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おとぎの勇者と黄金の双子・後編2
『魔物…殺す……』

現れた紅き勇者は動かない標的に高速で接近する。

『殺スゥ!!!』

 未だ動く様子の無いミレイに紅き刃が迫る。
「そう上手くはいきませんがね。」
「さっさと諦めろさっさと。」
 紅き刃はミレイには届かなかった。アールは紅い剣を自分の剣で受け止め、エルンストはアールの剣を拳で支えている。


『しゅうそくするまりょくよ、つくられしかみのやりよ、はかいのちからをここにしめせ【天上の魔槍(レプリカグングニル)】』


{《我血の契約において退魔の力を行使せん【闇紅の血界(ブラッディ・ウォール)】》}

 音と同時に迫る極限に鋭い魔力の槍に反応した紅き勇者は即座に上級魔法【天上の魔槍】を打ち消し自分の邪魔をしたアールに激しく切りかかる。
「やっぱり魔術はだめですか。」
「魔術以外に何とかできないのか。」
攻撃を受けるアールだが紅き勇者の猛攻の前にはその防御も長続きはしないだろう。
「アール君、今助けます。」
エルンストは二人の間に割り込み紅い剣をその手で受け止めた。

「二人とも、時間を稼いで。」
 マールは体から緋色の光を出して空中と地面に何かを描き始めた。しかし攻撃を抑えていたエルンストはすぐに前方から吹き飛ばされてきた。その隙を消すようにアールが紅き勇者と切り結んだ。
「時間を稼げとは簡単なことを言ってくれるな。」
 紅い剣を受けるアールの剣を持つ手には少しずつ切り傷が生まれる。それに気づいたマールがエルンストを見るとやはり先ほど剣を受けていた手には切り傷が見える。
「大丈夫ですよマール様、あなたのやり方に任せます。」
 後ろに下がったアールの代わりに再びエルンストが紅き勇者を抑える。

【英雄の治癒(フラッシュヒール)】

 アールの体が黄金の光に包まれ、次の瞬間には体の傷はなくなっていた。
「おい、何かするなら早くしろ。このままじゃ持たないぞ。」
「もう少しです。あと少しだけ耐えてください。」
マールが描く何かは既に形を成していた。緋色の光で描かれたのは古の竜の紋章である。
「二人とも、離れてください。」


【竜王の骸より造られし禁断の火砲よ契約に従い炎槍の裁きを彼の者に落とせ】


 緋色に染まる空から一筋の光が紅き勇者に降る。光が触れた場所から全てが灰になっていく。竜王アルシェーラから授かった竜王の遺産"禁じられし火砲"、その威力は人知を超えるものだった。まるで隕石がその場所に落ちてきたかのような衝撃と爆音、熱量だった。容赦を知らない無慈悲な熱は形あるもの全てを飲み込む。


「あの馬鹿、加減を知らないのか。」
ミレイを担いだアールは火砲の攻撃範囲からは逃れたようだ。
「二人なら逃げられると信じてた。それにほら、」
マールが指差す方向を見ると辺りを照らしていた火砲の光は消えたが、光に包まれて見えなくなっていた物の大部分は姿を変えずに残っていた。
「範囲を制御して周りへの被害を抑えたんですよ。その分威力は少し低下しましたが。」
 火砲の攻撃範囲と思われる場所には何かが焦げたような黒い跡が残っているがその他の場所には何も変化はなかった。
「しかし大丈夫ですかマール様、奴は攻撃で倒しても直ぐに復活するようです。いきなりあんな大技を使うのは軽率だったのではないでしょうか。」
「あ、それなら大丈夫ですよ。」

とても自慢げな顔でマールは続ける。
「あれは自分の力をあまり使わないんですよ。連続で使うのはむりですけど。」
「その顔やめろ……」
 灰になった大地の上に紅い霧が立ち込めると再び紅き勇者がその場所に立っていた。

『魔物…殺す…』

「マール様もアール君もふざけてないで、奴が来ますよ。」
「まったく面倒な奴だな。」
担いでいたミレイを後方に放り投げて剣を構えるアール。
「あ、ちょっとミレイさんに何をしてるんですか。」
地面に落ちたミレイはまだ目を覚まさない。
「緊張感は無いんでしょうか…」
エルンストはため息をこぼした。


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 森の奥深く、日の光さえ届かぬこの世界を人は何と表現するのだろう。ある人はこの森を魔境と呼び、またある人は神域と呼んだ。
「ここが研究所ね。」
 そこにはこの世界のものとは思えない建造物が建っていた。建物全体が金属で出来ており、
入り口が見当たらない。この世界には場違いな程発達した技術で造られた建物だった。
「どうやって入るの?」
『任せなよレナちゃん。』
 目の前の鉄の塊への侵入方法を模索するレナの頭に突然聞こえなくなっていた声が再び聞こえる。
「ブラッド、今まで何してたの?」
声が聞こえるだけでなくぼんやりとブラッドの姿まで見える。
『レナちゃんの中で眠って力を溜めていたんだよ。』
何かを確認するように飛び回ったブラッドは満足気な表情を見せた。
『どうやらマール君たちがやってくれたようだね。』
「どうしたの?」
目の前を飛ぶ勇者の魂は先日よりもはっきりと見えるようになっていた。
『力がまた少し帰ってきてる。多分マール君達がアイツを倒してくれたんだね。だからほら、』

{《我血の契約において退魔の力を行使せん【闇紅の血界(ブラッディ・ウォール)】》}

 ブラッドが勇者の力を使うと金属の塊に切れ目が生まれる。
『魔術の力で入り口を隠していたみたいだから俺の力で何とかできたみたいだ。先を急ごう。』
ブラッドは又も姿を隠した。力を使ったので休んでいるのだろう。
 切れ目に爪をかけて横にずらすと扉はいとも簡単に開いた。
「あともう少し待っていてねマール。」
 紅き勇者を足止めする仲間達のためにレナは闇の中を進んだ。


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【其の者は血を統べるもの、其の者は黄昏と暁の空を統べるもの、我が呼ぶのは紅を知る者なり】


「いきなり飛ばしてきたな。」
「ミレイさんを守りましょう。」
「なるべく力を残して防御しなくちゃだめですよ。」
 アールはミレイの前に立ち、マールとエルンストはミレイの後ろで防御用の術を用意した。
「多分魔術での防御は効き目が薄い、俺が力を溜める間持ちこたえてくれ。」
アールは力を溜め始めた。


【符律陣・桜花】


 エルンストの放った符が分裂増殖し、さながら満開の桜のようにして紅を知る者の力を包み込んだ。


『ほしのだんそうよ、せいとしのきょうかいよ、かのものをふうじよ【惑星断層の結界(スタープリズン)】』


 マールの魔術で紅を知る者の力が閉じ込められた。

「…くっ……なんて力だ……」
マールの作り出した結界の中、舞う白い花びらを紅く染めながら溢れ出ようとする力を抑えるエルンストは額に汗を浮かべている。
「無理はしないで、ぼくたちを信じて。」
マールは結界に魔力を注ぎ、アールは力を溜めて攻撃に備えている。
「すいません、後は頼みます。」
エルンストの符術が消えると紅を知る者の力はマールの結界を破壊し始める。
「この結界がこんなに簡単に……!」
結界を使い次元をずらして封印したはずの力は結界を侵食し外へ漏れ出す。


『ろくしきのけっかいよ、うつしよのすべてをこのばしょにとどめよ【人界の結界(ワールドガード)】』


 結界を解き再び高位の結界を結ぶマールだが生み出された六重の結界にもすぐに紅い亀裂が走り、
崩壊するのも時間の問題と思われた。
「どうやら魔術では止められそうにないな、早く下がれマール。」

「後は任せます。」
「ああ、これだけ溜めれば何とかなるだろ。」


【英雄の盾(フラッシュシールド)】


 マールが力を抜くと人界の結界はすぐに砕け散り、紅い力がアール達に迫る。だがアールの手から溢れ出る黄金の光が紅の猛攻を受け流し凌いでいる。
「ぐ……」
「がんばってアール!」

『そのものをいやせ【緊急回復(レスキューヒール)】』

 一瞬で唱えられた回復魔術はアールの傷を僅かにふさぎ、失われた体力を急速に回復していく。
「この術は…ごく簡単な仕組みで発動している。あれ程の効果をあの術で出すまでにどれくらいの修練と才能が必要なのだろうか。」
「魔術も少しは役に立つじゃないか。」
 アールは憎まれ口を叩くがその口元は笑みを浮かべていた。体力を回復したアールは光の盾を強くする。
「はぁぁぁぁ!!!」
 広がる黄金の光が紅い力を弾き返した。
「アール、大丈夫?」
「いらん心配をするな、戦いはまだ終わってない。」
 力がぶつかり合った余波で砂煙が巻き起こり、視界が悪くなっている。
「しかしこの視界ではどこから奴が来るか分かりませんね。」
 周囲の警戒を続けるマール達、だが砂煙が消える様子はなくむしろこれは、
「……気を付けてみんな、これは砂煙なんかじゃない。」

 砂煙の中紅い霧が現れたかのように見える。
「クソッ……」
 アールの背中には大きな切り傷が生まれ、血が噴き出していた。
「やられましたね……」
 エルンストの腕には細かな切り傷が刻まれ動かすごとに大量の血が流れ落ちる。
「多分あの砂煙に紛れて勇者の力で攻撃をしていたんです。」
 マールの左足から血が流れる、他の二人よりは血の量が少ないようだ。
「どうやら勇者の力でも魔力による攻撃のようです。私が攻撃を抑えます。」

【魔断符】

 魔力を祓う力を持つ符が勇者の力を砂煙ごとかき消し、視界が開かれていく。


『めがみのいぶきよ、さいせいのひかりよ、そのじひをもってわれらをてらせ【至高の癒し(オーバーリザレクション)】』


 マールが放った最高峰の回復魔術は彼の魔力と引き換えに仲間達を癒していく。数秒後には何もなかったかのような静寂がその場所に訪れた。
「紅き勇者はどこに……?」
砂煙が消えても紅き勇者の姿はそこには無かった。彼らはまだ気づいていない、その遥か上空から紅き勇者が一人の少年に迫っていることに。
「クソッ奴は何処に消えた。」
周囲を警戒するアールだがその視界には紅き勇者は入らない、しかし紅き勇者はかなりの高速でアールに迫る。


「警戒が甘いわよ。」
 倒れていたミレイがアールの手を引くと、彼がいた場所に紅き勇者が降ってきた。
「ミレイさん気が付いたんですね。」
化け物に刺さった剣を引き抜き振り回すミレイにはダメージは感じられない。マールの至高の癒しの効果はミレイにも届いていたようだ。
「遅れた分キッチリ働いてもらうからな。」
憎まれ口を叩くアールの口元は言葉とは裏腹に嬉しそうに歪んでいる。

「待たせたわね、反撃開始よ。」


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「ここに紅き勇者の原本があるのね。」
誰もいない研究所を進むレナの目の前には閉じられた扉があった。研究所の中は夢で見たとおりであったため迷わずに原本のありかにたどり着くことができた。
『マール君達のためにも急がないとな、レナちゃん。』
「そうね急ぎましょう。」
 研究所入り口の堅牢強固な扉と比べるととても簡単な扉を開くと、やはり夢に見たのと同じ装置がそこにあった。装置の画面にはレナにはよくわからないような文字が大量に並んでいる。
『アレが魔物と戦っていないときはずっとここにいた。こいつの開け方も知ってるさ、そのボタンだ。』
ブラッドが指差したボタンを押すと装置の蓋が開き、原本が取り出せるようになった。

『頼んだよレナちゃん。』

 レナはペンと紙を取り出し紅き勇者の物語の真実を書き始めた。

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 魔王との戦いは激しいものでした。魔術と魔術がぶつかりあって、剣と剣がぶつかりあって、二人の戦いは一週間続いたと言われています。


 勇者と魔王との戦いは終わりに近づき、魔王は世界の秘密を勇者に話しました。勇者は当然魔王の言葉を信じませんでしたが、戦いの中全ての力を使い死の淵にいる勇者は指先を動かすことすらままなりませんでした。
 魔王は動かない勇者の首筋に顔を近づけるとそのまま牙を彼の首に突き立てました。すると勇者の傷が塞がり魔王の体が灰になって消えました。崩壊した玉座の間で一人になった勇者は永遠に近い時間を、朽ちぬ体を手に入れたのでした。


 それから170年もの歳月が経ちました。世代は変わり、世界には新たな魔の影がはびこり、平和だったこの世界に再び戦火が灯って久しいこのときに再び勇者だった男は玉座の間に来ていました。
 彼は再び剣を取ります、しかし彼が取る剣はかつて振るった聖なる力を宿す剣ではありませんでした。玉座の間に刺さる真紅の刀身を持つ剣、力を溜め姿を変え再び世界に現れたかつての魔王。勇者は魔王を引き抜き魔を生み出す元凶を倒しに行ったのでした。 


 一度殲滅し完全に浄化した土地から魔物が現れる。魔物が現れた瞬間に魔王の言葉、魔物を作ったのもまた神であるという話が真実になったのです。

 勇者の二度目の冒険は前のものより過酷なものでした。神との戦い、それは人間を狙う魔物との戦いだけでなく神を崇める人間と勇者達との戦いでもあるのです。人間と戦わぬように魔物を殺さぬように勇者は怒りや憎しみを溜めていました。その全てを悲しい運命を生み出した神にぶつけるためです。


 数々の死線を潜り抜け、勇者はついに神の前までたどり着きました。満ちた月の横で始まったこの戦いは神の住む世界全てを使うような激しい戦いになりました。勇者と神との戦いは長い間続きました。勇者は魔王を手にする
ことで神に匹敵する力を手に入れていたのです。



 それから二回月が満ちる頃、勇者と神の戦いに決着がつきました。勇者は神に剣を突き刺し力尽きていました。魔王を刺された神もまた無事では済まなく、癒えることの無い呪いの傷をその身に受けたのです。
 息絶え地上に落下する勇者の手元から魔王は離れていきます。落下する勇者の体はまるで今まで生きてきた時間が急速に流れていくかのように朽ちていきます。塵となった勇者の体は空に四散し消えていきました。


 紅き勇者の長い戦いは終わり彼はようやく永遠の眠りについたのでした。


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【其の者は血を統べるもの、其の者は黄昏と暁の空を統べるもの、我が呼ぶのは紅を知る者なり】


 紅き勇者は再び最強の攻撃を放つ準備を始めた。だがマールとエルンストの魔力は無く、ミレイはこの攻撃を防ぐ術を持たない。この攻撃は紛れもなくこの戦いを終わりに近づける一撃だった。
「まずいな、大丈夫かマール。」
「やるさ、命に代えてでも!!」


【異世界より飛来せし真実そのものよ、我が仇なす者に絶対の死の真実を与えよ】

【魔天を切り裂く悪魔達の盟主よ、闇の掟で純白を漆黒に漆黒には裁きを与えよ】


 最初に紅き勇者の様子が変わったことに気付いたのはミレイだった。
「二人とも、少し待って。」
 紅を知る者を呼び出す姿勢のまま紅き勇者の動きは止まっている。刺し殺すような闘気、赤子ならそれだけで殺せるような殺気もぴたりと消えている。
「紅き勇者が戦闘をやめた…?」
「レナさんがやってくれたんだ!」
紅き勇者は構えた両手を下ろし光に包まれながら消えていく。
「また復活したりしてな。」
「馬鹿なこと言わないの。」
ミレイがアールの頭をこつんと叩く所を見た紅き勇者は見るもの全てを安心させるような微笑みを浮かべこの場所から完全に消え去った。


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 研究所から出てきたレナを迎えたのは一人も欠けずに集まったレナの仲間達だった。
「お疲れ様、みんな。」
エルンストの背中で眠るマールを受け取るレナの後ろ、光に包まれながらブラッドは語る。
『みんな、ありがとう。自分のことだからさ、あんな風に勝手に終わらせてもらいたくなかったんだ。』
『何よりも俺の友達が命を懸けて書いてくれた紅き勇者の記録が捻じ曲げられたことが許せなかったんだ。』

ブラッドは光に包まれながら地の底へと続く道を歩いていく。
「お前…」
『主神に逆らった人間が天国へ行けるわけないだろ。そんな顔するなよ、覚悟はしてたさ。』
 ブラッドが足を止めても体は地獄へ近づいていく。彼の体は地獄へ続く暗い道の中で不自然な程に光っていた。



 突然ブラッドの姿が消えると地獄への道もなくなっていた。もうそこには何もない。そう、初めから、

「何もなかったみたいですね。」
「何も見えなくなったな。」
「そうね、でも。」
 たしかに彼らの心には紅き勇者ブラッドの姿があった。ここには確かに地獄への入り口がある。

「見えないものがここにはあります。」
 森の中にも、海の中にも、もちろん町の中にも、魔術の発達したこの世界でも見えないものはある。

『お疲れさん、ブラッド。』
 地獄への入り口もその傍に立っていた彼の友人もマール達には見えなかった。
『お待たせ。』
 深い森の中から町へ帰っていく彼らはブラッド達には見えなかった。
 
11/09/23 21:51更新 / クンシュウ
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■作者メッセージ
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
これから先ですが、この話は今まで以上にゆったり更新になりそうです。邪魔になりそうだから書かない方がいいのかもしれませんし、他の話、エロにも挑戦したいですし。
随分時間が空きました。これからも書くかもしれないし、書かないかもしれない。こんな状態ですがまだ私を見放してない人は応援よろしくお願いします。

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