読切小説
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バフォメットちゃん?
「のーじゃーっ!」

ドーン

 凄い音が聞こえてある意味いつもの日常、そんな話が僕のいつも。そういう話だったと思うんですが、今日は何か違ったようです。
「大変大変大変」
 魔女のサディさんがこっちに向かって飛んできます。
言っておきますがこれは文字通り飛行しているのです。これがホントの飛行少女。
…失礼しました。
「どうしたんです?フォーンさんに何かありました?」
「大変なんです。フォーン様が、フォーン様が、とにかく来てください!」

文字通り飛んで連れて来られた場所はフォーンさんが魔術実験を行うための魔法陣を書いてある所でした。よく何かの調合を間違えたと言っては爆発し、呪文の文字を間違えたと言っては爆発するので普段は近寄らせてもらえません。
「フォーンさん、大丈夫ですか!?どこです!?」
 声を大きくしながらまだ消えない煙の中をフォーンさんを探します。普段慌てないサディさんがあそこまで慌てるなんて只事じゃありません。
「…ちゃ…」
「そこですか!」
 魔法陣の中で、突っ込んでいったのと丁度反対方向から声が聞こえました。急いで声の方に向かいます。
「良かった、フォーンさん」
 そこにはぺたんと太ももをくっつけて座り込むフォーンさんの姿がありました。フォーンさんも私の顔を見ると満面の笑顔を浮かべます。
「ちゃーちゃ!」
「は?」
 誰ですか茶々さんって。もしかして知り合いのジパング系魔物娘さんがいるんでしょうか。背後を振り返ってみますが誰もいません。
「ちゃーちゃ♪」
 フォーンさんは私の事をお兄様と呼ぶのでこのちゃーちゃは私を指すものではないはずなのですが。フォーンさんは何故か膝と掌で歩いて来て私の足にしがみついて同じ言葉を繰り替えします。というか、甘えん坊ですがこんな感じには甘えませんよ?抱っこされるのは好きでしょっちゅう膝の上に乗ってくるんですが、脚に頬ずりって別人?
「はっまさか別の生命体がフォーンさんの姿に、フォーンさんがその姿になったとか」
「いいえ、それは間違いなくフォーン様なんです」
 一瞬怖い想像が駆け巡りましたがそれは追いついたサディさんの声で否定されました。
「じゃあ何があったんです?」
 サディさんを見つめてじっと答えを待つ私。
「いやん、そんなに激しく見られたら濡れちゃいます」
「あのね…」
 思いっきり間を外されて一瞬こけるかと思いました。
「分かってます。実は、新しい方向性のやり方でロリ化薬を作っていたんですが、見ての通り大爆発の失敗、そしてやり方のどこかに問題があったのか、フォーン様は肉体、能力、記憶はそのままに幼児?乳児?になってしまったのです」
 は?
「薬でなった物ですから薬で治せますが、魔法陣の欠けた所を書き直したり材料の手配で丸一日かかります。それまでフォーン様をお願いできますか?」
「勿論。でも、サディさんは大丈夫ですか?同じように爆風を浴びたし、疲れもあるでしょう」
「そんなに優しくされたら胸に飛び込んじゃいますよ?私はフォーン様を戻した後にでも休暇を貰いますから大丈夫です。フォーン様がこうなったのを隣の敵対教団に知られたらその方が問題です」
 隣の国には反魔物派の教団が精鋭騎士団を作ってますからね。
「分かりました。無理はしないでくださいね」
「はい。されでは。ほら、何やってるの?早く魔力インク持ってきて」

 サディさんに後を任せて、私はフォーンさんを抱っこして寝室に行きます。
 赤ん坊を育てた事はありませんが、普通に体験談や公園で遊んでいる親たちを見る限り、どこに行くか分からない、危険な物に頭から突っ込もうとする、等が予想されたのでベット以外何もないこの部屋に来たのです、が。
「あ〜ばっ」
 ベッドの上で手を空間に浮かぶ黒い穴に突っ込んで、フォーンさんがまた何かを取り出しました。今度はいつか使っていた巨大バイブです。
「駄目ですっ」
 最初に取り出した愛用の大鎌と一緒に部屋の隅に置いておきます。魔力と知識はそのままなのか物騒極まりないです。
「ぶぅ〜」
 ふくれっ面をしても駄目です。返しません。
「あだっ」
「痛っ」
物を取り上げられるのに腹が立ったのか何か投げてきました。
「って、これこの前勇者を返り討ちにしたときはぎ取った伝説のオーブとかいう物じゃないですか」
教団が定期的に伝説の武器を持たせて送ってくる勇者の装備は、使える物はそのままサバドの強化に、使えないものはそのままフォーンさんが何かに使おうとどこかに保管しているそうなのですが。
「ちょ、ま、それは洒落になりませんよ!」
 見れば勇者たちの剣やら盾やら鎧やらが浮かんでいます。しかも投擲準備OK状態。
「あだっ!」
「ノ〜!!」
 ここにきて人間の(インキュバスですが)限界を超える姿を体験しました。関節って180度回るんですね。
「きゃっきゃっきゃ」
 ぱとぱちと手を叩いて喜ぶフォーンさん。もしかして昔はこんな遊びをしていたんでしょうか。ご両親の苦労が偲ばれます。
「駄目でしょう、こんな危ないことしちゃ」
 理性は残っていると思うので叱っておきます。普段なら下を向いてシュンとなるはずでした。
「ビ」
「び?」
「ビエェェェェェン!」
 思い切り泣きだしてしまいました。感情はほぼ幼児帰りしていると見ていいようです。いやいやそんな事を言っている場合ではありません。
「ほらほら、泣かないで怒ってないよ」
 涙は見るのが辛い物です。
「ほら、いないいない。ばぁー」
 顔を隠しておどけて見せると何とか泣き止んでくれました。良かった良かった。
 そう思ってよく見るとふるふると小さく震えています。そして、ベッドの座っている部分がみるみる湿っていったのでした。

「はあ」
 おもらししたフォーンさんを着替えさせて、ベッドは敷布ごと洗濯機に放り込みました。そのままお腹がすいたと寄ってきたフォーンさんにご飯を食べさせてあげたりとしていたらもう夕方です。ご飯は一人では食べずに食べ物で遊ぼうとするのでスプーンですくって食べさせてあげました。おいしいと手足をバタバタさせて喜びます。物凄く可愛いです。
 違った。そうじゃあない。このままでは仕事も出来ないし子連れ狼もどきになってしまうのです。早く、早く助けをプリーズ!
 はっ精神が少しおかしくなっているような気もするけれど、これが育児ノイローゼというやつか。子供もいないのになるとは不思議不思議。
「すぴ〜」
 無邪気に寝ているフォーンさんの顔は可愛い物です。いつもなら一緒に寝ている所ですが、今は我慢してサディさんを待ちます。
何時間たったでしょうか、寝室の扉が開きました。
「起きてますか?」
「起きています」
「ふにゃ?」
 立ち上がったら膝に乗っていたフォーンさんも起こしてしまいました。
「これが元に戻る薬です。飲んで一晩寝れば治ります」
 サディさんの手には緑色の薬の入った試験官があります。
「ありがとうございます。サディさんももう寝てください。大変だったでしょう」
「もうちょっと起きています」
 扉が閉じて目を擦るフォーンさんと二人になりました。
「さあ、フォーンさん。この薬を飲んでください。元に戻りますよ」
 早速薬を飲ませようと目の前に薬を差し出します。そのまま口に持っていこうとしました。
「やっ!」
 フォーンさんは匂いを嗅いで思いっきり下がりました。そんなにひどい匂いですか?…ひどい匂いでした。苦いのが絶対に分かるような。
「飲まないと戻れないんですから、我慢して飲んでください」
「やっ!」
「おうっと」
 魔力の波動その物で攻撃?されました。薬をこぼしそうになりながらじりじりと近づいていきます。
「やっやっやっ!」
「ぐほっ」
 連続攻撃が当たって壁に叩き付けられました。しかも試験官が割れて薬がこぼれてしまいます。
「ああ、せっかくの薬が」
「やっぱりこうなりましたね」
 見れば扉からサディさんが覗き込んでいます。
「まだ起きてたんですか?」
「起きているって言ったでしょう。それよりもはい、これ、最後の一本です」
 おや、もう一本あったんですか。
「まずいですからね。匂いだけで拒否するのは分かってましたし、一週間かければ甘くできますけど」
「いえいえ、これで十分です」
 一週間もこんな感じで付き合っていたら体が持ちません。しかし、フォーンさんはこちらを警戒してします。どうやって飲ませましょうか。
「あ、そうだ」
 思いついたので早速実行してみます。
「フォーンさん」
「うにゃ?」
 薬は持たずにまっすぐフォーンさんと向き合って見つめ合います。フォーンさんは警戒していますが私自身が近づく分には警戒をしていないでおとなしく肩に手を置かれます。
「好きですよ。フォーンさん」
「うにゃあぁぁぁ」
 記憶はあるので真正面から言った言葉に顔を赤くするフォーンさんは、恥ずかしがって体をくねらせます。そのまま私は顔を近づけていきます。ここまでくればどうするのか分かったのでしょう。フォーンさんも目を閉じてうっとりと唇を尖らせます。

ちゅっ

 短いキスをするとフォーンさんはもっとと言うように離れようとする唇に追いつこうとします。片手でフォーンさんを抱きしめながら、私は片手を自分の後ろに回します。
「ん〜」
 キスをねだるフォーンさんが可愛くてそのままディープキスに移りたいのを我慢してやることをやらないといけません。目をつぶっているフォーンさんからは見えないでしょうが、私の顔は物凄く変な顔になっている事は確かです。
「んんっ」
  私が再びキスをすると今度はフォーンさんから舌を差し込んで口の中を動き回ろうとしました。私はすかさず自分の舌もフォーンさんの口へと差し込み、口に含んでいた苦いと言うか青臭いと言うか粉っぽいと言うか、とにかく薬を流し込みました。
「☆○××♪↓→んじゃっ!」
 何かよく分からない声を上げて、フォーンさんが薬を飲み込みます。正確には吐き出さないようにディープキスを続けながら、離れようとするフォーンさんを離さずにしっかり抱きしめて。
 それが私の記憶している最後の記憶でした。

「いえ、まずい薬ですし暴れられるのも困るから睡眠薬混ぜておいたんですけどね」
 眠りから覚めた私に説明してくれたのはサディさんでした。あれからどのくらい眠っていたのかは知りませんが、フォーンさんは無事に戻ったようです。
「ところで、あそこで白くなっているフォーンさんはどうしたんですか?」
 そう。無事にいつものフォーンさんに戻ったと言う話なんですが、フォーンさんは何故か隅っこで白くなって壁とお話ししています。
「ああ、今回の事件の記録映像を見たらああなってしまって」
「記録映像?」
 サディさんの言葉に思わず鸚鵡返しで尋ねてしまいました。
「はい。何かあったら大変ですから、同時に監視をしてたんですよ。これです」
 サディさんが差し出したのは録画する機能付きの偵察用水晶球です。
『ほらほら、ご飯こぼしちゃダメでしょう。ほら、次はこれですよ』
『やっ』
『どうしたら食べてくれるんでしょうね』
『うまうま、うまうま』
『デザートは食後です』
 食事の風景が映し出されました。同時に壁際にいたはずのフォーンさんが瞬間移動のように飛んできます。
「見るな!恥ずかしいワシを見る出ない!」
 水晶球をサディさんから取り上げましたが、何となく私はフォーンさんを見つめます。
「見ないで、お兄様、フォーンをそんな温かい目で見ないでぇ〜!」
 別にそんな気はありませんでした。しかしフォーンさんは見つめられるのに耐え切れなかったようで、部屋を飛び出していきます。扉でなく壁に大穴を開けて。
「ああ、赤面するフォーン様可愛いです。濡れちゃいます」
「そんな事ばっかり言ってるからフォーンさんも警戒するんではないですか?」
 こんな変な事件は珍しいですが、まあ普段と変わらないと言えば変わらない日でした。

14/11/17 21:42更新 / 夜矢也

■作者メッセージ
「お兄様、何だかこの頃夜が激しいです」
「嫌だった?ごめんなさい」
「いいえ、むしろ嬉しいです。けど、何かありました?」
「…この前の事件でフォーンさんの子供の頃みたいな姿を見て」
「わ、忘れてください!」
「二人の子供が欲しくなりました」
「えっ本当に?」
「はい」
「嬉しいです。それじゃあ今のままじゃあ足りません。もっと頑張りましょう」
「そうなの?結構ぎりぎりだったんですが」

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