魔法頭巾家政婦教会
「それじゃ行ってくるからね、ちゃんと戸締りなさいよ」
「うむ」
「分かったよ、早く行きなって」
夫婦水入らずの旅行に出かける両親に、恵一は手をひらひらと振りながら出るように促した。そして扉が閉まると鍵をかける。居間に来て一人であることを実感すると大きく腕を上げた。
「ひゃほーい。今日から一週間、自由の身だ〜っ」
よくある話ではあるが、親が居ないので解放感に喜んでいた。とはいえやる事もないのでそのまま自分の部屋で菓子を食べながらゴロゴロと転がって漫画を読む。
ピンポーン
「おや、配達か?」
そんな事をしているとチャイムが鳴る。
「はーい」
「こちら神田様のお宅でしょうか。ご依頼を受けてきました魔法頭巾家政婦協会の物です」
「家政婦協会?」
「はい、決まった時間家事などをさせていただくのがお仕事になります。神田良子様からのご依頼です」
神田良子は母親の名前である。
「さては俺が家事をしないと思ったな、信用ないな」
口では文句を言う恵一だが、今まで小学校の宿題で出たお手伝い以外は家事をしたことがない。まともに生活できるか疑問視されるのは当然である。
「今開けまーす」
扉を開けると、入って来たのは何人もの幼女だった。
「は?」
ぞろぞろと入ってくる幼女達に押されるように家の中に後ずさる恵一に構わず、幼女達は居間に入っていく。その幼女達の中に見知った顔を見つけた恵一はその手を掴む。
「おい、南、何だこれは」
お隣に住む幼馴染で元同級生、レッドキャップの須藤 南という幼女である。
「ああ、大体あたしたちが来るとお前みたいな顔になるから言いたい事は分かる。ちょっと待て、あたしも仕事中の会話はまずいんだ」
恵一の手を解いて、居間に入る。恵一も後について入ると、合計11人の幼女が、恵一が据わるらしい一か所以外に座って、または立って待機していた。全員制服だろう同じ服を着ている。幼女に見えるが全員魔物娘なので齢は分からない。南以外年上という可能性もあった。
「説明をしますのでどうぞお座りください。書類にサインも頂きますので」
よく分からないが空いている場所に座った恵一に左右の幼女がくっついて来て恥ずかしくなる。顔が赤くなるのを感じていた。
「というかもう少し詰められないか?」
右に座っているのは南だったので聞いてみる。
「無理、あたしも我慢してるんだから我慢しろ」
南の顔は真っ赤である。
「まずは自己紹介をします。私達は魔法帽子家政婦協会の派遣家政婦です。リーダーのメンティと言います。よろしくお願いします」
恵一の正面に座ったバフォメットがお辞儀する。
「あ、こちらこそ」
お辞儀を返す恵一の前に一枚の書類が差し出される。
「まず、今回神田 良子様のご依頼で、一週間、三型家事パックで働かせて頂きます。宜しければこちらにサインと判子をお願いします」
「その前に良いですか?」
恵一は契約書を見ずにメンティに質問する。
「この人数は何でしょうか」
幼女11人は普通の家事に必要な人数とは思えない。
「そこが我が魔法帽子家政婦協会の特徴でして」
メンティが分厚いカタログを取り出してページを開く。
「幼女の姿の魔物娘は力では劣る場合もあります。そこで、専門を絞って多人数で仕事をすることで素早く、丁寧に、綺麗に出来るという物です。勿論、基本10人なので人数によって値段に差がありますが見習いを含むことで値引きも可能です」
「はあ、だから11人も。来たんですか。皆さんの食事なんかはどうなってますか?」
「そこは材料持込みで、こちらの調理器具を使って、恵一様のお食事と一緒に作る事になっています。ちゃんと食べる時間と場所は別ですのでお気遣いなく。それから午後五時で仕事は終わり、帰社します」
「いえ、別にキッチンで食べるならどっちも構いません。それで、ここにサインで良いんですか?」
「はい。…有難うございます。それではまず、メンバーの紹介をさせて頂きます。私の右から魔女のユーリ、ファミリアのスノウ、左にゴブリンのアン、ドワーフのルビィ、です」
「「「「宜しくお願いします」」」」
比較的小さい娘が並んで4人挨拶した。
「それからご存じの様でしたが、恵一様の右に須藤 南、サハギンのレイミー、左にエンデビルの周防 緑、アリスの都 桜です。その後ろにエンジェルの結城 翼、グレムリンのシャロット・スミスとなります」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
こちらも恵一に挨拶する。エンジェルの娘は実際は立っているのではなく飛んでいて、グレムリンの娘は謎の機械に腰かけていた。
「それでは本日から、お世話させていただきます。早速掃除、洗濯などを宜しいですか」
「あ、はいお願いします」
何となく迫力がある幼女達に、恵一は頷く。それを機にバタバタと動き出す幼女達に自分の居場所がなくなったので恵一は自分の部屋に戻った。
一週間という長いのか短いのか分からない期間、恵一は精神的に疲れていた。なぜなら恵一は健康な男の子で、魔物娘は女の子だからである。姿が幼いので性欲がどうこうという方向ではなく、日中だけとはいえ女性と生活するのに疲れていた。具体的に言えば、
「ふんふんふ〜ん」
「うおぅ」
高い所を浮遊の魔法だろうか、浮かんで魔女のユーリが掃除している。下着が下から丸見えである。
「ちょっとユーリさん、下着が…」
「どうかしましたか?」
「イエ何も」
見えて嬉しいようなまずいような、言いだせない思春期の男子の感情である。
「草はちゃんと根っこからむしらないといけないのよね」
ファミリアのスノウが庭の草をむしっている。暑いのか上はランニングシャツ一枚だ。恵一が何気なくそちらを見ればしゃがんでいるスノウの恰好の為に上からシャツの隙間から見える素肌がちらちらと見えている。
「どうしました?」
「イエ何も」
思わず見えないかどうか少し姿勢を変えてしまった恵一だった。
ゴブリンのアンは掃除機で掃除をしている。通りかかった恵一は安心して横切った。
「キャーッ」
「何?」
悲鳴に振り向くと、掃除機の先端がアンの上着を吸い込んでいた。上着が引っ張られてお腹とその上部分が丸見えになろうとしている。
「ちょっとっと」
恵一はコンセントプラグを抜いて掃除機を止めた。
「ありがとうございます。絡まったゴミを取ろうとしたら失敗しちゃって」
「イエイエ」
外ではドワーフのルビィが外壁のひび割れた場所を補修していた。
「ほー流石ドワーフ、器用なもんだ」
「よせやい。こんなの誰にでもできらあ」
アンバという立つところが広く長い脚立の上に乗ったルビィはひび割れをコーティング剤で埋めていく。
「ありゃ、ちょっとだけこの脚立じゃ足りないか?」
一番高い場所は今ある脚立ではあ届かないようだった。
「済まないがあんちゃん、ちょっと手伝ってくれないかい?俺を抱えて持ち上げてくれ」
「脚立の上でそれは危ないんでは…」
「何、すぐにすむ。たのむよ」
「まあそれでいいなら」
子供の体型だから軽いと思い脚立に登った恵一は、ルビィを抱き上げて後悔した。女の子の手も触った事のないのに体の一部を触ると、柔らかさで触っている実感から血が昇ってくるのが分かった。
「ほい、終わり。明日からはもうちょっと高い脚立も持ってくるから、もう手伝いはいらないよ」
「ハイ」
ルビィは何とも思っていないようだったが、恵一としては心臓が激しく脈打っていた。
恵一の幼馴染である南が食事を作っていた。大量に作るので家庭で作るチャーハンの様だ。
「エビチャーハンか。好物だな」
「うわっいきなり話しかけて来るな」
通りかかった時匂いにつられてキッチンに入った恵一の言葉に南が驚く。
「いや独り言のつもりだったんだけど、耳が良いな」
二人の立ち位置はテーブルを挟んでいる。
「まあな。レッドキャップは刃物使いが命だし」
「鬼婆のイメージしかなかった」
「どういう意味だ」
軽口をたたきながら、チャーハンを皿に盛る。
「さて、これで良し、皆を呼んでくるよ」
「俺もここか?」
「いや家族3人のテーブルに12人一遍は無理だろ?半分は居間の方に運ぶんだ」
「手伝うか?」
「お前は今回お客さんだろ」
皿をお盆に乗せて横を通る時、恵一の鼻にふわりといつもと違う匂いがした。
「はい、あ〜ん」
「いえ一人で食べられます」
昼食にキッチンの椅子に座ると、デビルの緑がスプーンを取って恵一に差し出してくる。恵一としては恥ずかしいの一念で断る。一緒に居るのはバフォメットのメンティと食事を作ったレッドキャップの南でテーブルの4つの椅子を使っていた。
「まあ、デビルは人を甘やかす性質があるから、気にせずに食べてもらったらいいですよ」
「イエイエ」
メンティはそういう物の、恵一は無表情で食べている南が何か背後にレッドキャップ(魔物娘化前)のスタンドを出現させているような気がした。
「主任もこういってますし、はい、あ〜ん」
「イエイエ」
甘ったるい雰囲気と殺気を越えた何かの気がぶつかり合う場所で、必死になって早食いに走る恵一だった。
風呂の方で音がするので除いてみると、スクール水着が浴槽の中で動いていた。別に幼女に興奮する恵一ではないが、スクール水着が近くで動くのは何とも言えない気持ちが湧いてくる。
「ん?」
洗っていた浴槽の底からサハギンのレイミーが顔を上げる。何か用?と言っている様だ。
「いや、風呂場で音がしたから何かと思っただけで、もしかして風呂場担当ですか?」
サハギンは水の中に住む種族なので何となくそう思った恵一が尋ねるとこくりと頭を動かして肯定する。
「それでは、頑張ってください」
また頭を動かしたのを見て、恵一は扉を閉めた。
恵一は基本的に自分の部屋から出ないようにしている。掃除の邪魔になるというのが分かっているせいだが、用事があれば外に出る。
そして帰って来たとき、恵一の部屋でアリスの桜が掃除していた。
「な、ちょっ」
他人が自分の部屋にいるのもさることながら、アリスはベットの下の本を取り出し、一々見ては何かのルールで分けて勉強机の上に並べていた。
恵一も年頃の男の子なので女の子の肌色露出が多い本は普通に持っている。先輩からもらった18禁の本もある。
「なにしてるの!」
恵一の口から思わず大声が出たのは仕方ない事だったろう。
「あ、お帰りなさい。お部屋のお掃除してました」
アリスはそういって持っていた雑誌を置く。
「お菓子をベットの上で食べるのはいけないんですよ」
「ア、ハイ」
「それから、本も変な詰み方したら危ないです」
「ア、ハイ」
「それからこの本悪くなってますから捨てますね」
「エ」
恵一はある意味幼い子供という言葉が一番ピッタリな桜にベットの下の本を見られて一番の衝撃を受けていた。桜に対して動きが止まっている。桜が出て行った後の机の上には、18禁物、アイドル物、水着物、そして買った覚えも貰った覚えもないロリータものの雑誌や本が置いてあった。
「って、増やすんかい!」
思わず突っ込みを入れてしまった恵一だった。
外から恵一が帰る途中、家がもう見えているくらいには近い距離の場所で、上から何かがふわふわと落ちてきていた。エンジェルの翼であった。
「親方っって」
思わず有名な台詞を口ずさみそうになった恵一は、別に倒れた状態で落ちてきているのではなくゆっくりと降りているのだと分かって走ろうとした動きを止めた。
恵一が家の前に着くのはエンジェルが舞い降りるより少し前だった。
「は」
恵一がなんとなく上を見ると下着をはいていない翼の肌色が見える。慌てて前を見て家へと一歩踏み出す。
「ふう、到着。あ、お帰りなさい」
買い物袋を下げた翼に笑顔で挨拶された。
「ア、ドウモ」
ぎこちなくなるのは仕方ない。
「買い物ですか?」
見ていた事がばれてるかどうかは知らないが話を関係ない方向へ持って行こうと努力する恵一に荷物を持ち上げて翼が笑う。
「そうなんです。今日はお野菜が安かったから、多めに買っちゃいました」
「空が飛べるとやっぱり便利ですね」
「そうですね。まあ悪霊の浄化をついでにしてるので、綺麗になってると思いますよ」
「そうですか、あ、どうぞ」
翼の両手がふさがっていたので恵一はドアを開ける。
「ありがとうございます」
翼が入って行ったので自分も入ってドアを閉める。
「え、悪霊?え、何処です?まさかうちって居たの?!」
さらりと言われた爆弾発言に、恵一は慌てて翼の後を追った。
「ちょっと、アンタ。壊れてる機械があるそうだけど、何処にあるの?」
グレムリンのシャロットが恵一の部屋に入って来た。悪い事をしてないのに慌ててしまうのは男の子だからだろうか。
「もしかして抜いてた?」
きししししと変わった笑い声をあげるシャロットに持っていた本を見せて恵一が告げる。
「やってません。本を読んでただけです」
恵一が呼んでいたのは健全な漫画である。
「壊れた機械?肩たたき機ぐらいしか思いつかないな」
部屋を出ながら肩たたき機を取りに行こうとした恵一をシャロットは止める。
「レコードプレイヤーがあるって聞いたぞ」
「ああ、それなら父さん部屋だ。こっちです」
シャロットは自分の足では歩いておらず、ガシャガシャと音を立てて機械が動いている。
「ここがとうさんの部屋です。父さんはレコード集めるのが趣味だから、ここにあると思う。なかったら電話してみます」
「いや、分かった。あれだ。ありがとさん」
機械の腕が伸びてレコードプレイヤーをダンスの間から引出しシャロットの目の前に置く。シャロットと機械の腕がレコードプレイヤーを分解し始める。
「それ、古い機会だけど直りますか?」
「別に古くないぞ。最新じゃないけど、レコードの針の代わりにレーザーを使って溝を読む機械だね。レーザーだから溝を掘らず、レコードを傷めない」
「へえ」
「そこに立ってるなら、そっちの道具とって」
恵一は指さされた方を見た。あったのはバイブ、ローター、全部大人の玩具だった。
「え、ちょっ」
「きしししし。間違えた、あっちだった」
笑い声と一緒に反対側が指さされる。そこには何に使うか分からないが未来の特撮武器のような道具があった。
「可愛いねぇ」
「ええと、お邪魔みたいなので失礼します」
恵一は慌てて部屋を出た。
一週間の間に掃除や食事の当番は変わるもののほぼ毎日この調子だった。人がこれを見ればラッキースケベと羨ましがるだろう。しかし恵一にはその余裕もなかった。ちなみに一番ショックだったのは隠していた本が、机の引き出し裏から天井裏から、さらに庭に埋めたりしたにも関わらず必ず発見され、ロリな本が増やされて机の上に置かれている事だった。
派遣家政婦なので最後には家に帰る。恵一は隣の南が帰った事を見て、相談に隣家を訪れた。
「今晩は、南はいますか?」
「ひっひっひ。いるよ、自分の部屋だ」
何故か怪しく鉈を構えて笑う南の母親。昔からなのでもう慣れた恵一は挨拶して南に来たことを伝えてもらった。
「ひっひっひ。部屋にどうぞってさ」
「はい」
俺が鬼婆のイメージをレッドキャップに持つのはこの人に叱られたせいだと思う。鉈を振り上げて叱られるのは別の意味で怖い。
「よう。悪いな」
「構わないよ、一体なんだい」
姿自体は作業中と変わらず、でも俺が安心できるいつものスタンスで南が迎えてくれた。何か大きな抱き枕を持って抱きしめているのはいつもの事だ。
「あの人たちが積極的に迫ってくるのがどうにかならないかと思ってな」
こっちとしては困るのである。
「別に無防備なのは仕事熱心だとしよう、しかし、なんでロリの方に引っ張って行こうとするんだ」
「ロリは嫌い?」
「別に、お前で慣れている」
巨乳にこだわっている訳でもない。というよりも、
「ある意味お前をお隣で見て来たからな、そういう方向性に拒否はない。問題は、何で人のエロ本を探してその上にロリの本を増やすのかという事だ」
無理やりロリを進められている状況である。
「まさかと思うんだけど、お前が俺の事を言ってロリでも大丈夫だからと言ってるんじゃなかろうな」
「なんであたしがそんな事をしなきゃならないんだ。アタシはあんたに告白したんだぞ」
そう、学校を卒業して卒業式の日に今までの幼馴染の関係から一歩先に進むため、南は恵一に告白していた。その告白を恵一は断っている。お隣さん以上には考えていないと言う事だった。
「そうか、じゃあなんで俺に狙いをつけたんだ」
「う〜ん、これを言っていいのかどうか」
急に南が考え込んだ。
「いったいなんだ?」
追及する恵一の姿に南は顔を上げる。
「うちの会社はさ、大元はサバドなんだよ」
「サバド〜?」
「そうサバド、あれは幼い魅力とかいうのを伝える集まりで、ある意味お婿さん探しの集まり何だ」
「ああ、お前もそれでこの会社に入ったのか」
納得する恵一に南は顔をしかめる。
「言い方悪いけど、だからこういう時にお嫁さんとしてしっかり働きますよという女子力を見せて、お婿さんになってもらおうとしてるわけだな」
「何だそれだけか。じゃあパンチラとかノーパンなのは偶然か、良かった」
「ちょっと待て、ノーパンだって?」
「嫌なんでもない、それなら最後の日まで我慢すればいいだけだもんな。分かった。邪魔したな」
恵一は安心したと南に挨拶して部屋を出る。扉を開けた途端物凄いプレッシャーを感じて一歩多めに前に出た。
ザシュッ
空気を切り裂いて、南の銀の大ナタがさっきまで恵一の居た場所に振り下ろされていた。
「なんだなんだなんだ」
驚きのあまり言葉が出なくなった恵一に、ゆらりと黒いオーラを纏って南が立っていた。その手には銀に光る大ナタが、両手それぞれに装備されている。
「だっしゃら!」
「うぉい!」
両手を高速回転させて向かって来た南に何かよく分からないまでも恵一は本能的な恐怖を感じ、南の家を飛び出る。
「南、ちゃんと明日には帰るんだよ」
後ろから暢気な母親の声を聴きながら南はほぼ恵一のいる所に直線で迫って来た。
「一体、何が、どうしたっ」
恵一は振り下ろされる鉈を紙一重で避けながら家を飛び出して町中を走る。昔から喧嘩するたびに鉈は振り回されていたので避けるのは得意になっていた。
「ぶはっは、っはぁっ」
「ぐるるるるる」
南はもう人語を忘れたように、かつてのレッドキャップさながらに攻撃を加えてくる。走っている恵一の息は荒い。
「くそっ何なんだっ」
袋小路に追い詰められた恵一は目の前に立ちふさがる南を見た。笑っているような泣いているような顔をして南は片方の鉈を投げつける。
「あぶねっ」
投げられた鉈は下から上に軌道が読みにくいように恵一に襲い掛かり、恵一はそれを軌跡的に躱す。
「ふっどんなもんだ」
前にいる南に隙を見せないようにさらに向こうへ行けるように構えている恵一は、その得意げな顔が真面目な顔になる前に上から戻ってきた大ナタが刺さる。
「ぐえっ」
レッドキャップの大ナタは魔界銀製なので勿論傷はつかない。しかし投げて戻ってきた鉈の衝撃が頭にかかった事で気絶した恵一はそのまま倒れる。その襟首を掴んで、南は恵一を引きずって町のどこかに消えていった。
「うむうむ、素直になったようじゃ」
そんな様子を水晶玉で見ながら、バフォメットのメンティはリストから南の部分を外した。
「残念、いい人だったのに」
デビルの緑が残念そうに首を振る。
「真実の愛を認められたんですから、喜ばないと」
エンジェルの翼は祈るように両手を組む。
「ま、いいんじゃないか?」
グレムリンのシャロットは何かのデータを取っていた。
「ふっふっふ。家政婦協会とは仮の姿」
ファミリアのスノウがポーズをとる。
「その実態は!」
その流れに乗ってありすの桜もポーズをとった。
「そうその実態は!」
ゴブリンのアンが反対側でポーズを決める。
「…ん」
サハギンのレイミーもポーズをとり、4人のポーズが対象になるようにする。
「素直になれない女の子を素直にし、自分のお兄ちゃんも探す婚活!バフォメット隊!」
魔女のユーリが中央で最後のポーズを決めた。
ドワーフのルビィがやれやれと肩をすくめる。
「それは良いけど、まだあの家での鍛冶は残ってるから、ちゃんとしないと駄目だぞ」
「まったくあの子も、本当のお兄ちゃんが心に居るのに婚活中心のうちの会社に入って来るとは、儂らは魔物娘じゃ。変に遠慮などせずに本能のまま生きるのが吉という物じゃ」
メンティの言葉を合図に、魔物娘達は解散する。次こそは自分たちのお兄ちゃんを見つける事を夢見て。
「うむ」
「分かったよ、早く行きなって」
夫婦水入らずの旅行に出かける両親に、恵一は手をひらひらと振りながら出るように促した。そして扉が閉まると鍵をかける。居間に来て一人であることを実感すると大きく腕を上げた。
「ひゃほーい。今日から一週間、自由の身だ〜っ」
よくある話ではあるが、親が居ないので解放感に喜んでいた。とはいえやる事もないのでそのまま自分の部屋で菓子を食べながらゴロゴロと転がって漫画を読む。
ピンポーン
「おや、配達か?」
そんな事をしているとチャイムが鳴る。
「はーい」
「こちら神田様のお宅でしょうか。ご依頼を受けてきました魔法頭巾家政婦協会の物です」
「家政婦協会?」
「はい、決まった時間家事などをさせていただくのがお仕事になります。神田良子様からのご依頼です」
神田良子は母親の名前である。
「さては俺が家事をしないと思ったな、信用ないな」
口では文句を言う恵一だが、今まで小学校の宿題で出たお手伝い以外は家事をしたことがない。まともに生活できるか疑問視されるのは当然である。
「今開けまーす」
扉を開けると、入って来たのは何人もの幼女だった。
「は?」
ぞろぞろと入ってくる幼女達に押されるように家の中に後ずさる恵一に構わず、幼女達は居間に入っていく。その幼女達の中に見知った顔を見つけた恵一はその手を掴む。
「おい、南、何だこれは」
お隣に住む幼馴染で元同級生、レッドキャップの須藤 南という幼女である。
「ああ、大体あたしたちが来るとお前みたいな顔になるから言いたい事は分かる。ちょっと待て、あたしも仕事中の会話はまずいんだ」
恵一の手を解いて、居間に入る。恵一も後について入ると、合計11人の幼女が、恵一が据わるらしい一か所以外に座って、または立って待機していた。全員制服だろう同じ服を着ている。幼女に見えるが全員魔物娘なので齢は分からない。南以外年上という可能性もあった。
「説明をしますのでどうぞお座りください。書類にサインも頂きますので」
よく分からないが空いている場所に座った恵一に左右の幼女がくっついて来て恥ずかしくなる。顔が赤くなるのを感じていた。
「というかもう少し詰められないか?」
右に座っているのは南だったので聞いてみる。
「無理、あたしも我慢してるんだから我慢しろ」
南の顔は真っ赤である。
「まずは自己紹介をします。私達は魔法帽子家政婦協会の派遣家政婦です。リーダーのメンティと言います。よろしくお願いします」
恵一の正面に座ったバフォメットがお辞儀する。
「あ、こちらこそ」
お辞儀を返す恵一の前に一枚の書類が差し出される。
「まず、今回神田 良子様のご依頼で、一週間、三型家事パックで働かせて頂きます。宜しければこちらにサインと判子をお願いします」
「その前に良いですか?」
恵一は契約書を見ずにメンティに質問する。
「この人数は何でしょうか」
幼女11人は普通の家事に必要な人数とは思えない。
「そこが我が魔法帽子家政婦協会の特徴でして」
メンティが分厚いカタログを取り出してページを開く。
「幼女の姿の魔物娘は力では劣る場合もあります。そこで、専門を絞って多人数で仕事をすることで素早く、丁寧に、綺麗に出来るという物です。勿論、基本10人なので人数によって値段に差がありますが見習いを含むことで値引きも可能です」
「はあ、だから11人も。来たんですか。皆さんの食事なんかはどうなってますか?」
「そこは材料持込みで、こちらの調理器具を使って、恵一様のお食事と一緒に作る事になっています。ちゃんと食べる時間と場所は別ですのでお気遣いなく。それから午後五時で仕事は終わり、帰社します」
「いえ、別にキッチンで食べるならどっちも構いません。それで、ここにサインで良いんですか?」
「はい。…有難うございます。それではまず、メンバーの紹介をさせて頂きます。私の右から魔女のユーリ、ファミリアのスノウ、左にゴブリンのアン、ドワーフのルビィ、です」
「「「「宜しくお願いします」」」」
比較的小さい娘が並んで4人挨拶した。
「それからご存じの様でしたが、恵一様の右に須藤 南、サハギンのレイミー、左にエンデビルの周防 緑、アリスの都 桜です。その後ろにエンジェルの結城 翼、グレムリンのシャロット・スミスとなります」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
こちらも恵一に挨拶する。エンジェルの娘は実際は立っているのではなく飛んでいて、グレムリンの娘は謎の機械に腰かけていた。
「それでは本日から、お世話させていただきます。早速掃除、洗濯などを宜しいですか」
「あ、はいお願いします」
何となく迫力がある幼女達に、恵一は頷く。それを機にバタバタと動き出す幼女達に自分の居場所がなくなったので恵一は自分の部屋に戻った。
一週間という長いのか短いのか分からない期間、恵一は精神的に疲れていた。なぜなら恵一は健康な男の子で、魔物娘は女の子だからである。姿が幼いので性欲がどうこうという方向ではなく、日中だけとはいえ女性と生活するのに疲れていた。具体的に言えば、
「ふんふんふ〜ん」
「うおぅ」
高い所を浮遊の魔法だろうか、浮かんで魔女のユーリが掃除している。下着が下から丸見えである。
「ちょっとユーリさん、下着が…」
「どうかしましたか?」
「イエ何も」
見えて嬉しいようなまずいような、言いだせない思春期の男子の感情である。
「草はちゃんと根っこからむしらないといけないのよね」
ファミリアのスノウが庭の草をむしっている。暑いのか上はランニングシャツ一枚だ。恵一が何気なくそちらを見ればしゃがんでいるスノウの恰好の為に上からシャツの隙間から見える素肌がちらちらと見えている。
「どうしました?」
「イエ何も」
思わず見えないかどうか少し姿勢を変えてしまった恵一だった。
ゴブリンのアンは掃除機で掃除をしている。通りかかった恵一は安心して横切った。
「キャーッ」
「何?」
悲鳴に振り向くと、掃除機の先端がアンの上着を吸い込んでいた。上着が引っ張られてお腹とその上部分が丸見えになろうとしている。
「ちょっとっと」
恵一はコンセントプラグを抜いて掃除機を止めた。
「ありがとうございます。絡まったゴミを取ろうとしたら失敗しちゃって」
「イエイエ」
外ではドワーフのルビィが外壁のひび割れた場所を補修していた。
「ほー流石ドワーフ、器用なもんだ」
「よせやい。こんなの誰にでもできらあ」
アンバという立つところが広く長い脚立の上に乗ったルビィはひび割れをコーティング剤で埋めていく。
「ありゃ、ちょっとだけこの脚立じゃ足りないか?」
一番高い場所は今ある脚立ではあ届かないようだった。
「済まないがあんちゃん、ちょっと手伝ってくれないかい?俺を抱えて持ち上げてくれ」
「脚立の上でそれは危ないんでは…」
「何、すぐにすむ。たのむよ」
「まあそれでいいなら」
子供の体型だから軽いと思い脚立に登った恵一は、ルビィを抱き上げて後悔した。女の子の手も触った事のないのに体の一部を触ると、柔らかさで触っている実感から血が昇ってくるのが分かった。
「ほい、終わり。明日からはもうちょっと高い脚立も持ってくるから、もう手伝いはいらないよ」
「ハイ」
ルビィは何とも思っていないようだったが、恵一としては心臓が激しく脈打っていた。
恵一の幼馴染である南が食事を作っていた。大量に作るので家庭で作るチャーハンの様だ。
「エビチャーハンか。好物だな」
「うわっいきなり話しかけて来るな」
通りかかった時匂いにつられてキッチンに入った恵一の言葉に南が驚く。
「いや独り言のつもりだったんだけど、耳が良いな」
二人の立ち位置はテーブルを挟んでいる。
「まあな。レッドキャップは刃物使いが命だし」
「鬼婆のイメージしかなかった」
「どういう意味だ」
軽口をたたきながら、チャーハンを皿に盛る。
「さて、これで良し、皆を呼んでくるよ」
「俺もここか?」
「いや家族3人のテーブルに12人一遍は無理だろ?半分は居間の方に運ぶんだ」
「手伝うか?」
「お前は今回お客さんだろ」
皿をお盆に乗せて横を通る時、恵一の鼻にふわりといつもと違う匂いがした。
「はい、あ〜ん」
「いえ一人で食べられます」
昼食にキッチンの椅子に座ると、デビルの緑がスプーンを取って恵一に差し出してくる。恵一としては恥ずかしいの一念で断る。一緒に居るのはバフォメットのメンティと食事を作ったレッドキャップの南でテーブルの4つの椅子を使っていた。
「まあ、デビルは人を甘やかす性質があるから、気にせずに食べてもらったらいいですよ」
「イエイエ」
メンティはそういう物の、恵一は無表情で食べている南が何か背後にレッドキャップ(魔物娘化前)のスタンドを出現させているような気がした。
「主任もこういってますし、はい、あ〜ん」
「イエイエ」
甘ったるい雰囲気と殺気を越えた何かの気がぶつかり合う場所で、必死になって早食いに走る恵一だった。
風呂の方で音がするので除いてみると、スクール水着が浴槽の中で動いていた。別に幼女に興奮する恵一ではないが、スクール水着が近くで動くのは何とも言えない気持ちが湧いてくる。
「ん?」
洗っていた浴槽の底からサハギンのレイミーが顔を上げる。何か用?と言っている様だ。
「いや、風呂場で音がしたから何かと思っただけで、もしかして風呂場担当ですか?」
サハギンは水の中に住む種族なので何となくそう思った恵一が尋ねるとこくりと頭を動かして肯定する。
「それでは、頑張ってください」
また頭を動かしたのを見て、恵一は扉を閉めた。
恵一は基本的に自分の部屋から出ないようにしている。掃除の邪魔になるというのが分かっているせいだが、用事があれば外に出る。
そして帰って来たとき、恵一の部屋でアリスの桜が掃除していた。
「な、ちょっ」
他人が自分の部屋にいるのもさることながら、アリスはベットの下の本を取り出し、一々見ては何かのルールで分けて勉強机の上に並べていた。
恵一も年頃の男の子なので女の子の肌色露出が多い本は普通に持っている。先輩からもらった18禁の本もある。
「なにしてるの!」
恵一の口から思わず大声が出たのは仕方ない事だったろう。
「あ、お帰りなさい。お部屋のお掃除してました」
アリスはそういって持っていた雑誌を置く。
「お菓子をベットの上で食べるのはいけないんですよ」
「ア、ハイ」
「それから、本も変な詰み方したら危ないです」
「ア、ハイ」
「それからこの本悪くなってますから捨てますね」
「エ」
恵一はある意味幼い子供という言葉が一番ピッタリな桜にベットの下の本を見られて一番の衝撃を受けていた。桜に対して動きが止まっている。桜が出て行った後の机の上には、18禁物、アイドル物、水着物、そして買った覚えも貰った覚えもないロリータものの雑誌や本が置いてあった。
「って、増やすんかい!」
思わず突っ込みを入れてしまった恵一だった。
外から恵一が帰る途中、家がもう見えているくらいには近い距離の場所で、上から何かがふわふわと落ちてきていた。エンジェルの翼であった。
「親方っって」
思わず有名な台詞を口ずさみそうになった恵一は、別に倒れた状態で落ちてきているのではなくゆっくりと降りているのだと分かって走ろうとした動きを止めた。
恵一が家の前に着くのはエンジェルが舞い降りるより少し前だった。
「は」
恵一がなんとなく上を見ると下着をはいていない翼の肌色が見える。慌てて前を見て家へと一歩踏み出す。
「ふう、到着。あ、お帰りなさい」
買い物袋を下げた翼に笑顔で挨拶された。
「ア、ドウモ」
ぎこちなくなるのは仕方ない。
「買い物ですか?」
見ていた事がばれてるかどうかは知らないが話を関係ない方向へ持って行こうと努力する恵一に荷物を持ち上げて翼が笑う。
「そうなんです。今日はお野菜が安かったから、多めに買っちゃいました」
「空が飛べるとやっぱり便利ですね」
「そうですね。まあ悪霊の浄化をついでにしてるので、綺麗になってると思いますよ」
「そうですか、あ、どうぞ」
翼の両手がふさがっていたので恵一はドアを開ける。
「ありがとうございます」
翼が入って行ったので自分も入ってドアを閉める。
「え、悪霊?え、何処です?まさかうちって居たの?!」
さらりと言われた爆弾発言に、恵一は慌てて翼の後を追った。
「ちょっと、アンタ。壊れてる機械があるそうだけど、何処にあるの?」
グレムリンのシャロットが恵一の部屋に入って来た。悪い事をしてないのに慌ててしまうのは男の子だからだろうか。
「もしかして抜いてた?」
きししししと変わった笑い声をあげるシャロットに持っていた本を見せて恵一が告げる。
「やってません。本を読んでただけです」
恵一が呼んでいたのは健全な漫画である。
「壊れた機械?肩たたき機ぐらいしか思いつかないな」
部屋を出ながら肩たたき機を取りに行こうとした恵一をシャロットは止める。
「レコードプレイヤーがあるって聞いたぞ」
「ああ、それなら父さん部屋だ。こっちです」
シャロットは自分の足では歩いておらず、ガシャガシャと音を立てて機械が動いている。
「ここがとうさんの部屋です。父さんはレコード集めるのが趣味だから、ここにあると思う。なかったら電話してみます」
「いや、分かった。あれだ。ありがとさん」
機械の腕が伸びてレコードプレイヤーをダンスの間から引出しシャロットの目の前に置く。シャロットと機械の腕がレコードプレイヤーを分解し始める。
「それ、古い機会だけど直りますか?」
「別に古くないぞ。最新じゃないけど、レコードの針の代わりにレーザーを使って溝を読む機械だね。レーザーだから溝を掘らず、レコードを傷めない」
「へえ」
「そこに立ってるなら、そっちの道具とって」
恵一は指さされた方を見た。あったのはバイブ、ローター、全部大人の玩具だった。
「え、ちょっ」
「きしししし。間違えた、あっちだった」
笑い声と一緒に反対側が指さされる。そこには何に使うか分からないが未来の特撮武器のような道具があった。
「可愛いねぇ」
「ええと、お邪魔みたいなので失礼します」
恵一は慌てて部屋を出た。
一週間の間に掃除や食事の当番は変わるもののほぼ毎日この調子だった。人がこれを見ればラッキースケベと羨ましがるだろう。しかし恵一にはその余裕もなかった。ちなみに一番ショックだったのは隠していた本が、机の引き出し裏から天井裏から、さらに庭に埋めたりしたにも関わらず必ず発見され、ロリな本が増やされて机の上に置かれている事だった。
派遣家政婦なので最後には家に帰る。恵一は隣の南が帰った事を見て、相談に隣家を訪れた。
「今晩は、南はいますか?」
「ひっひっひ。いるよ、自分の部屋だ」
何故か怪しく鉈を構えて笑う南の母親。昔からなのでもう慣れた恵一は挨拶して南に来たことを伝えてもらった。
「ひっひっひ。部屋にどうぞってさ」
「はい」
俺が鬼婆のイメージをレッドキャップに持つのはこの人に叱られたせいだと思う。鉈を振り上げて叱られるのは別の意味で怖い。
「よう。悪いな」
「構わないよ、一体なんだい」
姿自体は作業中と変わらず、でも俺が安心できるいつものスタンスで南が迎えてくれた。何か大きな抱き枕を持って抱きしめているのはいつもの事だ。
「あの人たちが積極的に迫ってくるのがどうにかならないかと思ってな」
こっちとしては困るのである。
「別に無防備なのは仕事熱心だとしよう、しかし、なんでロリの方に引っ張って行こうとするんだ」
「ロリは嫌い?」
「別に、お前で慣れている」
巨乳にこだわっている訳でもない。というよりも、
「ある意味お前をお隣で見て来たからな、そういう方向性に拒否はない。問題は、何で人のエロ本を探してその上にロリの本を増やすのかという事だ」
無理やりロリを進められている状況である。
「まさかと思うんだけど、お前が俺の事を言ってロリでも大丈夫だからと言ってるんじゃなかろうな」
「なんであたしがそんな事をしなきゃならないんだ。アタシはあんたに告白したんだぞ」
そう、学校を卒業して卒業式の日に今までの幼馴染の関係から一歩先に進むため、南は恵一に告白していた。その告白を恵一は断っている。お隣さん以上には考えていないと言う事だった。
「そうか、じゃあなんで俺に狙いをつけたんだ」
「う〜ん、これを言っていいのかどうか」
急に南が考え込んだ。
「いったいなんだ?」
追及する恵一の姿に南は顔を上げる。
「うちの会社はさ、大元はサバドなんだよ」
「サバド〜?」
「そうサバド、あれは幼い魅力とかいうのを伝える集まりで、ある意味お婿さん探しの集まり何だ」
「ああ、お前もそれでこの会社に入ったのか」
納得する恵一に南は顔をしかめる。
「言い方悪いけど、だからこういう時にお嫁さんとしてしっかり働きますよという女子力を見せて、お婿さんになってもらおうとしてるわけだな」
「何だそれだけか。じゃあパンチラとかノーパンなのは偶然か、良かった」
「ちょっと待て、ノーパンだって?」
「嫌なんでもない、それなら最後の日まで我慢すればいいだけだもんな。分かった。邪魔したな」
恵一は安心したと南に挨拶して部屋を出る。扉を開けた途端物凄いプレッシャーを感じて一歩多めに前に出た。
ザシュッ
空気を切り裂いて、南の銀の大ナタがさっきまで恵一の居た場所に振り下ろされていた。
「なんだなんだなんだ」
驚きのあまり言葉が出なくなった恵一に、ゆらりと黒いオーラを纏って南が立っていた。その手には銀に光る大ナタが、両手それぞれに装備されている。
「だっしゃら!」
「うぉい!」
両手を高速回転させて向かって来た南に何かよく分からないまでも恵一は本能的な恐怖を感じ、南の家を飛び出る。
「南、ちゃんと明日には帰るんだよ」
後ろから暢気な母親の声を聴きながら南はほぼ恵一のいる所に直線で迫って来た。
「一体、何が、どうしたっ」
恵一は振り下ろされる鉈を紙一重で避けながら家を飛び出して町中を走る。昔から喧嘩するたびに鉈は振り回されていたので避けるのは得意になっていた。
「ぶはっは、っはぁっ」
「ぐるるるるる」
南はもう人語を忘れたように、かつてのレッドキャップさながらに攻撃を加えてくる。走っている恵一の息は荒い。
「くそっ何なんだっ」
袋小路に追い詰められた恵一は目の前に立ちふさがる南を見た。笑っているような泣いているような顔をして南は片方の鉈を投げつける。
「あぶねっ」
投げられた鉈は下から上に軌道が読みにくいように恵一に襲い掛かり、恵一はそれを軌跡的に躱す。
「ふっどんなもんだ」
前にいる南に隙を見せないようにさらに向こうへ行けるように構えている恵一は、その得意げな顔が真面目な顔になる前に上から戻ってきた大ナタが刺さる。
「ぐえっ」
レッドキャップの大ナタは魔界銀製なので勿論傷はつかない。しかし投げて戻ってきた鉈の衝撃が頭にかかった事で気絶した恵一はそのまま倒れる。その襟首を掴んで、南は恵一を引きずって町のどこかに消えていった。
「うむうむ、素直になったようじゃ」
そんな様子を水晶玉で見ながら、バフォメットのメンティはリストから南の部分を外した。
「残念、いい人だったのに」
デビルの緑が残念そうに首を振る。
「真実の愛を認められたんですから、喜ばないと」
エンジェルの翼は祈るように両手を組む。
「ま、いいんじゃないか?」
グレムリンのシャロットは何かのデータを取っていた。
「ふっふっふ。家政婦協会とは仮の姿」
ファミリアのスノウがポーズをとる。
「その実態は!」
その流れに乗ってありすの桜もポーズをとった。
「そうその実態は!」
ゴブリンのアンが反対側でポーズを決める。
「…ん」
サハギンのレイミーもポーズをとり、4人のポーズが対象になるようにする。
「素直になれない女の子を素直にし、自分のお兄ちゃんも探す婚活!バフォメット隊!」
魔女のユーリが中央で最後のポーズを決めた。
ドワーフのルビィがやれやれと肩をすくめる。
「それは良いけど、まだあの家での鍛冶は残ってるから、ちゃんとしないと駄目だぞ」
「まったくあの子も、本当のお兄ちゃんが心に居るのに婚活中心のうちの会社に入って来るとは、儂らは魔物娘じゃ。変に遠慮などせずに本能のまま生きるのが吉という物じゃ」
メンティの言葉を合図に、魔物娘達は解散する。次こそは自分たちのお兄ちゃんを見つける事を夢見て。
18/11/14 22:32更新 / 夜矢也