連載小説
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14 今後
「スクルごめん」
「えっ、何かした?」
「考えてみたら、私が余計なことを言ったせいで話が変な方向に進んでお父様への聞き取りが打切りになったのよね」
スクルが魔王城に来たのはお父様への聞き取りだということを忘れていた、スクルには申し訳なくおもったが、寝室でうなされているお父様への罪悪感は何故かまったくなかった。
「別に気にするようなことじゃないよ、勇者様はラービスト大司教のことを『敵にしたくない相手』と表現していたけど、借金と詩集の話のおかげで裏付けられた、亡くなった後もなお苦しめるのだからね。それに聞き取りの途中に話がそれることは別に悪いことじゃない、こういうときに意外な話が聞けるものなんだ」
スクルは私に気を使っているわけではなく本心でそう思っているようでほっとした、研究を邪魔せずにすんだわけだ。

スクルは3日ほどかけて大学への報告書を作成して、中立国を経由して送った。
その頃にはお父様の具合も良くなってきたのでスクルとお見舞いに行くことにした、事前にスクルも行っていいのか聞いてみたがお父様は別にかまわないとのことだった。
まず私が寝室に入ったがお父様はやつれてはいたが元気そうだった、私の顔を見て「見苦しいところを見せてしまったなあ」と笑うだけの余裕はあった、ええ実に見苦しかったですと危うく言いそうになった。
スクルも部屋に入っていいかと念のためお父様に聞いたら、別にかまわないとのことなので隣の部屋にいるスクルに部屋へ入るように言った。
部屋に入ってお見舞いのあいさつしたスクルにお父様は「いやー、スクル君にもすまなかったねえ」と言いかけたが、ぎょっとした顔になりスクルを凝視した後いきなり布団をかぶってガタガタ震えだした。
「ななななななんでスクル君の後ろにラービストが立っているんだ!」
私とスクル、お父様のそばにいたお母様もびっくりしてスクルの後ろを見たがそこには誰もいなかった。
「俺をそんな目で見るのはやめろぉぉ!」
私もお母様も何も感じなかったが、念のためアンデッドやゴーストに詳しい魔物に来てもらいスクルやお父様を調べてみたが別に何かに憑かれてはいないとのことだった。
どうやらお父様にだけスクルの後ろにラービストさんが立っているのが見えるらしい。
医療系の魔法が専門の魔物達にお父様を診てもらったがお父様の精神に深く刻み込まれたトラウマはもはや魔法では治せないとのことだった、全員口をそろえて「時が経ち、自然に治るのを待つしかありません」とのことだった。
隠しておきたい過去をまたスクルに暴かれるかもしれないという恐怖が、スクルの後ろにラービストさんが立っているという幻影をお父様に見せているようだ。
当面の対策としてスクルをお父様に会わせないことと、お父様の前では「借金」「詩集」「ラービスト」を禁句とすることになった。
スクルはお父様に申し訳ないと思ったようなので私は「スクルは何一つ悪くない、みんなお父様の自業自得、因果応報よ」と慰めた。

そうこうしているうちに今度は私が忙しくなった。
なにかというと私の姉妹たち、つまりリリムで魔王城の外に住んでいる者や、旅をしている者たちが急に魔王城に駆けつけてきたのだ。
全員ではないがそれなりの数で、中には完全武装して来たのもいた。
どういうことかと思ったら私の知らないうちに「教団の勇者がたった一人で魔王城に乗りこみお父様と一騎打ちの末、お父様に重傷を負わせた」といううわさが魔界のかなりの範囲に広がっていたのだ。
もちろんこの「勇者」とはスクルのことである、そういえばお母様とお父様も最初はスクルを教団の勇者と勘違いしていたっけ。
だがお父様に(精神的な)重傷を負わせるという今までどの勇者もできなかったことをスクルはやってのけたのだ。
うわさを信じて駆けつけてきた姉妹たちへの応対はフィムの協力を得ながら私が行うことになった、お母様はお父様の看病につきっきりで、一連の事情に一番詳しいのは私だからである。
スクルはなるべく表に出さず姉妹たちに会わせないことにした、姉妹の中にはその「勇者」を私が倒すと息巻いているのもいたし、誤解を解くのに時間がかかったからである。
スクルは魔王城の図書室にこもってひたすら本を読んでいた、教団にはない本をたくさん読めてとてもうれしそうだった。
誤解を解くには一連の事情を説明しなければならないのだが、フィムと相談して「詩集」の話はするが「借金」の話はしないことにした。
なぜなら「借金」の話を聞いたら特に過激派の姉妹たちがラービストさんの子孫を襲って魔物化したりラービスト大司教領を魔界化したりしかねないからだ。
フィムの考えではラービストさんが魔物化、魔界化により新たに発動する罠を仕掛けていてもおかしくないとのことだ、とても説得力があったので私も同感だった。
しかもラービストさんの子孫が魔物化したからと言って借金の取り立てをしないという保証はどこにもない、むしろ堂々と魔王城に押し掛けてくる可能性は高い。
それに私はもともと過激派ではないが、ラービストさんの最初の妻子の話を聞いて、その当時と今は事情が異なるとはいえ本人が希望しないのに無理やり魔物化するというのは良くないという考えを持つようになった。
「詩集」の話だけで誤解を解けるか危ぶんだが、ほとんどの姉妹たちは自分の身にも覚えがあるらしくあっさり納得してくれた。
過激派の代表ともいえるデルエラお姉さまは素直に納得してくれるだろうかと考えたが、うわさを信じなかったのか他の事情があったのか分からないが結局魔王城には来なかった。

一連のごたごたにようやくかたが付いたある日、私の部屋で私とスクルとフィムの3人で話をしていた。
「それにしてもお父様にはもはやこの世には安住の地はないのかしら」
借金はお父様がどうにかしなければ今後も増える一方だし、詩集の方はスーンの歌が魔界中で大人気になったため詩集を輸入して魔界でも販売しようという動きがあるようだ。
「エル、まるで夫様が死んだ方がいいみたいないい方じゃの」
「別にそう言うつもりはないんだけど・・・、そう聞こえるわねえ」
言い過ぎたかなとおもったら、スクルが意外なことを言った。
「いや、それはないよ」
「どういうこと?」
お父様の悩みの解決法があるの?
「ラービスト大司教のいまわの言葉・・・、要するに亡くなる直前に言い残した言葉だけど『冥界であいつが来るのをいつまでも待っている、あいつが来たら裏切りの罪についてたっぷりと思い知らせてやる、冥界では俺の方がずっと先輩だからな』というものなんだ」
「「・・・・・・」」
もはや・・・お父様には・・・あの世も安住の地ではないということね・・・。
「スクル、このことは魔王様や夫様には教えぬ方がよいぞ、夫様が本当におかしくなりかねん」
全面的に同感だった、スクルも了解してくれた。
話題を変えた方がいいかなと思ったら、フィムがスクルに尋ねた。
「お主今後はどうするつもりじゃ?自分の意思で魔王城に来て結局リリムの夫になった、大学に戻れないのは覚悟していると言っていたがの」
「もちろん歴史の研究は続けるよ」
スクルはごく当たり前のように言った。
「魔王城の図書室でいろんな本を読んだけど、一つわかったのが魔界では歴史上の個々の出来事はともかく、系統立てて歴史全体を研究したことはないみたいなんだ、つまり魔界の歴史研究はほとんど誰も手をつけていない未開の地ということだよ」
話しているうちにスクルは興奮してきたようで顔が赤くなってきた。
「図書室で様々な資料を見つけた、まさに宝の山だ、この先どれほどの新発見があるかと思うと楽しみで仕方がないんだ」
スクルはとてもうれしそうな顔をしていた、ぜひ私も一緒に研究をしてうれしさ、楽しさを分かち合いたいと思った。
「スクル、私も手伝うわ」
「ありがとう、一緒にやろう」
こうしてスクルと私は魔界の歴史の研究を始めた、スクルはのちに「魔界の歴史学者」よばれることになる、そして大勢の魔物に「命長ければ恥多し」という言葉を思い知らせて「魔界の『黒』歴史学者」ともよばれ大いに恐れられることになる。
14/01/13 23:07更新 / キープ
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■作者メッセージ
ここまで読んでいただきありがとうございます、この話もようやく完結しました。
完結と言っても次回作はこの話の続編になる予定です、エルゼルとスクルが魔界の歴史研究のためあちこち訪れるという話になる予定です。
いつになるかは未定ですがどうぞ気長にお待ちください。

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