第二章
「・・・すまねぇな、カッコよくキメたつもりが、追い出されるハメになるとは・・・」
宿の一室で、マルギットがニコラに言った。
教会前の一件が、すぐ近く、この宿の主人にも見られていたらしい。
当たり前といえば当たり前だったが。
それで、くすぶる火種を囲っておくわけにはいかないと、宿代免除と引き換えに追い出されることになってしまった。
「ちっとばかし歩くことになるが、大丈夫か?」
ベッドに座っていたニコラに声をかける。
鼻血は既に止まり、簡単だが腫れた頬には湿布を充てておいた。
その不格好な顔を、小さく縦に振り、言った。
「だ、だいじょう、ぶ。えと、あの・・・」
「・・・あぁ、そういや言ってなかったか。アタシはマルギットだ」
「う、うん。えっと・・・マルちゃん?」
ずっこけた。
たぶん体格差で下の年齢に見られたのだろう。
「その呼び方はやめろ!アタシはこれでもにじゅ・・・
いや、お前より遥かに年上なんだよ!」
三十路突破カウントダウンの事実を伝えるのは避けておいた。
「あ、ご、ごめん、えっと・・・マル、姉ちゃん」
「・・・もういいよ、それで」
大きなため息をつき、ニコラに訊いた。
「今更だが・・・良かったのか?アタシに付いてきて」
「うん、その・・・まもって、くれたから」
もじもじとしながら、言うニコラ。
「・・・何があったんだ?」
「うん、お母さんが、魔物になっちゃって・・・お父さんも・・・
毎日、その、あの、して・・・そしたら、教団の人が・・・」
たどたどしく、細切れの糸のような言葉。
要領を得ないが、しばらく彼が、人間不信になっていたのだけは判った。
長い間、誰かと話さないと言葉を忘れると言う。
これもそうなのか、だとしたら、誰にも心を開かず、ずっと過していたのか。
それを考えただけでも、怒りが再燃しそうだった。
「教会のお祓いは、縛り付けられて、ね、ずっと・・・」
「いや、もう、いい」
荷物整理をしていた手を止め、ベッドによじ上る。
やっと目線の高さになったニコラの頭を、少し背伸びしながら撫でてやる。
「もう大丈夫だ。アタシらの集落には、お前をいじめるヤツはいないよ」
「・・・う」
ニコラの眼の端に、水滴が溜まる。
流れ落ちるまで、時間はかからなかった。
ニコラの大きな頭を、小さな腕で抱え込み。
マルギットは、溢れ出る雫を胸で受け止めてやった。
ニコラのための生活用品をいくつか買いそろえ、昼食を取り、夜用の保存食やランプを買ったところで、街を出た。
宿が使えなくなった今、どうしても野宿は避けられないと悟っての準備だった。
「いきなり野宿旅になっちまったな・・・ほんと、すまない」
「ううん、大丈夫」
買ったばかりの着替えなどを詰めたリュックを背負い、ニコラが言った。
「ね、行こう」
「あ、あぁ」
積極的な態度を初めて見せ、ニコラが笑った、気がした。
街道を半分ほど過ぎた辺りで、辺りはすっかり暗くなり、月明かりだけがうすぼんやりと、道を照らしていた。
「あの木の陰でいいか。もう休もう」
「・・・うん」
青息吐息といった感じで、消え入りそうな返事を聞いた。
ドワーフの体力ならば夜通し歩き続けても平気なのだが、やはり普通の人間にはきついものだったらしい。
無茶させすぎたな、と反省する反面。
それでも、一言も音を上げなかったのは、なかなか見上げた根性ではないか。
それには、感心していた。
ランプに火を入れ、周囲から乾いた枝を集める。
それを組み、火を点ける。
ぱちぱちと小さく爆ぜる音を聞きながら、干し肉や干しぶどうとお茶の、簡素な夕食を摂った。
毛布は持ち歩きに不便だったので、先ほど買った着替え数枚を重ね着することで、毛布代わりとした。
「マル姉ちゃん・・・だぼだぼだね」
マルギットの着たニコラの上着は、袖に手が完全に隠れ、ロングスカートさながらの長さが余っていた。
「・・・ちっ、明日も早いからさっさと寝るぞ!」
なんとか腕まくりをして、順に燃えて長持ちするよう、火のそばに枝を組んだ。
ニコラは既に横になり、たき火を挟む形でマルギットと向かい合った。
「マル姉ちゃん・・・ありがとう。連れて来て、くれて」
「へっ、今更か」
横になりながら、マルギットが言う。
「えっ、あ、ごめん」
「いいさ。次からは、その場で言うこと。ドワーフはそんな気長じゃないのさ」
「うん、わかった」
「ん。じゃあ、明日も早いからさっさと寝よう」
「うん。おやすみ」
「おう、おやすみ」
たき火に背を向けるニコラを確認し、自身も星空を見上げるマルギット。
これでよかったのだろうか。
その考えが過る。
その場の勢いであんな事をしてしまったが、本当は、ニコラの人生を決めてしまったのは、自分ではないのか。
選択肢を与えるつもりで、強引に連れ出したのは自分ではないのか。
それは彼にとっての幸運となり得たのか。
それは彼にドワーフの価値感を押し付けただけになったのではないか。
そんな小さなもやもやが、いつまでも残っていた。
ふと、ニコラを見る。
小さく震えてるように見えた。
「・・・どうした、ニコラ」
不安になり声をかけると、びくりと反応した。
「な、なんでもない!なんでもないから!」
「なんでもないわけあるか、どうした、寒いか?」
近づき、顔を見る。
真っ赤になっていた。
やはり風邪かなにかか、と、思ったが。
次に視線に映ったもの。
それは、自身の一物を握った手。
「・・・・・」
「・・・・・」
時が、止まった。
「・・・えと、これは、その、あの」
考えてみれば、当たり前だった。
両親共々魔力に溺れ、その間で生活してきたのだ。
場合によっては、母親に襲われていてもおかしくはない。
シスターが言っていた、魔を宿しているというのも、嘘ではない。
抑えきれない欲を、人知れず発散させようとしていただけなのだ。
「はぁ。脅かすなよ・・・」
気が抜けた。
と同時に。
冷静になった思考は、哀れみを滲ませた。
年端もいかないような少年が、劣情を抱えて生きているのだ。
劣情自体が悪いものだとは、既に魔力を大量に抱えてしまったドワーフの自分が言えたことではないが。
心が未熟なままで、ただ欲だけが深くなるその歪さが。
歪んでしまったその存在が。
哀れに思えてしまった。
「しょーがない。ちょっと、座れ」
恐らく、痴態を見られて真っ白になっているだろうニコラを、そう促す。
驚きで感情の消えたような表情のまま、脚を伸ばし座るニコラ。
「大丈夫だ。これからは、アタシがいろいろ面倒見てやるからな」
「・・・えっ」
歪な心かもしれないが。
連れ出したことにお礼を言ってくれた。
見間違いかもしれないが、笑顔を見せてくれた。
こんな子供みたいな女を、頼ってきてくれた。
それを思うと、ことり、と、胸に温かいものが落ちた気がした。
「こんなナリでもな、『こっち』は得意なんだぜ?」
ニコラが伸ばした脚の上に座り、その顔を覗き込みながら言い。
あどけない顔と違い、醜悪なまでに大きいそれを掴んだ。
「ひゃっ!・・・えっ、えっ?」
自分が何をされているか、まだ判っていない様子のニコラ。
既に熱く張ったそれを、小さな指がしごき上げる。
「やっ、あの、ちょっ、あっ」
その動きに合わせ、ニコラが声を上げる。
根元から、裏筋を、親指の腹で優しく刺激しながら。
「やっ、そこ、コリコリしちゃ、ダメ、やめ、て、マル姉、ちゃん・・・」
じわり、と、先端から汁が滲み出す。
ニコラの顔を見るマルギット。
股間から伝わる刺激に耐えるように、仰け反り、己の痴態を見ないようにか、強く眼を瞑っていた。
その様子を見て、胸にさらに温かな感情が広がる。
まさか、こんなちんちくりんに恋愛感情を?
一瞬そう思ったが。
否定する。
先端の粘る汁を手のにらに取り、くちゃくちゃと肉棒にすり込んでやる。
潤滑液を得てさらに早まる刺激に、ニコラの吐息がさらに荒くなる。
「ダメ、ね、え、ちゃ、我慢、でき、な」
その様子を、見ながら。
「かわいい」と思いながら。
「我慢しなくていいぞ。ほら、スッキリしちまえ」
これはきっと、母性なんだと。
世話してやりたいんだと。
そう考えていた。
「や、ね、ねえ、ちゃん」
びくりびくりと、小さな手の中で、大きくなったそれが脈動する。
表面に張り巡らされた血管から、ニコラの鼓動の高鳴りが伝わる。
「ほら、こういうのも好きだろ?」
空いていた手で、粘液を滴らせる鈴口の先を刺激する。
「うっ、ん、はぁ!」
恩人の前で果てるわけにはいかないと思っているのか、もはや責め苦であるかのような表情のニコラ。
くちゅり、くちゅり。
男のそれとは思えないほどに、濡れに濡れた棒に、さらに刺激を加えいく。
マルギット本人すら、なぜそれを知っているのか、判らないほど的確に。
「我慢しなくていいってば。ほれ、ほれ」
棒と先端の境目、カリの下を、小さな指が這う。
同時に、棒伝いに下へと降りた手が、陰嚢の中身を転がし始める。
「あ、はっ、はっ、やめ、ねえちゃ、もう、げんかい・・・」
びくんびくんびくん。
下半身からも、限界の通知が届く。
「それ、イっちまえ」
トドメとばかりに、きゅう、と、陰嚢が握られる。
そこから絞り出されるように。
「ん、あ、は、あああぁあああ!!」
ビクビクビク。
一際大きく男根が跳ね。
熱い白濁が吐き出される。
それはニコラの脚を汚し。
そこに座っているマルギットの顔を汚していく。
ビクビクビク。
辺りに栗の花の香りが満ちる。
「んっ、はぁ・・・」
それを嗅いだマルギットが、恍惚の表情を浮かべる。
「あぁ、雄の匂い・・・たまらないな」
小さくつぶやいたところで、大きくかぶりを振る。
違う、自分はニコラの世話をしただけだ。そういう対象にしたわけではない。
そう自分に言い聞かせ、流されそうになる自我をつなぎ止める。
「どうだ、スッキリしたか?」
平静を装い、いや、自身が平静を保つために、ニコラに声をかける。
「あ、は、マル、ねえちゃん・・・」
放心状態からやっと目が覚めたか、ニコラが応える。
ふらりと上体を倒すニコラ。
うつろな視線のまま。
マルギットを抱きしめた。
「あ、え、へ?」
力はあっても身体自体は見た目通り軽いドワーフ。小柄な少年にもひょいと抱き上げられる。
抱いていた手が、次第に背中から、下へ。
臀部をさすり、さらに股の間に伸びる。
「お、おい!ちょっと!」
その指が。
きゅっと、マルギットの花園を押し込む。
「ひゃぅ!」
突然のことに、小さな悲鳴が上がる。
秘部をさぐる指は、止まるどころかさらに強く、早くなる。
それを求めるように。
「おい、こ、こら、やめっ、ひゃん、やめ、ろ」
今なお満ちる精の香りと、敏感な部分を求められる刺激に、マルギットの意識が跳びそうになる。
かろうじて残る部分が静止の言葉を絞り出すが、止まる気配はない。
「ねえちゃん・・・ねえちゃん・・・」
うわごとのように繰り返される言葉を聞きながら。
あ、ダメだこいつプッツンしてやがる。
そう分析した。
「おい!しっかりしろ!やめろっての!」
「ね、え、ちゃん・・・」
マルギットの股間に、太いものの先端が当たる。
「ひっ!?」
まだ服がそのままなので布越しではあったが、はっきりとわかるそれに声を上げる。
犯される。
冷静な部分が、そう答えを出す。
それでもいいか。
このまま流されても。
いいか。
いい。
・・・いいや。
いいわけない。
面倒を見てやると決めたのだ。
ならば、止めねばなるまい。
矯正してやらなねばなるまい。
その心を。
「・・・ん、の、やめろっての」
ニコラの冷静な部分に問いかけようとする。
なおもグリグリと当てられる先端が、それを否定する。
次第に、マルギットの短気さが、快感を押しのけて暴発する。
「やめろっつってんだよこのプッツン野郎が!!」
ゴン。
手が出た。
持ち上げられ、程よい場所にあったニコラの頭頂部に、マルギットの拳が炸裂した。
「・・・ぃっ、たーーーーい!!」
マルギットの身体が、その手から解放される。
「え、あ、な、僕は、なに、を」
涙目になりながら、自分が何をしていたのかを確認するニコラ。
その視線の先には、鼻息を荒くするマルギット。
「あの、もしかして、その」
「さっさと寝ろ!」
「ご、ごめんなさい!」
翌朝、当然ながら気まずい雰囲気での朝食となった。
朝のおはようと、出発前の行くぞ、以外に、お互いに言葉が出なかった。
街道をひた進む。
強く当たりすぎたと思うマルギットと。
自身の痴態に言葉が出ないニコラ。
思わず手を出してしまった自分への怒りで、八つ当たりのように地面を踏みしめながら歩くマルギット。
それを、強姦じみた真似への怒りだと思ってしまうニコラ。
静寂が、やりすぎだ、と責めているように感じるマルギット。
言葉で通じ合えない二人は、ただ歩き続けた。
そして半日ほど過ぎたころ、やっと集落へと戻ってきた。
「あれ、ずいぶん早い帰りじゃないか?」
カウンターにいたドワーフ、デボラが言った。
「あぁ、ちょっとな」
「なんだい、もう男引っ掛けてきた、の・・・」
からかいの言葉のつもりだったのだろうが、後ろから付いてきたニコラの姿を見て、それが途切れる。
「・・・いやいやいやいや!ちょっと!
仕事一辺倒のアンタが男連れてきたのも驚きだけど、
アレはちょっと若過ぎじゃないか!?」
「うるせぇ!こっちにも事情があるんだよ!
おいニコラ!」
急に呼ばれ、ビクッと身体を縮こまらせるニコラ。
「ちょっとそこにいろ!」
言うが早いか、マルギットは自分の荷物を放り出し、近くの素材の入った箱から銀のチェーンと銀の小さな板、小さな宝石を一つ取り出し、作業台へと向かい、おもむろに作業を始めた。
呆気にとられるデボラとニコラ。
互いに顔を合わせ、あ、どうも、とだけ挨拶し、なお作業を続けるマルギットを見る。
かんかんかんかんかん。
さも、今だ覚めやらぬ怒りをぶつけるように、猛烈な早さでハンマーが振られる。
それが二十分ほど続いただろうか。
「・・・うし、完璧」
作業終了の言葉を発し、マルギットが戻ってきた。
「ほれ、腕出せ」
マルギットが持っていたそれは、アクセサリーだった。
ゆるやかなカーブのついた銀のプレートの両端に穴が開けられ、その下をチェーンが通る形になっていた。
プレート中央には小さな宝石がはめられ、その周囲には恐らく東国のものだろう、よくわからない文字が掘られていた。
ニコラが腕を出すと、それにチェーンが巻かれ、あっという間に閉じられ、継ぎ目のない輪になった。
「サイズも丁度いいな。きつかったりしたら言え。二分とかからず直してやるよ」
「あの、これは・・・」
突然のことに戸惑うニコラが訊く。
「東の国のまじないの文字で、退魔の効果があるらしい。詳しくは知らん」
ニコラが手首を持ち上げ、しげしげと眺める。
ちゃらりと音が鳴り、邪魔にならない程度に下がる。
「いつまでも、あ、あんなんだと、困るだろ?
アタシらも少なからず魔力を出してるからな」
顔を赤くしながら、マルギットが言った。
「あ、ありが、とう・・・」
「これから一緒に暮らすんだから、あ、あんなことになられたら困るからな」
それは、ニコラに対するものだったのか。
それとも、一時でも、欲への抑えが効かなかった自分への枷だったのか。
当のマルギットすら、よく判っていなかった。
ただきょとんとしていたデボラを尻目に、二人はマルギットの家へと向かった。
宿の一室で、マルギットがニコラに言った。
教会前の一件が、すぐ近く、この宿の主人にも見られていたらしい。
当たり前といえば当たり前だったが。
それで、くすぶる火種を囲っておくわけにはいかないと、宿代免除と引き換えに追い出されることになってしまった。
「ちっとばかし歩くことになるが、大丈夫か?」
ベッドに座っていたニコラに声をかける。
鼻血は既に止まり、簡単だが腫れた頬には湿布を充てておいた。
その不格好な顔を、小さく縦に振り、言った。
「だ、だいじょう、ぶ。えと、あの・・・」
「・・・あぁ、そういや言ってなかったか。アタシはマルギットだ」
「う、うん。えっと・・・マルちゃん?」
ずっこけた。
たぶん体格差で下の年齢に見られたのだろう。
「その呼び方はやめろ!アタシはこれでもにじゅ・・・
いや、お前より遥かに年上なんだよ!」
三十路突破カウントダウンの事実を伝えるのは避けておいた。
「あ、ご、ごめん、えっと・・・マル、姉ちゃん」
「・・・もういいよ、それで」
大きなため息をつき、ニコラに訊いた。
「今更だが・・・良かったのか?アタシに付いてきて」
「うん、その・・・まもって、くれたから」
もじもじとしながら、言うニコラ。
「・・・何があったんだ?」
「うん、お母さんが、魔物になっちゃって・・・お父さんも・・・
毎日、その、あの、して・・・そしたら、教団の人が・・・」
たどたどしく、細切れの糸のような言葉。
要領を得ないが、しばらく彼が、人間不信になっていたのだけは判った。
長い間、誰かと話さないと言葉を忘れると言う。
これもそうなのか、だとしたら、誰にも心を開かず、ずっと過していたのか。
それを考えただけでも、怒りが再燃しそうだった。
「教会のお祓いは、縛り付けられて、ね、ずっと・・・」
「いや、もう、いい」
荷物整理をしていた手を止め、ベッドによじ上る。
やっと目線の高さになったニコラの頭を、少し背伸びしながら撫でてやる。
「もう大丈夫だ。アタシらの集落には、お前をいじめるヤツはいないよ」
「・・・う」
ニコラの眼の端に、水滴が溜まる。
流れ落ちるまで、時間はかからなかった。
ニコラの大きな頭を、小さな腕で抱え込み。
マルギットは、溢れ出る雫を胸で受け止めてやった。
ニコラのための生活用品をいくつか買いそろえ、昼食を取り、夜用の保存食やランプを買ったところで、街を出た。
宿が使えなくなった今、どうしても野宿は避けられないと悟っての準備だった。
「いきなり野宿旅になっちまったな・・・ほんと、すまない」
「ううん、大丈夫」
買ったばかりの着替えなどを詰めたリュックを背負い、ニコラが言った。
「ね、行こう」
「あ、あぁ」
積極的な態度を初めて見せ、ニコラが笑った、気がした。
街道を半分ほど過ぎた辺りで、辺りはすっかり暗くなり、月明かりだけがうすぼんやりと、道を照らしていた。
「あの木の陰でいいか。もう休もう」
「・・・うん」
青息吐息といった感じで、消え入りそうな返事を聞いた。
ドワーフの体力ならば夜通し歩き続けても平気なのだが、やはり普通の人間にはきついものだったらしい。
無茶させすぎたな、と反省する反面。
それでも、一言も音を上げなかったのは、なかなか見上げた根性ではないか。
それには、感心していた。
ランプに火を入れ、周囲から乾いた枝を集める。
それを組み、火を点ける。
ぱちぱちと小さく爆ぜる音を聞きながら、干し肉や干しぶどうとお茶の、簡素な夕食を摂った。
毛布は持ち歩きに不便だったので、先ほど買った着替え数枚を重ね着することで、毛布代わりとした。
「マル姉ちゃん・・・だぼだぼだね」
マルギットの着たニコラの上着は、袖に手が完全に隠れ、ロングスカートさながらの長さが余っていた。
「・・・ちっ、明日も早いからさっさと寝るぞ!」
なんとか腕まくりをして、順に燃えて長持ちするよう、火のそばに枝を組んだ。
ニコラは既に横になり、たき火を挟む形でマルギットと向かい合った。
「マル姉ちゃん・・・ありがとう。連れて来て、くれて」
「へっ、今更か」
横になりながら、マルギットが言う。
「えっ、あ、ごめん」
「いいさ。次からは、その場で言うこと。ドワーフはそんな気長じゃないのさ」
「うん、わかった」
「ん。じゃあ、明日も早いからさっさと寝よう」
「うん。おやすみ」
「おう、おやすみ」
たき火に背を向けるニコラを確認し、自身も星空を見上げるマルギット。
これでよかったのだろうか。
その考えが過る。
その場の勢いであんな事をしてしまったが、本当は、ニコラの人生を決めてしまったのは、自分ではないのか。
選択肢を与えるつもりで、強引に連れ出したのは自分ではないのか。
それは彼にとっての幸運となり得たのか。
それは彼にドワーフの価値感を押し付けただけになったのではないか。
そんな小さなもやもやが、いつまでも残っていた。
ふと、ニコラを見る。
小さく震えてるように見えた。
「・・・どうした、ニコラ」
不安になり声をかけると、びくりと反応した。
「な、なんでもない!なんでもないから!」
「なんでもないわけあるか、どうした、寒いか?」
近づき、顔を見る。
真っ赤になっていた。
やはり風邪かなにかか、と、思ったが。
次に視線に映ったもの。
それは、自身の一物を握った手。
「・・・・・」
「・・・・・」
時が、止まった。
「・・・えと、これは、その、あの」
考えてみれば、当たり前だった。
両親共々魔力に溺れ、その間で生活してきたのだ。
場合によっては、母親に襲われていてもおかしくはない。
シスターが言っていた、魔を宿しているというのも、嘘ではない。
抑えきれない欲を、人知れず発散させようとしていただけなのだ。
「はぁ。脅かすなよ・・・」
気が抜けた。
と同時に。
冷静になった思考は、哀れみを滲ませた。
年端もいかないような少年が、劣情を抱えて生きているのだ。
劣情自体が悪いものだとは、既に魔力を大量に抱えてしまったドワーフの自分が言えたことではないが。
心が未熟なままで、ただ欲だけが深くなるその歪さが。
歪んでしまったその存在が。
哀れに思えてしまった。
「しょーがない。ちょっと、座れ」
恐らく、痴態を見られて真っ白になっているだろうニコラを、そう促す。
驚きで感情の消えたような表情のまま、脚を伸ばし座るニコラ。
「大丈夫だ。これからは、アタシがいろいろ面倒見てやるからな」
「・・・えっ」
歪な心かもしれないが。
連れ出したことにお礼を言ってくれた。
見間違いかもしれないが、笑顔を見せてくれた。
こんな子供みたいな女を、頼ってきてくれた。
それを思うと、ことり、と、胸に温かいものが落ちた気がした。
「こんなナリでもな、『こっち』は得意なんだぜ?」
ニコラが伸ばした脚の上に座り、その顔を覗き込みながら言い。
あどけない顔と違い、醜悪なまでに大きいそれを掴んだ。
「ひゃっ!・・・えっ、えっ?」
自分が何をされているか、まだ判っていない様子のニコラ。
既に熱く張ったそれを、小さな指がしごき上げる。
「やっ、あの、ちょっ、あっ」
その動きに合わせ、ニコラが声を上げる。
根元から、裏筋を、親指の腹で優しく刺激しながら。
「やっ、そこ、コリコリしちゃ、ダメ、やめ、て、マル姉、ちゃん・・・」
じわり、と、先端から汁が滲み出す。
ニコラの顔を見るマルギット。
股間から伝わる刺激に耐えるように、仰け反り、己の痴態を見ないようにか、強く眼を瞑っていた。
その様子を見て、胸にさらに温かな感情が広がる。
まさか、こんなちんちくりんに恋愛感情を?
一瞬そう思ったが。
否定する。
先端の粘る汁を手のにらに取り、くちゃくちゃと肉棒にすり込んでやる。
潤滑液を得てさらに早まる刺激に、ニコラの吐息がさらに荒くなる。
「ダメ、ね、え、ちゃ、我慢、でき、な」
その様子を、見ながら。
「かわいい」と思いながら。
「我慢しなくていいぞ。ほら、スッキリしちまえ」
これはきっと、母性なんだと。
世話してやりたいんだと。
そう考えていた。
「や、ね、ねえ、ちゃん」
びくりびくりと、小さな手の中で、大きくなったそれが脈動する。
表面に張り巡らされた血管から、ニコラの鼓動の高鳴りが伝わる。
「ほら、こういうのも好きだろ?」
空いていた手で、粘液を滴らせる鈴口の先を刺激する。
「うっ、ん、はぁ!」
恩人の前で果てるわけにはいかないと思っているのか、もはや責め苦であるかのような表情のニコラ。
くちゅり、くちゅり。
男のそれとは思えないほどに、濡れに濡れた棒に、さらに刺激を加えいく。
マルギット本人すら、なぜそれを知っているのか、判らないほど的確に。
「我慢しなくていいってば。ほれ、ほれ」
棒と先端の境目、カリの下を、小さな指が這う。
同時に、棒伝いに下へと降りた手が、陰嚢の中身を転がし始める。
「あ、はっ、はっ、やめ、ねえちゃ、もう、げんかい・・・」
びくんびくんびくん。
下半身からも、限界の通知が届く。
「それ、イっちまえ」
トドメとばかりに、きゅう、と、陰嚢が握られる。
そこから絞り出されるように。
「ん、あ、は、あああぁあああ!!」
ビクビクビク。
一際大きく男根が跳ね。
熱い白濁が吐き出される。
それはニコラの脚を汚し。
そこに座っているマルギットの顔を汚していく。
ビクビクビク。
辺りに栗の花の香りが満ちる。
「んっ、はぁ・・・」
それを嗅いだマルギットが、恍惚の表情を浮かべる。
「あぁ、雄の匂い・・・たまらないな」
小さくつぶやいたところで、大きくかぶりを振る。
違う、自分はニコラの世話をしただけだ。そういう対象にしたわけではない。
そう自分に言い聞かせ、流されそうになる自我をつなぎ止める。
「どうだ、スッキリしたか?」
平静を装い、いや、自身が平静を保つために、ニコラに声をかける。
「あ、は、マル、ねえちゃん・・・」
放心状態からやっと目が覚めたか、ニコラが応える。
ふらりと上体を倒すニコラ。
うつろな視線のまま。
マルギットを抱きしめた。
「あ、え、へ?」
力はあっても身体自体は見た目通り軽いドワーフ。小柄な少年にもひょいと抱き上げられる。
抱いていた手が、次第に背中から、下へ。
臀部をさすり、さらに股の間に伸びる。
「お、おい!ちょっと!」
その指が。
きゅっと、マルギットの花園を押し込む。
「ひゃぅ!」
突然のことに、小さな悲鳴が上がる。
秘部をさぐる指は、止まるどころかさらに強く、早くなる。
それを求めるように。
「おい、こ、こら、やめっ、ひゃん、やめ、ろ」
今なお満ちる精の香りと、敏感な部分を求められる刺激に、マルギットの意識が跳びそうになる。
かろうじて残る部分が静止の言葉を絞り出すが、止まる気配はない。
「ねえちゃん・・・ねえちゃん・・・」
うわごとのように繰り返される言葉を聞きながら。
あ、ダメだこいつプッツンしてやがる。
そう分析した。
「おい!しっかりしろ!やめろっての!」
「ね、え、ちゃん・・・」
マルギットの股間に、太いものの先端が当たる。
「ひっ!?」
まだ服がそのままなので布越しではあったが、はっきりとわかるそれに声を上げる。
犯される。
冷静な部分が、そう答えを出す。
それでもいいか。
このまま流されても。
いいか。
いい。
・・・いいや。
いいわけない。
面倒を見てやると決めたのだ。
ならば、止めねばなるまい。
矯正してやらなねばなるまい。
その心を。
「・・・ん、の、やめろっての」
ニコラの冷静な部分に問いかけようとする。
なおもグリグリと当てられる先端が、それを否定する。
次第に、マルギットの短気さが、快感を押しのけて暴発する。
「やめろっつってんだよこのプッツン野郎が!!」
ゴン。
手が出た。
持ち上げられ、程よい場所にあったニコラの頭頂部に、マルギットの拳が炸裂した。
「・・・ぃっ、たーーーーい!!」
マルギットの身体が、その手から解放される。
「え、あ、な、僕は、なに、を」
涙目になりながら、自分が何をしていたのかを確認するニコラ。
その視線の先には、鼻息を荒くするマルギット。
「あの、もしかして、その」
「さっさと寝ろ!」
「ご、ごめんなさい!」
翌朝、当然ながら気まずい雰囲気での朝食となった。
朝のおはようと、出発前の行くぞ、以外に、お互いに言葉が出なかった。
街道をひた進む。
強く当たりすぎたと思うマルギットと。
自身の痴態に言葉が出ないニコラ。
思わず手を出してしまった自分への怒りで、八つ当たりのように地面を踏みしめながら歩くマルギット。
それを、強姦じみた真似への怒りだと思ってしまうニコラ。
静寂が、やりすぎだ、と責めているように感じるマルギット。
言葉で通じ合えない二人は、ただ歩き続けた。
そして半日ほど過ぎたころ、やっと集落へと戻ってきた。
「あれ、ずいぶん早い帰りじゃないか?」
カウンターにいたドワーフ、デボラが言った。
「あぁ、ちょっとな」
「なんだい、もう男引っ掛けてきた、の・・・」
からかいの言葉のつもりだったのだろうが、後ろから付いてきたニコラの姿を見て、それが途切れる。
「・・・いやいやいやいや!ちょっと!
仕事一辺倒のアンタが男連れてきたのも驚きだけど、
アレはちょっと若過ぎじゃないか!?」
「うるせぇ!こっちにも事情があるんだよ!
おいニコラ!」
急に呼ばれ、ビクッと身体を縮こまらせるニコラ。
「ちょっとそこにいろ!」
言うが早いか、マルギットは自分の荷物を放り出し、近くの素材の入った箱から銀のチェーンと銀の小さな板、小さな宝石を一つ取り出し、作業台へと向かい、おもむろに作業を始めた。
呆気にとられるデボラとニコラ。
互いに顔を合わせ、あ、どうも、とだけ挨拶し、なお作業を続けるマルギットを見る。
かんかんかんかんかん。
さも、今だ覚めやらぬ怒りをぶつけるように、猛烈な早さでハンマーが振られる。
それが二十分ほど続いただろうか。
「・・・うし、完璧」
作業終了の言葉を発し、マルギットが戻ってきた。
「ほれ、腕出せ」
マルギットが持っていたそれは、アクセサリーだった。
ゆるやかなカーブのついた銀のプレートの両端に穴が開けられ、その下をチェーンが通る形になっていた。
プレート中央には小さな宝石がはめられ、その周囲には恐らく東国のものだろう、よくわからない文字が掘られていた。
ニコラが腕を出すと、それにチェーンが巻かれ、あっという間に閉じられ、継ぎ目のない輪になった。
「サイズも丁度いいな。きつかったりしたら言え。二分とかからず直してやるよ」
「あの、これは・・・」
突然のことに戸惑うニコラが訊く。
「東の国のまじないの文字で、退魔の効果があるらしい。詳しくは知らん」
ニコラが手首を持ち上げ、しげしげと眺める。
ちゃらりと音が鳴り、邪魔にならない程度に下がる。
「いつまでも、あ、あんなんだと、困るだろ?
アタシらも少なからず魔力を出してるからな」
顔を赤くしながら、マルギットが言った。
「あ、ありが、とう・・・」
「これから一緒に暮らすんだから、あ、あんなことになられたら困るからな」
それは、ニコラに対するものだったのか。
それとも、一時でも、欲への抑えが効かなかった自分への枷だったのか。
当のマルギットすら、よく判っていなかった。
ただきょとんとしていたデボラを尻目に、二人はマルギットの家へと向かった。
15/10/17 17:27更新 / cover-d
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