連載小説
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Wake Up Girl! ― 襲撃 ―
ギデオンの伴侶であるショゴスのニナが用意したサンドイッチを食べると、クーラは深夜の逃避行に備えて用意された貴賓室のベッドにその身を横たえていた。
眠りは生きていくために必要な行動であると同時に、疲労や体力を回復させるには絶好の方法だ。しかし、クーラはドラゴニアという因縁の地にいるためか、浅い眠りばかりでなかなか身体を休めることができなかった。
目を閉じた彼女の脳裏には飛行船からの脱出を手助けしてくれた若葉と彰、二人の姿が浮かんでいた。乗り込んできた竜騎士団に盾突いたといっても、魔物娘である以上極刑はない。それに彼女に脅されて協力させられたとでも言えば罪に問われることはないだろう。

「・・・・静かすぎる」

この領事館の雑事は外部からのメイドではなく、ギデオンの伴侶であるショゴスのニナが全て担っている。故に、仮にも脱走兵であるクーラを誰にも見られず領事館に匿うことができた。だが、それにしても静かすぎるのだ。元軍人であるクーラの第六感が反応する。何かがおかしい、と。
クーラは上質な白いシーツのかけられたベッドからゆっくりと身を起こすと、丁番を押さえ軋み音を立てないようにゆっくりとドアを開く。窓を見ると既に夜になっていた。

ズリ・・・・ズリ・・・

彼女を何度も助けてくれた魔界銀製の鋲が打たれたブーツが物音を立てないように摺り足で進む。そうするうちにクーラは大広間から光が微かに漏れているのに気が付いた。

スッ

壁に身体を預けて内部を確かめる。異音は聞こえない。ドアの隙間から内部を見るとギデオンがこちらを背に椅子に座っていた。クーラは見知った人物を見つけるとその警戒を解いて彼に近づく。

「なんだよギデオン。晩飯の時間くらい教えてくれても良かったじゃないか!」

「・・・・・」

ギデオンからの返事はない。

「お、おい!」

クーラがギデオンの肩に手を置いた瞬間だった。

ガタッ・・・!

ギデオンの身体がまるで螺子の切れたブリキ人形のように床に倒れる。クーラがすぐさまギデオンを助け起こすが、彼は涙や涎、鼻水を垂れ流したアへ顔で気絶していた。

「!」

クーラが「何か」を感じ、咄嗟にその場を飛び退く。

ダン!!

耳を劈く銃声が間髪置かずに木霊した。見ると気絶したギデオンの身体に細いテグスが巻き付けられていた。そしてそれはテーブルしたに仕掛けられたソードオフショットガンのトリガーとしっかりと接続されている。さらに嫌らしいことに、ショットガンの銃口は魔物娘の共通のウィークポイントである子宮を狙っていた。

「ゲリラ戦において負傷者を利用したトラップは初歩だな。引っかかるのはズブ素人、解除するのが普通の兵士、そしてわざとトラップに飛び込んで意気揚々と出てきたバカを葬るのが・・・・アタシだ!!」

「!」

彼女以外の何者かが息を呑む声が響く。
クーラが声の響いた場所に吶喊する。その場所には「何もない」。
だが、彼女のコンバットブーツは確実にその場所に隠れていた「ソレ」を捉えた。

バチバチバチ!!!

放電音とともにその場に何者かの姿が浮かび上がる。

「くッ!光学迷彩が!!!」

「光学迷彩は姿は消せても漏れ出る殺気は消せない、軍学校では教えてもらえなかったのかい?」

慢心である。
後ろの映像を全面に投射することにより周囲と溶け込むことで姿を消す「光学迷彩」。「外地」から得られた魔力の存在はSF小説にしか存在しない夢の技術を具現化させた。国を維持するために戦争を起こさざる得ない、万年戦争に明け暮れる超大国なら「外地」攻め込んでも手に入れたいに違いない。もっとも全く魔力を持たない人間が装着してもただの全身タイツにしかならないのだが。

「さて、追い詰められた気分はどうだい?覚悟はできてんだろうな!」

クーラが踵を踏み鳴らし、ターゲットに近づく。

「ヒぃッ!」

「小便は済ませたか? 魔王様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタ震える心の準備は?」

パン!

クーラが身を引く。

「チッ!コイツもトラップの一部ってことか・・・・」

不快なアンモニア臭にクーラは顔を顰めた。何者かの狙撃を受けた襲撃者の顔は全身タイツでわからないが、間違いなく白目を剥いてアへっているだろう。

パチパチ!

「流石は歴戦の勇士、バリスタのクーラと呼ばれただけはある」

何時も間に大広間に入ってきたのか、黒衣を身に着けたルビーよりも赤い瞳のドラゴンが立っていた。黒衣に着けられた肩章から所属は「ドラゴニア竜騎士団憲兵隊」を示している。彼女の手には未だに硝煙をたなびかせる狩猟用の単発拳銃であるトンプソンセンター・G2コンテンダーが握られていた。

「私はやっぱり銃は好きではないですね。撃つと耳も痛いし反動も強い。それに反動で胸が張って肩こりが悪化する」

カチャッ!

彼女はハンドガードと一体化したラッチを操作すると、手慣れた仕草でコンテンダーから熊撃ちにも使用される45−70ガバメントの薬莢を振りだした。アメリカのトンプソンセンター社が製造するこの拳銃は単発という弱点はあるが、豊富にある口径の違う銃身や様々な用途に則したストックを交換することにより小口径のバーミントライフルとしても使える。無論、ピストルストックに交換してライフル実包を使用するマグナムピストルとしても使用が可能だ。
憲兵隊の隊長という彼女の役職においては、アーバンスナイピング等様々な状況に則した変化自在な使用ができるこの銃はまさにうってつけの代物だった。

「襲撃者を使ってのデッドマンズトラップ。相変わらず下衆だな、ドラゴニア憲兵隊隊長サラ・クリスト!!」

「あら?これは異なことを。下衆はそちらでしょ?ドラゴニアで平和に暮らしていた夫婦の愛の巣に土足で上がり込み、あまつさえその立場を危うくさせている」

「そ、それは・・・・・」

「感謝していただきたいねクーラ!我々が襲撃しなければ、我が国はギデオンにペルソナ・ノングラータ、国外退去命令を出さざるを得なかった。当然だよね?貴方の存在で一組の夫婦が不幸になる、いや・・・二組かな?」

もう一組の「夫婦」。その言葉にクーラが激昂する。

「若葉達は関係ねぇだろ!!」

「いやあるね!彼らは特殊工兵隊隊員に対する暴行容疑で我々が拘束中だ。さて賢明な大佐様、失敬元大佐でしたね。貴方が抵抗を止めるなら・・・彼らは巻き込まれただけ、ただの旅行者として丁重に扱わせていただく。だが・・・このまま悪足掻きするのなら彼らの首に縄をかけて、裁きの場に引きづり出さなければならないでしょうね」

「アタシが出頭するならアイツの身は保証するんだな?」

「当然。ついでにそこで無様なアへ顔を晒すギデオンの身分も。我が国とて友好国とは仲良くしていきたいのでね」

「分かったぜ・・・・。サラ、アタシを煮るなり焼くなり好きにしな」

「賢明で助かるわ。さあ、窓際に立ちなさい」

スッ・・・

クーラが窓際に立つ。窓の外、真闇の中に彼女は確かに見た。音もなくホバリングするワイバーンの背に乗る人物の姿を。彼は対物ライフルの銃口をクーラに向けていた。

「冗談がキツイぜ。セシル・・・・」

ダァンンンン!!!!!

「グッ・・・・・・!」

50口径の甲高い銃声とともにクーラの身体は壁に縫い付けられる。

「こちらセシル、状況終了を確認した・・・・・。戻ろう、アーシア」

セシルが伴侶であると同時に、狙撃において必要となる観測手であるワイバーンのアーシアに静かに語り掛けた。

「・・・・クーラ隊長」

その胸に去来する感情は、怒りか、それとも悲しみか。それは彼女自身しか知らない。



― ドラゴニア中央監獄 ―

竜皇国ドラゴニアは他の親魔物国同様国内の治安は良い。しかしながら、他国と比べ多少件数は少ないとはいえ犯罪は起こる。クーラが収監されたこの場所は中央と銘打たれているが、実際の所はドラゴニアには監獄らしい監獄は此処しかない。故にその警備は鉄壁だ。

監獄と聞いて想像するような、ありがちな鉄格子ではなく電動式のスライドドア

しかめっ面の不愛想な看守はなく、房内を監視するのは冷たい声なき監視カメラ

食事はドアに開けられた小窓で配給される

クーラは憲兵隊による領事館の襲撃後この監獄に召還されているが、衣服を剥ぎ取られた訳でも彼女が持つ唯一の武器であるコマンドブーツすら取り上げられていない。試しに壁を蹴っても内部に魔術的な防御装置が組み込まれているのだろう、傷すらつかなかった。

「舐められたもんだな・・・」

一人自嘲しても隣の房にはその声は届かず、ただ押しつぶされるような静寂があるのみだった。
虫の湧いてない清潔なベッドに横になっても眠ることなんてできはしない。元より彼女は許されない罪を犯した。その事実に目を背け逃げつづけた結果、そのツケを支払う時が来たと彼女は考えるしかなかった。それくらいしか今の彼女に出来ることはないのだ。

「クーラ・アイエクセル。出ろ」

「わかってるよ、言われなくとも・・・・わかってるさ」

軍という組織において脱走は極刑に値する罪だ。現在においても国によっては銃殺が未だに残っているところもある。もっとも魔物国の常としてドラゴニアでは死刑は存在しない。しかし軍として規律を守る為にも脱走兵であるクーラにはそれなりに重い刑罰が下されるだろう。軽くても二度と「門の向こうの国」の土を踏むことはできないことは想像できる。

カツ―ン・・・

広い通路に足音が大きく響く

カツ―ン・・・

「門の向こうの国」に密入国して、右も左もわからなかったアタシの身元引受人になってくれたグランマ

カツ―ン・・・

アタシが淹れたコーヒーをマズいと言いつつもよく頼む常連客

カツ―ン・・・・

一歩歩くごとに自分の歩いてきた人生が蘇ってくる


― 逃げたい ―


足が止まりそうになるが、クーラはゆっくりと前を見定める。
もう直ぐ。
もう直ぐで「終わる」。

「入れ」

私は静かに頷くと重々しい扉を開いた。







パーン!パ――――ン!!!!

景気のいいクラッカーの音が響く。

「な、何だ?!」

扉を開けて入った彼女を待っていたのは厳めしい判事でもコチラを蔑む無数の瞳でもなかった。
それは・・・・・・。

「クーラ隊長!!帰還おめでとうございまーす!!!!」

クーラがドラゴニアに「戻ってきたこと」を祝うドラゴニア竜騎士団の団員たちだった。

「これは一体・・・どういうことだ?」

理解が追い付かない彼女がふと傍らを見ると、ドラゴニア竜騎士団団長であるアルトイーリスが立っていた。

ギュッ!

アルトイーリスがクーラを抱きしめる。

「事情は了解している。今まで辛かったろう・・・」

「アリィ・・・」

「女王の許可はとった。既に罪人ではない。貴方は試練に打ち勝ったのよ」

「試練?」

「そうだ。デオノーラ女王は優しい反面とても厳しいお方だ。だからこそ、貴方に仲間の幸せをとるかそれでも逃げ続けるかを選ばせたのよ」

冷静に考えると仮にも憲兵隊の隊長であるサラが襲撃に際して少人数で事に当たるはずがない。彼女の性格からして可能な限り手勢を用意して津波のように押し流してしまうだろう。だが、彼女はクーラに未来を「選ばせた」。

「じゃあ、その・・・若葉達もグルだったのか?」

「若葉?ああ、貴方を必死の思いで逃がしたあの夫婦はあくまで想定外だ。あの後、事情を説明するまで大変だったぞ?夫婦の絆は凄いな・・・」

若葉はああ見えても「学園」でいくつかの武術を修めている。おまけに夫の彰のは古武術である皐月流柔術を子供の頃より修錬していると話していた。もっとも道主である父親の話をすることはなく、彼自身もそのことを話したがらないのだが。

クーラがパーティ会場を見ると、見知った顔の中に若葉達やギデオン達の姿も見える。皆、楽しそうだ。

「心配かけてごめんなアリィ」

「いいって事よ。貴方のような逸材を失うのはドラゴニアにとって大きな損失よ」

その時だった。

「クーラ隊長!」

朱鷺色の髪が揺れる。

「アーシア・・・・!」

ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊所属「アーシア・エルデ」がクーラの目の前に立っていた。その手にあるのは皿に盛りつけられた料理。そして彼女は太陽のような笑顔だった。まるであの夜のことを忘れてしまったかのように・・・・・。
その時、クーラの中で何かが弾けた。

ガシャン!!

クーラがアーシアから差し出された皿を弾いた。

「クーラ!!」

咄嗟にアルトイーリスが割って入ろうとする。

「アリィ、済まねぇ。これはアタシとアーシアとの話だ」

クーラがアーシアと向かい合う。

「・・・・アーシア、お前悔しくないのか?俺は・・・お前の旦那を犯したんだぞ!!へらへらして!!え?どうなんだよ!!」

自分でもコントロールできない感情が爆発する。いくらアルトイーリスや女王が脱走の罪を帳消しにしてくれたといっても、あの夜クーラがセシルを犯したという事実は消えない。
アーシアには蔑まれても良かった。でも彼女はそんな暗い感情を見せることはなかった。

「セシルを犯されて悔しかったよ!悲しかったよ!!確かに隊長を憎んだよ!!でも隊長が姿を消してから・・・・」

アーシアが嗚咽を漏らしていた。

「隊長がいなくなって、最初は清々した。でもいなくなってから私の中で隊長の存在がどんどん大きくなって・・・・!。隊長、覚えてますか?私とセシルが敵の手に落ちた時の事を。あの時、隊長はたった一人でも敵陣に突っ込み私達を助けてくれた。だから・・だから・・!」

「僕らはずっと隊長が戻ってきてくれることを願っていたんです!あの時隊長を撃ったのはそうでもしなければ戻ってきてくれないと思って・・・・・・・!」

「セシル・・・」

アーシアの夫である「セシル・エルデ」が立っていた。彼女が率いていた特殊工兵隊に所属する唯一の狙撃手であるセシル。彼は伴侶であるアーシアと共に戦場を駆け巡っていた。助けられたことも助けたことも語りつくせないほどある。だからこそ、彼らはクーラを憎むことなんてできなかった。

「なんで!!なんでアンタらはアタシを許すんだ!!アタシは・・・・・アタシは・・・!!!」

「貴方は罰せられたいの?」

アルトイーリスがクーラを見つめる。

「アリィ・・・」

「・・・・・二人とも竜騎士団の掟は知っているわよね?」

「「はい」」

二人は静かに頷いた。










18/04/29 00:17更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
艦これや一発ネタにかまけて更新が伸び伸びになってしまいました・・・。
次くらいでこの章は完結する予定です。

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