出会い
「ふぅ。 今日の腹筋と腕立ても終わりと」
大学生である川内 要（せんだい かなめ）は日課である鍛錬を終え、小さく頭をかいた。
大学に入ると暇だ、と先輩が良く語っていたのを思いだすが、まさか本当にそうだとは思っていなかった。
授業を聞いて、ノートをちゃんととり、課題をこなす。テストは課題をちゃんとやって事前に勉強するだけだ。よっぽど怠けない限り特に問題は無い。剣道部であったころの日課をこなす余裕まである。
「暇だし、外に出て太陽でも浴びてくるか」
一人呟いて、外に出る。世はゴールデンウィーク。長い休みである。
休みの日だと気を抜いて家から出ない日すらありうる。意識できるならこうして外に出るのは大事だ。
「おお、今日も元気だなあ」
家の外にでると、大きな爆発の音。
鹿児島県名物。桜島が目の前で元気に噴火をしていた。
産まれたときから爆発していた火山だ。もはや生活の一部である。
「う、うわっ！？」
（あの人、やけに驚くなあ）
故に、目の前の女性が、やけに驚いていた理由に気がつくまでしばしの時間がかかった。
「ば、ば、爆発！？ニホンってこんな怖いトコなのか！？」
「あのー」
「ちょ、ちょっとオマエ！？アレ爆発してるよな！？」
「ああ。元気ですよね」
「大丈夫なのかよ！爆発だぜ！？」
「んー大丈夫じゃないですかね。いつもボコボコなっていますし」
「す、スゲエ場所だな、ニホン……」
長い髪が特徴の、背の小さな女性だった。
日本人ばなれした大きな蒼い瞳が、不安げに揺れていた。
（やっぱり、他所から来た人か）
どこの国かは分からないけれど。きっと遠くから来たんだろうことだけは分かった。
「げほ、げほっ……目が、目が……」
「だ、大丈夫です？」
咳込む女性に、不安げに声をかけつつ、要は空を半眼で眺める。
桜島の爆発で、撒き散らされる火山灰は中々にやっかいだ。服が白く染まったり、気道に引っかかったり。それこそ眼に入ったりすると洗わなければならなくなる。
知らずに過ごしていたであろう女性は、眼からボロボロと涙を流していた。
「とりあえず、家で眼、洗います？案内しますよ」
「い、良いのか？……恩にきるぜ。ホントに」
「まあ、他所から着た人ならそうなるでしょうし。悪い人かどうかはその時に考えるとします」
「……悪い、か」
一瞬びくりとする女性に気付かず、要はくるりと彼女に背を向ける。
「あ、そういや。すまねえ」
「どうしたんですか？」
「名前、名乗ってなかったな。折角、招待してくれたんだからよ。このあたり来たばっかで分かってないにしても失礼だった」
「あ、ああ。そうですね。俺は、川内要。……大学生？で良いんですかね、多分」
「アタシは、国眼 瞳（コクガン ヒトミ）っていうんだ。種族は……いや、何でもねえ」
（種族……？）
種族、という言葉の次に、彼女が話した言葉を要は聞き取れなかった。
ゲイ、何とか。
きっと人種か何かの聞き間違いだと勝手に自分を納得させる。
「コクガンでも、ヒトミでも好きによんでくれ。センダイ」
「じゃあ、コクガンさん、これからよろしく……その、やっぱり外国から来たんですか？イギリスとか、そういう」
「うーん、いや。イギリスって国ではないな。そもそも知らねえし。なんつーか。遠い場所だ。日本語もならったばっかだし。敬語とか無理の極みだ」
「ああ、はい。……なら、敬語使わないほうが良いですかね？」
「そっちの方が、気が楽だな。母国でアタシのことを敬語で呼ぶ奴なんざいなかったし」
振り返った女性は、にししと口元を三日月のように歪めて笑って見せた。
真っ白な歯が、口の端からこぼれる。
「へぇ…なんというか、フレンドリーな国なんで…なんだな」
「うーん、馴れ馴れしい奴は間違いなく多かったな」
首を傾げる瞳。
その表情から、どんな国だったのかを推し量るのは難しそうだった。
「−−で、すまねえが」
「……？」
「そろそろ、眼を洗える場所が……」
彼女の目からは、火山灰の刺激により涙がぼろぼろと溢れ出していた。
さらに、白目までもが見事に真っ赤になっていた。
「あ、あぁ、こっちこっち！」
急いで歩く川内に。
「その、一つ頼みがあるんだがよ」
「はい？」
「顔洗うとこ、できれば見ないでほしい。化粧とか、色々あるからさ」
「ああ、いいけど」
彼女は、一つ。頼みごとをしたのだった。
−−
「……ふう、目が真っ赤だぜ」
川内の家の洗面所。鏡を見ながらゲイザーである瞳は小さくため息をついた。
鏡に映るのは、真っ赤に充血した一つ目である。
さっきまで変身して隠していたが、こうしてみるとまさに悪役そのものの顔だった。
（こりゃ、すげえ迫力だなおい）
何度か振り払うように首を振ってから、ばしゃりと水を被る。冷たい水が火山灰でちくちくとした目に心地良い。ついでに充血してしまった触手も洗うと、中々に爽快な気分である。
「ふう、さっぱりした」
元通りの蒼い瞳に戻ったことを確認して。再び人間の姿に化ける。
鏡で確認すれば、何度も練習したとおりの人間の姿だ。
「終わったぜ、センダイ。生き返った気分だ」
「はは、そんな大げさな」
ため息をつく瞳に対し、笑う要。
「いや、眼っていうのはすっげー大事なんだぜ？」
「そんなに？」
「ああ、こいつの力で生きてきたから、尚更。な」
湖水を映したような蒼い瞳で、瞳を見つめる。
ゲイザーの種族的な特徴は、この瞳を介した催眠である。これなしでは、間違いなく生きてはいけない。鳥に飛ぶなというようなものだ。
「……あのさ、センダイ」
「ん？どうしたんだ」
「実はこれから人に会わなきゃいけないんだけどさ」
「うん、うん」
「地元を仕切ってる奴なんだが。そいつに色々手配頼んでるんだ。雨風凌げる場所とか、仕事とか」
懐から紙を取り出す瞳。覗き込む要。
それは、手書きの地図だった。文字を覚えたばかりの小学生のような汚らしい文字で書かれているが、なんとか彼の地元であることが分かる程度にはちゃんとしたものだった。
「けどよ。この当たり、土地勘ないから全然分からないままでさ」
「あーなるほど」
「さらに言うなら、迷ったりしてまた目に火山灰が入ったりなんかしたら」
ぶるる、と身体を震わせる瞳。さっきまでのことを思い出して、ほんのり涙まででる始末である。
（まあ、暇してたし良いだろ）
要は外行きのジャケットを着込み、彼女に何度か頷いてみせた。
「まあ、俺もちょっと暇してたし。待ち合わせ場所で良いのかな？」
「すまねえ、恩に着るぜ。その、わかんなかったら地元の奴に聞けとしか言われなかったからよ」
「なんとまあ……」
瞳の言葉に、要は苦笑する。なんともアバウトな話だ。
（−−そういう奴、居るよなあ）
とはいえ、良くある話である。
趣味が同じで気の合う田中という友人がいるが「待たせるのも待つのも嫌いだからな！」なんてセリフを吐くほどのカッコつけの癖に、人を待たせるのが得意な奴だった。
オマケに、アバウトなことを言うのもけっこうな困り者である。
「そりゃ、大変だ。気持ちは分かるってやつだ」
「だろ？……てな訳で案内頼むぜ？」
「ああ、頼まれた」
にしし、白い歯を見せて笑う瞳に、彼はひらひらと手を振ることで答えたのだった。
−−
「そういや、センダイ」
「ん？どうしたの？」
「この辺ってなんか名物とかあったりするのか？」
「うーん。名物ねえ」
待ち合わせ場所に行く道すがら、瞳の質問に要は何度か首をひねる。
とはいえ、思いつくものと言ったら一つくらいしかなかった。
「観光とかだったら、やっぱり桜島かなあ」
「あ、あの火山か……。たしかに、すげえとは思うけど」
「馴れ馴れしすぎて偶に火山だって忘れるくらいだけどね」
「いや、爆発してんだろ。それも慣れってやつなのか？」
「いやまあ、うんいつものことだし」
隣で再びの爆発を見せる桜島を横目に見て、のんびりと歩く。
ときおり「ひぃ！？」と驚く瞳が何となく新鮮だった。
「−−お、あれじゃないのか？」
数分間、地図の通り歩けば、さして迷うこともなく目的地と思しき場所にたどり着く。
遠くから白い髪の美女が手を振っていた。
「ああ、そうそう。あいつだ」
「じゃ、ここで待ってるから」
「え、待つのか？」
「ああ、この当たりわかんないだろ？それに、暇だし」
「分かった。ホント恩に着るぜ」
美女の方に走っていく瞳を確認して、近場のガードレールに腰掛けて伸びを一つ。
なんとなく見上げた空は相変わらずの良い天気だった。
「−−ちょっと、待てよおい！？住む場所用意してないって聞いてないぞコラ！？」
「だから、ごめんって言ってるじゃない。しばらくは得意の催眠で軒を貸してもらって頂戴？」
「あのなあ、テメエ。って。おい、ちょっと待てよ！？」
（大変そうだなあ）
遠くから聞こえてくる口論の内容は少し遠くて聞き取ることが出来なかった。
とりあえず話が終わったらどこか案内しようか。そんなことを要は考えていた。
−−
「センダイ。待たせてすまねえな」
「おお、お帰り」
瞳が戻ってきたのは、数分後だった。
よっぽど叫んだのか頬が紅潮しており、それと相反するように黒い髪が不安げにユラユラと揺れていた。
「正直、酷い目にあったぜ」
「……大変そうだったな」
遠目で見ても、中々大変そうなのは伝わってきていた。
それなりの距離があったというのに彼女の叫び声が伝わるほどである。それを証明するかのごとく、彼女はぜえぜえと若干息を切らしていた。
「いや、これから酷い目に合うところかもしれねえな」
若干空ろになった蒼い目を見せつつ彼女は空ろに笑って見せた。中々に壮絶な光景である。
「どうしたんだ？」
「泊まる場所を斡旋してくれる手はずだったんだけどよ。相手が、完全に忘れてやがった。持ち合わせがないから一週間これだけねって。これを渡されたんだが……今日は、野宿かねえ」
「そりゃ、なんとまあ……」
ひらひらと千円札一枚を振ってみせる瞳に釣られて、空ろに笑う要。かつて１ヶ月１万円で暮らすバラエティがあったような気がするが中々に過酷だったはずだ。一週間千円ならば一ヶ月四千円。かなりのサバイバルである。
「つーわけで。この当たり、風雨凌げる洞窟とかねえか？」
「ど、洞窟って……」
「そういうの、慣れてるから大丈夫だ」
「いや、コクガンさんが慣れてても他の人が見たらびっくりするよ」
瞳のサバイバルな発言に、要は若干距離をとった。
魔物である瞳が本当に洞窟暮らしをしていたとは、夢にも思わないリアクションである。
「っても、泊まる場所ないしなあ」
「んー。とりあえず、うちに来る？」
「い、良いのかっ！？」
「いや、困ってる人は放っておくわけにもいかないし」
「すまねえな色々と。……手伝えることは何でもするからさ。しばらく置いてくれると助かる」
「はは、何か手伝ってもらいたくなったら頼むよ」
頭を下げる彼女にちょっと恥ずかしくなった要は誤魔化すようにぽりぽりと頭をかきながら。
「そういえば、この辺初めてだよね」
「ああ、そうだけど。どうしたんだ？」
「とりあえず泊まる場所も決まったわけだから、どっか見たいところでもある？」
そんな提案をしたのだった。
−−
「から揚げ屋？」
「うん、友人が帰り道に大体買うんだけど」
待ち合わせ場所からの、帰り道。行きと違う道を選んで歩くと地元の商店街に辿りつく。
地方だが、そこはやはり駅前の底力。それなりの活気はある。「この世界……じゃなくて。この国に来たばっかだし。全然この辺わからねえんだ。その、どっかお勧めあるか？」そう苦笑する瞳をつれてきたのは、商店街の一角にあるから揚げ屋だった。
「から揚げかあ、食ったことねえなあ。旨いのか？それ」
「俺はあんまり買わないんだけど、言ったとおり友人が買ってくな。前一回食わせてもらったけど、美味しかったよ？鳥を揚げた衣がサクッとしてて。生姜が良く効いててね」
「そりゃ、旨そうだな。……けど。アタシ金もってねえし」
「いいよ。百円だかそこらだし。俺買ってくるよ。久しぶりに食べたくなったからさ」
「お言葉に、甘えさせて貰うぜ……ありがとよ」
懐の中身を確認しつつ、から揚げ屋の店先に歩く要。その後ろでもじもじと瞳が前髪の下で赤面していた。
（うう、らしくねえなあアタシ。人に甘えるなんてなかったし……）
そんな瞳の思考も露知らず。目当てのものを購入した要は、くるりと彼女に振り返って見せた。
「買ってきた。６個入りだから、３個ずつで、な」
「おう、ありがとよ……あつつ」
買ってきたばかりのから揚げに、早速かぶりつく瞳。
それを確認してから、要も一口齧る。
さくっとした衣の下から出てくる地鶏の歯ごたえ。そして出来たてだからこそ溢れる熱々の肉汁に思わず笑顔がでる。これでご飯があれば完璧である。前を見れば、瞳が既に一つ平らげ、きらきらと満面の笑顔を作っていた。
「旨いな、これ」
「でしょ？」
「普段生の肉ばっか食ってたから新鮮な気分だぜ」
「……え？」
（生？生焼けってことだよな？）
思わず聞き返したくなるようなことを言いながらから揚げを食べる瞳に、思わず目を剥く。
洞窟で野宿発言と良い、中々のサバイバル生活を送っていたようだ。もしかしたらアジアとかアフリカとかの奥地から来たのかと若干身構える。
「ごっそさん。この埋め合わせはどっかでするからよ。ありがとな」
「どういたしまして」
「明日から何か、仕事とかないか探してみるからよ」
「仕事かあ、俺大学生だから、まだ働きはしないし。良く分からないんだけど」
仕事という言葉に、ううんと首をひねる。大学生である要はバイトした経験程度しかなかった。
しかも豚小屋のバイトである。かたい汚れを水で弾く仕事なのだが瞳がそういう作業をする姿が、中々浮かばなかった。
「その辺は、自分で探してみるさ。店賃食費は絶対払うから……それと」
「ん？」
「親御さんへの挨拶。しねえとな」
「親？あぁ……そっか、とりあえず説明いるよな」
「ああ。とにかくアタシが頭下げねえと。迷惑かけちまう」
覚悟を決めたといわんばかりの表情の瞳。その裏では（ええい！乗りかかった船！いざとなったら催眠も辞さん！）とやや下種なことを考えていた。
そんな彼女に、要はあっけらかんと。
「いやあ、意外と大丈夫だと思うよ？俺の親、細かいことは気にしないから」
そう、答えたのであった。
−−
「……良い親御さんだったな」
数時間後、見事に要の両親からの了承を得た瞳は、小さく呟いた。
（まさかホントに催眠要らずとは……）
タダでしばらく住まわせてくれという図々しいお願い。十中八九、どうにもならないと覚悟していただけに、中々の拍子抜けである。
「とりあえず、しばらく世話になるぜ。よろしくなセンダイ」
「ああ、よろしくな」
頭を下げる瞳に、釣られて頭を下げる要。
そんなタイミングでどーん！となる桜島の爆発の音。
「ひぃっ！？……こいつに慣れるのは、まだ先っぽいが……」
「まあ、慣れるのは大変だよな。俺は生まれた時から慣れてた気もするけど」
「色々覚悟したはずだったのに、なんていうか色々新鮮な気分だぜ……と、センダイ」
「ん？どうした？」
「店賃には足りねえだろうがちょっとしたお返しをしてやるよ」
きしし、と笑う彼女。その蒼い瞳が要を見据えていた。
（吸い込まれそうだ……）
まるで、蛇に睨まれた蛙だ。
冬の湖水を映したような美しい色に、思わず縫いとめられそうになりながら要は考える。
「アタシは、それなりに眼が良くてな。ここを通してちょっとした催眠をかけたり。あとは相手の健康状態とかが見えるんだ」
「……へえ」
ぎしり、と動かなくなった要の身体をくまなく見ながら、瞳は自慢げに笑った。
ゲイザーである彼女は実際には「ちょっとした」どころではない催眠がかけられるのだが要には知る由もない。
「うんうん。ちょいとばかし風邪の引きはじめだな。季節の変わり目だししょうがねえが」
「そんなの、分かるのか？」
「ほれ、肩の当たり。完全にこっちまってるだろ？肩こりって言うのは風邪の引き始めのサインなんだ。こうやって肺が強引に動こうとするから 肩の辺りの筋肉が疲れちまってこうなるんだ」
目線を外され、ようやく全身が動かせるようになった要を横目に、瞳はとんとんと彼の身体を確かめるように叩いた。
「こうやって原因さえ分かればどうとでもなる。まだひきはじめだしなっ！」
「げほっ！？」
胸の当たりを急につかれ、咳が出る。
思わず抗議の目で瞳を見ようとして、要は若干だるかった身体がスムーズに動くことを感じていた。
「大分身体が楽になっただろ？……まあ、ちょいと痛かったかもしれねえけど」
「い、いや。楽になったよ」
「そうか、良かったぜ」
（……なんかすごい感覚だったような）
笑う瞳に対して、思わず首をひねる要。
そんな彼を尻目に、割り当てられた部屋に歩いていく瞳。
「……お休み。今日はありがとよ」
「おう、おやすみ」
考え事にふける彼の頭に浮かんだのは、先ほどの、美しい蒼色だった。
−−
「良い人達だったな、ホント。センダイも−−親御さんたちも」
割り当てられた布団に横になりながら、瞳は一人呟く。
その姿は、元のゲイザーのものだった。
「この姿を見られたら、嫌われちまうよな。今日はなんとか誤魔化せたけど……」
窓辺を何となく見れば、外の方が暗いので自分の姿がよく見える。
蒼い一つ目、そして身体を覆う多数の触手。
自分の姿を醜いと思ったことはないけれど。この世界においては間違いなく『バケモノ』と呼ばれる存在。
「上手く、隠さねえと。ここからたたき出されたら−−泊まる場所、ねえもんな」
何度も、確かめながら人間の姿へと化けなおす。
寝ている間は無防備だ。意識せずとも、変身を続けられるように気合を入れる。
「……センダイ」
変身を終え、再び布団へともぐりこむ。
その左手は、ゆっくりと自らの恥部へと向けられていた。
「……んっ」
くちゅり、と粘つく感触が指に伝わり、思わず小さな声が漏れる。
ほんのわずかな時間の接触。それで充分なほどに彼女は要に惹かれていた。
あの、大きな手に触れられたら。
まして、ここを触られてしまったら。
そんな思考が泡のように浮かんで、消える。
「っ、あっ……」
（声、漏れちまう……っ）
蠢く左手を止めるべく右手で手首を掴むが、指先は止まらずに彼女の秘所を責める。
まるで別の生き物のように、彼女の弱点を的確につき、絶頂へと追い上げていく。
やがて、止めることを諦めた右手は、せめて声を漏らさぬようと口を塞ぐ事に専念していた。
「……っ！」
数分後、大きく弓なりにきしむ彼女の若竹のような裸身が、月夜に照らされていた。
大学生である川内 要（せんだい かなめ）は日課である鍛錬を終え、小さく頭をかいた。
大学に入ると暇だ、と先輩が良く語っていたのを思いだすが、まさか本当にそうだとは思っていなかった。
授業を聞いて、ノートをちゃんととり、課題をこなす。テストは課題をちゃんとやって事前に勉強するだけだ。よっぽど怠けない限り特に問題は無い。剣道部であったころの日課をこなす余裕まである。
「暇だし、外に出て太陽でも浴びてくるか」
一人呟いて、外に出る。世はゴールデンウィーク。長い休みである。
休みの日だと気を抜いて家から出ない日すらありうる。意識できるならこうして外に出るのは大事だ。
「おお、今日も元気だなあ」
家の外にでると、大きな爆発の音。
鹿児島県名物。桜島が目の前で元気に噴火をしていた。
産まれたときから爆発していた火山だ。もはや生活の一部である。
「う、うわっ！？」
（あの人、やけに驚くなあ）
故に、目の前の女性が、やけに驚いていた理由に気がつくまでしばしの時間がかかった。
「ば、ば、爆発！？ニホンってこんな怖いトコなのか！？」
「あのー」
「ちょ、ちょっとオマエ！？アレ爆発してるよな！？」
「ああ。元気ですよね」
「大丈夫なのかよ！爆発だぜ！？」
「んー大丈夫じゃないですかね。いつもボコボコなっていますし」
「す、スゲエ場所だな、ニホン……」
長い髪が特徴の、背の小さな女性だった。
日本人ばなれした大きな蒼い瞳が、不安げに揺れていた。
（やっぱり、他所から来た人か）
どこの国かは分からないけれど。きっと遠くから来たんだろうことだけは分かった。
「げほ、げほっ……目が、目が……」
「だ、大丈夫です？」
咳込む女性に、不安げに声をかけつつ、要は空を半眼で眺める。
桜島の爆発で、撒き散らされる火山灰は中々にやっかいだ。服が白く染まったり、気道に引っかかったり。それこそ眼に入ったりすると洗わなければならなくなる。
知らずに過ごしていたであろう女性は、眼からボロボロと涙を流していた。
「とりあえず、家で眼、洗います？案内しますよ」
「い、良いのか？……恩にきるぜ。ホントに」
「まあ、他所から着た人ならそうなるでしょうし。悪い人かどうかはその時に考えるとします」
「……悪い、か」
一瞬びくりとする女性に気付かず、要はくるりと彼女に背を向ける。
「あ、そういや。すまねえ」
「どうしたんですか？」
「名前、名乗ってなかったな。折角、招待してくれたんだからよ。このあたり来たばっかで分かってないにしても失礼だった」
「あ、ああ。そうですね。俺は、川内要。……大学生？で良いんですかね、多分」
「アタシは、国眼 瞳（コクガン ヒトミ）っていうんだ。種族は……いや、何でもねえ」
（種族……？）
種族、という言葉の次に、彼女が話した言葉を要は聞き取れなかった。
ゲイ、何とか。
きっと人種か何かの聞き間違いだと勝手に自分を納得させる。
「コクガンでも、ヒトミでも好きによんでくれ。センダイ」
「じゃあ、コクガンさん、これからよろしく……その、やっぱり外国から来たんですか？イギリスとか、そういう」
「うーん、いや。イギリスって国ではないな。そもそも知らねえし。なんつーか。遠い場所だ。日本語もならったばっかだし。敬語とか無理の極みだ」
「ああ、はい。……なら、敬語使わないほうが良いですかね？」
「そっちの方が、気が楽だな。母国でアタシのことを敬語で呼ぶ奴なんざいなかったし」
振り返った女性は、にししと口元を三日月のように歪めて笑って見せた。
真っ白な歯が、口の端からこぼれる。
「へぇ…なんというか、フレンドリーな国なんで…なんだな」
「うーん、馴れ馴れしい奴は間違いなく多かったな」
首を傾げる瞳。
その表情から、どんな国だったのかを推し量るのは難しそうだった。
「−−で、すまねえが」
「……？」
「そろそろ、眼を洗える場所が……」
彼女の目からは、火山灰の刺激により涙がぼろぼろと溢れ出していた。
さらに、白目までもが見事に真っ赤になっていた。
「あ、あぁ、こっちこっち！」
急いで歩く川内に。
「その、一つ頼みがあるんだがよ」
「はい？」
「顔洗うとこ、できれば見ないでほしい。化粧とか、色々あるからさ」
「ああ、いいけど」
彼女は、一つ。頼みごとをしたのだった。
−−
「……ふう、目が真っ赤だぜ」
川内の家の洗面所。鏡を見ながらゲイザーである瞳は小さくため息をついた。
鏡に映るのは、真っ赤に充血した一つ目である。
さっきまで変身して隠していたが、こうしてみるとまさに悪役そのものの顔だった。
（こりゃ、すげえ迫力だなおい）
何度か振り払うように首を振ってから、ばしゃりと水を被る。冷たい水が火山灰でちくちくとした目に心地良い。ついでに充血してしまった触手も洗うと、中々に爽快な気分である。
「ふう、さっぱりした」
元通りの蒼い瞳に戻ったことを確認して。再び人間の姿に化ける。
鏡で確認すれば、何度も練習したとおりの人間の姿だ。
「終わったぜ、センダイ。生き返った気分だ」
「はは、そんな大げさな」
ため息をつく瞳に対し、笑う要。
「いや、眼っていうのはすっげー大事なんだぜ？」
「そんなに？」
「ああ、こいつの力で生きてきたから、尚更。な」
湖水を映したような蒼い瞳で、瞳を見つめる。
ゲイザーの種族的な特徴は、この瞳を介した催眠である。これなしでは、間違いなく生きてはいけない。鳥に飛ぶなというようなものだ。
「……あのさ、センダイ」
「ん？どうしたんだ」
「実はこれから人に会わなきゃいけないんだけどさ」
「うん、うん」
「地元を仕切ってる奴なんだが。そいつに色々手配頼んでるんだ。雨風凌げる場所とか、仕事とか」
懐から紙を取り出す瞳。覗き込む要。
それは、手書きの地図だった。文字を覚えたばかりの小学生のような汚らしい文字で書かれているが、なんとか彼の地元であることが分かる程度にはちゃんとしたものだった。
「けどよ。この当たり、土地勘ないから全然分からないままでさ」
「あーなるほど」
「さらに言うなら、迷ったりしてまた目に火山灰が入ったりなんかしたら」
ぶるる、と身体を震わせる瞳。さっきまでのことを思い出して、ほんのり涙まででる始末である。
（まあ、暇してたし良いだろ）
要は外行きのジャケットを着込み、彼女に何度か頷いてみせた。
「まあ、俺もちょっと暇してたし。待ち合わせ場所で良いのかな？」
「すまねえ、恩に着るぜ。その、わかんなかったら地元の奴に聞けとしか言われなかったからよ」
「なんとまあ……」
瞳の言葉に、要は苦笑する。なんともアバウトな話だ。
（−−そういう奴、居るよなあ）
とはいえ、良くある話である。
趣味が同じで気の合う田中という友人がいるが「待たせるのも待つのも嫌いだからな！」なんてセリフを吐くほどのカッコつけの癖に、人を待たせるのが得意な奴だった。
オマケに、アバウトなことを言うのもけっこうな困り者である。
「そりゃ、大変だ。気持ちは分かるってやつだ」
「だろ？……てな訳で案内頼むぜ？」
「ああ、頼まれた」
にしし、白い歯を見せて笑う瞳に、彼はひらひらと手を振ることで答えたのだった。
−−
「そういや、センダイ」
「ん？どうしたの？」
「この辺ってなんか名物とかあったりするのか？」
「うーん。名物ねえ」
待ち合わせ場所に行く道すがら、瞳の質問に要は何度か首をひねる。
とはいえ、思いつくものと言ったら一つくらいしかなかった。
「観光とかだったら、やっぱり桜島かなあ」
「あ、あの火山か……。たしかに、すげえとは思うけど」
「馴れ馴れしすぎて偶に火山だって忘れるくらいだけどね」
「いや、爆発してんだろ。それも慣れってやつなのか？」
「いやまあ、うんいつものことだし」
隣で再びの爆発を見せる桜島を横目に見て、のんびりと歩く。
ときおり「ひぃ！？」と驚く瞳が何となく新鮮だった。
「−−お、あれじゃないのか？」
数分間、地図の通り歩けば、さして迷うこともなく目的地と思しき場所にたどり着く。
遠くから白い髪の美女が手を振っていた。
「ああ、そうそう。あいつだ」
「じゃ、ここで待ってるから」
「え、待つのか？」
「ああ、この当たりわかんないだろ？それに、暇だし」
「分かった。ホント恩に着るぜ」
美女の方に走っていく瞳を確認して、近場のガードレールに腰掛けて伸びを一つ。
なんとなく見上げた空は相変わらずの良い天気だった。
「−−ちょっと、待てよおい！？住む場所用意してないって聞いてないぞコラ！？」
「だから、ごめんって言ってるじゃない。しばらくは得意の催眠で軒を貸してもらって頂戴？」
「あのなあ、テメエ。って。おい、ちょっと待てよ！？」
（大変そうだなあ）
遠くから聞こえてくる口論の内容は少し遠くて聞き取ることが出来なかった。
とりあえず話が終わったらどこか案内しようか。そんなことを要は考えていた。
−−
「センダイ。待たせてすまねえな」
「おお、お帰り」
瞳が戻ってきたのは、数分後だった。
よっぽど叫んだのか頬が紅潮しており、それと相反するように黒い髪が不安げにユラユラと揺れていた。
「正直、酷い目にあったぜ」
「……大変そうだったな」
遠目で見ても、中々大変そうなのは伝わってきていた。
それなりの距離があったというのに彼女の叫び声が伝わるほどである。それを証明するかのごとく、彼女はぜえぜえと若干息を切らしていた。
「いや、これから酷い目に合うところかもしれねえな」
若干空ろになった蒼い目を見せつつ彼女は空ろに笑って見せた。中々に壮絶な光景である。
「どうしたんだ？」
「泊まる場所を斡旋してくれる手はずだったんだけどよ。相手が、完全に忘れてやがった。持ち合わせがないから一週間これだけねって。これを渡されたんだが……今日は、野宿かねえ」
「そりゃ、なんとまあ……」
ひらひらと千円札一枚を振ってみせる瞳に釣られて、空ろに笑う要。かつて１ヶ月１万円で暮らすバラエティがあったような気がするが中々に過酷だったはずだ。一週間千円ならば一ヶ月四千円。かなりのサバイバルである。
「つーわけで。この当たり、風雨凌げる洞窟とかねえか？」
「ど、洞窟って……」
「そういうの、慣れてるから大丈夫だ」
「いや、コクガンさんが慣れてても他の人が見たらびっくりするよ」
瞳のサバイバルな発言に、要は若干距離をとった。
魔物である瞳が本当に洞窟暮らしをしていたとは、夢にも思わないリアクションである。
「っても、泊まる場所ないしなあ」
「んー。とりあえず、うちに来る？」
「い、良いのかっ！？」
「いや、困ってる人は放っておくわけにもいかないし」
「すまねえな色々と。……手伝えることは何でもするからさ。しばらく置いてくれると助かる」
「はは、何か手伝ってもらいたくなったら頼むよ」
頭を下げる彼女にちょっと恥ずかしくなった要は誤魔化すようにぽりぽりと頭をかきながら。
「そういえば、この辺初めてだよね」
「ああ、そうだけど。どうしたんだ？」
「とりあえず泊まる場所も決まったわけだから、どっか見たいところでもある？」
そんな提案をしたのだった。
−−
「から揚げ屋？」
「うん、友人が帰り道に大体買うんだけど」
待ち合わせ場所からの、帰り道。行きと違う道を選んで歩くと地元の商店街に辿りつく。
地方だが、そこはやはり駅前の底力。それなりの活気はある。「この世界……じゃなくて。この国に来たばっかだし。全然この辺わからねえんだ。その、どっかお勧めあるか？」そう苦笑する瞳をつれてきたのは、商店街の一角にあるから揚げ屋だった。
「から揚げかあ、食ったことねえなあ。旨いのか？それ」
「俺はあんまり買わないんだけど、言ったとおり友人が買ってくな。前一回食わせてもらったけど、美味しかったよ？鳥を揚げた衣がサクッとしてて。生姜が良く効いててね」
「そりゃ、旨そうだな。……けど。アタシ金もってねえし」
「いいよ。百円だかそこらだし。俺買ってくるよ。久しぶりに食べたくなったからさ」
「お言葉に、甘えさせて貰うぜ……ありがとよ」
懐の中身を確認しつつ、から揚げ屋の店先に歩く要。その後ろでもじもじと瞳が前髪の下で赤面していた。
（うう、らしくねえなあアタシ。人に甘えるなんてなかったし……）
そんな瞳の思考も露知らず。目当てのものを購入した要は、くるりと彼女に振り返って見せた。
「買ってきた。６個入りだから、３個ずつで、な」
「おう、ありがとよ……あつつ」
買ってきたばかりのから揚げに、早速かぶりつく瞳。
それを確認してから、要も一口齧る。
さくっとした衣の下から出てくる地鶏の歯ごたえ。そして出来たてだからこそ溢れる熱々の肉汁に思わず笑顔がでる。これでご飯があれば完璧である。前を見れば、瞳が既に一つ平らげ、きらきらと満面の笑顔を作っていた。
「旨いな、これ」
「でしょ？」
「普段生の肉ばっか食ってたから新鮮な気分だぜ」
「……え？」
（生？生焼けってことだよな？）
思わず聞き返したくなるようなことを言いながらから揚げを食べる瞳に、思わず目を剥く。
洞窟で野宿発言と良い、中々のサバイバル生活を送っていたようだ。もしかしたらアジアとかアフリカとかの奥地から来たのかと若干身構える。
「ごっそさん。この埋め合わせはどっかでするからよ。ありがとな」
「どういたしまして」
「明日から何か、仕事とかないか探してみるからよ」
「仕事かあ、俺大学生だから、まだ働きはしないし。良く分からないんだけど」
仕事という言葉に、ううんと首をひねる。大学生である要はバイトした経験程度しかなかった。
しかも豚小屋のバイトである。かたい汚れを水で弾く仕事なのだが瞳がそういう作業をする姿が、中々浮かばなかった。
「その辺は、自分で探してみるさ。店賃食費は絶対払うから……それと」
「ん？」
「親御さんへの挨拶。しねえとな」
「親？あぁ……そっか、とりあえず説明いるよな」
「ああ。とにかくアタシが頭下げねえと。迷惑かけちまう」
覚悟を決めたといわんばかりの表情の瞳。その裏では（ええい！乗りかかった船！いざとなったら催眠も辞さん！）とやや下種なことを考えていた。
そんな彼女に、要はあっけらかんと。
「いやあ、意外と大丈夫だと思うよ？俺の親、細かいことは気にしないから」
そう、答えたのであった。
−−
「……良い親御さんだったな」
数時間後、見事に要の両親からの了承を得た瞳は、小さく呟いた。
（まさかホントに催眠要らずとは……）
タダでしばらく住まわせてくれという図々しいお願い。十中八九、どうにもならないと覚悟していただけに、中々の拍子抜けである。
「とりあえず、しばらく世話になるぜ。よろしくなセンダイ」
「ああ、よろしくな」
頭を下げる瞳に、釣られて頭を下げる要。
そんなタイミングでどーん！となる桜島の爆発の音。
「ひぃっ！？……こいつに慣れるのは、まだ先っぽいが……」
「まあ、慣れるのは大変だよな。俺は生まれた時から慣れてた気もするけど」
「色々覚悟したはずだったのに、なんていうか色々新鮮な気分だぜ……と、センダイ」
「ん？どうした？」
「店賃には足りねえだろうがちょっとしたお返しをしてやるよ」
きしし、と笑う彼女。その蒼い瞳が要を見据えていた。
（吸い込まれそうだ……）
まるで、蛇に睨まれた蛙だ。
冬の湖水を映したような美しい色に、思わず縫いとめられそうになりながら要は考える。
「アタシは、それなりに眼が良くてな。ここを通してちょっとした催眠をかけたり。あとは相手の健康状態とかが見えるんだ」
「……へえ」
ぎしり、と動かなくなった要の身体をくまなく見ながら、瞳は自慢げに笑った。
ゲイザーである彼女は実際には「ちょっとした」どころではない催眠がかけられるのだが要には知る由もない。
「うんうん。ちょいとばかし風邪の引きはじめだな。季節の変わり目だししょうがねえが」
「そんなの、分かるのか？」
「ほれ、肩の当たり。完全にこっちまってるだろ？肩こりって言うのは風邪の引き始めのサインなんだ。こうやって肺が強引に動こうとするから 肩の辺りの筋肉が疲れちまってこうなるんだ」
目線を外され、ようやく全身が動かせるようになった要を横目に、瞳はとんとんと彼の身体を確かめるように叩いた。
「こうやって原因さえ分かればどうとでもなる。まだひきはじめだしなっ！」
「げほっ！？」
胸の当たりを急につかれ、咳が出る。
思わず抗議の目で瞳を見ようとして、要は若干だるかった身体がスムーズに動くことを感じていた。
「大分身体が楽になっただろ？……まあ、ちょいと痛かったかもしれねえけど」
「い、いや。楽になったよ」
「そうか、良かったぜ」
（……なんかすごい感覚だったような）
笑う瞳に対して、思わず首をひねる要。
そんな彼を尻目に、割り当てられた部屋に歩いていく瞳。
「……お休み。今日はありがとよ」
「おう、おやすみ」
考え事にふける彼の頭に浮かんだのは、先ほどの、美しい蒼色だった。
−−
「良い人達だったな、ホント。センダイも−−親御さんたちも」
割り当てられた布団に横になりながら、瞳は一人呟く。
その姿は、元のゲイザーのものだった。
「この姿を見られたら、嫌われちまうよな。今日はなんとか誤魔化せたけど……」
窓辺を何となく見れば、外の方が暗いので自分の姿がよく見える。
蒼い一つ目、そして身体を覆う多数の触手。
自分の姿を醜いと思ったことはないけれど。この世界においては間違いなく『バケモノ』と呼ばれる存在。
「上手く、隠さねえと。ここからたたき出されたら−−泊まる場所、ねえもんな」
何度も、確かめながら人間の姿へと化けなおす。
寝ている間は無防備だ。意識せずとも、変身を続けられるように気合を入れる。
「……センダイ」
変身を終え、再び布団へともぐりこむ。
その左手は、ゆっくりと自らの恥部へと向けられていた。
「……んっ」
くちゅり、と粘つく感触が指に伝わり、思わず小さな声が漏れる。
ほんのわずかな時間の接触。それで充分なほどに彼女は要に惹かれていた。
あの、大きな手に触れられたら。
まして、ここを触られてしまったら。
そんな思考が泡のように浮かんで、消える。
「っ、あっ……」
（声、漏れちまう……っ）
蠢く左手を止めるべく右手で手首を掴むが、指先は止まらずに彼女の秘所を責める。
まるで別の生き物のように、彼女の弱点を的確につき、絶頂へと追い上げていく。
やがて、止めることを諦めた右手は、せめて声を漏らさぬようと口を塞ぐ事に専念していた。
「……っ！」
数分後、大きく弓なりにきしむ彼女の若竹のような裸身が、月夜に照らされていた。
16/05/09 00:18更新 / くらげ
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