連載小説
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おとぎの勇者と黄金の双子・後編1
 剣を突きつけられた赤髪の青年はむけられた剣先に手を突き出すような動作をする。すると剣は青年の手に刺さらずにそのまますり抜けた。
『そう、無駄な事なんて無い、何事にもね。』
呆然とするマール達を尻目に青年は続ける。
『確かにアレを倒すだけではあまり効果はないだろう。しかし君達がアレを倒してくれたおかげで支配の力が弱まって俺の意識は自由になることができた。』
重力を無視して浮かび上がった青年は近くの家の屋根の上に立ち、再びマール達を見る。

『俺の名前は"ブラッド・ヘルシング"。かつて魔王を倒し、神に立ち向かい
そして…』
高らかに名乗りを挙げるブラッドの声のトーンが急に下がる。
『自分の生き方を、信念を改竄された勇者さ…』
そう呟きうつむく青年の顔は疲れきっていた。


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 "外界から隔離された部屋"その部屋の印象を一言で語ったものである。外と繋がっているいるのは物々しい金属製の扉一つだけで見回しても窓は無く、
そこにあるのは机と椅子と何かの装置だけしかなかった。

 装置の中には紅い表紙の本が入っており、その本の表紙には『紅き勇者』とだけ書かれている。

 不意に物々しい扉が音を立てて開くと部屋の中に白衣の男が入ってきた。
「おやおや、支配率が4%ほど下がっていますね。」
装置に取り付けられた画面には紅き勇者への支配の力の強さが映し出されていた。
「さてと、私はそろそろ先に進まなければ。終わった勇者の話に興味などありませんからね。」
再び扉を開き部屋から立ち去る白衣の男は最後にそう言い残してこの地から立ち去るのだった。


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 夕日に照らされる町の中屋根から降りる青年はやはり重力に囚われていなかった。
『さて、取引といこうか。』
マール達の所へ降りてきたブラッドはそう言ってレナの頭を掴む。
「何をするの!」
「レナさん!!」
エルンストは無言で懐から符を数枚取り出す。すると青年は驚いたようにレナの頭を掴む手を放した。
『ちょっ…おいおい何でそんなに好戦的なんだよ。』
青年の呆れたような声にエルンストが冷たく返す。
「私達がさっきまで戦っていた人と同じ格好の人がそんなことをしてきたのだから当然でしょう。」
マールが解放されたレナを気遣う様子を見てブラッドは頭を掻きながら苦笑いする。
『はは…悪いちょっと怖がらせちまったみたいだな。だけどこの取引は悪くないはずだぜ、アレを何とかしたい君達にとってはね。』
ミレイは今にも攻撃を仕掛けそうなエルンストを抑える。
「それで取引というのは?」
『話が早いね。俺はこの騒ぎの元凶、"紅き勇者の原本"のありかを知っているんだ。それを教える代わりにあの間違った本を書き直してくれ。』
ブラッドはそう言ってレナを指差した。間髪入れずに口を開く。
『おおっと何も言わなくても結構だ。なんでそんなことを知っている?だのなんでそんなことを頼む?だのいらない事は言わないでいい。この仕事をやるかやらないかだけを話せばいい。』

 しばらく無言で考え込んでいたレナは心配そうに見上げるマールの頭を撫でると答えを出した。
「分かりましたやります。」
『交渉成立だな。』
レナが答え終わる前に再びブラッドがレナの頭を掴むと、にやりと笑みを浮かべ、そのまま吸い込まれるようにレナの頭の中に入って行った。


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 紅き勇者ブラッドに触れられた瞬間レナの意識は体から離れた場所に飛ばされた。そこには何かの装置が設置されておりその中には紅い表紙の本が見える。
『そう、それこそが伝記"紅き勇者"、アレを生み出した元凶だ。』
声が聞こえてから間もなくレナの意識がどこかに引き寄せられる。
『ま、がんばってくれよ。』
視界が暗転する、丁度目を瞑った感覚に近いだろう。聞き慣れた声が聞こえてくる


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…さ…
…さん…
レ…さん…
「レナさん!」

 目を開けたレナの目の前に泣きそうな顔のマールがいた。周りを見ると心配そうなミレイと顔を青く染めたエルンストもいる。
「大丈夫なのレナ?」
「レナ様大丈夫ですか?」
マールの目からこぼれる涙を拭いたレナが立ち上がると空から声が降ってくる。

『今のレナちゃんは紅き勇者の原本のありかを探知できるようになってる。明日にでも書き直しに行こうぜ。』
 意識を集中すると強い気配を感じる、おそらく紅き勇者の原本を探知したのだろう。
 気付けば日は沈み、少し前から彼らを遠巻きに眺めていた野次馬達の姿もなくなっていた。

『なんでぼさっとしてんの?疲れてる君達に気を使っているんだから遠慮しないで早く宿屋に行くといいよ。あっそういえば俺と戦ってどうだった?強かっただろ、そうだ!俺が使ってた"紅の力"について説明するよ。あの力は俺が自分の血の中に取り込んだ異世界の力で鎧とか盾とかを無視して魔力と似た力で相手に傷を与えてそれを広げる術なんだ。戦いの途中で呼び出したのは"紅を知る者"、紅の力の源で異世界の魔王だ。後、なんで俺がレナちゃんに書き直しを頼んだのかというとね、君達に気付かれないように記憶を覗いてたら
丁度物書きさんがいたからね、勝手に記憶覗いちゃってごめんね。後ね〜』

「人の頭の上で騒がないで!!」
「うるさい!!」
「黙れ!!」
ブラッドの長話に耐えかねたレナ達が怒鳴るとブラッドの声が途絶える。
「ブラッドさん、できれば意味が無いときには喋らないでください。」
『これイジメ?勇者イジメ?』

 この町の酒場で、見えない男と話す旅人の話が酒の肴として語られることになるのだがそれはまた別の話である。


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 宿屋に泊まったレナは目覚めると血塗れの大きな部屋にいた。部屋の中心には豪華な玉座があり、そこには剣を腹に刺された青年と、傷だらけになりながらも玉座に座る青年に致命傷を与えた紅き勇者ブラッドの姿があった。
「ククッ見事だよ人間の身で此処まで強くなるとは、これで遂にこの世界に存在する魔物全てを倒したことになるな……」
「……何がおかしい……」
口から血を吐き出しながら笑う魔王は辺り一面に転がる自分のしもべだった死体と傷だらけのブラッドを
見ると今度は自嘲気味に笑う。
「何がおかしい……?強いて言うならこの世の全てがおかしいね。神に作られ神に踊らされ殺しあう俺たち魔物や人間もおかしい、こんな下らんことでぼろぼろになっている俺たちがおかしい……」

剣が刺さった場所から体が少しずつ燃えていく魔王。
「どういうことだ、魔物は闇から生まれたんじゃないのか?神に作られただと…?」
遂に魔王の腕が燃え落ちる。僅かに体が燃える速度が上がった。
「試してみるか?お前は確かに魔物を全滅させた。しかし魔物は後数百年すれば復活するだろう、そこでだ。」
魔王がブラッドの首筋に顔を近づける。
「お前に時間を与えてやるからこの世界を見ているがいい。死にたくなったら勝手に死ね、何かしたくなったら再び此処に来い。力を貸してやるぞ我が宿敵よ。」
「やめろ!!」
ブラッドが我に返ったときには既に魔王の牙がブラッドの首に刺さり紅い水が滴り落ちていた。そして魔王の体が燃え尽きるとブラッドは一人立ち尽くした。




 数百年の時が流れ世界を再び黒い影が覆ったとき青年はそこに居た。かつて勇者と魔王が戦いを繰り広げたこの場所は所々崩壊しかつて魔を統べる者が座っていた玉座には苔がこびり付いている。紅い髪の青年ブラッドが玉座の前に立った瞬間に空に暗雲が立ち込め、空から降ってきた何かが玉座に突き刺さる。
「約束どおり力を貸せ、魔王。」
『いいだろう、我が宿敵よ。』
 玉座に刺さった真紅の刀身を持つ剣をブラッドが引き抜いた瞬間にレナの目の前が真っ白になった。


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 レナの目が覚めたのは日が昇る直前のことだったようだ。隣のベッドではマールが気持ち良さそうに寝息を立てている。
『起こしちゃったかな?』
レナの頭の中に声が響く。
「今のが……?」
『そう、俺の真実。』
レナの頭の中には先ほどの情景から続くブラッドの最後の戦いまでの記憶が刻まれていた。
 紅き勇者ブラッドが最後の戦いで神と刺し違えて倒れる所まで、
まるで昨日起きたことのように鮮明な記憶がレナの頭の中にはあった。
『頼んだよレナちゃん。』
ブラッドの声はそれを最後に聞こえなくなる。カーテンの隙間から朝日が差すと隣の少年が目覚めた。
「……どうしたんですかレナさん?」
「何でもないわ、もう少し位寝てても良いわよ。」
程なくして再び少年の寝息が聞こえてくる。レナとマールの間に静かな時がゆっくりと流れて行った。


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 数刻の後マール達は町の出入り口に集まっていた。エルンストが全員に符を渡して符術を起動する。
「私の結界符術である程度までは近づく事が出来ると思います。」
「紅き勇者に気付かれたら私達で足止め、レナを先に進ませましょう。」
レナとミレイはローブを着て魔力を隠している。先日の戦いで紅き勇者が魔力を探って魔物を見つけていることがわかったので、出来る限りは戦闘を避けるようだ。
「行きましょう。」


レナを先頭に五人は進む。行く手には鬱蒼と生い茂る森がある。
「レナ様、これを持って行ってください。」
「これは何?」
エルンストが渡した一切れの紙はレナのローブに張り付いた。紙切れには漢字で探知と書いてある。
「これは探知用の符術です。後で合流するときにあった方が便利だと思いまして。」
「ありがとう、ここから先は気をつけた方が良いわ。結構原本の場所まで近づいてきてる、もうすぐ紅き勇者が来てもおかしくないわ。」
森の中には生物の気配が無く、人間が作り出したような不気味で静かな空気が森の中から流れてくるだけだった。
 そんな中、突然森の一部が動いた。
「マール様。」
エルンストによってマールが持ち上げられ、その直後にマールが居た場所に光の矢が突き刺さる。
「警備が無いとは思わなかったけど……」
「こんなものまで用意しているとは。」
矢が飛んできた先を見るとそこには腕が六本、足が四本、顔が三つありそれぞれに目と口が三つずつある、化け物と呼ぶほか無い何かが立っていた。


「……」
ミレイは目の前に現れた化け物を見つめていた。
 鱗に包まれた腕が一対、毛に包まれた腕が一対、防具をつけた腕が一対ある。足を見ると牛のような足が一対、
やはり鱗に包まれた足が一対ある。顔は焼け爛れておりもはやその化け物が何者なのかは誰にも分からないはずだった。
そう、彼女にも分からないはずだった。その防具に描かれた掠れた蒼い鷹が見えなければ。
「嘘…でしょ…」
蒼い鷹が描かれた防具、それは蒼の鷹に所属する者のみに許された装備
(嫌だ…)
思い出してみよう、国境の町で居なくなった蒼の鷹の団員たちを、
(嫌だ…やめろ…)



『ほんの少しだけ、お前を隊長と認めてやってもいい。』
蒼の鷹が結成されて以来ミレイの右腕であり好敵手であった彼女は今はもう居ない。

『たいちょーえへへ〜、たいちょーっていい匂いがします〜。』
蒼の鷹が活動を始めてから最初に仲間になった彼女の人懐っこい笑顔は二度と見ることができない。

『そこまでだ悪人共!強きをくじき弱きを守る!正義の味方ストームカイザー!ここに参上!!』
誤解から出会い戦うこととなった変わった少年も、誤解が解けて頼もしい仲間になった少年はいつも明るい太陽のようだった。

『アタシが消えちまったらさ、娘を頼みたいんだ。悪いね、こんなことアンタにしか頼めないんだ。』
危険な任務だと知りながら国境の町に赴く孤独な母親は、とうとう娘と仲直りすることはなかった。



(やめろ…やめろヤメロヤメロヤメロ…)
 ミレイの記憶が次々に呼び出されていく。
「おい、どうしたミレイ。」
言われてみて気付く、私は膝を突いていた。心配そうに私を見つめるアール、何をそんなに心配そうにしているのだろうか。
 私はこんなにも……こんなにも気分がいいのに……
「フフフ…フハハハハ…殺してやる!私の仲間を弄んだ人間を殺してやる!こんなもの絶対に赦さん!!フハハハハハハ!!」


『炎の唄よ、我が剣に宿れ【炎の剣(フレイムソード)】』

『風の唄よ、我が身に宿れ【速度強化(スピードプラス)】』

『大地の唄よ、我が身に響け【筋力強化(パワープラス)】』

『狂乱の唄よ、我が身体を縛る理の枷を壊せ【狂界突破(ルールブレイカー)】』



 狂った笑い声ともに魔力の渦がミレイを包んだ。再び姿を現したミレイの目には光はなく、ただ暗い瞳に目の前の化け物が映るだけだった。
「おい、しっかりしろ。」
横で心配する少年を無視して化け物を見据えるミレイ。強い風が吹き木の葉が宙に舞ったとき彼女は突然消えた。
「何やってんだよ!」
アールの制止も聞かずに一人化け物の前に立ったミレイは一瞬の後、目にも留まらぬ速度で剣を振り回し始めた。
「一つ。」
ミレイはまず、彼女の動きに反応し撃退しようとした一対の鱗に包まれた腕を切り落とした。
「二つ。」
彼女は流れるように一対の毛に包まれた腕と二対の足を切り捨てる。
「三つ。」
そして彼女は魔術陣を描く一対の防具に包まれた腕を切り落とし、さらに魔術を放とうとする顔二つを串刺しにした。

『炸裂する魔力、世界、顕現せよ

しかし残り一つの顔が詠唱していた魔術は止められなかったようだ。
「これはまずいです。術が使えない人は術が使える人のところへ、」


『ろくしきのけっかいよ、うつしよのすべてをこのばしょにとどめよ【人界の結界(ワールドガード)】』


 マールとレナの前に火水風土光闇の六つの結界が張られる。

『十連防人符』

 紙で出来た防人十人がエルンストとアールの前に立った。

【現象世界の炸裂(エクスプロードダンス)】』


 化け物の周りに大きな爆発が巻き起こる。魔術発動の際に消費した魔力の数倍の爆発を引き起こす上級魔法
はその化け物の持つ魔力の総量を物語っていた。

 殲光が消えると森の一部であった場所の中央には化け物に止めを刺したミレイが居た。身に付けていたローブはぼろぼろになり、化け物に剣を突き刺したまま微動だにしない彼女はまるで周辺一帯の時間を止めているようだった。
「レナ様、先に行ってください。」
「でも、ミレイが……」
「ミレイ様のローブはもう役目を果たしていません。紅き勇者もすぐ此処に来るでしょう。」
「だからこそミレイを守らなくちゃ。」


「大丈夫ですよ、レナさん。」


 ミレイを心配して先に進もうとしないレナに声をかけたのは今まで共に旅をしてきた少年だった。
「ぼくたちがミレイさんを守るから、今度は絶対負けないから安心してよ、"レナ"。」
「……わかったわ。」
 後ろ髪引かれつつも先に進むレナ、彼女を見送った三人はミレイの周りに立ち、何も無い場所から来るであろう
敵に対して警戒を始めた。
「マール様、紅き勇者のことですが。」
「勝算はあるのか。」
 隣にいる少年を見たアールは驚いた。レナを送った少年の金髪はいつもより輝いている気がする、いつもと雰囲気が違う。英雄の資質が発動していても本人がもともと持つ性格や気質は変わることは無い。英雄の資質を持つアールはそのことを知っていた。

「勝算が必要なのかい?」

 知っていたからこそこの少年の変化に戸惑っていた。少年が纏う気質や雰囲気をアールは覚えていたからだ。かつてアールが自分の名前と存在を手に入れたときに自分を助けた金髪の青年、目を瞑るとマールがいる場所に彼がいるように感じられるのだ。
「そんなこと、どうでもいいか。」

『魔物…殺す……』

紅き勇者の襲来を告げるのは地獄の炎のように肌を焼く緊張感、何度か瞬きをするうちにマール達の前方に紅き勇者が現れていた。
「あんたはどうするエルンスト。無理強いはしないぜ。」
アールに声を掛けられたエルンストは懐から紙切れを出して拳に付けるとアールの前に立った。
「フ……可笑しなことを聞くものですねアール君。私はマール様とレナ様とその御友人を守るためにお嬢様がマール様に手渡した神器によって呼び出されました。その役目を果たさずしておめおめと逃げ帰るのはお嬢様への反逆を意味します。それに、執事業を始めてから全力で戦う機会も無くなっています、
たまには思い切り戦うのも悪くないと思いますしね。」
指を鳴らすエルンストの顔には少し冷たい笑みが張り付いていた。


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 森の中を走るレナの後方から爆音が轟く。何が起こったのか、それは見なくても分かることだった。
「皆、頑張ってね。」
ほんの一瞬立ち止まり音の鳴る方を向いたレナは再び自分の進むべき道へ進んで行った。


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11/09/22 18:38更新 / クンシュウ
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■作者メッセージ
更新があり得ない程遅くなりました。今まで期待してくれた人達にも、こんな駄文邪魔だと言う人にも申し訳ないです。
まだ途中ではありますがこの長駄文を読んでくださった皆様に最大限の感謝の気持ちを送ります。

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