「学園」が生まれた日 ― 二つの世界 ―
人を襲い喰らう「魔物」、そしてそれらを統べる「魔王」。
人の力では魔物を倒すことはできず、彼らに対抗することができるのは「主神」の加護を受けた「勇者」のみ。
「勇者」は聖なる力で悪しき「魔王」を倒し、世界は平和になった・・・。
諸兄はこの「子供だまし」の物語の実際は高位の存在である「主神」が、増えすぎた「人間」を効率よく刈り取るために「魔物」とそれらを統べる「魔王」を生み出したことは承知のことと思う。
人類が増えれば「魔物」がその数を減らし、逆に魔物が増えれば「勇者」によって滅せられる。
「勇者」が「魔王」を倒しても決して「平和」になることはない。
与えるつもりのない「希望」、それは例えるなら「高い木の上に実った果実」と言い換えることができる。
望む果実に手が届くことは無く、時折地面に落ちた果実を得るのがやっと。木を登っても、決して果実に手は届かず木から落ちて無残に落命するのがオチだ。
だが、この「主神」が作り出した「システム」に抗う者が現れた。
旧魔王時代ではエサである人間に似ていたために蔑まれていた「サキュバス」と、彼女を愛する主神の加護を受け魔物を滅する宿命を持った「勇者」。
主神による「システム」では結ばれるはずのない二人は、サキュバスが魔王の座についたことにより結ばれた。
そしてその影響を受けた「魔物」は「魔物娘」になり、人を愛するようになったのだ。
さて、ここに解かれていない「謎」が一つある。
現魔王、つまり「サキュバス」の来歴は依然として不明ということだ。旧魔王時代において魔物にとって人間は「食料」以外の何物でもなかった。それは比較的人間に近い存在であった「サキュバス」とて同じ。
現魔王即位にともなって「魔物」は人間と愛し合う「魔物娘」に変わったとしても、変化した彼らはあまりにも「人間的」過ぎる。
若い精神学者が数年前ある学説を発表した。
― 現魔王は元「人間」である。故に魔物娘は人間的な精神構造をしている ―
確かに旧魔王時代においても人間が魔物化することはある。何らかの形で人間の意識を持ったまま魔物化し、そのまま魔王として即位すれば全ての魔物を「人間的」に変えることができるだろう。
魔物と魔物娘の在り様の変化を考察した、非常に斬新な学説ではある。しかし、この学説は現在においては虫食いのような断章のみしか残っていない。
何故ならばこの学説を提唱していた学者はある日を境に謎の失踪を遂げ、彼の研究室は論文共々不審火により焼失してしまったのだ。堕落神の教会で彼を見かけたと証言する彼の友人はいたが、彼と彼の論文はこの世界から永遠に失われたのは事実である。
「ククク、儂を倒しに来た勇者と聞いていたが、まだまだ子供じゃのぅ・・・・」
暗闇から重々しい声が響く。その声は老婆のようでもあり、獣の咆哮にも似てまだ幼い彼を震え上がらせた。
逃げたい
だが逃げれば・・・
「黙れ!貴様が大人しく女神の聖水を渡すのなら命は助ける。だが拒むなら・・・・」
チャキッ!
内なる恐怖を御してまだあどけない少年がその手にした剣を構える。
「主神の名において、勇者である僕が滅する!!」
「言うたな小僧!!!」
暗闇から「ソレ」が立ち上がる。
「!」
それは「異形」だった。
捩れた山羊の角
蹄のついた足
蝙蝠のような翼
それよりも・・・・
「小僧、儂の勲章が気になるのか?」
そのバフォメットの全身に走る手術痕。高位の魔物である「バフォメット」を傷つけられるものはいない。
「真実の探求には犠牲が伴う。儂自身の身体も実験台の一つじゃよ」
手術痕を愛おしく撫でながらバフォメットが笑みを浮かべる。
「お前の弱点は知っているわ!」
ハイプリーストの少女が古めかしい革袋から何かを取り出そうとしていた。
「ほほぅ、水底の革袋か。お主たちを血祭りにあげた後にでもたっぷりと研究するかの」
― 水底の革袋 ―
海神の加護を受けた革袋で内部は海神の治める海と繋がっている。戦闘時にはセイレーンを召喚し、敵を眠らせることが可能。革袋から首だけ出すセイレーンはビジュアル的にかなりアレではあるが。
ノシ【オウムガイ】
頭足類に属する生き物であり、生きた化石との異名を持っている。
少女の手にあるそれを見た瞬間、そのバフォメットが飛び退く。
「なんじゃ!!!儂にそれを見せるな!近寄るな!!!!」
「海神の巫女が言う通り、やっぱりバフォメットのジルはオウムガイが弱点だったわ!」
オウムガイ「うぴ?」
少女が一歩一歩近づく。
「なんであんな生き物が存在するんじゃ!あの何も見ていない瞳!百本近くある触手!キモ過ぎるわ!!!!!」
「ホラホラ、早く女神の聖水を渡さないと・・・・」
オウムガイ「うぴうぴぴ!」 ウネネネ〜〜〜
「このオウムガイをアンタにピトってつけるわよ?」
「ヒィィィィィィィィィ!!!!!」
・・・・戦闘はあっけなく終了した。
「これが女神の聖水・・・」
勇者の手には愛の女神エロスを象ったガラスの瓶が握られていた。
「お主も馬鹿よのぉ。それを使ってもあの者を人間に戻すことなどできぬのにな!」
ジルが少女を見る。
「何がおかしい!」
「可笑しいさ!お主が例え魔王を倒してもサキュバスになりかかっているあの者を救えぬ!そして魔王を倒してもいずれはまた新たな魔王が現れる!!この戦いに終わりなんぞない!!」
「ふざけるな!」
ノシ【オウムガイ】
「ヒぃィィィ!!!じゃから儂にそれを見せるな!!!儂は解決法を知っているのじゃ!」
「解決法?」
「うぴ?」
少女がジルを見る。ついでにオウムガイも首(?)をかしげる。
「そうじゃ。なぁに単純な事じゃよ・・・・」
ジルがバフォメットらしい威厳を持った声が響く。
「お主が完全なサキュバスに転化して、魔王を倒した後人間としての意識を持ったまま新たな魔王に即位すれば・・・・この狂った道化芝居は崩壊する」
バフォメット、「ジル」が二人にそう告げた。
― ボローヴェ南端 「トラットリア セオナ」 ―
調査旅行に同行しているバフォメットの「ジル・バーンウッド」の勧めで南壮一、宮子の二人は「外地での市民生活調査」の名目で観光を楽しんでいた。
彼らの目の前にはランチというには豪勢なコース料理が並べてある。
その一つ一つの料理は味もさることながら、美しく飾られ一種の工芸品のような佇まいをしていた。無論、ただ見てくれがいいだけではない。しっかりとボリュームがあり、男性である壮一も食べ切れないほどだ。
〜 儂の古い友人が夫と一緒にやっているお勧めの料理店があるのじゃ。折角の旅行じゃ、多少楽しんでもバチはあたらないじゃろ? 〜
この「トラットリア セオナ」はベルゼブブの「ミスタル・ドール」とその夫である「パズ・ドール」が経営している料理店である。一日に引き受けるのは事前に予約してある客のみ、それも納得のいく食材が手に入った時とかなり敷居が高い。最も予算に応じたコースを設定してくれるので高級な店ではない。所謂、隠れ家的な名店である。
料理長である「パズ」は別名を「食で人々を救った男」と呼ばれている。
とある戦争があった。当然のことながら、勇者がいなければ押し寄せる魔物娘に抵抗することはできない。早々に戦争は終結した、のだが・・・・。
捕虜となった兵の主体は主神教に殉じるあまり「贅沢は死」という極端すぎる清貧思想に毒されていた。食事も水とパンのみだ。
骨が浮き出し、とてもじゃないが栄養状態は悪い。もはや信仰のみで生きているとしか思えない惨状。しかし、魔物娘が彼らに無理に食事を摂らせようとしても吐き出し、最悪の場合は舌を噛んで自決しようとする。
そんな彼らを救ったのが「パズ」だ。
彼は数種類の干し肉や燻製、野菜や果実をみじん切りにしてそれを水に漬け味と栄養を溶かし込んだ。そしてそれを栄養が失われないように丹念にろ過し、仕上げに岩塩を加えて沸かせた「水にそっくりな透明なスープ」を作り出した。
その「水のようなスープ」を口にした捕虜達はみるみる回復し、やがて正常な食生活を送ることができるようになった。
「チン堕ち」ならぬ「舌堕ち」である。
飽食と豊穣を司る「ベルゼブブ」であるミスタルの目利きによる食材選びと、この卓越したクッキングセンスを持つパズの手による料理、マズいはずがないのだ。
そう、「料理」は最高なのだ。
「南様、お食事は楽しまれましたか?」
ムキ!ムキ!
「異界からの来訪者をもてなすなんて光栄ですわ」
プリン!プリン!
「「はは・・・・・・」」
今、二人は混乱している。
なぜならば。
新宿二丁目辺りでモテそうな髭と短髪、ムキムキでウエストエプロンのみの「パズ」
汚れ一つない純白のエプロン「のみ」を身に着けた「ミスタル」
そう二人は「裸エプロン」だったのだ。首元の蝶ネクタイが彼らの紳士及び淑女度を更に高めている。
彼らの名誉のために述べさせていただくが、何もこの恰好は彼らの特殊性癖を満足させるためのものではない。
既にご承知と思うが、魔物娘と番いになった人間はその魔力により「インキュバス」へと変わる。当然のことながら「伴侶」の魔力による変化であるため、変化後の「インキュバス」は伴侶との交わりに特化したものとなる。
しかし承知願いたい。
「インキュバスの適正化」は魔物夫婦が共に深く愛し合うために起こることである。「魔物娘排斥派」が声高に叫ぶように「魔物による人間の尊厳を奪う行為」ではないのだ。
現にヴァンパイアと結婚した男性の身体はすこぶる健康体であり血液量も、そして回復力も常人を超える。またハンプティエッグと番いになった男性は「卵アレルギー」を、ホルスタウロスと夫婦になった男性は「ミルクアレルギー」を、それぞれ克服することができた。
もっとも、心因性の「たこ嫌い」や「爬虫類嫌い」、「蜘蛛恐怖症」などを克服できるかは・・・・、伴侶の「愛の深さ」によるだろうが。
当然のことながらパズが調理の際に半裸になるのにも理由がある。
刀工が炎の色で温度を知るように、達人が湯気の温度で食材の茹で加減を見る様に、「インキュバス」として「適正化」した彼の身体は舌や目や指先のみならず全身が調理に適した身体となっていた。衣服など彼にとっては調理に邪魔な拘束服に他ならない。
愛する伴侶であるベルゼブブの「ミスタル」。彼女を満足させたい、もっと満たしたい、その思いが彼を「適正化」させたのだ。そして、そのミスタルがなぜ「裸エプロン」なのかというと、パズの料理をより「最適」な温度、湿度で提供するためだ。人間である宮子や壮一ではわからないが、彼女は全身に魔力を這わせ熱いものは熱く、冷たいものは冷たく料理ごとに完璧な温度をキープして給仕している。繊細な魔力操作に衣服は僅かな誤差を生み出す可能性がある。彼女の「裸エプロン」には意味があるのだ。
愛するパズの料理を多くの人に「最高の状態」で提供すること。それが彼女がこの店を開店した理由だ。
何も露出しながら料理するド変態料理人夫婦ではない!はずだ・・・・。
「ではそろそろ・・・・」
二人が席を立つ。
「ジル様のお客から金はとれないからな。そうそうこれを」
パズが丁寧に包装された紙袋を二人に渡す。
「虜の実とホルスタウロスクリームのフルーツサンドさ。異界じゃ、虜の実なんてものはないだろ?」
そういうとパズは笑顔を見せる。あらイケメン。・・・・裸エプロンであることを除けば、だが。
「何から何まですみません」
壮一が頭を下げる。その時、宮子がカウンターの端に置いてある花瓶に気が付いた。
「あの、それを見せてもらえませんか?」
「ああこれですか?これは元錬金術師のドワーフが作った花瓶で・・・」
「いえ、その花を見せてもらえませんか?」
「セオナの花ですか?」
― セオナの花 ―
通常「魔界化」するとその土地では人間世界の植物は育たない。しかし、明緑魔界では魔界産の植物と同時に人間界の植物も育つ。このセオナの花は、他の魔界産植物のような特殊性は皆無ではあるが、その透き通った青色は人魔問わず人気が高い。
宮子はミスタルから花瓶を受け取ると、バックから使い込んだ銀のケースを取り出しルーペ、メス、組み立て式の簡易顕微鏡を並べていく。
「すみません。パズさん」
「宮子さんも学者で?」
「ええ。ウチのは植物学が専門でして・・」
「植物学が専門ですか。ならボロ―ヴェの英雄にはもう会われたのですか?」
「あいにくとスケジュールが合わなくて」
「同じ学士同士、話が合うと思いますよ。彼女なら月一でこの店に来てくれますから」
「そうなんですか!今度、またコチラに来ることがあればお会いしたいですね」
「その時は腕を振るって最高のおもてなしを準備しておきますね」
爽やかに笑うパズ。ガチムチ裸エプロンじゃなければ絵になっただろう。
「見て!壮一!!」
「え?!宮子いきなり・・・」
宮子が壮一を引っ張ると顕微鏡のレンズに顔を押し付ける。
「?」
「見てわからないの!これは大発見よ!!!」
「ちょっ、意味が分からないよ」
「こ・れ・はバラの近似種よ!正確なDNA検出や交配可能かは日本に戻ってからだけど、これは間違いなく青い薔薇に違いないわ!」
「本当かい?宮子」
完全な青い薔薇は彼らの住む門の向こう世界において存在しない。故にこの発見は宮子のみならず壮一も興奮させた。
「「パズさん!この花を見つけた場所を教えてください!!」」
「確かここよね。そのセオナの花を見つけたって場所は?」
「うん。パズさんが言うにはソースに使うサワガ二を取りに行った時に見つけたって」
二人はボロ―ヴェの端に広がる森を歩いていた。当然パズ夫妻は彼らの案内を買って出たが・・・。
パズ 「裸トレンチコート」
ミスタル 「裸レインコート」
と、紳士・淑女を極めた格好で案内するというため丁重にお断りすることになった。無論、彼らとて無策で来たわけではない。
二人の手に輝く一対の指輪。宝石や凝った意匠が施されているわけではないが、その価値はそれらに匹敵する。
― インシグニア ―
「紋章」という意味であり、この指輪にはジルの魔力が込められている。そのため知性ある魔物娘なら彼ら二人を「ジルの眷属」であると判断し、例え性的に飢えたヘルハウンドでもおいそれと彼らに手を出すことは出来ない。
また、「宮子対策」として簡単な障壁を展開することができるように作りかえられているので、いつぞやのように知性を持たない低級魔物であっても対抗が可能となっている。
「宮子!あれ見て!!」
壮一が指し示す一角。そこには薔薇のような棘を持たないセオナの花が咲いていた。
「あんなに沢山!早くコンテナに入れましょ!!」
宮子は喜び勇んで採取の準備に入る。その時だった。宮子はふいに沢の畔に何かが浮かんでいるのが見えた。それは・・・・。
「どうしたんだい宮子」
「人が!!!」
宮子は手にしていたコンテナを壮一に放り投げると、その人物の所に駆け寄った。
年齢は十代後半くらい。身に着けた衣服は「外地」において上等なもので、それなりの立場にある人間であることは推察できる。
「身体が冷たい・・・ちょっとごめんね!」
宮子はベルトからスパイダルコのナイフを抜き、ワンステップでセレーションブレード(波刃)を振り出して彼女の服を切り裂き、開けられた胸に直に耳を当てた。呼吸と心音は弱いながらもある。
外地に緊急電話なんてものはない。人の命がかかわっている以上、宮子は躊躇わずに心肺蘇生法を施した。
「溺水」と聞けば、まずは水を吐かせるのが先決であると思うだろうが、それは非常に危険な行為といえる。というのは吐いたものが気道を逆流すると、気道閉塞を起こし窒息する危険性があるからだ。それに肺に入った水は吸収されてしまう。それよりも溺水者に必要なのは「心臓マッサージ」と「人工呼吸」だ。
「ハッ!ハッ!ハッ!」
宮子は汗だくになりながら、彼女の乳首と乳首を結ぶ線の真ん中に片方の手のひらの付け根を当て、その上からもう片方の手のひらを重ね体重をかけ胸が5センチ程度沈む強さで押した後、人工呼吸を施す。そして人工呼吸を2回やったら、再び心臓マッサージに戻る。
彼女がそれを数回繰り返した時だ。
「ウェッゲッボァゲッボァァ!!!!!!」
勢いよく彼女が水を吐いた。宮子はすぐに少女の顔を横に向けて口を開かせて、吐いたものを指でかき出し拭いてから心肺蘇生法を継続する。
「もう大丈夫だよ宮子」
「壮一・・・・」
「これからは医者の領分さ」
「ありがとう」
壮一は宮子の献身により少女が命の危険から脱したのを確認すると、簡単な担架を作り少女を横たえ近隣の村へと少女を搬送した。
― 門の向こう 日本 ―
「あーあ、退屈だなぁ・・・・」
一人の少女が夕闇迫る通学路を歩いていた。1年前まで彼女は幼馴染の「彰」と一緒に帰っていた。しかし、彰のお父さんが「テレビ」に出るようになって、一緒に歩いて帰ることができなくなってしまったのだ。それは彰の父が総理大臣であるためなのだが、まだ幼い少女にはそれを理解することはできなかった。
「ねぇねぇ、若葉!聞いてる?」
不意に一人の少女が声をかけた。
〜 あれ?私一人だったよね? 〜
微かな違和感。しかし、その違和感も彼女を挟むように現れた少女の声にかき消されてしまう。
「そうだよ響!この先にあるソフトクリーム屋さんが開店サービスをしているんだから!!」
「「一緒に行こうよ!!」」
鏡像のようにそっくりな、自分と同じランドセルを背負った二人の少女に手を引かれながら少女「若葉響」は一緒になって人気のない道を歩き始めた。
彼女達が言う通り、人通りが全くない一角、確かにソフトクリームの出店が開いていた。
「あらあら〜〜可愛いお客さんですね〜〜」
ドアを開いて出てきた店員は羊の角を頭から生やし、全身をもこもことした毛皮に覆われていた。羊コスプレの店員を前にいつもの響なら逃げ出すか、防犯ベルを鳴らすところだが不思議と彼女はそのような気持ちにならなかった。
「あら〜?私の毛皮が珍しいのかしら〜〜」
「え?!いや、そんな・・・・」
「遠慮しなくていいわ〜〜触ってもいいし、抱きしめてもいいわよ〜〜きっと気持ち良くてすぐやみつきになっちゃうわ〜〜〜」
若葉の返答を待たずして、店員は彼女を抱きしめる。
「・・・・だって私は本物のワーシープだからね」
若葉は答えない。なぜなら魔物娘の「ワーシープ」に抱きしめられてその魔力により深い眠りに落ちてしまっていたのだから。
少女たちは完全に若葉が寝ていることを確認すると、手元からスマートフォンを取り出す。
「こちらソワレちゃん。対象は確保したから、手筈通りに準備してねドクター」
既に二人は青い肌をした人に非ざる、過激派に属する魔物娘「デビル」としての正体を現していた。
予め何処かに待機させていたのだろう、程なく二人の前に2トントラック程度の大きさの小型レントゲン車が止まる。
ガチャッ!
重々しい音と共に運転席から20代後半と思われる男性が降りてきた。
「二人とも待たせたね。手筈通りに彼女を撮影台に乗せてくれ。レントゲンの操作は僕がするから」
「「はーい!」」
ソワレとマチネは若葉を抱えると、レントゲン車後部撮影台に消えた。
「あの子たち誰だったんだろ・・・・」
若葉はそう静かに呟いた。
彼女の傍らに「少女」達はおらず、若葉の目の前にはいつもの変わらない通学路が広がっていた。
その小さな手に溶けかかったソフトクリームを持って・・・・。
人の力では魔物を倒すことはできず、彼らに対抗することができるのは「主神」の加護を受けた「勇者」のみ。
「勇者」は聖なる力で悪しき「魔王」を倒し、世界は平和になった・・・。
諸兄はこの「子供だまし」の物語の実際は高位の存在である「主神」が、増えすぎた「人間」を効率よく刈り取るために「魔物」とそれらを統べる「魔王」を生み出したことは承知のことと思う。
人類が増えれば「魔物」がその数を減らし、逆に魔物が増えれば「勇者」によって滅せられる。
「勇者」が「魔王」を倒しても決して「平和」になることはない。
与えるつもりのない「希望」、それは例えるなら「高い木の上に実った果実」と言い換えることができる。
望む果実に手が届くことは無く、時折地面に落ちた果実を得るのがやっと。木を登っても、決して果実に手は届かず木から落ちて無残に落命するのがオチだ。
だが、この「主神」が作り出した「システム」に抗う者が現れた。
旧魔王時代ではエサである人間に似ていたために蔑まれていた「サキュバス」と、彼女を愛する主神の加護を受け魔物を滅する宿命を持った「勇者」。
主神による「システム」では結ばれるはずのない二人は、サキュバスが魔王の座についたことにより結ばれた。
そしてその影響を受けた「魔物」は「魔物娘」になり、人を愛するようになったのだ。
さて、ここに解かれていない「謎」が一つある。
現魔王、つまり「サキュバス」の来歴は依然として不明ということだ。旧魔王時代において魔物にとって人間は「食料」以外の何物でもなかった。それは比較的人間に近い存在であった「サキュバス」とて同じ。
現魔王即位にともなって「魔物」は人間と愛し合う「魔物娘」に変わったとしても、変化した彼らはあまりにも「人間的」過ぎる。
若い精神学者が数年前ある学説を発表した。
― 現魔王は元「人間」である。故に魔物娘は人間的な精神構造をしている ―
確かに旧魔王時代においても人間が魔物化することはある。何らかの形で人間の意識を持ったまま魔物化し、そのまま魔王として即位すれば全ての魔物を「人間的」に変えることができるだろう。
魔物と魔物娘の在り様の変化を考察した、非常に斬新な学説ではある。しかし、この学説は現在においては虫食いのような断章のみしか残っていない。
何故ならばこの学説を提唱していた学者はある日を境に謎の失踪を遂げ、彼の研究室は論文共々不審火により焼失してしまったのだ。堕落神の教会で彼を見かけたと証言する彼の友人はいたが、彼と彼の論文はこの世界から永遠に失われたのは事実である。
「ククク、儂を倒しに来た勇者と聞いていたが、まだまだ子供じゃのぅ・・・・」
暗闇から重々しい声が響く。その声は老婆のようでもあり、獣の咆哮にも似てまだ幼い彼を震え上がらせた。
逃げたい
だが逃げれば・・・
「黙れ!貴様が大人しく女神の聖水を渡すのなら命は助ける。だが拒むなら・・・・」
チャキッ!
内なる恐怖を御してまだあどけない少年がその手にした剣を構える。
「主神の名において、勇者である僕が滅する!!」
「言うたな小僧!!!」
暗闇から「ソレ」が立ち上がる。
「!」
それは「異形」だった。
捩れた山羊の角
蹄のついた足
蝙蝠のような翼
それよりも・・・・
「小僧、儂の勲章が気になるのか?」
そのバフォメットの全身に走る手術痕。高位の魔物である「バフォメット」を傷つけられるものはいない。
「真実の探求には犠牲が伴う。儂自身の身体も実験台の一つじゃよ」
手術痕を愛おしく撫でながらバフォメットが笑みを浮かべる。
「お前の弱点は知っているわ!」
ハイプリーストの少女が古めかしい革袋から何かを取り出そうとしていた。
「ほほぅ、水底の革袋か。お主たちを血祭りにあげた後にでもたっぷりと研究するかの」
― 水底の革袋 ―
海神の加護を受けた革袋で内部は海神の治める海と繋がっている。戦闘時にはセイレーンを召喚し、敵を眠らせることが可能。革袋から首だけ出すセイレーンはビジュアル的にかなりアレではあるが。
ノシ【オウムガイ】
頭足類に属する生き物であり、生きた化石との異名を持っている。
少女の手にあるそれを見た瞬間、そのバフォメットが飛び退く。
「なんじゃ!!!儂にそれを見せるな!近寄るな!!!!」
「海神の巫女が言う通り、やっぱりバフォメットのジルはオウムガイが弱点だったわ!」
オウムガイ「うぴ?」
少女が一歩一歩近づく。
「なんであんな生き物が存在するんじゃ!あの何も見ていない瞳!百本近くある触手!キモ過ぎるわ!!!!!」
「ホラホラ、早く女神の聖水を渡さないと・・・・」
オウムガイ「うぴうぴぴ!」 ウネネネ〜〜〜
「このオウムガイをアンタにピトってつけるわよ?」
「ヒィィィィィィィィィ!!!!!」
・・・・戦闘はあっけなく終了した。
「これが女神の聖水・・・」
勇者の手には愛の女神エロスを象ったガラスの瓶が握られていた。
「お主も馬鹿よのぉ。それを使ってもあの者を人間に戻すことなどできぬのにな!」
ジルが少女を見る。
「何がおかしい!」
「可笑しいさ!お主が例え魔王を倒してもサキュバスになりかかっているあの者を救えぬ!そして魔王を倒してもいずれはまた新たな魔王が現れる!!この戦いに終わりなんぞない!!」
「ふざけるな!」
ノシ【オウムガイ】
「ヒぃィィィ!!!じゃから儂にそれを見せるな!!!儂は解決法を知っているのじゃ!」
「解決法?」
「うぴ?」
少女がジルを見る。ついでにオウムガイも首(?)をかしげる。
「そうじゃ。なぁに単純な事じゃよ・・・・」
ジルがバフォメットらしい威厳を持った声が響く。
「お主が完全なサキュバスに転化して、魔王を倒した後人間としての意識を持ったまま新たな魔王に即位すれば・・・・この狂った道化芝居は崩壊する」
バフォメット、「ジル」が二人にそう告げた。
― ボローヴェ南端 「トラットリア セオナ」 ―
調査旅行に同行しているバフォメットの「ジル・バーンウッド」の勧めで南壮一、宮子の二人は「外地での市民生活調査」の名目で観光を楽しんでいた。
彼らの目の前にはランチというには豪勢なコース料理が並べてある。
その一つ一つの料理は味もさることながら、美しく飾られ一種の工芸品のような佇まいをしていた。無論、ただ見てくれがいいだけではない。しっかりとボリュームがあり、男性である壮一も食べ切れないほどだ。
〜 儂の古い友人が夫と一緒にやっているお勧めの料理店があるのじゃ。折角の旅行じゃ、多少楽しんでもバチはあたらないじゃろ? 〜
この「トラットリア セオナ」はベルゼブブの「ミスタル・ドール」とその夫である「パズ・ドール」が経営している料理店である。一日に引き受けるのは事前に予約してある客のみ、それも納得のいく食材が手に入った時とかなり敷居が高い。最も予算に応じたコースを設定してくれるので高級な店ではない。所謂、隠れ家的な名店である。
料理長である「パズ」は別名を「食で人々を救った男」と呼ばれている。
とある戦争があった。当然のことながら、勇者がいなければ押し寄せる魔物娘に抵抗することはできない。早々に戦争は終結した、のだが・・・・。
捕虜となった兵の主体は主神教に殉じるあまり「贅沢は死」という極端すぎる清貧思想に毒されていた。食事も水とパンのみだ。
骨が浮き出し、とてもじゃないが栄養状態は悪い。もはや信仰のみで生きているとしか思えない惨状。しかし、魔物娘が彼らに無理に食事を摂らせようとしても吐き出し、最悪の場合は舌を噛んで自決しようとする。
そんな彼らを救ったのが「パズ」だ。
彼は数種類の干し肉や燻製、野菜や果実をみじん切りにしてそれを水に漬け味と栄養を溶かし込んだ。そしてそれを栄養が失われないように丹念にろ過し、仕上げに岩塩を加えて沸かせた「水にそっくりな透明なスープ」を作り出した。
その「水のようなスープ」を口にした捕虜達はみるみる回復し、やがて正常な食生活を送ることができるようになった。
「チン堕ち」ならぬ「舌堕ち」である。
飽食と豊穣を司る「ベルゼブブ」であるミスタルの目利きによる食材選びと、この卓越したクッキングセンスを持つパズの手による料理、マズいはずがないのだ。
そう、「料理」は最高なのだ。
「南様、お食事は楽しまれましたか?」
ムキ!ムキ!
「異界からの来訪者をもてなすなんて光栄ですわ」
プリン!プリン!
「「はは・・・・・・」」
今、二人は混乱している。
なぜならば。
新宿二丁目辺りでモテそうな髭と短髪、ムキムキでウエストエプロンのみの「パズ」
汚れ一つない純白のエプロン「のみ」を身に着けた「ミスタル」
そう二人は「裸エプロン」だったのだ。首元の蝶ネクタイが彼らの紳士及び淑女度を更に高めている。
彼らの名誉のために述べさせていただくが、何もこの恰好は彼らの特殊性癖を満足させるためのものではない。
既にご承知と思うが、魔物娘と番いになった人間はその魔力により「インキュバス」へと変わる。当然のことながら「伴侶」の魔力による変化であるため、変化後の「インキュバス」は伴侶との交わりに特化したものとなる。
しかし承知願いたい。
「インキュバスの適正化」は魔物夫婦が共に深く愛し合うために起こることである。「魔物娘排斥派」が声高に叫ぶように「魔物による人間の尊厳を奪う行為」ではないのだ。
現にヴァンパイアと結婚した男性の身体はすこぶる健康体であり血液量も、そして回復力も常人を超える。またハンプティエッグと番いになった男性は「卵アレルギー」を、ホルスタウロスと夫婦になった男性は「ミルクアレルギー」を、それぞれ克服することができた。
もっとも、心因性の「たこ嫌い」や「爬虫類嫌い」、「蜘蛛恐怖症」などを克服できるかは・・・・、伴侶の「愛の深さ」によるだろうが。
当然のことながらパズが調理の際に半裸になるのにも理由がある。
刀工が炎の色で温度を知るように、達人が湯気の温度で食材の茹で加減を見る様に、「インキュバス」として「適正化」した彼の身体は舌や目や指先のみならず全身が調理に適した身体となっていた。衣服など彼にとっては調理に邪魔な拘束服に他ならない。
愛する伴侶であるベルゼブブの「ミスタル」。彼女を満足させたい、もっと満たしたい、その思いが彼を「適正化」させたのだ。そして、そのミスタルがなぜ「裸エプロン」なのかというと、パズの料理をより「最適」な温度、湿度で提供するためだ。人間である宮子や壮一ではわからないが、彼女は全身に魔力を這わせ熱いものは熱く、冷たいものは冷たく料理ごとに完璧な温度をキープして給仕している。繊細な魔力操作に衣服は僅かな誤差を生み出す可能性がある。彼女の「裸エプロン」には意味があるのだ。
愛するパズの料理を多くの人に「最高の状態」で提供すること。それが彼女がこの店を開店した理由だ。
何も露出しながら料理するド変態料理人夫婦ではない!はずだ・・・・。
「ではそろそろ・・・・」
二人が席を立つ。
「ジル様のお客から金はとれないからな。そうそうこれを」
パズが丁寧に包装された紙袋を二人に渡す。
「虜の実とホルスタウロスクリームのフルーツサンドさ。異界じゃ、虜の実なんてものはないだろ?」
そういうとパズは笑顔を見せる。あらイケメン。・・・・裸エプロンであることを除けば、だが。
「何から何まですみません」
壮一が頭を下げる。その時、宮子がカウンターの端に置いてある花瓶に気が付いた。
「あの、それを見せてもらえませんか?」
「ああこれですか?これは元錬金術師のドワーフが作った花瓶で・・・」
「いえ、その花を見せてもらえませんか?」
「セオナの花ですか?」
― セオナの花 ―
通常「魔界化」するとその土地では人間世界の植物は育たない。しかし、明緑魔界では魔界産の植物と同時に人間界の植物も育つ。このセオナの花は、他の魔界産植物のような特殊性は皆無ではあるが、その透き通った青色は人魔問わず人気が高い。
宮子はミスタルから花瓶を受け取ると、バックから使い込んだ銀のケースを取り出しルーペ、メス、組み立て式の簡易顕微鏡を並べていく。
「すみません。パズさん」
「宮子さんも学者で?」
「ええ。ウチのは植物学が専門でして・・」
「植物学が専門ですか。ならボロ―ヴェの英雄にはもう会われたのですか?」
「あいにくとスケジュールが合わなくて」
「同じ学士同士、話が合うと思いますよ。彼女なら月一でこの店に来てくれますから」
「そうなんですか!今度、またコチラに来ることがあればお会いしたいですね」
「その時は腕を振るって最高のおもてなしを準備しておきますね」
爽やかに笑うパズ。ガチムチ裸エプロンじゃなければ絵になっただろう。
「見て!壮一!!」
「え?!宮子いきなり・・・」
宮子が壮一を引っ張ると顕微鏡のレンズに顔を押し付ける。
「?」
「見てわからないの!これは大発見よ!!!」
「ちょっ、意味が分からないよ」
「こ・れ・はバラの近似種よ!正確なDNA検出や交配可能かは日本に戻ってからだけど、これは間違いなく青い薔薇に違いないわ!」
「本当かい?宮子」
完全な青い薔薇は彼らの住む門の向こう世界において存在しない。故にこの発見は宮子のみならず壮一も興奮させた。
「「パズさん!この花を見つけた場所を教えてください!!」」
「確かここよね。そのセオナの花を見つけたって場所は?」
「うん。パズさんが言うにはソースに使うサワガ二を取りに行った時に見つけたって」
二人はボロ―ヴェの端に広がる森を歩いていた。当然パズ夫妻は彼らの案内を買って出たが・・・。
パズ 「裸トレンチコート」
ミスタル 「裸レインコート」
と、紳士・淑女を極めた格好で案内するというため丁重にお断りすることになった。無論、彼らとて無策で来たわけではない。
二人の手に輝く一対の指輪。宝石や凝った意匠が施されているわけではないが、その価値はそれらに匹敵する。
― インシグニア ―
「紋章」という意味であり、この指輪にはジルの魔力が込められている。そのため知性ある魔物娘なら彼ら二人を「ジルの眷属」であると判断し、例え性的に飢えたヘルハウンドでもおいそれと彼らに手を出すことは出来ない。
また、「宮子対策」として簡単な障壁を展開することができるように作りかえられているので、いつぞやのように知性を持たない低級魔物であっても対抗が可能となっている。
「宮子!あれ見て!!」
壮一が指し示す一角。そこには薔薇のような棘を持たないセオナの花が咲いていた。
「あんなに沢山!早くコンテナに入れましょ!!」
宮子は喜び勇んで採取の準備に入る。その時だった。宮子はふいに沢の畔に何かが浮かんでいるのが見えた。それは・・・・。
「どうしたんだい宮子」
「人が!!!」
宮子は手にしていたコンテナを壮一に放り投げると、その人物の所に駆け寄った。
年齢は十代後半くらい。身に着けた衣服は「外地」において上等なもので、それなりの立場にある人間であることは推察できる。
「身体が冷たい・・・ちょっとごめんね!」
宮子はベルトからスパイダルコのナイフを抜き、ワンステップでセレーションブレード(波刃)を振り出して彼女の服を切り裂き、開けられた胸に直に耳を当てた。呼吸と心音は弱いながらもある。
外地に緊急電話なんてものはない。人の命がかかわっている以上、宮子は躊躇わずに心肺蘇生法を施した。
「溺水」と聞けば、まずは水を吐かせるのが先決であると思うだろうが、それは非常に危険な行為といえる。というのは吐いたものが気道を逆流すると、気道閉塞を起こし窒息する危険性があるからだ。それに肺に入った水は吸収されてしまう。それよりも溺水者に必要なのは「心臓マッサージ」と「人工呼吸」だ。
「ハッ!ハッ!ハッ!」
宮子は汗だくになりながら、彼女の乳首と乳首を結ぶ線の真ん中に片方の手のひらの付け根を当て、その上からもう片方の手のひらを重ね体重をかけ胸が5センチ程度沈む強さで押した後、人工呼吸を施す。そして人工呼吸を2回やったら、再び心臓マッサージに戻る。
彼女がそれを数回繰り返した時だ。
「ウェッゲッボァゲッボァァ!!!!!!」
勢いよく彼女が水を吐いた。宮子はすぐに少女の顔を横に向けて口を開かせて、吐いたものを指でかき出し拭いてから心肺蘇生法を継続する。
「もう大丈夫だよ宮子」
「壮一・・・・」
「これからは医者の領分さ」
「ありがとう」
壮一は宮子の献身により少女が命の危険から脱したのを確認すると、簡単な担架を作り少女を横たえ近隣の村へと少女を搬送した。
― 門の向こう 日本 ―
「あーあ、退屈だなぁ・・・・」
一人の少女が夕闇迫る通学路を歩いていた。1年前まで彼女は幼馴染の「彰」と一緒に帰っていた。しかし、彰のお父さんが「テレビ」に出るようになって、一緒に歩いて帰ることができなくなってしまったのだ。それは彰の父が総理大臣であるためなのだが、まだ幼い少女にはそれを理解することはできなかった。
「ねぇねぇ、若葉!聞いてる?」
不意に一人の少女が声をかけた。
〜 あれ?私一人だったよね? 〜
微かな違和感。しかし、その違和感も彼女を挟むように現れた少女の声にかき消されてしまう。
「そうだよ響!この先にあるソフトクリーム屋さんが開店サービスをしているんだから!!」
「「一緒に行こうよ!!」」
鏡像のようにそっくりな、自分と同じランドセルを背負った二人の少女に手を引かれながら少女「若葉響」は一緒になって人気のない道を歩き始めた。
彼女達が言う通り、人通りが全くない一角、確かにソフトクリームの出店が開いていた。
「あらあら〜〜可愛いお客さんですね〜〜」
ドアを開いて出てきた店員は羊の角を頭から生やし、全身をもこもことした毛皮に覆われていた。羊コスプレの店員を前にいつもの響なら逃げ出すか、防犯ベルを鳴らすところだが不思議と彼女はそのような気持ちにならなかった。
「あら〜?私の毛皮が珍しいのかしら〜〜」
「え?!いや、そんな・・・・」
「遠慮しなくていいわ〜〜触ってもいいし、抱きしめてもいいわよ〜〜きっと気持ち良くてすぐやみつきになっちゃうわ〜〜〜」
若葉の返答を待たずして、店員は彼女を抱きしめる。
「・・・・だって私は本物のワーシープだからね」
若葉は答えない。なぜなら魔物娘の「ワーシープ」に抱きしめられてその魔力により深い眠りに落ちてしまっていたのだから。
少女たちは完全に若葉が寝ていることを確認すると、手元からスマートフォンを取り出す。
「こちらソワレちゃん。対象は確保したから、手筈通りに準備してねドクター」
既に二人は青い肌をした人に非ざる、過激派に属する魔物娘「デビル」としての正体を現していた。
予め何処かに待機させていたのだろう、程なく二人の前に2トントラック程度の大きさの小型レントゲン車が止まる。
ガチャッ!
重々しい音と共に運転席から20代後半と思われる男性が降りてきた。
「二人とも待たせたね。手筈通りに彼女を撮影台に乗せてくれ。レントゲンの操作は僕がするから」
「「はーい!」」
ソワレとマチネは若葉を抱えると、レントゲン車後部撮影台に消えた。
「あの子たち誰だったんだろ・・・・」
若葉はそう静かに呟いた。
彼女の傍らに「少女」達はおらず、若葉の目の前にはいつもの変わらない通学路が広がっていた。
その小さな手に溶けかかったソフトクリームを持って・・・・。
19/08/28 21:53更新 / 法螺男
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