連載小説
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文末
「……その、先輩」
「ん、大丈夫。だい、丈夫」

 品評会から少しはなれたベンチ。
 『手紙屋』の主人が買って来てくれたアルラウネの蜜のホルミルク割を口にしながらあたしは小さく頷いた。
 何が大丈夫なのかは分からなかったけれど、とにかく大丈夫と伝えたかった。
 ぷらぷらと手持ち無沙汰になった足が揺れる。

「−−ごめんなさい、その、ずっと騙してて」
「大丈夫って言ってるだろ」

 レオンの顔は、見られなかった。
 声の具合から、きっと彼もあたしのことを見られないのだろう。
 静かで、重たい空気。
 祭りだというのに、あたしたちの周りだけ違う世界に取り残されているみたいだった。
 喧騒が、やけに遠くから聞こえる。
 どうやら、マリーちゃんが入賞したようで、魔術によって作られたスクリーンには大輪の向日葵と、おなじく大輪の笑顔を浮かべる二人が映っていた。

 『手紙屋』の店主が話しかけて来たのは本当に偶然だった。
 レオンとあたしがペンフレンド同士なのは知っていただろうけれど、未だに名前を明かさないような仲だとは思っていなかったようだ。
 気まずくなる空気のなか、白い顔をさらに蒼白にして謝る彼女に対してあたしたちは何も言う言葉を持たなかった。

「その、さ−−あたしだって、知ってたんだろ?」
「……はい」

 髪飾りを撫でながら、呟く。
 金属のやけに冷たい感触が手に残って少しだけ眉を寄せてしまう。

「『手紙屋』に入っていく先輩を偶然見かけて。追いかけたんです−−それで、先輩の紙を見つけて、誰にも持ちされれないように、すぐに持ち帰りました」
「……」
「それから、何日も悩んで手紙を書いて。まだ半人前の僕だってばれない様に、立派な人格を演じようって」

 自嘲気味に、レオンは笑った。
 はは、という乾いた音は、喧騒の中でもやけにくっきりと聞き取ることが出来るものだった。
 なぜかは分からなかったけど、その笑い声が気に食わなくて。
 あたしは、ぎゅっとスカートを握り締めた。

「なん、で……隠してたんだ?」
「僕じゃ、釣りあわないと。そう、思ってたんです。まだ、半人前にもなれない、ただの見習い−−つりあわないじゃないですか。あんなに立派な先輩に、僕、なんて」
「……そんなわけ、あるか」

 漏れた声はかすれていて、あたしが出したとは思えないほど、低く、震えたものだった。
 スカートに置かれていた手が、勝手にレオンに伸びる。
 自然と、彼の胸倉を掴むようになった。

「んなわけ、あるか−−。お前は−−、レオンは、間違いなく良い男だっ!計算も出来るし、頭もいいし−−頑張り屋だし!」
「せん、ぱい……」

 叫んでいた。
 周りの子たちがあたしをぎょっとした目で見ていたけれど、それでも、あたしはもう止まらなかった。
 
「絶対、いい女の子を見つけて、あたしに報告しに来るんだと思ってた……!あたしは、もう、あきらめてて!出会いを探すなんていいながら、いい人なんか見つかるわけないって心の中で思ってて!酒飲んで、愚痴はいて、たまに偉そうな顔して!それで終わるんだって!ペンフレンドだって、嘘ついてて!うまく、いかないって……っ」

 何を、言っているんだろうか。
 あたしにも、あたしが分からなかった。
 けど、せきが壊れたみたいに、まくし立てた。心の中の淀みを、全部吐き出すようにあたしはレオンの胸板に何度も言葉を叩きつける。
 視界が滲んで、レオンの服がいつの間にかぐしゃぐしゃになって、あたしは自分が泣いている事に気付いて。

 −−ああ、上手く行かないな。本当に。

 心の中の、やけに冷静な部分がそんな言葉を告げていた。

「−−先輩」
「レオ、ン」

 どのくらい、泣いた後だっただろうか。
 不意にかけられた静かな声に、あたしはびくりと上を見上げる。
 レオンの顔が、目の前にあった。

「僕だって、同じですよ」
「……」

 大きな手が、あたしの頭に添えられる。
 あたたかくて、大きな手。額に触れると、ペンで出来たたこが引っかかった。

「−−先輩は、強くて、立派で、可愛くて。こんなひょろい僕じゃ釣りあわないと思って。せめて一人前になろうって頑張ったんです。そしたら、玉砕覚悟でも言えると、思って」

 その声は、どこまでも、優しいくて。
 心の中で何度も想像したイチロクの声そのままだった。
 
「−−でも、あの時、手紙屋で貴女の募集を見て。……取られたくなかったんです。まだ一人前じゃないのに、名乗るわけにも行かなくて」
「それで、名乗らなかったのか」
「……はい。いろんなことを、言えないままでした」

 彼が、あたしの顔を見つめる。
 深く、深く。あたしの表情が、その黒い瞳に映っている。
 恥ずかしくて、火を吹きそうだ。

「手紙って不思議ですよね。普通じゃいえないことも一杯言えるのに−−。話せないことも、一杯あって」
「……ああ」
「先輩。−−今なら、今だけなら、言える言葉があるんです」

 がたり、とレオンが立ち上がる。
 あたしの目を、とらえたまま−−前に立った。

「好き、です。大好きです。ずっと、前から−−鉱山に勤める前から、ずっと、ずっと。一目見たときから……大好きです」
「……うん」

 あたしが、搾り出せた言葉は、これだけだった。
 もっと、いいたい事があるのに。
 手紙の上だったら、きっと悩みながらも便箋一枚くらいはかけるというのに。
 彼の目を見ると、言葉が喉の奥にひっかかってしまって。出てこない。
 ただ、顔を真っ赤にして、あたしはレオンに手を伸ばした。

「その、先輩……?」
「いいから、ちょっとだけ−−な」

 訝しげな顔をする彼の頭を抱き寄せる。
 レオンの目を見て話す勇気はないあたしだけれど、それでも彼に伝えたかった。
 あたしの胸はとくんとくんと大きく鳴って、とんでもなく恥ずかしい。
 でも、これなら言える。

「−−あたしも、好きだよ。レオン」
「せん、ぱい」

 レオンが、好きだってことを。
 イチロクとしてのレオンも。頑張って一人前になろうとするレオンも。
 全部、大好きだ。

 胸の中で彼の身体がぴくりと動くのを感じた。
 そのまま、強い力で抱きしめられて。あたしも同じくらい強く抱きしめて。

 周囲の喧騒も耳に入らず、あたしたちはただお互いの体温を感じていた。




−−−−−−−



「−−あのさ、レオン」
「何ですか?先輩」
「その、折角恋人になったんだからさ−−ったく、あたしに言わすな!」
「え、ええ……恥ずかしくて、その」

 フラワーフェスタの帰り道。
 あたしたちは一つの店の前で立ち止まった。
 恋人達が夜に向かう場所……といえばひとつだ。
 周囲には淫靡な香りを漂わせたカップル達が、ひとり、またひとりとその建物に入っていく。

「そ、それに心の準備、が……」
「ええい!男は度胸!なにごとも試してみるもんさ!」

 渋るレオンの背を押すように、店に入り、代金を払う。
 全身が熱い。酒に酔ったとき以上に真っ赤に火照っている。まるでサウナに入った後のようだ。
 レオンに告白したせいか、アルラウネの蜜を飲んだからか。
 それとも、レオンの事が好き、だからだろうか。

「それとも、あたしとじゃ、イヤか……?こんな、メリハリのない身体だし、さ」
「そんなわけないですっ!」
「−−だったら」

 部屋に入り、あたしはベッドの上に立つ。レオンをまっすぐに見られるくらいの高さだ。 
 そして、ゆっくりと自らの首のボタンを外していく。
 フリルの隙間から、興奮で真っ赤に染まった肌が覗いていた。

「この疼きを、止めてくれよ」

 誘うようにあたしは笑った。
 部屋の横の姿見にあたしの姿が映っていて、あたしとも思えないほどに、妖しい笑みを浮かべているのが見えた。

 −−ああ、そうか。
 あたしも、魔物なんだ。
 男を誘惑して、堕落させる存在。
 そんな言葉が、頭の端に浮かんで、消える。 

「−−あ、あ……」

 ふらふらと、吸い寄せられるようにレオンの手が動く。
 あたしの肌に触れる彼の手は、震えていた。
 その仕草が愛おしくて、思わず彼の顔を抱き寄せる。胸の中で聞こえるのは、彼の荒い息。
 あたしの匂いを嗅いでいる−−あたしの香りで、レオンの肺が、細胞が染まっていく。

「はぁっ、はあっ……レオ、ン……ッ」
「せんっ、ぱい……っ」

 負けじと、彼の頭に鼻を近づける。
 彼からは、今日歩き回った汗と、花の甘い香りがした。
 それだけで、あたしの心がレオンに染め上げられていく。

 しばらくの間。こうして二人の香りをあたしたちは吸い込み続けていた。



−−−−−−−



「−−その、脱がしても、いいですか?先輩」

 先に口を開いたのは、レオンだった。
 その問いに、首肯で答えたあたしは、同じく彼に手を伸ばす。
 ベッドの上だから、ぎりぎりでボタンに手がかかった。
 上着、ズボン、スカート、シャツ、ブラ−−器用にお互いの服を脱がせあう。
 途中で、レオンのポケットから、あたしの書いた手紙が、あたしのポケットから、レオンの書いた手紙が、ぽとり、と床に落ちた。
 一枚脱ぐたびに、脱がせるたびに彼の、あたしの肌が露出して、その皮膚の感触がつたわってきて。それだけで、どきどきしてしまって。

「−−レオン」
「先輩」

 恥ずかしいのに、もっと見てほしい。
 感情が湧き出て、止まらない。

「ひとつだけ、お願いしても良いかな。こんなときしか、いえなかったんだけど」
「何ですか?」
「あたしの名前で、呼んで欲しいんだ−−あたしには、エリカっていう名前があるんだからさ」
「でも、先輩ーーそれは」

 ベッドに押し倒されながら口にした言葉に、レオンが渋い顔をする。
 当たり前だ。
 あたしは、あたしの名前が嫌いだった。
 意図的に、皆には『先輩』と呼ばせていた。

 エリカ
 桃色の、可憐な花の名前。
 その花言葉は『孤独』。
 誰も伴侶のいないあたしにピッタリ過ぎる名前で。思い出すだけで、悲しさを感じていた。

「−−いいんだ。レオンには。あたしの全部を見てほしい」

 けれど、今は、少なくとも今だけは一人じゃない。
 だから、この名前で呼ばれるのも、イヤじゃない。

「先輩−−いや、エリカ」
「−−っ」

 彼が、レオンが名前を呼んでくれる。
 それだけで、あたしはびくりと身体を震わせた。
 これ以上ないってくらい心臓がなっている。

「キス、してもいいですか?」
「んっ、あ……ふっ……っ」

 許可を確認するまえに、不意打ち気味にレオンの唇があたしの唇を奪う。
 とろり、と入ってきた舌が、あたしの歯列を丁寧になで上げるたびに、変な声を上げて。息をするのも苦しくなる。
 けど、気持ちいい。
 ボーっとする意識で、されるがままになればなるほど、気持ちよさが競りあがってきて、止まらなくなって。
 頭の中が、レオンで一杯になってしまう。

「ぷは……っ、はぁ……はぁ……」
「はぁ、はぁ−−レオ、ン」

 長い、長いキスが終わって、唾液の橋が、あたしの体に落ちて。てらてらとした道を作る。
 指で触れて、口に運ぶとーー甘い味がした。

「−−も、もう我慢、出来ない−−から」

 指を、伸ばす。
 今まで、自分以外に誰も触れてこなかった秘密の場所。
 そこは愛撫の必要すらないほど、熱く、煮えたぎっていた。
 見れば、レオンの欲望も、ぱんぱんに膨れ上がっている。
 きっと、愛撫でもしたら暴発してしまうほどに。

 それは、何となくイヤだった。
 今日は、レオンの流したものを全部。

 あたしのここで、受け止めたかった。

「−−あたしの、はじめてをもらってくれないか?」
「エリカ……」

 ゆっくりと、レオンは頷きながら肉棒をあたしの間にさしこむ。
 入り口の粘膜同士が触れ合うだけで、逝ってしまいそうなほどの感覚が襲い掛かってくる。


「「ーーっ!!!!!」」


 そして、ずるりと、それは入り込んできた。
 熱く、たぎった先端が粘膜をすり上げるたびに、二人の声にならない悲鳴が漏れる。
 痛みは、全くない。ただひたすらに気持ちいい。

「レオンっ……!」
「エリカッ……エリカッ……!」

 バカみたいにお互いの名前を叫びあいながら、何度も、何度も欲望のままに触れ合う。
 動くたびに意識が真っ白になって。
 そのたびにレオンが好きになって。
 思いっきり、抱きしめあって。お互いの存在をぶつけ合う。

「もう、だめっ……いっしょ、に……!」
「ん、来てっ……!全部……っ!」

 そして、その終わりに。
 あたしの子宮が、レオンの熱く滾った欲望を受け止めた。

「っ……!!」

 ほぼ同時の絶頂。
 かすみぼやける視界の中−−あたしはただ、レオンの事を考えていた。
16/07/07 01:05更新 / くらげ
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■作者メッセージ
もうちょっとだけ、続くんじゃ(あと一話で、終わりです)
以前あと一話で終わると言っていましたが、どうやら見通しが甘かったようで(滝汗)

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