本編
森の中の小道を、一人の青年が往く。
身体より大きなバッグを背負い、時折、それを枝に引っ掛け、振り払いしながら、微かな木漏れ日を頼りに、進んでいた。
日が暮れるまでに越えられるのか。
青年の疑問は、口ではなく、額の汗として吹き出した。
たまたま道を訊いたタヌキの魔物に、近道があると教えられたのだが。
進めば進むほどに道は細くなり、道だったものに枯れ葉が積もり、とうとう、そこだけ枝が払われている、というだけの状態になっている。
がさ。がさ。がさ。
青々と繁る、日を遮る葉を見ながら。
がさ。がさ。がさ。
隙間無く、長年積まれた、落ち葉を踏みしめる。
がさ。ぽきり。がさ。
変化と言えば、時折聞こえる、枝を踏む音だけ。
がさ。がさ。がさ。
代わり映えのしない景色に飽きが来て。
ぽきり。がさ。がさ。
早く抜けようと、ただそれだけを考え。
がさ。がささ。がさ。
いや、考えることすら停止して。
ががさ。がさ。がささ。がさ。
どれだけ歩いたかも判らなくなったところで。
がささ。ぽきぽき。がさ。がさささ。
やっと。
がさささ。がさささ。ぽきり。ががささ。
自分のものではない足音に、気付く。
ざっ。
一際大きな音を背後に聞き、振り返る。
何もいない。
右を。左を。
何もいない。
ざっ。ぽきり。
頭上からの音に驚き、脇目も振らずに走り出す。
どざっ。
大きな何かが、さっきまで自分がいた場所へと、落ちる音。
ざっざっざっざっ。
落ち葉に足を取られそうになりながら、走る。
ざっざっぱきりざっざっ。
頭上を、右に、左に。
木から木へ、枝から枝へと、飛び移る何かの音を聞く。
ざっざっざっざっざっ。
はぁはぁはぁはぁはぁ。
得体の知れないものへの恐怖が、正しい呼吸すら塗りつぶす。
ざっざっざっざざっ。
音が、自分の前に出た。
そう思った瞬間。
視界が黒く染まる。
顔面に何かがぶつかる。
勢い付いた身体だけが前に進み。
そのまま荷物はどこかへと飛んで行き。
置いて行かれた頭が、地面に打ち付けられる。
「――――――!!!」
叫びを上げた。
上げたかった。
しかし、それは何か、柔らかいものに阻まれた。
そして、首筋に触れる、複数の尖った何か-----ノコギリのような何か。
殺される。
本能的にそれを悟る。
手を動かした瞬間。
脚を動かした瞬間。
指を動かした瞬間。
ノコギリは、喉を掻き切るだろう。
心臓が破裂せんばかりに鳴っているのが、耳の奥に聞こえる。
そのとき、顔を覆っていた柔らかいものが、少しずつ持ち上がる。
やっと開いた目が捉えたのは、一面の肌色と、中央のすぼまった穴。
やっと空気を取り入れた鼻が感じたのは、酸味の強いチーズのような臭い。
それが離れて、薄紅色の裂け目を見つけて。
それが、女性の秘部だと気付いた。
ひくり、ひくりと、呼吸に合わせて蠢くそれを見て。
どこか、自分でも場違いだ、馬鹿らしいと思いつつも。
勃起していた。
ひどく、興奮していた。
今だ鼻を突く女性器の臭いと。
彼女の腰が浮き、緑色のカマが首筋に充てがわれた光景。
その奥に。
性器と、カマと、その奥の冷徹な視線と。
全てに、興奮していた。
どれくらい見蕩れていただろうか。
ゆっくりと腰を上げる彼女。
そのまま、何事もなかったかのように立ち上がると。
ちらりとこちらを一瞥だけして。
現れたときと同じように、梢の中に素早く消えて行った。
さわさわさわ。
そよ風に揺れる木々の音が、何事もなかったかのように響く。
はっ。はっ。はっ。
今だに整わない呼吸と。
はち切れんばかりにいきり立つモノと。
少しだけ湿り、鼻の奥へと臭いを突き立てるそれが。
現実だったのだ、と語る。
上体だけを起こす。
飛ばされた荷物が見えた。
だが、そんなことはどうでもいい。
ズボンの紐をゆるめ、熱く滾るそれを取り出す。
目を閉じ、そこにまだ焼き付いている、卑猥な光景を思い出す。
鼻の回りの臭いが、その妄想をかき立てる。
はっ。はっ。はっ。はっ。
呼吸と、鼓動と。
それに合わせるように、固くなった愚息を握り。
上下にしごき上げた。
瞼の奥の、彼女の秘部を広げ。
グロテスクな己自身を、乱暴に突き入れる。
「んぐっ、ぐ、ふっ、は、あ」
突く。突く。突く突く突く。
息を荒くすればするほど、酸っぱいチーズのような臭いに満たされる。
瞼の彼女のソコが、濡れ、溢れ、臭いを出すように感じる。
「ん、ぐ、あ、は、あぁああ!!」
竿の奥が、痙攣するのを感じる。
ビクリ。
全体が震え。
裏筋が、ドロドロした滾りを運ぶ。
ぴちゃり。ぴちゃ。
枯れ葉に、粘液が落ちる音を聞く。
力を出し切ったように、大の字に倒れ込む。
はぁ。はぁ。はぁ。
さわさわさわ。
そよ風に揺れる木々が、何事もなかったかのように響く。
呼吸が整うのを待ち、起き上がる。
すっかり萎えた愚息が、残りを滴らせながら、頭だけ出していた。
「・・・何やってるんだ、俺」
誰に聞かせるわけでもなくつぶやいたそれも、そよ風と木々の囁きに消えて行った。
「がはははは!!ひ、いーっひっひっひっひ!!」
「・・・・・」
街の小さな酒場で、ゴツい、ヒゲの店主が、豪快に笑う。
青年は、苦虫を噛み潰したような表情で、それを見ていた。
「魔物に襲われて、ぐひっ、ナニもできずに、ひぃ、テメェでヌいてきたたぁ、
そりゃ、ぶふっ、御愁傷様だったなぁ!ひっひ、ひぃ」
「・・・帰る」
「おっとっと、悪い悪い。んふっ。
まぁこれで機嫌治せや」
青年の空になったグラスに、ウイスキーが注がれる。
高いものでもないが、普段の安酒に比べれば、いいものだった。
「まぁ、なんだ。こんな片田舎の街じゃ、イモの子みたいな女しかいないからな。
魔物の色気に参っちまうのは仕方ないさ」
「・・・そういうもんかねぇ」
はぁ、と、大きなため息を吐く青年。
「捕って『喰われ』なかっただけマシだろうよ」
数年前、一人の青年が、森で行方不明になった。
その少し前から、森でマンティスの目撃情報が出ていたので、それに攫われたのだろう、と噂になっていた。
青年は、まだ見つかっていない。
恐らく、アレはその子供だろう。
グラスのウイスキーを一気に煽る。
アルコールが喉を焼き、刺激のある臭いが鼻へと抜ける。
忘れろと、言わんばかりに。
「またいずれ、資料探しに遠出するんだろ、先生さんよ。
そんときに、娼館でも寄ってくりゃいいんだよ。現物の女抱けば、
妄想なんざ飛んでっちまうさ」
「そう・・・かなぁ」
「あぁ、そういうもんさ。正直で、真面目すぎるんだよ、アンタは。
酒だけじゃなくてよ、もっと遊んでみなって」
女、と聞いて、つい、顔の柔らかい感触がフラッシュバックする。
ムラッとするのを、なんとか堪える。
「ごめん、やっぱ帰るわ」
「そうかい。ま、ゆっくり休みな」
それじゃあ、と、ポケットの小銭をカウンターに無造作に置くと、席を離れた。
扉を開けると、カラン、とベルが鳴った。
「あ、先生さんよ」
店主に呼び止められ、肩越しにそちらを見る。
「ちと足りないからツケとくぜ」
再度、苦虫を噛み潰すしかなかった。
自宅に戻り、物書き机を見る。
半月の明かりに照らされた、書きかけの原稿があった。
子供向けのおとぎ話(Fairy Tale)。
子供に夢を与えるには、純粋な人間でなければいけない。
そんなことを思っていた。
が、どうだろう。
今の自分は、安酒を煽り、ついには色欲に負けた、汚い人間になってしまった。
正直に生きているつもりだった。
真面目に生きているつもりだった。
現実はどうだろう。
酒場にツケを作った、売れない作家が関の山だった。
原稿を手にし、破ろうとした。
が。
少なくとも、これがないと、酒場のツケは返せない。
そっと原稿を置く。
子供の夢は、現実に守られた。
そんな嫌な文章が、浮かんで消えた。
今日何度目かわからないため息を吐き、ベッドに座る。
荷物---大きな城下町で買ってきた、原稿用の資料を出す。
「魔物の生理と生態」
勇者が魔物を倒す話は、おとぎ話の定番だ。
そう思って買ってきたはいいが。
実際の中身は、近年の色欲まみれの魔物ばかりだった。
それをぱらぱらとめくり。
マンティスのページに止まる。
基本的に人間を襲うことはなく、繁殖期以外は安全、と書いてある。
たぶん、食事用の動物と間違えられたのだろう。
ページをめくると、挿絵が入っていた。
彼女は、挿絵の娘より、髪が短かったな。
あと、胸も小さかった。
繁殖期を迎えていない子供だったのか、お尻も小さかったように思う。
いいや。
そうではない。
思い出してはいけない。
ページを開いたまま、本を顔に被せる。
インクとのりと、装丁の皮の臭いとが、顔を覆う。
月明かりが遮られ。
程よくクラつく酔いが、眠りへと誘った。
朝日が、瞼越しに目を刺す。
渋る身体を起こすと、多少の気持ち悪さがあった。
飲み過ぎたらしい。
足元には、昨日の本が落ちていた。
閉じて、裏表紙を向ける本が、夢から覚めろと言っている気がした。
作家なんてやってると、いらないところで詩的になってしまうな。
そう思いつつ本を机に置き、顔を洗いに井戸へと向かう。
冷たい水が、まだ重い瞼をこじ開ける。
部屋に戻り、乾いてぼそぼそのパンを齧りながら、書いていたおとぎ話の推敲をする。
男の子と女の子が、不思議な花を探す旅に出るお話。
昔話に出てくるその花は、100年に一度だけ花を咲かせる。
その花に願いをかけると、なんでも叶うというものだ。
耳元に蚊が飛んできたので、自分の横面をはたく。
蚊は、少量の血を撒いて潰れた。
脇腹あたりがかゆいので掻くと、小さく膨れていた。
眉間にしわを寄せながら、推敲を続ける。
二人の行く手に、崖がある。
向こう岸に行きたいが、飛び越えるには少し遠い。
そこで文章は途切れている。
この後をどうするか。
パンで乾ききった口を水で潤しながら、考える。
どこかで橋の材料を見つけてくるか、誰かに渡してもらうか。
最初は、恐ろしい見た目だが、心優しいドラゴンがなんとかしてくれる算段だったが。
だったらそれで目的地まで行けばいいだろ、という身もフタもない発想が、それを拒んだ。
だったら橋はどうだろう。
向こう岸に誰かいて、その人がどうにかしてくれるとか。
誰にする?
橋の材料は?
こつこつ、とテーブルを叩くが、それが何かをもたらしてくれるわけでもなく。
ただただ、現実的な発想だけが通り過ぎる。
完全に行き詰まった。
ばさり、と原稿を放り出し、椅子の背もたれに身を預ける。
暫くそうして、頭に血が上ったところで姿勢を戻す。
机の引き出しから、数冊の本を出す。
どれも装丁が擦れていて、かなり読込まれていることが伺えた。
童話集、絵本、おとぎ話・・・
子供向けの本ばかりだった。
青年は童話集を開くと、1ページ1ページを、ゆっくり、ゆっくりとめくる。
あるページは色あせ、あるページには脂染み---お菓子のものだろう---が出来ていた。
理想。
こうありたい。
幼い頃夢見て、今はその向こう、作家を夢見た、本たち。
一文字、一文字。
噛み締めるように、読む。
1ページ、1ページ。
頭の中のキャラクターたちが、時に楽しそうに、時につらそうに、時に勇気を持って。
踊る。
一冊、一冊。
あの時と同じ、かつて、自分が純粋な少年だったときのままに。
思い出と、感情と、物語とが、絡み合う。
ぱたり。
最後の一冊を読み終えると、既に日は落ちかけていた。
昼食を忘れて読みふけっていたらしい。
古びた本と、真新しい、自分の原稿が並ぶ。
色あせない色あせた本と、色すらない原稿。
夢の詰まった本と、現実に追われた原稿。
ため息しか出ない対比。
立ち上がり、箪笥から小銭を掴む。
それをポケットに突っ込んで、酒場へと向かった。
またツケだけ増えたことに辟易しながら、ベッドに横たわる。
半分からやや欠けた月が見えた。
何をしているんだろう。
少しだけ覚めた酔いの中、そんなことを考える。
いつものことを、考える。
いつものように、ため息と共に。
目を閉じ。
一息して。
目を開けると。
そこに、マンティスがいた。
「のぅわ!!」
当たり前に驚きの声を上げる。
状況が飲めない。
ベッドの頭側に立ち、逆さにこちらを覗き込む彼女。
本よりも短い髪。
本より小さい胸。
先日会った彼女ではないか。
ここまで追って来たのだろうか。
しかし、ここは森ではなく街中。
そこに魔物が出たとあっては、騒ぎになる。
どうするべきなのか。
そう考えてるうちに。
彼女が、ベッドの柵を乗り越え。
顔に跨がってきた。
あの日のように。
眼前に、女性器。
酸っぱいチーズのような臭い。
押し付けられる。
それに驚く間もなく。
カマで、ズボンを、パンツ切り裂かれた。
露になる、下半身。
自分でも気付かぬうちに滾っていたそれに。
生温い感触。
次々に起こる事態に、驚く暇すらない。
じゅぶり、じゅる、じゅく、じゅる。
ぬるり、ぬるりとしたそれが、口であると気付くには、しばらくかかった。
じゅぽ。
一旦、それが止む。
何事かと思うと、口元の秘部に圧力がかけられる。
ぐりぐりと、押し付けるように。
舐めろ、ということだろうか。
恐る恐る口を開き、舌で舐め上げる。
びくり、と彼女が身体を振るわせる。
口の中には、酸っぱい味と、チーズのような臭い。
二回、三回と舐めると、その都度、彼女の身震いは小さくなっていき。
酸味のある粘液が、口を満たしていった。
じゅぶり。じゅぶり。じゅぶり。
二つの音が重なる。
もう、何がどうなっているかなど、どうでも良くなっていた。
じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ。
どれくらい、互いを舐め合っていたか。
ふと、彼女の腰が持ち上がる。
そのまま体勢を入れ替え。
こちらを向くと、あっと言う間に、唇を奪われた。
段階も情緒もない。
突然舌を入れ、ただ貪るという表現が合う、その行為。
しかし。
今は、それが心地よかった。
欲しいものを、何の抵抗もなく手に入れたような、爽快感。
互いに求めていたものが一致したような、一体感。
ぐちゅ、くちゅ、ちゅる、ぐちゅ。
少しだけ顔が離れ。
彼女が小さく微笑んだかと思うと。
竿に、ぬるりとした感触を受ける。
彼女が身体を揺すると。
竿の感触も、上下する。
彼女は嬉しそうに。
心底嬉しそうに微笑むと。
再度口づけを迫り、身体を揺すり続けた。
朝日で目が覚める。
渋る身体を起こしながら、昨晩何があったかを思い出そうとする。
しかしそれは、視界に入ってきたマンティスにより、無駄になった。
青年のふくらはぎの辺りを枕にして、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
ベッドには、精の臭いがこびりついていた。
身体を起こした青年に気付いてか、マンティスが小さく声を上げながら、起きた。
青年を視界に捉えると、微笑み。
「きもち、よかった?」
小さく、そう訊いてきた。
戸惑いながらも頷くと。
「ふふっ」
小さく含み笑いを漏らし。
朝の生理現象を起こしている愚息の「世話」をした。
肉屋の開店を待ち、なけなしの小銭をはたいて、生肉を買ってきた。
マンティスには、しばらく大人しく待っているように伝えた。
彼女はその言いつけを律儀に守っていたらしく、家を出たときと同じ、ベッドの上に座ったままでいた。
肉を出すと、彼女はそれを喜んで食べた。
「美味かったか?」
そう訊くと。
「ん、と。
こっちのほうが、美味しい」
青年の股間を揉んで、そう言った。
魔性に目覚めた魔物は精を糧にしている、と気付いたのは、なけなしの金で数回肉を買った後だった。
そこからは、ただ欲に溺れる日々が続いた。
朝の生理現象を処理し。
昼まで交わり。
昼寝の後に、夜まで交わる。
疲れるまで貪り合い、疲れたら寝る。
そして朝を迎える。
ある日、久しぶりに創作作業をしようとしたときだった。
「もっと、しよ」
彼女がそう言った。
「すこしくらい、忘れても、だいじょうぶだよ」
そんな日々が、 一週間ほど続いただろうか。
夕方、昼寝から目を覚ますと、マンティスがいなかった。
声をかけると、屋根裏からか細い声が聞こえた。
体調が悪いのでそっとしておいてほしい、とのことだった。
魔物でもそんなことがあるのか、と、本を隈無く探してみたが、判らなかった。
不安になりながらも、今はそっとしておくことにした。
夜、ふと、物書き机を見た。
ランプに照らされた原稿は、書きかけのまま止まっている。
確かに、ここ数日は夢のような楽しさだった。
しかし、本当に目指した夢は、こうして止まったままだ。
結局、欲に溺れた、汚い大人になってしまったんだろうか。
かつての自分を、自身で汚してしまったのだろうか。
いや。
どちらも欲しいのは、まだ正直な気持ちだ。
資料の本をぱらぱらとめくりながら。
どちらかの自分が本当で、どちらかの自分が嘘で。
そういう話だったら、楽だったのにな。
そんなことを考えた。
天井裏にいる彼女に声をかける。
「少し、散歩してくるよ。
明け方までには、戻るから」
東の空が白み始めた頃。
家に戻ると、マンティスがいつものように、ベッドの上に座っていた。
「もう、大丈夫かい?」
「うん」
いつもの笑み。
「それじゃあ」
青年は、改まって言った。
「ありがとう。もう、いいよ」
いつからだろうか。
私は、一人の青年に恋をした。
つい、彼の家の屋根裏に忍び込んでしまう程度に。
ストーカーと言われてしまえばそれまでなのだが。
彼の書くおとぎ話に、魅了されてしまったのだ。
少し不思議で、でも、どこか現実的で。
どんな人が書いてるんだろう、と気になって、つい後を付けてしまったのだ。
真面目で。真っ直ぐで。正直で。どこか少年のようで。
でも、夢を与えるためには、嘘が必要で。
そんな悩みを抱えた人。
夢と現実に挟まれて、少しだけ、自棄になっちゃった人。
ちょっとでいいから、助けてあげたい。
しかし、自分に唯一できることは、彼の真面目な性格によって阻まれた。
もどかしさが募る。
そんなある日、遠出の後だったか、いつにも増して、落ち込んで帰ってきた。
いつものようにお酒を飲んで帰ってきたあと、ちょっとだけ「覗かせて」もらった。
真面目な彼を悩ませる事態。
でも、私には、チャンスだった。
やっと、彼を、助けてあげられる。
真面目になりすぎなくても、いいんだよって。
教えてあげられる。
「もう、いいよ」
彼女の顔から、笑みが消えた。
何を言っているのか、わからないといった風だった。
「さっきね、森まで行ってきたんだ」
青ざめる彼女。
「そしたらね、また、獲物と間違えられたよ」
小さく震えているのが判るほどに。
「マンティスの彼女は、やっぱり、俺に一瞥くれただけで、どっか行っちゃった」
ふるふると、力なく首を振る彼女。
それ以上は、聞きたくないと言うように。
「だから、本当の君を見せて欲しい」
「ドッペルゲンガー」
しゅん、と、蒸発するような音と共に、マンティス「だった」ものが消え。
そこには、黒い布切れのような服を纏った少女が、小さく涙を流していた。
「どう、して」
何に対してのどうして、なのかは判らなかった。
しかし。
「ありがとう。もう、いいんだよ」
ベッドに座り、今にも倒れてしまいそうなか細い少女を、抱きしめた。
「ごめんね。もう、夢から覚めることにしたんだ」
小さくしゃくりあげる肩を、優しく包む。
「あ、あの、わた、し。
あなたの、おはなし、すき、で」
とんとんと、背中を軽く叩いてやりながら、続きを促す。
「でも、ね、さい、きん、なやん、で、いる、みたいだった、から。
ちょっと、でも、きもち、らくに、なって、くれ、たら、うれしいって」
「・・・ありがとう」
それしか、言えなかった。
「わた、し、ね、こんな、えっちな、こと、しか、できないから」
うん。
小さく、頷いてやる。
「でも、あなた、おんなの、ひと、あんまり、しら、ない、みたいだし
どうしようか、とおもって、たの」
うん。
「ごめん、なさい。かえって、なやみ、ふやし、ちゃった、みたい。
ごめんなさ、い」
大丈夫だよ。
「きのう、やね、うらから、みてて、それで、ね
この、ままじゃ、ダメだって、おもって、ね、でも、でも」
想い余って、強く抱きしめた。
「うん。うん。知ってるよ。
俺のために、してくれたんだよね。
だから、ありがとう」
突然現れたことには驚いたが。
繁殖期まで男性に興味を持たないマンティスが、積極的に街に来たこと。
半月から一週間後、新月のときに姿を隠したこと。
昨晩、本をめくっていたら偶然見つけた、ドッペルゲンガーの記事。
そして、本当と、嘘。
自分の気持ちの整理を付けるはずが、彼女の正体を暴いてしまった。
しかし。
あのままでいいはずはない。
そう思ったからこそ、今、こうしているのだ。
彼女が落ち着くまで、抱いてやる。
しばらくして、落ち着いた彼女が。
「っく、うん、いつまでも、こんな姿じゃ、イヤだよね。
すぐに、戻るからね」
んっ、と、小さく息んでみせる彼女。
しかし。
「・・・あれ、おかしいな。
ん。んしょ。ん、ん!
あれ?あれ?」
もぞもぞと腕の中から出て、しきりに息んでは困惑する、を繰り返す彼女。
落ち着いてきたはずの瞳には、また涙が溜まり始めていた。
「どうしよう、変身、できなくなっちゃった・・・」
小さな身体を振るわせながら、青年の胸に頭を預ける。
「ごめんね。こんなみすぼらしい子、いや、だよね・・・
少ししたら、出て行くから、ちょっとだけ、こうさせて」
青年の胸元が涙で濡れる。
青年は、彼女の頭を強引に向け。
唇を、奪った。
涙の味の唇を、奪った。
離すと、当然のように、驚く彼女の顔。
「ずっと、一緒にいよう」
「でも、わ、たし、もう、変身できないし、こんな姿じゃ・・・」
「そんなことはいいよ。
俺が好きなのは、マンティスじゃない。
俺のために、一所懸命になってくれた娘だよ」
既に涙と鼻水でぐずぐずになった顔をさらに歪める彼女。
大声を上げて泣く彼女を抱きとめながら。
時折本当に?本当に?と何度も訊いてくる彼女を抱きとめながら。
何度も本当だよ、と言い聞かせ。
それでも、自分はかわいくないから、とか言い出す彼女の唇を、再度奪う。
唇を唇で噛みつつ。
「毎日セックスしたがるえっちな女の子は、こっちの方が好みかな」
と、意地悪く言い。
真っ赤になった彼女の唇へ、舌を刺し入れた。
ちゅる、ちゅる、ちゅる。
最初に小さくイヤイヤをし、歯で抵抗していた口を、こじ開ける。
いざ開いてしまえば、早かった。
ちゅく、ちゅく、じゅる、じゅるる。
戸惑っていた舌は、次第に求めるように絡んできた。
「ん、んく、んちゅく、んんっ!」
熱を帯びてきた吐息を感じ、そっと、微かに膨らんだ胸に手を這わす。
先端の小さな突起を見つけ、指先でくすぐる。
「んくぅ!」
唇を離さないまま、次第にしこりを増してきた突起を、さらに攻める。
「んぅ、んぐっ!くちゅ、、んじゅ、ん、ん、んんん!!」
一際大きく、小さな身体が跳ねる。
ふと、膝に生温く、濡れる感触が。
「んふっ、はぁ、はぁ、あぁぁ・・・」
やっと解放された口から、脱力した声。
「うぅ、ぐすっ、ひっく、ご、めん、なさい・・・」
理由は判っていた。
絶頂を迎えた瞬間、感情以外の「もの」が漏れてしまったのだ。
「いいよ。そんなに気持ちよかったのかい?」
「う、うん・・・」
消え入りそうに、申し訳なさそうに、そう応えた。
「変身してるときと、どっちが気持ちよかった?」
「・・・こっち」
自然と、笑みが零れる。
立ち上がり、ズボンを下ろす。
待っていました、とばかりに、直立した愚息が飛び出す。
「あっ・・・」
今までさんざん見てきたはずなのに、ふい、と視線をそらし、さも始めて見たかのような反応をされる。
それに、嫌が応にも、嗜虐心をくすぐられる。
「おいで」
こくり、と小さく頷き、立ち上がる彼女。
手前で制し、小水で濡れたショーツを脱がせる。
それをすぐ傍、ベッドの上に投げると、ぺちゃり、と音を立てて落ちた。
その音に、さらに顔を赤くする彼女。
全く。
たまらない。
ぽんぽん、と膝を叩くと、彼女が向かい合わせに座ってきた。
空気に触れて冷たくなった濡れた感触と。
少女の柔らかな肉の感触が触れる。
「ん、しょ」
くちゃくちゃ、と音を鳴らしながら、柔らかい感触が、膝先からふくらはぎまで寄ってくる。
抱きしめて、再度のキス。
鼻孔をくすぐるのは、少女の甘い香り。
抱くほどに実感する、その小さな身体が少し浮く。
それに合わせ、愚息の先端を調節し。
「え、えと。よろしく、おねがいします」
何を今更、と思ったが、考えてみれば当たり前だろう。
彼女は、自分以外を偽り、その仮面を付けてしか、誰かと接したことがないのだ。
「うん。よろしく」
その返事を待っていたかのように、少しずつ、少しずつ、腰を落とす。
先端が柔らかく、濡れそぼった何かに触れ。
「ん、くっ・・・んぅ、んんんん!」
ずるり、と、狭い肉壷に収まる。
荒く息をする彼女。
「大丈夫かい?」
「んふぅ、うん、だい、じょうぶ」
「焦らなくてもよかったのに」
「ん、だって、はやく、気持ちよくして、あげたかったから。
私だけ先に、良く、なっちゃったし・・・それに」
恥ずかしそうに俯き、小さな声で。
「わたし、もう、えっちなことしか、してあげられないから・・・」
「そんなことないよ。でも・・・」
「でも?」
「今、挿入(い)れてるだけでイっちゃいそうなほど気持ちいいから、
今だけは、全力で、えっちなことを、お願いして、いいかな?」
きゅう。
その言葉に反応してか、小さな膣が、さらに締まる。
「・・・うん♡」
細い腕が、首の後ろに回される。こちらも、彼女の背中を抱きしめる。
互いに、離すまいと、力が入る。
「・・・んっ」
彼女が、小さな腰を振る。
こすりつけるように。
くちゅ。くちゅ。くちゅ。
今は剛直を咥え込んでいるだろう割れ目から、とめどなく愛液が滴る。
互いに唇をついばむ。
彼女が、胸板に、己の胸をこすりつける。
その度に、完全に勃ってしまった乳首の感触が触れる。
近く。近く。誰よりも、何よりも近く。
互いに求め合う気持ちが、唾液と吐息を混ぜる。
生暖かい、彼女の吐き出した、甘い息を吸う。
口の端から、混ぜ合わせ過ぎた唾液が垂れる感触がある。
灼熱した少女の体温を、竿全体で感じる。
ぐちゃり。にゅちゅり。
んふぅ、ふ、んふぅ、ふーっ。
くねくねと、全身をこすりつけてくる彼女。
それは情事と呼ぶには、あまりに緩慢なものだったかも知れないが。
ねっとりと、互いの意識を混ぜ合わせるには、充分な行為だった。
激しい快楽ではない。
しかし。
一歩一歩、階段を上るように。
一秒一秒、絶頂に昇るように。
ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ。
ふっ。ふっ。ふっ。ふっ。
ついに、青年の腰も動き始める。
呼吸が。
心音が。
腰の動きが。
絶頂感が。
どこまでもシンクロし。
「んぷぅ、は、あ、あん、あ、あぁあぁあぁぁぁぁ!!」
きつく抱き合ったまま、痙攣する二人。
青年が背中をベッドに投出し。
少女がそれに覆い被さる。
抱き合ったまま。
同じように、眠りについた。
翌朝。
頬に生暖かい感触を受け、青年が目を覚ます。
全身黒に覆った地味な少女が、頬を舐めていた。
「ん・・・ふふ、えへへ。おはよ」
「あぁ、おはよう」
「このまま、また、する?」
訊いてきた少女に。
「ごめんね。ちょっとだけ、待って」
そう返す。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、不満そうな顔を見せたあと。
「じゃぁ、しょうがないね。待ってる」
「ごめんね」
「ううん、でも、どうしたの?」
「夢でね、見たんだ」
「もしかして、お話を?」
「うん。それを、書きたい。それに・・・」
「それに?」
「昨日、後処理せずに寝ちゃったから、その、股が、かゆい」
お互い、ばつの悪そうな顔をするしかなかった。
半年ほど後に。
一冊の童話集が発売されることになる。
一番人気のお話は「勇者と少女」。
人間界では見向きもされなかったが。
魔界を中心に大ブレイクしたとかなんとか。
身体より大きなバッグを背負い、時折、それを枝に引っ掛け、振り払いしながら、微かな木漏れ日を頼りに、進んでいた。
日が暮れるまでに越えられるのか。
青年の疑問は、口ではなく、額の汗として吹き出した。
たまたま道を訊いたタヌキの魔物に、近道があると教えられたのだが。
進めば進むほどに道は細くなり、道だったものに枯れ葉が積もり、とうとう、そこだけ枝が払われている、というだけの状態になっている。
がさ。がさ。がさ。
青々と繁る、日を遮る葉を見ながら。
がさ。がさ。がさ。
隙間無く、長年積まれた、落ち葉を踏みしめる。
がさ。ぽきり。がさ。
変化と言えば、時折聞こえる、枝を踏む音だけ。
がさ。がさ。がさ。
代わり映えのしない景色に飽きが来て。
ぽきり。がさ。がさ。
早く抜けようと、ただそれだけを考え。
がさ。がささ。がさ。
いや、考えることすら停止して。
ががさ。がさ。がささ。がさ。
どれだけ歩いたかも判らなくなったところで。
がささ。ぽきぽき。がさ。がさささ。
やっと。
がさささ。がさささ。ぽきり。ががささ。
自分のものではない足音に、気付く。
ざっ。
一際大きな音を背後に聞き、振り返る。
何もいない。
右を。左を。
何もいない。
ざっ。ぽきり。
頭上からの音に驚き、脇目も振らずに走り出す。
どざっ。
大きな何かが、さっきまで自分がいた場所へと、落ちる音。
ざっざっざっざっ。
落ち葉に足を取られそうになりながら、走る。
ざっざっぱきりざっざっ。
頭上を、右に、左に。
木から木へ、枝から枝へと、飛び移る何かの音を聞く。
ざっざっざっざっざっ。
はぁはぁはぁはぁはぁ。
得体の知れないものへの恐怖が、正しい呼吸すら塗りつぶす。
ざっざっざっざざっ。
音が、自分の前に出た。
そう思った瞬間。
視界が黒く染まる。
顔面に何かがぶつかる。
勢い付いた身体だけが前に進み。
そのまま荷物はどこかへと飛んで行き。
置いて行かれた頭が、地面に打ち付けられる。
「――――――!!!」
叫びを上げた。
上げたかった。
しかし、それは何か、柔らかいものに阻まれた。
そして、首筋に触れる、複数の尖った何か-----ノコギリのような何か。
殺される。
本能的にそれを悟る。
手を動かした瞬間。
脚を動かした瞬間。
指を動かした瞬間。
ノコギリは、喉を掻き切るだろう。
心臓が破裂せんばかりに鳴っているのが、耳の奥に聞こえる。
そのとき、顔を覆っていた柔らかいものが、少しずつ持ち上がる。
やっと開いた目が捉えたのは、一面の肌色と、中央のすぼまった穴。
やっと空気を取り入れた鼻が感じたのは、酸味の強いチーズのような臭い。
それが離れて、薄紅色の裂け目を見つけて。
それが、女性の秘部だと気付いた。
ひくり、ひくりと、呼吸に合わせて蠢くそれを見て。
どこか、自分でも場違いだ、馬鹿らしいと思いつつも。
勃起していた。
ひどく、興奮していた。
今だ鼻を突く女性器の臭いと。
彼女の腰が浮き、緑色のカマが首筋に充てがわれた光景。
その奥に。
性器と、カマと、その奥の冷徹な視線と。
全てに、興奮していた。
どれくらい見蕩れていただろうか。
ゆっくりと腰を上げる彼女。
そのまま、何事もなかったかのように立ち上がると。
ちらりとこちらを一瞥だけして。
現れたときと同じように、梢の中に素早く消えて行った。
さわさわさわ。
そよ風に揺れる木々の音が、何事もなかったかのように響く。
はっ。はっ。はっ。
今だに整わない呼吸と。
はち切れんばかりにいきり立つモノと。
少しだけ湿り、鼻の奥へと臭いを突き立てるそれが。
現実だったのだ、と語る。
上体だけを起こす。
飛ばされた荷物が見えた。
だが、そんなことはどうでもいい。
ズボンの紐をゆるめ、熱く滾るそれを取り出す。
目を閉じ、そこにまだ焼き付いている、卑猥な光景を思い出す。
鼻の回りの臭いが、その妄想をかき立てる。
はっ。はっ。はっ。はっ。
呼吸と、鼓動と。
それに合わせるように、固くなった愚息を握り。
上下にしごき上げた。
瞼の奥の、彼女の秘部を広げ。
グロテスクな己自身を、乱暴に突き入れる。
「んぐっ、ぐ、ふっ、は、あ」
突く。突く。突く突く突く。
息を荒くすればするほど、酸っぱいチーズのような臭いに満たされる。
瞼の彼女のソコが、濡れ、溢れ、臭いを出すように感じる。
「ん、ぐ、あ、は、あぁああ!!」
竿の奥が、痙攣するのを感じる。
ビクリ。
全体が震え。
裏筋が、ドロドロした滾りを運ぶ。
ぴちゃり。ぴちゃ。
枯れ葉に、粘液が落ちる音を聞く。
力を出し切ったように、大の字に倒れ込む。
はぁ。はぁ。はぁ。
さわさわさわ。
そよ風に揺れる木々が、何事もなかったかのように響く。
呼吸が整うのを待ち、起き上がる。
すっかり萎えた愚息が、残りを滴らせながら、頭だけ出していた。
「・・・何やってるんだ、俺」
誰に聞かせるわけでもなくつぶやいたそれも、そよ風と木々の囁きに消えて行った。
「がはははは!!ひ、いーっひっひっひっひ!!」
「・・・・・」
街の小さな酒場で、ゴツい、ヒゲの店主が、豪快に笑う。
青年は、苦虫を噛み潰したような表情で、それを見ていた。
「魔物に襲われて、ぐひっ、ナニもできずに、ひぃ、テメェでヌいてきたたぁ、
そりゃ、ぶふっ、御愁傷様だったなぁ!ひっひ、ひぃ」
「・・・帰る」
「おっとっと、悪い悪い。んふっ。
まぁこれで機嫌治せや」
青年の空になったグラスに、ウイスキーが注がれる。
高いものでもないが、普段の安酒に比べれば、いいものだった。
「まぁ、なんだ。こんな片田舎の街じゃ、イモの子みたいな女しかいないからな。
魔物の色気に参っちまうのは仕方ないさ」
「・・・そういうもんかねぇ」
はぁ、と、大きなため息を吐く青年。
「捕って『喰われ』なかっただけマシだろうよ」
数年前、一人の青年が、森で行方不明になった。
その少し前から、森でマンティスの目撃情報が出ていたので、それに攫われたのだろう、と噂になっていた。
青年は、まだ見つかっていない。
恐らく、アレはその子供だろう。
グラスのウイスキーを一気に煽る。
アルコールが喉を焼き、刺激のある臭いが鼻へと抜ける。
忘れろと、言わんばかりに。
「またいずれ、資料探しに遠出するんだろ、先生さんよ。
そんときに、娼館でも寄ってくりゃいいんだよ。現物の女抱けば、
妄想なんざ飛んでっちまうさ」
「そう・・・かなぁ」
「あぁ、そういうもんさ。正直で、真面目すぎるんだよ、アンタは。
酒だけじゃなくてよ、もっと遊んでみなって」
女、と聞いて、つい、顔の柔らかい感触がフラッシュバックする。
ムラッとするのを、なんとか堪える。
「ごめん、やっぱ帰るわ」
「そうかい。ま、ゆっくり休みな」
それじゃあ、と、ポケットの小銭をカウンターに無造作に置くと、席を離れた。
扉を開けると、カラン、とベルが鳴った。
「あ、先生さんよ」
店主に呼び止められ、肩越しにそちらを見る。
「ちと足りないからツケとくぜ」
再度、苦虫を噛み潰すしかなかった。
自宅に戻り、物書き机を見る。
半月の明かりに照らされた、書きかけの原稿があった。
子供向けのおとぎ話(Fairy Tale)。
子供に夢を与えるには、純粋な人間でなければいけない。
そんなことを思っていた。
が、どうだろう。
今の自分は、安酒を煽り、ついには色欲に負けた、汚い人間になってしまった。
正直に生きているつもりだった。
真面目に生きているつもりだった。
現実はどうだろう。
酒場にツケを作った、売れない作家が関の山だった。
原稿を手にし、破ろうとした。
が。
少なくとも、これがないと、酒場のツケは返せない。
そっと原稿を置く。
子供の夢は、現実に守られた。
そんな嫌な文章が、浮かんで消えた。
今日何度目かわからないため息を吐き、ベッドに座る。
荷物---大きな城下町で買ってきた、原稿用の資料を出す。
「魔物の生理と生態」
勇者が魔物を倒す話は、おとぎ話の定番だ。
そう思って買ってきたはいいが。
実際の中身は、近年の色欲まみれの魔物ばかりだった。
それをぱらぱらとめくり。
マンティスのページに止まる。
基本的に人間を襲うことはなく、繁殖期以外は安全、と書いてある。
たぶん、食事用の動物と間違えられたのだろう。
ページをめくると、挿絵が入っていた。
彼女は、挿絵の娘より、髪が短かったな。
あと、胸も小さかった。
繁殖期を迎えていない子供だったのか、お尻も小さかったように思う。
いいや。
そうではない。
思い出してはいけない。
ページを開いたまま、本を顔に被せる。
インクとのりと、装丁の皮の臭いとが、顔を覆う。
月明かりが遮られ。
程よくクラつく酔いが、眠りへと誘った。
朝日が、瞼越しに目を刺す。
渋る身体を起こすと、多少の気持ち悪さがあった。
飲み過ぎたらしい。
足元には、昨日の本が落ちていた。
閉じて、裏表紙を向ける本が、夢から覚めろと言っている気がした。
作家なんてやってると、いらないところで詩的になってしまうな。
そう思いつつ本を机に置き、顔を洗いに井戸へと向かう。
冷たい水が、まだ重い瞼をこじ開ける。
部屋に戻り、乾いてぼそぼそのパンを齧りながら、書いていたおとぎ話の推敲をする。
男の子と女の子が、不思議な花を探す旅に出るお話。
昔話に出てくるその花は、100年に一度だけ花を咲かせる。
その花に願いをかけると、なんでも叶うというものだ。
耳元に蚊が飛んできたので、自分の横面をはたく。
蚊は、少量の血を撒いて潰れた。
脇腹あたりがかゆいので掻くと、小さく膨れていた。
眉間にしわを寄せながら、推敲を続ける。
二人の行く手に、崖がある。
向こう岸に行きたいが、飛び越えるには少し遠い。
そこで文章は途切れている。
この後をどうするか。
パンで乾ききった口を水で潤しながら、考える。
どこかで橋の材料を見つけてくるか、誰かに渡してもらうか。
最初は、恐ろしい見た目だが、心優しいドラゴンがなんとかしてくれる算段だったが。
だったらそれで目的地まで行けばいいだろ、という身もフタもない発想が、それを拒んだ。
だったら橋はどうだろう。
向こう岸に誰かいて、その人がどうにかしてくれるとか。
誰にする?
橋の材料は?
こつこつ、とテーブルを叩くが、それが何かをもたらしてくれるわけでもなく。
ただただ、現実的な発想だけが通り過ぎる。
完全に行き詰まった。
ばさり、と原稿を放り出し、椅子の背もたれに身を預ける。
暫くそうして、頭に血が上ったところで姿勢を戻す。
机の引き出しから、数冊の本を出す。
どれも装丁が擦れていて、かなり読込まれていることが伺えた。
童話集、絵本、おとぎ話・・・
子供向けの本ばかりだった。
青年は童話集を開くと、1ページ1ページを、ゆっくり、ゆっくりとめくる。
あるページは色あせ、あるページには脂染み---お菓子のものだろう---が出来ていた。
理想。
こうありたい。
幼い頃夢見て、今はその向こう、作家を夢見た、本たち。
一文字、一文字。
噛み締めるように、読む。
1ページ、1ページ。
頭の中のキャラクターたちが、時に楽しそうに、時につらそうに、時に勇気を持って。
踊る。
一冊、一冊。
あの時と同じ、かつて、自分が純粋な少年だったときのままに。
思い出と、感情と、物語とが、絡み合う。
ぱたり。
最後の一冊を読み終えると、既に日は落ちかけていた。
昼食を忘れて読みふけっていたらしい。
古びた本と、真新しい、自分の原稿が並ぶ。
色あせない色あせた本と、色すらない原稿。
夢の詰まった本と、現実に追われた原稿。
ため息しか出ない対比。
立ち上がり、箪笥から小銭を掴む。
それをポケットに突っ込んで、酒場へと向かった。
またツケだけ増えたことに辟易しながら、ベッドに横たわる。
半分からやや欠けた月が見えた。
何をしているんだろう。
少しだけ覚めた酔いの中、そんなことを考える。
いつものことを、考える。
いつものように、ため息と共に。
目を閉じ。
一息して。
目を開けると。
そこに、マンティスがいた。
「のぅわ!!」
当たり前に驚きの声を上げる。
状況が飲めない。
ベッドの頭側に立ち、逆さにこちらを覗き込む彼女。
本よりも短い髪。
本より小さい胸。
先日会った彼女ではないか。
ここまで追って来たのだろうか。
しかし、ここは森ではなく街中。
そこに魔物が出たとあっては、騒ぎになる。
どうするべきなのか。
そう考えてるうちに。
彼女が、ベッドの柵を乗り越え。
顔に跨がってきた。
あの日のように。
眼前に、女性器。
酸っぱいチーズのような臭い。
押し付けられる。
それに驚く間もなく。
カマで、ズボンを、パンツ切り裂かれた。
露になる、下半身。
自分でも気付かぬうちに滾っていたそれに。
生温い感触。
次々に起こる事態に、驚く暇すらない。
じゅぶり、じゅる、じゅく、じゅる。
ぬるり、ぬるりとしたそれが、口であると気付くには、しばらくかかった。
じゅぽ。
一旦、それが止む。
何事かと思うと、口元の秘部に圧力がかけられる。
ぐりぐりと、押し付けるように。
舐めろ、ということだろうか。
恐る恐る口を開き、舌で舐め上げる。
びくり、と彼女が身体を振るわせる。
口の中には、酸っぱい味と、チーズのような臭い。
二回、三回と舐めると、その都度、彼女の身震いは小さくなっていき。
酸味のある粘液が、口を満たしていった。
じゅぶり。じゅぶり。じゅぶり。
二つの音が重なる。
もう、何がどうなっているかなど、どうでも良くなっていた。
じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ。
どれくらい、互いを舐め合っていたか。
ふと、彼女の腰が持ち上がる。
そのまま体勢を入れ替え。
こちらを向くと、あっと言う間に、唇を奪われた。
段階も情緒もない。
突然舌を入れ、ただ貪るという表現が合う、その行為。
しかし。
今は、それが心地よかった。
欲しいものを、何の抵抗もなく手に入れたような、爽快感。
互いに求めていたものが一致したような、一体感。
ぐちゅ、くちゅ、ちゅる、ぐちゅ。
少しだけ顔が離れ。
彼女が小さく微笑んだかと思うと。
竿に、ぬるりとした感触を受ける。
彼女が身体を揺すると。
竿の感触も、上下する。
彼女は嬉しそうに。
心底嬉しそうに微笑むと。
再度口づけを迫り、身体を揺すり続けた。
朝日で目が覚める。
渋る身体を起こしながら、昨晩何があったかを思い出そうとする。
しかしそれは、視界に入ってきたマンティスにより、無駄になった。
青年のふくらはぎの辺りを枕にして、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
ベッドには、精の臭いがこびりついていた。
身体を起こした青年に気付いてか、マンティスが小さく声を上げながら、起きた。
青年を視界に捉えると、微笑み。
「きもち、よかった?」
小さく、そう訊いてきた。
戸惑いながらも頷くと。
「ふふっ」
小さく含み笑いを漏らし。
朝の生理現象を起こしている愚息の「世話」をした。
肉屋の開店を待ち、なけなしの小銭をはたいて、生肉を買ってきた。
マンティスには、しばらく大人しく待っているように伝えた。
彼女はその言いつけを律儀に守っていたらしく、家を出たときと同じ、ベッドの上に座ったままでいた。
肉を出すと、彼女はそれを喜んで食べた。
「美味かったか?」
そう訊くと。
「ん、と。
こっちのほうが、美味しい」
青年の股間を揉んで、そう言った。
魔性に目覚めた魔物は精を糧にしている、と気付いたのは、なけなしの金で数回肉を買った後だった。
そこからは、ただ欲に溺れる日々が続いた。
朝の生理現象を処理し。
昼まで交わり。
昼寝の後に、夜まで交わる。
疲れるまで貪り合い、疲れたら寝る。
そして朝を迎える。
ある日、久しぶりに創作作業をしようとしたときだった。
「もっと、しよ」
彼女がそう言った。
「すこしくらい、忘れても、だいじょうぶだよ」
そんな日々が、 一週間ほど続いただろうか。
夕方、昼寝から目を覚ますと、マンティスがいなかった。
声をかけると、屋根裏からか細い声が聞こえた。
体調が悪いのでそっとしておいてほしい、とのことだった。
魔物でもそんなことがあるのか、と、本を隈無く探してみたが、判らなかった。
不安になりながらも、今はそっとしておくことにした。
夜、ふと、物書き机を見た。
ランプに照らされた原稿は、書きかけのまま止まっている。
確かに、ここ数日は夢のような楽しさだった。
しかし、本当に目指した夢は、こうして止まったままだ。
結局、欲に溺れた、汚い大人になってしまったんだろうか。
かつての自分を、自身で汚してしまったのだろうか。
いや。
どちらも欲しいのは、まだ正直な気持ちだ。
資料の本をぱらぱらとめくりながら。
どちらかの自分が本当で、どちらかの自分が嘘で。
そういう話だったら、楽だったのにな。
そんなことを考えた。
天井裏にいる彼女に声をかける。
「少し、散歩してくるよ。
明け方までには、戻るから」
東の空が白み始めた頃。
家に戻ると、マンティスがいつものように、ベッドの上に座っていた。
「もう、大丈夫かい?」
「うん」
いつもの笑み。
「それじゃあ」
青年は、改まって言った。
「ありがとう。もう、いいよ」
いつからだろうか。
私は、一人の青年に恋をした。
つい、彼の家の屋根裏に忍び込んでしまう程度に。
ストーカーと言われてしまえばそれまでなのだが。
彼の書くおとぎ話に、魅了されてしまったのだ。
少し不思議で、でも、どこか現実的で。
どんな人が書いてるんだろう、と気になって、つい後を付けてしまったのだ。
真面目で。真っ直ぐで。正直で。どこか少年のようで。
でも、夢を与えるためには、嘘が必要で。
そんな悩みを抱えた人。
夢と現実に挟まれて、少しだけ、自棄になっちゃった人。
ちょっとでいいから、助けてあげたい。
しかし、自分に唯一できることは、彼の真面目な性格によって阻まれた。
もどかしさが募る。
そんなある日、遠出の後だったか、いつにも増して、落ち込んで帰ってきた。
いつものようにお酒を飲んで帰ってきたあと、ちょっとだけ「覗かせて」もらった。
真面目な彼を悩ませる事態。
でも、私には、チャンスだった。
やっと、彼を、助けてあげられる。
真面目になりすぎなくても、いいんだよって。
教えてあげられる。
「もう、いいよ」
彼女の顔から、笑みが消えた。
何を言っているのか、わからないといった風だった。
「さっきね、森まで行ってきたんだ」
青ざめる彼女。
「そしたらね、また、獲物と間違えられたよ」
小さく震えているのが判るほどに。
「マンティスの彼女は、やっぱり、俺に一瞥くれただけで、どっか行っちゃった」
ふるふると、力なく首を振る彼女。
それ以上は、聞きたくないと言うように。
「だから、本当の君を見せて欲しい」
「ドッペルゲンガー」
しゅん、と、蒸発するような音と共に、マンティス「だった」ものが消え。
そこには、黒い布切れのような服を纏った少女が、小さく涙を流していた。
「どう、して」
何に対してのどうして、なのかは判らなかった。
しかし。
「ありがとう。もう、いいんだよ」
ベッドに座り、今にも倒れてしまいそうなか細い少女を、抱きしめた。
「ごめんね。もう、夢から覚めることにしたんだ」
小さくしゃくりあげる肩を、優しく包む。
「あ、あの、わた、し。
あなたの、おはなし、すき、で」
とんとんと、背中を軽く叩いてやりながら、続きを促す。
「でも、ね、さい、きん、なやん、で、いる、みたいだった、から。
ちょっと、でも、きもち、らくに、なって、くれ、たら、うれしいって」
「・・・ありがとう」
それしか、言えなかった。
「わた、し、ね、こんな、えっちな、こと、しか、できないから」
うん。
小さく、頷いてやる。
「でも、あなた、おんなの、ひと、あんまり、しら、ない、みたいだし
どうしようか、とおもって、たの」
うん。
「ごめん、なさい。かえって、なやみ、ふやし、ちゃった、みたい。
ごめんなさ、い」
大丈夫だよ。
「きのう、やね、うらから、みてて、それで、ね
この、ままじゃ、ダメだって、おもって、ね、でも、でも」
想い余って、強く抱きしめた。
「うん。うん。知ってるよ。
俺のために、してくれたんだよね。
だから、ありがとう」
突然現れたことには驚いたが。
繁殖期まで男性に興味を持たないマンティスが、積極的に街に来たこと。
半月から一週間後、新月のときに姿を隠したこと。
昨晩、本をめくっていたら偶然見つけた、ドッペルゲンガーの記事。
そして、本当と、嘘。
自分の気持ちの整理を付けるはずが、彼女の正体を暴いてしまった。
しかし。
あのままでいいはずはない。
そう思ったからこそ、今、こうしているのだ。
彼女が落ち着くまで、抱いてやる。
しばらくして、落ち着いた彼女が。
「っく、うん、いつまでも、こんな姿じゃ、イヤだよね。
すぐに、戻るからね」
んっ、と、小さく息んでみせる彼女。
しかし。
「・・・あれ、おかしいな。
ん。んしょ。ん、ん!
あれ?あれ?」
もぞもぞと腕の中から出て、しきりに息んでは困惑する、を繰り返す彼女。
落ち着いてきたはずの瞳には、また涙が溜まり始めていた。
「どうしよう、変身、できなくなっちゃった・・・」
小さな身体を振るわせながら、青年の胸に頭を預ける。
「ごめんね。こんなみすぼらしい子、いや、だよね・・・
少ししたら、出て行くから、ちょっとだけ、こうさせて」
青年の胸元が涙で濡れる。
青年は、彼女の頭を強引に向け。
唇を、奪った。
涙の味の唇を、奪った。
離すと、当然のように、驚く彼女の顔。
「ずっと、一緒にいよう」
「でも、わ、たし、もう、変身できないし、こんな姿じゃ・・・」
「そんなことはいいよ。
俺が好きなのは、マンティスじゃない。
俺のために、一所懸命になってくれた娘だよ」
既に涙と鼻水でぐずぐずになった顔をさらに歪める彼女。
大声を上げて泣く彼女を抱きとめながら。
時折本当に?本当に?と何度も訊いてくる彼女を抱きとめながら。
何度も本当だよ、と言い聞かせ。
それでも、自分はかわいくないから、とか言い出す彼女の唇を、再度奪う。
唇を唇で噛みつつ。
「毎日セックスしたがるえっちな女の子は、こっちの方が好みかな」
と、意地悪く言い。
真っ赤になった彼女の唇へ、舌を刺し入れた。
ちゅる、ちゅる、ちゅる。
最初に小さくイヤイヤをし、歯で抵抗していた口を、こじ開ける。
いざ開いてしまえば、早かった。
ちゅく、ちゅく、じゅる、じゅるる。
戸惑っていた舌は、次第に求めるように絡んできた。
「ん、んく、んちゅく、んんっ!」
熱を帯びてきた吐息を感じ、そっと、微かに膨らんだ胸に手を這わす。
先端の小さな突起を見つけ、指先でくすぐる。
「んくぅ!」
唇を離さないまま、次第にしこりを増してきた突起を、さらに攻める。
「んぅ、んぐっ!くちゅ、、んじゅ、ん、ん、んんん!!」
一際大きく、小さな身体が跳ねる。
ふと、膝に生温く、濡れる感触が。
「んふっ、はぁ、はぁ、あぁぁ・・・」
やっと解放された口から、脱力した声。
「うぅ、ぐすっ、ひっく、ご、めん、なさい・・・」
理由は判っていた。
絶頂を迎えた瞬間、感情以外の「もの」が漏れてしまったのだ。
「いいよ。そんなに気持ちよかったのかい?」
「う、うん・・・」
消え入りそうに、申し訳なさそうに、そう応えた。
「変身してるときと、どっちが気持ちよかった?」
「・・・こっち」
自然と、笑みが零れる。
立ち上がり、ズボンを下ろす。
待っていました、とばかりに、直立した愚息が飛び出す。
「あっ・・・」
今までさんざん見てきたはずなのに、ふい、と視線をそらし、さも始めて見たかのような反応をされる。
それに、嫌が応にも、嗜虐心をくすぐられる。
「おいで」
こくり、と小さく頷き、立ち上がる彼女。
手前で制し、小水で濡れたショーツを脱がせる。
それをすぐ傍、ベッドの上に投げると、ぺちゃり、と音を立てて落ちた。
その音に、さらに顔を赤くする彼女。
全く。
たまらない。
ぽんぽん、と膝を叩くと、彼女が向かい合わせに座ってきた。
空気に触れて冷たくなった濡れた感触と。
少女の柔らかな肉の感触が触れる。
「ん、しょ」
くちゃくちゃ、と音を鳴らしながら、柔らかい感触が、膝先からふくらはぎまで寄ってくる。
抱きしめて、再度のキス。
鼻孔をくすぐるのは、少女の甘い香り。
抱くほどに実感する、その小さな身体が少し浮く。
それに合わせ、愚息の先端を調節し。
「え、えと。よろしく、おねがいします」
何を今更、と思ったが、考えてみれば当たり前だろう。
彼女は、自分以外を偽り、その仮面を付けてしか、誰かと接したことがないのだ。
「うん。よろしく」
その返事を待っていたかのように、少しずつ、少しずつ、腰を落とす。
先端が柔らかく、濡れそぼった何かに触れ。
「ん、くっ・・・んぅ、んんんん!」
ずるり、と、狭い肉壷に収まる。
荒く息をする彼女。
「大丈夫かい?」
「んふぅ、うん、だい、じょうぶ」
「焦らなくてもよかったのに」
「ん、だって、はやく、気持ちよくして、あげたかったから。
私だけ先に、良く、なっちゃったし・・・それに」
恥ずかしそうに俯き、小さな声で。
「わたし、もう、えっちなことしか、してあげられないから・・・」
「そんなことないよ。でも・・・」
「でも?」
「今、挿入(い)れてるだけでイっちゃいそうなほど気持ちいいから、
今だけは、全力で、えっちなことを、お願いして、いいかな?」
きゅう。
その言葉に反応してか、小さな膣が、さらに締まる。
「・・・うん♡」
細い腕が、首の後ろに回される。こちらも、彼女の背中を抱きしめる。
互いに、離すまいと、力が入る。
「・・・んっ」
彼女が、小さな腰を振る。
こすりつけるように。
くちゅ。くちゅ。くちゅ。
今は剛直を咥え込んでいるだろう割れ目から、とめどなく愛液が滴る。
互いに唇をついばむ。
彼女が、胸板に、己の胸をこすりつける。
その度に、完全に勃ってしまった乳首の感触が触れる。
近く。近く。誰よりも、何よりも近く。
互いに求め合う気持ちが、唾液と吐息を混ぜる。
生暖かい、彼女の吐き出した、甘い息を吸う。
口の端から、混ぜ合わせ過ぎた唾液が垂れる感触がある。
灼熱した少女の体温を、竿全体で感じる。
ぐちゃり。にゅちゅり。
んふぅ、ふ、んふぅ、ふーっ。
くねくねと、全身をこすりつけてくる彼女。
それは情事と呼ぶには、あまりに緩慢なものだったかも知れないが。
ねっとりと、互いの意識を混ぜ合わせるには、充分な行為だった。
激しい快楽ではない。
しかし。
一歩一歩、階段を上るように。
一秒一秒、絶頂に昇るように。
ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ。
ふっ。ふっ。ふっ。ふっ。
ついに、青年の腰も動き始める。
呼吸が。
心音が。
腰の動きが。
絶頂感が。
どこまでもシンクロし。
「んぷぅ、は、あ、あん、あ、あぁあぁあぁぁぁぁ!!」
きつく抱き合ったまま、痙攣する二人。
青年が背中をベッドに投出し。
少女がそれに覆い被さる。
抱き合ったまま。
同じように、眠りについた。
翌朝。
頬に生暖かい感触を受け、青年が目を覚ます。
全身黒に覆った地味な少女が、頬を舐めていた。
「ん・・・ふふ、えへへ。おはよ」
「あぁ、おはよう」
「このまま、また、する?」
訊いてきた少女に。
「ごめんね。ちょっとだけ、待って」
そう返す。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、不満そうな顔を見せたあと。
「じゃぁ、しょうがないね。待ってる」
「ごめんね」
「ううん、でも、どうしたの?」
「夢でね、見たんだ」
「もしかして、お話を?」
「うん。それを、書きたい。それに・・・」
「それに?」
「昨日、後処理せずに寝ちゃったから、その、股が、かゆい」
お互い、ばつの悪そうな顔をするしかなかった。
半年ほど後に。
一冊の童話集が発売されることになる。
一番人気のお話は「勇者と少女」。
人間界では見向きもされなかったが。
魔界を中心に大ブレイクしたとかなんとか。
16/04/05 01:11更新 / cover-d
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