【Little After】おかえりのお祭り
それはグレゴリーとルフィアの二人が、初めての『大学園祭』を楽しんだ数日後。
学園の秋は大規模なイベントが盛り沢山で、学友たちもすっかり、次なるイベントの話と準備で持ち切りだった。
「え…もしかしてハロウィンって、“凝視座の夜”のことなのか!?」
「こんなにぎやかに準備するなんて…」
そんな中で、この二人はまたもやカルチャーショックを受けていた。
「…?そっちじゃ、どういう風に過ごしてたの?」
「そりゃあ、子供が悪霊に連れてかれないように、目立たないボロ服着て、教会に集まって、やり過ごす儀式するんだろ?オレ達も散々おどかされて…」
「あはは!悪霊なんていないいない。お化けは出るけど、ウチらと全然変わんないよ」
「お化けは出るの!?」
死んだ者は二度と帰らない。それが人間界の常識だ。
万が一、死者が現世を歩くような事があれば、それは生者を死へと引き込む魔性の存在であり、鎮め、遠ざけ、関わりを絶たなければならない…グレゴリーとルフィアはそう教えられてきた。
いまや二人は、魔物がどうやら悪いものではないらしいと知っているが、それでも、死人への恐怖や忌避感は捨てきれなかった。
「世界中の魔物がみんな魔物娘になったっていうなら、
本に出てくるゴーストとかヴァンパイアとかもそうなのは道理だけど…」
「実感わかないよな…。悪霊ってのも、なんだかんだで見た事ないし」
ただ、学友たちが誰も怖がっておらず、むしろ嬉々として準備をしているからには、おそらく本当に平和なイベントなのだろう。
町はカボチャでできた明かりやクモの巣など、やや不気味ながらも可愛らしい飾りつけにあふれ、町の人々も、一般参加の出し物や出店の準備を進めていた。
まるで、もう一度大学園祭を執り行うかのような盛り上がりようだ。
「大学園祭といえば…町中の、あの白いパビリオン。大学園祭が終わってもそのまんまだよね。
なんでだろう…お化けに展示物を見もらったりするのかな?」
「んー…顔を描いて、お化けに見立てた飾りにするとか?」
「ふふふ。それはちょっとチープじゃない?」
それからほどなくして、教師たちから新入生向けにイベントの説明が行われた。
ハロウィンの日には、死者の世界をつかさどる『生と死の女神ヘル』の力が現世にあふれ出し、未練を残した多数の死者がアンデッドとなって蘇る。
魔物娘の暮らす町では、彼女たちと同じ仮装をしたり、お菓子を配ったりして、蘇ったアンデッド達を歓迎するのが習わしなのだという。
「そしてもちろん、この学園都市も例外ではありません。
海の女神ポセイドン様とて全能ではなく、海には今も、沢山の魂が眠っています。
彼女達が、幸せな気持ちで二度目の人生を始められるように、皆さんの協力を…」
海に落ちた者はみな、海に暮らす魔物娘達の手で助けられる。あるいは人間の女性であれば、魔物娘ネレイスとなる。魔王に与した海の神ポセイドンの力が、あまねく海を満たしているおかげだという。
だが、海で命を落とす者がいなくなったわけではない。代表例が、海上での病気、海戦、あるいは海賊の襲撃などにより、海に飲み込まれる前に死する者だ。
海というのは、依然として危険が伴う場所なのだ。
港町に住むルフィア達も、航海に出たきり帰らなかった海の男を何人も知っている。
その内の一人の妻であった、グレゴリーの家の近所に住むおばさんが「どこかで別の女でも作ってんだろう。帰ったらぶっとばしてやる!」そう言って、気丈に笑っていた様子は忘れられない。
(もしかしたら、おじさんも帰ってきたりするんだろうか?)
そうであるなら…きっと素敵なことだろう。
グレゴリー達にできる事は飾りつけの準備くらいだが、お互いに顔を見合わせ、きっと祭りを成功させようと決め合った。
そして、あっという間にハロウィン当日。
日が沈み始めた頃、水中でも燃える魔法の火を使った灯篭が流された。
アンデッドは通常、光を嫌うが、暗い海の底で蘇ったばかりのアンデッドならば、この明かりを頼りに学園都市まで誘導されてくるという。
それを待つかたわら、学生達は体育館や講堂で、服飾や美術系のクラスが総出で行う仮装の着付けと、より死者らしくするためのメイクを受けるのだった。
「貴女は…マミーちゃんなんてどう?」
「…ってそれ、包帯だけじゃないですか!?恥ずかしすぎますよぉ…!!」
「オレも似合うとは思う…いや、正直見たくてたまらんけど、ほかの男に見せたくないし、この祭りの中じゃあちょっと…」
「う〜ん、そういう事ならしょうがないか」
「…ただ、マジで似合うと思うんで、お祭り終わった後に個人的に頼めないですか?」
「レッくん!?」
結局、二人はゾンビの仮装に決めた。
自然にボロボロになったような破れや穴あき、シミなどの加工をされた服と、血色を悪く見せるメイク。そして傷やあざや腐肉にそっくりなペイントを施されると、メイクと分かっていてもなお、お互いの姿にドキッとしてしまう。
それでいて、本物のゾンビがそうであるように、行き過ぎて不快感が美しさを損ねることのないよう調整されているのだから、素人目でも舌を巻く技術だ。
二人がひたすら感心している間に、学生達全員の衣装の着付けは終わり、続いて学生全員には、様々なお菓子が詰まった、カボチャを模したカゴが与えられた。
「皆さんは食べちゃダメですよ。
死者たちにとって最大限美味しく感じられるように作られたものですから、生きている皆さんが口にしたら死にます」
案内役の教師はさらっと恐ろしい事を言い放ち、周囲がざわつく。
「…というのは嘘ですが、お腹を壊す可能性があります。
終わったら皆さん用のお菓子を配りますので、楽しみにしていてくださいね♪」
ふと見れば、上級生たちの顔は若干ニヤついていた。どうやら毎年定番になっているジョークらしい。
それから、学生達がこなすべき役目について一通りの説明が終わると、こんどは教師たちに引率され、水上に浮かび上がる。
何が始まるのかと、グレゴリー達が周囲を見回していると…
「…おおっ!」
「綺麗…!!」
この特別な日の影響なのか、普段より何倍にも大きく見える月…だが、それだけではない。
月明りに照らされた水平線に、不知火のような、青白い無数の光が現れたのだ。
炎のようにチロチロと揺らめきながら、だんだんこちらへ近づいてきている。
「あれは全て、海で命を落とした男性たちの魂です」
人間の女性の遺体であれば、魔物の魔力に侵され、魔物娘として蘇る事ができるが、男性はそうはいかない。魔物の魔力と対をなし、男性の命とも言うべき“精”を作る能力が、死によって失われてしまうからだという。
だが、女神ヘルの力に満ち溢れるこの特別な夜には、魂のみとはいえ、男性もこの世に戻ってくることができるのだ。
「『死霊魔法』を使わなければ意思の疎通はできませんが、彼らもまた、このお祭りを楽しむためにやって来た大事なお客様です。
くれぐれも、邪険に扱う事の無いようにしてくださいね」
そのような無粋者はこの学園には存在しないが、改めて、大切に接しようと学生達は思うのだった。
「それでは、今夜の次なる主役を迎えに行きましょう♪」
続いて、再び水中に潜る。
誰でも簡単に、鳥のように周囲を俯瞰できるのが、この水中学園都市のよい所のひとつだ…といいたい所だったが。
(うぅ〜……)
(AAAaaAAGhhh…)
(ひひひひ…♪)
街の門にゾロゾロと押し寄せてきているのは、死人、死人…見渡す限りの死人。
みな美女や美少女であるとはいえ、事情を知らない者から見れば、この世の終わりにしか見えないだろう。
グレゴリーとルフィアも、一瞬だけそう思ったほどだ。この大海原に眠る死人が、まさかこんなに多いとは。
だが、後から後からやって来るものの、なぜか入口から先に進む者はいない。なんらかの魔法がかかっているらしい。
死人観察はひとまず置いといて、仕事のある学生達は各自の持ち場へと向かう。
以前、もう一度大学園祭をやるかのようだと考えていた二人だったが、実際、パビリオンでの展示や出し物、模擬店などをそのままに、もう一度大学園祭をやるのだ。今度は、死者たちに学園都市を楽しんでもらうために。
各々の準備が完了したのを確認すると、魔法によって拡声された、学園長クワーティーの宣言が都市に響き渡った。
『お集まりの皆様、ようこそ新しい人生へ。あなた方を歓迎いたします。
どうぞこの夜を存分に楽しんで下さいね♪
…ということで、開場ッ!!』
そして死者たちは、学園都市に解き放たれた。
彼女達に、水中で過ごせる“加護”はかかっていないはずだが、死人だけに呼吸の必要が無いからなのか、みな元気に(?)動き回っている。
町の各所では、どこか不気味ながらも陽気で楽しい音楽が演奏され、この夜のムードを一層盛り上げはじめる。
グレゴリー達も水底に降り立ち、自由行動を開始した。
完成した街の飾りつけを目で楽しみながら、通りを進み、最初の角を曲がる。
「ぅう〜…」
すると、さっそく一人のゾンビに遭遇した。
光のない目で涎を垂らしながら、見つけた男…グレゴリーの元へ、よろよろと向かってくる。
慌てずに、教えられた通り、グレゴリーはカゴからクッキーを取り出して、ゾンビに差し出した。
「あう…?」
それを受け取ったゾンビ少女は、甘い香りに誘われるがまま、クッキーをほおばって咀嚼する。
「…!……!!…〜♪」
すると、まさに死体のごとく無表情であったゾンビ少女の顔が、目に見えて幸せそうにゆるんだ。こんな美味しいものは食べたことがないといった様子だ。
クッキー1枚なのですぐに飲み込んでしまうが、口内に残った風味の余韻さえ、いつまでも楽しんでいた。
「…ちょっとかわいいかもな。動物みたいで」
「むぅ〜、私の前で、他の女の子の事かわいいって言う?」
「おいおい、動物みたいでって言っただろ。ルフィアは…あっ」
「…うふ。ルフィアは?」
「あー……はいはい、ルフィアは女の子として可愛いよ」
「やったっ♪」
(…動物みたいでもあるけどな)
二人のイチャつきを見て興味を失くしたか、無表情に戻ったゾンビ少女は踵を返して立ち去ろうとする。
「あ、待って!私からも…はい♪」
ルフィアは呼び止めて、棒付きキャンディを差し出す。
それを受け取ったゾンビ少女は、一瞬わずかに口元をゆるませ、お辞儀のような動作をした。そしてキャンディを舐めつつ歩き去っていった。
こんな調子で街を好きに歩きながら、出会った死者にお菓子を配ってもてなすとともに、彼女達の飢えを和らげ、襲われないようにやり過ごす。それが学園都市のハロウィンにおいて、一般の学生達に与えられた仕事だ。
「理性がないって言ってたけど…そうでもなかったな。お礼までされたし」
「意外とふつうの女の子だったね?それとも、お菓子の効果なのかな?」
そのまま街を歩いてみると、二人が抱いていたアンデッドのイメージからかけ離れた光景が、いくつも見られた。
例えば各学部のパビリオンを覗けば、展示物を興味深そうに眺めるヴァンパイアに、性的な妄想を膨らませて顔を赤らめ、くねくね揺れ動くゴースト。
ゾンビでさえ、暴れるでも、関心を持たずに徘徊するでもなく、みな大人しく展示物や出し物を見ているのだ。
「本当に、普通の魔物娘と全然変わらないな。行儀いいもんじゃないか」
「…でもひょっとしたら、私達が恋人同士だからそう見えるのかもね。
もうすぐ来る一般のお客さんだったら…」
……
一時間後、アンデッド達が十分に町に散らばったところで、今度は周辺諸国から呼び込まれて来た観光客が、船や潜水ゴンドラに乗ってぞくぞく学園都市にやってきた。
『すげぇ!本当に水の中に町が…』
『珍しいお菓子売ってないかな?』
『あっ!そこのフラフラしてる君、可愛いじゃん!おーい!』
上からは、事情を知らない者達の、期待に満ちた楽しげな声が降って来る。そのほとんどは男である。
このイベントは大学園祭と同じく大々的に広告されており、しかも外からやって来た客は出店などが大幅割引となっているため、飛びつく者は多い。中には、大学園祭は都合がつかず来られなかった、十分に楽しめなかったという人もいよう。
…だが彼らは、学園関係者のように、飢えたアンデッド達の気をそらすために与えるお菓子を持っているだろうか?
当然、持っていない。それどころか、彼らが魔物娘のハロウィンについて正しく理解しているかどうかも怪しい。
つまり、彼らがひとたびアンデッドに遭遇すれば…
「…そういうところも、学園祭と同じなんだな」
「そうだね♪」
なんてことはない。誘い込まれた客たち(の男性器)の納まる先が、学園に通う水棲の魔物娘達から、アンデッド達の胎の中に替わったというだけだ。
耳をすませば、早くもそこかしこから、アンデッドに襲われたと思しき男性の悲鳴と快楽の喘ぎが上がる。中には、グレゴリー達も聞き覚えのある、未婚の男子生徒らしき悲鳴も混じっている。
言うまでもないが、アンデッド達が何より求めているのは男。未婚の男子生徒もお菓子を持たされてはいるが、アンデッドからすれば、目の前に最上の餌があるというのに、お菓子程度でごまかされるはずもない。
「ってことは実質、お菓子でやり過ごせるのはオレ達みたいなカップルだけか。
…罠じゃん、これ。 誰ともくっつかないまんまでいる男にも責任はあるけど…」
「まあ、アンデッドさん達へのおもてなしって事でいいじゃない。
それより、そろそろ校舎も見に行こうよ。
噂じゃ生物学部のカフェで、今日だけの限定ドーナツが出るんだって♪」
なんにせよ、カップルが増えるのは喜ぶべきことだ。
グレゴリー達は心の中で「お幸せに」と呟きつつ、彼らの悲鳴を無視して校舎へ向かうのだった。
二人が校舎を回り終えたころには、学園都市は、そこらじゅうでアンデッド達が見初めた男をむさぼり食らう、事情を知らない者が見れば戦慄するであろう光景に満たされていた。
「うわぁ…いくら薄暗いからって、路上であんなことまで…」
右手ではスケルトンが骨を鳴らしながら男にまたがり、しかも頭を外して男の股の間に置き、かりそめの舌で男の肛門まで責めている。
左手では、ゴーストが別の男に憑りついているのが見える。どのような妄想を流し込まれているのか、男はじたばたと悶絶している…いや、よく見たらシー・スライムが便乗し、二人で男性を犯している。半透明でゆらゆらしているという点で、何か通じ合うものがあったのだろうか。
「この盛り上がり、本当に一晩だけで終わるのかな?」
「怖いこと言うなよ…」
街を満たす興奮をさらに煽り立てるのが、各所で行われている楽団の演奏だ。
いつの間にか、音楽好きなマーメイドやセイレーンの歌も加わり、全箇所において即興の音楽祭のような様相を呈している。
さらには、歌に感極まったバンシーが楽団員を押し倒し、上にまたがりながら嬉し泣きのコーラスを始め、淫靡な盛り上がりは収拾がつかないほどだ。
「どう、楽しんでる?」
観察に夢中になっているグレゴリー達に、背後から声がかけられた。
「ん。その声は、学園ちょ……うおぉぉ!!?」
「ひいっ…き、気合い入りすぎですよぉ!?」
「アッハハハハハハ!相変わらずいいリアクションね♪」
学園長クワーティーと、後ろにいる夫もまた、二人と同じくゾンビの仮装をしている…が、その作り込みようは、他の人々のそれとは段違いだった。
古く黒ずんだ血の跡、本当に腐敗したかのようなメイク。流石に偽物のはずだが、脳や臓物まではみ出させて、ウジまで湧いている。本物のゾンビよりも衝撃的な姿だ。
「ど、どうしてそこまで…?」
「ん?ほら、どうせなら思いっきりインパクトのある見た目にした方が、本物さんも自分の姿に自信が持てるじゃない?ああ、この人よりはマシだ…ってさ」
「な、なるほど…(ウソだ…)」
「そうっスか…(絶対みんなをビビらせて楽しむためだよな…)」
学園長のイタズラ好きはよく知られているが、当の学園長が直々にスカウトしたこの二人であれば尚更だ。
「二人で見回りですか?」
「まあね〜。ちなみにこのメイク、この人がやってくれたのよ♪」
「ええ!?」
「意外な才能…」
「…それほどでもない。各地の民族文化研究のたまものだ」
「どんな民族文化だよ!?」
クワーティー女史の人柄ばかりが注目されがちだが、その夫であるアスドフ氏もまた、堅物に見えてなかなか変わった御仁である。
「ところで、聞きたかったんスけど…」
「あら、何かしら?」
「この街のハロウィンって、どうして学園祭の続きみたいな内容なんですか?」
「“大”学園祭ね?」
「え…ああ、それはスイマセンけど、なんでですか?」
「そうねぇ…
単純に時期が近いから、飾りつけとか全部変えるのは手間ってのもあるけど…
一番は、アンデッドの人達にも、この学園を知っておいてほしいからかな」
「知っておいてほしい?」
「ええ。
死んだあとは飢えも病気もないし、勉強したり働いたりは必ずしも必要ないけど、全然しないよりもした方が、ずっと人生が豊かになるもの。
死んだあとだって、自分自身の人生を豊かに彩ることができる…そういうことを、このお祭りで蘇った人たちに、心の片隅にでも留めといてほしいのよね」
「なるほど…」
「…まあ、水中はちょっとばかしハードみたいだから、大抵の子は、学ぶとしても西にある『不死者の国』の学園に行っちゃうんだけどね。
この学園ではあんまり見ないでしょ?アンデッド」
「確かに…でも水中がハードって、どういう事ですか?」
「なにせ死んでるからねぇ。
長居してると体内にガスが溜まったり、エビなんかが寄って来たり…」
「生々しい!?」
学園長の話が本当かはともかく、この夜蘇った死者の数に反して、ふだん街の中でアンデッドを見かけなかったところを見るに、水中がアンデッドに適した環境でないのは確かなようだ。
もっとも、環境が合わないだけで、種族同士は仲良くしているようだが。
「…というか、不死者の国にもあるんスね。学校」
「それがあるのよね。
貧しい生まれで本さえ読んだことなく死んじゃった子とか、昔のあんた達みたいにひどい学生生活を送った子とかがいっぱいいるわ」
「やっぱり、そういう人もいるんですね…」
「腹立たしいけど、だからこそ、あたしみたいな考えを持った人はどこにでも出てくるって所かしらね…はい、辛気臭い話は終わり!」
「あ、はい!」
「それじゃ、あたし達はこれから『移送班』の視察に行ってくるわ。
夜はまだまだこれからよ。あんた達も楽しみなさいね♪」
「はーい♪」
そして学園長夫妻は泳ぎ去っていき、グレゴリー達も街歩きを再開する。
移送班とは、生前から心に決めた相手がいるなどするアンデッド達を集めて、地上の望みの場所に送り届けてやる係だ。
生前から愛する者がいるアンデッドは、一人でいるのに男性に興味を示さず、またお菓子や出し物にもどこか上の空であるため、すぐ分かる。
「でも始まった頃はちらほら居たけど、今は全然見ないな。
相手のいなかったアンデッドはあの調子だし、もう徘徊してるのはいないかな?」
「あ、一人いるよ!ほら、ゾンビの子!」
「えっ、どこだ?」
「…えいっ♪」
「うおっ!?」
飢えたゾンビの子…正確にはゾンビの格好をしたルフィアが、グレゴリーに飛びかかり、物陰に引きずり込んでしまう。
「アンデッドのヒトたちの気持ちよさそうなとこ見てたら、興奮してきちゃった…
レッくん、いい?」
「あ…ああ。オレもそろそろしたいと思ってたとこ…」
学園都市の魔法技術がふんだんに用いられた、水の中でも流れない魔法のメイクが施されているのは、単にここが水中だからというだけではない。
こうしてメイクをそのままに、アンデッドになりきって交わるためである。
「うあぁぁ〜……レッ…くん…」
ゾンビになりきってうめき声を上げながら、ルフィアはいつもより緩慢にグレゴリーの上に覆いかぶさり、服をはだけて大きな胸を露出させる。
「レッくん……たべるぅぅ〜…」
「…!!」
ルフィア達は今はじめて気づいたが、メイクを施したのは顔とだけだったはずなのに、いつの間にか、体までもゾンビのように青ざめていた。
乳首も勃起し、固く熱くなっている感覚はあるのだが、血色がない。外見だけが、完全にゾンビになったように見える。
魔法のメイクはこれほどすごいものなのか…とルフィアは無邪気に思っていたが、グレゴリーの感想は、違った。
「っ……うぁっ…」
「…れ、レッくん…?」
全身を小刻みに震わせ、演技ではない、本当の嗚咽を漏らすグレゴリー。
なにより、先程まで勃起していたはずのペニスが萎えている……怯えている。
「…!」
その様子を見た直後、ルフィアは気付いた。
(ああ…そうか)
あの再会の夜をきっかけに消え去ったものとばかり思っていたが、グレゴリーの心の底には、いまだトラウマが残っているのだ。
本物の死体のようなルフィアの姿を見て、想像してしまったのだ。
ルフィアとの別離。彼女を永遠に失ってしまう恐怖を。
(もう大丈夫だとばっかり思ってた…ごめんね)
いつもはルフィアを守らんと強く振る舞っているグレゴリーが、こうも己の弱い姿をさらけ出すことは滅多にないことだ。
グレゴリーの生涯の伴侶として、ふと触れてしまった彼の心の傷に対し、何をすべきか。ルフィアには考えるまでもなかった。
「んっ……」
深く口づけをする。
グレゴリーの右手を取って左胸に強く押し付け、心臓の鼓動を伝える。
両腕に力を込めて抱きしめ、全身でルフィアの体温を感じさせる。
(大丈夫。私はここにいるよ。ちゃんと生きているよ)
全身全霊で、グレゴリーに自分の生を伝えてあげる。
死者の仮装をしながら、生きていることをアピールするとは妙な話だ。
(…家族や恋人に会いに行ったアンデッド達も、こうしてるのかな)
少しだけ思いを馳せる。
大切な人がいなくなってしまった悲しみは、ルフィアもまた、痛いくらいによくわかる。帰ってきてくれた時の安堵も。
だが、もはや二度と味わいたくなどない。味わわせるのも二度とごめんだ。
グレゴリーの反応は、ルフィアに一層強く、今ある生を大切にしようと思わせた。
「……ごめん。情けないとこ見せた」
しばらくして、グレゴリーはルフィアの肩を叩き、身体を離させる。
「情けなくなんてないよ、ヒトとして普通の事だもん。
むしろ…お詫びもお礼も、私の方がしたいな。
心のまだ痛い所に触ってごめんなさい。…でも、何に悩んでるか、教えてくれてありがとう」
「…ん」
交わるどころではない、しんみりとした空気が漂ってしまった。
乱れた着衣を直さないまま、二人は物陰からぼんやりと街を眺める。
地では死者と生者が互いに生を謳歌し、水面では魂たちが、どこか楽しそうに飛び回っている。中には別の死者や生者と出会い、どこかへと去ってゆく魂も。
眺めていると…ふと、こちらに近づいてくる魂があった。
「きゃっ!?」
慌てて胸を隠すルフィア。
魂だけとはいえ、グレゴリー以外の男に肌は見せたくない。
「……近所のおじさん?」
「えっ!?」
何故かグレゴリーはそう思った。
言葉は発せずとも、魂は、不安と安心が入り混じったような雰囲気を放っている。
異郷で迷子になって困っていたところで、偶然にも昔の知り合いを見かけて頼ってきた…そんな様子だ。
これが本当に近所のおじさんの魂だとしたら…
「…おばさん、待ってるよ。
この町の門近くで、移送班…船に人や魂を乗せてる人達の所に行ってみて。
今のおじさんの言葉もわかるから、オレ達の名前を出せばすぐ帰れると思う」
それを聞くと魂は、何度も頷くように揺れた後、町の門へと飛んで行った。
「ほあぁ……」
魂が見えなくなるまで見送るグレゴリーの顔を、ルフィアは呆けたような顔で見ていた。
「ん、どうしたルフィア?」
「……レッくん」
「?」
「…抱いて。今すぐ」
「えぇ?いきなりどうした?」
「いや、むしろ私が抱く!さっきみたいに…!!」
「ちょっ…!」
ほとんど突進するように、ルフィアはグレゴリーを押し倒した。
弱みを見せた直後にも関わらず、自分を頼ってきた相手に対して冷静に、優しく対処してみせたグレゴリーの姿。
それを見てしまい、ただでさえ寸前で機会を逃したために中途半端にくすぶっていたルフィアの情欲は、先程よりもはるかに激しく燃え上がった。爆発的に。
「はぁ、はぁ、ズルいよ、レッくん…
そんなカッコいい所見せられたら、私…わたし…!」
ズボンをずり下ろし、まだ硬くなっていないペニスを口に含む。
勃起していないのなら、させればよい。実に単純な話だ。
そしてこれまた単純なもので、普段よりも熱い口内と舌の刺激を受けた海綿体にはすぐ血が集まり、むくむくと大きくなっていった。
「んっ…ちゅぽっ…」
十分に勃起したのを確認すると、ルフィアは口を離し、再びグレゴリーに覆いかぶさる。
鱗を消して自らの秘裂を露出させると、既にそこからは、とめどなく溢れる愛液が水に溶けて蜃気楼のようになり、入口ははやく餌が欲しいとひくついていた。
メイクを落としたわけではなく(というか、落とし方を知らない)、いまだ肌色はゾンビのままだが、もうグレゴリーは平気だった。
目の前のオスをむさぼり尽くしたい、何人も何人も子を産みたいと、生殖欲求にギラギラ輝く目をした今のルフィアを見て、だれが死人と思うだろうか?
「はぁっ、レッくん…レッくん、いれるよっ…!!」
返答を待たず、ルフィアは腰を落として一気に剛直を咥え込む。
挿入しただけでも深い絶頂を極めてしまうが、グレゴリーを犯したいという獣欲が勝り、そのまま強引に腰を振りはじめた。
「う、あぁぁっ、んぁっ、ぉ…」
「ぐううっ…!」
最初からせいいっぱいで、まともな言葉を紡ぐ余裕などない。
うめき声を上げながら、本能だけで腰を叩きつけ、喰らいつづけるその様子は、むしろ先ほどの演技よりもゾンビらしい。
挿入して、グレゴリーもようやくその気になったか、血色はなくとも確かに温かいルフィアの身体に触れ始める。
「はぅっ、あっ、あっあっ!」
巨大な胸を、鱗に覆われた尻を揉みしだく手に、いつもより力がこもる。
ルフィアが自分から離れていかないように、しっかりと掴む。
グレゴリーがより激しく求めてくれている事実はルフィアをさらに悦ばせ、尾びれが勝手に痙攣してびちびちと地面を叩く。
もっと、もっとグレゴリーが欲しいという気持ちが先走り、ルフィアはキスのみならず、死人の色をした彼の首筋や胸板まで舐めまわしはじめた。
「……!!」
一通りの行為はこなしてきたつもりだが、ここまでルフィアが興奮…いや暴走するなど、滅多にない事だ。
慣れない所への熱い舌がもたらす快感にグレゴリーは震え、すぐさま射精へと導かれてしまう。
「んッ〜〜〜ッ!!、あぐっ、ぁっ…あうっ!」
待ち望んだ、子宮に精液が叩きつけられるとてつもない快楽によって、ルフィアの発情はますます歯止めがかからなくなってしまう。
愛しい相手の全身を味わう舌は、いつしか唇に、ほどなくして歯へと替わり、マーシャークのように、グレゴリーの肌に歯形をつけていった。
首筋、肩口、乳首にまで、痛みと紙一重の鋭い快楽を刻みつけられ、さらに精を搾り上げられるグレゴリー。
「はぁっ、ふぅっ…あがっ!」
「んぅぅぅ!?ふぅっ、ふぅぅん……」
身体の中心から力を奪われ、抵抗もできず一方的に犯されるばかりの状況が少し悔しくて、グレゴリーもまた、自分を押さえつけるルフィアのうなじや腕、こちらをめがけて揺れ動いてくる乳房の先端など、首が届く様々な箇所に歯を立てる。
そうして体じゅうに付けられた噛み跡が、お互いの涎でてらてらと光り、それがますます二人の淫欲を加速させた。
「あぉおぉ、はぉっ、はっ、んぉぉぉ…!」
「おぐっ、うっ、ぐぅっ、くふ…」
噛みつき、液を噴き出させ、腰を振り、指を食い込ませ…
わけのわからぬ声を上げながら、獣のような交尾を続ける二人。
仮にこの二人の姿を他の誰かが見たとすれば、死体がお互いを喰らい合う地獄絵図とでも捉えるだろうか。
だが実際のところ、二人は上下の口と全身への噛み跡がもたらす快楽、そして剥き出しの本能に満ち溢れ、ある意味これ以上なく“生きている”状態と言っても過言ではなかった。
それどころか今夜は、つがいを見つけた死者達もまたそのような状態にあるのだ。
死者を迎える祭りで、死者の格好をして、死者と一緒に生を謳歌する…
文章にすると奇妙な状況だが、それを否定する者や誹る者など一人もいない。
これが魔物娘のハロウィン。死者が生者の世界に帰り、生者はそれを迎え入れ、共に生を祝い、感謝する祭りなのだ。
空が白み始めた頃、祭りの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
時間を忘れて交わっていたグレゴリー達も、鐘の音を聞くとはっと我に返り、着衣を直して、隠れていた場所から出る。
その頃には、あれほど沢山いたアンデッド達は、ほとんど全員、幻のように忽然と姿を消していた。
「オレ達がしてた間に、一体なにが…」
「移送班のヒト達がやったのかな?
あんなに盛り上がってたカップル達をどうやって…ちょっと見たかったかも」
彼女達と交わっていた観光客や、グレゴリー達の学友もまた、彼女達と共にいなくなっていた。
朝の陽射しを受けて塵になったなどというのは、人間達の間で語られるアンデッド伝承の中だけの話だし、皆それぞれの故郷や、不死者の国に向かったのだろう。
彼ら彼女らが、どこかで楽しく生きているのを疑いはしないが、いつも寂しさがある祭りの後の街が、明るいというのに、今日は一層寂しく感じられた。
「…お菓子、もらいに行かないとね」
「ああ…そうだな」
……
「えっ、こんなに!?」
学園で魔法のメイクを落とし、生者に戻った学生達に、いよいよお菓子が配られる。
飴やクッキーのいくつか程度だろうという二人の予想に反して、アンデッド用に持たされたのと同じく、カゴいっぱいのお菓子がひとりひとりに与えられた。
「今年も皆さん、沢山の死者達を楽しませてあげてくれましたから。その対価です」
特別なことはしていないのに、ずいぶんと豪華なものだ…と思ったが、カゴの中を見ると、お菓子の中には、出店や模擬店の売れ残りらしきものもちらほらあった。
…ちゃっかりしている。
ともかく、全員にお菓子が行き渡ると、ようやく解散となった。
「疲れたねぇ…」
「夜通しの祭りだもんな。
幸い今日と明日は休みだし、帰ったらひと眠りしようぜ」
グレゴリーの家に帰りつくと、グレゴリーの父から、いくつか質問を受けた。
当然ながら、朝帰りになる事は二人の両親にも説明しているが、父いわく、近所のおばさんが今朝いきなり、海に飛び込んで町を出たという。
おばさんもすでに水棲の魔物娘になっていたために、海に飛び込んだことそれ自体は問題ないのだが、あまりに突然のことだったため、自警団として事件性が無いか調べていたというわけだ。
(おじさんも、ちゃんと帰れたんだな)
男性の肉体を蘇らせるには、女神ヘルの力を借りる特別な儀式が必要となる。おそらく二人は、その儀式を受けるべく、すぐさま不死者の国へ向かったのだろう。
グレゴリー達は安堵しつつ事情を説明し、朝食をとると、いつものように二人してグレゴリーの部屋に籠った。
「起きた後はどうする?」
「もらったお菓子食べながら、小さい頃みたいに夜中まで部屋遊びしよっ♪」
「太るぞ〜?」
「そのぶん運動もするから平気だもん!」
「運動って…ああ。まあ、する事になりそうだな…
というか、もしかして運動と部屋遊びって同じ意味か?」
もらったお菓子は、どれも媚薬効果や性力増強効果のある魔界の食材がふんだんに使われているものばかりだ。
普段は、グレゴリーがインキュバス化していないこともあって、一度のセックスには限界が存在したが、これだけの量のお菓子を食べながらであれば、一日中休まず交わり続けることもできるだろう。
「ゆうべもいっぱいシちゃったし、うまく行けば、赤ちゃんもできちゃうかもね。
ああ、今から楽しみ…生きててよかった♪」
「…その為にも、今は寝よう。な?」
いさめながらも、今の人生を心から楽しんでいるルフィアの姿を見ていると、グレゴリーも自然と顔がほころんでしまう。
グレゴリーもいま、生きていてよかったと思っていた。きっとアンデッド達や、家族や恋人が帰ってきた者達も、今頃そう思っていることだろう。
そして今日は、眠って起きた後、自分達には更なる“甘い生活”が約束されている。
小さな子供のように、今日がどれほど楽しい一日になるか思いを馳せながら、グレゴリーはルフィアと共にベッドに入り、目を閉じた。
学園の秋は大規模なイベントが盛り沢山で、学友たちもすっかり、次なるイベントの話と準備で持ち切りだった。
「え…もしかしてハロウィンって、“凝視座の夜”のことなのか!?」
「こんなにぎやかに準備するなんて…」
そんな中で、この二人はまたもやカルチャーショックを受けていた。
「…?そっちじゃ、どういう風に過ごしてたの?」
「そりゃあ、子供が悪霊に連れてかれないように、目立たないボロ服着て、教会に集まって、やり過ごす儀式するんだろ?オレ達も散々おどかされて…」
「あはは!悪霊なんていないいない。お化けは出るけど、ウチらと全然変わんないよ」
「お化けは出るの!?」
死んだ者は二度と帰らない。それが人間界の常識だ。
万が一、死者が現世を歩くような事があれば、それは生者を死へと引き込む魔性の存在であり、鎮め、遠ざけ、関わりを絶たなければならない…グレゴリーとルフィアはそう教えられてきた。
いまや二人は、魔物がどうやら悪いものではないらしいと知っているが、それでも、死人への恐怖や忌避感は捨てきれなかった。
「世界中の魔物がみんな魔物娘になったっていうなら、
本に出てくるゴーストとかヴァンパイアとかもそうなのは道理だけど…」
「実感わかないよな…。悪霊ってのも、なんだかんだで見た事ないし」
ただ、学友たちが誰も怖がっておらず、むしろ嬉々として準備をしているからには、おそらく本当に平和なイベントなのだろう。
町はカボチャでできた明かりやクモの巣など、やや不気味ながらも可愛らしい飾りつけにあふれ、町の人々も、一般参加の出し物や出店の準備を進めていた。
まるで、もう一度大学園祭を執り行うかのような盛り上がりようだ。
「大学園祭といえば…町中の、あの白いパビリオン。大学園祭が終わってもそのまんまだよね。
なんでだろう…お化けに展示物を見もらったりするのかな?」
「んー…顔を描いて、お化けに見立てた飾りにするとか?」
「ふふふ。それはちょっとチープじゃない?」
それからほどなくして、教師たちから新入生向けにイベントの説明が行われた。
ハロウィンの日には、死者の世界をつかさどる『生と死の女神ヘル』の力が現世にあふれ出し、未練を残した多数の死者がアンデッドとなって蘇る。
魔物娘の暮らす町では、彼女たちと同じ仮装をしたり、お菓子を配ったりして、蘇ったアンデッド達を歓迎するのが習わしなのだという。
「そしてもちろん、この学園都市も例外ではありません。
海の女神ポセイドン様とて全能ではなく、海には今も、沢山の魂が眠っています。
彼女達が、幸せな気持ちで二度目の人生を始められるように、皆さんの協力を…」
海に落ちた者はみな、海に暮らす魔物娘達の手で助けられる。あるいは人間の女性であれば、魔物娘ネレイスとなる。魔王に与した海の神ポセイドンの力が、あまねく海を満たしているおかげだという。
だが、海で命を落とす者がいなくなったわけではない。代表例が、海上での病気、海戦、あるいは海賊の襲撃などにより、海に飲み込まれる前に死する者だ。
海というのは、依然として危険が伴う場所なのだ。
港町に住むルフィア達も、航海に出たきり帰らなかった海の男を何人も知っている。
その内の一人の妻であった、グレゴリーの家の近所に住むおばさんが「どこかで別の女でも作ってんだろう。帰ったらぶっとばしてやる!」そう言って、気丈に笑っていた様子は忘れられない。
(もしかしたら、おじさんも帰ってきたりするんだろうか?)
そうであるなら…きっと素敵なことだろう。
グレゴリー達にできる事は飾りつけの準備くらいだが、お互いに顔を見合わせ、きっと祭りを成功させようと決め合った。
そして、あっという間にハロウィン当日。
日が沈み始めた頃、水中でも燃える魔法の火を使った灯篭が流された。
アンデッドは通常、光を嫌うが、暗い海の底で蘇ったばかりのアンデッドならば、この明かりを頼りに学園都市まで誘導されてくるという。
それを待つかたわら、学生達は体育館や講堂で、服飾や美術系のクラスが総出で行う仮装の着付けと、より死者らしくするためのメイクを受けるのだった。
「貴女は…マミーちゃんなんてどう?」
「…ってそれ、包帯だけじゃないですか!?恥ずかしすぎますよぉ…!!」
「オレも似合うとは思う…いや、正直見たくてたまらんけど、ほかの男に見せたくないし、この祭りの中じゃあちょっと…」
「う〜ん、そういう事ならしょうがないか」
「…ただ、マジで似合うと思うんで、お祭り終わった後に個人的に頼めないですか?」
「レッくん!?」
結局、二人はゾンビの仮装に決めた。
自然にボロボロになったような破れや穴あき、シミなどの加工をされた服と、血色を悪く見せるメイク。そして傷やあざや腐肉にそっくりなペイントを施されると、メイクと分かっていてもなお、お互いの姿にドキッとしてしまう。
それでいて、本物のゾンビがそうであるように、行き過ぎて不快感が美しさを損ねることのないよう調整されているのだから、素人目でも舌を巻く技術だ。
二人がひたすら感心している間に、学生達全員の衣装の着付けは終わり、続いて学生全員には、様々なお菓子が詰まった、カボチャを模したカゴが与えられた。
「皆さんは食べちゃダメですよ。
死者たちにとって最大限美味しく感じられるように作られたものですから、生きている皆さんが口にしたら死にます」
案内役の教師はさらっと恐ろしい事を言い放ち、周囲がざわつく。
「…というのは嘘ですが、お腹を壊す可能性があります。
終わったら皆さん用のお菓子を配りますので、楽しみにしていてくださいね♪」
ふと見れば、上級生たちの顔は若干ニヤついていた。どうやら毎年定番になっているジョークらしい。
それから、学生達がこなすべき役目について一通りの説明が終わると、こんどは教師たちに引率され、水上に浮かび上がる。
何が始まるのかと、グレゴリー達が周囲を見回していると…
「…おおっ!」
「綺麗…!!」
この特別な日の影響なのか、普段より何倍にも大きく見える月…だが、それだけではない。
月明りに照らされた水平線に、不知火のような、青白い無数の光が現れたのだ。
炎のようにチロチロと揺らめきながら、だんだんこちらへ近づいてきている。
「あれは全て、海で命を落とした男性たちの魂です」
人間の女性の遺体であれば、魔物の魔力に侵され、魔物娘として蘇る事ができるが、男性はそうはいかない。魔物の魔力と対をなし、男性の命とも言うべき“精”を作る能力が、死によって失われてしまうからだという。
だが、女神ヘルの力に満ち溢れるこの特別な夜には、魂のみとはいえ、男性もこの世に戻ってくることができるのだ。
「『死霊魔法』を使わなければ意思の疎通はできませんが、彼らもまた、このお祭りを楽しむためにやって来た大事なお客様です。
くれぐれも、邪険に扱う事の無いようにしてくださいね」
そのような無粋者はこの学園には存在しないが、改めて、大切に接しようと学生達は思うのだった。
「それでは、今夜の次なる主役を迎えに行きましょう♪」
続いて、再び水中に潜る。
誰でも簡単に、鳥のように周囲を俯瞰できるのが、この水中学園都市のよい所のひとつだ…といいたい所だったが。
(うぅ〜……)
(AAAaaAAGhhh…)
(ひひひひ…♪)
街の門にゾロゾロと押し寄せてきているのは、死人、死人…見渡す限りの死人。
みな美女や美少女であるとはいえ、事情を知らない者から見れば、この世の終わりにしか見えないだろう。
グレゴリーとルフィアも、一瞬だけそう思ったほどだ。この大海原に眠る死人が、まさかこんなに多いとは。
だが、後から後からやって来るものの、なぜか入口から先に進む者はいない。なんらかの魔法がかかっているらしい。
死人観察はひとまず置いといて、仕事のある学生達は各自の持ち場へと向かう。
以前、もう一度大学園祭をやるかのようだと考えていた二人だったが、実際、パビリオンでの展示や出し物、模擬店などをそのままに、もう一度大学園祭をやるのだ。今度は、死者たちに学園都市を楽しんでもらうために。
各々の準備が完了したのを確認すると、魔法によって拡声された、学園長クワーティーの宣言が都市に響き渡った。
『お集まりの皆様、ようこそ新しい人生へ。あなた方を歓迎いたします。
どうぞこの夜を存分に楽しんで下さいね♪
…ということで、開場ッ!!』
そして死者たちは、学園都市に解き放たれた。
彼女達に、水中で過ごせる“加護”はかかっていないはずだが、死人だけに呼吸の必要が無いからなのか、みな元気に(?)動き回っている。
町の各所では、どこか不気味ながらも陽気で楽しい音楽が演奏され、この夜のムードを一層盛り上げはじめる。
グレゴリー達も水底に降り立ち、自由行動を開始した。
完成した街の飾りつけを目で楽しみながら、通りを進み、最初の角を曲がる。
「ぅう〜…」
すると、さっそく一人のゾンビに遭遇した。
光のない目で涎を垂らしながら、見つけた男…グレゴリーの元へ、よろよろと向かってくる。
慌てずに、教えられた通り、グレゴリーはカゴからクッキーを取り出して、ゾンビに差し出した。
「あう…?」
それを受け取ったゾンビ少女は、甘い香りに誘われるがまま、クッキーをほおばって咀嚼する。
「…!……!!…〜♪」
すると、まさに死体のごとく無表情であったゾンビ少女の顔が、目に見えて幸せそうにゆるんだ。こんな美味しいものは食べたことがないといった様子だ。
クッキー1枚なのですぐに飲み込んでしまうが、口内に残った風味の余韻さえ、いつまでも楽しんでいた。
「…ちょっとかわいいかもな。動物みたいで」
「むぅ〜、私の前で、他の女の子の事かわいいって言う?」
「おいおい、動物みたいでって言っただろ。ルフィアは…あっ」
「…うふ。ルフィアは?」
「あー……はいはい、ルフィアは女の子として可愛いよ」
「やったっ♪」
(…動物みたいでもあるけどな)
二人のイチャつきを見て興味を失くしたか、無表情に戻ったゾンビ少女は踵を返して立ち去ろうとする。
「あ、待って!私からも…はい♪」
ルフィアは呼び止めて、棒付きキャンディを差し出す。
それを受け取ったゾンビ少女は、一瞬わずかに口元をゆるませ、お辞儀のような動作をした。そしてキャンディを舐めつつ歩き去っていった。
こんな調子で街を好きに歩きながら、出会った死者にお菓子を配ってもてなすとともに、彼女達の飢えを和らげ、襲われないようにやり過ごす。それが学園都市のハロウィンにおいて、一般の学生達に与えられた仕事だ。
「理性がないって言ってたけど…そうでもなかったな。お礼までされたし」
「意外とふつうの女の子だったね?それとも、お菓子の効果なのかな?」
そのまま街を歩いてみると、二人が抱いていたアンデッドのイメージからかけ離れた光景が、いくつも見られた。
例えば各学部のパビリオンを覗けば、展示物を興味深そうに眺めるヴァンパイアに、性的な妄想を膨らませて顔を赤らめ、くねくね揺れ動くゴースト。
ゾンビでさえ、暴れるでも、関心を持たずに徘徊するでもなく、みな大人しく展示物や出し物を見ているのだ。
「本当に、普通の魔物娘と全然変わらないな。行儀いいもんじゃないか」
「…でもひょっとしたら、私達が恋人同士だからそう見えるのかもね。
もうすぐ来る一般のお客さんだったら…」
……
一時間後、アンデッド達が十分に町に散らばったところで、今度は周辺諸国から呼び込まれて来た観光客が、船や潜水ゴンドラに乗ってぞくぞく学園都市にやってきた。
『すげぇ!本当に水の中に町が…』
『珍しいお菓子売ってないかな?』
『あっ!そこのフラフラしてる君、可愛いじゃん!おーい!』
上からは、事情を知らない者達の、期待に満ちた楽しげな声が降って来る。そのほとんどは男である。
このイベントは大学園祭と同じく大々的に広告されており、しかも外からやって来た客は出店などが大幅割引となっているため、飛びつく者は多い。中には、大学園祭は都合がつかず来られなかった、十分に楽しめなかったという人もいよう。
…だが彼らは、学園関係者のように、飢えたアンデッド達の気をそらすために与えるお菓子を持っているだろうか?
当然、持っていない。それどころか、彼らが魔物娘のハロウィンについて正しく理解しているかどうかも怪しい。
つまり、彼らがひとたびアンデッドに遭遇すれば…
「…そういうところも、学園祭と同じなんだな」
「そうだね♪」
なんてことはない。誘い込まれた客たち(の男性器)の納まる先が、学園に通う水棲の魔物娘達から、アンデッド達の胎の中に替わったというだけだ。
耳をすませば、早くもそこかしこから、アンデッドに襲われたと思しき男性の悲鳴と快楽の喘ぎが上がる。中には、グレゴリー達も聞き覚えのある、未婚の男子生徒らしき悲鳴も混じっている。
言うまでもないが、アンデッド達が何より求めているのは男。未婚の男子生徒もお菓子を持たされてはいるが、アンデッドからすれば、目の前に最上の餌があるというのに、お菓子程度でごまかされるはずもない。
「ってことは実質、お菓子でやり過ごせるのはオレ達みたいなカップルだけか。
…罠じゃん、これ。 誰ともくっつかないまんまでいる男にも責任はあるけど…」
「まあ、アンデッドさん達へのおもてなしって事でいいじゃない。
それより、そろそろ校舎も見に行こうよ。
噂じゃ生物学部のカフェで、今日だけの限定ドーナツが出るんだって♪」
なんにせよ、カップルが増えるのは喜ぶべきことだ。
グレゴリー達は心の中で「お幸せに」と呟きつつ、彼らの悲鳴を無視して校舎へ向かうのだった。
二人が校舎を回り終えたころには、学園都市は、そこらじゅうでアンデッド達が見初めた男をむさぼり食らう、事情を知らない者が見れば戦慄するであろう光景に満たされていた。
「うわぁ…いくら薄暗いからって、路上であんなことまで…」
右手ではスケルトンが骨を鳴らしながら男にまたがり、しかも頭を外して男の股の間に置き、かりそめの舌で男の肛門まで責めている。
左手では、ゴーストが別の男に憑りついているのが見える。どのような妄想を流し込まれているのか、男はじたばたと悶絶している…いや、よく見たらシー・スライムが便乗し、二人で男性を犯している。半透明でゆらゆらしているという点で、何か通じ合うものがあったのだろうか。
「この盛り上がり、本当に一晩だけで終わるのかな?」
「怖いこと言うなよ…」
街を満たす興奮をさらに煽り立てるのが、各所で行われている楽団の演奏だ。
いつの間にか、音楽好きなマーメイドやセイレーンの歌も加わり、全箇所において即興の音楽祭のような様相を呈している。
さらには、歌に感極まったバンシーが楽団員を押し倒し、上にまたがりながら嬉し泣きのコーラスを始め、淫靡な盛り上がりは収拾がつかないほどだ。
「どう、楽しんでる?」
観察に夢中になっているグレゴリー達に、背後から声がかけられた。
「ん。その声は、学園ちょ……うおぉぉ!!?」
「ひいっ…き、気合い入りすぎですよぉ!?」
「アッハハハハハハ!相変わらずいいリアクションね♪」
学園長クワーティーと、後ろにいる夫もまた、二人と同じくゾンビの仮装をしている…が、その作り込みようは、他の人々のそれとは段違いだった。
古く黒ずんだ血の跡、本当に腐敗したかのようなメイク。流石に偽物のはずだが、脳や臓物まではみ出させて、ウジまで湧いている。本物のゾンビよりも衝撃的な姿だ。
「ど、どうしてそこまで…?」
「ん?ほら、どうせなら思いっきりインパクトのある見た目にした方が、本物さんも自分の姿に自信が持てるじゃない?ああ、この人よりはマシだ…ってさ」
「な、なるほど…(ウソだ…)」
「そうっスか…(絶対みんなをビビらせて楽しむためだよな…)」
学園長のイタズラ好きはよく知られているが、当の学園長が直々にスカウトしたこの二人であれば尚更だ。
「二人で見回りですか?」
「まあね〜。ちなみにこのメイク、この人がやってくれたのよ♪」
「ええ!?」
「意外な才能…」
「…それほどでもない。各地の民族文化研究のたまものだ」
「どんな民族文化だよ!?」
クワーティー女史の人柄ばかりが注目されがちだが、その夫であるアスドフ氏もまた、堅物に見えてなかなか変わった御仁である。
「ところで、聞きたかったんスけど…」
「あら、何かしら?」
「この街のハロウィンって、どうして学園祭の続きみたいな内容なんですか?」
「“大”学園祭ね?」
「え…ああ、それはスイマセンけど、なんでですか?」
「そうねぇ…
単純に時期が近いから、飾りつけとか全部変えるのは手間ってのもあるけど…
一番は、アンデッドの人達にも、この学園を知っておいてほしいからかな」
「知っておいてほしい?」
「ええ。
死んだあとは飢えも病気もないし、勉強したり働いたりは必ずしも必要ないけど、全然しないよりもした方が、ずっと人生が豊かになるもの。
死んだあとだって、自分自身の人生を豊かに彩ることができる…そういうことを、このお祭りで蘇った人たちに、心の片隅にでも留めといてほしいのよね」
「なるほど…」
「…まあ、水中はちょっとばかしハードみたいだから、大抵の子は、学ぶとしても西にある『不死者の国』の学園に行っちゃうんだけどね。
この学園ではあんまり見ないでしょ?アンデッド」
「確かに…でも水中がハードって、どういう事ですか?」
「なにせ死んでるからねぇ。
長居してると体内にガスが溜まったり、エビなんかが寄って来たり…」
「生々しい!?」
学園長の話が本当かはともかく、この夜蘇った死者の数に反して、ふだん街の中でアンデッドを見かけなかったところを見るに、水中がアンデッドに適した環境でないのは確かなようだ。
もっとも、環境が合わないだけで、種族同士は仲良くしているようだが。
「…というか、不死者の国にもあるんスね。学校」
「それがあるのよね。
貧しい生まれで本さえ読んだことなく死んじゃった子とか、昔のあんた達みたいにひどい学生生活を送った子とかがいっぱいいるわ」
「やっぱり、そういう人もいるんですね…」
「腹立たしいけど、だからこそ、あたしみたいな考えを持った人はどこにでも出てくるって所かしらね…はい、辛気臭い話は終わり!」
「あ、はい!」
「それじゃ、あたし達はこれから『移送班』の視察に行ってくるわ。
夜はまだまだこれからよ。あんた達も楽しみなさいね♪」
「はーい♪」
そして学園長夫妻は泳ぎ去っていき、グレゴリー達も街歩きを再開する。
移送班とは、生前から心に決めた相手がいるなどするアンデッド達を集めて、地上の望みの場所に送り届けてやる係だ。
生前から愛する者がいるアンデッドは、一人でいるのに男性に興味を示さず、またお菓子や出し物にもどこか上の空であるため、すぐ分かる。
「でも始まった頃はちらほら居たけど、今は全然見ないな。
相手のいなかったアンデッドはあの調子だし、もう徘徊してるのはいないかな?」
「あ、一人いるよ!ほら、ゾンビの子!」
「えっ、どこだ?」
「…えいっ♪」
「うおっ!?」
飢えたゾンビの子…正確にはゾンビの格好をしたルフィアが、グレゴリーに飛びかかり、物陰に引きずり込んでしまう。
「アンデッドのヒトたちの気持ちよさそうなとこ見てたら、興奮してきちゃった…
レッくん、いい?」
「あ…ああ。オレもそろそろしたいと思ってたとこ…」
学園都市の魔法技術がふんだんに用いられた、水の中でも流れない魔法のメイクが施されているのは、単にここが水中だからというだけではない。
こうしてメイクをそのままに、アンデッドになりきって交わるためである。
「うあぁぁ〜……レッ…くん…」
ゾンビになりきってうめき声を上げながら、ルフィアはいつもより緩慢にグレゴリーの上に覆いかぶさり、服をはだけて大きな胸を露出させる。
「レッくん……たべるぅぅ〜…」
「…!!」
ルフィア達は今はじめて気づいたが、メイクを施したのは顔とだけだったはずなのに、いつの間にか、体までもゾンビのように青ざめていた。
乳首も勃起し、固く熱くなっている感覚はあるのだが、血色がない。外見だけが、完全にゾンビになったように見える。
魔法のメイクはこれほどすごいものなのか…とルフィアは無邪気に思っていたが、グレゴリーの感想は、違った。
「っ……うぁっ…」
「…れ、レッくん…?」
全身を小刻みに震わせ、演技ではない、本当の嗚咽を漏らすグレゴリー。
なにより、先程まで勃起していたはずのペニスが萎えている……怯えている。
「…!」
その様子を見た直後、ルフィアは気付いた。
(ああ…そうか)
あの再会の夜をきっかけに消え去ったものとばかり思っていたが、グレゴリーの心の底には、いまだトラウマが残っているのだ。
本物の死体のようなルフィアの姿を見て、想像してしまったのだ。
ルフィアとの別離。彼女を永遠に失ってしまう恐怖を。
(もう大丈夫だとばっかり思ってた…ごめんね)
いつもはルフィアを守らんと強く振る舞っているグレゴリーが、こうも己の弱い姿をさらけ出すことは滅多にないことだ。
グレゴリーの生涯の伴侶として、ふと触れてしまった彼の心の傷に対し、何をすべきか。ルフィアには考えるまでもなかった。
「んっ……」
深く口づけをする。
グレゴリーの右手を取って左胸に強く押し付け、心臓の鼓動を伝える。
両腕に力を込めて抱きしめ、全身でルフィアの体温を感じさせる。
(大丈夫。私はここにいるよ。ちゃんと生きているよ)
全身全霊で、グレゴリーに自分の生を伝えてあげる。
死者の仮装をしながら、生きていることをアピールするとは妙な話だ。
(…家族や恋人に会いに行ったアンデッド達も、こうしてるのかな)
少しだけ思いを馳せる。
大切な人がいなくなってしまった悲しみは、ルフィアもまた、痛いくらいによくわかる。帰ってきてくれた時の安堵も。
だが、もはや二度と味わいたくなどない。味わわせるのも二度とごめんだ。
グレゴリーの反応は、ルフィアに一層強く、今ある生を大切にしようと思わせた。
「……ごめん。情けないとこ見せた」
しばらくして、グレゴリーはルフィアの肩を叩き、身体を離させる。
「情けなくなんてないよ、ヒトとして普通の事だもん。
むしろ…お詫びもお礼も、私の方がしたいな。
心のまだ痛い所に触ってごめんなさい。…でも、何に悩んでるか、教えてくれてありがとう」
「…ん」
交わるどころではない、しんみりとした空気が漂ってしまった。
乱れた着衣を直さないまま、二人は物陰からぼんやりと街を眺める。
地では死者と生者が互いに生を謳歌し、水面では魂たちが、どこか楽しそうに飛び回っている。中には別の死者や生者と出会い、どこかへと去ってゆく魂も。
眺めていると…ふと、こちらに近づいてくる魂があった。
「きゃっ!?」
慌てて胸を隠すルフィア。
魂だけとはいえ、グレゴリー以外の男に肌は見せたくない。
「……近所のおじさん?」
「えっ!?」
何故かグレゴリーはそう思った。
言葉は発せずとも、魂は、不安と安心が入り混じったような雰囲気を放っている。
異郷で迷子になって困っていたところで、偶然にも昔の知り合いを見かけて頼ってきた…そんな様子だ。
これが本当に近所のおじさんの魂だとしたら…
「…おばさん、待ってるよ。
この町の門近くで、移送班…船に人や魂を乗せてる人達の所に行ってみて。
今のおじさんの言葉もわかるから、オレ達の名前を出せばすぐ帰れると思う」
それを聞くと魂は、何度も頷くように揺れた後、町の門へと飛んで行った。
「ほあぁ……」
魂が見えなくなるまで見送るグレゴリーの顔を、ルフィアは呆けたような顔で見ていた。
「ん、どうしたルフィア?」
「……レッくん」
「?」
「…抱いて。今すぐ」
「えぇ?いきなりどうした?」
「いや、むしろ私が抱く!さっきみたいに…!!」
「ちょっ…!」
ほとんど突進するように、ルフィアはグレゴリーを押し倒した。
弱みを見せた直後にも関わらず、自分を頼ってきた相手に対して冷静に、優しく対処してみせたグレゴリーの姿。
それを見てしまい、ただでさえ寸前で機会を逃したために中途半端にくすぶっていたルフィアの情欲は、先程よりもはるかに激しく燃え上がった。爆発的に。
「はぁ、はぁ、ズルいよ、レッくん…
そんなカッコいい所見せられたら、私…わたし…!」
ズボンをずり下ろし、まだ硬くなっていないペニスを口に含む。
勃起していないのなら、させればよい。実に単純な話だ。
そしてこれまた単純なもので、普段よりも熱い口内と舌の刺激を受けた海綿体にはすぐ血が集まり、むくむくと大きくなっていった。
「んっ…ちゅぽっ…」
十分に勃起したのを確認すると、ルフィアは口を離し、再びグレゴリーに覆いかぶさる。
鱗を消して自らの秘裂を露出させると、既にそこからは、とめどなく溢れる愛液が水に溶けて蜃気楼のようになり、入口ははやく餌が欲しいとひくついていた。
メイクを落としたわけではなく(というか、落とし方を知らない)、いまだ肌色はゾンビのままだが、もうグレゴリーは平気だった。
目の前のオスをむさぼり尽くしたい、何人も何人も子を産みたいと、生殖欲求にギラギラ輝く目をした今のルフィアを見て、だれが死人と思うだろうか?
「はぁっ、レッくん…レッくん、いれるよっ…!!」
返答を待たず、ルフィアは腰を落として一気に剛直を咥え込む。
挿入しただけでも深い絶頂を極めてしまうが、グレゴリーを犯したいという獣欲が勝り、そのまま強引に腰を振りはじめた。
「う、あぁぁっ、んぁっ、ぉ…」
「ぐううっ…!」
最初からせいいっぱいで、まともな言葉を紡ぐ余裕などない。
うめき声を上げながら、本能だけで腰を叩きつけ、喰らいつづけるその様子は、むしろ先ほどの演技よりもゾンビらしい。
挿入して、グレゴリーもようやくその気になったか、血色はなくとも確かに温かいルフィアの身体に触れ始める。
「はぅっ、あっ、あっあっ!」
巨大な胸を、鱗に覆われた尻を揉みしだく手に、いつもより力がこもる。
ルフィアが自分から離れていかないように、しっかりと掴む。
グレゴリーがより激しく求めてくれている事実はルフィアをさらに悦ばせ、尾びれが勝手に痙攣してびちびちと地面を叩く。
もっと、もっとグレゴリーが欲しいという気持ちが先走り、ルフィアはキスのみならず、死人の色をした彼の首筋や胸板まで舐めまわしはじめた。
「……!!」
一通りの行為はこなしてきたつもりだが、ここまでルフィアが興奮…いや暴走するなど、滅多にない事だ。
慣れない所への熱い舌がもたらす快感にグレゴリーは震え、すぐさま射精へと導かれてしまう。
「んッ〜〜〜ッ!!、あぐっ、ぁっ…あうっ!」
待ち望んだ、子宮に精液が叩きつけられるとてつもない快楽によって、ルフィアの発情はますます歯止めがかからなくなってしまう。
愛しい相手の全身を味わう舌は、いつしか唇に、ほどなくして歯へと替わり、マーシャークのように、グレゴリーの肌に歯形をつけていった。
首筋、肩口、乳首にまで、痛みと紙一重の鋭い快楽を刻みつけられ、さらに精を搾り上げられるグレゴリー。
「はぁっ、ふぅっ…あがっ!」
「んぅぅぅ!?ふぅっ、ふぅぅん……」
身体の中心から力を奪われ、抵抗もできず一方的に犯されるばかりの状況が少し悔しくて、グレゴリーもまた、自分を押さえつけるルフィアのうなじや腕、こちらをめがけて揺れ動いてくる乳房の先端など、首が届く様々な箇所に歯を立てる。
そうして体じゅうに付けられた噛み跡が、お互いの涎でてらてらと光り、それがますます二人の淫欲を加速させた。
「あぉおぉ、はぉっ、はっ、んぉぉぉ…!」
「おぐっ、うっ、ぐぅっ、くふ…」
噛みつき、液を噴き出させ、腰を振り、指を食い込ませ…
わけのわからぬ声を上げながら、獣のような交尾を続ける二人。
仮にこの二人の姿を他の誰かが見たとすれば、死体がお互いを喰らい合う地獄絵図とでも捉えるだろうか。
だが実際のところ、二人は上下の口と全身への噛み跡がもたらす快楽、そして剥き出しの本能に満ち溢れ、ある意味これ以上なく“生きている”状態と言っても過言ではなかった。
それどころか今夜は、つがいを見つけた死者達もまたそのような状態にあるのだ。
死者を迎える祭りで、死者の格好をして、死者と一緒に生を謳歌する…
文章にすると奇妙な状況だが、それを否定する者や誹る者など一人もいない。
これが魔物娘のハロウィン。死者が生者の世界に帰り、生者はそれを迎え入れ、共に生を祝い、感謝する祭りなのだ。
空が白み始めた頃、祭りの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
時間を忘れて交わっていたグレゴリー達も、鐘の音を聞くとはっと我に返り、着衣を直して、隠れていた場所から出る。
その頃には、あれほど沢山いたアンデッド達は、ほとんど全員、幻のように忽然と姿を消していた。
「オレ達がしてた間に、一体なにが…」
「移送班のヒト達がやったのかな?
あんなに盛り上がってたカップル達をどうやって…ちょっと見たかったかも」
彼女達と交わっていた観光客や、グレゴリー達の学友もまた、彼女達と共にいなくなっていた。
朝の陽射しを受けて塵になったなどというのは、人間達の間で語られるアンデッド伝承の中だけの話だし、皆それぞれの故郷や、不死者の国に向かったのだろう。
彼ら彼女らが、どこかで楽しく生きているのを疑いはしないが、いつも寂しさがある祭りの後の街が、明るいというのに、今日は一層寂しく感じられた。
「…お菓子、もらいに行かないとね」
「ああ…そうだな」
……
「えっ、こんなに!?」
学園で魔法のメイクを落とし、生者に戻った学生達に、いよいよお菓子が配られる。
飴やクッキーのいくつか程度だろうという二人の予想に反して、アンデッド用に持たされたのと同じく、カゴいっぱいのお菓子がひとりひとりに与えられた。
「今年も皆さん、沢山の死者達を楽しませてあげてくれましたから。その対価です」
特別なことはしていないのに、ずいぶんと豪華なものだ…と思ったが、カゴの中を見ると、お菓子の中には、出店や模擬店の売れ残りらしきものもちらほらあった。
…ちゃっかりしている。
ともかく、全員にお菓子が行き渡ると、ようやく解散となった。
「疲れたねぇ…」
「夜通しの祭りだもんな。
幸い今日と明日は休みだし、帰ったらひと眠りしようぜ」
グレゴリーの家に帰りつくと、グレゴリーの父から、いくつか質問を受けた。
当然ながら、朝帰りになる事は二人の両親にも説明しているが、父いわく、近所のおばさんが今朝いきなり、海に飛び込んで町を出たという。
おばさんもすでに水棲の魔物娘になっていたために、海に飛び込んだことそれ自体は問題ないのだが、あまりに突然のことだったため、自警団として事件性が無いか調べていたというわけだ。
(おじさんも、ちゃんと帰れたんだな)
男性の肉体を蘇らせるには、女神ヘルの力を借りる特別な儀式が必要となる。おそらく二人は、その儀式を受けるべく、すぐさま不死者の国へ向かったのだろう。
グレゴリー達は安堵しつつ事情を説明し、朝食をとると、いつものように二人してグレゴリーの部屋に籠った。
「起きた後はどうする?」
「もらったお菓子食べながら、小さい頃みたいに夜中まで部屋遊びしよっ♪」
「太るぞ〜?」
「そのぶん運動もするから平気だもん!」
「運動って…ああ。まあ、する事になりそうだな…
というか、もしかして運動と部屋遊びって同じ意味か?」
もらったお菓子は、どれも媚薬効果や性力増強効果のある魔界の食材がふんだんに使われているものばかりだ。
普段は、グレゴリーがインキュバス化していないこともあって、一度のセックスには限界が存在したが、これだけの量のお菓子を食べながらであれば、一日中休まず交わり続けることもできるだろう。
「ゆうべもいっぱいシちゃったし、うまく行けば、赤ちゃんもできちゃうかもね。
ああ、今から楽しみ…生きててよかった♪」
「…その為にも、今は寝よう。な?」
いさめながらも、今の人生を心から楽しんでいるルフィアの姿を見ていると、グレゴリーも自然と顔がほころんでしまう。
グレゴリーもいま、生きていてよかったと思っていた。きっとアンデッド達や、家族や恋人が帰ってきた者達も、今頃そう思っていることだろう。
そして今日は、眠って起きた後、自分達には更なる“甘い生活”が約束されている。
小さな子供のように、今日がどれほど楽しい一日になるか思いを馳せながら、グレゴリーはルフィアと共にベッドに入り、目を閉じた。
23/11/09 18:18更新 / K助
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