Gem´s Eyes
ゲイザー Gazer 凝視する者
それがワタシの種族名 その種族名の通り、今ワタシは目の前にいる男を見つめている。
「ふぅん・・・なかなか良さそうじゃない。もっとじっくり見定めてあげましょうか・・・」
男を見つめているワタシの胸の高鳴りは、未だかつて感じたことのないものだった。
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カキンッ!カキンッ!カキンッ!
洞窟内、岩に鉄が打ち付けられる音が響く。
ボク・・・アグリコーラ=トレジストンは今洞窟の中で鉱石の採掘をしている。
何故そんなことをしているか、理由はボクが冒険者兼細工師兼宝石商
・・・文字にして見ると長いことこの上ないが、要するに幼いころから宝石や鉱石が好きで、商いとして取り扱うだけでは飽き足らず自分で採取、加工、ついでにトレジャーハントまでしてしまうようになっただけ・・・
だからである。
大規模な企業ならともかく、個人でこんな危険な(しかも魔界にある)洞窟までわざわざ採掘しにくるのは馬鹿か余程の物好きだけだろう。・・・馬鹿で物好きの自覚はある。
カキンッ!カキンッ! ガキッ!!
ゴロッ・・・
「おっ?」
握りこぶし大の塊が二つほど転がりだしてきた。割れ目の奥からキラリと光を反射する何かが見える。
ボクは唾を飲み込み、ゆっくりと丁寧に小さなピッケルで石を割りはがしてゆく。宝石ならいいが、魔石だとどんな反応を示すかわからないので魔法は使えない。
ここで失敗してしまえばどんな珠もただの石ころだ。
カツン・・・カツン・・・カリッパキッ!
「!!」
一瞬ヒヤリとしたが無事に中の鉱石を取りだすことが出来たようだ。
そして出てきた一点の曇りも無く光を透過するそれは・・・
「・・・・・・魔宝石・・・ここまでの純度の物は初めて見た」
非常に魔力を宿しやすく、宿った魔力に応じて色、性質のみならず形状まで変わり、おまけに魔力を固定化するという魔宝石。もともと貴重な物の中でもこれだけの純度となれば様々な用途に使えるだろう。
ボクは思わぬお宝に心躍らせながらも、それを丁寧に、魔力から保護する袋に包んだ。
「さて…」
もう一個の鉱石を取り出しにかかる。
カツン・・・カツン・・・カツッ!
危なげなく取り出されたそれは先ほどより劣るものの、それでも高い純度を誇る魔宝石だった。
貴重な物がこんなに手に入るなんて、ここまでたどり着くのに苦労はしたがその苦労以上の収穫だ。
「…っと、そろそろ帰らないとカンテラの油も危ないかも…ん?」
帰る支度をはじめていると、洞窟の奥に光球が現れる。
その光はちょうど占い師が使う小ぶりな水晶玉程度の大きさでカーネリアンのように黄から赤の色味を帯びていて……
「……綺麗だな…」
ぼんやりと眺めていると光球が増える。目の錯覚かと思ったがどうやらそうではないらしい。一個、また一個と光球が増えていく。
それは動悸がするほど幻想的で、思わず目を奪われてしまった。
光球はまるで品定めするかのようにゆらゆら揺れながらこちらを睨め付けて…睨め付ける?
「おわっ!!?」
光球の正体が目とわかり、驚いてる間に光球はすっと闇に消えていってしまった。
「…?」
魔物だったらこちらを襲ってくるはずだろうし、さっきの一体なんだったのか皆目見当もつかない。ただたださっきの光景が目に焼きついて、その美しさばかりが記憶にのこる。
「っとと、早く帰らなければ」
今さっき起きた出来事を訝しがりながらも、ボクはいそいで帰る準備をまとめ洞窟を後にした。
脳裏にこびり付いた景色に、動悸は治まらなかった。
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反魔物国家ウイユアキュート王都ウイユベゲーグヌング
ここにボクの店「トレジストン宝石、魔石専門店」はある。
暫くぶりに入る自宅兼店舗は軽く埃の臭いがした。明日は店を開ける前に念入りに掃除しよう。
ボクは今回の冒険の収穫物を丁寧にしまってから、汗を流すためにシャワーを浴びる。
「ふぃ〜……」
汗と垢が流れ落ちてゆく爽快感が頭から広がる。やはりシャワーは毎日浴びるべきだ。しかし冒険中はそうもいかない。
"じくり"
「!!?」
不意に何者かの視線を感じて振り返る。しかしそこには壁があるだけ。
首筋が粟立っている。キョロキョロと周囲を見回すが、そこはいつも通りの何の変哲もない浴室だった。
「……なんだったんだ…?」
突然のことで驚いてしまったが、さっきの感覚をよく思い出してみると不思議と嫌な雰囲気ではなかった。むしろ普段見る人の視線より心地良いくらいだ。
…別に見られて興奮する趣味に目覚めた訳ではない。なんと言うか…さっき感じた視線には悪意は籠っていなかった、むしろ好意のようなものを感じた様な気が…
「…見られたような気がするだけで考えすぎか。」
長いこと一人でいたせいでこんなにも妄想力逞しくなってしまったのだろうか。一人で苦笑しながらボクはシャワーを止め、浴室を後にした。
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冒険から戻って一週間がたつ。最初は気のせいだと片付けていた視線も、この一週間ほぼ毎日感じるとなればこれはもう気のせいではないだろう。瞬きする間に消えてしまったが、何度か振り返った先に目玉とも宝珠ともつかぬ何かを見たこともある。
「はぁ・・・」
悪意は籠もってないとはいえ、四六時中誰かに見られていると思うと精神が消耗する。
しかしこんな状況でも仕事はしなければならない。万が一に備え、ボクは冒険時に使う得物・・・回転式拳銃と銀の短剣を懐に忍ばせた。
カランカラン・・・
来客を知らせるドアベルが鳴り、女性が一人入ってくる。
「いらっしゃいませ。本日のご用件はなんでしょうか?」
「あらアグさん、そんなに畏まらなくてもいいのよ?」
「お客様相手に失礼はできません。」
「もう、お堅いのね」
入ってきた女性は顔見知りだった。
この一年ほどでボクに言い寄ってくるようになった人だ。
こう言うと嫌味のように聞こえるかもしれないが、ボクはそこそこモテるほうだ。
しかし未だに誰かと付き合ったことがない。…というのも、ボクに言い寄ってくる女性にはある共通点があるからだ。
「ねえアグさん?お仕事もいいんだけど、今度二人で食事でもどう?」
そういって科を作りながらボクに熱っぽい視線をむけ、カウンターに乗せたボクの手に手を重ねてくる。
ああ、また"この目"だ。ボクに言い寄ってくる女性は皆"この目"をする。
"この目"はボクを見ていない。ボクではなく、ボクに付随する何か…それは収入や蒐集した宝石であったり、社会的にある程度安定した立場であったり様々なものだ…に向けられている。
"じくり"
「!!」
またあの視線だ。視線を感じたほうに振り返るも何もない。
「? どうかなさりまして?」
「…いえ、何でもありません。」
「でもなんだか顔色がよろしくなくてよ?大丈夫?体調が優れないのなら今日はもうお休みになられたほうが…」
「そう…ですね。わざわざお越しくださったのに申し訳ありません。」
看病すると言い張る彼女を言いくるめて帰らせ、ボクは一人で寝室に戻った。
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一人の寝室。ボクは寝巻に着替えることもなく、ベッドに腰掛けていた。
「はぁ…」
無意識のうちにため息をつき、目が下を向く。不快感はないとはいえ、やはり得体の知れぬ何かの視線を一週間も浴び続けると精神が消耗するのだろうか。
"じくり"
今度は目の前から視線を感じた。目を上げると、そこには宝珠…いや、大きな目玉が一個宙に浮かんでいた。
その目玉から周囲に黒い影のような靄が滲み出し、凝り固まって少女の姿をとる。
少女は羽もないのにふわりと宙に浮き、なおも黒い靄を出していたが、やがて黒い靄はいくつかの束となり収束し、にゅるりとした触手のような形となる。
黒く艶やかなウェーブがかった髪、灰色味を帯びた白い肌、慎ましやかではあるものの女性としての主張をしっかりと持った張りのある胸、黒く蠢く触手、局部を覆う黒い粘液状の何か、どれをとっても人間からかけ離れた美しさだったが、特に少女を人外たらしめる美しさを放っているのは
眼、眼、眼、眼、眼
触手の先端と顔にそれぞれ、妖しく輝く宝玉のような大きな眼が一つずつあった。
ゆらゆらと揺れながらボクを見つめるその姿は幻想的で、動悸がする。
そうだ、この光景と感覚には覚えがある。
「君は…この間洞窟で…?」
「おめでとう、アナタはワタシに選ばれた。今からアナタはワタシの物になる。
"ワタシの目を見なさい"」
少女の大きな眼が輝き、グラリと視界が歪む。
全身が熱くなり、下半身が痛いほどそそり立つ。目の前に立つ少女が酷く性的に見え堪えきれない。
「フッ…フゥッ…ウ…グウウ…ッ!」
「なぁっ!?ちょっ…」
少女の声に気が付けば、ボクは彼女を押し倒していた。
そのまま躊躇うことなく自らの口で彼女の唇を塞ぐ。無理矢理舌を捻じ込み、口内を貪るように蹂躙してゆく。
「んっ…むぐ……んぅ…ふぁ…んむ!?」
唇を重ねるだけでは満足できず、彼女の乳房を乱暴に手で捏ね繰り回す。濃い黒色の粘液に隠れていた乳首を爪弾き、抓り、指の腹で転がす。そのたびに彼女の背筋はビクビクと震え、さらにボクの情欲をそそる。
「ちゅっ……ちゅぱ…れろっ…っぷはぁっ!」
息も継がずに唇を重ねていたため、呼吸のためにお互いの唇を離す。
顔を離すと彼女と目が合う。その眼は驚きと恍惚が入り混じったような色で、この一週間ボクを見つめていたようにまっすぐにボクを見据えていた。
彼女と話がしたい。話をしなければならない。ボクの冷静な部分が覚醒し強烈にそう思った。
しかし頭の一部分がそう思っていても、体は火照り彼女に対する情欲がとめどなく湧いてくる。
自身の平静を取り戻すため、ボクは懐から短剣を取り出し
振り下ろした。
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シュッザクッ!!
「ッ!!イッ…グゥ…」
鋭い痛みが太ももに走り体中に広がってゆく。
ジワリ、ジワリと広がり、自分の身体の支配が欲望から痛みに上書きされていく。
「な、何やってんのよアンタッ!!?」
「クゥ…ズッと、キミと、ハナしガしたカった…」
痛みを堪えてるせいで上手く口が回らず、絞り出すように声に出す。
そうだ、何故だか知らないがずっとボクを見てくれてたのだ、話したいことがある。
「…ワタシの暗示をそんな方法で破ってまで話したいって…そんな痛みを堪えてたら話せない事にかわりはないじゃない、バカね…ほら、"ワタシの目を見なさい"」
すっと痛みが和らぎ、身体の自由が、支配が自身に帰ってくる。
「あ…ありが、とう…?」
「痛覚を麻痺させる暗示よ。まったく…で?話したいことって何よ?」
「え、ああ…えっと…」
いざ話そうとすると言葉にならない。そもそも彼女の目を見た瞬間、唐突に、強烈にそう思ってしまっただけで、明確に話したいことが纏まっている訳ではないのだ。
「えっと…その…あ、ボクはアグリコーラ=トレジストンです。周りの方からは"アグ"と呼ばれることが多いです。」
「知ってるわ」
「……」
そりゃそうだろう。この一週間ありとあらゆる行動を見られていたのだ。ボクのことは大概わかるだろう。
「えと…それで、あの…あ、君の名前を聞いてもいいですか…?」
「…ステア」
「ステア…さん、その、ボクは…初めて洞窟の中で君を見たとき、君の眼をすごく綺麗で素敵だと思いました。」
「えっ…」
彼女の頬がサッと赤くなる。ボクは構わず言葉を紡ぐ。ボクの心を、気持ちを言葉にすることで自分自身で整理し、伝えるために。
「君はこの一週間、ボクの事をずっと見ていました…よね?その綺麗な目で、まっすぐに。」
「それは…」
「ボクは、今まで人の目をまっすぐに見れませんでした。その奥にある淀みを見るのが怖くて…それに、ボクに近づいてくる人も"ボク"を見てはいなかった…君が初めてなんです、"ボク"をこんなにまっすぐな眼差しで見るのは。」
そう、ボクは幼いころから人の目を見ることでその人の心の内を垣間見ることができた。
そこにはたいていの場合ボクではない何かしか映っていなかったのだ。
多くの人は心のうちに黒く渦巻く不定形の、酷く醜いバケモノを飼っていた。
それはボクとて例外ではないだろうが、ボクはそれを見るのが嫌だった。
そのバケモノは心中で、その人の言葉が嘘や粉飾に塗れたものだと僕に教える。だから、人と係わるのをなるべく避けるように生きてきた。
でも、彼女は違った。彼女の目はどこまでもまっすぐで、ボクをそのまま映していた。
「……」
「ボクは…君に心惹かれてます。いや、君が好きだ!初めて君の眼を見たとき、心奪われてしまった。
君の側に居たい。その眼で、ボクを映してほしい。」
いつの間にか語調が砕けたものに変わっていた。ボクが長年他人に対して築いてきた壁を、いとも簡単に彼女は取り壊してしまったようだ。
「…ふ、フンッ!何を言い出すかと思えば、そんなこと当たり前じゃない!アナタはワタシの物になるって言ったでしょう?これはワタシがアナタを洞窟で見かけたときから決まっていたのよ!…ワタシも、あ、アナタを見かけたときから気になっていたのよ」
前半の語調の強い言葉とは裏腹に彼女の顔は紅潮し、しどろもどろと言った様子だ。正直とても可愛い。ボクは思わず見惚れてしまう。
「…………」
「…………」
会話が止まり、空気が強張る。その時、ふっと脳裏にあるものが浮かぶ。
「あっ、そうだ。ちょっと待ってて!」
そう言うが早いか寝室を飛び出し、ボクは冒険の収穫物を仕舞っている倉庫に行く。
倉庫の中から探し物を見つけたボクは、それをもって寝室へ取って返す。
「急に飛び出したと思ったら何を持ってきたのよ?」
「これを、開けてみてくれるかな?」
そう言って持ってきた袋を一つ彼女に手渡す。彼女は訝しがりながらも、手渡した袋を開ける。
「これは…魔宝石じゃない!」
袋を開けると曇りのない無色透明な石が見えたが、彼女が手を触れると瞬く間に変色し、半透明で彼女の眼と似たような、中心に向かって黄から朱のグラデーションとなった。
ボクが彼女に渡したのは、彼女とであった洞窟で掘り出した魔宝石だった。
「ほら、ボクの方も。」
ボクが持っているもう一つの袋を開けると、ボクの魔力に反応し魔宝石が変色する。
ボクの魔力はどうやら半透明な青灰色のようだ。
「これで、婚約指輪を作るよ。ボクの魔力のこもったものを、君に、受け取ってほしい。
君の魔力のこもったものを、ボクに、渡してほしい。」
「これ…婚約って…そう、ワタシと婚約…フフッ、嬉しい…。
ってそういえばアンタここ反魔物国の首都なのわかってる?」
一瞬嬉しそうに頬を緩める彼女だったが、思い出したようにそう言う。
その反魔物国の首都で一週間人のことをつけ回しておいて何を言ってるのだろう。
しかし彼女の言ってることも一理ある。
「こうなったら親魔物国に亡命するしかないだろうね。」
落ち着いた口調で彼女に告げる。親魔物国、と言うキーワードで頭に浮かぶ場所があるのだ。
「…ずいぶんと落ち着いた口調だけど、宛はあるのね?」
「一度、行ってみたい場所があったんだ。グランツクライノート、と言って鉱石資源が豊富な宝石細工師憧れの街があるんだ。ここからはちょっと遠いけど…ボクはこれでも貯蓄はあるからね、問題ないよ。」
そういって彼女に微笑みかける。彼女も、ややぎこちなくだがボクに微笑みかけてくれた。
この笑顔のために、ボクは頑張れると確信した。
その後ボクたちは、亡命のために荷物をまとめることとした。
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ゲイザー Gazer 凝視する者
それがワタシの種族名 その種族名の通り、今ワタシの目には、ワタシが一目惚れした優しい彼が映っている。
「まったく、行動力ありすぎよ…まあ、そこがいいんだけどね」
ウイユベゲーグヌングの街を出、グランツクライノートへ向かう馬車の中
彼は少し恥ずかしそうに笑っていたが、私を真っ直ぐに見据えながら顔を近づけてきて
ワタシ達は、キスをした
「これから、よろしくね。ステア。」
「…よろしく、アグ。」
fin
14/07/28 14:56更新 / U徳