魔物娘は絶対に
「あーあ、何で魔物娘はこちらの世界にこないんだろう、来てくれたら大歓迎なんだけどな」
魔王城の一室で魔王とその夫が訪問者と対面していた、訪問者は魔物ではなく人間でもなく、ポセイドンやアレスなどの友好的、中立の神やその部下でもなく、むろん主神やその部下でもなかった。
訪問者が話し始めた。
「面会に応じていただきありがとうございます、実はわが主のもとに主神様より使いがありました、魔王様を討つのにぜひ協力してほしいとのことでした」
その話を聞いて魔王と夫の顔に緊張の色がうかんだ。
「それは…、今回が初めてのことですか?」
魔王が注意深く質問した。
「いいえ、今回が初めてではありません、更に言いますとわが主のご友人の方々にも以前より主神様から協力を求める使いが何度か来ています」
魔王と夫の緊張の色はますます濃くなった、二人とも堕落したエンジェルたちからそのような話は聞いてはいたが、彼女らはほとんどが下っぱのため詳しいことは分からなかった、ようやく当事者から話を聞くことができ、それが真実であることを知った。
「我々にとって大事なことを教えていただきありがとうございます、ですが何故今頃になって教えてくれたのですか?」
質問はしたが二人にはある程度予想はついていた。
「主神様からの依頼について、わが主とご友人の方々との間で話し合いが行われました、結論が出ましたのでわが主の指示により私めが使者として参りました」
使者の返答は予想通りだったが、二人にとって重要なのは結論の内容だった。
「結論の内容ですが『主神と魔王の戦いについて原則として干渉しない』というものです」
こちら側にわざわざ使者を派遣するのだから彼らが主神側に全面的に協力するという内容ではないと予想はできたが、こちらに不利な条件で主神との停戦を要求されるのではないかと危ぶんでいたので二人はひとまず安心した。
しかし『原則として』のところは確認しておく必要があった、例外が増えすぎて原則と例外が入れ替わることは珍しくないことを二人はよく知っていた。
その質問について使者は包み隠さず答えた。
「それは『魔王様及び魔物達がこちら側に一切干渉しないこと』です、こちら側に来ないことだけではなくマジックアイテムの類だけを送る、魔王様の魔力をこちら側に漏らす、ことも含めます」
向こう側の意思が相互不干渉にあることは理解した、しかし確認すべきところはまだあった。
「しかし昔から偶発的な事故でそちら側の人間がこちらに、こちら側の魔物や人間がそちらに、ということは何度もありました。これも干渉とみなすのですか?」
「いいえ今までは意図的なものでない限りは大目に見ていました、人間が行き来しても大したことはありませんし、魔物が来ても珍しいものが来たと喜ぶ方々も多かったですので」
夫の質問に対する使者の回答は安心できるものではなかった。
「『今までは』ですか、すると『これからは』どうするのですか?」
「今後は魔物が一体…、いえ『一人』ですね、一人来ても意図的なものかどうかに関係なくすみやかにお帰りいただきます、当人の意志は関係ありません。抵抗するようでしたら魔王様の意思や知っていたか否かにかかわらず『こちら側への干渉』とみなします」
予想していたよりはるかに厳しい条件に二人は驚いた。
「それは厳しすぎませんか、私の妻はすべての魔物を支配しているわけではありませんよ」
「すべての魔物をサキュバスの魔力で書き換えて、主神様の設定さえ上書きしようとしているお方の夫様がおっしゃっても説得力はありません。それに勘違いされては困るのですが、私めは単なる使者であり、わが主より交渉の権限は与えられていないのです」
「こちら側の言い分を聞くつもりはない…、ということですか」
「解釈の相違ですね」
二人ともこの使者相手に交渉することは困難だと理解したので、可能な限り情報を引き出すのを優先することにした
「方針転換の理由は何ですか」
「お二方のご子女は大勢おりますが一人だけでも強大な力を所有しております、魔力を広め魔物を増やし魅了で味方を増やせます、一人だけでもこちら側には重大な影響を及ぼせるのですよ、そのような方に来られたら困ります。それ以外の魔物でも大なり小なり仲間を増やす能力を持っています。以前の魔物でしたらせいぜい小規模な混乱が起きる程度でした」
「随分とお詳しいですね」
「主神様と魔王様の戦いにわが主は重大な関心を寄せています、情報収集は怠らないようにしています」
二人はこちら側の事情がほとんど見透かされていることを理解せざるをえなかった、主神との戦いはこちらが有利に進めてはいるが逆転される可能性はあるので敵を増やすことはお世辞にも賢明とは言えなかった。
「わかりました、あなたさまの主にお伝えください、我々はそちらへの干渉と取られるような行動は極力控えますと、ただし不可抗力による事故ということもありますのでその時には話し合いの場を設けていただきたいです」
「受け入れていただきありがとうございます、話し合いの場を設けるということについてはその旨をわが主にお伝えします、たぶん了承されることでしょう」
魔王の承諾の返事に使者は感謝の言葉を述べたが、魔王には言葉に感謝の念がこもっているようには感じられなかった。
「念のためにお伺いしたいのですが、もし我々がそちら側に干渉しているとあなた様の主が判断された場合は、どのような対抗手段を取るご予定なのでしょうか、こちらの世界に直接介入されるおつもりですか?」
戦闘経験は魔王をはるかに上回る夫にとってはぜひ聞いておきたかった。
「直接介入はあくまでも最後の手段と考えております、最初の手段としては主神様を通じて教団の方々に、魔王様の魔力浸透を防ぎ魔物達の魅了を無効化する手軽で安価な技術の提供を考えています」
回答を拒否されるか、はぐらかされると考えていた夫にはあっさり回答されたことが意外だったが、その内容には衝撃を受けた。
魔力の浸透と魅了は教団との戦いにおいて魔物側が有利に立つ重要な要素だ、もしその二つを無効化されてしまうと苦戦は避けられなくなる、それどころか敗北も十分あり得ることになる。
二人ともはったりだとは全く考えなかった、現に目の前にいるこの使者はどのような勇者でも魔物化やサキュバス化は避けられない魔王城の中にいて、最強のサキュバスである魔王の目の前にいるのに、全く何の影響も受けていないのだ。
「次の手段としては魔力で汚染された土地を簡単に浄化する技術と魔物の魔法全般を無効化する技術の提供、それから…」
「もういいです、分かりました、そちら側には一切干渉しないということは娘たちや魔物達にもしっかり伝えておきます、そのかわりこちら側への干渉も一切無用に願います」
使者の主とその友人たちを敵に回すことは絶対にしてはならないと二人は固く誓った。
使者が用件を終えて帰ろうとしたときに魔王はふと思ったことを口にした。
「あなた様の主とそのご友人の方々が話し合いをしたとのことですが、どこでしたのですか、そちらの世界の天界でしたのですか?」
「いえ、こちらの世界には日本という大勢の神々が住む国があります、そちら側のジパングという国と良く似ています。日本には出雲大社というところがありましてそこでは年一回日本中の神々が集まり話し合いをします。そのことを聞いたわが主はぜひそこで世界中の神々を集めて話し合いをしようと呼び掛けてかなりの方々が集まりました、実に有意義な会議でした」
「こちらの世界には主神も教団もないのに何で魔物娘が来てくれないんだろうなあ」
たしかにこちらの世界には主神や教団は無い、だが主神とは別のこの世界の神々が大勢いるのだ。
天敵の魔王との戦いで勢力を弱めている主神とは異なり、この世界の神々には天敵というものが存在しないので弱体化とは無縁だ。
しかも彼らのほとんどは性的なことについては禁欲的、保守的なのでサキュバスである魔王に好意的なのは極少数派だ。
彼らがいる限り魔物娘がこの世界に来ることはあり得ないのだ、そう、絶対にあり得ないのだ。
魔王城の一室で魔王とその夫が訪問者と対面していた、訪問者は魔物ではなく人間でもなく、ポセイドンやアレスなどの友好的、中立の神やその部下でもなく、むろん主神やその部下でもなかった。
訪問者が話し始めた。
「面会に応じていただきありがとうございます、実はわが主のもとに主神様より使いがありました、魔王様を討つのにぜひ協力してほしいとのことでした」
その話を聞いて魔王と夫の顔に緊張の色がうかんだ。
「それは…、今回が初めてのことですか?」
魔王が注意深く質問した。
「いいえ、今回が初めてではありません、更に言いますとわが主のご友人の方々にも以前より主神様から協力を求める使いが何度か来ています」
魔王と夫の緊張の色はますます濃くなった、二人とも堕落したエンジェルたちからそのような話は聞いてはいたが、彼女らはほとんどが下っぱのため詳しいことは分からなかった、ようやく当事者から話を聞くことができ、それが真実であることを知った。
「我々にとって大事なことを教えていただきありがとうございます、ですが何故今頃になって教えてくれたのですか?」
質問はしたが二人にはある程度予想はついていた。
「主神様からの依頼について、わが主とご友人の方々との間で話し合いが行われました、結論が出ましたのでわが主の指示により私めが使者として参りました」
使者の返答は予想通りだったが、二人にとって重要なのは結論の内容だった。
「結論の内容ですが『主神と魔王の戦いについて原則として干渉しない』というものです」
こちら側にわざわざ使者を派遣するのだから彼らが主神側に全面的に協力するという内容ではないと予想はできたが、こちらに不利な条件で主神との停戦を要求されるのではないかと危ぶんでいたので二人はひとまず安心した。
しかし『原則として』のところは確認しておく必要があった、例外が増えすぎて原則と例外が入れ替わることは珍しくないことを二人はよく知っていた。
その質問について使者は包み隠さず答えた。
「それは『魔王様及び魔物達がこちら側に一切干渉しないこと』です、こちら側に来ないことだけではなくマジックアイテムの類だけを送る、魔王様の魔力をこちら側に漏らす、ことも含めます」
向こう側の意思が相互不干渉にあることは理解した、しかし確認すべきところはまだあった。
「しかし昔から偶発的な事故でそちら側の人間がこちらに、こちら側の魔物や人間がそちらに、ということは何度もありました。これも干渉とみなすのですか?」
「いいえ今までは意図的なものでない限りは大目に見ていました、人間が行き来しても大したことはありませんし、魔物が来ても珍しいものが来たと喜ぶ方々も多かったですので」
夫の質問に対する使者の回答は安心できるものではなかった。
「『今までは』ですか、すると『これからは』どうするのですか?」
「今後は魔物が一体…、いえ『一人』ですね、一人来ても意図的なものかどうかに関係なくすみやかにお帰りいただきます、当人の意志は関係ありません。抵抗するようでしたら魔王様の意思や知っていたか否かにかかわらず『こちら側への干渉』とみなします」
予想していたよりはるかに厳しい条件に二人は驚いた。
「それは厳しすぎませんか、私の妻はすべての魔物を支配しているわけではありませんよ」
「すべての魔物をサキュバスの魔力で書き換えて、主神様の設定さえ上書きしようとしているお方の夫様がおっしゃっても説得力はありません。それに勘違いされては困るのですが、私めは単なる使者であり、わが主より交渉の権限は与えられていないのです」
「こちら側の言い分を聞くつもりはない…、ということですか」
「解釈の相違ですね」
二人ともこの使者相手に交渉することは困難だと理解したので、可能な限り情報を引き出すのを優先することにした
「方針転換の理由は何ですか」
「お二方のご子女は大勢おりますが一人だけでも強大な力を所有しております、魔力を広め魔物を増やし魅了で味方を増やせます、一人だけでもこちら側には重大な影響を及ぼせるのですよ、そのような方に来られたら困ります。それ以外の魔物でも大なり小なり仲間を増やす能力を持っています。以前の魔物でしたらせいぜい小規模な混乱が起きる程度でした」
「随分とお詳しいですね」
「主神様と魔王様の戦いにわが主は重大な関心を寄せています、情報収集は怠らないようにしています」
二人はこちら側の事情がほとんど見透かされていることを理解せざるをえなかった、主神との戦いはこちらが有利に進めてはいるが逆転される可能性はあるので敵を増やすことはお世辞にも賢明とは言えなかった。
「わかりました、あなたさまの主にお伝えください、我々はそちらへの干渉と取られるような行動は極力控えますと、ただし不可抗力による事故ということもありますのでその時には話し合いの場を設けていただきたいです」
「受け入れていただきありがとうございます、話し合いの場を設けるということについてはその旨をわが主にお伝えします、たぶん了承されることでしょう」
魔王の承諾の返事に使者は感謝の言葉を述べたが、魔王には言葉に感謝の念がこもっているようには感じられなかった。
「念のためにお伺いしたいのですが、もし我々がそちら側に干渉しているとあなた様の主が判断された場合は、どのような対抗手段を取るご予定なのでしょうか、こちらの世界に直接介入されるおつもりですか?」
戦闘経験は魔王をはるかに上回る夫にとってはぜひ聞いておきたかった。
「直接介入はあくまでも最後の手段と考えております、最初の手段としては主神様を通じて教団の方々に、魔王様の魔力浸透を防ぎ魔物達の魅了を無効化する手軽で安価な技術の提供を考えています」
回答を拒否されるか、はぐらかされると考えていた夫にはあっさり回答されたことが意外だったが、その内容には衝撃を受けた。
魔力の浸透と魅了は教団との戦いにおいて魔物側が有利に立つ重要な要素だ、もしその二つを無効化されてしまうと苦戦は避けられなくなる、それどころか敗北も十分あり得ることになる。
二人ともはったりだとは全く考えなかった、現に目の前にいるこの使者はどのような勇者でも魔物化やサキュバス化は避けられない魔王城の中にいて、最強のサキュバスである魔王の目の前にいるのに、全く何の影響も受けていないのだ。
「次の手段としては魔力で汚染された土地を簡単に浄化する技術と魔物の魔法全般を無効化する技術の提供、それから…」
「もういいです、分かりました、そちら側には一切干渉しないということは娘たちや魔物達にもしっかり伝えておきます、そのかわりこちら側への干渉も一切無用に願います」
使者の主とその友人たちを敵に回すことは絶対にしてはならないと二人は固く誓った。
使者が用件を終えて帰ろうとしたときに魔王はふと思ったことを口にした。
「あなた様の主とそのご友人の方々が話し合いをしたとのことですが、どこでしたのですか、そちらの世界の天界でしたのですか?」
「いえ、こちらの世界には日本という大勢の神々が住む国があります、そちら側のジパングという国と良く似ています。日本には出雲大社というところがありましてそこでは年一回日本中の神々が集まり話し合いをします。そのことを聞いたわが主はぜひそこで世界中の神々を集めて話し合いをしようと呼び掛けてかなりの方々が集まりました、実に有意義な会議でした」
「こちらの世界には主神も教団もないのに何で魔物娘が来てくれないんだろうなあ」
たしかにこちらの世界には主神や教団は無い、だが主神とは別のこの世界の神々が大勢いるのだ。
天敵の魔王との戦いで勢力を弱めている主神とは異なり、この世界の神々には天敵というものが存在しないので弱体化とは無縁だ。
しかも彼らのほとんどは性的なことについては禁欲的、保守的なのでサキュバスである魔王に好意的なのは極少数派だ。
彼らがいる限り魔物娘がこの世界に来ることはあり得ないのだ、そう、絶対にあり得ないのだ。
14/02/02 23:12更新 / キープ