読切小説
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doll for you
「……はぁ。今日も残業かあ」

 深夜、静かになった町を歩きながら僕−−美馬隆志(みま たかし)は小さくため息をついた。
 世はゴールデンウィーク、帰りの電車にほとんど人が居なかったことも、疲れを加速させた。
 休みの日でもこうして、働く人が居る。
 電車だって、運転手の人が頑張ってくれている。
 だから、世の中は回っている。それは、理解できる。

 けれど、それでもやっぱり疲れはたまるのだ。
 帰り道に買った半額の弁当をかき込んで、適当に寝るだけの生活を思い描いてげんなりとした気分になる。
 明日は休みだけれど、やることなんてない。
 せいぜい早起きしてたまっていたゴミを出して。普段しない掃除をして。
 疲れを取るために、寝る。
 それだけだ。

「さて、シャワーでも浴びるか……」

 そんな暗い気持ちになりながら歩く僕がその異常に気がついたのは、家の前についてからだった。

「あれ?電気がついてる」

 僕が住むが築数十年の、ぼろアパートの一角。
 カーテン越しの窓から光が漏れてで居た。
 もしかしたら、付け忘れだろうか。
 光熱費の心配をしつつ、扉に手をかけると、もう一つの異常に気付く。

「……鍵、開いてる」

 古ぼけたドアノブは、鍵をさす前からかちゃり。と静かな音を立てて動く。
 たしかに、今日の朝。かけたはずだったのに。
 最近流行の空き巣だろうか。背中に冷や汗をかきながらドアを開けた僕を待っていたのは−−。


「お帰りなさい、タカシちゃま♪ ご飯にします? お風呂にします? それとも−−」

 浅黄色のエプロンドレスを着た膝丈ほどの人形が、優雅に微笑む姿だった。
 






「……」

 アパートについている狭い風呂場の中、僕はただ放心状態だった。
 かろうじて、『お風呂にする』と口にすることができた僕は、この風呂場に逃げ込んだのだ。
 ばしゃり、なんとなしに身体にかけ湯すると、良い塩梅の温度だった。
 少し熱いお湯が、疲れを溶かしていく感覚が心地良い。

「何だったんだろうなあ……」

 脳裏に浮かぶのは、さっきの人形の事。
 艶のある長い金髪を飾る、紅いカチューシャ。
 もっちりとやわらかそうなばら色の頬。
 湖水を映したような、蒼い瞳。そしてやわらかい笑み。
 身体を包む浅黄色のエプロンドレスはフリルが歩くたびに優雅にゆれていた。

 一度目にしただけで、僕の頭の中は彼女のことでいっぱいになるくらい。
 可愛くて……綺麗な人形だった。

 一体、彼女はどんな存在なのだろうか。
 疲れでみた幻覚にしてはやたらリアルだから、きっと実在の存在に違いない。
 ……もしかしたら、呪いの人形?
 でも短い時間しかあったことはないけれど、彼女のことを僕は悪い存在だとは思えなかった。
 それに、昔どこかで会ったことがあるような……。

「タカシちゃま♪ お湯加減はどうですの?」
「う、うわぁっ!?」

 そんな、考えに心をめぐらせる僕に不意に声がかけられた。
 直後、からりという音と共に風呂場のドアが開けられる。
 ドアの向こうに立っていたのは、もちろんさっき出会ったばかりの人形だった。

 タオルを身体に巻いているものの、露出度が高い姿をしており。僕はおもわずつばを飲み込んでしまう。

「い、良い塩梅だよ」
「良かった。そのままお背中を流してあげますね♪」
「え、え!?」

 そのまま、彼女は僕の身体に近づくと手に持ったタオルに石鹸をつける。
 有無を言わさない勢いで、背中にやわらかい手が触れる感触がした。

「じ、自分でできるからっ」
「ダメですのよ? 自分ひとりだと見逃してしまうこともありますの」

 小さな手で身体を撫でられるこそばゆい感覚に思わず身体の力が抜けて、抵抗する気力がなくなってしまう。
 どこか無力なのに心地良い……。
 全てをゆだねたくなる。
 そう、それはママに洗われているような感覚だった。

「髪も洗ってさし上げますわね」
「うん……」

 されるがままに、頭を洗われる感覚に酔う。
 かゆいところを言う前に、小さな手が頭皮を揉んで、気持ちよくしてくれる。
 泡をお湯で流されるころには僕の身体はすっかりくにゃくにゃになっていた。

「さ、タカシちゃま。肩までちゃんと浸かるんですよ?」
「うん、ありがとう」

 言われるがままに、お風呂に入ると好みの暖かさの湯が全身を包む。
 湯気が沸き立ってしっとりとした空気が心地よい。
 のぼせたような頭になって、僕はただ彼女が自分の身体を洗う様子を眺める。

「ふふ、良いですのよ。もっと私を見ても」

 タオルを脱いで、幼いながらも妖艶裸身があらわになる。
 球体の間接が彼女が人形であると知らせてくれると同時に、どこか非現実的な美しさを僕の心に残していた。
 シャワーを浴びてしっとりと濡れた金髪がきらりと光る。
 なだらかな裸身の上には、桃色の乳首がぽつんと二つ、存在感を放っていた。
 甘いヴァニラのような香りが、こちらまで漂ってくるようだった。

「さ、一緒に入りましょうね……♪」

 ちゃぽん。
 小さな水音とともに、彼女が僕と同じ浴槽に入ってくる。
 僕が住んでいるアパートの浴槽は狭いから、必然的に僕の身体に重なるような形になった。

「ふふ、ごめんなさいねタカシちゃま。 こうして貴方に乗ってしまうなんて……」
「い、いや……その」

 水の中で、彼女の身体が僕の上に乗ってくる。
 人形のはずなのに、彼女の身体はとても温かく−−やわらかかった。

「……その、君は一体……?」

 不意に湧き上がってきたその感覚をごまかすように質問をすると、彼女は寂しそうに笑った。

「あら、タカシちゃま……覚えていらっしゃらないのですか?」
「……ごめん」
「良いんですのよ……それなら貴方にまた、覚えてもらうだけですの」

 ですが、と彼女は小さく言葉を切った。
 ……なんというか、逆らえない空気。

「ちゃんと、お湯に入って疲れを溶かして下さいまし−−今は、タカシちゃまを癒す事が第一、なのですから」

 微笑む彼女に、僕は頷くしかなかった。







「さ、いっぱい食べると良いですの」
「い、いただきます……」

 風呂上りの僕を待っていたのは、出来立てのご飯だった。
 白いご飯に、味噌汁。焼き魚。そして湯気のたつほうじ茶。
 こうして、誰かに作ってもらうことなんてほとんどない僕にとって、それは本当に久しぶりの出来事だった。
 思わず口にすると、ほっとする味で。
 なぜか涙が出てきてしまった。

「な、何か不味かったですの!?」
「いや……違う、美味しい……」

 あわてる少女に思ったままの言葉を伝えると、彼女はほっとしたようにため息をついた。

「良かったですの……」
「なんていうか、舌がびっくりしちゃったみたいで」
「もう、私の前でそんな顔はだめですのよ?」
「わ、わかったよ」
「……そんな顔を見るために私はやってきたわけではないのですから」

 再び寂しそうに、笑う彼女。
 僕は、思わずその理由が聞きたくなってしまう。

「その……結局君は、何者なんだい……?」
「そうですわね、そこから、語りましょうか」

 すっと、立ち上がる彼女。
 ふわりと、エプロンドレスが揺れる。

「私は、タカシちゃまがずっと昔に注文した人形の……アルマですの」
「アルマ……もしかして」
「そう、貴方が学生のころ、懸賞でもとめた賞品……オーダーメイドドールですわ」
「……でも、ずっと昔の話だし。それに会社だって潰れてるはずじゃ……」

 彼女の言葉で、僕は昔のころを思い出す。
 大学のころ買ったクロスワードパズル雑誌。
 変なプレゼントが多かったそれだが、特に異常だと思ったのが『アルマ』という人形だった。

『貴方の欠けた心を満たす人形です』

 そんな、うたい文句に僕は惹かれて応募したのだ。
 当時、両親をなくしたばかりの僕にとって、それが一番欲しいものだったから。

「ええ、会社は潰れてしまいましたの……おかげで私はずうっと会社の片隅で眠っておりましたの。税務署?という方

々が来たときは見つからないように祈るのに必死でしたの」
「……そう、なんだ」
「でも、そこで奇跡が起きましたのよ」
「奇跡?」
「ええ……何年も、何年もずっと。ずうっと。貴方に『会いたい』と念じていたらーーこうして、歩けるようになった

のですわ。コケの一念は、岩をも突き通すのです」

 うれしそうにコロコロと笑う彼女は。その苦労を隠すように優雅に会釈をした。

「ですから……貴方の欠けた心を、満たさせてくださいまし。タカシちゃま♪」
「……うん」

 僕は、彼女に頷いてみせる。
 僕だけのために、ここまでやってきた彼女の心に応えたくて。

「はい、良くできました」

 やわらかい手のひらが、僕の頭を撫でた。







「さ、横になってくださいまし♪」
「うん……」

 お腹がいっぱいになった僕は、言われるがままに彼女の膝の上に頭を乗せる。
 膝枕は硬いはずなのに、彼女の膝はそんなことお構いなし!といわんばかりにやわらかかった。

「アルマ……」
「はい♪」
「ママって、呼んでいいかな……」
「はい♪ ママですよ♪」

 心のそこから任せるようにそう呼ぶと、身体からくったりと力が抜けていく。
 一番深い部分を彼女にゆだねる感覚。
 恥ずかしいはずなのに、とても心地良い。

「……さ、おっぱいを飲みましょうね」

 エプロンドレスのをはだけて、小さなブラをはずすアルマ。
 彼女の小ぶりの胸と、ピンク色の乳首があらわになる。
 小さくて、可愛い彼女の母性の象徴。

「んっ……ふっ……上手いですわよ」

 思わずむしゃぶりつくように彼女の乳首を吸う。
 こり、こりと舌先にあたる感触。鼻先に当たる、柔らかな乳房。
 全身に満ちるヴァニラのような彼女の甘い香り。
 ちゅ……ちゅうと、小さな水音がこだまする。
 ミルクは出ないのに、それがとても自然な行為に思えた。

「さ、私も……タカシちゃまのミルクを、いただきますわね」
「っ、あっ!?」

 もぞもぞと動いた彼女の手が、僕のズボンに触れ、そのまま下ろしてしまう。
 中から出てきたのは、極限まで勃起してしまった僕のペニス。

「あら、こんなに辛そうにして……ママが、すぐに気持ちよくしてさし上げますわ」
「は、恥ずかしいよお……」
「ふふ、ママに全部見せるのよ♪」
「う、あっ……」

 彼女の小さな右手がびくんびくんと動く僕のペニスに触れる。
 それだけで、身体が痙攣するくらい気持ち良い。

「ほら、もっと吸って……んっ……」

 しこしこ、しこしこ。
 一定のペースで扱かれる。
 時折意地悪に亀頭に指が触れて、それだけで達しそうになる。
 快楽に不安になって、思わず吸い付く力を強めてしまうと、彼女はもう片方の左手で僕の頭を撫でてくれる。

「で、出ちゃうよお……ママ……」
「ふふ、良いですわ……いっぱい出しなさい」

 全身に感じる彼女の暖かさ。
 そして、鈴のような可憐な声。
 股間をいたぶる、強い刺激。
 味覚を支配する甘み。
 全部がない交ぜになって、僕の心を幼くしていって……。


「んっ……ああ……っ……!」


 はじける。
 どくどく、どくどくとあふれ出る僕の精が彼女の小さな手をぬらす。
 そんな僕の様子を彼女は慈愛に満ちた瞳で見つめ−−。

「ふふ、良い子ですわ」

 ぺろり、と指についた白濁をその桃色の唇で舐めとったのだった。







「朝ですわよ」
「うん、おはよう。ママ」
「ふふ、良い子ですわ」

 言われるがままに、僕はパジャマを着替える。
 ぱりっとのりのきいたワイシャツに袖を通す。
 寝起きはいつもすっきりとした気分だ。
 ある日を境に、僕の人生は変わった。

 そう、ママができたのだ。

 小さいけれど、料理上手で自慢のママだ。

「ほら、ネクタイ結んであげますわ」
「うん、ありがとう」

 毎日が辛くない。
 行くときは、彼女が見送ってくれる。
 帰れば、彼女が待っている。


 僕の、かけた心は。



 確かに、満たされていた。
18/01/19 23:58更新 / くらげ

■作者メッセージ
ずっと書きたかったんだ……リビドママ……

(実はまだ構想があるなんて言えない)

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