-ドラゴンの章-
「退屈だ……」
そうボソリと漏らしたのはある1人の女性。
緑色の鱗と甲殻をその身に纏い、背中からは翼、後ろ腰には尻尾を生やした魔物であるドラゴンだ。
どこか鋭さのある美しい顔立ちに、腰の辺りまで伸びる薄紫色の髪の毛。
彼女はドラゴンのイオ。
此処はある田舎村の傍にある壊れた小さな城の中で、イオの住処でもあった。
壁と床は石造りだが所々崩れており、廊下等は薄暗くて鼠等の小動物がちょこまかと走り回っている。
そんな場所で彼女は、一体何に退屈しているのか。
「最近は挑戦者が居なくなったな……」
そう、彼女はこの味気ない生活に退屈していた。
金銀財宝の宝もあるし、教団からの刺客や名を挙げようとする賞金稼ぎもまるで来なくなってしまった。
それはそれで静かな生活ができていいと思っていたが、こうも誰も来ないと幾らドラゴンといえども退屈はする。
特に娯楽等を知らないのならなおさらだ。
「そうは言っても、誰かが来るわけではないか」
溜息を吐きつつイオは自分のベッドに寝転がる。
このベッドはこの城の廃墟に捨てられていた物を少しだけ補強して使っている物だった。
目の前には山積みにされた金銀財宝がある。
キラキラと輝いていて少し眩しい位だ。
「これを見ていると、心が癒される」
イオはそう言うものの、自分の心の奥底にある感情を誤魔化しきれていない。
(何かが、足りない―――)
金貨や王冠、銀食器に宝石等、イオが集めた財宝の中には既に膨大な種類の財宝がある。
しかし、イオは直感とでも言うか、本能で分かっていた。
自分の財宝には何かが足りないのだと言う事を。
「……ええい!止めだ止め!」
考えていても、分からないものは分かりようが無いとばかりに、イオは考える事を放棄してベッドの上で目を閉じた。
次に目を覚ます時には、この足りない物が何か分かるように願って。
ついでに、退屈も紛れるようにとも。
所変わってイオの住まう城の廃墟のある山の麓には小さな小さな村があった。
しかしこの村は既に廃墟となっていた。
人はおろか魔物ですら暮らすのが困難になってしまい、人々が離れていった土地である。
しかしこんな村の跡にも需要はある。
そう、例えば―――
「かかれぇえええええ!」
―――盗賊の隠れ家とか。
盗賊達はこの村の跡を隠れ蓑として立ち寄り、旅の疲れを休めようとする者達から荷物や金を奪うという活動を行っていた。
辺りは草原で、一見盗賊が隠れれるような場所ではないが、村の手入れをある程度行い、村人に成りすます事での奇襲が効果的だった。
今のも、此処へ立ち寄った旅の戦士が隙を見せた瞬間に盗賊の手下共が襲いかかろうとしている最中である。
襲い掛かった相手は、蒼い色のフルプレートメイルと様々なな武器で全身を武装した男だった。
兜のせいで顔は見えないが騙まし討ちをする為の会話で、声が若い男だったので、恐らく青年であろうと盗賊達は予想していた。
青年の背中には身長より長い長槍と、身長より少し短い短槍が背負われており、右腰には剣、左腰にはメイスが下げられていて、後ろ腰には鉄製の弓と矢が下げられている、かなりの装備だった。
そして1番の特徴は兜に付いている装飾の、額の上辺りから生えるユニコーンのような一本角である。
四方八方から迫る盗賊の手下達を兜の下から見ると、背中に背負っていた長槍を外して両手に持つ。
目測だが、長槍の長さは青年より長く、青年の身長が180センチ程度なのに対して槍は210センチ程度である。
両手でしっかりと握った槍を青年は自分を中心に周囲を一気に薙ぎ払うように振るうと、風圧が生まれ、その思わぬ風圧によって怯んだ盗賊達の足は一時的に止まった。
青年はその隙を見逃すほど甘くは無かった。
1番手近な盗賊に接近し、長槍を突き出してその腹を貫いた。
鮮血が槍の刃に付着して盗賊は膝からその場に崩れ落ちる。
「か、はっ……!?」
臓器を損傷した盗賊は致命傷を追い、青年はすぐさま次の行動に移るために槍を引き抜いて次に1番近い位置に居た盗賊へと駆け寄っていく。
「は、速いっ…!?」
先ほどから青年の速度はフルプレートメイルや様々な武器で全身を武装しているとは思えない程の速度だ。
青年は驚異的な速度で盗賊の1人に接近すると、槍を横薙ぎに振るって盗賊の手下の腰を狙う。
しかし盗賊の手下と言えど唯黙ってやられる訳ではなく、手に持っていた短剣でどうにか防御する。
「―――っ!?」
だが青年の持つ長槍の威力は盗賊の想像を遥かに越えており、防御するも短剣はその手から弾き飛ばされてしまい、長槍が脇腹に叩き込まれる。
今の一撃で盗賊の身体の骨は幾つかが折れ、あまりの痛みに気を失う。
「お頭ァ……なんかこの小僧、ヤバそうっすよ……」
「チッ、弓矢で狙い打て!」
一瞬で2人を戦闘不能にする青年の強さに、手下達は弱気になるが盗賊の頭である大柄な男は冷静に指示を出す。
盗賊の手下達は弓矢に矢を構えて青年を狙う。
青年は矢が放たれる前に盗賊達を仕留めようと再び驚異的な速度で駆け出した。
「撃て!」
しかし盗賊の頭の合図で盗賊達の弓から矢が放たれる。
流石の青年も左右にフェイントをかけながら矢の軌道を読んで避けていく。
だが10人近く居る盗賊達の放つ矢の雨を全て避ける事はできない。
矢の幾つかは青年のフルプレートメイルに当たって地面に落ちていた。
「貰ったァ!」
盗賊の1人が青年の隙を狙って矢を放つ。
タイミングは完璧であり並みの者なら絶対に避けることのできない一撃だが、青年は避ける事も鎧で受け止める事もしなかった。
長槍が振るわれて矢を撃ち払ったのだ。
矢の速度は言わずもがな、空気を切り裂き対象に飛んで行く。
しかし青年はその矢を見切り叩き落したのだ。
「んなっ…!?」
その見事な見切りに盗賊達は唖然としてしまい、弓矢の雨が少しの間だけ止む。
隙ができた盗賊たちを見逃すことなく青年は長槍を振るいながら一気に接近した。
「し、しまっ…!」
盗賊達は青年の接近に気がつくが既に時遅し。
暴風のように振り回される長槍から放たれる斬撃と風圧で全員が傷つきながら紙切れの様に吹き飛ばされていった。
青年は全員が痛みに呻いて起き上がらない事を確認すると盗賊の頭の傍まで来て髪の毛を掴み上げる。
「……ドラゴンは何処だ?」
「な、何故お前がドラゴンを……」
「答えろ」
青年の質問に疑問を持つ盗賊の頭を一蹴し、髪の毛を掴む力に力を込める青年。
「いでででっ!分かった分かった!あの山の上にある城の廃墟だ!」
痛みに耐え切れずあっさりと情報を吐く盗賊の頭。
青年は髪の毛を放すと振り返りもせずに山の方へと足を進めていった。
しかし背中越しに青年は盗賊達に言葉を投げかける。
「俺が帰ってくるまでにこの村の跡から消えろ。さもないと次のお前達の寝床は冷たい土の中だ」
最後にそいつの様にな、と最初に長槍で貫いて殺した盗賊を指差して、今度こそ青年は山へと足を進めていった。
イオはベッドの上からパチリと目を覚ます。
何者かの気配を感じたのだ。
誰かが自分のこの住処へと侵入して来ている。
「フフ、久しぶりの戦闘か」
ニヤリと口の端を吊り上げて笑い、退屈しのぎになればいいが…そんな事を頭の端で考えて侵入者が来るであろう巨大な謁見の間へと足を進めていく。
しかし謁見の間に入ろうとした所で異様な気配に気がつく。
今までやって来た者達とは何かが違う。
そのような圧倒的な存在感と言うか、奇妙な魔力の違いの様な物を、イオは感じていた。
この違和感の正体はイオには分からなかったが、久しぶりに楽しめそうな戦いになると予感して舌なめずりをしていた。
イオが謁見の間に姿を現すと、その先には姿も今までの誰とも違った姿をしている者が居た。
先ほどこの山の麓の村で盗賊を一掃した青年だ。
相変わらずフルプレートメイルを全身に装備しており肌の露出は皆無。
兜にはユニコーンのような特徴的な一本角が天井に向かって伸びており、背中や腰には様々な武具を装備している。
兜の目が見える部分からは赤く輝く双眸が見えていた。
「よく来たな、人間よ」
そんな青年をイオは歓迎していた。
退屈を紛らわせる玩具として。
何分自分のお遊びに着いてこれるのか、文字通り遊んでやるつもりだった。
それは史上最強の種族の者として当然の自信だった。
「私の首を持ち帰り名声を得るのが目的か?それとも私の宝が狙いか?どの道此処に着たからには望みは私を倒さなければ達成されない」
だから、と続けてイオは笑う。
「私を叩き伏せて見せろ!」
返答を待たずしてイオは青年に飛び掛っていく。
青年も背中の長槍を再び構えてドラゴンたるイオを迎え撃つ。
鋭い爪を青年に向けて振り下ろすが、青年は長槍を使い上手く力の方向を逸らして受け流す。
イオのような細腕からは考えられない力が地面に叩きつけられ、地面を砕く。
その腕を振りぬいた隙を狙い、青年は2歩ほど退きつつ長槍を振るう。
「フン!」
しかしイオの胸に叩きつけられた長槍の刃は、鱗と甲殻に阻まれて傷をつけるには至らなかった。
「その程度か!人間ッ!」
イオは、自分に戦いを挑むのならば武器もそれなりの物を身に着けていると思っていたが、そうでもなかったようだと判断した。
しかしそれでは面白くないとばかりに挑発をしつつ身体を捻って尻尾を青年に叩きつけようとする。
長槍を盾にして撓る尻尾の一撃を受け止めると、1メートルほど後ろに後退させられる青年だが、すぐさま地面を蹴りイオとの距離を取る。
(安い挑発に乗る男ではなかったか)
冷静な状況判断に内心感心するイオだが、その判断能力に見合う戦闘力を持ち合わせているか、見極めようと己の力を解放する。
身体は巨大化し、綺麗な肌色だった肌は緑色の鱗に包まれていく。
魔王が代替わりする前の自分の姿。
巨大な、魔物の姿のままのドラゴンが、真の姿を現したのだ。
「さて、人間よ……この姿を見た他の人間は全員恐怖に怯え逃げていった。貴様はそうでない事を祈っているぞ」
ゴォオオオオオオオオオオオっと巨大な咆哮を上げるイオに対し、青年は槍を構えてブツブツと何かを言っていた。
「Kill the dragon blood of yourself.(竜を殺すは己の血)」
「ぬっ!?」
青年が唱えているのは魔法の詠唱。
それも詩から察するとドラゴン戦に備えられた対ドラゴン用の魔法だろう。
「Slice the blade at its heart.(その刃にて心を斬れ。) Smash the spirit in its magic.(その魔法にて精神を砕け。)」
「させるかぁあああああああああ!」
イオは魔法の詠唱を止めさせる為にその口から炎のブレスを吐き出す。
全てを焼き尽くす業火が青年に向けて放たれる。
しかし青年は詠唱を止めて逃げる事も防御する事もせず、唯詠唱を続けていた。
「Hear My Name.(我が名を聞け。)」
目前まで炎が迫っても、青年は詠唱を止めなかった。
そして炎が青年を飲み込んだ。
「間に合ったか…」
流石のイオも対ドラゴン用に生み出された魔法を受けては身体に傷は付いてしまうだろう。
少々慌てたが、もう大丈夫だろうと、イオは安堵した。
「Dragonslayer.(ドラゴンスレイヤー)」
安堵したのもつかの間、青年を飲み込んだ炎が風圧の様な物に吹き飛ばされる。
「何だ…!?」
イオは炎が吹き飛ばされた地点の中心を見ると、そこには無傷の青年の姿があった。
「馬鹿な!」
イオは叫んだ。
自分が前時代の姿に戻ってまで放ったブレスで、幾ら対ドラゴン用の魔法を使ったからと言って全く効いていない筈が無い。
しかし目の前の青年は無傷。
その事実に、酷く動揺していたのだ。
「Slice the blade at that scale.(その刃にて鱗を斬れ。)」
長槍の刃に魔力が集中し、紋様の様な物が浮かび上がる。
「ヌンッ!」
それを振りかぶり、青年は槍投げの要領で長槍をイオに向けて投げつけた。
しかしイオも身体が大きくなったからと言っても直進で飛んで来る長槍など避けることなど容易い。
「こんなものが私に……っ!?」
イオは飛んできた長槍を避けるが、何時の間にかと思うほど接近していた青年に驚き、目を見開く。
青年は右手に剣、左手にメイスを持って居る。
「Smash the scales in that chunk.(その塊にて鱗を砕け。)」
青年が左手に持つメイスに魔力が集中し、紋様が浮かび上がって輝いていく。
イオも尻尾を鞭のように扱い青年に叩きつけようとする。
だが青年は素早い動きで尻尾の一撃を回避すると尻尾に取り付きイオの身体を駆け上がろうとする。
「くっ!」
イオは身体を揺すって青年を落とそうとするが、身体が揺すられると青年はイオの身体にしっかりとしがみ付き離れない。
「くそっ!」
苛立ったイオはその口から再びブレスを吐き出すが、先ほどの魔法の恩恵なのかまるで青年を避けるように炎が流れていってしまう。
そして隙を見て青年はイオの身体を登っていき、とうとう首の付け根まで上り詰めた。
青年は最後にしがみ付いていたイオの身体を蹴り空中に飛び上がる。
「Smash the scales in that chunk.(その塊にて鱗を砕け。)」
左手に持たれていたメイスがイオの顔に向かって振るわれる。
これまでの戦いで動揺していたイオはその一撃を避ける事ができなかった。
メイスが当たる瞬間に収束されていた魔力が一気に弾けると、その威力が上乗せされ、本来人間の力では動かす事すらできないドラゴンの顔が吹き飛ばされた。
「うがぁっ……!?」
顔を吹き飛ばされたイオは仰向けに倒れてしまい、たった一撃の攻撃だというのに、全身から力が抜けて立てなくなってしまう。
そして完全に倒れると、イオの身体は元の魔物娘の姿へと戻っていく。
(死ぬのか、私は……)
宝を奪うにしても、私の首を持って帰るにしても、青年をイオを殺すだろう。
初めて感じる死の恐怖に、イオは背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
ガシャ、ガシャと鎧が触れ合う金属音と共に青年が近づいてくるのがイオには感じられた。
(死にたくない……!)
すぐそこにある死に、イオは思わず目の端から涙を零してしまう。
そして青年がすぐ傍まで来ると、青年は呟いた。
「This person in my magic to heal.(我が魔法においてこの者を癒す。)」
「っ!?」
青年の癒しの魔法により生まれた光がイオを包み、身体に力が戻っていく。
全くの予想外の行動に、イオは呆気に取られた。
「……すぐにこの住処から消えろ。そうすれば俺はもう何もしない」
それだけ言い残すと、青年は剣とメイスを収め、更に先ほど投擲した長槍を回収して謁見の間を出て行こうとする。
「ま、待て!」
イオが青年に声をかけると、青年は足を止めるが振り返りはしなかった。
「な、何故私を殺さない!?私の宝や首が目的ではなかったのか!?何故何もしないんだ!?」
その疑問は当然だろう。
しかし青年は未だにはっきりとした目的を言っては居ない。
イオの疑問はイオが勝手に判断し、思い込んでいるだけなのだ。
「……山の麓の村は、お前が此処に住み始めてから、お前を警戒して行商人等が全く来なくなった」
突然何だと思うイオだったが、この話にはまだ続きがあるといのは理解していたので黙って次の言葉を待つ。
「そして1ヶ月前に村人は村を捨てた……だが行く宛ても無く難民のような生活を送っているらしい。そいつ等から盗賊の退治とお前の説得を依頼されただけだ」
お前は話を聞かなかったがな、と続けて青年は再び足を進めていく。
イオはその背中を黙って見送る事はできなかった。
自分の心の奥底にある本能が、青年を行かせてはならないと言っている。
「私もお前と共に行く!」
イオは立ち上がり青年の下へ駆けつける。
「止めておけ、俺は教団に追われている身だ」
「だったら私が守る!」
「……勝手にしろ。俺は知らんからな」
城の廃墟を歩いていく青年の隣のイオは、少しだけ口の端を吊り上げて笑っていた。
「所で、お前の名前はなんと言うのだ?」
「『死人喰らい』。そう呼ばれてる」
「なんだそれは?呼び難いだろう、本名を言ってくれ」
「……それより、お前は?」
「私はイオと言う」
「ならイオ、お前は住処に溜め込んでる宝は持ってこないのか?」
「……まぁ、溜め込んでいただけで使わんからな。移動には不便だし、置いていっても構わんだろう」
「そうか…(取りに行っている間に逃げようと思ったんだがな…)」
「お前、取りに行っている間に逃げようと思っただろう?
「………………いや」
「その長い間は何だ!」
-Rebel- 反逆者と魔物娘
-ドラゴンの章- 了
そうボソリと漏らしたのはある1人の女性。
緑色の鱗と甲殻をその身に纏い、背中からは翼、後ろ腰には尻尾を生やした魔物であるドラゴンだ。
どこか鋭さのある美しい顔立ちに、腰の辺りまで伸びる薄紫色の髪の毛。
彼女はドラゴンのイオ。
此処はある田舎村の傍にある壊れた小さな城の中で、イオの住処でもあった。
壁と床は石造りだが所々崩れており、廊下等は薄暗くて鼠等の小動物がちょこまかと走り回っている。
そんな場所で彼女は、一体何に退屈しているのか。
「最近は挑戦者が居なくなったな……」
そう、彼女はこの味気ない生活に退屈していた。
金銀財宝の宝もあるし、教団からの刺客や名を挙げようとする賞金稼ぎもまるで来なくなってしまった。
それはそれで静かな生活ができていいと思っていたが、こうも誰も来ないと幾らドラゴンといえども退屈はする。
特に娯楽等を知らないのならなおさらだ。
「そうは言っても、誰かが来るわけではないか」
溜息を吐きつつイオは自分のベッドに寝転がる。
このベッドはこの城の廃墟に捨てられていた物を少しだけ補強して使っている物だった。
目の前には山積みにされた金銀財宝がある。
キラキラと輝いていて少し眩しい位だ。
「これを見ていると、心が癒される」
イオはそう言うものの、自分の心の奥底にある感情を誤魔化しきれていない。
(何かが、足りない―――)
金貨や王冠、銀食器に宝石等、イオが集めた財宝の中には既に膨大な種類の財宝がある。
しかし、イオは直感とでも言うか、本能で分かっていた。
自分の財宝には何かが足りないのだと言う事を。
「……ええい!止めだ止め!」
考えていても、分からないものは分かりようが無いとばかりに、イオは考える事を放棄してベッドの上で目を閉じた。
次に目を覚ます時には、この足りない物が何か分かるように願って。
ついでに、退屈も紛れるようにとも。
所変わってイオの住まう城の廃墟のある山の麓には小さな小さな村があった。
しかしこの村は既に廃墟となっていた。
人はおろか魔物ですら暮らすのが困難になってしまい、人々が離れていった土地である。
しかしこんな村の跡にも需要はある。
そう、例えば―――
「かかれぇえええええ!」
―――盗賊の隠れ家とか。
盗賊達はこの村の跡を隠れ蓑として立ち寄り、旅の疲れを休めようとする者達から荷物や金を奪うという活動を行っていた。
辺りは草原で、一見盗賊が隠れれるような場所ではないが、村の手入れをある程度行い、村人に成りすます事での奇襲が効果的だった。
今のも、此処へ立ち寄った旅の戦士が隙を見せた瞬間に盗賊の手下共が襲いかかろうとしている最中である。
襲い掛かった相手は、蒼い色のフルプレートメイルと様々なな武器で全身を武装した男だった。
兜のせいで顔は見えないが騙まし討ちをする為の会話で、声が若い男だったので、恐らく青年であろうと盗賊達は予想していた。
青年の背中には身長より長い長槍と、身長より少し短い短槍が背負われており、右腰には剣、左腰にはメイスが下げられていて、後ろ腰には鉄製の弓と矢が下げられている、かなりの装備だった。
そして1番の特徴は兜に付いている装飾の、額の上辺りから生えるユニコーンのような一本角である。
四方八方から迫る盗賊の手下達を兜の下から見ると、背中に背負っていた長槍を外して両手に持つ。
目測だが、長槍の長さは青年より長く、青年の身長が180センチ程度なのに対して槍は210センチ程度である。
両手でしっかりと握った槍を青年は自分を中心に周囲を一気に薙ぎ払うように振るうと、風圧が生まれ、その思わぬ風圧によって怯んだ盗賊達の足は一時的に止まった。
青年はその隙を見逃すほど甘くは無かった。
1番手近な盗賊に接近し、長槍を突き出してその腹を貫いた。
鮮血が槍の刃に付着して盗賊は膝からその場に崩れ落ちる。
「か、はっ……!?」
臓器を損傷した盗賊は致命傷を追い、青年はすぐさま次の行動に移るために槍を引き抜いて次に1番近い位置に居た盗賊へと駆け寄っていく。
「は、速いっ…!?」
先ほどから青年の速度はフルプレートメイルや様々な武器で全身を武装しているとは思えない程の速度だ。
青年は驚異的な速度で盗賊の1人に接近すると、槍を横薙ぎに振るって盗賊の手下の腰を狙う。
しかし盗賊の手下と言えど唯黙ってやられる訳ではなく、手に持っていた短剣でどうにか防御する。
「―――っ!?」
だが青年の持つ長槍の威力は盗賊の想像を遥かに越えており、防御するも短剣はその手から弾き飛ばされてしまい、長槍が脇腹に叩き込まれる。
今の一撃で盗賊の身体の骨は幾つかが折れ、あまりの痛みに気を失う。
「お頭ァ……なんかこの小僧、ヤバそうっすよ……」
「チッ、弓矢で狙い打て!」
一瞬で2人を戦闘不能にする青年の強さに、手下達は弱気になるが盗賊の頭である大柄な男は冷静に指示を出す。
盗賊の手下達は弓矢に矢を構えて青年を狙う。
青年は矢が放たれる前に盗賊達を仕留めようと再び驚異的な速度で駆け出した。
「撃て!」
しかし盗賊の頭の合図で盗賊達の弓から矢が放たれる。
流石の青年も左右にフェイントをかけながら矢の軌道を読んで避けていく。
だが10人近く居る盗賊達の放つ矢の雨を全て避ける事はできない。
矢の幾つかは青年のフルプレートメイルに当たって地面に落ちていた。
「貰ったァ!」
盗賊の1人が青年の隙を狙って矢を放つ。
タイミングは完璧であり並みの者なら絶対に避けることのできない一撃だが、青年は避ける事も鎧で受け止める事もしなかった。
長槍が振るわれて矢を撃ち払ったのだ。
矢の速度は言わずもがな、空気を切り裂き対象に飛んで行く。
しかし青年はその矢を見切り叩き落したのだ。
「んなっ…!?」
その見事な見切りに盗賊達は唖然としてしまい、弓矢の雨が少しの間だけ止む。
隙ができた盗賊たちを見逃すことなく青年は長槍を振るいながら一気に接近した。
「し、しまっ…!」
盗賊達は青年の接近に気がつくが既に時遅し。
暴風のように振り回される長槍から放たれる斬撃と風圧で全員が傷つきながら紙切れの様に吹き飛ばされていった。
青年は全員が痛みに呻いて起き上がらない事を確認すると盗賊の頭の傍まで来て髪の毛を掴み上げる。
「……ドラゴンは何処だ?」
「な、何故お前がドラゴンを……」
「答えろ」
青年の質問に疑問を持つ盗賊の頭を一蹴し、髪の毛を掴む力に力を込める青年。
「いでででっ!分かった分かった!あの山の上にある城の廃墟だ!」
痛みに耐え切れずあっさりと情報を吐く盗賊の頭。
青年は髪の毛を放すと振り返りもせずに山の方へと足を進めていった。
しかし背中越しに青年は盗賊達に言葉を投げかける。
「俺が帰ってくるまでにこの村の跡から消えろ。さもないと次のお前達の寝床は冷たい土の中だ」
最後にそいつの様にな、と最初に長槍で貫いて殺した盗賊を指差して、今度こそ青年は山へと足を進めていった。
イオはベッドの上からパチリと目を覚ます。
何者かの気配を感じたのだ。
誰かが自分のこの住処へと侵入して来ている。
「フフ、久しぶりの戦闘か」
ニヤリと口の端を吊り上げて笑い、退屈しのぎになればいいが…そんな事を頭の端で考えて侵入者が来るであろう巨大な謁見の間へと足を進めていく。
しかし謁見の間に入ろうとした所で異様な気配に気がつく。
今までやって来た者達とは何かが違う。
そのような圧倒的な存在感と言うか、奇妙な魔力の違いの様な物を、イオは感じていた。
この違和感の正体はイオには分からなかったが、久しぶりに楽しめそうな戦いになると予感して舌なめずりをしていた。
イオが謁見の間に姿を現すと、その先には姿も今までの誰とも違った姿をしている者が居た。
先ほどこの山の麓の村で盗賊を一掃した青年だ。
相変わらずフルプレートメイルを全身に装備しており肌の露出は皆無。
兜にはユニコーンのような特徴的な一本角が天井に向かって伸びており、背中や腰には様々な武具を装備している。
兜の目が見える部分からは赤く輝く双眸が見えていた。
「よく来たな、人間よ」
そんな青年をイオは歓迎していた。
退屈を紛らわせる玩具として。
何分自分のお遊びに着いてこれるのか、文字通り遊んでやるつもりだった。
それは史上最強の種族の者として当然の自信だった。
「私の首を持ち帰り名声を得るのが目的か?それとも私の宝が狙いか?どの道此処に着たからには望みは私を倒さなければ達成されない」
だから、と続けてイオは笑う。
「私を叩き伏せて見せろ!」
返答を待たずしてイオは青年に飛び掛っていく。
青年も背中の長槍を再び構えてドラゴンたるイオを迎え撃つ。
鋭い爪を青年に向けて振り下ろすが、青年は長槍を使い上手く力の方向を逸らして受け流す。
イオのような細腕からは考えられない力が地面に叩きつけられ、地面を砕く。
その腕を振りぬいた隙を狙い、青年は2歩ほど退きつつ長槍を振るう。
「フン!」
しかしイオの胸に叩きつけられた長槍の刃は、鱗と甲殻に阻まれて傷をつけるには至らなかった。
「その程度か!人間ッ!」
イオは、自分に戦いを挑むのならば武器もそれなりの物を身に着けていると思っていたが、そうでもなかったようだと判断した。
しかしそれでは面白くないとばかりに挑発をしつつ身体を捻って尻尾を青年に叩きつけようとする。
長槍を盾にして撓る尻尾の一撃を受け止めると、1メートルほど後ろに後退させられる青年だが、すぐさま地面を蹴りイオとの距離を取る。
(安い挑発に乗る男ではなかったか)
冷静な状況判断に内心感心するイオだが、その判断能力に見合う戦闘力を持ち合わせているか、見極めようと己の力を解放する。
身体は巨大化し、綺麗な肌色だった肌は緑色の鱗に包まれていく。
魔王が代替わりする前の自分の姿。
巨大な、魔物の姿のままのドラゴンが、真の姿を現したのだ。
「さて、人間よ……この姿を見た他の人間は全員恐怖に怯え逃げていった。貴様はそうでない事を祈っているぞ」
ゴォオオオオオオオオオオオっと巨大な咆哮を上げるイオに対し、青年は槍を構えてブツブツと何かを言っていた。
「Kill the dragon blood of yourself.(竜を殺すは己の血)」
「ぬっ!?」
青年が唱えているのは魔法の詠唱。
それも詩から察するとドラゴン戦に備えられた対ドラゴン用の魔法だろう。
「Slice the blade at its heart.(その刃にて心を斬れ。) Smash the spirit in its magic.(その魔法にて精神を砕け。)」
「させるかぁあああああああああ!」
イオは魔法の詠唱を止めさせる為にその口から炎のブレスを吐き出す。
全てを焼き尽くす業火が青年に向けて放たれる。
しかし青年は詠唱を止めて逃げる事も防御する事もせず、唯詠唱を続けていた。
「Hear My Name.(我が名を聞け。)」
目前まで炎が迫っても、青年は詠唱を止めなかった。
そして炎が青年を飲み込んだ。
「間に合ったか…」
流石のイオも対ドラゴン用に生み出された魔法を受けては身体に傷は付いてしまうだろう。
少々慌てたが、もう大丈夫だろうと、イオは安堵した。
「Dragonslayer.(ドラゴンスレイヤー)」
安堵したのもつかの間、青年を飲み込んだ炎が風圧の様な物に吹き飛ばされる。
「何だ…!?」
イオは炎が吹き飛ばされた地点の中心を見ると、そこには無傷の青年の姿があった。
「馬鹿な!」
イオは叫んだ。
自分が前時代の姿に戻ってまで放ったブレスで、幾ら対ドラゴン用の魔法を使ったからと言って全く効いていない筈が無い。
しかし目の前の青年は無傷。
その事実に、酷く動揺していたのだ。
「Slice the blade at that scale.(その刃にて鱗を斬れ。)」
長槍の刃に魔力が集中し、紋様の様な物が浮かび上がる。
「ヌンッ!」
それを振りかぶり、青年は槍投げの要領で長槍をイオに向けて投げつけた。
しかしイオも身体が大きくなったからと言っても直進で飛んで来る長槍など避けることなど容易い。
「こんなものが私に……っ!?」
イオは飛んできた長槍を避けるが、何時の間にかと思うほど接近していた青年に驚き、目を見開く。
青年は右手に剣、左手にメイスを持って居る。
「Smash the scales in that chunk.(その塊にて鱗を砕け。)」
青年が左手に持つメイスに魔力が集中し、紋様が浮かび上がって輝いていく。
イオも尻尾を鞭のように扱い青年に叩きつけようとする。
だが青年は素早い動きで尻尾の一撃を回避すると尻尾に取り付きイオの身体を駆け上がろうとする。
「くっ!」
イオは身体を揺すって青年を落とそうとするが、身体が揺すられると青年はイオの身体にしっかりとしがみ付き離れない。
「くそっ!」
苛立ったイオはその口から再びブレスを吐き出すが、先ほどの魔法の恩恵なのかまるで青年を避けるように炎が流れていってしまう。
そして隙を見て青年はイオの身体を登っていき、とうとう首の付け根まで上り詰めた。
青年は最後にしがみ付いていたイオの身体を蹴り空中に飛び上がる。
「Smash the scales in that chunk.(その塊にて鱗を砕け。)」
左手に持たれていたメイスがイオの顔に向かって振るわれる。
これまでの戦いで動揺していたイオはその一撃を避ける事ができなかった。
メイスが当たる瞬間に収束されていた魔力が一気に弾けると、その威力が上乗せされ、本来人間の力では動かす事すらできないドラゴンの顔が吹き飛ばされた。
「うがぁっ……!?」
顔を吹き飛ばされたイオは仰向けに倒れてしまい、たった一撃の攻撃だというのに、全身から力が抜けて立てなくなってしまう。
そして完全に倒れると、イオの身体は元の魔物娘の姿へと戻っていく。
(死ぬのか、私は……)
宝を奪うにしても、私の首を持って帰るにしても、青年をイオを殺すだろう。
初めて感じる死の恐怖に、イオは背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
ガシャ、ガシャと鎧が触れ合う金属音と共に青年が近づいてくるのがイオには感じられた。
(死にたくない……!)
すぐそこにある死に、イオは思わず目の端から涙を零してしまう。
そして青年がすぐ傍まで来ると、青年は呟いた。
「This person in my magic to heal.(我が魔法においてこの者を癒す。)」
「っ!?」
青年の癒しの魔法により生まれた光がイオを包み、身体に力が戻っていく。
全くの予想外の行動に、イオは呆気に取られた。
「……すぐにこの住処から消えろ。そうすれば俺はもう何もしない」
それだけ言い残すと、青年は剣とメイスを収め、更に先ほど投擲した長槍を回収して謁見の間を出て行こうとする。
「ま、待て!」
イオが青年に声をかけると、青年は足を止めるが振り返りはしなかった。
「な、何故私を殺さない!?私の宝や首が目的ではなかったのか!?何故何もしないんだ!?」
その疑問は当然だろう。
しかし青年は未だにはっきりとした目的を言っては居ない。
イオの疑問はイオが勝手に判断し、思い込んでいるだけなのだ。
「……山の麓の村は、お前が此処に住み始めてから、お前を警戒して行商人等が全く来なくなった」
突然何だと思うイオだったが、この話にはまだ続きがあるといのは理解していたので黙って次の言葉を待つ。
「そして1ヶ月前に村人は村を捨てた……だが行く宛ても無く難民のような生活を送っているらしい。そいつ等から盗賊の退治とお前の説得を依頼されただけだ」
お前は話を聞かなかったがな、と続けて青年は再び足を進めていく。
イオはその背中を黙って見送る事はできなかった。
自分の心の奥底にある本能が、青年を行かせてはならないと言っている。
「私もお前と共に行く!」
イオは立ち上がり青年の下へ駆けつける。
「止めておけ、俺は教団に追われている身だ」
「だったら私が守る!」
「……勝手にしろ。俺は知らんからな」
城の廃墟を歩いていく青年の隣のイオは、少しだけ口の端を吊り上げて笑っていた。
「所で、お前の名前はなんと言うのだ?」
「『死人喰らい』。そう呼ばれてる」
「なんだそれは?呼び難いだろう、本名を言ってくれ」
「……それより、お前は?」
「私はイオと言う」
「ならイオ、お前は住処に溜め込んでる宝は持ってこないのか?」
「……まぁ、溜め込んでいただけで使わんからな。移動には不便だし、置いていっても構わんだろう」
「そうか…(取りに行っている間に逃げようと思ったんだがな…)」
「お前、取りに行っている間に逃げようと思っただろう?
「………………いや」
「その長い間は何だ!」
-Rebel- 反逆者と魔物娘
-ドラゴンの章- 了
12/08/11 17:44更新 / ハーレム好きな奴
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