【Middle After】女体に華咲く盛りの道
『その土地の食べ物を知る事こそ、その土地を知る早道』
そういった意味の格言が、誰が広めたわけでもないのに世界の様々な国で語り伝えられている。旅する者ならおのずと知る真理、ということなのかもしれない。
食文化には、その土地の自然や歴史、住民の貧富や気質までもが反映される。
広い世界を見て回るため旅をしているグレゴリーとルフィアにとっても『食』は特に重要な資料であり、二人は、新たな土地を訪れた際には、まず食べ物屋を回ることに決めていた。
…というのは建前である。
そうした気持ちも無いわけではないが、本当はただ美味しいものを二人で楽しみたいだけだ。ゆえに興味を惹かれれば、異邦の料理を出す店にも行く。
なんといってもこの旅は、探求のための旅である以前に、すこし長めの新婚旅行なのだから。
「今日はどうしよっか?」
「そうだな…なるべく、サッパリしたもん…魚料理とか探そう。
この国、親魔物で豊かなのはいいんだけど、料理はどれも甘ったるかったり脂っこいものばっかりだし、何日もいたら太っちまうよ」
「確かに。魔界の食材もいっぱいだし、夜がスゴイのはいいけど…これじゃあ精がつくどころか脂肪もついちゃうよね。
でもレッくん、魚だからってサッパリしてるとは限らないよ?」
「まあ、その時はその時さ。とにかく肉以外で行こう。
こってりしてなければ、もうこの際食べ物じゃなくたっていい」
「ど、どういう事!?」
幸い、二人が滞在しているこの街はとても大きく、立派な港も存在する。魚料理にもありつけるだろう。
少し歩いてそこまで向かうと、昔から嗅ぎなれた潮と魚の匂い、そして立ち並ぶ料理店からの香りが漂ってきて、二人の食欲を刺激する。
「いろんな国の料理屋さんがあるね。さすが貿易港!」
「後で市場にも寄ってみるか?いい本があるかも。ついでに、あの写し見の鏡も…」
「レッくん、この前からずっと気にしてるよね、それ…」
「だって、最近のは映ったものをその場で紙に写せるらしいじゃん?かさばらないし、旅の思い出作りも捗るって!」
「でも当然、私も映すんでしょ?映った私、見るの恥ずかしいんだけどなぁ」
「恥ずかしいことなんてないって!絶対可愛いから!な!?」
豊かな親魔物の国は総じて治安もよく、こうして他愛のない話をしながら無防備に歩くこともできる。
これが独身男性となればまた違ってくるが、彼らのような旅する夫婦が気兼ねなく『旅行を楽しむ観光客夫婦』でいられる場所は、時に苦しくもある放浪の旅における安らぎなのである。
「…お店はここらへんで終わりかな?この先はみんな倉庫とかみたいだよ」
「よし、じゃあさっきの店で決まり…ん?」
グレゴリーは、目立たない場所にひっそりと佇む店を見つけた。
近づいて看板を読む。
「『完全個室制 カップル同伴専用
本場ジパング仕込み……盛り料理専門店 オザシキ・ミルメル』…なんだこれ?」
恐らく料理店なのだろうが、看板の中央部分がかすれており、肝心のどういう料理なのかがわからない。
「…入ってみる?」
「でも、こういう所にある店だぞ?看板もボロいし、そこはかとなく悪い予感が…」
「う〜ん…」
二人はしばらく悩むも、「ジパング仕込みの料理ならサッパリしてるはず」というルフィアの意見が決め手となり、最終的に店の戸をくぐった。
「ごめんくださーい…」
店内は意外と綺麗で、控えめなジパング風の内装がよい雰囲気だった。
…が。
「ウ、ウフフフフ、ヒフ、フヒフヒ…
いらっしゃい…久しぶりのお客さんだわぁ…」
カウンターの中から、なんとも陰気な雰囲気をたたえた女性が現れた。
全身に纏う海藻から、フロウケルプであることは一目でわかるが…それにしても、小奇麗な店内には合わない不審なオーラを発している。
「あー、その…ここ、何の料理の店なんスか?」
「え…?看板に書いてなかった…?」
「実はそこだけかすれてて、うまく読めなくて…」
「あら、そうなの?そのうち直さないと…ま、いいわ。
このお店はね…ジパングが生んだ文化『女体盛り』の専門店よぉ。ウフ、フフ…」
「…にょ、女体…盛り…?」
「そう、女体盛り。つまり…盛るのよ。
女の子のカラダに、美味しくて綺麗な料理を…ね?」
「え…ええー?」
女性の身体に料理を盛り付けるなど、二人は聞いた事がなかった。
この時点で二人は実際にジパングに行った事はあるが、それでも、である。
「そしてアタシは、女体盛りの極みを目指す女体盛り職人にして、この店の店主…
看板にもあるけど、名前は『ミルメル』。よろしくね…フフフヒ…」
「女体盛り…職人…!?」
新しい言葉、新しい世界に触れるのは大歓迎のはずであった二人も、少し困惑する。
この世はまだまだ広い…と感心するには、いささかインパクトが強かった。
「知らないで入って来たなら…まったくもっていいチャンスね。
最高の女体盛り体験を味わわせてあげるわよぉ…」
「あ、あの、オレ達は普通に食事をしに…」
「そうでしょうとも。安心して、最高のを食べさせてあげる。
どれどれ、今日の『器』は……ん?」
ルフィアの姿をはっきり見た直後、店主はねっとりと全方向から、嘗め回すように眺めだした。
「ん、んんっ…!?」
「えっと…?」
「………貴女!!」
「は、はいッ!!?」
突然、大きな声とともに両肩を掴まれる。
「いい…すごくイイ……貴女、すごくイイわ…!
貴女、見たところマーメイドよね!?人化の術を使ってても、同じ魔物娘だからはっきり分かるわ。人魚なら大歓迎よ!
それに貴女のカラダ…毎晩たっぷり愛されてる証のツヤツヤ肌、はにかむ表情が最高に似合いそうな童顔気味の顔立ち、それと対照的な爆裂サイズの胸ッ!!
どれをとっても、これまで出会ってきた中で最高級の『器』よ…!」
「えっ…えっ?」
大声に委縮する中さらにかけられた言葉に、喜ぶべきか恥じらうべきか、はたまた勝手に体を品定めされて怒るべきなのかわからず、ルフィアの困惑はさらに加速する。
「そう、そう、その顔!!こんなに素晴らしい逸材が、探さずともアタシの前に現れるなんて…なんてイイ日なの!
是非アタシに盛らせて。いや、盛らせなくてはならない!これは運命よ!あんたはアタシに盛られるために生まれてきたに違いないわ!!」
「そ、そんな運命嫌です!?」
興奮のために店主の声はどんどん汚くなってゆき、ほとんど叫ぶように褒められる。
店主の目は爛々と輝きながらも、ぼんやりと恍惚とした色もあり、まるで危険な薬でトリップしているかのようだ。
「そんなこと言わないで、ねえお願い〜!
料金なんて3…いや、2割引でいいからぁ…」
「必死さの割にセコいなオイ!?」
悪い人ではないのだろうが…正直二人は、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「そ、それに…その、食べ物で遊ぶのは、私はちょっと…」
「……なんですって?」
(あ、ヤバい…)
逆鱗に触れたか、店主の表情が一転して険しくなる。
聞いた限り、ともすれば食べ物を粗末にしているようにも見える行為であり、故郷で一番の飲食店の娘であったルフィアとしては、つい批判的な感情を持ってしまう。
どこまでも優しい性根を持ち、旅をする上での処世術も心得ているが、それでも矜持として譲れないものもあるのだ。
「気を悪くされたらごめんなさい…でも…」
「いや…まあ、いいのよ。そういう事言われたのは初めてじゃないし…」
「ごめんなさい…」
心底、相手に悪いと思っているが、同時に嘘もつけない。難儀なものである。
「…でも、これだけは言わせて。アタシは食べ物で遊んでるんじゃあない。
女体盛りはアートなのよ!食べられる芸術品なの…!
美しい飴細工やケーキのデコレーション、宮廷料理の飾りつけと同じこと。すぐに無くなってしまう儚いもの…でもそこにこそ、いずれ散ってしまう花びらのような美があるの。確かに、女体盛りはジパングの金持ちの娯楽、お座敷遊びとして生まれた、その背景を否定するつもりはないわ。けれど芸術史上、明に暗に性愛を表現した作品は常に生まれ続けてきたじゃない?特にアタシ達魔物娘は性や遊びこそ本能の一部といっても過言ではないし、今は珍奇に見える女体盛り文化も魔界の広がりとともに今後ますます発展していくことをアタシは確信しているの。その担い手、パイオニアとして文化を創り出すっていう気持ちに浮かれることも時にはあるけどアタシは英雄でもなんでもないただ一人のアーティストとして己の内から生まれたインスピレーションを表現しているだけであることを忘れてはいけないし…」
早口でまくし立ててくる。一度火が入ると止まらない性質であるようだ。
「そしてアタシの目指す表現の当面のグランドデザインとは、視覚効果によって倍増された味覚のマリアージュを以て捕食者としての魔物娘という存在へのアンチテーゼを内包しつつも男女の肉体によるコミュニケーションがより高度な段階へアセンションしてほしいという願いの表現であって、その過程としてリポジトリムリズムの否定は避けられないとしてもモーニングシリアル派との折衝のためにバナナを練り込む必要が…」
「うわぁ…何言ってるか全然わからん…」
グレゴリーは圧倒されるばかりであったが、ルフィアはというと…
「…うう…ごめんなさい。本当にごめんなさい…!」
泣いていた。
「なんで!?」
「女体盛りがそんな深い芸術だったなんて…自分の偏見が恥ずかしいです!」
「よしよし、いいのよ。分かってくれて嬉しいわ。フヒ…♪」
「お、おーい。ルフィア、ルフィアさーん?正気に戻れー?」
涙ぐむルフィアを優しく抱きしめる店主。
美しい和解のはずだが、どういうわけかグレゴリーは、ルフィアが言葉巧みに乗せられているように感じられた。
「それじゃあ…盛らせてくれるかしら?」
「はいッ!私なんかでよければ、芸術界発展のために是非とも…!」
「ありがとう♪でも、芸術界のためなんて気負わなくてもいいのよ。
何より大切なのは、貴女の大切な人を満足させ…」
(ぐきゅるるる…)
そこでルフィアの腹の虫が、大きな鳴き声を上げた。
「…その前に、貴女の満足ね。まかない出してあげるわよ?」
「あぅ…お願いします…」
出されたまかないを食べ終えた後グレゴリーと別れ、店内にある風呂場で身を清めたルフィアは、裸のまま『作業場』という札のかかった部屋に通された。
「身体、ちゃんと隅々まで洗った?」
「は、はい…」
ルフィアは緊張に加え、若干の不安も覚えつつあたりを見回す。少し時間が開いたために、冷静さを取り戻したのかもしれない。
室内で真っ先に目につくのは、その中央にある、人ひとりが寝そべる事のできる大きさの木製の舟。個室まで運ぶためか、底には車輪が取り付けられている。
舟は、釘を使わず木材だけで構成された、ジパングの伝統ある様式で作られており、上に盛り付けるものがメインとはいえ、舟そのものも十分に美しく見えた。
「それじゃあ、さっそく盛り付けを始めるわ。その舟に仰向けになって寝て。
あ、もちろん人化の術は解いてね?」
「はい…」
言われるまま舟の上に寝て、両足を魚に戻す。
舟の中には柔らかく香りのよい葉っぱがベッドのように敷き詰められており、硬い木材で身体を痛めないようにしてある。
グレゴリー以外に裸を見せるのは慣れないが、器となる者への細かな配慮が感じられ、ルフィアは少し安心した。
「うんうん。こうして見ると、ますます綺麗な身体じゃない♪…あれ?」
「?…どうしたんですか?」
店主の視線は、ルフィアの胸の頂に注がれる。
「…貴女、陥没乳首じゃないの?」
「ち、違いますよ!?」
「う〜ん、乳首陥没してそうな顔だと思ったのになぁ。
アタシの目利きもまだまだね…」
「『乳首陥没してそうな顔』って何ですか!?」
先程の安心はすぐに吹き飛んだ。
「ところで、あの…ここでどうやって料理したんですか?」
見回してみると、この部屋には調理台はあっても、鍋窯などといった調理器具はほとんど置いていない。せいぜい包丁とまな板くらいだ。
代わりに置いてあるのは、花や笹の葉、鏡や化粧品、筆などの、飾りつけに使うらしきもの。キッチンというよりは、芸術家のアトリエのように見える空間だった。
先程のまかないはここで作られたのではないのか?
「あ…そういえば説明してなかったわね。
アタシはデザインと盛り付け担当で、料理を作るのはアタシの旦那よ」
「え…えっ、まさか!?」
「おっと、そんなに身構えないで。大丈夫、旦那に見せたりはしないから。
アタシだって嫌だもの。旦那以外の男の人に裸を見られるなんて…」
「そ、そうですか…よかった…」
「貴女が体洗ってる間に、旦那に必要な料理はざっと伝えてるの。それを隣の調理場で作って、アタシが盛るわけよ。
ほら、もうすぐあそこの小窓から出てくるわ…」
直後、調理台の奥に開いた小窓からスッと手が出て、台の上に皿を乗せる。
皿の上には、様々な形に切られた野菜が乗っていた。
「本当だ…」
「流石はアタシの旦那。いつもながら早くていい仕事だわぁ。フフヒヒ…
さてと。盛り付ける前に、ちょっと準備しないとね…」
ミルメルは木箱から、握りこぶし大の、青く透き通った四角い塊を取り出す。
そして、ルフィアの脇腹あたりにそれを置いた。
「ひゃッ!?冷たい…なんですかこれ、氷…?」
「惜しい。正しくは、氷の魔石よ。
氷だと体温で融けてビチャビチャになるし、温まる一方だからね。
この魔石で貴女を冷やし続けて、体温で食材の鮮度が落ちないようにするわけよ」
よく見ると、石の中には光るルーンが刻まれている。
ルフィアの体表の魔力を吸収し、冷気を出す仕組みになっているようだ。
観察しているうちに、石は反対側の脇腹と、下半身の魚体の下にも置かれ、煙のような白い冷気がルフィアの体温を下げていく。
「…ちょ…ちょっと、寒い、です…」
「ガマンガマン。水棲の魔物娘は冬の海でも薄着で暮らせるようにできてるんだから。
こうやってしっかり冷やせる所も、人魚が器として理想的な理由ってわけ。他の種族じゃこうはいかないわ」
「なるほど…」
話している内に、実際、だんだんと寒さに慣れてきた。こういう時は人間でない体の便利さを感じる。
「んじゃ、盛っていくわよぉ…ウヒヒ♪」
「お、お手柔らかに…」
いよいよ店主は皿と箸を手にし、作業に取り掛かった。
「ほい、ほい、ほいっ…」
ルフィアのお腹の上に、リズミカルに野菜が乗せられていく。
その手つきは軽やかながらも優しく繊細で、迷いがない。
「あの…ずいぶん早いんですね?もっと考えながら置くものかと…」
「女体盛りはアートだけど、食べ物でもあるもの。時間をかけたらそれだけ鮮度が落ちるし、お客さんも待たせちゃうでしょ?
どんな『器』にも素早く、美しく盛り付けられるように、アタシも旦那も、何年もかけて練習してきたのよ」
「練習?」
「ええ、アタシの身体を使ってね♪
フロウケルプは体の乾き具合で体型を変えられるから、自分の身体に実際に盛って、どんな体型にはどう盛るのが美しいのか研究してきたの。
アタシの海藻を並べて、人間にない部位を再現したりもしてね」
「へぇ〜…」
「そうして、人魚に獣人に触手に…あらゆる種族、あらゆる体型での基本の盛り付けパターンを作り上げて、旦那と一緒に頭に叩き込んだわ。
あとは、実際に来たお客さんをじっくり見て、妄想…もとい、インスピレーションに従ってアレンジしていくだけってわけ」
語りながらも、盛り付けのペースは全く衰えない。洗練された手さばきは、彼女の言葉に何よりの説得力を持たせていた。
彼女は…ミルメルは、間違いなく『職人』なのだ。
職人として、本気で『女体盛り』という芸術を追求しているのだ。
彼女と女体盛りに対して抱いていた偏見を、改めてルフィアは反省した。
「さて…そろそろ生ものが出てくるわね。
こっからはもう最速で行くわよ!完成までおしゃべりは無しだからね?」
「は…はいッ!」
ミルメルの表情が、真剣そのものの、職人の顔に変わる。作業場に入る前の陰気で不審な姿とは別人のようだ。
それを見てルフィアも、真剣に彼女に身を委ねることを決意した。
畳敷きの個室に通されたグレゴリーは、依然として不安な気持ちのまま待っていた。
あの店主は本当に大丈夫なのか、ルフィアは妙な事をされていないだろうか…と。
こっそり個室を出て覗いてみようか…そんなことをも考え始めた頃に、閉じたふすまの奥から声がかけられた。
「お、おまたせしました…」
ルフィアの声だ。
直後にふすまが開き、ミルメルが押す舟に乗って、ルフィアが運ばれてくる。
その姿に…グレゴリーは息を呑んだ。
「私…マーメイドのルフィアを器とした、季節の魚介七種の女体盛りでございます。
目と…舌で、心ゆくまでご堪能ください…」
顔を真っ赤に染めながらも、笑顔で、教えられたらしき口上を述べるルフィア。
その首から下は、宝石のような魚の刺身をはじめとした数々の料理と、瑞々しい花や葉により、白い肌から蒼い魚の尾まで彩られている。
最大の魅力である巨大な乳房は、特に繊細に、かつ、若干の淫靡さも含ませるように飾りつけられており、まるで両胸に大輪の花が咲いたようだ。
芸術には詳しくないグレゴリーでも十二分にわかる。これは、美しいと。
「ウフヒ…ごゆっくり♪」
グレゴリーの様子を見てミルメルは満足げな笑みを浮かべ、退出した。
その後もグレゴリーは、ルフィアの姿を目に焼き付けるように眺め続ける。
あまりに食い入るように見つめられるので、ルフィアは激しい羞恥とわずかな興奮が体まで巡り、下げられた体温が再び上がり始めているのを感じた。
「ぬ…ぬるくならない内に、お召し上がり、ください…」
はっと我に返るグレゴリー。これは自分に供された料理なのだ。
ひとつ深呼吸して箸を取り、『器』に向き合う。
この見事な美しさを崩してしまうのは躊躇われたが、意を決して、まずはそのお腹に盛られている白身魚の刺身めがけて箸を伸ばした。
「んっ…」
箸を通して伝わる、ルフィアの柔肌の感触。
触れていたくなるのをこらえて刺身をつまみ上げ、醤油をつけて口へ。
「旨い…」
グレゴリーの欲しかった、さっぱりとした上品な味わいが舌に広がる。
一切れだけでも、外見だけの半端な料理ではないことがわかった。
それからは、次の刺身、次の料理へと、ごく自然に箸が伸びてゆく。
美しい料理が口の中へ消えていくと、代わりに少しずつ、ルフィアの裸体があらわになっていく。
服を脱がせるのとはまた違った趣があり、食欲と同時に性欲が頭をもたげてきた。
対するルフィアはというと。
「ぁっ……ふっ……」
愛する夫に全身を眺められ、すでに身体は火照り始めて敏感になってしまっていた。
赤子のように滑らかで繊細な肌を、硬い箸先で無遠慮につつかれる…
普通なら痛みと感じてもおかしくないその感触はしかし、夫の手によるものというだけでピリピリとした快感へと変換され、抑えきれない喘ぎを漏らしてしまう。
快感に思考はぼやけてゆき、いつしか自身に貼り付けられている魚の身が、まるで自身の一部であるかのような錯覚を覚えはじめた。
(あぁ…食べられてる……わたし、レッくんに、たべられてる………)
魚の身が少しずつ剥がされ、淡々と口へ運ばれていく様子は、自分自身が食材として解体され食べられているようで、ぞくぞくとしたマゾヒスティックな興奮がにわかに沸き上がる。
グレゴリーも同じく、料理を食べているのか、ルフィアを食べているのかわからない、そんな感覚を味わっていた。
美しく盛り付けられた食材には魔界産のものも少なくない量含まれており、体内からグレゴリーの理性をゆっくりと蕩かしてゆく。
箸が当たるたびに身体は小さく震え、透き通ったヒレがひくひくと痙攣するように揺れ動く。魚の活け造りのようだ。
そんな様子に、グレゴリーはさらに、目の前の相手への食欲と嗜虐心を強める。
いよいよ彼は、敢えてまったく手を付けなかった両の乳房に盛られた料理へと箸を向けた。彼は好物は後に取っておくタイプであった。
硬い箸が、最も柔らかで美しい部位の端に、そっと沈み込む。
「はぅ……ッ!!」
さんざん焦らされ敏感になった身体の最大の性感帯へ、ついに刺激が与えられ、ルフィアは一際鋭い嬌声を上げた。
それを聞いたグレゴリーはわずかに残った理性をかなぐり捨て、大好きな乳房を欲望のおもむくままに食べてゆくことに決めた。
「あっ…いっ、いうっ…!」
乳房だけ、片方だけでも完結しているように見える見事な芸術に、欲しいまま箸を入れ、剥がし取り、突き崩し、そして口に入れて咀嚼してゆく。
儚く美しいものを容赦なく蹂躙する、背徳的な快感。
さらにルフィアは、箸が当たった部分によって違ったトーンの声を上げるので、まるで盛られた食材が、食べられる喜びに歌声を上げているかのようだ。
立派な乳房に咲いた宝石の花弁が虫食い穴だらけになってゆき、穴からは玉の肌が覗く。やがてその頂点…硬く勃起しきった乳首が料理の下から飛び出すと、グレゴリーは箸を持つ手に思いきり力を込めて、そこをつまんで捻り上げた。
ぎゅりぃぃぃっ…!!
「いぎっ…く、ふぅぅぅぅ〜…ッ!!!」
乳首が千切れてしまいそうな、あまりに強い刺激。
だがそれは、興奮を極めた魔物娘の淫らな肉体にとって快楽でしかなく。
ついにルフィアは乳首の刺激のみで絶頂を迎え、全身を大きく跳ね上がらせた。
「…はっ、はあっ…はーっ…」
びくびくと悩ましげに体を震わすルフィアに、ただ見入る。
激しい興奮により、もはやグレゴリーの喉はカラカラに乾いていた。
それを察したか、ルフィアはかぶりを振って、絶頂の余韻から早々に立ち直ると、ふたたび客であるグレゴリーへの案内を行う。
「…失礼、いたしました。気をやってしまいました。
このあたりで、お飲み物はいかがでしょうか?」
グレゴリーも思わず、かしこまって返す。
「…それじゃあ、お願いします」
「かしこまりました。
当店の女体盛り料理の醍醐味『花わかめ酒』をご用意いたします…♪」
そう言うと、ルフィアは自らの手で、股間に飾られていた大きな花を退ける。
糸を引きながら取り除かれた花の下…鼠径部と太腿で描かれた三角形の窪みには、すでにルフィアの蜜がこんこんと湧き出していた。
「こちらに…お注ぎいたします」
舟の目立たない所にしまわれていた徳利を取り出す。氷の魔石の冷気により、よく冷えていた。
徳利の中の酒を、ルフィアが自らの手でそっと注ぐと、透き通った酒は、やや白濁した愛液と混じりあい、甘い香りを発し始める。
「どうぞ…口をつけて、ご賞味ください」
グレゴリーはいてもたってもいられず、ルフィアの股間に口をつけ、音を立てて獣のように啜った。
「はぁぁっ…!」
ジパング産の強い酒、毎日のように味わっているルフィアの甘い蜜、飾られていた花の香りが一体となり、実に素晴らしい風味をグレゴリーの舌にもたらす。
同時に、その風味は麻薬のように脳を侵し、もう一口、あと一口と促し、やがてそこに酒が無くなってもお構いなしにルフィアの股間を舐めしゃぶらせた。
「んっ、あっ、だ、ダメだよぉ…。まだ、おかわりは、ある、からぁ…!」
それを聞いてどうにか、グレゴリーは股間から離れるも、鼻息は犬のように荒く、すぐにでもまたむしゃぶりつきそうだ。
ルフィアが慌てて徳利を傾けるが、そのせいで狙いがぶれ、酒を白い腹の上にこぼしてしまった。
「あ…!」
危ないかも、と思った直後、グレゴリーはルフィアの腹めがけて襲いかかる。
こぼれた酒を瞬く間に舐めとるが、それだけでは到底足らぬとばかりにルフィアの全身を舐めまわす。ルフィアの上に残った料理までも、そのまま口で直に貪りだした。
「れ、レッくん!?ちょっと、それは…はぁううッ♪」
もはやそれ以上の制止は不可能だった。
あらゆる所に口をつけられ、料理など乗っていない唇や頬にもむしゃぶりつく。
両胸は特に執拗に、料理が無くなってもなお荒々しく舐めしゃぶられ、乳首を吸い上げられ、ごく軽くながらもあちこちに歯を立てられる。本当にルフィアを食べてしまおうとしているかのようだ。
それでもルフィアは、せめて器として最後までもてなそうと、健気に自分の身体で酌をする。股間だけでなく、グレゴリーの大好きな胸の谷間でも。その行為がさらに相手を欲情させ、さらに激しく責められるとしても。
いつしか全身の料理が食べつくされ、最後に股間に注がれた酒も啜りつくされ…
とどめに一口、秘所を力強く吸い上げられたところで、ルフィアは二度目の絶頂を迎えたのだった。
「はぁっ…はぁっ……」
「ふーっ…ふーっ…ふぅー……」
とにもかくにも、食事は終わり、お互いに荒く息をつく。
「…ありがとうございました」
「…ごちそうさまでした」
空腹は満たされ、次第にグレゴリーの理性も戻ってきたものの、これでもかとばかりに薪をくべられ燃え盛る魔物娘とインキュバスの情欲の炎は消えるものではない。
グレゴリーのズボンの下では、もはや生半可なことでは収まらぬとばかりにモノが脈打ち、それを察したルフィアも、二度も激しく絶頂させられてなお沸き上がる欲望に涎が止まらない。
そこへ、予想通りというように、ふすまの奥からミルメルの声がかかる。
「言い忘れたけど、当然この店も『ご休憩』OKよぉ。
魔法できれいにできるし、いろいろ汚しちゃってもいいから…」
ミルメルの言葉を聞いた瞬間、グレゴリーはズボンを下ろし、爆発寸前の赤黒い強直を解き放つ。
ルフィアも、自分の乱れた姿で猛り狂う愛する夫を見て、もはやそれ以外のものは目に入らくなってしまった。
「それではお二人様、ごゆっくり…フヒヒ♪」
それから二人は、美しい舟も畳も体液と性臭で汚しつくすほど激しく、欲望のままに互いを貪りあったのだった。
ようやく二人が満足したころには、既に月が高く昇っていた。
店の窓からは、酒場や娼館、あるいは露店などの夜の店が本格的に営業を始め、昼間とはまた違った活気にあふれる様子が見える。
「ウフフヒ…最高だったでしょう?女体盛り…」
「…はい…」
「すごかった、です…」
認めるのは妙に悔しかったが、確かに素晴らしい体験だった。
「こっちも最高の仕事ができたわ。ありがとう…♪
それじゃ、お代なんだけど…こんな感じね」
「どれどれ……なッ!!?」
「うわっ、こんなに!?」
領収書に記されているのは、普段の食事代の10倍近い金額だった。
「何よぉ。約束通り2割引きよ?」
「いや、その、予想外に高くて…」
「払えないわけじゃあないんですけど…」
食べていた時は考えもしなかったが、旬の魚をふんだんに使い、店主の技術料に舟などの清掃代も足せば、確かにこれくらいにはなるだろう。
女体盛りは元は金持ちの遊びであり、芸術作品でもある…つまり、高級なのだ。
「ま、こっちの条件を呑んでくれれば、タダにしてあげてもいいわよぉ?」
「じょ…条件?」
「ほら、アレを見て…」
ミルメルはカウンターの奥の掲示板を指差す。
そこに沢山貼り付けられていたのは、ルフィアと同じように美しい料理を盛り付けられた様々な魔物娘達。その姿を、全くそのまま写し取ったような紙だった。
鏡に映した光景を記憶させることができる魔法道具…『写し見の鏡』の産物だ。
「今まで作った作品は、アタシの趣味…もとい、今後の参考にするために、全部残させてもらってるの。勿論ルフィアさん、貴女のもね…♪」
「えっ、い、いつの間に…?
……あッ!?そういえばあの、作業場の鏡…!」
「そういうこと♪
で、お客さんからOKが出たものは、宣伝のためにああして貼ってるわけよ。
今回のは特に会心の出来だったから、あの掲示板のど真ん中に大きく貼らせてくれれば、特別にタダにしてあげても…」
「「払います」」
ミルメルには脅すつもりなどないのだろうが、二人にとってはいわば人質を取られたに等しい。拒否する気は元々ないが、払わないわけにはいかなかった。
「毎度ありぃ…♪ルフィアさん、いつかまた盛らせてね♪」
「あ、はは…。また、ご縁があればお願いします…」
思わぬ手痛い出費となってしまったが…二人とも、素晴らしい料理と珍しい体験に満足したのは確かであり、料金の支払いにも納得はできた。
一期一会の長い旅の途中、一度くらいはこんな事があってもよいだろう。
…そう思っていた、その数年後。
「あら?もしかして…ルフィアさん?久しぶりねぇ。フフヒヒ…♪」
「み、ミルメルさん!?」
「えぇー…」
故郷に帰った二人は『オザシキ・ミルメル2号店』が新たに町に建っているのを発見してしまうのだが…それはまた、別の話。
そういった意味の格言が、誰が広めたわけでもないのに世界の様々な国で語り伝えられている。旅する者ならおのずと知る真理、ということなのかもしれない。
食文化には、その土地の自然や歴史、住民の貧富や気質までもが反映される。
広い世界を見て回るため旅をしているグレゴリーとルフィアにとっても『食』は特に重要な資料であり、二人は、新たな土地を訪れた際には、まず食べ物屋を回ることに決めていた。
…というのは建前である。
そうした気持ちも無いわけではないが、本当はただ美味しいものを二人で楽しみたいだけだ。ゆえに興味を惹かれれば、異邦の料理を出す店にも行く。
なんといってもこの旅は、探求のための旅である以前に、すこし長めの新婚旅行なのだから。
「今日はどうしよっか?」
「そうだな…なるべく、サッパリしたもん…魚料理とか探そう。
この国、親魔物で豊かなのはいいんだけど、料理はどれも甘ったるかったり脂っこいものばっかりだし、何日もいたら太っちまうよ」
「確かに。魔界の食材もいっぱいだし、夜がスゴイのはいいけど…これじゃあ精がつくどころか脂肪もついちゃうよね。
でもレッくん、魚だからってサッパリしてるとは限らないよ?」
「まあ、その時はその時さ。とにかく肉以外で行こう。
こってりしてなければ、もうこの際食べ物じゃなくたっていい」
「ど、どういう事!?」
幸い、二人が滞在しているこの街はとても大きく、立派な港も存在する。魚料理にもありつけるだろう。
少し歩いてそこまで向かうと、昔から嗅ぎなれた潮と魚の匂い、そして立ち並ぶ料理店からの香りが漂ってきて、二人の食欲を刺激する。
「いろんな国の料理屋さんがあるね。さすが貿易港!」
「後で市場にも寄ってみるか?いい本があるかも。ついでに、あの写し見の鏡も…」
「レッくん、この前からずっと気にしてるよね、それ…」
「だって、最近のは映ったものをその場で紙に写せるらしいじゃん?かさばらないし、旅の思い出作りも捗るって!」
「でも当然、私も映すんでしょ?映った私、見るの恥ずかしいんだけどなぁ」
「恥ずかしいことなんてないって!絶対可愛いから!な!?」
豊かな親魔物の国は総じて治安もよく、こうして他愛のない話をしながら無防備に歩くこともできる。
これが独身男性となればまた違ってくるが、彼らのような旅する夫婦が気兼ねなく『旅行を楽しむ観光客夫婦』でいられる場所は、時に苦しくもある放浪の旅における安らぎなのである。
「…お店はここらへんで終わりかな?この先はみんな倉庫とかみたいだよ」
「よし、じゃあさっきの店で決まり…ん?」
グレゴリーは、目立たない場所にひっそりと佇む店を見つけた。
近づいて看板を読む。
「『完全個室制 カップル同伴専用
本場ジパング仕込み……盛り料理専門店 オザシキ・ミルメル』…なんだこれ?」
恐らく料理店なのだろうが、看板の中央部分がかすれており、肝心のどういう料理なのかがわからない。
「…入ってみる?」
「でも、こういう所にある店だぞ?看板もボロいし、そこはかとなく悪い予感が…」
「う〜ん…」
二人はしばらく悩むも、「ジパング仕込みの料理ならサッパリしてるはず」というルフィアの意見が決め手となり、最終的に店の戸をくぐった。
「ごめんくださーい…」
店内は意外と綺麗で、控えめなジパング風の内装がよい雰囲気だった。
…が。
「ウ、ウフフフフ、ヒフ、フヒフヒ…
いらっしゃい…久しぶりのお客さんだわぁ…」
カウンターの中から、なんとも陰気な雰囲気をたたえた女性が現れた。
全身に纏う海藻から、フロウケルプであることは一目でわかるが…それにしても、小奇麗な店内には合わない不審なオーラを発している。
「あー、その…ここ、何の料理の店なんスか?」
「え…?看板に書いてなかった…?」
「実はそこだけかすれてて、うまく読めなくて…」
「あら、そうなの?そのうち直さないと…ま、いいわ。
このお店はね…ジパングが生んだ文化『女体盛り』の専門店よぉ。ウフ、フフ…」
「…にょ、女体…盛り…?」
「そう、女体盛り。つまり…盛るのよ。
女の子のカラダに、美味しくて綺麗な料理を…ね?」
「え…ええー?」
女性の身体に料理を盛り付けるなど、二人は聞いた事がなかった。
この時点で二人は実際にジパングに行った事はあるが、それでも、である。
「そしてアタシは、女体盛りの極みを目指す女体盛り職人にして、この店の店主…
看板にもあるけど、名前は『ミルメル』。よろしくね…フフフヒ…」
「女体盛り…職人…!?」
新しい言葉、新しい世界に触れるのは大歓迎のはずであった二人も、少し困惑する。
この世はまだまだ広い…と感心するには、いささかインパクトが強かった。
「知らないで入って来たなら…まったくもっていいチャンスね。
最高の女体盛り体験を味わわせてあげるわよぉ…」
「あ、あの、オレ達は普通に食事をしに…」
「そうでしょうとも。安心して、最高のを食べさせてあげる。
どれどれ、今日の『器』は……ん?」
ルフィアの姿をはっきり見た直後、店主はねっとりと全方向から、嘗め回すように眺めだした。
「ん、んんっ…!?」
「えっと…?」
「………貴女!!」
「は、はいッ!!?」
突然、大きな声とともに両肩を掴まれる。
「いい…すごくイイ……貴女、すごくイイわ…!
貴女、見たところマーメイドよね!?人化の術を使ってても、同じ魔物娘だからはっきり分かるわ。人魚なら大歓迎よ!
それに貴女のカラダ…毎晩たっぷり愛されてる証のツヤツヤ肌、はにかむ表情が最高に似合いそうな童顔気味の顔立ち、それと対照的な爆裂サイズの胸ッ!!
どれをとっても、これまで出会ってきた中で最高級の『器』よ…!」
「えっ…えっ?」
大声に委縮する中さらにかけられた言葉に、喜ぶべきか恥じらうべきか、はたまた勝手に体を品定めされて怒るべきなのかわからず、ルフィアの困惑はさらに加速する。
「そう、そう、その顔!!こんなに素晴らしい逸材が、探さずともアタシの前に現れるなんて…なんてイイ日なの!
是非アタシに盛らせて。いや、盛らせなくてはならない!これは運命よ!あんたはアタシに盛られるために生まれてきたに違いないわ!!」
「そ、そんな運命嫌です!?」
興奮のために店主の声はどんどん汚くなってゆき、ほとんど叫ぶように褒められる。
店主の目は爛々と輝きながらも、ぼんやりと恍惚とした色もあり、まるで危険な薬でトリップしているかのようだ。
「そんなこと言わないで、ねえお願い〜!
料金なんて3…いや、2割引でいいからぁ…」
「必死さの割にセコいなオイ!?」
悪い人ではないのだろうが…正直二人は、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「そ、それに…その、食べ物で遊ぶのは、私はちょっと…」
「……なんですって?」
(あ、ヤバい…)
逆鱗に触れたか、店主の表情が一転して険しくなる。
聞いた限り、ともすれば食べ物を粗末にしているようにも見える行為であり、故郷で一番の飲食店の娘であったルフィアとしては、つい批判的な感情を持ってしまう。
どこまでも優しい性根を持ち、旅をする上での処世術も心得ているが、それでも矜持として譲れないものもあるのだ。
「気を悪くされたらごめんなさい…でも…」
「いや…まあ、いいのよ。そういう事言われたのは初めてじゃないし…」
「ごめんなさい…」
心底、相手に悪いと思っているが、同時に嘘もつけない。難儀なものである。
「…でも、これだけは言わせて。アタシは食べ物で遊んでるんじゃあない。
女体盛りはアートなのよ!食べられる芸術品なの…!
美しい飴細工やケーキのデコレーション、宮廷料理の飾りつけと同じこと。すぐに無くなってしまう儚いもの…でもそこにこそ、いずれ散ってしまう花びらのような美があるの。確かに、女体盛りはジパングの金持ちの娯楽、お座敷遊びとして生まれた、その背景を否定するつもりはないわ。けれど芸術史上、明に暗に性愛を表現した作品は常に生まれ続けてきたじゃない?特にアタシ達魔物娘は性や遊びこそ本能の一部といっても過言ではないし、今は珍奇に見える女体盛り文化も魔界の広がりとともに今後ますます発展していくことをアタシは確信しているの。その担い手、パイオニアとして文化を創り出すっていう気持ちに浮かれることも時にはあるけどアタシは英雄でもなんでもないただ一人のアーティストとして己の内から生まれたインスピレーションを表現しているだけであることを忘れてはいけないし…」
早口でまくし立ててくる。一度火が入ると止まらない性質であるようだ。
「そしてアタシの目指す表現の当面のグランドデザインとは、視覚効果によって倍増された味覚のマリアージュを以て捕食者としての魔物娘という存在へのアンチテーゼを内包しつつも男女の肉体によるコミュニケーションがより高度な段階へアセンションしてほしいという願いの表現であって、その過程としてリポジトリムリズムの否定は避けられないとしてもモーニングシリアル派との折衝のためにバナナを練り込む必要が…」
「うわぁ…何言ってるか全然わからん…」
グレゴリーは圧倒されるばかりであったが、ルフィアはというと…
「…うう…ごめんなさい。本当にごめんなさい…!」
泣いていた。
「なんで!?」
「女体盛りがそんな深い芸術だったなんて…自分の偏見が恥ずかしいです!」
「よしよし、いいのよ。分かってくれて嬉しいわ。フヒ…♪」
「お、おーい。ルフィア、ルフィアさーん?正気に戻れー?」
涙ぐむルフィアを優しく抱きしめる店主。
美しい和解のはずだが、どういうわけかグレゴリーは、ルフィアが言葉巧みに乗せられているように感じられた。
「それじゃあ…盛らせてくれるかしら?」
「はいッ!私なんかでよければ、芸術界発展のために是非とも…!」
「ありがとう♪でも、芸術界のためなんて気負わなくてもいいのよ。
何より大切なのは、貴女の大切な人を満足させ…」
(ぐきゅるるる…)
そこでルフィアの腹の虫が、大きな鳴き声を上げた。
「…その前に、貴女の満足ね。まかない出してあげるわよ?」
「あぅ…お願いします…」
出されたまかないを食べ終えた後グレゴリーと別れ、店内にある風呂場で身を清めたルフィアは、裸のまま『作業場』という札のかかった部屋に通された。
「身体、ちゃんと隅々まで洗った?」
「は、はい…」
ルフィアは緊張に加え、若干の不安も覚えつつあたりを見回す。少し時間が開いたために、冷静さを取り戻したのかもしれない。
室内で真っ先に目につくのは、その中央にある、人ひとりが寝そべる事のできる大きさの木製の舟。個室まで運ぶためか、底には車輪が取り付けられている。
舟は、釘を使わず木材だけで構成された、ジパングの伝統ある様式で作られており、上に盛り付けるものがメインとはいえ、舟そのものも十分に美しく見えた。
「それじゃあ、さっそく盛り付けを始めるわ。その舟に仰向けになって寝て。
あ、もちろん人化の術は解いてね?」
「はい…」
言われるまま舟の上に寝て、両足を魚に戻す。
舟の中には柔らかく香りのよい葉っぱがベッドのように敷き詰められており、硬い木材で身体を痛めないようにしてある。
グレゴリー以外に裸を見せるのは慣れないが、器となる者への細かな配慮が感じられ、ルフィアは少し安心した。
「うんうん。こうして見ると、ますます綺麗な身体じゃない♪…あれ?」
「?…どうしたんですか?」
店主の視線は、ルフィアの胸の頂に注がれる。
「…貴女、陥没乳首じゃないの?」
「ち、違いますよ!?」
「う〜ん、乳首陥没してそうな顔だと思ったのになぁ。
アタシの目利きもまだまだね…」
「『乳首陥没してそうな顔』って何ですか!?」
先程の安心はすぐに吹き飛んだ。
「ところで、あの…ここでどうやって料理したんですか?」
見回してみると、この部屋には調理台はあっても、鍋窯などといった調理器具はほとんど置いていない。せいぜい包丁とまな板くらいだ。
代わりに置いてあるのは、花や笹の葉、鏡や化粧品、筆などの、飾りつけに使うらしきもの。キッチンというよりは、芸術家のアトリエのように見える空間だった。
先程のまかないはここで作られたのではないのか?
「あ…そういえば説明してなかったわね。
アタシはデザインと盛り付け担当で、料理を作るのはアタシの旦那よ」
「え…えっ、まさか!?」
「おっと、そんなに身構えないで。大丈夫、旦那に見せたりはしないから。
アタシだって嫌だもの。旦那以外の男の人に裸を見られるなんて…」
「そ、そうですか…よかった…」
「貴女が体洗ってる間に、旦那に必要な料理はざっと伝えてるの。それを隣の調理場で作って、アタシが盛るわけよ。
ほら、もうすぐあそこの小窓から出てくるわ…」
直後、調理台の奥に開いた小窓からスッと手が出て、台の上に皿を乗せる。
皿の上には、様々な形に切られた野菜が乗っていた。
「本当だ…」
「流石はアタシの旦那。いつもながら早くていい仕事だわぁ。フフヒヒ…
さてと。盛り付ける前に、ちょっと準備しないとね…」
ミルメルは木箱から、握りこぶし大の、青く透き通った四角い塊を取り出す。
そして、ルフィアの脇腹あたりにそれを置いた。
「ひゃッ!?冷たい…なんですかこれ、氷…?」
「惜しい。正しくは、氷の魔石よ。
氷だと体温で融けてビチャビチャになるし、温まる一方だからね。
この魔石で貴女を冷やし続けて、体温で食材の鮮度が落ちないようにするわけよ」
よく見ると、石の中には光るルーンが刻まれている。
ルフィアの体表の魔力を吸収し、冷気を出す仕組みになっているようだ。
観察しているうちに、石は反対側の脇腹と、下半身の魚体の下にも置かれ、煙のような白い冷気がルフィアの体温を下げていく。
「…ちょ…ちょっと、寒い、です…」
「ガマンガマン。水棲の魔物娘は冬の海でも薄着で暮らせるようにできてるんだから。
こうやってしっかり冷やせる所も、人魚が器として理想的な理由ってわけ。他の種族じゃこうはいかないわ」
「なるほど…」
話している内に、実際、だんだんと寒さに慣れてきた。こういう時は人間でない体の便利さを感じる。
「んじゃ、盛っていくわよぉ…ウヒヒ♪」
「お、お手柔らかに…」
いよいよ店主は皿と箸を手にし、作業に取り掛かった。
「ほい、ほい、ほいっ…」
ルフィアのお腹の上に、リズミカルに野菜が乗せられていく。
その手つきは軽やかながらも優しく繊細で、迷いがない。
「あの…ずいぶん早いんですね?もっと考えながら置くものかと…」
「女体盛りはアートだけど、食べ物でもあるもの。時間をかけたらそれだけ鮮度が落ちるし、お客さんも待たせちゃうでしょ?
どんな『器』にも素早く、美しく盛り付けられるように、アタシも旦那も、何年もかけて練習してきたのよ」
「練習?」
「ええ、アタシの身体を使ってね♪
フロウケルプは体の乾き具合で体型を変えられるから、自分の身体に実際に盛って、どんな体型にはどう盛るのが美しいのか研究してきたの。
アタシの海藻を並べて、人間にない部位を再現したりもしてね」
「へぇ〜…」
「そうして、人魚に獣人に触手に…あらゆる種族、あらゆる体型での基本の盛り付けパターンを作り上げて、旦那と一緒に頭に叩き込んだわ。
あとは、実際に来たお客さんをじっくり見て、妄想…もとい、インスピレーションに従ってアレンジしていくだけってわけ」
語りながらも、盛り付けのペースは全く衰えない。洗練された手さばきは、彼女の言葉に何よりの説得力を持たせていた。
彼女は…ミルメルは、間違いなく『職人』なのだ。
職人として、本気で『女体盛り』という芸術を追求しているのだ。
彼女と女体盛りに対して抱いていた偏見を、改めてルフィアは反省した。
「さて…そろそろ生ものが出てくるわね。
こっからはもう最速で行くわよ!完成までおしゃべりは無しだからね?」
「は…はいッ!」
ミルメルの表情が、真剣そのものの、職人の顔に変わる。作業場に入る前の陰気で不審な姿とは別人のようだ。
それを見てルフィアも、真剣に彼女に身を委ねることを決意した。
畳敷きの個室に通されたグレゴリーは、依然として不安な気持ちのまま待っていた。
あの店主は本当に大丈夫なのか、ルフィアは妙な事をされていないだろうか…と。
こっそり個室を出て覗いてみようか…そんなことをも考え始めた頃に、閉じたふすまの奥から声がかけられた。
「お、おまたせしました…」
ルフィアの声だ。
直後にふすまが開き、ミルメルが押す舟に乗って、ルフィアが運ばれてくる。
その姿に…グレゴリーは息を呑んだ。
「私…マーメイドのルフィアを器とした、季節の魚介七種の女体盛りでございます。
目と…舌で、心ゆくまでご堪能ください…」
顔を真っ赤に染めながらも、笑顔で、教えられたらしき口上を述べるルフィア。
その首から下は、宝石のような魚の刺身をはじめとした数々の料理と、瑞々しい花や葉により、白い肌から蒼い魚の尾まで彩られている。
最大の魅力である巨大な乳房は、特に繊細に、かつ、若干の淫靡さも含ませるように飾りつけられており、まるで両胸に大輪の花が咲いたようだ。
芸術には詳しくないグレゴリーでも十二分にわかる。これは、美しいと。
「ウフヒ…ごゆっくり♪」
グレゴリーの様子を見てミルメルは満足げな笑みを浮かべ、退出した。
その後もグレゴリーは、ルフィアの姿を目に焼き付けるように眺め続ける。
あまりに食い入るように見つめられるので、ルフィアは激しい羞恥とわずかな興奮が体まで巡り、下げられた体温が再び上がり始めているのを感じた。
「ぬ…ぬるくならない内に、お召し上がり、ください…」
はっと我に返るグレゴリー。これは自分に供された料理なのだ。
ひとつ深呼吸して箸を取り、『器』に向き合う。
この見事な美しさを崩してしまうのは躊躇われたが、意を決して、まずはそのお腹に盛られている白身魚の刺身めがけて箸を伸ばした。
「んっ…」
箸を通して伝わる、ルフィアの柔肌の感触。
触れていたくなるのをこらえて刺身をつまみ上げ、醤油をつけて口へ。
「旨い…」
グレゴリーの欲しかった、さっぱりとした上品な味わいが舌に広がる。
一切れだけでも、外見だけの半端な料理ではないことがわかった。
それからは、次の刺身、次の料理へと、ごく自然に箸が伸びてゆく。
美しい料理が口の中へ消えていくと、代わりに少しずつ、ルフィアの裸体があらわになっていく。
服を脱がせるのとはまた違った趣があり、食欲と同時に性欲が頭をもたげてきた。
対するルフィアはというと。
「ぁっ……ふっ……」
愛する夫に全身を眺められ、すでに身体は火照り始めて敏感になってしまっていた。
赤子のように滑らかで繊細な肌を、硬い箸先で無遠慮につつかれる…
普通なら痛みと感じてもおかしくないその感触はしかし、夫の手によるものというだけでピリピリとした快感へと変換され、抑えきれない喘ぎを漏らしてしまう。
快感に思考はぼやけてゆき、いつしか自身に貼り付けられている魚の身が、まるで自身の一部であるかのような錯覚を覚えはじめた。
(あぁ…食べられてる……わたし、レッくんに、たべられてる………)
魚の身が少しずつ剥がされ、淡々と口へ運ばれていく様子は、自分自身が食材として解体され食べられているようで、ぞくぞくとしたマゾヒスティックな興奮がにわかに沸き上がる。
グレゴリーも同じく、料理を食べているのか、ルフィアを食べているのかわからない、そんな感覚を味わっていた。
美しく盛り付けられた食材には魔界産のものも少なくない量含まれており、体内からグレゴリーの理性をゆっくりと蕩かしてゆく。
箸が当たるたびに身体は小さく震え、透き通ったヒレがひくひくと痙攣するように揺れ動く。魚の活け造りのようだ。
そんな様子に、グレゴリーはさらに、目の前の相手への食欲と嗜虐心を強める。
いよいよ彼は、敢えてまったく手を付けなかった両の乳房に盛られた料理へと箸を向けた。彼は好物は後に取っておくタイプであった。
硬い箸が、最も柔らかで美しい部位の端に、そっと沈み込む。
「はぅ……ッ!!」
さんざん焦らされ敏感になった身体の最大の性感帯へ、ついに刺激が与えられ、ルフィアは一際鋭い嬌声を上げた。
それを聞いたグレゴリーはわずかに残った理性をかなぐり捨て、大好きな乳房を欲望のおもむくままに食べてゆくことに決めた。
「あっ…いっ、いうっ…!」
乳房だけ、片方だけでも完結しているように見える見事な芸術に、欲しいまま箸を入れ、剥がし取り、突き崩し、そして口に入れて咀嚼してゆく。
儚く美しいものを容赦なく蹂躙する、背徳的な快感。
さらにルフィアは、箸が当たった部分によって違ったトーンの声を上げるので、まるで盛られた食材が、食べられる喜びに歌声を上げているかのようだ。
立派な乳房に咲いた宝石の花弁が虫食い穴だらけになってゆき、穴からは玉の肌が覗く。やがてその頂点…硬く勃起しきった乳首が料理の下から飛び出すと、グレゴリーは箸を持つ手に思いきり力を込めて、そこをつまんで捻り上げた。
ぎゅりぃぃぃっ…!!
「いぎっ…く、ふぅぅぅぅ〜…ッ!!!」
乳首が千切れてしまいそうな、あまりに強い刺激。
だがそれは、興奮を極めた魔物娘の淫らな肉体にとって快楽でしかなく。
ついにルフィアは乳首の刺激のみで絶頂を迎え、全身を大きく跳ね上がらせた。
「…はっ、はあっ…はーっ…」
びくびくと悩ましげに体を震わすルフィアに、ただ見入る。
激しい興奮により、もはやグレゴリーの喉はカラカラに乾いていた。
それを察したか、ルフィアはかぶりを振って、絶頂の余韻から早々に立ち直ると、ふたたび客であるグレゴリーへの案内を行う。
「…失礼、いたしました。気をやってしまいました。
このあたりで、お飲み物はいかがでしょうか?」
グレゴリーも思わず、かしこまって返す。
「…それじゃあ、お願いします」
「かしこまりました。
当店の女体盛り料理の醍醐味『花わかめ酒』をご用意いたします…♪」
そう言うと、ルフィアは自らの手で、股間に飾られていた大きな花を退ける。
糸を引きながら取り除かれた花の下…鼠径部と太腿で描かれた三角形の窪みには、すでにルフィアの蜜がこんこんと湧き出していた。
「こちらに…お注ぎいたします」
舟の目立たない所にしまわれていた徳利を取り出す。氷の魔石の冷気により、よく冷えていた。
徳利の中の酒を、ルフィアが自らの手でそっと注ぐと、透き通った酒は、やや白濁した愛液と混じりあい、甘い香りを発し始める。
「どうぞ…口をつけて、ご賞味ください」
グレゴリーはいてもたってもいられず、ルフィアの股間に口をつけ、音を立てて獣のように啜った。
「はぁぁっ…!」
ジパング産の強い酒、毎日のように味わっているルフィアの甘い蜜、飾られていた花の香りが一体となり、実に素晴らしい風味をグレゴリーの舌にもたらす。
同時に、その風味は麻薬のように脳を侵し、もう一口、あと一口と促し、やがてそこに酒が無くなってもお構いなしにルフィアの股間を舐めしゃぶらせた。
「んっ、あっ、だ、ダメだよぉ…。まだ、おかわりは、ある、からぁ…!」
それを聞いてどうにか、グレゴリーは股間から離れるも、鼻息は犬のように荒く、すぐにでもまたむしゃぶりつきそうだ。
ルフィアが慌てて徳利を傾けるが、そのせいで狙いがぶれ、酒を白い腹の上にこぼしてしまった。
「あ…!」
危ないかも、と思った直後、グレゴリーはルフィアの腹めがけて襲いかかる。
こぼれた酒を瞬く間に舐めとるが、それだけでは到底足らぬとばかりにルフィアの全身を舐めまわす。ルフィアの上に残った料理までも、そのまま口で直に貪りだした。
「れ、レッくん!?ちょっと、それは…はぁううッ♪」
もはやそれ以上の制止は不可能だった。
あらゆる所に口をつけられ、料理など乗っていない唇や頬にもむしゃぶりつく。
両胸は特に執拗に、料理が無くなってもなお荒々しく舐めしゃぶられ、乳首を吸い上げられ、ごく軽くながらもあちこちに歯を立てられる。本当にルフィアを食べてしまおうとしているかのようだ。
それでもルフィアは、せめて器として最後までもてなそうと、健気に自分の身体で酌をする。股間だけでなく、グレゴリーの大好きな胸の谷間でも。その行為がさらに相手を欲情させ、さらに激しく責められるとしても。
いつしか全身の料理が食べつくされ、最後に股間に注がれた酒も啜りつくされ…
とどめに一口、秘所を力強く吸い上げられたところで、ルフィアは二度目の絶頂を迎えたのだった。
「はぁっ…はぁっ……」
「ふーっ…ふーっ…ふぅー……」
とにもかくにも、食事は終わり、お互いに荒く息をつく。
「…ありがとうございました」
「…ごちそうさまでした」
空腹は満たされ、次第にグレゴリーの理性も戻ってきたものの、これでもかとばかりに薪をくべられ燃え盛る魔物娘とインキュバスの情欲の炎は消えるものではない。
グレゴリーのズボンの下では、もはや生半可なことでは収まらぬとばかりにモノが脈打ち、それを察したルフィアも、二度も激しく絶頂させられてなお沸き上がる欲望に涎が止まらない。
そこへ、予想通りというように、ふすまの奥からミルメルの声がかかる。
「言い忘れたけど、当然この店も『ご休憩』OKよぉ。
魔法できれいにできるし、いろいろ汚しちゃってもいいから…」
ミルメルの言葉を聞いた瞬間、グレゴリーはズボンを下ろし、爆発寸前の赤黒い強直を解き放つ。
ルフィアも、自分の乱れた姿で猛り狂う愛する夫を見て、もはやそれ以外のものは目に入らくなってしまった。
「それではお二人様、ごゆっくり…フヒヒ♪」
それから二人は、美しい舟も畳も体液と性臭で汚しつくすほど激しく、欲望のままに互いを貪りあったのだった。
ようやく二人が満足したころには、既に月が高く昇っていた。
店の窓からは、酒場や娼館、あるいは露店などの夜の店が本格的に営業を始め、昼間とはまた違った活気にあふれる様子が見える。
「ウフフヒ…最高だったでしょう?女体盛り…」
「…はい…」
「すごかった、です…」
認めるのは妙に悔しかったが、確かに素晴らしい体験だった。
「こっちも最高の仕事ができたわ。ありがとう…♪
それじゃ、お代なんだけど…こんな感じね」
「どれどれ……なッ!!?」
「うわっ、こんなに!?」
領収書に記されているのは、普段の食事代の10倍近い金額だった。
「何よぉ。約束通り2割引きよ?」
「いや、その、予想外に高くて…」
「払えないわけじゃあないんですけど…」
食べていた時は考えもしなかったが、旬の魚をふんだんに使い、店主の技術料に舟などの清掃代も足せば、確かにこれくらいにはなるだろう。
女体盛りは元は金持ちの遊びであり、芸術作品でもある…つまり、高級なのだ。
「ま、こっちの条件を呑んでくれれば、タダにしてあげてもいいわよぉ?」
「じょ…条件?」
「ほら、アレを見て…」
ミルメルはカウンターの奥の掲示板を指差す。
そこに沢山貼り付けられていたのは、ルフィアと同じように美しい料理を盛り付けられた様々な魔物娘達。その姿を、全くそのまま写し取ったような紙だった。
鏡に映した光景を記憶させることができる魔法道具…『写し見の鏡』の産物だ。
「今まで作った作品は、アタシの趣味…もとい、今後の参考にするために、全部残させてもらってるの。勿論ルフィアさん、貴女のもね…♪」
「えっ、い、いつの間に…?
……あッ!?そういえばあの、作業場の鏡…!」
「そういうこと♪
で、お客さんからOKが出たものは、宣伝のためにああして貼ってるわけよ。
今回のは特に会心の出来だったから、あの掲示板のど真ん中に大きく貼らせてくれれば、特別にタダにしてあげても…」
「「払います」」
ミルメルには脅すつもりなどないのだろうが、二人にとってはいわば人質を取られたに等しい。拒否する気は元々ないが、払わないわけにはいかなかった。
「毎度ありぃ…♪ルフィアさん、いつかまた盛らせてね♪」
「あ、はは…。また、ご縁があればお願いします…」
思わぬ手痛い出費となってしまったが…二人とも、素晴らしい料理と珍しい体験に満足したのは確かであり、料金の支払いにも納得はできた。
一期一会の長い旅の途中、一度くらいはこんな事があってもよいだろう。
…そう思っていた、その数年後。
「あら?もしかして…ルフィアさん?久しぶりねぇ。フフヒヒ…♪」
「み、ミルメルさん!?」
「えぇー…」
故郷に帰った二人は『オザシキ・ミルメル2号店』が新たに町に建っているのを発見してしまうのだが…それはまた、別の話。
20/08/18 23:01更新 / K助
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