Wake Up Girls! ― 決闘 ―
― ドラゴニア闘技場 ―
かつてのドラゲイ帝国時代、兵の軍事教練の一種として行われた騎竜同士の戦い。その舞台となった場所がこの闘技場だ。
竜と人間が手を取り合うようになった現在のドラゴニアにおいても、エンターテイメントの一つとして闘技場は残されていた。
もっとも、かつてのように竜や人がお互いを傷つけあうことなどはないが。
「・・・・どうしてこうなってしまったの?」
ホルスタウロスの女性「若葉 響」が傍らに座る伴侶である「斎藤 彰」に話しかける。
彼らの視線の先には二人のワイバーン。
競竜で名を馳せた名選手であり、かつてドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊を率いていた「英雄」、クーラ・アイエクセル。
そして
クーラ率いるドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊の一員にして彼女の妹分であり、夫のセシルを背に乗せコンビネーションを最大限生かした狙撃を行う「浮き砲台」と呼ばれたアーシア・エルデ。
部下であり
友人であり
背中を任せられる相棒であった二人
彼女達は運命の女神の数奇な導きによりこの闘技場に立っていた。
お互い譲れない想いを抱き、立場を超えた対等な「決闘」を行うために。
話はあのパーティの夜に遡る。
「・・・・・二人とも竜騎士団の掟は知っているわよね?」
竜騎士団を女王デオノーラより預かるアルトイーリスが二人に問う。
先程までの笑顔を見せていた彼女とは違う、竜騎士団長たるアルトイーリスの真剣な表情。
そして件の二人も既に「覚悟」を決めていた。
「掟って・・・・・?」
「若葉さん、私達竜騎士団はこのドラゴニアを守る軍隊でもある。軍隊というのは絶対的な統制と隊員同士の信頼がなければならない。弾は何も前から飛んでくるとは限らないのよ?」
アルトイーリスが若葉を見る。
「だからこそ、隊員間で揉め事が起こったら決闘で解決するのが習わしであり、・・・・絶対の掟よ」
「そんな・・・・!」
若葉達は飛行船フライング・プッシー・ドラゴン号からクーラを逃がした際に、アーシアや特殊工兵隊の隊員たちがどれだけクーラを大切に思っていたかを知った。だからこそ、その二人が「決闘」という結論を出したことに若葉は納得がいかなかった。
「クーラさん!アーシアさん!!どうして・・・どうしてそんな事を言うんですか!!。あんなにも・・・あんなにも大切に思っていたのに!!!」
「若葉・・・・わかってくれ。これは・・・アタシがアタシである以上、必要な事なんだ・・・・」
クーラが若葉を抱きしめる。微かにクーラは震えていた・・・・。
「アーシアさんも!!なんで・・・なんで!!!!」
「・・・・・私たちは掟に従い籠りの間に行く。若葉さんごめんね・・・」
「アルトイーリスさん、その・・・籠りの間というのは?」
「それはね彰さん。決闘に臨む隊員は伴侶がいるいないに関わらず、決闘の日まで籠りの間と呼ばれる独房で過ごすことになっているのよ。同じ条件で戦えるようにね」
魔物娘は伴侶を得るとその能力が底上げされる。故に伴侶がいるいないではその戦闘力も大きく変わる。その事実は若葉は痛いほどわかっていた。
二人は踵を返すとゆっくりと扉へと向かう。
止めなきゃ、そう思った瞬間若葉は動いていた。
「よすんだ若葉!!!」
彰が若葉を押しとどめる。
「彰くん放して!」
「・・・・落ち着くんだ若葉」
「二人の決意を汚すなら例え若葉さんでも容赦はしない・・・・」
見るとアルトイーリスが腰に佩用していた魔界銀製の大剣に手をかけていた。
「こんなの・・・!こんなの絶対おかしいよ!!!」
・・・決闘は両者の話し合いによりパーティーの翌日に決まった。
「どうしてこうなった・・・・・」
彰が一人、闘技場で頭を抱える。
「竜騎士団のアイドル!ドラちゃんだよぉ!!!」
フライング・プッシー・ドラゴン号でリサイタルを開いていた特殊工兵隊隊員であるドーラが例のヒラヒラアイドル衣装でMCをしていた。
周りを見渡すとパムムやチョコレーホーンの出店が開いていたりと、まるで縁日かお祭りのようだ。
「さあさ気前良く賭けなはれ!!賭け事は狂ったもん勝ちやで!!」
「やで?」
聞き覚えのある声に彰が振り返ると・・・。
「ちょ!何で京香さんがここにいるんですか!!!」
若葉達にドラゴニア行きのチケットを手配した刑部狸の京香が京香が賭場を開いていた。
「儲け話のあるところへは迅速に、がウチのモットーや!!」
京香が胸を張る。・・・・・・張る程の胸はないのだが。
「まさか、今回のことは全て京香さんが・・・・?」
傍らの若葉が疑惑の目で京香を見る。
「いくらワイでも友達を売るようなことはせえへんよ。まぁ、ドラゴニアの連中がウロチョロしてんは知っとったけど」
「どういうことです?」
「あんさんらは肉山はんの店知っとるやろ?そこであんま出えへん魔界蜥蜴の枝肉をぎょうさん頼んだ客が居ったって言ってたさかい、ドラゴニアの連中かと思っただけや。しかしまぁ、まさかクーラはんを狙っとったとは分らんかった」
「すみません・・・」
「ええって、刑部狸やさかい疑われてもしゃーないわ。それより彰はんも賭け・・・・ゲッ!」
「賭けは禁止、だぞ?」
アルトイーリスが京香の背後に立つ。既に腰の大剣を抜いていた。
「か、金は賭けてへんで、はは、払い戻しは飴ちゃんで・・・・・・・」
「飴?それらしいものは・・・・・」
「えい!!」
ボシュッ!!!
アルトイーリスが目を離した隙に京香が何かを地面に叩きつけた。その瞬間、煙が辺りに立ち込める。
「ゲホゲホ!チッ、逃がしたか」
煙が晴れるとそこには既に京香の姿は無かった。
「ア、アルトイーリスさん、その何というか・・・・」
「そうですよ!何でこうなっているんですか!!これじゃお祭りですよ!!」
「そうね・・・若葉さん彰さん、理由は特別席で話そうか?本当は親類や伴侶、VIP以外は招待できないのだが・・・・まぁいいだろう」
特別席は中央の一番近くアリーナ席に位置していて、豪華なテーブルには上等な酒やオードブルが置かれていた。
「二人は空いている席に座って楽にしてくれ。デオノーラ女王が急用で出席できなくなってしまってな。遠慮しなくていい」
見ると、アーシアの夫であるセシル・エルデも座ってグラスを傾けていた。
「何から話そうか。若葉さん、ワインでもどう?」
「いいです」
若葉は仏頂面で断る。
「そうか悪かったな。実のところ、ドラゴニアの市民はお祭り好きでね。本当は内輪で終わるつもりだったんだが、隊員たちが悪乗りしてしまって・・・・」
アルトイーリスがグラスに口をつける。
「それでこんなことに・・・・」
急にファンファーレが鳴り響く。
「ドラちゃん、もっとみんなとお話ししたいけどお時間が来たみたい。みんな、まったね!!!」
ドーラが控え室に引くと、闘技場にアーシアとクーラの二人が儀礼服に身を包んだ竜騎士団にエスコートされて入場する。二人の表情は凛々しかった、が。
「「なんで二人ともマイクロビキニを着てるのぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」
そう
二人は白の「マイクロビキニ」を着用していた。このあまりにも布地が少なすぎる「危ない水着」はスレンダーでありながらも鍛え抜かれたクーラの肢体と、ワイバーンらしからぬ豊満な肉体を誇るアーシアの全てを曝け出していた。
若葉と彰の理解を超えた光景に思わずユニゾンしてシャウトしてしまう。
「マイクロビキニ?あれは我が国伝統の決闘装束である舞苦露媚奇尼だが?」
「なんで男塾的命名なの!!!!」
「すまない彰さん、私は門の向こうの文化に疎くてよくわからないのだが。あの装束は決闘に使う魔界銀製のつけ爪と足甲以外は身に帯びていないことを証明するものだ。もう少し古い時代だと全裸で決闘していた」
さも当然のように言うアルトイーリス。
「・・・・異文化交流って難しいね若葉」
「彰くん負けちゃだめだよ」
・・・・何に負けるというのだろうか。
「特別席に若葉も彰も居んな。なら負けらんねぇな!」
「クーラ隊長、本気で戦ってください!!私は・・・私はアナタのことが・・・・!!」
「戦士であるアタシ達に言葉は不要さ。来いよ!!!!!アタシはここだぁぁぁぁ!!!!!」
二人は地面を蹴った。
「ハァッ!!」
先に仕掛けたのはアーシアだった。風を切るような鋭い上段蹴りがクーラを襲うが彼女にとっては前菜にもならない。蹴りの軌道に合わせ上半身を後方に反らすという最小限の動きで攻撃を捌く。
彼女が上体を起こす際にそのまま流れるような動作で蹴りを放つ。
バギィィィィ!!!
しかしアーシアは鉈のようなクーラの蹴撃を自らの足に当て、衝撃を逸らすとともにクーラへ頭突きを喰らわせた。
「アタシは石頭って理解ってんだろ!!」
頭突きが決まるが意に介さないクーラは前傾姿勢になったアーシアの顎へ強烈な膝蹴りを放つ。
「グハァ・・・・!」
あまりの衝撃でアーシアの体躯が空中に打ち上げられた。
「これで決まりだ!!!」
バシュッ!!!!!!
クーラが身体を捻るように横蹴りを撃ち込む。アーシアは水平方向へと吹っ飛び二度三度と地面にバウンドし着地する。防具なしでは良くて再起不能、下手をすれば死は免れない一撃。しかし魔界銀製の武器は刀や銃弾に加工されたものであっても傷つくことはなく致命傷も与えない。
「隊長こそ・・・・私が諦めが悪いと理解しているでしょう!!!」
「何ィ!!」
水平スレスレに飛んだアーシアがクーラに組み付き地面に引き倒す。今度はアーシアが地面を蹴り空中で一回転し、クーラの鳩尾へ踵落としを落とした。
バン!!!!
柔らかい何かが破裂したかのような鈍い音が響く。
会場内はしんと静まり返っていた。
誰もが口を噤み、じっと試合の行く末を見守っている。精強で知られるドラゴニア竜騎士団、その中でもトップクラスの実力を持つ二人のワイバーンの戦いはキャットファイトなんて生半可なものではなく、真に決闘、そのものだった。
踵落としが決まったクーラがぬるりと立ち上がる。闘技場の中央、満身創痍の両者が睨みあった。
「やるようになったじゃねーかアーシア」
「隊長が弱くなっただけです」
「このアタシが弱くなっただと?」
「そうです!なぜあの時私やセシルと向き合わなかったんです!!逃げ続ける隊長なんて見たくなかった!!私も!セシルも!!隊長が好きです!!隊長もでしょ!!!」
「ああ、アタシはドラゴニアを脱出してもあの夜に起きた事を忘れたことなんてねぇ。思い出して身体の火照りを自分で慰めることなんて両手の指じゃ足りないくらいさ。だがセシルとアンタが良くても・・・駄目なんだ。アタシにはアンタ達と一緒に生きていくためには理由が必要なんだ」
「そのための決闘、でしょ?私が勝てば勝者の権利として隊長は私とセシルの肉奴隷になってもらう!!!毎日毎晩二人で隊長を愛するわ!下らないプライドを隊長が忘れ果てるまで!」
「イイねぇ、それでこそ・・・戦い甲斐があるってもんだ!!アタシが勝ったらアンタからセシルを貰う!お前はセシルの第一夫人じゃない!第二夫人だ!!」
自分がアーシアの夫であるセシルを愛していると知ったのは何時の事だったか、もう忘れちまった。
妻同様負けず嫌いで
誰よりも努力家で
泣き虫の癖に、弱い癖に戦い続ける。だからこそ、アタシはセシルのことが・・・・。
「ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊心得!!!エンジョイアンド・・・・・」
「「エキサイティング!!!!」」
再び両者が交錯する。
「凄い・・・・・!」
若葉は目の前の光景に目を疑った。ルール上、竜化ではなく人間体での決闘ではあるが、そのスピードは竜化したワイバーンのそれと変わらない。魔物娘である若葉の目でもこうなのだ。恐らく、ただの人間なら魔界銀の放つ銀の閃光以外見ることができないだろう。
二人の戦いはまるで舞を舞っているかのように可憐であり、猟犬の戦いのように苛烈だった。
「あの動き・・・後の先を取りカウンターを掛ける・・・私、知ってる・・・。学園で私に格闘術を教えてくれたサキュバスのナジャ先生、その戦い方そっくりよ!」
「若葉さんはナジャ教官の事を知っているのか」
「ええアルトイーリスさん」
「彼女は以前は竜騎士団の格闘術教官をしていたのだよ。クーラは彼女から授けられたサキュバス式合気戦闘術をベースにワイバーン流武装舞踏術を編み出した。その一番弟子がアーシアだ」
アルトイーリスが二人を見る。
「二人が・・・笑っている?」
「彰さん、真の戦士は言葉よりも拳で語り合うものだよ。どうやら二人は激しい戦いの中やっと分かり合えたんだな・・・」
二人が翼をはためかせ闘技場から飛び立つ。
「・・・・次が最後だろう」
「アーシア、アタシのとっておきでお前を潰す!!!」
「望むところです!!!」
二人が同時に落下を開始する。ビリビリと闘技場が微かに揺れた。
「キャッ!!!」
観戦席の誰かが悲鳴をあげる。
「「はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
二人が魔力を迸らせ二つの光の塊となり、それは・・・・・
ドォォォォォォォォォオオォォォオォォォォ!!!!!!
二つの「砲弾」がぶつかり合ったかのような轟音が轟いた。
「アルトイーリスさん!!二人は大丈夫ですか!!」
「待ってくれ!今確認させる!!」
「見て彰くん!!」
舞い散る土煙の中人影が見えた。
「勝者は・・・・・」
クーラとアーシアは裸で抱き合い・・・・そして気を失っていた。
「ドロー!!!!ドローです!!!!勝者はいません!!繰り返します!引き分けです!!!前代未聞です!!」
ドーラが叫ぶ。
ダッ!!
やおらセシルが特別席から立ち上がる。
「行くのかセシル?」
「申し訳ありません団長。だって・・・・」
彼が一呼吸を置く。
「僕は二人の夫ですから!」
それからは退屈とは無縁の日々だった。
飛行船で精鋭ぞろいの特殊工兵隊と大立ち回りを演じたことから、夫婦揃ってアルトイーリスさんにドラゴニア竜騎士団に誘われたり、デオノーラ女王から勇気を讃えられて一代限りの騎士の称号を与えられたり・・・・。
もっとも騎士の称号をもらっても特典と言えば、ドラゴニア中の店(ラブホテル含む)で割引が利くくらいなんだけどね。
「また来いよ二人とも」
・・・・・結局のところ、クーラはセシルさんとアーシアさんを受け入れ軍に戻った。
「またねクーラ」
別れは言わない。
きっとまた会えるから・・・。
「って!なんでクーラがペイパームーンに居るのぉぉぉぉぉ!!!!オマケにアーシアさんも!!」
― Bar ペイパームーン ―
「何でって・・・本当は真面目に軍人やるつもりだったんだけどな、デオノーラ女王から直々に三人で門の向こうの国の国情をレポートしろと命令されて・・」
「いいじゃないクーラ隊長!三人そろって三年間の新婚旅行だと思えば!!!」
「新婚?」
彰がクーラとアーシアを見ると、ドラゴニア独自の風習の一つである「結婚首輪」が嵌まっていることに気が付いた。
「ああ。二人が帰ったから暫くして結婚したんだ、私達」
「今でも思い出すわ!!恥じらうクーラ隊長との初夜!!優しくシてと蠱惑的に誘う隊長の艶姿!!はうぅぅぅぅぅ!!!!あの夜の事を思い出したらはかどるわぁぁぁぁぁ!!!」
・・・・「ナニ」がと思ってはいけない。
「良かったじゃない二人とも。クーラに会えなくて結構寂しがっていたんだから」
オーナーであるグランマが若葉達に声を掛ける。
「でも何でペイパームーンで二人はバーテンドレスの姿を?」
「いやぁ〜〜流石に脱走の罪は帳消しにならなくて、暫くは無給でさ。アーシアのヤツに寝床を用意しなきゃいけないし、グランマに相談したら三人で任務をこなしつつココで働いたらと言ってくれたんだ」
「三人?」
ココにいるのはクーラとアーシアの二人しかない。
「セシルは・・・・」
アーシアがカウンター裏へと向かう。
「うぅぅ・・・・恥ずかしいよぉ」
彼女に連れ出されたセシル・・・・・。彼もバーテンドレス姿だった。年齢は彰と変わらないはずだが、かなり若い頃にインキュバス化していたため背は低く、見ようによっては未成年にも見えるセシルが女装していると本物の女性に見えるくらい愛らしい。
「ごめんね〜〜三日後にはバーテン用の制服が届く予定だから、ね?」
グランマがセシルに悪戯っぽく笑顔を見せた。
「ねぇ彰くん・・・・・」
「わ、若葉・・・なんで満面の笑みでこちらに近づいてくるのかな〜?」
「それはね・・・・・、彰くんを女装させるためよ!!」
ガシッ!
若葉が逃げようとする彰を掴む。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「グランマお部屋お借りしまーす!!」
「予備の女性用制服があるから使ってもいいわ。けど汚したらちゃんと洗ってね?」
「もちろん!!」
「僕ら」はこの地で生きていく。
かけがえのない存在と共に・・・・・。
かつてのドラゲイ帝国時代、兵の軍事教練の一種として行われた騎竜同士の戦い。その舞台となった場所がこの闘技場だ。
竜と人間が手を取り合うようになった現在のドラゴニアにおいても、エンターテイメントの一つとして闘技場は残されていた。
もっとも、かつてのように竜や人がお互いを傷つけあうことなどはないが。
「・・・・どうしてこうなってしまったの?」
ホルスタウロスの女性「若葉 響」が傍らに座る伴侶である「斎藤 彰」に話しかける。
彼らの視線の先には二人のワイバーン。
競竜で名を馳せた名選手であり、かつてドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊を率いていた「英雄」、クーラ・アイエクセル。
そして
クーラ率いるドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊の一員にして彼女の妹分であり、夫のセシルを背に乗せコンビネーションを最大限生かした狙撃を行う「浮き砲台」と呼ばれたアーシア・エルデ。
部下であり
友人であり
背中を任せられる相棒であった二人
彼女達は運命の女神の数奇な導きによりこの闘技場に立っていた。
お互い譲れない想いを抱き、立場を超えた対等な「決闘」を行うために。
話はあのパーティの夜に遡る。
「・・・・・二人とも竜騎士団の掟は知っているわよね?」
竜騎士団を女王デオノーラより預かるアルトイーリスが二人に問う。
先程までの笑顔を見せていた彼女とは違う、竜騎士団長たるアルトイーリスの真剣な表情。
そして件の二人も既に「覚悟」を決めていた。
「掟って・・・・・?」
「若葉さん、私達竜騎士団はこのドラゴニアを守る軍隊でもある。軍隊というのは絶対的な統制と隊員同士の信頼がなければならない。弾は何も前から飛んでくるとは限らないのよ?」
アルトイーリスが若葉を見る。
「だからこそ、隊員間で揉め事が起こったら決闘で解決するのが習わしであり、・・・・絶対の掟よ」
「そんな・・・・!」
若葉達は飛行船フライング・プッシー・ドラゴン号からクーラを逃がした際に、アーシアや特殊工兵隊の隊員たちがどれだけクーラを大切に思っていたかを知った。だからこそ、その二人が「決闘」という結論を出したことに若葉は納得がいかなかった。
「クーラさん!アーシアさん!!どうして・・・どうしてそんな事を言うんですか!!。あんなにも・・・あんなにも大切に思っていたのに!!!」
「若葉・・・・わかってくれ。これは・・・アタシがアタシである以上、必要な事なんだ・・・・」
クーラが若葉を抱きしめる。微かにクーラは震えていた・・・・。
「アーシアさんも!!なんで・・・なんで!!!!」
「・・・・・私たちは掟に従い籠りの間に行く。若葉さんごめんね・・・」
「アルトイーリスさん、その・・・籠りの間というのは?」
「それはね彰さん。決闘に臨む隊員は伴侶がいるいないに関わらず、決闘の日まで籠りの間と呼ばれる独房で過ごすことになっているのよ。同じ条件で戦えるようにね」
魔物娘は伴侶を得るとその能力が底上げされる。故に伴侶がいるいないではその戦闘力も大きく変わる。その事実は若葉は痛いほどわかっていた。
二人は踵を返すとゆっくりと扉へと向かう。
止めなきゃ、そう思った瞬間若葉は動いていた。
「よすんだ若葉!!!」
彰が若葉を押しとどめる。
「彰くん放して!」
「・・・・落ち着くんだ若葉」
「二人の決意を汚すなら例え若葉さんでも容赦はしない・・・・」
見るとアルトイーリスが腰に佩用していた魔界銀製の大剣に手をかけていた。
「こんなの・・・!こんなの絶対おかしいよ!!!」
・・・決闘は両者の話し合いによりパーティーの翌日に決まった。
「どうしてこうなった・・・・・」
彰が一人、闘技場で頭を抱える。
「竜騎士団のアイドル!ドラちゃんだよぉ!!!」
フライング・プッシー・ドラゴン号でリサイタルを開いていた特殊工兵隊隊員であるドーラが例のヒラヒラアイドル衣装でMCをしていた。
周りを見渡すとパムムやチョコレーホーンの出店が開いていたりと、まるで縁日かお祭りのようだ。
「さあさ気前良く賭けなはれ!!賭け事は狂ったもん勝ちやで!!」
「やで?」
聞き覚えのある声に彰が振り返ると・・・。
「ちょ!何で京香さんがここにいるんですか!!!」
若葉達にドラゴニア行きのチケットを手配した刑部狸の京香が京香が賭場を開いていた。
「儲け話のあるところへは迅速に、がウチのモットーや!!」
京香が胸を張る。・・・・・・張る程の胸はないのだが。
「まさか、今回のことは全て京香さんが・・・・?」
傍らの若葉が疑惑の目で京香を見る。
「いくらワイでも友達を売るようなことはせえへんよ。まぁ、ドラゴニアの連中がウロチョロしてんは知っとったけど」
「どういうことです?」
「あんさんらは肉山はんの店知っとるやろ?そこであんま出えへん魔界蜥蜴の枝肉をぎょうさん頼んだ客が居ったって言ってたさかい、ドラゴニアの連中かと思っただけや。しかしまぁ、まさかクーラはんを狙っとったとは分らんかった」
「すみません・・・」
「ええって、刑部狸やさかい疑われてもしゃーないわ。それより彰はんも賭け・・・・ゲッ!」
「賭けは禁止、だぞ?」
アルトイーリスが京香の背後に立つ。既に腰の大剣を抜いていた。
「か、金は賭けてへんで、はは、払い戻しは飴ちゃんで・・・・・・・」
「飴?それらしいものは・・・・・」
「えい!!」
ボシュッ!!!
アルトイーリスが目を離した隙に京香が何かを地面に叩きつけた。その瞬間、煙が辺りに立ち込める。
「ゲホゲホ!チッ、逃がしたか」
煙が晴れるとそこには既に京香の姿は無かった。
「ア、アルトイーリスさん、その何というか・・・・」
「そうですよ!何でこうなっているんですか!!これじゃお祭りですよ!!」
「そうね・・・若葉さん彰さん、理由は特別席で話そうか?本当は親類や伴侶、VIP以外は招待できないのだが・・・・まぁいいだろう」
特別席は中央の一番近くアリーナ席に位置していて、豪華なテーブルには上等な酒やオードブルが置かれていた。
「二人は空いている席に座って楽にしてくれ。デオノーラ女王が急用で出席できなくなってしまってな。遠慮しなくていい」
見ると、アーシアの夫であるセシル・エルデも座ってグラスを傾けていた。
「何から話そうか。若葉さん、ワインでもどう?」
「いいです」
若葉は仏頂面で断る。
「そうか悪かったな。実のところ、ドラゴニアの市民はお祭り好きでね。本当は内輪で終わるつもりだったんだが、隊員たちが悪乗りしてしまって・・・・」
アルトイーリスがグラスに口をつける。
「それでこんなことに・・・・」
急にファンファーレが鳴り響く。
「ドラちゃん、もっとみんなとお話ししたいけどお時間が来たみたい。みんな、まったね!!!」
ドーラが控え室に引くと、闘技場にアーシアとクーラの二人が儀礼服に身を包んだ竜騎士団にエスコートされて入場する。二人の表情は凛々しかった、が。
「「なんで二人ともマイクロビキニを着てるのぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」
そう
二人は白の「マイクロビキニ」を着用していた。このあまりにも布地が少なすぎる「危ない水着」はスレンダーでありながらも鍛え抜かれたクーラの肢体と、ワイバーンらしからぬ豊満な肉体を誇るアーシアの全てを曝け出していた。
若葉と彰の理解を超えた光景に思わずユニゾンしてシャウトしてしまう。
「マイクロビキニ?あれは我が国伝統の決闘装束である舞苦露媚奇尼だが?」
「なんで男塾的命名なの!!!!」
「すまない彰さん、私は門の向こうの文化に疎くてよくわからないのだが。あの装束は決闘に使う魔界銀製のつけ爪と足甲以外は身に帯びていないことを証明するものだ。もう少し古い時代だと全裸で決闘していた」
さも当然のように言うアルトイーリス。
「・・・・異文化交流って難しいね若葉」
「彰くん負けちゃだめだよ」
・・・・何に負けるというのだろうか。
「特別席に若葉も彰も居んな。なら負けらんねぇな!」
「クーラ隊長、本気で戦ってください!!私は・・・私はアナタのことが・・・・!!」
「戦士であるアタシ達に言葉は不要さ。来いよ!!!!!アタシはここだぁぁぁぁ!!!!!」
二人は地面を蹴った。
「ハァッ!!」
先に仕掛けたのはアーシアだった。風を切るような鋭い上段蹴りがクーラを襲うが彼女にとっては前菜にもならない。蹴りの軌道に合わせ上半身を後方に反らすという最小限の動きで攻撃を捌く。
彼女が上体を起こす際にそのまま流れるような動作で蹴りを放つ。
バギィィィィ!!!
しかしアーシアは鉈のようなクーラの蹴撃を自らの足に当て、衝撃を逸らすとともにクーラへ頭突きを喰らわせた。
「アタシは石頭って理解ってんだろ!!」
頭突きが決まるが意に介さないクーラは前傾姿勢になったアーシアの顎へ強烈な膝蹴りを放つ。
「グハァ・・・・!」
あまりの衝撃でアーシアの体躯が空中に打ち上げられた。
「これで決まりだ!!!」
バシュッ!!!!!!
クーラが身体を捻るように横蹴りを撃ち込む。アーシアは水平方向へと吹っ飛び二度三度と地面にバウンドし着地する。防具なしでは良くて再起不能、下手をすれば死は免れない一撃。しかし魔界銀製の武器は刀や銃弾に加工されたものであっても傷つくことはなく致命傷も与えない。
「隊長こそ・・・・私が諦めが悪いと理解しているでしょう!!!」
「何ィ!!」
水平スレスレに飛んだアーシアがクーラに組み付き地面に引き倒す。今度はアーシアが地面を蹴り空中で一回転し、クーラの鳩尾へ踵落としを落とした。
バン!!!!
柔らかい何かが破裂したかのような鈍い音が響く。
会場内はしんと静まり返っていた。
誰もが口を噤み、じっと試合の行く末を見守っている。精強で知られるドラゴニア竜騎士団、その中でもトップクラスの実力を持つ二人のワイバーンの戦いはキャットファイトなんて生半可なものではなく、真に決闘、そのものだった。
踵落としが決まったクーラがぬるりと立ち上がる。闘技場の中央、満身創痍の両者が睨みあった。
「やるようになったじゃねーかアーシア」
「隊長が弱くなっただけです」
「このアタシが弱くなっただと?」
「そうです!なぜあの時私やセシルと向き合わなかったんです!!逃げ続ける隊長なんて見たくなかった!!私も!セシルも!!隊長が好きです!!隊長もでしょ!!!」
「ああ、アタシはドラゴニアを脱出してもあの夜に起きた事を忘れたことなんてねぇ。思い出して身体の火照りを自分で慰めることなんて両手の指じゃ足りないくらいさ。だがセシルとアンタが良くても・・・駄目なんだ。アタシにはアンタ達と一緒に生きていくためには理由が必要なんだ」
「そのための決闘、でしょ?私が勝てば勝者の権利として隊長は私とセシルの肉奴隷になってもらう!!!毎日毎晩二人で隊長を愛するわ!下らないプライドを隊長が忘れ果てるまで!」
「イイねぇ、それでこそ・・・戦い甲斐があるってもんだ!!アタシが勝ったらアンタからセシルを貰う!お前はセシルの第一夫人じゃない!第二夫人だ!!」
自分がアーシアの夫であるセシルを愛していると知ったのは何時の事だったか、もう忘れちまった。
妻同様負けず嫌いで
誰よりも努力家で
泣き虫の癖に、弱い癖に戦い続ける。だからこそ、アタシはセシルのことが・・・・。
「ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊心得!!!エンジョイアンド・・・・・」
「「エキサイティング!!!!」」
再び両者が交錯する。
「凄い・・・・・!」
若葉は目の前の光景に目を疑った。ルール上、竜化ではなく人間体での決闘ではあるが、そのスピードは竜化したワイバーンのそれと変わらない。魔物娘である若葉の目でもこうなのだ。恐らく、ただの人間なら魔界銀の放つ銀の閃光以外見ることができないだろう。
二人の戦いはまるで舞を舞っているかのように可憐であり、猟犬の戦いのように苛烈だった。
「あの動き・・・後の先を取りカウンターを掛ける・・・私、知ってる・・・。学園で私に格闘術を教えてくれたサキュバスのナジャ先生、その戦い方そっくりよ!」
「若葉さんはナジャ教官の事を知っているのか」
「ええアルトイーリスさん」
「彼女は以前は竜騎士団の格闘術教官をしていたのだよ。クーラは彼女から授けられたサキュバス式合気戦闘術をベースにワイバーン流武装舞踏術を編み出した。その一番弟子がアーシアだ」
アルトイーリスが二人を見る。
「二人が・・・笑っている?」
「彰さん、真の戦士は言葉よりも拳で語り合うものだよ。どうやら二人は激しい戦いの中やっと分かり合えたんだな・・・」
二人が翼をはためかせ闘技場から飛び立つ。
「・・・・次が最後だろう」
「アーシア、アタシのとっておきでお前を潰す!!!」
「望むところです!!!」
二人が同時に落下を開始する。ビリビリと闘技場が微かに揺れた。
「キャッ!!!」
観戦席の誰かが悲鳴をあげる。
「「はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
二人が魔力を迸らせ二つの光の塊となり、それは・・・・・
ドォォォォォォォォォオオォォォオォォォォ!!!!!!
二つの「砲弾」がぶつかり合ったかのような轟音が轟いた。
「アルトイーリスさん!!二人は大丈夫ですか!!」
「待ってくれ!今確認させる!!」
「見て彰くん!!」
舞い散る土煙の中人影が見えた。
「勝者は・・・・・」
クーラとアーシアは裸で抱き合い・・・・そして気を失っていた。
「ドロー!!!!ドローです!!!!勝者はいません!!繰り返します!引き分けです!!!前代未聞です!!」
ドーラが叫ぶ。
ダッ!!
やおらセシルが特別席から立ち上がる。
「行くのかセシル?」
「申し訳ありません団長。だって・・・・」
彼が一呼吸を置く。
「僕は二人の夫ですから!」
それからは退屈とは無縁の日々だった。
飛行船で精鋭ぞろいの特殊工兵隊と大立ち回りを演じたことから、夫婦揃ってアルトイーリスさんにドラゴニア竜騎士団に誘われたり、デオノーラ女王から勇気を讃えられて一代限りの騎士の称号を与えられたり・・・・。
もっとも騎士の称号をもらっても特典と言えば、ドラゴニア中の店(ラブホテル含む)で割引が利くくらいなんだけどね。
「また来いよ二人とも」
・・・・・結局のところ、クーラはセシルさんとアーシアさんを受け入れ軍に戻った。
「またねクーラ」
別れは言わない。
きっとまた会えるから・・・。
「って!なんでクーラがペイパームーンに居るのぉぉぉぉぉ!!!!オマケにアーシアさんも!!」
― Bar ペイパームーン ―
「何でって・・・本当は真面目に軍人やるつもりだったんだけどな、デオノーラ女王から直々に三人で門の向こうの国の国情をレポートしろと命令されて・・」
「いいじゃないクーラ隊長!三人そろって三年間の新婚旅行だと思えば!!!」
「新婚?」
彰がクーラとアーシアを見ると、ドラゴニア独自の風習の一つである「結婚首輪」が嵌まっていることに気が付いた。
「ああ。二人が帰ったから暫くして結婚したんだ、私達」
「今でも思い出すわ!!恥じらうクーラ隊長との初夜!!優しくシてと蠱惑的に誘う隊長の艶姿!!はうぅぅぅぅぅ!!!!あの夜の事を思い出したらはかどるわぁぁぁぁぁ!!!」
・・・・「ナニ」がと思ってはいけない。
「良かったじゃない二人とも。クーラに会えなくて結構寂しがっていたんだから」
オーナーであるグランマが若葉達に声を掛ける。
「でも何でペイパームーンで二人はバーテンドレスの姿を?」
「いやぁ〜〜流石に脱走の罪は帳消しにならなくて、暫くは無給でさ。アーシアのヤツに寝床を用意しなきゃいけないし、グランマに相談したら三人で任務をこなしつつココで働いたらと言ってくれたんだ」
「三人?」
ココにいるのはクーラとアーシアの二人しかない。
「セシルは・・・・」
アーシアがカウンター裏へと向かう。
「うぅぅ・・・・恥ずかしいよぉ」
彼女に連れ出されたセシル・・・・・。彼もバーテンドレス姿だった。年齢は彰と変わらないはずだが、かなり若い頃にインキュバス化していたため背は低く、見ようによっては未成年にも見えるセシルが女装していると本物の女性に見えるくらい愛らしい。
「ごめんね〜〜三日後にはバーテン用の制服が届く予定だから、ね?」
グランマがセシルに悪戯っぽく笑顔を見せた。
「ねぇ彰くん・・・・・」
「わ、若葉・・・なんで満面の笑みでこちらに近づいてくるのかな〜?」
「それはね・・・・・、彰くんを女装させるためよ!!」
ガシッ!
若葉が逃げようとする彰を掴む。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「グランマお部屋お借りしまーす!!」
「予備の女性用制服があるから使ってもいいわ。けど汚したらちゃんと洗ってね?」
「もちろん!!」
「僕ら」はこの地で生きていく。
かけがえのない存在と共に・・・・・。
18/04/22 21:43更新 / 法螺男
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