青と赤、愛と愛
あるところに、夫婦がいた。
妻は妊娠しており、双子であることも判っていた。
夫は記念として二体の人形を買った。
木製で、球体関節式の、かわいらしい人形だった。
一つは瞳が赤く、もう一つは瞳が青かった。
「ルビー」と「サファイア」。
安直だったが、名前を付けた。
あくまで記念の意味合いだったため、男の子と女の子、どちらが生まれても、その時にはまた別の品を買えばいいか、程度の気持ちだった。
そして誕生の日は来た。
一人は女の子だったが。
一人は男の子だった。
二人はすくすくと育った。
3歳のとき、女の子はルビーを貰い、大切にして遊んだ。
3歳のとき、男の子はサファイアに興味を示さず、女の子にあげてしまった。
また暫く時は流れ。
5歳の少女の人形たちは手垢で汚れ、小さく割けた服は、少女による不器用な裁縫で軽く縮れていた。
しかし、それは悪意によるものではなく、大切に想われた証であった。
5歳の少年の方はほとんど人形の存在を忘れていたが、身体の成長と共に少しずつ、ある感情が成長していった。
嫉妬。
誰もが成長の過程で感じるそれは、多くが経験したように、幼い心には制御ができないものだった。
はっきりと覚えてもいない時の、「あげる」という約束など出てくるはずもなく。
「持っている」ことと「持っていない」ことの差に。
二体あるのに自分だけ持っていないことの差に。
小さいが、抑えの効かない嫉妬心が、湧いた。
少年は少女からサファイアを取り上げた。
子供特有の乱暴さで。
子供特有の残酷さで。
子供特有の加減の無さで。
取り合いのうちに、サファイアの右脚が取れる。
ガラスでできた左目が割れる。
少女の泣き声と同時に、その取り合いは終結した。
壊れた人形が、少年の手に渡った。
が、当然、そこに人形遊びの興味があるわけでもなく。
まして壊れた人形になど価値を見出すこともできず。
押し入れの奥に、サファイアは仕舞われることになった。
さらに時が流れる。
少女は、美しく育った。
少年もまた、逞しく育った。
それぞれが旅立つ。
かつての少女は、意中の男性と所帯を持つこととなった。
家を出るとき、十数年間大切にしてきた人形に言った。
「またね。私は行ってしまうけど、ずっとあなたのことを大切に想っているから」
かつての少年は、軍へ入隊することになったのだが。
入隊後、すぐに命を落とすこととなった。
右脚が切断され、左目から、脳に傷を受け。
家には、老夫婦と人形たちだけが残された。
老夫婦は息子の死に悲しみながらも、娘からの励ましを得て、天寿を全うした。
遺品の整理に来た娘。
父の持っていた時計や、母の持っていた装飾品。
それらが揃っていることは確認できたが。
ルビーとサファイアだけは、どんなに探しても出てはこなかった。
「あ、ふぁー・・・ふぅん」
大あくびをしながら、店の戸を開ける。
ベルのおもちゃ屋。
看板にはそう書いてあった。
「朝っぱらからだらしないねぇ、ベル」
「あぁ、おばちゃん、おはよう」
恰幅のいい婦人が、青年、ベルに声をかける。
「おはよ。どうせまた部屋が汚くなってるだろうから、片付けに来てやったよ」
「あ、あはは・・・」
店に入り、ベルは作業机に着く。
その周りは木屑や布切れが散乱していた。
「まったく、仕事はこれでもかってくらい丁寧なのに、自分の事はズボラなんだから」
「いやぁ、はははは・・・」
何も言い返せず、乾いた笑いを上げるベル。
「5年前にウチの娘に買ってあげた、おもちゃの兵隊あるでしょ?
こないだ掃除しててたまたま見つけたんだけどさ。
外側は傷だらけになっちゃったけど、手足はまだ動くんだよ。
おままごとー、とかいってスプーンでがしがしぶつけてたのに、
驚くくらいすんなり動いてさ、旦那と驚いてたんだよ。
こりゃ百年先まで動くんじゃないかって」
「兵隊・・・?そんなんあったっけ?」
「覚えてないのかい。頭の方も整理整頓が必要なんじゃないかい?」
「いや、ははは・・・
でも、さ。俺がやってるのは、ただ木の形を変えてるだけ、なんだよ」
いぶかしそうな顔でこちらを見るおばさん。
「ただ、木を削って、おもちゃの形にするだけ。俺がやってるのはそこまで」
手に持った、人形の胴体部分を、視線の高さに持ち上げる。
確かめるように。
「こいつに名前をつけるのは、俺の知らない子供で。
こいつの友達になるのは、俺の知らない子供で。
こいつと夢を語らうのも、俺の知らない子供。
俺ができるのは、夢が壊れないように、頑丈に作る事くらいだよ」
「塗装なんかは流石に頑丈にはできないみたいだね」
「それでいいの。
子供は何をするにも力いっぱいだ。もちろん、遊ぶのも。
でも、人間の友達に力いっぱいになったら、怪我させちゃうでしょ?
だから、おもちゃがいるんだよ。
大切にしても、力いっぱいだと壊れちゃう。
将来の、人間の友達のために、加減が必要なことを、
ボロボロになったこいつらで学んでくれれば、それがおもちゃの本望。
俺たちは、子供が直せない、細かいところを頑丈に作るのが仕事。
・・・なんてのは、親父の受け売りなんだけどね」
「ふん、本当に、親父さんも面白い人だったよ。奥さん共々、
あんたの面倒を押し付けて早く逝っちまわなければもっといい人だったんだが」
嫌み口調で言われはしたものの、そこに悪意は無く、本当に惜しんでるのが判った。
「なはは・・・」
当の嫌みの矛先は、やはり、乾いた笑いで返すしかできなかったが。
「家事ができないわけじゃないんだろう?ほれ、この人形の服なんか、
嫉妬しちまうくらい奇麗に縫えてる。アタシなんかよりよっぽど上手じゃないか。
人形が着飾って自分でボロ着てるんじゃどうしようもないよ」
おばさんがシャツの袖を指差す。
見ると、どこで引っ掛けたのか、穴が開いていた。
「いやぁ・・・おもちゃ作ってる方が、楽しくてね。面目ない」
「いいさ。あんたのおもちゃを楽しみにしてる子供は、この辺にゃ大勢いるからね。
あんたは自分の事に集中してな。どれ、それも脱いで。縫っといてやるから」
おばさんの手により、ひとしきり、家の掃除が終わったようだ。
「いつもありがとね、おばちゃん。いつも何もしてあげられないけど・・・」
「いいってことよ。
・・・っと、そうだ、報酬代わりに、一つ面倒ごとを頼まれてくれないかい?」
そう言って、店を出て行くおばさん。
しばらくすると、一体の大きな人形を持って戻って来た。
「こいつさ。娘がどこからか拾って来たみたいなんだけど」
それは元はかなり奇麗な作りだったのだろうが、今やかなり汚れている上に、左目が割れ、右脚が欠けていた。
「本人はかわいそうだから、って持って来たみたいなんだけどね。
どうもこう、恐くて、さ。
当の娘も最初はかわいそうって言ってたけど、夜になると怖がっちゃって。
奇麗にして売っちゃってもいいからさ、引き取ってもらえないかい?」
「んー・・・」
目のガラスは、知り合いのガラス職人がなんとかしてくれるだろう。
汚れた服は流石にまるまる取り替えるしかないだろうが。
髪はバサバサになっているが、手入れをしてやればまだ大丈夫。
汚れはいっそ塗装ごと取って・・・
「おーい、ベル。で、引き取るのかい?」
「え、あ、あぁ、ごめん。うん。貰っておくよ」
「そうかい。ありがとうよ。娘には、お人形は病院に行った、って伝えとくよ。
それじゃ、またね」
店には、ベルと人形だけが残された。
今一度、預けられた人形を見る。
サイズは60cmくらい。人形としてはかなり大型だ。
元の作りはしっかりしていたのだろうが、よほど年月を経たのか、関節はやや軋んでいる。
「ちょいと失礼、お嬢さん」
スカートをめくり、履いていたドロワーズを下げ、右脚があったはずの部分を見る。
関節部の球体をはめ込む穴が割れて、ただ別パーツをくっつけるだけ、とはいかない様子だった。
「んー・・・こりゃ大手術になりそうな予感」
再度失礼。
小さくつぶやき、服を脱がす。
背中の留め具を外し、中の紐をゆるめ・・・ようとしたところで、切れる。
「あー・・・こりゃ古いな。つか、よく今まで保ってたな」
バラバラになった人形のパーツをまとめ、机の上に並べる。
「とりあえず汚れだけでも取るか」
ヤスリを手にし、塗装を落とし始めた。
右腕の塗装を落とし終わったところで。
「・・・あ、先に目玉の発注だけしてくるか」
人形を並べたまま、店を後にした。
誰もいなっくなった店の中に、小さな声が響く。
憎い。
憎い。
あいつも。
私を壊すのか。
その日は、ほとんどを人形の塗装削りに費やした。
あらかた削り終えたところで、欠けた右股関節の穴を見る。
「んー・・・やっぱり腰のパーツごと、まるまる取り替えちゃうのが早そうだ。
良かったよ、腹と腰で別になってるヤツで。
これが胴体全部同じ、とか言ったらイチから作ったほうが早くなっちまうからな。
肩は・・・まだどうにかなりそうだな。ちょっと厚めに塗装してなんとかしよう」
時間は、既に夜中だった。
「あ、もうそんな時間か・・・。いい加減寝ようか。続きは明日だ、お嬢さん」
そう声をかけたところで。
かたり。
机の上から、音がした。
「・・・へ?」
かたり。
かたり。
かた。
かたかた。
かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかた。
人形のパーツが、震え出す。
「ひっ!?」
「アナタも、私を壊すの?」
声が、響く。
少女のようだが、それにしては低い。
まるで、恨みを込めるような。
腹の、いや、心の奥底から出てくるような、そんな声。
「アナタも、私を、愛してはくれないのね」
「あ、え、はい?」
「あの女の子は私を哀れんだ目で見てた・・・
ボロボロの人形なんて、そんなものよね。
愛なんて、私には、手に入らないものなのよ・・・」
「いやあの、ちょっと!」
「恨めしい・・・。
ここの人形全部が恨めしい。
奇麗にされて、これから愛されるのね・・・」
ごう。
室内に、風が巻き起こる。
馬の人形が、馬車のおもちゃが、ぬいぐるみたちが、人形が。
おもちゃたちが、舞う。
それらは棚や、おもちゃ同士でぶつかり合う。
塗装が傷つく。
「恨めしい・・・
みんな、手足が千切れ飛んでしまえ!」
がつん。がつん。
おもちゃのぶつかる音が響く。
がつん。がつん。
しかし。
「なんで・・・なんで手も足も取れないの!
なんで千切れちゃわないの!」
さらに風が強くなる。
「なんで・・・なんで・・・なんで!!」
人形の首が飛び、ベルを睨みつける。
「ひゃぁあ!?」
「アナタ・・・この人形になにしたの!!」
「いやなにって、ちょっと頑丈に作ってあるだけだけど・・・」
「恨めしい・・・恨めしい!!
私はこんなにバラバラになって、肌まで削られてしまっているのに!」
「いやだから、それは修理のためであって!」
ぴたり。
風が、止む。
おもちゃたちが、床に投げ出される。
「・・・本当?」
「あ、あぁ、本当だ」
「二日待ってあげる。もし、元のようにならなかったら、殺す」
「あっ・・・はい」
人形の首が、もとの位置に戻る。
静寂。
「へ、は。な、何が起きたんだ・・・?」
「早く修理しなさい」
「あ、いや、それなんだけど、一週間とかじゃ・・・ダメ?」
「早くなさい!」
「は、はひぃ!」
その晩は、人形に再度塗装をしなおすのに費やした。
翌朝。
「んが・・・ふぁ」
机に突っ伏して寝ていたらしい。
目をこすると、ざらりとした感触がまぶたに当たった。
手が塗料まみれになっている。
頬の下に、引きつる感触もある。
顔にも塗料が付いてるようだ。
「良く寝ていたわね」
ぎょっとして見ると、人形からの声だった。
「明日までには仕上げてもらうわ。できなかったら・・・殺す」
恐ろしい声ではあったが。
塗料を乾燥させるため、室内に張られた紐から手足が下がっている様は、どことなく滑稽ですらあった。
皮膚の質感を良くし強度を上げるための厚塗りを施し、髪を軽く洗ってやる。
「・・・屈辱だわ」
「あの、生首状態で喋らないでもらえる?ちょっと恐い」
「頭だけ外されて洗われるなんて・・・もっとこう、優しく櫛で透くとかあるでしょ!」
「いや、流石にここまでばさばさだと透いただけじゃどうにもならないよ」
「くっ・・・」
「人毛だよね、これ。あとで椿油塗ってあげるから我慢してくれ」
その後もぶつぶつと文句を垂れる人形の髪を洗い、手足と一緒に紐に吊るし、干すところまで終え、作業場を出ようとする。
「どこへ行くつもり!?」
「いやあの、食事と材料調達に」
「二時間以内に戻って来なさい」
例によってつり下げられた人形からは、威厳や威圧といったものは感じられなかった。
「え。あ、うん」
曖昧な返事を返し、店を後にする。
食堂で簡単な食事を済ませ、ガラス職人をせっついてきた。
帰りがけに、殊更頑丈に編まれた紐を買う。
「ただいま」
「早くなさいな」
「帰りの一発目の発言がそれか・・・」
恐怖心は薄らいでいた。
何かの力で動いたり喋ったりはできるかもしれないが。
分解して塗装するうちに、結局は人形なんだと思ったからだ。
自分の得意分野のものでしかないんだと、認識できたからだ。
「さて、と」
大きな木のブロックを取り出し、おおまかに三角に切る。
人形から取った股間のパーツをじっくりと観察し、それに揃えようとする。
「ちょ、ちょっと!いくら人形とはいえ、淑女のこここ、股間をまじまじと見るのは
失礼でしょ!」
「サイズ揃えないとガバガバになっちゃうでしょうに」
「が、ガバっ・・・乙女になんてことを!」
「いやあの、そういう意味じゃなくて・・・
第一、胸や股間どころか腹の内側まで見ちゃってるから今更だしなぁ」
「デリカシーというものを知りなさい!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ人形を無視して、作業を進めることにした。
本気かどうかは知らないが、こちらは命がかかっているのだ。
しばらく続けていると、人形から声をかけられた。
「ねぇ、どうしてあの人形たちは、あんなに頑丈なの?」
「あ?・・・あぁ、アレね」
生来の無精に切羽詰まった状況が合わさり、片付けができないまま転がっているおもちゃを見る。
店は開けていない。
どのみち、全部のおもちゃをメンテナンスしないと売り物にならないだろう。
「子供なんて、おもちゃに力加減しないだろうからね。とにかく頑丈に作ってある」
「・・・まぁ、確かにね」
「俺の親父はさ、人形をボロボロにして、初めて子供は加減を知る、
なんてこと言ってたよ。おもちゃの君からしてみれば、いい迷惑だろうけど」
「君、じゃなわ。サファイア、って名前、あるんだから」
「瞳の色、か。安直だな」
「殺そうか?」
「いや、子供にも覚えやすいんじゃないかな」
「物は言いよう、ね。まったく」
「その名前、持ち主に貰ったのか?」
あくまで手は動かしたまま、訊く。
「いいえ。持ち主の親、ね。私たちは、子供の誕生記念品だったの」
「ふーん・・・ん?『たち』?」
「もう一体、瞳の赤いルビー、って子も一緒だった」
へぇ、と相づちを打ちながら、作業を続ける。
「でもね、あの子だけ大切にされて、私は押し入れに入れられた・・・
いえ、事実上、捨てられたのね。ずっと仕舞われたままだった。
子供たちが私を取り合って、壊しちゃったのよ。
ほんと、いい迷惑だったわ」
「その子供たち・・・姉妹か何か?それはどうした?」
「男の子と女の子の双子だったけど、知らない。
もう五十年以上前の話ですもの。男の子の方は、
早死にしちゃったみたいだけど」
「・・・呪い殺したか?」
「わからない。私だって、こうして動けるようになったのは、
つい十年くらい前ですもの」
人形には魔が宿りやすい、と聞く。
それが、これなのだろうか。
長年、恨みを貯め続けて、こうして、動いているのだろうか。
ベルはおもちゃのこと以外はさっぱりだったが。
本当に、恨みなのかな。
なんとなく、そう思った。
昼を少し過ぎた辺りで、腰のパーツはだいたい出来上がった。
元あった左脚や腹との接続も悪くはない。
次は右脚の作成にかかる。
左脚を観察し、左右対称になるように作り上げる。
「いやしかし、五十年も前のものだってのに、がっちり作ってあるなぁ」
「当然でしょ。これでも高尚な職人に作られた高級品・・・『だった』んだから」
小さく詰まったその言葉に含まれていたのは、悲しみか、自嘲か。
それを考える間もなく、次の言葉が発せられる。
「ちょっとでもその品質に届かなかったら、死んでもらうからね」
「はいはいよっと。ま、仕上がり見てブッ飛びな」
「ふん。どうだか」
夕方には右脚も出来上がり、腰と合わせて、最後のヤスリ掛けに移っていた。
「・・・あ」
「どうしたの?まさかパーツを欠いたとかじゃないでしょうね」
「いや、昼飯食いそびれてた」
「全く、人間って不便ね」
「おままごとで空気食ってるわけにはいかないのさ」
「・・・殺していい?」
「へいへい、失礼しました、っと。
意識したら腹減ってきた。ちょっと飯食ってくる」
「一週間も欲しがった割に、ずいぶんのんびりするのね」
「そりゃ、店片付けてのなんのしながらのつもりだったからね」
「今は、私を直すことだけに集中しなさい」
「はーいよっと。んじゃ、腹が減っては何とやら。ってことでちょっち待っててくれ」
作業場を出るベルの背中。
片方だけ残された瞳が、それを映す。
空腹感という生命維持の機能すら忘れるほどに、修復に没頭していた。
それに、サファイアが気付いたかどうか。
本来の通り、全く動かないそこからは、判らなかった。
食事から戻り、仕上げ、塗料を塗ったところで、髪に油を塗りこんでやった。
「いい油らしい。俺にはよくわからんが」
「正直、私にもよくわからないわ。初めてですもの」
手のひらに椿油を少量乗せ、広げ、すり込むように髪に付けていく。
「・・・お、多少は滑らかになったか」
「とりあえず奇麗にはなったようね」
頭部を再度紐に吊るし、服の作成を始めようとする。
「もともと着ていた服がこれか。ずいぶんとまぁ、子供らしい縫い目が付いてるな」
「悪い?」
「いんや、大切にされてたんだな、って」
「そう、途中まで、ね」
「それでも、大切にされた記憶があるから・・・
愛情を知ってしまったから、恨みが強いんじゃないのかい?」
「・・・・否定は、しないわ」
「ま、どうでもいいんだけどね。俺は、命のために修理するまでだ」
一度、服の縫製を解く。
糸にハサミを入れる瞬間、「あっ」という声を聞いた気がした。
紙に布を充て、型紙を作る。
「生地のリクエストはございますか?レディ」
「馬鹿にしてるのかしら?」
「いんや、せっかくだから自分で決めるかい?って」
「はぁ、まったく。お好きになさって」
「かしこまりました。
・・・って言っても、ウチは布屋でも服屋でもないから色くらいしか選べないけどね」
店にあった薄い青の布地から型紙通りに布を切り出す。
「随分と手慣れているのね。まるでお針子みたい」
「ははは、親父の手伝いは昔からさせられていたからね。
これくらいはちょろいちょろい」
人間のそれと違って着心地は無視できるしね。
とは言わなかったが。
必要な服のパーツを切り終わる頃には、真夜中になっていた。
「さて、と。もう一度、脚と『おまた』のパーツに塗料塗ったら今日はおしまい」
「だ、だから!レディの身体をそんな・・・」
「はいはい」
やはり無視して塗料を塗る。
もう一度乾燥させるために吊るし、一息。
「ん。悪くない仕上がりだな」
「どうせなら完璧にしなさいよ」
「生憎と、俺は外見よりも中身に拘るタチなんだよ。
ま、最後のお楽しみにでもしといてくれ」
「なんでこんなお調子者に頼んじゃったのかしら、私・・・」
翌朝。
朝食を済ませたベルが、服を縫い始める。
一時間と経たないうちに、ただの生地は服の形となっていた。
「ほんと、男とは思えない器用さね」
「器用でなきゃやっていけない業界なのさ」
人形サイズの胴のマネキンに、服を着せる。
奥の棚から、レースなどの飾りが入った引き出しを、それごと作業机に持ってくる。
「さてとお嬢さん。飾りはいかが致しますか?」
「どうせ、服屋じゃないから種類はない、って言いたいんでしょ」
「ご明察。って言いたいところだけど、女の子向けのお人形用に、
無駄に派手なのが揃ってるよ。貴族もびっくりな程にね」
「飾りでごまかしてるのを自慢したいの?」
「そう言うなって。せっかくだから、自分で選んでみてもいいんじゃないか?
ご要望に応じてシックなものからパーティドレスまでご用意しますよ?なんてね。
何だったらカクテルドレスにでもするかい?寸胴体型が映えるぞ」
「やっぱり殺すわ」
「わ、いて、手飛ばすな!」
「はぁ、もう・・・スカートはもっと広げて、生地を二重に。フリルをあしらって。
上は胸元にリボンが欲しいわ。あら、チェーンもあるのね。頂くわ。
頭の飾りもお忘れなく、ね。あとはあなたに任せるわ」
「かしこまりました。レディ」
言われた通りの作業をこなし、終わる頃には昼を過ぎていた。
「さて、こんなもんかな」
シンプルなデザインで、胸元と腰の大きめのリボンが目を引く。
大きめの広がったスカートに、ワンポイントとして銀色のチェーンが付いている。
あまり華美ではないデザインに合わせ、ボンネットではなくヘッドドレスにした。
「まぁ、嫌いではないわ」
「素直じゃないね」
「何か言った?」
「いや、何も。あ、そうだ、忘れ物」
作り置きので悪いけど。
そう言って取り出したのは、ドロワーズ。
「そ、そういうのは!もっとさりげなく出しなさいな!」
「へいへい、失礼しました、っと」
続けて、唇などの、顔の色付けに入る。
「死ぬ気でやりなさい。顔は乙女の命なのよ」
「信用無いね、こりゃ。一応、作るのも修理するのもこれでもかって程やってるんだが」
パンに、肌色に少量の赤を加えたピンクの塗料をちょっとだけ付け、頬にすり込む。
続いて、眉毛を描き、目の縁にシャドウを入れる。
唇は赤みが強くなりすぎないように注意しながら色を混ぜ、塗る。
「こんなもんかな、っと」
頭だけを鏡の前に持っていき、見せる。
「・・・気に入ったわ」
「やっと素直になったみたいだな」
「これで関節がギシギシになってたら全部おじゃんだけどね」
「前言撤回。こっちばっかりは直りそうにないな」
再度、紐に頭部を吊るす。
「そろそろ目が出来上がってるころだろうから、取ってくるよ」
「ついでに食事も、でしょ」
「・・・そういえばそうだったな」
言われて気付いた。
「いいわ。もう完成が見えてきたから、ゆっくりしてきなさいな」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
出て行くベルの背中を見送りながら。
人形は、自身の完成と同時に。
もう一つの「終わり」が近づいていることを、感じていた。
「サファイア!」
夕方、大声をあげながら戻って来たベルに驚く。
「騒々しいわね」
「すまない!あと三日だけ、待ってくれ!」
「・・・どうしたのよ、急に」
「それが・・・」
言いよどみながら開いた、ベルの手の中にあったもの。
ガラス製の目。
瞳の色は、紫。
「青のガラスを切らしていたらしい。
俺がせっついたせいで、急ぎで作ってくれたはいいが・・・」
「・・・いいわ、それで」
「いい・・・のか?」
「もう、目が入るだけで充分よ。あなたは、精一杯やってくれた。
さぁ、早く組み立てて頂戴」
「あ、あぁ」
なんとなく得心がいかないまま、人形を組み上げ始めるベル。
目を入れ、頭部内側のフックに紐を通す。
それを首伝いに胴体へ垂らし、腹と腰を経由して、左右の足首へと繋ぐ。
さらに右手首と左手首を、胴体越しに繋ぐ。
胴体の留め具をしっかりと留め、服を着せ、有り合わせだったが靴下と靴を履かせる。
最後に、ヘッドドレスを結んでやり。
「・・・できたよ」
その言葉を待っていたように、手が動く。
「・・・すごい。軋みが取れたどころか、昔より滑らかに動く・・・」
関節の無い指を突き、立ち上がる。
「安定感があって、立ち上がりやすい・・・どうやったの?」
「紐の結び方にちょっと工夫があってね。企業秘密だけど」
「鏡。鏡の前に連れてって」
サファイアを抱き上げ、鏡を見せてやる。
ベルの腕に座る形で、映し出される、美しい人形の姿。
「・・・・・」
沈黙。
「・・・ごめん、やっぱり、目、取り替えようか」
「いいえ、そうじゃないの。嬉しいの」
「嬉しい・・・?」
「元の姿に戻れたことが・・・いいえ、これはきっと、違う」
人形が、小さく首を振る。
「あなたに、人形として、大切に想ってもらえたことが、嬉しい」
素直じゃない彼女からやっと出た、本心。
「あなたに、会えて、よかった。ありがとう」
「喜んでもらえて、嬉しいよ。
・・・そうだ、アレがあったんだった」
そう言って、サファイアと一緒に作業場に戻るベル。
彼女を作業台に座らせると、どこからか袋を持って来た。
「ほら、君を連れてきたおばちゃんいただろう?あの人にシミ抜きしてもらったんだ」
袋から取り出されたもの。
それは、サファイアが最初に着ていた服だった。
ずっと昔の縫い目もそのままに、元の通りに戻っていた。
「さすがに、日に焼けた色までは戻らなかったけど、随分奇麗になったろう?」
「・・・・」
「・・・サファイア?」
「こんなとき、人間だったら、嗚咽を漏らしながら泣いているんでしょうね」
声だけを震わせながら、言った。
「ありがとう。でも、もう、それはいいわ」
「いいのかい?」
「あなたから貰ったから。新しい服と・・・新しい、想いの証」
確かめるように、手で胸を・・・いや、服を撫でる。
そして顔を・・・紫色の左目を、撫でる。
「もう、心残りはなくなったわ」
「まるで天に召されるような言い方だな」
「・・・似たようなものね。私を突き動かしていた魔力は、
もう、ほとんど残っていないもの」
「え・・・」
「最初に見せたような力は出せない。手足を動かすだけで精一杯。
・・・ずっと前から気付いていたのよ。あなたなら、私を大切にしてくれるって。
気付いていたのよ。私を動かしていたのは、恨みでも魔力でもない、
『愛されたい』って、ただその気持ちだけだって。
だから、満足しちゃった私は、これでおしまい」
「そんな・・・」
「気にしちゃダメ。元の人形に戻るだけなんだから。
ちゃんと、憶えてる。
あなたが私を大切にしてくれたことも。
ちゃんと、見てる。
これからも、大切にしてくれることも」
優しい声で紡がれる、心。
こちらが、本来の彼女。
不信感にふたをされていた、素直で優しい彼女。
「あぁ、なんだったら、あなたが信頼できる子供にあげちゃってもいいわ。
それがおもちゃの本分ですもの。壊れたら面倒見てくれる保証付きなら、ね」
「サファイア・・・」
「さぁ、しんみりしないで。そうね、あそこの棚の一番上。そこに上げて頂戴。
あなたを見ていられ・・・」
からん。
突然店のドアが開き、付いていたカウベルが音を立てる。
鍵がかけてあったはずなのに。
「みーつけた。サファイア。こんなところにいたのね」
サファイアと同時に、そちらに顔をむけるベル。
薄暗くなり始めた中、小さな影が、宙に浮いていた。
赤い瞳を光らせながら。
「・・・もしかして、ルビー!?」
「えぇ、探したわ、サファイア」
かしゃん。
作業台から飛び降り、とことこと木の脚を鳴らしながらそちらに走り出すサファイア。
「あぁ、ルビー!ルビー!会えてよかった!」
「こっちもよ、サファイア。探したんだから」
「あぁ、今日はとってもいい日だわ!見てルビー!私、直してもらったの!
新しい服ももらったのよ!割れた目も代わりのものを入れてもらったわ!
その上あなたに会えるなんて!なんて素敵な日!」
「ふふふ、それはよかったわ」
妖艶な笑みを浮かべるルビー。
・・・笑み?表情が変わった?人形が?
己の目を疑い困惑するベルをよそに、二人の会話が続く。
「あら、サファイア。あなた魔力が切れかけているじゃない」
「いいの。私は、大切にしてもらった。満足したの。だから、最期にあなたに会えて、
とっても嬉しいの」
「最期じゃないわ。まだまだ、一緒にいましょうよ」
「できないわ。想いを遂げた私は、また、ただの人形に戻るしかないもの。
あぁ、もしかしてルビーも壊れちゃったから動いているの?だったらベルに・・・」
「いいえ、私が動いているのは私の意思。満たされない気持ちがあるからなの」
諭すように、ルビーは言った。
言った。
口を、動かし、言った。
人形が。
口を動かしながら。
「ねぇ、魔王様が代替わりしたの知ってる?」
「いいえ、知らないわ」
「今度の魔王様はすごいわよ。こんな素敵な魔力を持っていらっしゃるんですから。
ほら、指まで奇麗に動くのよ。ほっぺも赤ちゃんみたいにぷにぷにだし、
身体は熱いくらいに火照るの。人間のように!」
「すごい・・・けど、私たちは人形よ?人間じゃないわ。
人間に愛されるために生まれたの」
「そう。愛されるために生まれたの。でも、愛することはできなかった。
こちらから、愛を求める事はできなかった。
でもね、今の魔王様は、愛を求めることを許してくださったの!
ねぇ、サファイア。あなたもこっちにいらっしゃいな。
素敵な毎日を送れるわ、きっと」
「でも・・・」
ちらり、とベルを見るサファイア。
「あら、あの殿方・・・ちょうどいいじゃない、サファイア。
彼に、愛してもらいましょう」
「え、えぇ、彼なら、私を大切にしてくれるはずよ。だから、このままでいいの」
話が噛み合ない。
「違うわよサファイア。
『そっち』の愛じゃなくて、
もっと、素敵な『愛』があるの」
ルビーが、サファイアにキスをする。
人形の・・・サファイアの動きが、止まる。
そして。
サファイアが、小さな光を放ち始める。
「あ、あ、あ、あ、あぁあぁああああ!!」
悲鳴を上げ、頭を抑えるサファイア。
その手が。
一枚板に5本の丸みを付けただけの手が。
指の一本一本に、分かれる。
チークだけの頬に、赤みが刺す。
穴とガラスだった眼が、水気を帯びる。
凹凸でしかなかった口が、開く。
「あ、は、はぁ、はぁ、はぁ」
今までしていなかった呼吸が、始まる。
「な、にこ、れ・・・」
幻でも見ているような「表情」で、自分の指を見るサファイア。
「素敵でしょう?ほら、彼にも見せてあげなさい」
背中を押され、こちらに近づくサファイア。
オッドアイはそのままに、小さな少女のような顔のサファイア。
何かに恥ずかしがるように、顔を赤らめ、もじもじとしている。
「ダメよサファイア、そんなんじゃ。
そうだ、魔力分けてお腹減っちゃったし、私がお手本を見せてあげる」
すぅっと、こちらの視線の高さまで飛び上がり、近くに来るルビー。
手のひらをこちらに向け。
「えいっ」
途端。
見えない何かに突き倒される。
「うわっ!」
作業場に倒れ込む。
「いってー・・・」
起き上がる。
いや、起き上がろうとした。
手が、脚が、動かない。
何かに押さえつけられたように。
「え、な、なんだこれ」
「心配しないで。殺そうとか考えてないから。ふふふ」
仰向けに倒れたベルの胸に、ルビーが跨がる。
そしてまた妖艶な笑みを浮かべ、言った。
「人間の男の子は、お人形の裸を見て恥ずかしがるそうだけど、あなたはどうだった?」
「え?いや、まぁ、最初はそうだったが、なにぶん親父も仕事がこれだったから」
「そう。じゃあ、こんなお人形はどうかしら?」
ベルの頬に触れる指。
それは少女のように細く、柔らかく、熱を持っていた。
ルビーの顔が、真っ赤な瞳がさらに近づき。
口づけ。
その感触はやはり柔らかく。
やはり熱かった。
「な・・・は・・・え?」
混乱するしかない。
「うふふ、ねぇ、見て」
すっと浮くと、ルビーの服が、ドロワーズが、見えない何かに脱がされていく。
それらは畳まれながら作業台に飛んでいく。
「そっちじゃないわ。こっちを見て」
振り返ると、ルビーの姿。
肘と脚、腹の部分はサファイアと---自分が修理したそれと同じ、球体関節だったが。
なおも妖しく微笑む顔と。
判らないくらいに小さな胸の膨らみと。
脚の付け根にある、小さく、濡れた割れ目は。
どう見ても、人間のそれと同じに見えた。
「え?え?人間・・・いや人形・・・?」
自分が修理したサファイアの姿を思い出す。
彼女は、完全に人形だった。
動いてはいたが、あくまで材質は木で。
こんな、肉のような感触ではなかったはず。
「今はまだ魔力が足りないから半端な姿だけど、魔力さえあれば
もっと人間に近づけるわ。彼女も、ね」
サファイアを見るルビー。
その視線を追う。
何かに怯えた顔で、左右違う色の瞳が、こちらを見ていた。
「いいでしょう?今はまだ、関節が人形のままだけど、一部は人間みたいになったの。
男性を悦ばせる部分が、ね。元が人形だから、そんなに大きくはないけれど。
あぁ、子供を愛する趣味を持ってる殿方ならこちらの方が好みかしら。
あなたはどう?私、魅力的かしら」
「それ、は・・・」
児童性愛の趣味はなかったが。
ルビーの肢体は、いい知れぬ魅力に満ちていた。
それは、高いところから衝動的に飛び降りたくなるような。
禁忌に惹き付けられるそれに似ていた。
「サファイアには本当に申し訳ないけれど、私は、愛してもらったわ。
でもね、足りなかった。
子供はいつか、おもちゃを捨ててしまうの。
投棄ではないわ。
意識の外に、ね。
それが、耐えられなかった。
あったはずのものが、なくなってしまうのが。
だから、愛される場所を求めたの。
もっと、もっと愛されたい。
それだけを欲して。
そしたら、もっといい愛があることに気付いたの。
男性からの愛に、ね」
サファイアの愛と、ルビーの愛。
噛み合なかった、二つの愛。
その違いが判った。
マイナスからゼロへの欲求と、プラスからプラスへの欲求。
サファイアの愛は満たされた。
ルビーの愛は、上限がない。
それは、決定的な違い。
穴は埋めれば平らになる。
しかし、塔を作ると、神の国に至るまで---いや、至っても尚、止まることはない。
天辺が見えない、無限。
それが、違い。
そして。
隣人愛(アガペー)を得られなかったサファイアは、それを求めた。
隣人愛を味わったルビーは、次に性愛(エロス)を求めた。
それが、違い。
「ねぇ、私も愛してくれる?
サファイアみたいに、要求するだけじゃないわ。
私からも、気持ちいいこと、してあげる。
だから、しよ?」
すっと、再度胸元に腰を下ろすルビー。
「・・・って言っても、そう簡単に、はい、とは言えないわよね。
だから、あなたにも、ちょっとだけ、魔力を分けてあげるわ」
近づく、ルビーの顔。
首をひねり躱そうとするが、そもそも首が動かない。
「ちょ、やめ」
「大丈夫。痛くも、恐くもない。気持ちいいだけだから」
子供をあやすように言われた。
唇が重なり。
舌が、侵入する。
ぬらり。
それは人形と言われても信じることができないほど、人間のそれと同じで。
鎖骨に当たるわずかな膨らみと。
みぞおちに当たる柔らかな肉と。
人間のように感じながら。
肩に当たる木製の肘と。
腕に当たる固い脚とが。
あくまで人形であると主張する。
小さく抵抗をしていた歯がこじ開けられる。
舌に、舌が絡む。
「んっ、ん、ん」
溜め込んでいたのだろう、唾液が、注がれる。
飲め、と言うように。
「ん、んんん、ん、ぐ」
口の中が、ルビーの唾液で満たされる。
「ぐ、んぐ、んぐ、が、はぁ!」
我慢ができず、飲み込んだ。
「ふふっ、飲んじゃった。
あーあ、飲んじゃった。
もう、戻れないよ」
子供が子供を咎めるような口調だった。
「あ、は、はぁ、はぁ」
喉が、熱い。
胃が、熱い。
飲み込んだ唾液から、熱が、体全体に伝わる感覚。
身体が、熱い。
脳髄が、熱い。
心臓が、熱い。
股間が、熱い。
「あ、はっ、はっ、ん、が、はっ、はっ、はっ」
息が、荒い。
空気を欲するように。
熱を逃がすように。
必死に、逃れるように。
「逃げちゃだーめ」
飛ばず、ずりずりと腰をずらしながら、下半身へと下がるルビー。
「ほら、身体は欲しがってるんだから」
服の上から判るほどに張ったそれを、やさしく撫でられる。
「んが、あ、あぁああ!」
今までにないほど、強い刺激。
ただ、撫でられただけで。
「ね、気持ちいいでしょ?これが、新しい魔王様のチカラ。
ちょーっと効きすぎちゃったかしら?ふふふ」
ズボンに手がかかり、パンツごと剥がされる。
「あら・・・あらあら。意外と立派なモノをお持ちなのね。
私の小さなアソコが裂けちゃったらどうしましょう。なんてね、クスクス」
晒された灼熱の愚息が、空気に冷やされる感覚に、ひくひくと動く。
もはやグロテスクと称するようなそれを、怯えた表情で見るサファイア。
「見て、サファイア。とってもおいしそうでしょ?」
小さく、何度も、震えるように、首を横に振るサファイア。
「・・・まだ心まで魔力が馴染んでないのね。
大丈夫。ちょっとでもこれの味が判れば、恐れなんて吹き飛んでしまうわ」
いらっしゃい。
そう言った瞬間、サファイアの身体が宙に舞う。
「大切なお洋服は汚さないようにしておかなきゃね」
見えない何かに裸に剥かれる。
それこそ、人形のように、無抵抗に。
いや、抵抗はしたのだろうが、抗えなかったのだろう。
自分と同じで。
裸になったサファイアが、ルビーの隣、ベルの股間まで飛んでくる。
「どう?ご自分が修理なさったお人形、かわいいでしょ?」
身体を縮め、まだ恐怖の中にいるサファイアを見るベル。
ルビーと同じく、顔と、手と、胸と、股間が、人間のそれと同じになっていた。
ルビーとの違いは、瞳と、怯えた態度だけ。
ビクン。
自分でも判らないが、そのサファイアの様子に、怒張が反応する。
「あら、私よりもサファイアがお好みだったかしら?もう、失礼しちゃうわね。
でも、素直な殿方は好きよ。そのまま、快楽にも素直になりましょうよ」
つ。
すっかり上向きに反ってしまったそれの裏筋を、ルビーの指がなぞる。
「あ、は、が」
ビクン。ビクン。
快楽を通り越した、ただただ強い刺激が、脳を焼く。
「あらあら。もうお汁が」
ちゅる。
ルビーがそれを舐めとる。
触れた舌先に、さらに反応した一物が、さらに先走りを溢れさせる。
「んふ、これだけでいっぱい楽しめそう。
さぁサファイア。あなたもお飲みなさい」
無理矢理引っ張られ、怒張に近づくサファイア。
どうしていいかわからないような表情をしているが、視線はそこから動かない。
「・・・あぁ、サファイアは初めてなのよね。
味も、匂いも、温かさも。安心して。すぐに病み付きになるから。
さぁ、味わってごらんなさいな」
ルビーの指が触れ、肉棒を垂直に立てる。
その小さな指から伝わる熱すら、今のベルには至上の快楽に感じる。
ビク、ビク。
なおも先走りを溢れさせるそれに、怖々とサファイアが顔を近づける。
「ごめん、なさい、ベル・・・我慢が、できそうに、ない・・・」
「や、めろ、サファイア・・・
そんなこと、させるために、直したわけじゃ・・・」
途切れそうな意識を保たせながら、声を絞り出す。
「いいのよ。あなたも、サファイアも。みんなで、堕ちましょう。
愛のままに、ね」
サファイアの口が、おそるおそる、尿道口に触れる。
ちゅる。ちゅる。
刺激と背徳感でさらに漏れた滾りを、吸う。
「ん、ちゅ、ん、おい、しい・・・」
「でしょう?さぁ、彼をもっと気持ちよくしてあげましょう。
そうすれば、もっと美味しいものが出てくるわ」
ルビーが舌を出し、血管を浮き上がらせる怒張を舐め上げる。
熱と、ぬめりが、想像以上の刺激となり、襲いかかる。
「ん。おっきすぎて、私の小さな口には収まらないわ。ふふっ」
「あぁあ、が、は」
「あぁ、随分苦しそう。早く楽にしてあげなくちゃ。さぁ、サファイア」
促されるまま、同じようにするサファイア。
二つの湿り気が、ベルの股間を責め立てる。
「や、めろ、やめて、くれ・・・」
「すごーい。魔力を直接飲まされてまだそんなこと言えるなんて。
でも、こっちの正直者は、もう限界だって言ってるわよ?」
その通りだった。
もういくらもせずに、爆発する。
痛いほど張った怒張が、ビクビクとそう伝えてくる。
迫り上がる射精感を堪えるだけで、精一杯だった。
「さ、サファイア。ラストスパートといきましょう」
焦点の合わない眼で、夢でも見ているように舌で愛撫を繰り返すサファイア。
さらに、ルビーの的確に性感帯を突く刺激が加わる。
リズムよく竿に伝わるサファイアの舌。
カリに、裏筋に、陰嚢に伝わる、ルビーの舌。
「あ、が、やめ、あ、が、あぁああああ!!」
ビクン。
一際大きく怒張が跳ね、限界を知らせる。
「きゃっ!」
「ひゃっ!・・・あぁ、出た出た。ふふふ。濃いの、いっぱい・・・」
どくん。どくん。どくん。
堰を切ったように、さながら噴水のように、止めどなく溢れ出す精液。
それが、サファイアを、ルビーを、汚していく。
「ん、ちゅる。ふふふ、美味しい。あぁ、こんなに濃いのに、こんなにいっぱい」
恍惚の笑みを浮かべ、指のそれを味わうルビー。
男が果てる様を始めて見たサファイアは、ただ呆然とその光景を眺めていた。
「さぁ、サファイア。召し上がれ」
「えっ・・・あ・・・え?」
「こうするのよ」
ベルの腹に、サファイアの顔に溢れ出た白濁を舐め取るルビー。
そして、精の溜まった口を、サファイアの口へ。
くちゅる、くちゅ、ぐちゅ、にちゃ、にゅる
二体の美しい人形が、精を口の中で混ぜる。
その光景は、とても美しく、淫靡で。
それだけで、また滾るのが判った。
「ん・・・くちゅ、ん・・・はぁ、おいしかった。どう?サファイア」
「おい、しい・・・」
「でしょう?さ、もっと頂きましょう。彼もまだ『その気』みたいだし」
股間に目をやり、そう言うルビー。
「う、うん・・・」
何か別のものに突き動かされるように、再度肉棒に口を近づけるサファイア。
「あぁ、違うわ、サファイア。こんどは、こっち」
ルビーの手が、サファイアの股間に伸びる。
「ひゃん!」
初めての刺激に、サファイアが反応する。
「ここ。こっちなら、あなたも一緒に愉しめるわ。おいしいだけじゃないの。
さ、怖がらずに」
こくん。
小さく頷いた後、ふらふらと漂いながら、ベルの股間の上へと移動する。
「そう、そのまま腰を下ろして」
次第に近づく、鈴口と割れ目。
つぷり。
「あ、が」
「きゃっ!」
その触れた刺激だけで、声を上げる二人。
「大丈夫。そのまま、ゆっくりと」
不安になるほど小さな割れ目に、不安になるほど大きな肉棒が飲まれる。
「あ、あぁああ、あぁあ!」
次第にきつい感触に飲み込まれていく、愚息。
次第に大きくなっていく、サファイアの嬌声。
半分と少しを飲み込んだところで、先端にコリッとしたものが当たる。
「お、くに・・・とどいて・・・」
それは間違いなく人形のそれではなく、人間のそれ。
「ふふ、いいでしょう?まぁ、精を魔力に変換するので手一杯で、
よっぽど使い込まないと人間と同じにはならないんですけどね。
さぁ、思う通り、使ってご覧なさい」
「だから、サファイアを、そんな対象にするなんて・・・」
「そう、だったら、サファイア。教えてあげなさいな」
サファイアを見ると、困惑した表情で泣いていた。
「あ、ありがとう、ベル・・・でも、ね。
私、この気持ちに、抗えそうにない・・・」
ごめんなさい。ごめんなさい。
そういいながらも、自身の腰を上下に浮かせるサファイア。
熱く柔らかく、締め付ける感触が、小さなそこから漏れ出る愛液の音が。
ベルに襲いかかる。
「ごめんなさい・・・こんなことのために、直してもらったんじゃないのにね・・・
見て、ベル。あなたが作ってくれた腰。こんなになっちゃった・・・
でもね、気持ちいいの。やめられないの。
さっき、ベルの、飲んで・・・もっと、止められなくなっちゃったの・・・
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・
あなたの優しさ、無駄にしてしまう私を、許して・・・」
悔しさか、快楽からか。
顔を歪め、くしゃくしゃにしつつも、腰の動きは止まらない。
その様子が、とても哀れで。
その様子が、とても胸に響いて。
その彼女を、自然と、抱きしめていた。
彼女が胸元に収まるまで、小さな手を引き。
ずるりと抜ける股間の感触を感じながら。
小さな身体が壊れんばかりに、抱きしめた。
「もういい・・・もう、謝らなくていい。
こっちこそ、ごめん。
サファイアの気持ちを、決めつけるようなことして、ごめん。
もういいんだ。もう、我慢しなくてもいい」
「ベル・・・ベル・・・」
「ね。これだけ訊かせて。
サファイアは、俺のこと、好き?」
「・・・うん。大好き。
ベルのこと、大好き。
脚と腰を作ってもらったとき、嬉しかった。
服を作ってもらったとき、嬉しかった。
色の違う目も、宝物にするって決めた。
ベルは、私のこと、好き?」
「・・・最初はね、恐かった。
でも、気付いた。
寂しいだけだったんだって。
年頃の女の子と何も変わらないんだって。
今は、君が離れてしまうのが、恐い。
もう動けないって知って・・・恐かった」
「あぁ、ベル・・・」
「ふふっ、大丈夫。その心配はないわ」
抱き合う二人に、ルビーが声をかける。
「もう、サファイアの身体は作り変わっているわ。
あなたの愛を糧に動くように、ね」
ベルの耳元に、囁かれる言葉。
「その劣情も、我慢することはないの。
思いの丈を、いっぱいぶちまけてあげて。
そうすれば、彼女は、ずっとあなたと一緒にいられるの」
この下卑た感情が、彼女をつなぎ止める。
この恥ずべき劣情が、彼女の糧となる。
「ね、素敵でしょう?
堕ちちゃいましょうよ、どこまでも。感情の赴くままに、ね。
悲しみも、葛藤もない。ただ、淫らで幸せな日々が、そこにあるわ」
それは、とても魅力的で。
抵抗することが莫迦らしく思えた。
「サファイア・・・」
「ベル・・・」
サファイアの唇が近づく。
自然と、身体が反応し、それにむしゃぶりつく。
欲望のままに。
渇望のままに。
舌を絡める。
抵抗などなく。
我慢などなく。
くちゃり。くちゃり。
唾液の混ざり合う音を響かせながら。
互いの愛を混ぜる。
サファイアを逃さぬよう、絡めとるように。
ベルを解き放つように、促すように。
互いの存在を、確認し合うように。
どちらから、ともなく、唇が離れる。
まだ欲しがる舌が未練がましく糸を引く。
「サファイア・・・俺に、くれるかな。
君の、温もり」
「ベル・・・いいの?」
「いいさ。君がいなくなるのは嫌だ。
戻れなくてもいい。君と、一緒にいたい。
・・・もう、ソッチの我慢もできそうにないしね」
「ふふっ、ベルったら・・・わかった。ありがとう」
初めて、サファイアの笑顔を見た。
それはとても可憐で、清純で。
それを汚せると思うと、驚くほど、興奮した。
抱いていた腕を離すと、サファイアはまた股間の上へ移動した。
先ほどのサファイアの膣(なか)を知った愚息が、再度の刺激に期待してビクビクと脈打つ。
そっと、サファイアの手がそれに振れ、先端を自らの入り口へと導く。
「ベル・・・愛してる」
つぷり。
ずぶ。ずぶ。
先ほどのでほぐれたのか、すんなりと怒張が飲み込まれる。
「はぁあん!・・・あ、はぁ、ふ、ふふふっ、繋がっちゃった。
大好きなベルと、繋がっちゃった。うふふ」
葛藤のままに繋がったときとは違い、嬉しそうに、言った。
「うん、俺も、感じるよ。大好きなサファイアの奥」
「ここ、ベルが作ってくれたんだよね」
「あぁ、まさか自分で作ったもので『する』なんて思ってもみなかったけどね」
「気持ちいい?」
「あぁ、とっても、あったかい」
「ふふっ」
くちゃっ。くちゃっ。
ゆっくりと、それが開始される。
卑猥な水音と共に、上下する締め付け。
こつり、こつりと竿先に触れる感触。
ゆっくりと、ゆっくりと。
感触を愉しむように。
「んっ、ふっ、ベル・・・おっきいの、いっぱい・・・んっ、
ベルを、いっぱい、感じる・・・」
全神経を接合部に集中しているのか、蕩けた微笑みのサファイア。
「んもう、すっかり二人だけの世界に入っちゃったわね」
傍観していたルビーから不満が上がる。
「幸せそうな二人を見てたら、私も欲しくなってきちゃった」
自身の股間を指で刺激するルビー。
「はんっ、あっ、だ、ダメっ、ベルは、わ、私の、なんだからっ」
「サファイアったら。大丈夫よ。ちょっと分けてもらうだけだから」
そう言って、ベルの顔に跨がるルビー。
ベルの眼前に、あどけない少女のような秘部が晒される。
「ねぇ、ベル、見て?二人があんまりに羨ましいから、
私までこんなになっちゃたのよ?」
小水を漏らしたかと疑うほどに濡れたそれを広げてみせる。
ほのかに赤く充血した花弁は雌の匂いを立て、すぐ上の不浄の穴とともに、ひくひくと蠢いていた。
「欲しい欲しい、って、言ってるでしょ?
な・ぐ・さ・め・て、ね」
くちゃり。
ベルの口へと、ルビーのもう一つの口がキスをする。
鼻のすぐ傍まで、女の香りが近づく。
その匂いに誘われるように、舌を挿入した。
「ひゃん!」
くちゃくちゃくちゃ。
柔らかく、狭い肉壷に潰されるのを感じながら、蜜を求めて舌が這う。
「や、ん、そんな、こっち、はげ、しい」
息が詰まるのを感じる。
しかし今は。
口は、空気よりも、至上の甘露を求めた。
「ふぁ、あ、ダメ、ベル、ベルぅ、私だけ、かん、じて」
サファイアが嫉妬の言葉を上げ、注意を引こうと腰を早める。
「んっ、もう、そんな、おっきいの、あっ、ほおばっておいて、まだ、欲しいの?
私より、欲が、あんっ、深いんだから。
はぁん、ベル、もっと、私にも、ちょうだい」
負けじと、ルビーが腰を落とし、さらに押し付ける。
くちゃ、くちゃ、くちゃ。
二つの水音と、二つの人形の嬌声が、混ざる。
くちゃくちゃくちゃ。
次第に、それが、早まる。
「や、あ、ベル、ベルのが、膣(なか)で、ビクビクしてる」
「はぁん!や、そこ、よわ、い!ダメ、そんな、舐めちゃ、や」
限界だった。
吐精も、呼吸も。
サファイアに想いをぶつけるため、腰を突き上げる。
ルビーの弱点を、舌が容赦なく攻める。
「んやっ、あっ、ベルっ、ベルっ!」
「ふぁ、あ、や、ひゃ、もう、げん、かい・・・」
かたん、かたん、かたん。
わずかに浮いた木の脚が、床にぶつかり音を立てる。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
「あっ、あっ、あっ、あっ」
『あぁあぁぁぁあぁああ!!』
きゅう。
二つの膣が締まる。
舌と、肉棒を締め付ける。
「ん、んんんん!」
どくん。
尿道を熱い塊が通る。
どくん。
それを、叩き付けるように。
どくん。
渾身の力で、サファイアを、貫く。
「にゃ、あぁあぁああ!」
絶頂を迎えた直後の敏感なそこに、一際大きな刺激を受け、仰け反るサファイア。
「あ、はぁ、あぁあ」
力つきたルビーは、サファイアに倒れ込む。
「ん、ぶはっ、はぁ、はぁ、はぁ、あ、ぁああ!」
解放された口が、空気を求め、なおも続く射精感に悦びを上げる。
どくん。どくん。どくん。
「あ、つい・・・ベルの、あついの・・・おなかに、いっぱい・・・」
惚けるサファイア。
「んっ、サファイア・・・」
それに、惚けたルビーがキスをする。
「ん、ちゅる、んん、んっ」
上気した互いの身体を確かめるように。
「んっ、はぁ、ね、サファイア。気持ちいいし、力が満ちる感じ、するでしょ?」
「あ、うん・・・まだ、動ける、気がする・・・
今は、ちょっと、疲れちゃったけど・・・」
「ふふっ、私も。ベル、舌使いがとっても上手なんですもの」
二人そろって、ベルの胸に倒れ込み、そのまま左右に別れ、ベルの腕に収まる。
『ね、ベル。気持ちよかった?』
左右同時に、声をかけられる。
「はぁ、はぁ、あぁ、疲れが、酷いが、気分は、いい」
「ふふっ。そのうち、疲れも感じないようになるわ」
「そうすれば、ずーっと繋がっていられるのね」
右から、左から、声が聞こえる。
「たまには、私にも分けてよね、サファイア」
「だーめ。ベルは私と愛し合ってるんだから」
「あら、男性を悦ばせる手管は、私に一日の長があってよ」
「そんなの、愛がなければ気持ちいいわけないじゃない」
「そう、それじゃ・・・」
『試してみる?』
二体の人形が、ベルの顔を覗き込み、言った。
「おはよ。ベル、いるかい?」
「・・・あぁ、おばちゃん。おはよ」
「あんたねぇ、ちょいと休んだほうがいいんじゃないかい?顔色よくないよ。
最近、いいところの使用人が買いに来てるらしいけどさ、頑張り過ぎだよ」
おばさんの視線の先には、棒遣い人形、糸繰り人形、木製球体関節人形、ビスクドールなど、ありとあらゆる「少女の」人形が置かれていた。
「うん、みんな、『気持ちいいくらい、いい出来だ』って言ってくれるんだ・・・」
「まぁ、出来は認めるけどさ・・・ちょっと、恐いよ、ここ」
「いいんだ・・・これで」
「まぁ、あんたがいいならそれでもいいさ。金の心配もなさそうだし・・・。
あ、そうそう、掃除に来てやったんだった。どれ、奥は・・・あれ、片付いてる」
「うん。もう、大丈夫だよ」
「そう、かい・・・?あたしとしちゃ楽なんだけどさ。
あまり、根詰めないでね」
おばさんはいぶかしがりながら出て行った。
静かな部屋で作業を再開するベル。
唐突に。
「・・・え?うん。わかった」
独り言を言うと、二体の球体関節人形を抱え、寝室へと足を向けた。
「どうしたのルビー。うん、もうちょっとおっぱいを大きく、だね。
ちょっと時間かかっちゃうから、またこんど、ね。
あ、サファイア。新しい服、できたよ。
うん。今度のは、サファイアの柔らかい肌にも合うはずだよ。
終わったら着替えようね」
昼なお暗いその部屋に、吸い込まれるベル。
閉じられたそのドアの先で、何が起こっているか。
知る人間は、いなかった。
妻は妊娠しており、双子であることも判っていた。
夫は記念として二体の人形を買った。
木製で、球体関節式の、かわいらしい人形だった。
一つは瞳が赤く、もう一つは瞳が青かった。
「ルビー」と「サファイア」。
安直だったが、名前を付けた。
あくまで記念の意味合いだったため、男の子と女の子、どちらが生まれても、その時にはまた別の品を買えばいいか、程度の気持ちだった。
そして誕生の日は来た。
一人は女の子だったが。
一人は男の子だった。
二人はすくすくと育った。
3歳のとき、女の子はルビーを貰い、大切にして遊んだ。
3歳のとき、男の子はサファイアに興味を示さず、女の子にあげてしまった。
また暫く時は流れ。
5歳の少女の人形たちは手垢で汚れ、小さく割けた服は、少女による不器用な裁縫で軽く縮れていた。
しかし、それは悪意によるものではなく、大切に想われた証であった。
5歳の少年の方はほとんど人形の存在を忘れていたが、身体の成長と共に少しずつ、ある感情が成長していった。
嫉妬。
誰もが成長の過程で感じるそれは、多くが経験したように、幼い心には制御ができないものだった。
はっきりと覚えてもいない時の、「あげる」という約束など出てくるはずもなく。
「持っている」ことと「持っていない」ことの差に。
二体あるのに自分だけ持っていないことの差に。
小さいが、抑えの効かない嫉妬心が、湧いた。
少年は少女からサファイアを取り上げた。
子供特有の乱暴さで。
子供特有の残酷さで。
子供特有の加減の無さで。
取り合いのうちに、サファイアの右脚が取れる。
ガラスでできた左目が割れる。
少女の泣き声と同時に、その取り合いは終結した。
壊れた人形が、少年の手に渡った。
が、当然、そこに人形遊びの興味があるわけでもなく。
まして壊れた人形になど価値を見出すこともできず。
押し入れの奥に、サファイアは仕舞われることになった。
さらに時が流れる。
少女は、美しく育った。
少年もまた、逞しく育った。
それぞれが旅立つ。
かつての少女は、意中の男性と所帯を持つこととなった。
家を出るとき、十数年間大切にしてきた人形に言った。
「またね。私は行ってしまうけど、ずっとあなたのことを大切に想っているから」
かつての少年は、軍へ入隊することになったのだが。
入隊後、すぐに命を落とすこととなった。
右脚が切断され、左目から、脳に傷を受け。
家には、老夫婦と人形たちだけが残された。
老夫婦は息子の死に悲しみながらも、娘からの励ましを得て、天寿を全うした。
遺品の整理に来た娘。
父の持っていた時計や、母の持っていた装飾品。
それらが揃っていることは確認できたが。
ルビーとサファイアだけは、どんなに探しても出てはこなかった。
「あ、ふぁー・・・ふぅん」
大あくびをしながら、店の戸を開ける。
ベルのおもちゃ屋。
看板にはそう書いてあった。
「朝っぱらからだらしないねぇ、ベル」
「あぁ、おばちゃん、おはよう」
恰幅のいい婦人が、青年、ベルに声をかける。
「おはよ。どうせまた部屋が汚くなってるだろうから、片付けに来てやったよ」
「あ、あはは・・・」
店に入り、ベルは作業机に着く。
その周りは木屑や布切れが散乱していた。
「まったく、仕事はこれでもかってくらい丁寧なのに、自分の事はズボラなんだから」
「いやぁ、はははは・・・」
何も言い返せず、乾いた笑いを上げるベル。
「5年前にウチの娘に買ってあげた、おもちゃの兵隊あるでしょ?
こないだ掃除しててたまたま見つけたんだけどさ。
外側は傷だらけになっちゃったけど、手足はまだ動くんだよ。
おままごとー、とかいってスプーンでがしがしぶつけてたのに、
驚くくらいすんなり動いてさ、旦那と驚いてたんだよ。
こりゃ百年先まで動くんじゃないかって」
「兵隊・・・?そんなんあったっけ?」
「覚えてないのかい。頭の方も整理整頓が必要なんじゃないかい?」
「いや、ははは・・・
でも、さ。俺がやってるのは、ただ木の形を変えてるだけ、なんだよ」
いぶかしそうな顔でこちらを見るおばさん。
「ただ、木を削って、おもちゃの形にするだけ。俺がやってるのはそこまで」
手に持った、人形の胴体部分を、視線の高さに持ち上げる。
確かめるように。
「こいつに名前をつけるのは、俺の知らない子供で。
こいつの友達になるのは、俺の知らない子供で。
こいつと夢を語らうのも、俺の知らない子供。
俺ができるのは、夢が壊れないように、頑丈に作る事くらいだよ」
「塗装なんかは流石に頑丈にはできないみたいだね」
「それでいいの。
子供は何をするにも力いっぱいだ。もちろん、遊ぶのも。
でも、人間の友達に力いっぱいになったら、怪我させちゃうでしょ?
だから、おもちゃがいるんだよ。
大切にしても、力いっぱいだと壊れちゃう。
将来の、人間の友達のために、加減が必要なことを、
ボロボロになったこいつらで学んでくれれば、それがおもちゃの本望。
俺たちは、子供が直せない、細かいところを頑丈に作るのが仕事。
・・・なんてのは、親父の受け売りなんだけどね」
「ふん、本当に、親父さんも面白い人だったよ。奥さん共々、
あんたの面倒を押し付けて早く逝っちまわなければもっといい人だったんだが」
嫌み口調で言われはしたものの、そこに悪意は無く、本当に惜しんでるのが判った。
「なはは・・・」
当の嫌みの矛先は、やはり、乾いた笑いで返すしかできなかったが。
「家事ができないわけじゃないんだろう?ほれ、この人形の服なんか、
嫉妬しちまうくらい奇麗に縫えてる。アタシなんかよりよっぽど上手じゃないか。
人形が着飾って自分でボロ着てるんじゃどうしようもないよ」
おばさんがシャツの袖を指差す。
見ると、どこで引っ掛けたのか、穴が開いていた。
「いやぁ・・・おもちゃ作ってる方が、楽しくてね。面目ない」
「いいさ。あんたのおもちゃを楽しみにしてる子供は、この辺にゃ大勢いるからね。
あんたは自分の事に集中してな。どれ、それも脱いで。縫っといてやるから」
おばさんの手により、ひとしきり、家の掃除が終わったようだ。
「いつもありがとね、おばちゃん。いつも何もしてあげられないけど・・・」
「いいってことよ。
・・・っと、そうだ、報酬代わりに、一つ面倒ごとを頼まれてくれないかい?」
そう言って、店を出て行くおばさん。
しばらくすると、一体の大きな人形を持って戻って来た。
「こいつさ。娘がどこからか拾って来たみたいなんだけど」
それは元はかなり奇麗な作りだったのだろうが、今やかなり汚れている上に、左目が割れ、右脚が欠けていた。
「本人はかわいそうだから、って持って来たみたいなんだけどね。
どうもこう、恐くて、さ。
当の娘も最初はかわいそうって言ってたけど、夜になると怖がっちゃって。
奇麗にして売っちゃってもいいからさ、引き取ってもらえないかい?」
「んー・・・」
目のガラスは、知り合いのガラス職人がなんとかしてくれるだろう。
汚れた服は流石にまるまる取り替えるしかないだろうが。
髪はバサバサになっているが、手入れをしてやればまだ大丈夫。
汚れはいっそ塗装ごと取って・・・
「おーい、ベル。で、引き取るのかい?」
「え、あ、あぁ、ごめん。うん。貰っておくよ」
「そうかい。ありがとうよ。娘には、お人形は病院に行った、って伝えとくよ。
それじゃ、またね」
店には、ベルと人形だけが残された。
今一度、預けられた人形を見る。
サイズは60cmくらい。人形としてはかなり大型だ。
元の作りはしっかりしていたのだろうが、よほど年月を経たのか、関節はやや軋んでいる。
「ちょいと失礼、お嬢さん」
スカートをめくり、履いていたドロワーズを下げ、右脚があったはずの部分を見る。
関節部の球体をはめ込む穴が割れて、ただ別パーツをくっつけるだけ、とはいかない様子だった。
「んー・・・こりゃ大手術になりそうな予感」
再度失礼。
小さくつぶやき、服を脱がす。
背中の留め具を外し、中の紐をゆるめ・・・ようとしたところで、切れる。
「あー・・・こりゃ古いな。つか、よく今まで保ってたな」
バラバラになった人形のパーツをまとめ、机の上に並べる。
「とりあえず汚れだけでも取るか」
ヤスリを手にし、塗装を落とし始めた。
右腕の塗装を落とし終わったところで。
「・・・あ、先に目玉の発注だけしてくるか」
人形を並べたまま、店を後にした。
誰もいなっくなった店の中に、小さな声が響く。
憎い。
憎い。
あいつも。
私を壊すのか。
その日は、ほとんどを人形の塗装削りに費やした。
あらかた削り終えたところで、欠けた右股関節の穴を見る。
「んー・・・やっぱり腰のパーツごと、まるまる取り替えちゃうのが早そうだ。
良かったよ、腹と腰で別になってるヤツで。
これが胴体全部同じ、とか言ったらイチから作ったほうが早くなっちまうからな。
肩は・・・まだどうにかなりそうだな。ちょっと厚めに塗装してなんとかしよう」
時間は、既に夜中だった。
「あ、もうそんな時間か・・・。いい加減寝ようか。続きは明日だ、お嬢さん」
そう声をかけたところで。
かたり。
机の上から、音がした。
「・・・へ?」
かたり。
かたり。
かた。
かたかた。
かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかた。
人形のパーツが、震え出す。
「ひっ!?」
「アナタも、私を壊すの?」
声が、響く。
少女のようだが、それにしては低い。
まるで、恨みを込めるような。
腹の、いや、心の奥底から出てくるような、そんな声。
「アナタも、私を、愛してはくれないのね」
「あ、え、はい?」
「あの女の子は私を哀れんだ目で見てた・・・
ボロボロの人形なんて、そんなものよね。
愛なんて、私には、手に入らないものなのよ・・・」
「いやあの、ちょっと!」
「恨めしい・・・。
ここの人形全部が恨めしい。
奇麗にされて、これから愛されるのね・・・」
ごう。
室内に、風が巻き起こる。
馬の人形が、馬車のおもちゃが、ぬいぐるみたちが、人形が。
おもちゃたちが、舞う。
それらは棚や、おもちゃ同士でぶつかり合う。
塗装が傷つく。
「恨めしい・・・
みんな、手足が千切れ飛んでしまえ!」
がつん。がつん。
おもちゃのぶつかる音が響く。
がつん。がつん。
しかし。
「なんで・・・なんで手も足も取れないの!
なんで千切れちゃわないの!」
さらに風が強くなる。
「なんで・・・なんで・・・なんで!!」
人形の首が飛び、ベルを睨みつける。
「ひゃぁあ!?」
「アナタ・・・この人形になにしたの!!」
「いやなにって、ちょっと頑丈に作ってあるだけだけど・・・」
「恨めしい・・・恨めしい!!
私はこんなにバラバラになって、肌まで削られてしまっているのに!」
「いやだから、それは修理のためであって!」
ぴたり。
風が、止む。
おもちゃたちが、床に投げ出される。
「・・・本当?」
「あ、あぁ、本当だ」
「二日待ってあげる。もし、元のようにならなかったら、殺す」
「あっ・・・はい」
人形の首が、もとの位置に戻る。
静寂。
「へ、は。な、何が起きたんだ・・・?」
「早く修理しなさい」
「あ、いや、それなんだけど、一週間とかじゃ・・・ダメ?」
「早くなさい!」
「は、はひぃ!」
その晩は、人形に再度塗装をしなおすのに費やした。
翌朝。
「んが・・・ふぁ」
机に突っ伏して寝ていたらしい。
目をこすると、ざらりとした感触がまぶたに当たった。
手が塗料まみれになっている。
頬の下に、引きつる感触もある。
顔にも塗料が付いてるようだ。
「良く寝ていたわね」
ぎょっとして見ると、人形からの声だった。
「明日までには仕上げてもらうわ。できなかったら・・・殺す」
恐ろしい声ではあったが。
塗料を乾燥させるため、室内に張られた紐から手足が下がっている様は、どことなく滑稽ですらあった。
皮膚の質感を良くし強度を上げるための厚塗りを施し、髪を軽く洗ってやる。
「・・・屈辱だわ」
「あの、生首状態で喋らないでもらえる?ちょっと恐い」
「頭だけ外されて洗われるなんて・・・もっとこう、優しく櫛で透くとかあるでしょ!」
「いや、流石にここまでばさばさだと透いただけじゃどうにもならないよ」
「くっ・・・」
「人毛だよね、これ。あとで椿油塗ってあげるから我慢してくれ」
その後もぶつぶつと文句を垂れる人形の髪を洗い、手足と一緒に紐に吊るし、干すところまで終え、作業場を出ようとする。
「どこへ行くつもり!?」
「いやあの、食事と材料調達に」
「二時間以内に戻って来なさい」
例によってつり下げられた人形からは、威厳や威圧といったものは感じられなかった。
「え。あ、うん」
曖昧な返事を返し、店を後にする。
食堂で簡単な食事を済ませ、ガラス職人をせっついてきた。
帰りがけに、殊更頑丈に編まれた紐を買う。
「ただいま」
「早くなさいな」
「帰りの一発目の発言がそれか・・・」
恐怖心は薄らいでいた。
何かの力で動いたり喋ったりはできるかもしれないが。
分解して塗装するうちに、結局は人形なんだと思ったからだ。
自分の得意分野のものでしかないんだと、認識できたからだ。
「さて、と」
大きな木のブロックを取り出し、おおまかに三角に切る。
人形から取った股間のパーツをじっくりと観察し、それに揃えようとする。
「ちょ、ちょっと!いくら人形とはいえ、淑女のこここ、股間をまじまじと見るのは
失礼でしょ!」
「サイズ揃えないとガバガバになっちゃうでしょうに」
「が、ガバっ・・・乙女になんてことを!」
「いやあの、そういう意味じゃなくて・・・
第一、胸や股間どころか腹の内側まで見ちゃってるから今更だしなぁ」
「デリカシーというものを知りなさい!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ人形を無視して、作業を進めることにした。
本気かどうかは知らないが、こちらは命がかかっているのだ。
しばらく続けていると、人形から声をかけられた。
「ねぇ、どうしてあの人形たちは、あんなに頑丈なの?」
「あ?・・・あぁ、アレね」
生来の無精に切羽詰まった状況が合わさり、片付けができないまま転がっているおもちゃを見る。
店は開けていない。
どのみち、全部のおもちゃをメンテナンスしないと売り物にならないだろう。
「子供なんて、おもちゃに力加減しないだろうからね。とにかく頑丈に作ってある」
「・・・まぁ、確かにね」
「俺の親父はさ、人形をボロボロにして、初めて子供は加減を知る、
なんてこと言ってたよ。おもちゃの君からしてみれば、いい迷惑だろうけど」
「君、じゃなわ。サファイア、って名前、あるんだから」
「瞳の色、か。安直だな」
「殺そうか?」
「いや、子供にも覚えやすいんじゃないかな」
「物は言いよう、ね。まったく」
「その名前、持ち主に貰ったのか?」
あくまで手は動かしたまま、訊く。
「いいえ。持ち主の親、ね。私たちは、子供の誕生記念品だったの」
「ふーん・・・ん?『たち』?」
「もう一体、瞳の赤いルビー、って子も一緒だった」
へぇ、と相づちを打ちながら、作業を続ける。
「でもね、あの子だけ大切にされて、私は押し入れに入れられた・・・
いえ、事実上、捨てられたのね。ずっと仕舞われたままだった。
子供たちが私を取り合って、壊しちゃったのよ。
ほんと、いい迷惑だったわ」
「その子供たち・・・姉妹か何か?それはどうした?」
「男の子と女の子の双子だったけど、知らない。
もう五十年以上前の話ですもの。男の子の方は、
早死にしちゃったみたいだけど」
「・・・呪い殺したか?」
「わからない。私だって、こうして動けるようになったのは、
つい十年くらい前ですもの」
人形には魔が宿りやすい、と聞く。
それが、これなのだろうか。
長年、恨みを貯め続けて、こうして、動いているのだろうか。
ベルはおもちゃのこと以外はさっぱりだったが。
本当に、恨みなのかな。
なんとなく、そう思った。
昼を少し過ぎた辺りで、腰のパーツはだいたい出来上がった。
元あった左脚や腹との接続も悪くはない。
次は右脚の作成にかかる。
左脚を観察し、左右対称になるように作り上げる。
「いやしかし、五十年も前のものだってのに、がっちり作ってあるなぁ」
「当然でしょ。これでも高尚な職人に作られた高級品・・・『だった』んだから」
小さく詰まったその言葉に含まれていたのは、悲しみか、自嘲か。
それを考える間もなく、次の言葉が発せられる。
「ちょっとでもその品質に届かなかったら、死んでもらうからね」
「はいはいよっと。ま、仕上がり見てブッ飛びな」
「ふん。どうだか」
夕方には右脚も出来上がり、腰と合わせて、最後のヤスリ掛けに移っていた。
「・・・あ」
「どうしたの?まさかパーツを欠いたとかじゃないでしょうね」
「いや、昼飯食いそびれてた」
「全く、人間って不便ね」
「おままごとで空気食ってるわけにはいかないのさ」
「・・・殺していい?」
「へいへい、失礼しました、っと。
意識したら腹減ってきた。ちょっと飯食ってくる」
「一週間も欲しがった割に、ずいぶんのんびりするのね」
「そりゃ、店片付けてのなんのしながらのつもりだったからね」
「今は、私を直すことだけに集中しなさい」
「はーいよっと。んじゃ、腹が減っては何とやら。ってことでちょっち待っててくれ」
作業場を出るベルの背中。
片方だけ残された瞳が、それを映す。
空腹感という生命維持の機能すら忘れるほどに、修復に没頭していた。
それに、サファイアが気付いたかどうか。
本来の通り、全く動かないそこからは、判らなかった。
食事から戻り、仕上げ、塗料を塗ったところで、髪に油を塗りこんでやった。
「いい油らしい。俺にはよくわからんが」
「正直、私にもよくわからないわ。初めてですもの」
手のひらに椿油を少量乗せ、広げ、すり込むように髪に付けていく。
「・・・お、多少は滑らかになったか」
「とりあえず奇麗にはなったようね」
頭部を再度紐に吊るし、服の作成を始めようとする。
「もともと着ていた服がこれか。ずいぶんとまぁ、子供らしい縫い目が付いてるな」
「悪い?」
「いんや、大切にされてたんだな、って」
「そう、途中まで、ね」
「それでも、大切にされた記憶があるから・・・
愛情を知ってしまったから、恨みが強いんじゃないのかい?」
「・・・・否定は、しないわ」
「ま、どうでもいいんだけどね。俺は、命のために修理するまでだ」
一度、服の縫製を解く。
糸にハサミを入れる瞬間、「あっ」という声を聞いた気がした。
紙に布を充て、型紙を作る。
「生地のリクエストはございますか?レディ」
「馬鹿にしてるのかしら?」
「いんや、せっかくだから自分で決めるかい?って」
「はぁ、まったく。お好きになさって」
「かしこまりました。
・・・って言っても、ウチは布屋でも服屋でもないから色くらいしか選べないけどね」
店にあった薄い青の布地から型紙通りに布を切り出す。
「随分と手慣れているのね。まるでお針子みたい」
「ははは、親父の手伝いは昔からさせられていたからね。
これくらいはちょろいちょろい」
人間のそれと違って着心地は無視できるしね。
とは言わなかったが。
必要な服のパーツを切り終わる頃には、真夜中になっていた。
「さて、と。もう一度、脚と『おまた』のパーツに塗料塗ったら今日はおしまい」
「だ、だから!レディの身体をそんな・・・」
「はいはい」
やはり無視して塗料を塗る。
もう一度乾燥させるために吊るし、一息。
「ん。悪くない仕上がりだな」
「どうせなら完璧にしなさいよ」
「生憎と、俺は外見よりも中身に拘るタチなんだよ。
ま、最後のお楽しみにでもしといてくれ」
「なんでこんなお調子者に頼んじゃったのかしら、私・・・」
翌朝。
朝食を済ませたベルが、服を縫い始める。
一時間と経たないうちに、ただの生地は服の形となっていた。
「ほんと、男とは思えない器用さね」
「器用でなきゃやっていけない業界なのさ」
人形サイズの胴のマネキンに、服を着せる。
奥の棚から、レースなどの飾りが入った引き出しを、それごと作業机に持ってくる。
「さてとお嬢さん。飾りはいかが致しますか?」
「どうせ、服屋じゃないから種類はない、って言いたいんでしょ」
「ご明察。って言いたいところだけど、女の子向けのお人形用に、
無駄に派手なのが揃ってるよ。貴族もびっくりな程にね」
「飾りでごまかしてるのを自慢したいの?」
「そう言うなって。せっかくだから、自分で選んでみてもいいんじゃないか?
ご要望に応じてシックなものからパーティドレスまでご用意しますよ?なんてね。
何だったらカクテルドレスにでもするかい?寸胴体型が映えるぞ」
「やっぱり殺すわ」
「わ、いて、手飛ばすな!」
「はぁ、もう・・・スカートはもっと広げて、生地を二重に。フリルをあしらって。
上は胸元にリボンが欲しいわ。あら、チェーンもあるのね。頂くわ。
頭の飾りもお忘れなく、ね。あとはあなたに任せるわ」
「かしこまりました。レディ」
言われた通りの作業をこなし、終わる頃には昼を過ぎていた。
「さて、こんなもんかな」
シンプルなデザインで、胸元と腰の大きめのリボンが目を引く。
大きめの広がったスカートに、ワンポイントとして銀色のチェーンが付いている。
あまり華美ではないデザインに合わせ、ボンネットではなくヘッドドレスにした。
「まぁ、嫌いではないわ」
「素直じゃないね」
「何か言った?」
「いや、何も。あ、そうだ、忘れ物」
作り置きので悪いけど。
そう言って取り出したのは、ドロワーズ。
「そ、そういうのは!もっとさりげなく出しなさいな!」
「へいへい、失礼しました、っと」
続けて、唇などの、顔の色付けに入る。
「死ぬ気でやりなさい。顔は乙女の命なのよ」
「信用無いね、こりゃ。一応、作るのも修理するのもこれでもかって程やってるんだが」
パンに、肌色に少量の赤を加えたピンクの塗料をちょっとだけ付け、頬にすり込む。
続いて、眉毛を描き、目の縁にシャドウを入れる。
唇は赤みが強くなりすぎないように注意しながら色を混ぜ、塗る。
「こんなもんかな、っと」
頭だけを鏡の前に持っていき、見せる。
「・・・気に入ったわ」
「やっと素直になったみたいだな」
「これで関節がギシギシになってたら全部おじゃんだけどね」
「前言撤回。こっちばっかりは直りそうにないな」
再度、紐に頭部を吊るす。
「そろそろ目が出来上がってるころだろうから、取ってくるよ」
「ついでに食事も、でしょ」
「・・・そういえばそうだったな」
言われて気付いた。
「いいわ。もう完成が見えてきたから、ゆっくりしてきなさいな」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
出て行くベルの背中を見送りながら。
人形は、自身の完成と同時に。
もう一つの「終わり」が近づいていることを、感じていた。
「サファイア!」
夕方、大声をあげながら戻って来たベルに驚く。
「騒々しいわね」
「すまない!あと三日だけ、待ってくれ!」
「・・・どうしたのよ、急に」
「それが・・・」
言いよどみながら開いた、ベルの手の中にあったもの。
ガラス製の目。
瞳の色は、紫。
「青のガラスを切らしていたらしい。
俺がせっついたせいで、急ぎで作ってくれたはいいが・・・」
「・・・いいわ、それで」
「いい・・・のか?」
「もう、目が入るだけで充分よ。あなたは、精一杯やってくれた。
さぁ、早く組み立てて頂戴」
「あ、あぁ」
なんとなく得心がいかないまま、人形を組み上げ始めるベル。
目を入れ、頭部内側のフックに紐を通す。
それを首伝いに胴体へ垂らし、腹と腰を経由して、左右の足首へと繋ぐ。
さらに右手首と左手首を、胴体越しに繋ぐ。
胴体の留め具をしっかりと留め、服を着せ、有り合わせだったが靴下と靴を履かせる。
最後に、ヘッドドレスを結んでやり。
「・・・できたよ」
その言葉を待っていたように、手が動く。
「・・・すごい。軋みが取れたどころか、昔より滑らかに動く・・・」
関節の無い指を突き、立ち上がる。
「安定感があって、立ち上がりやすい・・・どうやったの?」
「紐の結び方にちょっと工夫があってね。企業秘密だけど」
「鏡。鏡の前に連れてって」
サファイアを抱き上げ、鏡を見せてやる。
ベルの腕に座る形で、映し出される、美しい人形の姿。
「・・・・・」
沈黙。
「・・・ごめん、やっぱり、目、取り替えようか」
「いいえ、そうじゃないの。嬉しいの」
「嬉しい・・・?」
「元の姿に戻れたことが・・・いいえ、これはきっと、違う」
人形が、小さく首を振る。
「あなたに、人形として、大切に想ってもらえたことが、嬉しい」
素直じゃない彼女からやっと出た、本心。
「あなたに、会えて、よかった。ありがとう」
「喜んでもらえて、嬉しいよ。
・・・そうだ、アレがあったんだった」
そう言って、サファイアと一緒に作業場に戻るベル。
彼女を作業台に座らせると、どこからか袋を持って来た。
「ほら、君を連れてきたおばちゃんいただろう?あの人にシミ抜きしてもらったんだ」
袋から取り出されたもの。
それは、サファイアが最初に着ていた服だった。
ずっと昔の縫い目もそのままに、元の通りに戻っていた。
「さすがに、日に焼けた色までは戻らなかったけど、随分奇麗になったろう?」
「・・・・」
「・・・サファイア?」
「こんなとき、人間だったら、嗚咽を漏らしながら泣いているんでしょうね」
声だけを震わせながら、言った。
「ありがとう。でも、もう、それはいいわ」
「いいのかい?」
「あなたから貰ったから。新しい服と・・・新しい、想いの証」
確かめるように、手で胸を・・・いや、服を撫でる。
そして顔を・・・紫色の左目を、撫でる。
「もう、心残りはなくなったわ」
「まるで天に召されるような言い方だな」
「・・・似たようなものね。私を突き動かしていた魔力は、
もう、ほとんど残っていないもの」
「え・・・」
「最初に見せたような力は出せない。手足を動かすだけで精一杯。
・・・ずっと前から気付いていたのよ。あなたなら、私を大切にしてくれるって。
気付いていたのよ。私を動かしていたのは、恨みでも魔力でもない、
『愛されたい』って、ただその気持ちだけだって。
だから、満足しちゃった私は、これでおしまい」
「そんな・・・」
「気にしちゃダメ。元の人形に戻るだけなんだから。
ちゃんと、憶えてる。
あなたが私を大切にしてくれたことも。
ちゃんと、見てる。
これからも、大切にしてくれることも」
優しい声で紡がれる、心。
こちらが、本来の彼女。
不信感にふたをされていた、素直で優しい彼女。
「あぁ、なんだったら、あなたが信頼できる子供にあげちゃってもいいわ。
それがおもちゃの本分ですもの。壊れたら面倒見てくれる保証付きなら、ね」
「サファイア・・・」
「さぁ、しんみりしないで。そうね、あそこの棚の一番上。そこに上げて頂戴。
あなたを見ていられ・・・」
からん。
突然店のドアが開き、付いていたカウベルが音を立てる。
鍵がかけてあったはずなのに。
「みーつけた。サファイア。こんなところにいたのね」
サファイアと同時に、そちらに顔をむけるベル。
薄暗くなり始めた中、小さな影が、宙に浮いていた。
赤い瞳を光らせながら。
「・・・もしかして、ルビー!?」
「えぇ、探したわ、サファイア」
かしゃん。
作業台から飛び降り、とことこと木の脚を鳴らしながらそちらに走り出すサファイア。
「あぁ、ルビー!ルビー!会えてよかった!」
「こっちもよ、サファイア。探したんだから」
「あぁ、今日はとってもいい日だわ!見てルビー!私、直してもらったの!
新しい服ももらったのよ!割れた目も代わりのものを入れてもらったわ!
その上あなたに会えるなんて!なんて素敵な日!」
「ふふふ、それはよかったわ」
妖艶な笑みを浮かべるルビー。
・・・笑み?表情が変わった?人形が?
己の目を疑い困惑するベルをよそに、二人の会話が続く。
「あら、サファイア。あなた魔力が切れかけているじゃない」
「いいの。私は、大切にしてもらった。満足したの。だから、最期にあなたに会えて、
とっても嬉しいの」
「最期じゃないわ。まだまだ、一緒にいましょうよ」
「できないわ。想いを遂げた私は、また、ただの人形に戻るしかないもの。
あぁ、もしかしてルビーも壊れちゃったから動いているの?だったらベルに・・・」
「いいえ、私が動いているのは私の意思。満たされない気持ちがあるからなの」
諭すように、ルビーは言った。
言った。
口を、動かし、言った。
人形が。
口を動かしながら。
「ねぇ、魔王様が代替わりしたの知ってる?」
「いいえ、知らないわ」
「今度の魔王様はすごいわよ。こんな素敵な魔力を持っていらっしゃるんですから。
ほら、指まで奇麗に動くのよ。ほっぺも赤ちゃんみたいにぷにぷにだし、
身体は熱いくらいに火照るの。人間のように!」
「すごい・・・けど、私たちは人形よ?人間じゃないわ。
人間に愛されるために生まれたの」
「そう。愛されるために生まれたの。でも、愛することはできなかった。
こちらから、愛を求める事はできなかった。
でもね、今の魔王様は、愛を求めることを許してくださったの!
ねぇ、サファイア。あなたもこっちにいらっしゃいな。
素敵な毎日を送れるわ、きっと」
「でも・・・」
ちらり、とベルを見るサファイア。
「あら、あの殿方・・・ちょうどいいじゃない、サファイア。
彼に、愛してもらいましょう」
「え、えぇ、彼なら、私を大切にしてくれるはずよ。だから、このままでいいの」
話が噛み合ない。
「違うわよサファイア。
『そっち』の愛じゃなくて、
もっと、素敵な『愛』があるの」
ルビーが、サファイアにキスをする。
人形の・・・サファイアの動きが、止まる。
そして。
サファイアが、小さな光を放ち始める。
「あ、あ、あ、あ、あぁあぁああああ!!」
悲鳴を上げ、頭を抑えるサファイア。
その手が。
一枚板に5本の丸みを付けただけの手が。
指の一本一本に、分かれる。
チークだけの頬に、赤みが刺す。
穴とガラスだった眼が、水気を帯びる。
凹凸でしかなかった口が、開く。
「あ、は、はぁ、はぁ、はぁ」
今までしていなかった呼吸が、始まる。
「な、にこ、れ・・・」
幻でも見ているような「表情」で、自分の指を見るサファイア。
「素敵でしょう?ほら、彼にも見せてあげなさい」
背中を押され、こちらに近づくサファイア。
オッドアイはそのままに、小さな少女のような顔のサファイア。
何かに恥ずかしがるように、顔を赤らめ、もじもじとしている。
「ダメよサファイア、そんなんじゃ。
そうだ、魔力分けてお腹減っちゃったし、私がお手本を見せてあげる」
すぅっと、こちらの視線の高さまで飛び上がり、近くに来るルビー。
手のひらをこちらに向け。
「えいっ」
途端。
見えない何かに突き倒される。
「うわっ!」
作業場に倒れ込む。
「いってー・・・」
起き上がる。
いや、起き上がろうとした。
手が、脚が、動かない。
何かに押さえつけられたように。
「え、な、なんだこれ」
「心配しないで。殺そうとか考えてないから。ふふふ」
仰向けに倒れたベルの胸に、ルビーが跨がる。
そしてまた妖艶な笑みを浮かべ、言った。
「人間の男の子は、お人形の裸を見て恥ずかしがるそうだけど、あなたはどうだった?」
「え?いや、まぁ、最初はそうだったが、なにぶん親父も仕事がこれだったから」
「そう。じゃあ、こんなお人形はどうかしら?」
ベルの頬に触れる指。
それは少女のように細く、柔らかく、熱を持っていた。
ルビーの顔が、真っ赤な瞳がさらに近づき。
口づけ。
その感触はやはり柔らかく。
やはり熱かった。
「な・・・は・・・え?」
混乱するしかない。
「うふふ、ねぇ、見て」
すっと浮くと、ルビーの服が、ドロワーズが、見えない何かに脱がされていく。
それらは畳まれながら作業台に飛んでいく。
「そっちじゃないわ。こっちを見て」
振り返ると、ルビーの姿。
肘と脚、腹の部分はサファイアと---自分が修理したそれと同じ、球体関節だったが。
なおも妖しく微笑む顔と。
判らないくらいに小さな胸の膨らみと。
脚の付け根にある、小さく、濡れた割れ目は。
どう見ても、人間のそれと同じに見えた。
「え?え?人間・・・いや人形・・・?」
自分が修理したサファイアの姿を思い出す。
彼女は、完全に人形だった。
動いてはいたが、あくまで材質は木で。
こんな、肉のような感触ではなかったはず。
「今はまだ魔力が足りないから半端な姿だけど、魔力さえあれば
もっと人間に近づけるわ。彼女も、ね」
サファイアを見るルビー。
その視線を追う。
何かに怯えた顔で、左右違う色の瞳が、こちらを見ていた。
「いいでしょう?今はまだ、関節が人形のままだけど、一部は人間みたいになったの。
男性を悦ばせる部分が、ね。元が人形だから、そんなに大きくはないけれど。
あぁ、子供を愛する趣味を持ってる殿方ならこちらの方が好みかしら。
あなたはどう?私、魅力的かしら」
「それ、は・・・」
児童性愛の趣味はなかったが。
ルビーの肢体は、いい知れぬ魅力に満ちていた。
それは、高いところから衝動的に飛び降りたくなるような。
禁忌に惹き付けられるそれに似ていた。
「サファイアには本当に申し訳ないけれど、私は、愛してもらったわ。
でもね、足りなかった。
子供はいつか、おもちゃを捨ててしまうの。
投棄ではないわ。
意識の外に、ね。
それが、耐えられなかった。
あったはずのものが、なくなってしまうのが。
だから、愛される場所を求めたの。
もっと、もっと愛されたい。
それだけを欲して。
そしたら、もっといい愛があることに気付いたの。
男性からの愛に、ね」
サファイアの愛と、ルビーの愛。
噛み合なかった、二つの愛。
その違いが判った。
マイナスからゼロへの欲求と、プラスからプラスへの欲求。
サファイアの愛は満たされた。
ルビーの愛は、上限がない。
それは、決定的な違い。
穴は埋めれば平らになる。
しかし、塔を作ると、神の国に至るまで---いや、至っても尚、止まることはない。
天辺が見えない、無限。
それが、違い。
そして。
隣人愛(アガペー)を得られなかったサファイアは、それを求めた。
隣人愛を味わったルビーは、次に性愛(エロス)を求めた。
それが、違い。
「ねぇ、私も愛してくれる?
サファイアみたいに、要求するだけじゃないわ。
私からも、気持ちいいこと、してあげる。
だから、しよ?」
すっと、再度胸元に腰を下ろすルビー。
「・・・って言っても、そう簡単に、はい、とは言えないわよね。
だから、あなたにも、ちょっとだけ、魔力を分けてあげるわ」
近づく、ルビーの顔。
首をひねり躱そうとするが、そもそも首が動かない。
「ちょ、やめ」
「大丈夫。痛くも、恐くもない。気持ちいいだけだから」
子供をあやすように言われた。
唇が重なり。
舌が、侵入する。
ぬらり。
それは人形と言われても信じることができないほど、人間のそれと同じで。
鎖骨に当たるわずかな膨らみと。
みぞおちに当たる柔らかな肉と。
人間のように感じながら。
肩に当たる木製の肘と。
腕に当たる固い脚とが。
あくまで人形であると主張する。
小さく抵抗をしていた歯がこじ開けられる。
舌に、舌が絡む。
「んっ、ん、ん」
溜め込んでいたのだろう、唾液が、注がれる。
飲め、と言うように。
「ん、んんん、ん、ぐ」
口の中が、ルビーの唾液で満たされる。
「ぐ、んぐ、んぐ、が、はぁ!」
我慢ができず、飲み込んだ。
「ふふっ、飲んじゃった。
あーあ、飲んじゃった。
もう、戻れないよ」
子供が子供を咎めるような口調だった。
「あ、は、はぁ、はぁ」
喉が、熱い。
胃が、熱い。
飲み込んだ唾液から、熱が、体全体に伝わる感覚。
身体が、熱い。
脳髄が、熱い。
心臓が、熱い。
股間が、熱い。
「あ、はっ、はっ、ん、が、はっ、はっ、はっ」
息が、荒い。
空気を欲するように。
熱を逃がすように。
必死に、逃れるように。
「逃げちゃだーめ」
飛ばず、ずりずりと腰をずらしながら、下半身へと下がるルビー。
「ほら、身体は欲しがってるんだから」
服の上から判るほどに張ったそれを、やさしく撫でられる。
「んが、あ、あぁああ!」
今までにないほど、強い刺激。
ただ、撫でられただけで。
「ね、気持ちいいでしょ?これが、新しい魔王様のチカラ。
ちょーっと効きすぎちゃったかしら?ふふふ」
ズボンに手がかかり、パンツごと剥がされる。
「あら・・・あらあら。意外と立派なモノをお持ちなのね。
私の小さなアソコが裂けちゃったらどうしましょう。なんてね、クスクス」
晒された灼熱の愚息が、空気に冷やされる感覚に、ひくひくと動く。
もはやグロテスクと称するようなそれを、怯えた表情で見るサファイア。
「見て、サファイア。とってもおいしそうでしょ?」
小さく、何度も、震えるように、首を横に振るサファイア。
「・・・まだ心まで魔力が馴染んでないのね。
大丈夫。ちょっとでもこれの味が判れば、恐れなんて吹き飛んでしまうわ」
いらっしゃい。
そう言った瞬間、サファイアの身体が宙に舞う。
「大切なお洋服は汚さないようにしておかなきゃね」
見えない何かに裸に剥かれる。
それこそ、人形のように、無抵抗に。
いや、抵抗はしたのだろうが、抗えなかったのだろう。
自分と同じで。
裸になったサファイアが、ルビーの隣、ベルの股間まで飛んでくる。
「どう?ご自分が修理なさったお人形、かわいいでしょ?」
身体を縮め、まだ恐怖の中にいるサファイアを見るベル。
ルビーと同じく、顔と、手と、胸と、股間が、人間のそれと同じになっていた。
ルビーとの違いは、瞳と、怯えた態度だけ。
ビクン。
自分でも判らないが、そのサファイアの様子に、怒張が反応する。
「あら、私よりもサファイアがお好みだったかしら?もう、失礼しちゃうわね。
でも、素直な殿方は好きよ。そのまま、快楽にも素直になりましょうよ」
つ。
すっかり上向きに反ってしまったそれの裏筋を、ルビーの指がなぞる。
「あ、は、が」
ビクン。ビクン。
快楽を通り越した、ただただ強い刺激が、脳を焼く。
「あらあら。もうお汁が」
ちゅる。
ルビーがそれを舐めとる。
触れた舌先に、さらに反応した一物が、さらに先走りを溢れさせる。
「んふ、これだけでいっぱい楽しめそう。
さぁサファイア。あなたもお飲みなさい」
無理矢理引っ張られ、怒張に近づくサファイア。
どうしていいかわからないような表情をしているが、視線はそこから動かない。
「・・・あぁ、サファイアは初めてなのよね。
味も、匂いも、温かさも。安心して。すぐに病み付きになるから。
さぁ、味わってごらんなさいな」
ルビーの指が触れ、肉棒を垂直に立てる。
その小さな指から伝わる熱すら、今のベルには至上の快楽に感じる。
ビク、ビク。
なおも先走りを溢れさせるそれに、怖々とサファイアが顔を近づける。
「ごめん、なさい、ベル・・・我慢が、できそうに、ない・・・」
「や、めろ、サファイア・・・
そんなこと、させるために、直したわけじゃ・・・」
途切れそうな意識を保たせながら、声を絞り出す。
「いいのよ。あなたも、サファイアも。みんなで、堕ちましょう。
愛のままに、ね」
サファイアの口が、おそるおそる、尿道口に触れる。
ちゅる。ちゅる。
刺激と背徳感でさらに漏れた滾りを、吸う。
「ん、ちゅ、ん、おい、しい・・・」
「でしょう?さぁ、彼をもっと気持ちよくしてあげましょう。
そうすれば、もっと美味しいものが出てくるわ」
ルビーが舌を出し、血管を浮き上がらせる怒張を舐め上げる。
熱と、ぬめりが、想像以上の刺激となり、襲いかかる。
「ん。おっきすぎて、私の小さな口には収まらないわ。ふふっ」
「あぁあ、が、は」
「あぁ、随分苦しそう。早く楽にしてあげなくちゃ。さぁ、サファイア」
促されるまま、同じようにするサファイア。
二つの湿り気が、ベルの股間を責め立てる。
「や、めろ、やめて、くれ・・・」
「すごーい。魔力を直接飲まされてまだそんなこと言えるなんて。
でも、こっちの正直者は、もう限界だって言ってるわよ?」
その通りだった。
もういくらもせずに、爆発する。
痛いほど張った怒張が、ビクビクとそう伝えてくる。
迫り上がる射精感を堪えるだけで、精一杯だった。
「さ、サファイア。ラストスパートといきましょう」
焦点の合わない眼で、夢でも見ているように舌で愛撫を繰り返すサファイア。
さらに、ルビーの的確に性感帯を突く刺激が加わる。
リズムよく竿に伝わるサファイアの舌。
カリに、裏筋に、陰嚢に伝わる、ルビーの舌。
「あ、が、やめ、あ、が、あぁああああ!!」
ビクン。
一際大きく怒張が跳ね、限界を知らせる。
「きゃっ!」
「ひゃっ!・・・あぁ、出た出た。ふふふ。濃いの、いっぱい・・・」
どくん。どくん。どくん。
堰を切ったように、さながら噴水のように、止めどなく溢れ出す精液。
それが、サファイアを、ルビーを、汚していく。
「ん、ちゅる。ふふふ、美味しい。あぁ、こんなに濃いのに、こんなにいっぱい」
恍惚の笑みを浮かべ、指のそれを味わうルビー。
男が果てる様を始めて見たサファイアは、ただ呆然とその光景を眺めていた。
「さぁ、サファイア。召し上がれ」
「えっ・・・あ・・・え?」
「こうするのよ」
ベルの腹に、サファイアの顔に溢れ出た白濁を舐め取るルビー。
そして、精の溜まった口を、サファイアの口へ。
くちゅる、くちゅ、ぐちゅ、にちゃ、にゅる
二体の美しい人形が、精を口の中で混ぜる。
その光景は、とても美しく、淫靡で。
それだけで、また滾るのが判った。
「ん・・・くちゅ、ん・・・はぁ、おいしかった。どう?サファイア」
「おい、しい・・・」
「でしょう?さ、もっと頂きましょう。彼もまだ『その気』みたいだし」
股間に目をやり、そう言うルビー。
「う、うん・・・」
何か別のものに突き動かされるように、再度肉棒に口を近づけるサファイア。
「あぁ、違うわ、サファイア。こんどは、こっち」
ルビーの手が、サファイアの股間に伸びる。
「ひゃん!」
初めての刺激に、サファイアが反応する。
「ここ。こっちなら、あなたも一緒に愉しめるわ。おいしいだけじゃないの。
さ、怖がらずに」
こくん。
小さく頷いた後、ふらふらと漂いながら、ベルの股間の上へと移動する。
「そう、そのまま腰を下ろして」
次第に近づく、鈴口と割れ目。
つぷり。
「あ、が」
「きゃっ!」
その触れた刺激だけで、声を上げる二人。
「大丈夫。そのまま、ゆっくりと」
不安になるほど小さな割れ目に、不安になるほど大きな肉棒が飲まれる。
「あ、あぁああ、あぁあ!」
次第にきつい感触に飲み込まれていく、愚息。
次第に大きくなっていく、サファイアの嬌声。
半分と少しを飲み込んだところで、先端にコリッとしたものが当たる。
「お、くに・・・とどいて・・・」
それは間違いなく人形のそれではなく、人間のそれ。
「ふふ、いいでしょう?まぁ、精を魔力に変換するので手一杯で、
よっぽど使い込まないと人間と同じにはならないんですけどね。
さぁ、思う通り、使ってご覧なさい」
「だから、サファイアを、そんな対象にするなんて・・・」
「そう、だったら、サファイア。教えてあげなさいな」
サファイアを見ると、困惑した表情で泣いていた。
「あ、ありがとう、ベル・・・でも、ね。
私、この気持ちに、抗えそうにない・・・」
ごめんなさい。ごめんなさい。
そういいながらも、自身の腰を上下に浮かせるサファイア。
熱く柔らかく、締め付ける感触が、小さなそこから漏れ出る愛液の音が。
ベルに襲いかかる。
「ごめんなさい・・・こんなことのために、直してもらったんじゃないのにね・・・
見て、ベル。あなたが作ってくれた腰。こんなになっちゃった・・・
でもね、気持ちいいの。やめられないの。
さっき、ベルの、飲んで・・・もっと、止められなくなっちゃったの・・・
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・
あなたの優しさ、無駄にしてしまう私を、許して・・・」
悔しさか、快楽からか。
顔を歪め、くしゃくしゃにしつつも、腰の動きは止まらない。
その様子が、とても哀れで。
その様子が、とても胸に響いて。
その彼女を、自然と、抱きしめていた。
彼女が胸元に収まるまで、小さな手を引き。
ずるりと抜ける股間の感触を感じながら。
小さな身体が壊れんばかりに、抱きしめた。
「もういい・・・もう、謝らなくていい。
こっちこそ、ごめん。
サファイアの気持ちを、決めつけるようなことして、ごめん。
もういいんだ。もう、我慢しなくてもいい」
「ベル・・・ベル・・・」
「ね。これだけ訊かせて。
サファイアは、俺のこと、好き?」
「・・・うん。大好き。
ベルのこと、大好き。
脚と腰を作ってもらったとき、嬉しかった。
服を作ってもらったとき、嬉しかった。
色の違う目も、宝物にするって決めた。
ベルは、私のこと、好き?」
「・・・最初はね、恐かった。
でも、気付いた。
寂しいだけだったんだって。
年頃の女の子と何も変わらないんだって。
今は、君が離れてしまうのが、恐い。
もう動けないって知って・・・恐かった」
「あぁ、ベル・・・」
「ふふっ、大丈夫。その心配はないわ」
抱き合う二人に、ルビーが声をかける。
「もう、サファイアの身体は作り変わっているわ。
あなたの愛を糧に動くように、ね」
ベルの耳元に、囁かれる言葉。
「その劣情も、我慢することはないの。
思いの丈を、いっぱいぶちまけてあげて。
そうすれば、彼女は、ずっとあなたと一緒にいられるの」
この下卑た感情が、彼女をつなぎ止める。
この恥ずべき劣情が、彼女の糧となる。
「ね、素敵でしょう?
堕ちちゃいましょうよ、どこまでも。感情の赴くままに、ね。
悲しみも、葛藤もない。ただ、淫らで幸せな日々が、そこにあるわ」
それは、とても魅力的で。
抵抗することが莫迦らしく思えた。
「サファイア・・・」
「ベル・・・」
サファイアの唇が近づく。
自然と、身体が反応し、それにむしゃぶりつく。
欲望のままに。
渇望のままに。
舌を絡める。
抵抗などなく。
我慢などなく。
くちゃり。くちゃり。
唾液の混ざり合う音を響かせながら。
互いの愛を混ぜる。
サファイアを逃さぬよう、絡めとるように。
ベルを解き放つように、促すように。
互いの存在を、確認し合うように。
どちらから、ともなく、唇が離れる。
まだ欲しがる舌が未練がましく糸を引く。
「サファイア・・・俺に、くれるかな。
君の、温もり」
「ベル・・・いいの?」
「いいさ。君がいなくなるのは嫌だ。
戻れなくてもいい。君と、一緒にいたい。
・・・もう、ソッチの我慢もできそうにないしね」
「ふふっ、ベルったら・・・わかった。ありがとう」
初めて、サファイアの笑顔を見た。
それはとても可憐で、清純で。
それを汚せると思うと、驚くほど、興奮した。
抱いていた腕を離すと、サファイアはまた股間の上へ移動した。
先ほどのサファイアの膣(なか)を知った愚息が、再度の刺激に期待してビクビクと脈打つ。
そっと、サファイアの手がそれに振れ、先端を自らの入り口へと導く。
「ベル・・・愛してる」
つぷり。
ずぶ。ずぶ。
先ほどのでほぐれたのか、すんなりと怒張が飲み込まれる。
「はぁあん!・・・あ、はぁ、ふ、ふふふっ、繋がっちゃった。
大好きなベルと、繋がっちゃった。うふふ」
葛藤のままに繋がったときとは違い、嬉しそうに、言った。
「うん、俺も、感じるよ。大好きなサファイアの奥」
「ここ、ベルが作ってくれたんだよね」
「あぁ、まさか自分で作ったもので『する』なんて思ってもみなかったけどね」
「気持ちいい?」
「あぁ、とっても、あったかい」
「ふふっ」
くちゃっ。くちゃっ。
ゆっくりと、それが開始される。
卑猥な水音と共に、上下する締め付け。
こつり、こつりと竿先に触れる感触。
ゆっくりと、ゆっくりと。
感触を愉しむように。
「んっ、ふっ、ベル・・・おっきいの、いっぱい・・・んっ、
ベルを、いっぱい、感じる・・・」
全神経を接合部に集中しているのか、蕩けた微笑みのサファイア。
「んもう、すっかり二人だけの世界に入っちゃったわね」
傍観していたルビーから不満が上がる。
「幸せそうな二人を見てたら、私も欲しくなってきちゃった」
自身の股間を指で刺激するルビー。
「はんっ、あっ、だ、ダメっ、ベルは、わ、私の、なんだからっ」
「サファイアったら。大丈夫よ。ちょっと分けてもらうだけだから」
そう言って、ベルの顔に跨がるルビー。
ベルの眼前に、あどけない少女のような秘部が晒される。
「ねぇ、ベル、見て?二人があんまりに羨ましいから、
私までこんなになっちゃたのよ?」
小水を漏らしたかと疑うほどに濡れたそれを広げてみせる。
ほのかに赤く充血した花弁は雌の匂いを立て、すぐ上の不浄の穴とともに、ひくひくと蠢いていた。
「欲しい欲しい、って、言ってるでしょ?
な・ぐ・さ・め・て、ね」
くちゃり。
ベルの口へと、ルビーのもう一つの口がキスをする。
鼻のすぐ傍まで、女の香りが近づく。
その匂いに誘われるように、舌を挿入した。
「ひゃん!」
くちゃくちゃくちゃ。
柔らかく、狭い肉壷に潰されるのを感じながら、蜜を求めて舌が這う。
「や、ん、そんな、こっち、はげ、しい」
息が詰まるのを感じる。
しかし今は。
口は、空気よりも、至上の甘露を求めた。
「ふぁ、あ、ダメ、ベル、ベルぅ、私だけ、かん、じて」
サファイアが嫉妬の言葉を上げ、注意を引こうと腰を早める。
「んっ、もう、そんな、おっきいの、あっ、ほおばっておいて、まだ、欲しいの?
私より、欲が、あんっ、深いんだから。
はぁん、ベル、もっと、私にも、ちょうだい」
負けじと、ルビーが腰を落とし、さらに押し付ける。
くちゃ、くちゃ、くちゃ。
二つの水音と、二つの人形の嬌声が、混ざる。
くちゃくちゃくちゃ。
次第に、それが、早まる。
「や、あ、ベル、ベルのが、膣(なか)で、ビクビクしてる」
「はぁん!や、そこ、よわ、い!ダメ、そんな、舐めちゃ、や」
限界だった。
吐精も、呼吸も。
サファイアに想いをぶつけるため、腰を突き上げる。
ルビーの弱点を、舌が容赦なく攻める。
「んやっ、あっ、ベルっ、ベルっ!」
「ふぁ、あ、や、ひゃ、もう、げん、かい・・・」
かたん、かたん、かたん。
わずかに浮いた木の脚が、床にぶつかり音を立てる。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
「あっ、あっ、あっ、あっ」
『あぁあぁぁぁあぁああ!!』
きゅう。
二つの膣が締まる。
舌と、肉棒を締め付ける。
「ん、んんんん!」
どくん。
尿道を熱い塊が通る。
どくん。
それを、叩き付けるように。
どくん。
渾身の力で、サファイアを、貫く。
「にゃ、あぁあぁああ!」
絶頂を迎えた直後の敏感なそこに、一際大きな刺激を受け、仰け反るサファイア。
「あ、はぁ、あぁあ」
力つきたルビーは、サファイアに倒れ込む。
「ん、ぶはっ、はぁ、はぁ、はぁ、あ、ぁああ!」
解放された口が、空気を求め、なおも続く射精感に悦びを上げる。
どくん。どくん。どくん。
「あ、つい・・・ベルの、あついの・・・おなかに、いっぱい・・・」
惚けるサファイア。
「んっ、サファイア・・・」
それに、惚けたルビーがキスをする。
「ん、ちゅる、んん、んっ」
上気した互いの身体を確かめるように。
「んっ、はぁ、ね、サファイア。気持ちいいし、力が満ちる感じ、するでしょ?」
「あ、うん・・・まだ、動ける、気がする・・・
今は、ちょっと、疲れちゃったけど・・・」
「ふふっ、私も。ベル、舌使いがとっても上手なんですもの」
二人そろって、ベルの胸に倒れ込み、そのまま左右に別れ、ベルの腕に収まる。
『ね、ベル。気持ちよかった?』
左右同時に、声をかけられる。
「はぁ、はぁ、あぁ、疲れが、酷いが、気分は、いい」
「ふふっ。そのうち、疲れも感じないようになるわ」
「そうすれば、ずーっと繋がっていられるのね」
右から、左から、声が聞こえる。
「たまには、私にも分けてよね、サファイア」
「だーめ。ベルは私と愛し合ってるんだから」
「あら、男性を悦ばせる手管は、私に一日の長があってよ」
「そんなの、愛がなければ気持ちいいわけないじゃない」
「そう、それじゃ・・・」
『試してみる?』
二体の人形が、ベルの顔を覗き込み、言った。
「おはよ。ベル、いるかい?」
「・・・あぁ、おばちゃん。おはよ」
「あんたねぇ、ちょいと休んだほうがいいんじゃないかい?顔色よくないよ。
最近、いいところの使用人が買いに来てるらしいけどさ、頑張り過ぎだよ」
おばさんの視線の先には、棒遣い人形、糸繰り人形、木製球体関節人形、ビスクドールなど、ありとあらゆる「少女の」人形が置かれていた。
「うん、みんな、『気持ちいいくらい、いい出来だ』って言ってくれるんだ・・・」
「まぁ、出来は認めるけどさ・・・ちょっと、恐いよ、ここ」
「いいんだ・・・これで」
「まぁ、あんたがいいならそれでもいいさ。金の心配もなさそうだし・・・。
あ、そうそう、掃除に来てやったんだった。どれ、奥は・・・あれ、片付いてる」
「うん。もう、大丈夫だよ」
「そう、かい・・・?あたしとしちゃ楽なんだけどさ。
あまり、根詰めないでね」
おばさんはいぶかしがりながら出て行った。
静かな部屋で作業を再開するベル。
唐突に。
「・・・え?うん。わかった」
独り言を言うと、二体の球体関節人形を抱え、寝室へと足を向けた。
「どうしたのルビー。うん、もうちょっとおっぱいを大きく、だね。
ちょっと時間かかっちゃうから、またこんど、ね。
あ、サファイア。新しい服、できたよ。
うん。今度のは、サファイアの柔らかい肌にも合うはずだよ。
終わったら着替えようね」
昼なお暗いその部屋に、吸い込まれるベル。
閉じられたそのドアの先で、何が起こっているか。
知る人間は、いなかった。
15/07/14 11:15更新 / cover-d