連載小説
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レストラン ギルマンハウス
「一体何なんだ!!あれは!!」

俺は近くにあった椅子を蹴飛ばした。
ただの廃墟探検のはずだった。
廃墟もごくありふれた遊園地の廃墟のはずだった。
なのにどうだ?
秘宝館じみたお化け屋敷で仲間の一人がピエロの人形に攫われた。
いや、人形とは言えないかもしれない。
あの場所で遭遇したのはどれもこれも「人形」と呼ぶには生々しすぎた。
まるで「生きている」かのように・・・

「なぁ角谷、いくら此処がレストランの廃墟だといっても物音を出さないほうがいいと思うよ」

「方多・・・」

「冷静になりなよ。非常口の電灯も点いていたし、冷静に考えればアトラクションが作動して光也は運悪く巻き込まれたと考えられるんじゃないかな」

確かに方多の言う通りだ。
普通、廃墟で電気が通っているなんてあり得ない。
おまけに消火器すら準備してあった。
通常は早々に撤去して売られるはずのものだ。

「まあまあお二方!ジュースでも飲んで落ち着きなよ!」

「ありがとうな島田・・・」

俺は財布に手を伸ばそうとするが、島田がそれを止める。

「いいって!でも昨日の麻雀の負けはこれでチャラってことで」

そうだ
昨日俺たちは麻雀をやって・・・・・

「いっ!!!!」

激烈な頭痛が俺を襲う。

「ジュース・・・くれない・・・か」

俺は痛む頭を押さえながら、目の前のジュースを開け一気に喉に流し込んだ。
程よく冷えたグレープのフレーバーが頭の奥底から忍び寄る痛みを緩和する。

「ファンタグレー〇にウェ〇チのグレープ、おまけにバブル〇ンってペプシはないのかよ?」

「ん?ペプシがよかったの」

「ああ俺は一日ペプシがないとダメなんだよ。」

「ココの自販機にはこれしかなかったんだけど」

「紫ドリンクオンリーの自販機なんてこの世に存在しているほうがおかしいよ」

「本当だって!見てみなよ!」

島田が方多を自販機のところに連れて行った。
実際、遠目で見ても普通の自販機だ。
全体がやや紫色で、販売している飲料も紫色のモノであること以外は。

「な!本当だろ」

「・・・・・確かに・・・ん?!」

自販機の端っこに方多が愛飲するペプシを見つけた。

「やっぱりあるじゃん!愛してるよサン〇リー!!!」

喜び勇んで方多はコインを投入しボタンを押した。
そして方多が取り出し口に手を入れた瞬間だった。

「ひぁぁぁやぁぁぁぁぁぁっぁ!手が手がぁぁぁ!!!」

方多が絶叫し身もだえする。

「どうしたんだ!!」

「手が手が何かに掴まれたぁぁぁぁ!!!助けてくれぇぇぇ!!!」

「おい!島田!お前は方多の肩を持ってくれ!一気に引き上げるぞ!!」

「あ・・・あぁ・・・」

「方多!お前は合図で自販機を足で押すんだ!!」

「「「せーのっ!!!!」」」

その瞬間だった
何か柔らかいものを無理やり引きちぎるような不快な音とともに方多の手がズルリと抜け出した。
横目で見るが方多の腕は「大丈夫」だった。しかし・・・

「なんだこれ!!!!外して外してくれぇぇぇぇ!!!」

方多の右腕をしっかりと「別」の腕が掴んでいた。
ほっそりとした、恐らく女性のものと思われる腕。
しかしその腕は生きた人間ではありえない紫の体色をしていて、無理やり引きちぎられた断面から血の代わりに紫色の粘液を噴き出していた。

「あ・・・あぁ・・・あ・・あ」

目の前の悪夢に意識を塗り替えられる。
方多がなおもその腕を外そうとするがまるで鋼のようにびくともしない

― ・・・・ひどいですわ・・ ―

女性の声が響く。
その声は地の底からの声のように重く、陰鬱で聞くものを不安にさせた。

「なんだよ!!!一体なんだよ!!!」

方多が半狂乱になって叫ぶ。

「ワタクシ?ワタクシはミナサマ目の前におりますよ?」

三人の目の前
そこには件の「自販機」しかない。
三人が凝視する中、ぐにゃりと自販機が「溶けた」。
そしてその紫色の液体は徐々に人の形を取り始める。
それと同時に方多の手を掴む「腕」が外れ、スルスルとその存在の右腕に繋がる。
艶やかな黒髪をポニーテールにまとめ、スレンダーでありながらも雄の色情を催させる身体。
万人が見れば万人が美女と答えるだろう、ただし彼女の下半身を見なければ。
無数の目とうねうねと動く無数の触手。
そして、夜の月のような温かみを感じない瞳。
麻薬耽溺者や幻視者ですら想像できない、人の意識の外に存在するもの。
彼女はまさに「名状しがたきもの」だ。

「生身でお会いするのは初めてございますね。ワタクシはショゴスのジュナと申します」

その化け物は深々と頭を下げる。
俺は二人に目配せする。
化け物が俺たちに目線を外した。
逃げるのは今しかない。
放たれた矢の如く、俺たちはわき目を振らずに出口へと走り出す。
幸い、エントラスまでは障害物一つない。
背の低い島田が飛ぶように駆けドアを開く。
外には化け物の姿はなく、青空が広がっている。
もうすぐ。
もうすぐだ。

ドタッ!

方多が俺の背後で倒れた。

「手を掴め!!方多!!!」

方多は涙と涎を垂れ流し、そしてかすかなアンモニア臭から彼は失禁していた。

「俺ぇ・・・・もうだめだ・・・」

「駄目じゃねぇ!!おらっ立て!!逃げんぞ!!」

「駄目なんだよ!!!」

「だから立てよ!!」

「もう足が・・・・・」

「足って・・・!」

見ると倒れた方多の足に無数の触手が絡みついていた。

「方多様・・・存じておりますよ。糖尿病でインスリン治療一歩手前、体脂肪率は30パーセント越え。ワタクシがお仕えし健康で淫らな性活をお約束しますわ」

ジュナと名乗った名状しがたい不定形の化け物は方多をずるずると奥へ引きずっていく。
俺も島田も方多の手を引くが、車に引かれているかのようにまるでビクともしなかった。

「あらあら・・・」

ジュナは心底愉快そうに笑みを浮かべる。
その笑みは見惚れるかのような美しさと、餓えた獣の見せる獰猛さを秘めていた。

「ワタクシ、本来強引なのは嫌いなのですが・・!」

ジュナから伸びた触手が俺の足を払う。
その瞬間、もう一つの触手が俺をレストランの外へ弾き出た。

「では、ミナサマごきげんよう」

ギィィィィィ

古い木材が軋む音を響かせながらレストランのドアが閉まっていく。
化け物女の笑みの残して・・・・・




定期の見回りを終え、ログハウスに戻ると管理用コンピューターに一通のメールが来ていた。
送り主は「九十九荘旅館」とある。

「女将さんからの定期連絡か。どれどれ・・・」

送付されたプロフィールには男性の写真と性癖、そしてそれまで歩んできた人生などが記入してある。
文面を確認し印刷しておく。
同時にいつ訪れる予定かも記入しておく。
内容に間違いがあってはならないため何度も確認する。
今は「客」がいる。
掲示板に張り付けるのは午後にしよう。
とりあえずは今は休もう。
このログハウスに人が来ることはないが、念のためドアに鍵をかけ身をベットに横たえた。




「ハァッ!ハァッ」

研究暮らしで鈍った身体に鞭打ち俺は走った。

〜 ねぇねぇあの男良さそう 〜

〜 丸呑みにしちゃおうかしら 〜

そこここで女性達の声が木霊する。
美しい声、かのオデュセウスを惑わしたセイレーネの歌のようだ。
その言葉に耳を傾けてはいけない。
その姿を目にしてはならない。
もし少しでも心を許せば、きっと・・・・・




ドンドン!!!!

少々外が騒がしい。
ベッドから身を起こすとドアへと向かった。




― レストラン ギルマンハウス ―

方多という男はとかく諦めの良い男だった。
自己評価はかなり低く、フラれるからと女性に本気で愛を告白することなく童貞切りもソープで済ませたほどだ。
故に、抵抗せず彼は静かに目を閉じた。
グリードのような丸呑みか、それともホステルばりの拷問か。

「あの化け物は触手まみれだったなぁ・・・・俺が女だったら触手苗床エンドか、男だから関係・・・・やおい関連じゃ触手責めってあるんだっけ!」

諦めの良い男であっても流石にアナル触手責め、アへ顔ダブルピース死だけはいただけない。

「嫌だぁぁぁぁぁ!!!!!!俺は処女なんだ!!!生娘なんだぁぁぁぁぁ!!!!!」

じゃあお前、どっかの野郎にアナル処女を捧げるつもりなのかとツッコミを入れたくなるが、それだけ彼は必至だった。
そんな彼の必死の抵抗も空しくズルズルと引きずられる。
そしてそのまま何かに座らせられる。

「ああ電気椅子か・・・畜生!大小便垂れ流して最後まで迷惑かけてやる!!!!!」

彼が力み始めた時だ。
ある匂いが彼の鼻腔を刺激した。
それはパンチェッタと濃厚なパルミジャーノ・レッジャーノの香リ、かつて方多は「ソレ」にハマったばかりに太ってしまった魔性のパスタ。
カルボナーラの匂いだ。
方多が恐る恐る目を開けると、そこには山盛りのカルボナーラとこれまた彼が愛飲しているドライ・オロロソも用意してあった。

「?」

「そう固くなってはお食事は楽しめませんわ」

方多が振り向くと例の化け物が立っていた。
クドイようだが彼は諦めの良い男だ。
瞬時に目の前のカルボナーラが「最後の食事」であると理解した。

「うぅっ美味いよぉ・・・死にたくないよぉぉぉぉ!!!アへ顔ダブルピース死なんてしたくないよぉ!!!!」

大泣きしながらカルボナーラをバカ食いする異様な光景に流石のショゴスでも困惑を隠せない。

「あの・・・・ワタクシは何もご主人様を害するつもりはありませんわ」

「へ?」

「だからワタクシはご主人様を害せません!!」

「でも触手で・・・・・」

「少々お待ちくださいませ」

触手が彼女の姿を包む。
目の前で紫色の肌が血色のよい色へと変わり、瞳も青い色へと変わり服もクラシックなフレンチメイドスタイルへと変わる。
触手もすべて彼女の服の下に収納され彼女の「変態」は完了する。

「・・・・・・綺麗だ」

彼は幼い頃から聞き分けの良い子供だった。
「隣の〇〇君が〇〇を買ってもらったって!!僕も欲しい!!」的な発言すらしたことがない。
しかし、目の前の女性はどうだ。
もし許されるなら、いや許されなくとも彼女を犯しつくしたい。
ドント・ブリーズの変態爺のように地下室に監禁して自らの子を孕ませたいとまで思うくらいの美しさがあった。

「・・・・ようやく落ち着いてくださいましたね」

「君がさっきのアレだったの?とてもそうは思えない・・・完璧すぎる」

「ええ、そうですわ。ワタクシたちショゴスはお仕えする主の思うままに姿をかえることができます」

「?ちょっとまてさっき主って」

「貴方様のことですわ。ワタクシがお仕えする主様」

さも当然のことのように言う、ショゴスのジュナ。

「えっ?えっ?え?」

「どうして?って顔をされていますね。奉仕服従はワタクシたちの存在意義。ワタクシたちはその昔ある存在によって生み出されました。そう・・・有体に言えば家畜として」

「家畜?」

「ええ、この身体は見ての通り、どのような姿にもなれますし食用にだってなります。気の遠くなるような時間我々はその存在に仕えておりました。やがて、我々にある意識が生まれました」

「それは・・・?」

「愛です!!」

「愛?!」

「そうです愛です!ラブです!アモーレです!!殿方に愛されたい!!prprhuhuしたいされたいされまくりたい!!!」

いままでの瀟洒な態度は何処へ?と言いたくなるような変貌。
逆に冷静になる方多。

「ワタクシは愛する殿方を求めました。でも、こんな身体じゃ誰も愛してくれはしない・・・。だからワタクシは世界を渡ったのです!!愛するために!愛されるために!」

「俺と・・俺と同じだ・・・」

聞き分けが良い。
諦めが良い。
違う。
本当はわがままも言いたかった!
本当は身を焦がすような恋愛をしてみたかった!!

「俺も愛したい!愛されたかった!!」

「だから!!ワタクシは貴方様を選んだのです!!同じ寂しさを感じている貴方様に!!!」

ジュナは方多を抱きしめた。
彼女は暖かった。
冷たい凍えるような「化け物」じゃない。
寂しがり屋の女の子だった。

「・・・元の姿に戻ってくれないか」

「でもそれでは・・・・」

「いいんだ」

ジュナが目を閉じ、再び青紫色の肌を持ったショゴスの姿へと変わる。
方多が彼女に触れる。
嫌悪感はまだある。
だが、触れた彼女の身体は暖かった。

「こんな醜い私でも愛してくれますか?」

彼は静かに頷いた。











17/01/17 19:31更新 / 法螺男
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