ」
「え？朝食は全部食べたみたいだけど…」
黒い太陽がメラメラと揺れ動いた。
「お腹すいたの、早く行こうよ」
一応規定として、ただでさえ自由が制限されている(もちろん研究対象が人と交わるわけにはいかないので魔物娘にとって一大問題である欲求不満もオナニーで解消している)魔物娘の求める娯楽には、常識の範囲内で担当した研究員はなるべく付き合ってあげるべしだと定められている。
それに従って僕は彼女とお昼を食べることにした。
「それじゃ、ご飯を食べながら生態調査といこうか」
「食べる時くらい研究のこと忘れられないの？ノボルは」
「…なんだかお母さんみたいだね、レミちゃん」
そう言うと黒い太陽が危なげにメラリと黒い火を吹いた。
背筋が少しぞくっとした。
「な、何食べる？ここのレストラン街は色々あるからなぁ」
話を逸らすと彼女は和食の店を指差した。
「ここ、ずっと行きたかったの」
「は、はぁ…」
海和尚らしき店員が、物珍しげに研究員とダークマターの食事を見守る昼過ぎの和食レストラン。
「ノボルはなんでこの仕事に？」
ヘンテコな形の寿司を食べているとレミちゃんが問いかけてきた。
「あー…昔テレビで魔物娘の龍を見た時にね…なんか神秘的な何かを感じて…そこから魔物娘に興味が止まらなくなったんだよ」
「…ふーん、龍ね…ダークマターは嫌いなの？」
「そんなわけないさ！大好物だよ、その黒い太陽の中身の仕組みや物質、生態も未だに明らかにはなってない…君と携わる仕事ができてとっても嬉しい」
そう言うとレミちゃんは顔をふいと背けた。
「……彼女にするなら魔物娘と人間、どっち？」
「そりゃできたら魔物娘の方が僕は嬉しいなぁ……もちろん、選り好みできる身分ではないんだけどね」
レミちゃんの隣に置いて(？)ある黒い太陽がボボッ…と音を立てて黒く燃え上がった。
彼女の感情に左右されるのだろうか。
「た、た…例えば…ダークマターは守備範囲？」
なぜか急にカミカミだ。
難しい質問だが、真面目に答えてあげるべきだろう。
「もちろんだけど…ダークマターにはちっこい子が多いからなぁ…何か犯罪チックなものを感じるよ……フェアリーとかもそうだけどね」
すると揺らめいていた黒い太陽が一気に鎮まった。
レミちゃんが立ち上がる。
「帰る」
「え〝っ…ちょ！レミちゃん！？」
事実、ダークマターの大人は非常に少ない。
なぜかは分かっていない。
今目の前にいるレミちゃんも中学生くらいの歳であるため、今後が気になるところだ。
しかしなぜかご機嫌を損ねてしまったらしい。
「お客さん」
海和尚さんに呼び止められる。
レミちゃんを追いかけなければいけないというのに…！
「何ですかもう！」
「お・だ・い♡」
小山さんに昼食(ダークマター専用)代金2000円の領収書を渡したところ
「それは研究員である大月さんが非常にデリカシーのない回答をして、レミさんを困らせたからでしょう？経費では落とせません」
と言われてしまった。
2○○2年7月1日
天気…雨
ダークマターの健康状態…風邪
いつも通りの時間に彼女の健康状態が記された紙を見ていたところ、朝食が3割ほど残っていたらしい。
とりあえず体温を測った。
38度2分…人と同じ基準で言うのなら、そこそこの熱だ。
「ノボル…こんなに大げさなことをしなくても…」
「いいや、レミちゃんが体を崩したのは一大事だ、早く気が付いてやれなくてごめん…」
ベッドに寝かせる。
頭には冷えピタ、氷枕、毛布をかけて頭を撫でている。
一応上司に聞いてみたが、人と大して処置は変わらないらしい。
市販の風邪薬は媚薬効果を示すことがあるため注意らしいが。
枕元には僕のあげた犬のぬいぐるみが置いてある。
少し頭やお腹が汚れているのを見ると、撫で回してくれているのだろう。
「レミちゃん、食べたいものとかあるかい？買ってくるよ」
「…ノボル」
「ん？」
呼ばれたので聞き返すと、風邪のせいか赤い顔を布団に埋めた。
「………なんでもない、感染るから出て行って」
「そうはいかないさ、面談時間が終わるまでは面倒を見るからさ…もしも厄介なら出て行くけどね」
そう返すとごろりと寝返りを打った。
犬のぬいぐるみを抱きしめてヨシヨシしている。
面談時間終了の数分前、くうくうと寝息を立てていた。
宙に浮いた黒い太陽も心なしかサイズがダウンしている気がする。
「それじゃ…またね、レミちゃん、しっかり治すんだよ」
起こさないように声をかけてそっと部屋を出た。
「むにゃ…の…ぼる……すき…」
小山さんに
「この前美味しいところ見つけたんですけど、今晩行きません？」
とご飯に誘われた。
非常に酒癖が悪く
「おらぁ…婚姻届書けやァ…！」
危うく(小山さんがカバンの中に持参していた)記入済み婚姻届にサインさせられるところだった。
とりあえずお帰りいただいた。
2002年7月2日
天気…くもり
ダークマターの健康状態…風邪(前日よりも良い)
「レミちゃん、体調はどうだい？」
「……！ノボル、いらっしゃい…もう元気だよ」
リビングに入ると犬のぬいぐるみを抱っこしてテレビを見ていた。
時折笑顔を見せるようになったのは、打ち解けてくれた証だろうか。
熱を測ると37度7分
やや微熱といったところか。
「風邪に油断は禁物、あんまり不摂生なことしたらダメだからね」
「分かってるよ…」
「…ま、服を着るのが一番かもしれないけど」
彼女はすっぽんぽんなのだ。
一応黒い太陽から伸びる黒いもので身体を隠すことはできるものの、売店などに行くにはあまりにキケンな格好だ。
「…めんどくさい、そんなの着て窮屈じゃないの？」
レミちゃんが僕の服を引っ張る。
するとなぜか、目をいつもより開いて僕の服(というよりも肌)をくんくんと嗅ぎ出した。
「ちょっ…くすぐったいから…！」
「昨日…女の人とベタベタした？」
黒い太陽が煌めく。
吸い込まれそうな闇をジワジワと広げている。
レミちゃん自身の瞳も暗く染まっているような錯覚に陥る。
「ベタベタって…いや、まぁ…」
小山さんにベタベタ引っ付かれたのは事実だ。
きっちり夜にシャワーを浴びたのに、服の上からそれを嗅ぎ分けるとはすごい嗅覚だ。
ダークマターは嗅覚も優れているのだろうか。
「……もう、帰って」
「え？ま、待ってよ、まだ聞かなきゃいけないことが…」
「その匂い、二度と付けてこないで…次付けてきたらその匂いの持ち主を太陽で喰うから」
何やら怒っているようだ。
しかし、不快な思いをこれ以上させるわけにはいかない。
香水とかが苦手なのかもしれない。
2○○2年8月4日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…成長期(？)
最近レミちゃんがよく食べるようになっている。
しかし、彼女自身は食べても食べてもお腹が膨らんだりしている様子はない。
むしろ黒い太陽が膨張してきていて、ここ数日の成長で僕の胴体くらいにまで膨れ上がっている。
今日はイタリアンの気分だそうだ。
「レミちゃん、ダークマターってのは特殊な成長過程があるのかい？」
「もぐもぐ…んぐ…なんで？」
小さなパンをご飯が来てもいないのにガツガツと食べている。
朝食ではとてもとても足りないようだ。
「最近太陽が大きくなって来ているからさ…もしかして成長期なのかと思って」
「むしゃむしゃ…あぐっ…んぐ、ごくん…黒い太陽はエネルギー体だからね…たくさんエネルギーを取ったらもちろん大きくなるよ」
「ふむふむ…ええと、レミちゃん自体は成長しないのかい？」
「するよ？たぶん10月からくらいかな…何ヶ月か黒い太陽にくるまったサナギみたいになって…この身体も大人になると思う」
簡単にそう言う彼女。
なんでも黒い太陽は、いつもは生存に必要なエネルギーを最低限供給しており、ある時が来たらそれまで溜め込んだエネルギーで人体部分に大きな成長をもたらすらしい。
信じられないような話だ。
「大人になったらどうなるんだい？」
「黒い太陽の力が強くなるの、女の人を吸い込んで株分けしてダークマターにしたり…伴侶を丸ごと吸い込んだり…あとは性格も変わったりするみたい」
「性格まで…？」
「そ、記憶とか人格はそのままだけどね、こう…大人っぽくなったりするんじゃないかな…？」
そう考えると少し寂しい気もする。
これまで…半年も経ってはいないが、楽しい時を一緒に過ごしたレミちゃんが変わってしまうと思うと。
出会ったいつぞやと同じく、それを見抜いたように彼女は言った。
「……寂しい？」
「…うん、僕は寂しいな…ちょっとだけ」
笑って誤魔化すと彼女は俯いた。
なにやらとても真剣な顔をしている。
「あ、ごめん！落ち込ませるつもりじゃ…！」
「ううん、違う…ひとつだけ約束、してくれない？」
「約束？」
ふいと彼女は顔を上げた。
「…さなぎから出たら、どんな姿でも、どんな時間が経っても、必ず私のことを迎えてくれるって」
その笑顔は、さなぎを経てもいないのにとても大人っぽくて、艶っぽいものだった。
「…必ず」
「ありがと」
「お待たせしました～ダークマター用ピッツァLです～」
小山さんにお盆に海に誘われた。
しかし研究所は閉まっても、責任のある担当研究員は魔物娘に手の届く範囲にいなければいけないため、お断りしておいた。
「……シケた理由ですね、ホントに」
ご機嫌ナナメだ。
2○○2年9月21日
天気…雨
ダークマターの健康状態…暴飲暴食(らしい)
研究員の健康状態…インフルエンザ
やってしまった。
インフルエンザだ。
魔物娘の住宅には一週間顔が出せない。
ほかの研究員によれば、部屋にこもって暴飲暴食しているらしい。
担当にやって来たのが僕ではないこと、そして俺がインフルエンザであること分かると部屋に立ち入ることすら拒否したらしい。
ワガママは治りつつあるかと思ったが、そうではないのだろうか。
何にせよ悪いことをしてしまった。
小山さんがお見舞いに来た。
部屋にあげることはできなかったが「漢の超元気」という別用途な強壮剤を持ってきてくれた。
今度ご飯でも奢ってあげなくては。
2○○2年9月29日
天気…雨
ダークマターの健康状態…さなぎになった
「レミちゃん、僕…ノボルだよ…中に入れてくれないかな？」
俺はインフルエンザの治癒を確認するなり、雨の中傘もささずにレミちゃんの部屋へと走った。
さなぎになることを間近に控えた彼女を放置してしまった。
その自戒の念は大きい。
インターホンから声がした。
「…ノボル、入って」
ややかすれた声だ。
扉を開けると、リビング一杯に黒い塊があった。
その前にレミちゃんがへたり込んでいる。
「レミちゃ…」
レミちゃんに近づいた瞬間、彼女に抱きつかれた。
「ノボルの馬鹿！身体に気をつけてって言ったのはノボルでしょ…！勝手にインフルエンザになって…そんなの心配でさなぎになれるわけないじゃん…っ！」
彼女の瞳は涙で潤んでいた。
服を握られた力の強さで、本当に心配されているのだと感じた。
背中に手を回し、頭を撫でてやる。
「……ごめん、必ず…必ずさなぎから出たら出迎えるから…」
「………いなかったら許さないからね…ノボル…」
彼女は僕が研究のためのビデオをかまえる前で、肥大した黒い太陽の中へと入って行った。
子供のような、心からの笑顔で手を振ってくれた。
2○○2年10月20日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…さなぎがゆっくりと収縮している。
レミちゃんがさなぎになって一ヶ月ほど。
さなぎはたまに律動し、少しずつ小さくなっている。
僕の呼びかけに返事はない。
ここ毎日、僕はずっと彼女の前で待ち続けている。
たまに博士が訪ねてきたりするがみんな動きの少ない地味な研究対象に、数分で飽きて去って行く。
僕にとって彼女はもはや研究対象などではない。
彼女はもっと…大切なものだ。
2○○2年11月10日
天気…くもり
ダークマターの健康状態…さなぎから気泡が出ている
ごぽごぽとさなぎから泡が出ている。
最初に見たときは驚いたが、検査の結果特に内部に異常はないらしい。
まだ目が覚めないのだろうか。
待ち遠しい。
小山さんからコーヒーの差し入れをもらった。
2○○2年12月20日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…さなぎが2m程度の球体になった。
さなぎがとても小さい。
もう少しで目覚めるのではないだろうか。
とても会いたい。
会いたい。
小山さんがクリスマスの夜にご飯でも食べに出かけないかと誘ってきた。
残念ながら研究が忙しいのでお断りした。
「研究研究……そんなにレミさんが好きなんですね」
呆れたような顔で言われた。
2○○2年12月25日
天気…晴れ
ダークマターの健康状態…異常なし
さなぎが人の形になったと思うと、いきなり球体が分離した。
「…ノボル」
彼女の肢体は、確かに大人の女性になっていた。
「…レミ…ちゃん…」
「ちゃんはやめてよ……私、大人になったから…！」
レミが抱きついてきた。
色々と柔らかくてドギマギする。
「え、ええと…大人になったんだね…」
「もっちろん！ずーっとさなぎの中からノボルを見てた……ずーっと、ずーっと…」
さなぎが破れる様子を見にきたたくさんの研究員達も、気まずそうに出て行ってしまった。
「ノボル…私と一緒にいてくれる？これからも…」
黒い太陽を連れた彼女がゆっくりと離れる。
さなぎになる前と、彼女は何も変わってはいない。
「もちろん！」
2○○3年6月4日
天気…雨
研究保護期間は終わった。
レミは研究の報酬を受け取り、まだ保護を受けるか自立して社会に出るか、それとも自然へと帰るかを選択できる。
彼女が選んだのは社会に出ることだった。
少数派である魔物娘…その中でも非常に数の少ないダークマターがまともに社会生活をすることは難しい。
そこをウチの研究機関が就職先を見つけたり、住むところを手配したりのサポートをするというのが一般的な流れだ。
しかし、彼女は違った。
結婚する道を選んだのだ。
「ノボル」
「ん？」
「…研究は終わった……けど、私はノボルが気に入った」
「…うん」
「私なりに考えたつもりなの、聞いて」
「……うん」
そこから先は言うまでもない。
小山さんにも告白された。
丁重にお断りした。
「…レミさんにフラれたら転がり込んできてください、一生くらいなら面倒を見てあげますから」
僕は幸せ者だ。
「ノボル！またそれ読んでるの…？仕事の時間でしょ」
「あ、ああ…もうそんな時間か…！」
「ほら、お弁当…白衣も畳んどいたからね…」
「ごめん！ありがと！」
「それと…また女の匂い付けて帰ってきたら…」
「わ、わわ…分かってるって！行ってきます！」
「…ま、仕事柄仕方ないのは分かるけどね……あのバニップ…一度シメてやろうかな」
「忘れ物ーッ！」
「ああもう！」
19/05/03 20:00更新 / あさやけ