一年越しのイヴ ― 電池は別売りです ―
吾輩は変態である。それも飛び切りの変態なのである。
とはいえ、婦女子を死ぬまで痛めつけたり、排泄物を口にするような類のものではない。
吾輩はその・・・・無機物、それも人形に欲情してしまうのである。
つまりは性処理用の人形、つまりはダッチワイフや生々しい性器の造形が施されたフィギュアに昂りを感じてしまうのだ。
吾輩がこのような難儀な性癖を持ったのは、思えば幼少期の出会いがきっかけであった。
諸兄は「活人形」(いきにんぎょう)と呼ばれるアーティファクトを知っておられるか?
現代よりも娯楽の少なかった江戸時代、庶民の娯楽の王様といえば見世物小屋であった。どこぞで生まれた奇形の動物を細工した妖怪や猿や魚を素材にした人魚のミイラ、そういった胡乱な出し物の一つに活人形があった。
講談や怪奇談、神話や合戦の風景、果ては出産する女性すら題材として生み出されたそれは文字通り、生きているかのように躍動感あふれる造形がなされていた。
そういった有象無象の人形師の中で天才とうたわれた人形師がいる。
その名は「松本喜三郎」。彼は江戸時代から明治にかけて活躍した人物だ。
あれは吾輩が齢12の頃のことだ。暑い夏、熊本に住んでいる母方の祖母の家に遊びに行った時母や親戚に連れられて浄国寺へ参詣にいった。
もう40となるのにあの日感じた興奮を吾輩は今でも思い出せる。
厳かな寺院の奥、博多織の巡礼装束に身を包んだ女性の立像。
彼女の名は「谷汲観音」。悩み苦しみ道を見失った人々に道を示す仏。
されど、彼女は仏像にしては肉感的で、吾輩は生まれて初めて「女」というものを知った。
その夜・・・・吾輩の夢に「彼女」は現れた。
服を脱ぎ捨て吾輩を抱く「彼女」。「セックス」という言葉を知っていても実感はなく、故にただの淫夢であってもその快楽は吾輩を「男」にするには充分であったのだ。
・・・・吾輩は夢精で精通を迎えたのである。
月日は流れ、吾輩は大学院で民俗学の講師をするまでになった。
西洋のおとぎ話に性的な教訓や戒めがあるように、我が国の民話にも性的なメタファーが組み込まれることが多い。「瓜子姫」などはその内容からして児童売買を匂わせ、「オシラ様」などは五穀豊穣を願い生娘を馬や牛と交わらせたことが下地となっている。
吾輩は現代において消え去りつつある地方の様々な風習を貪欲に狩猟し、その裏に潜む日本人の精神性を研究しているのだ。
さて、吾輩はその嗜好からして性処理は陰門、つまりはオナホールを使用している。
ダッチワイフを使用したこともあるが、やはり人間の「代用品」としての意味合いが強い。
ならば高価なリアルドールよりも安価なオナホールを処理に使ったほうがいい。
「外地」より、見目麗しい魔物娘が渡来するようになったとはいえ、しかしながら吾輩を満足させてくれる魔物とは出会えてはいないのだ。
諸兄は人形が魔力を得て動き出した「リビングドール」や「ゴーレム」など無機物寄りの魔物娘を思い出されるかもしれない。
・・・・・・ダメなのだ。
彼女達に問題があるのではない。実際、魔物娘婚活パーティーで出会ったリビングドールはその博識さに流石の吾輩でも舌を巻いた。
それでいて美しく彼女から性交に誘われもした。
しかし・・・ダメなのだ。
人形が人間らしくふるまうのではなく、対象である「人形」に人間と決定的に違いながらもその中に息づく「人間性」がなければいけないのだ。
― 何か悲しいね・・・・ ―
そう呟くと「リサ」と名乗ったリビングドールの彼女は私にメモを渡してくれた。
― 私では貴方の助けになれなかったけどこの人なら助けてくれるわ ―
メモには「メーア特殊機器製作所」とあった。
後日、研究がひと区切りついたので吾輩はアポイントメントを取り、件のメーア特殊機器製作所へと足を運んだ。
玄人が立ち寄るようなジャンク部品を扱う商店や日本語以外の東南アジアの言葉を話す人々が行き交う通り、その奥まった場所にその店があった。
看板もなく、正直ココが目指す場所であるとはいえなかったが、しかし住所は合っていた。
吾輩は古風な真鍮製のドアノッカーを数回叩いた。
「連絡させていただいた泉である。在宅なりや?」
「はいはい。今開けますよっと!」
若い女児の声がドア向こうから響く。
バンッ!ガシャッ!ウィィィィィィン!!!
ドアが開くや否や、巨大な「鉄の手」が吾輩を捕えた。
驚く暇もなく吾輩はその店の中へと強引に連れ込まれてしまったのだ。
「ええっと、いずみっちはコーヒーでいい?」
マジックハンドに強引に座らせられたソファー。どうやら吾輩は彼女に一応、歓迎されているようだ。
「ええ、それで頼むのである」
目の前には店主のメーア。目にも鮮やかな緑の髪と獣の耳、その幼い体躯から恐らくは「グレムリン」と呼ばれる魔物であると吾輩は判断する。
グレムリンと言えば、機械、それも自立起動可能なロボットの製造や修理を得意とする種族だ。
「まぁ、これでも飲みながら話を聞かせてもらおうか」
目の前に湯気の立ったマグカップが置かれる。
「お茶請けのような気取ったモンはないけどOK?]
吾輩は静かに頷いた。
「リサの紹介だからな。事情を話してみなよ」
「それはであるな・・・・」
ここまで来て恥ずかしいことも何もない。
それに彼女とて腹を割ってくれた方がいいだろう。
吾輩は此処までの経緯を彼女に全て話した。
「ふ〜〜〜ん、確かに難儀な性癖だわな」
「こんな性癖。馬鹿にされると思っていたのであるが・・・」
「その様子だと、ウチのことをあまり詳しくは知っていないようだね。ついて来なよ、いずみっち」
少々、馴れ馴れしい態度が鼻につくが彼女は真剣に吾輩の話を聞いてくれたようだ。
カタン・・・カタン・・・
彼女に連れられ、恐らくDIYで作られたであろう、少々強度が気になる階段を下りる。
「ここは・・・・・!」
「どぉ?ここがあたしの工房さ」
数基の何らかの保存液が満たされたチューブの一つ一つに「人間」が入れられていた。
人間?いや違う、これは・・・・・。
「オートマトン。あんたらの言う外地で発掘された人型の奉仕機械さ」
「それは知ってるのである。でも何でこんなに?」
「あたしは以前、外地で冒険屋をしていてね。偶然、組み立て前のオートマトンを大量に見つけたのさ。もっともそんなモン持っていたら外地じゃ、命がいくらあっても足りない。それでお宝と一緒にコチラへ移住したわけよ」
「だからであるか・・・・」
チューブの中のオートマトンは首がなかったり、腹部が開かれ内部機構が露出していたりと皆「未完成」だった。
「で、これからが本題。どうだい?このコたちは?」
「どおって?」
「ヤりたいかってことだよ!」
そう言うと、メーアは人差し指と中指の間に親指を挟んで吾輩に見せる。
「・・・・・・」
「あ、もう答えなくてもいいよ。あんたのソコは正直なようだからね」
吾輩の顔が羞恥に染まる。恥ずかしながら勃起していたらしい。
「じゃあ、商談を始めるとするかね」
吾輩は結局の所、メーアの「商品」を買うことにした。
高級外車一台分の価格は確かに高価ではあるが、吾輩に払えない額ではない。
無論、購入する以上は彼女に様々なオプションを要求した。
購入するオートマトンの髪は黒で腰までのストレート、バストウェストヒップ全てを指定した。
「・・・・・遂に来たか」
今吾輩の目の前には一か月前、製作所の地下で見たようなチューブに入ったオートマトンがいる。
父から受け継いだ邸宅には吾輩一人しかなく、故に吾輩がこのような「奇行」に走ったとしてもそれを咎めるものはいない。
吾輩ははやる気持ちを抑えながら付属のマニュアルを読み起動作業に入った。
― エネルギーが足りません ―
「へ?」
もう一度起動を試みる、が。
― だからエネルギーが足りねーって言ってんだろ!!糞が!!! ―
・・・・今度は罵倒されたのである。
たまらず、吾輩は製作者であるメーアの連絡した。
「あ、それね。ウチ電池は別売りなんだわ」
「だ・か・ら!!!その電池って一体なんなのである!!!!」
「オートマトンでも魔物娘だぜ?精に決まってんだろ!精!スペルマ!ザーメン!」
「・・・・返品」
「ン?返品すんの?いいよ。でも半金はもらうよ?ついでに次に買いたいってもダメだかんね」
「え?」
「そりゃそうだよ。こっちだって身を削るようにして、それこそマンコからガキをひりだすようにしてコイツを作ったんだ。返品なんてされたらやってらんないよ」
急に吾輩は「彼女」が惜しくなった。
「取り乱して済まないのである。改めて教えを請いたいのである」
「ん?ヤる気になったのかい?じゃあメインコンソール左にツマミが見えるか。ソレを右にひねってごらん」
「あ・・・確かに。コレかな・・」
吾輩がツマミを右に回すと、カシャっと小気味いい音と共に直径14センチ程の円筒が飛び出した。
「これは何であるか?」
「それは起動に必要な精を補給するための搾精器、つまりはオナホールだよ。これもあたしの自慢でね、ローションも電池もいらないし使った後の洗浄も必要のない逸品さ」
円筒を裏返すと、メーアが言う通りオナホールになっていた。
赤黒く、男子の肉欲をそそるような造形に、様々なオナホールを試してきた吾輩でも興奮を抑えられなかった。
「使い方は・・・・愚問か。ソイツを使って抜いて元の場所に押し込んでくれれば後は勝手にやってくれる。だけど一つ、一度使ったらもう返品はできないよ?」
愚問である。
「じゃあ、一時間後にまた電話をかけてね」
そう言うと、メーアは電話を切った。
吾輩はその搾精器を握るとメーアの言っていた「補給作業」を開始した。
「メーアだよ。どうだい?あたしのオナホールの感想は?最高だろ」
「確かに最高だったのであるが・・・・・」
メインコンソールを見る。パネルには円形のグラフが表示されていて、満タンには程遠かったのである。
「必要な精の量を見てびっくりした?」
「一回で起動できないとは思わなかったのである・・・」
「あんたは40代ってもまだまだ性欲はあるだろ?一日一回以上、精を補給し続ければ必ず起動できるさ。そのための搾精器が用意されているんだからな。おまけもあるしね」
「おまけとはなんであるか?」
「コイツには精が補給されるにつれて様々な機能が解放されるようになってるのさ。メインコンソールのメニューボタンを押しな」
ポチ
ディスプレーに様々な意匠のコスチュームが表示される。
「マルチコスプレシステム。まだまだ起動には程遠いけど、巫女さんからマイクロビキニにボンテージ、全裸もお好みのままさ」
吾輩は好奇心に負けボンテージを選択した。
「彼女」が着ていた白いワンピースが泡立つと、まるで意思を持ったかのように形が変わり彼女のむっちりとした肉感的な肢体を締め付けるエナメルのボンテージへとコンバートされる。
「美しいのである・・・・」
「お気に召してくださり光栄だね。じゃあ、なんかあったらまた電話しなよ。何時でもいいからさ。あ、忘れるところだった、いずみっち良質な精を出すためには規則正しい生活と運動が必要だよ?」
・・・・メーアは一言多いのである。
吾輩の伴侶となるオートマタを手に入れてもはや半年以上経ったのである。
我が書斎。吾輩の祖父や父が集めた古今東西の書物が収められたソコ。吾輩はその中からお気に入りの小説を手にしていた。
「芳雄さんその本は?」
「これはヴィリエ・ド・リラダンの未来のイヴなのである。古典SFの名作の一つで、人間と機械との恋愛を扱った小説なのである」
「小説の結末はどうなるのですか?」
・・・・この小説の結末は悲惨である。
船の事故で主人公は伴侶である機械人形の「ハダリー」を失い、彼女を心から愛していた主人公は発狂してしまう。
しかし、そのような結末を彼女に話したくはないのである。
「あいにくと吾輩はフランス語は苦手なので、結末は知らないのである」
ギュッ!
「?!」
「私は何処にも行きませんわ。芳雄さん・・・・」
彼女は吾輩よりも若干背の高い身体を折り、その濡れた唇を吾輩の唇に落とした。
気が付くと、吾輩は邸宅のベットで目を覚ましていた。
傍らには「彼女」はいない。
吾輩はガウンを羽織ると、いつものように「彼女」が安置されている地下室へと向かった。
タンクのゲージが三分の二を超えたあたりから、吾輩の夢に「彼女」が現れるようになった。
メーア曰く、「彼女」も伴侶に会いたくなったとのことで、非科学的ではあるが吾輩は夢の中限定で彼女との逢瀬を楽しみそして身を交えた。
・・・・最高であった。
しかしながら、最高過ぎて大切な精を夢精という形で浪費してしまったのは痛恨の痛みであったが。
吾輩はいつものように使い込んだ搾精器を取り出すと、チューブ越しに全裸で横たわる「彼女」のヴァギナにソレをあてがい熱く滾る肉槍を挿入した。
彼女を手に入れて以来、健康的な生活を心掛けているおかげか「彼女」へと捧げる精の量も増えたが、この疑似的な性交を行ったほうが迸る精の量も多く効率が良かったのである。
程なくして吾輩が果てると、ザーメンが零れないように注意しながらチューブをメインコンソールの挿入口へと押し込む。
ピピッ!
― エネルギーゲージが満タンになりました。これより覚醒シークエンスへと移行します。マスターの血液認証を ―
コンソールの一部が開き、メーアに教えられた通りに手のひらを乗せた。
魔界銀製の針を使用しているようで痛みはなかった。
― DNA登録完了 ―
ブゥゥーン・・・
低い起動音が高まる。
そして・・・その時はやってきた。
バシュッ!バッ!バッ!
チューブが跳ね上がり、「彼女」が身を起こした。
「初めまして芳雄さん。ようやく現実でも会えた・・・。不躾で申し訳ありませんが、私に名前をつけて頂けませんか?」
鈴を鳴らすような声、肉感的な身体を走るメンテナンスハッチ。夢の中でしか会えなかった「彼女」が目の前に立っていた。
今宵はクリスマスイブである。
ならば選ぶ名前は一つだけである。
「そなたの名はイヴである。美しく、愛しい人よ」
硬くそして熱く滾る吾輩の肉塊にとって、身を包む衣服は拘束服に他ならず仕立ての良いナイトガウンを引き裂くように脱ぎ放つ。
「さぁ・・・最後の認証を・・・愛しき芳雄さんの精を直接この肢体に刻み付けてください」
吾輩に答えなかった。
ケダモノのように彼女を組み敷き、一年越しの劣情を「生まれたばかり」の無垢な肢体に吐き出していた。
さて、一年越しではあるが理想の伴侶を得た吾輩であるが・・・・
「味噌汁おかわり!!」
「はい!義母さま」
吾輩の邸宅の食卓に揺れる緑髪。
「どうして吾輩の邸宅にメーアがいるのである!!!」
「そりゃ・・・。仕事でポカやって店が吹っ飛んじまったんだよ。やっぱり家族は助け合わないとね!」
吾輩の脳裏に店の地下室で見たオートマトンたちの姿が過る。
「あ、未完成のオートマトンは知り合いのグリムリンたちに引き取ってもらったから大丈夫だよ」
「店はどうするのであるのか?」
「廃業廃業。だって売れないもん。いやぁ、流石に起動に一年かかると聞いて買う奴なんていないよ。でも、いずみっちは誇っていいよ。なんてったって、一年も彼女のことを想い続けたんだからね」
「メーア・・・って!いい話で終わらせようとしないのである!!」
「ったく!」
メーアが腕につけたグローブを操作する。
ガシュッ!ガシャ!!!
かつてメーアの店で「見慣れた」マジックハンドが吾輩を拘束する。
「これはなんであるか!!このっ!!!このっ!!」
抵抗しても一向に戒めは解けず、さらに伸びてきた二つのマジックハンドが吾輩の両足を拘束して持ち上げる。
40男のM字開脚。我ながら酷い絵面である。
「いずみっちってさ、契約の時に終身永久保証サポートサービスを申し込んだよね?あれってさ、私らの業界じゃね・・・・婚姻と一緒なのよね」
メーアの瞳が吾輩を射抜く。
「だから、この家に私が居てもいいわけ、OK?」
「わかったわかった!!居ていい!!ずっと居ていいから吾輩を早く開放するのである!!!」
「わかってもらって嬉しいよ」
メーアが満面の笑みを浮かべる。
「じゃあサポートを開始するね!」
「サポートとはなんであるか!!!」
「そりゃ、娘の負担を減らしてやるのもサポートだろ?」
そう言うとメーアは吾輩のベルトは外しにかかる。
「助けてくれイヴ!!このままではそなたの生みの母に吾輩がNTRされるのである!!」
「芳雄さん・・・・これは何ですか?」
イヴが見せたもの、それは煽情的な女性が描かれた漫画本、所謂「エロ劇画」であった。
タイトルは「極上親子丼 ― 隠し味は義母様 ― 」
吾輩自ら書斎の隠し抽斗に隠し込んだ代物である。
「私の存在意義は芳雄さんを満足させること。この行為は芳雄さんの要求を満足させる行為であると判断します」
「あ・・・・あ・・・あ・・」
「正妻の許可も出たしね・・・・さあ、抜きサポの時間だよ!!!!」
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
その日伴侶とその生みの母に散々搾られ、吾輩は生まれて初めて太陽が「黄色く」見えたのである・・・・。
とはいえ、婦女子を死ぬまで痛めつけたり、排泄物を口にするような類のものではない。
吾輩はその・・・・無機物、それも人形に欲情してしまうのである。
つまりは性処理用の人形、つまりはダッチワイフや生々しい性器の造形が施されたフィギュアに昂りを感じてしまうのだ。
吾輩がこのような難儀な性癖を持ったのは、思えば幼少期の出会いがきっかけであった。
諸兄は「活人形」(いきにんぎょう)と呼ばれるアーティファクトを知っておられるか?
現代よりも娯楽の少なかった江戸時代、庶民の娯楽の王様といえば見世物小屋であった。どこぞで生まれた奇形の動物を細工した妖怪や猿や魚を素材にした人魚のミイラ、そういった胡乱な出し物の一つに活人形があった。
講談や怪奇談、神話や合戦の風景、果ては出産する女性すら題材として生み出されたそれは文字通り、生きているかのように躍動感あふれる造形がなされていた。
そういった有象無象の人形師の中で天才とうたわれた人形師がいる。
その名は「松本喜三郎」。彼は江戸時代から明治にかけて活躍した人物だ。
あれは吾輩が齢12の頃のことだ。暑い夏、熊本に住んでいる母方の祖母の家に遊びに行った時母や親戚に連れられて浄国寺へ参詣にいった。
もう40となるのにあの日感じた興奮を吾輩は今でも思い出せる。
厳かな寺院の奥、博多織の巡礼装束に身を包んだ女性の立像。
彼女の名は「谷汲観音」。悩み苦しみ道を見失った人々に道を示す仏。
されど、彼女は仏像にしては肉感的で、吾輩は生まれて初めて「女」というものを知った。
その夜・・・・吾輩の夢に「彼女」は現れた。
服を脱ぎ捨て吾輩を抱く「彼女」。「セックス」という言葉を知っていても実感はなく、故にただの淫夢であってもその快楽は吾輩を「男」にするには充分であったのだ。
・・・・吾輩は夢精で精通を迎えたのである。
月日は流れ、吾輩は大学院で民俗学の講師をするまでになった。
西洋のおとぎ話に性的な教訓や戒めがあるように、我が国の民話にも性的なメタファーが組み込まれることが多い。「瓜子姫」などはその内容からして児童売買を匂わせ、「オシラ様」などは五穀豊穣を願い生娘を馬や牛と交わらせたことが下地となっている。
吾輩は現代において消え去りつつある地方の様々な風習を貪欲に狩猟し、その裏に潜む日本人の精神性を研究しているのだ。
さて、吾輩はその嗜好からして性処理は陰門、つまりはオナホールを使用している。
ダッチワイフを使用したこともあるが、やはり人間の「代用品」としての意味合いが強い。
ならば高価なリアルドールよりも安価なオナホールを処理に使ったほうがいい。
「外地」より、見目麗しい魔物娘が渡来するようになったとはいえ、しかしながら吾輩を満足させてくれる魔物とは出会えてはいないのだ。
諸兄は人形が魔力を得て動き出した「リビングドール」や「ゴーレム」など無機物寄りの魔物娘を思い出されるかもしれない。
・・・・・・ダメなのだ。
彼女達に問題があるのではない。実際、魔物娘婚活パーティーで出会ったリビングドールはその博識さに流石の吾輩でも舌を巻いた。
それでいて美しく彼女から性交に誘われもした。
しかし・・・ダメなのだ。
人形が人間らしくふるまうのではなく、対象である「人形」に人間と決定的に違いながらもその中に息づく「人間性」がなければいけないのだ。
― 何か悲しいね・・・・ ―
そう呟くと「リサ」と名乗ったリビングドールの彼女は私にメモを渡してくれた。
― 私では貴方の助けになれなかったけどこの人なら助けてくれるわ ―
メモには「メーア特殊機器製作所」とあった。
後日、研究がひと区切りついたので吾輩はアポイントメントを取り、件のメーア特殊機器製作所へと足を運んだ。
玄人が立ち寄るようなジャンク部品を扱う商店や日本語以外の東南アジアの言葉を話す人々が行き交う通り、その奥まった場所にその店があった。
看板もなく、正直ココが目指す場所であるとはいえなかったが、しかし住所は合っていた。
吾輩は古風な真鍮製のドアノッカーを数回叩いた。
「連絡させていただいた泉である。在宅なりや?」
「はいはい。今開けますよっと!」
若い女児の声がドア向こうから響く。
バンッ!ガシャッ!ウィィィィィィン!!!
ドアが開くや否や、巨大な「鉄の手」が吾輩を捕えた。
驚く暇もなく吾輩はその店の中へと強引に連れ込まれてしまったのだ。
「ええっと、いずみっちはコーヒーでいい?」
マジックハンドに強引に座らせられたソファー。どうやら吾輩は彼女に一応、歓迎されているようだ。
「ええ、それで頼むのである」
目の前には店主のメーア。目にも鮮やかな緑の髪と獣の耳、その幼い体躯から恐らくは「グレムリン」と呼ばれる魔物であると吾輩は判断する。
グレムリンと言えば、機械、それも自立起動可能なロボットの製造や修理を得意とする種族だ。
「まぁ、これでも飲みながら話を聞かせてもらおうか」
目の前に湯気の立ったマグカップが置かれる。
「お茶請けのような気取ったモンはないけどOK?]
吾輩は静かに頷いた。
「リサの紹介だからな。事情を話してみなよ」
「それはであるな・・・・」
ここまで来て恥ずかしいことも何もない。
それに彼女とて腹を割ってくれた方がいいだろう。
吾輩は此処までの経緯を彼女に全て話した。
「ふ〜〜〜ん、確かに難儀な性癖だわな」
「こんな性癖。馬鹿にされると思っていたのであるが・・・」
「その様子だと、ウチのことをあまり詳しくは知っていないようだね。ついて来なよ、いずみっち」
少々、馴れ馴れしい態度が鼻につくが彼女は真剣に吾輩の話を聞いてくれたようだ。
カタン・・・カタン・・・
彼女に連れられ、恐らくDIYで作られたであろう、少々強度が気になる階段を下りる。
「ここは・・・・・!」
「どぉ?ここがあたしの工房さ」
数基の何らかの保存液が満たされたチューブの一つ一つに「人間」が入れられていた。
人間?いや違う、これは・・・・・。
「オートマトン。あんたらの言う外地で発掘された人型の奉仕機械さ」
「それは知ってるのである。でも何でこんなに?」
「あたしは以前、外地で冒険屋をしていてね。偶然、組み立て前のオートマトンを大量に見つけたのさ。もっともそんなモン持っていたら外地じゃ、命がいくらあっても足りない。それでお宝と一緒にコチラへ移住したわけよ」
「だからであるか・・・・」
チューブの中のオートマトンは首がなかったり、腹部が開かれ内部機構が露出していたりと皆「未完成」だった。
「で、これからが本題。どうだい?このコたちは?」
「どおって?」
「ヤりたいかってことだよ!」
そう言うと、メーアは人差し指と中指の間に親指を挟んで吾輩に見せる。
「・・・・・・」
「あ、もう答えなくてもいいよ。あんたのソコは正直なようだからね」
吾輩の顔が羞恥に染まる。恥ずかしながら勃起していたらしい。
「じゃあ、商談を始めるとするかね」
吾輩は結局の所、メーアの「商品」を買うことにした。
高級外車一台分の価格は確かに高価ではあるが、吾輩に払えない額ではない。
無論、購入する以上は彼女に様々なオプションを要求した。
購入するオートマトンの髪は黒で腰までのストレート、バストウェストヒップ全てを指定した。
「・・・・・遂に来たか」
今吾輩の目の前には一か月前、製作所の地下で見たようなチューブに入ったオートマトンがいる。
父から受け継いだ邸宅には吾輩一人しかなく、故に吾輩がこのような「奇行」に走ったとしてもそれを咎めるものはいない。
吾輩ははやる気持ちを抑えながら付属のマニュアルを読み起動作業に入った。
― エネルギーが足りません ―
「へ?」
もう一度起動を試みる、が。
― だからエネルギーが足りねーって言ってんだろ!!糞が!!! ―
・・・・今度は罵倒されたのである。
たまらず、吾輩は製作者であるメーアの連絡した。
「あ、それね。ウチ電池は別売りなんだわ」
「だ・か・ら!!!その電池って一体なんなのである!!!!」
「オートマトンでも魔物娘だぜ?精に決まってんだろ!精!スペルマ!ザーメン!」
「・・・・返品」
「ン?返品すんの?いいよ。でも半金はもらうよ?ついでに次に買いたいってもダメだかんね」
「え?」
「そりゃそうだよ。こっちだって身を削るようにして、それこそマンコからガキをひりだすようにしてコイツを作ったんだ。返品なんてされたらやってらんないよ」
急に吾輩は「彼女」が惜しくなった。
「取り乱して済まないのである。改めて教えを請いたいのである」
「ん?ヤる気になったのかい?じゃあメインコンソール左にツマミが見えるか。ソレを右にひねってごらん」
「あ・・・確かに。コレかな・・」
吾輩がツマミを右に回すと、カシャっと小気味いい音と共に直径14センチ程の円筒が飛び出した。
「これは何であるか?」
「それは起動に必要な精を補給するための搾精器、つまりはオナホールだよ。これもあたしの自慢でね、ローションも電池もいらないし使った後の洗浄も必要のない逸品さ」
円筒を裏返すと、メーアが言う通りオナホールになっていた。
赤黒く、男子の肉欲をそそるような造形に、様々なオナホールを試してきた吾輩でも興奮を抑えられなかった。
「使い方は・・・・愚問か。ソイツを使って抜いて元の場所に押し込んでくれれば後は勝手にやってくれる。だけど一つ、一度使ったらもう返品はできないよ?」
愚問である。
「じゃあ、一時間後にまた電話をかけてね」
そう言うと、メーアは電話を切った。
吾輩はその搾精器を握るとメーアの言っていた「補給作業」を開始した。
「メーアだよ。どうだい?あたしのオナホールの感想は?最高だろ」
「確かに最高だったのであるが・・・・・」
メインコンソールを見る。パネルには円形のグラフが表示されていて、満タンには程遠かったのである。
「必要な精の量を見てびっくりした?」
「一回で起動できないとは思わなかったのである・・・」
「あんたは40代ってもまだまだ性欲はあるだろ?一日一回以上、精を補給し続ければ必ず起動できるさ。そのための搾精器が用意されているんだからな。おまけもあるしね」
「おまけとはなんであるか?」
「コイツには精が補給されるにつれて様々な機能が解放されるようになってるのさ。メインコンソールのメニューボタンを押しな」
ポチ
ディスプレーに様々な意匠のコスチュームが表示される。
「マルチコスプレシステム。まだまだ起動には程遠いけど、巫女さんからマイクロビキニにボンテージ、全裸もお好みのままさ」
吾輩は好奇心に負けボンテージを選択した。
「彼女」が着ていた白いワンピースが泡立つと、まるで意思を持ったかのように形が変わり彼女のむっちりとした肉感的な肢体を締め付けるエナメルのボンテージへとコンバートされる。
「美しいのである・・・・」
「お気に召してくださり光栄だね。じゃあ、なんかあったらまた電話しなよ。何時でもいいからさ。あ、忘れるところだった、いずみっち良質な精を出すためには規則正しい生活と運動が必要だよ?」
・・・・メーアは一言多いのである。
吾輩の伴侶となるオートマタを手に入れてもはや半年以上経ったのである。
我が書斎。吾輩の祖父や父が集めた古今東西の書物が収められたソコ。吾輩はその中からお気に入りの小説を手にしていた。
「芳雄さんその本は?」
「これはヴィリエ・ド・リラダンの未来のイヴなのである。古典SFの名作の一つで、人間と機械との恋愛を扱った小説なのである」
「小説の結末はどうなるのですか?」
・・・・この小説の結末は悲惨である。
船の事故で主人公は伴侶である機械人形の「ハダリー」を失い、彼女を心から愛していた主人公は発狂してしまう。
しかし、そのような結末を彼女に話したくはないのである。
「あいにくと吾輩はフランス語は苦手なので、結末は知らないのである」
ギュッ!
「?!」
「私は何処にも行きませんわ。芳雄さん・・・・」
彼女は吾輩よりも若干背の高い身体を折り、その濡れた唇を吾輩の唇に落とした。
気が付くと、吾輩は邸宅のベットで目を覚ましていた。
傍らには「彼女」はいない。
吾輩はガウンを羽織ると、いつものように「彼女」が安置されている地下室へと向かった。
タンクのゲージが三分の二を超えたあたりから、吾輩の夢に「彼女」が現れるようになった。
メーア曰く、「彼女」も伴侶に会いたくなったとのことで、非科学的ではあるが吾輩は夢の中限定で彼女との逢瀬を楽しみそして身を交えた。
・・・・最高であった。
しかしながら、最高過ぎて大切な精を夢精という形で浪費してしまったのは痛恨の痛みであったが。
吾輩はいつものように使い込んだ搾精器を取り出すと、チューブ越しに全裸で横たわる「彼女」のヴァギナにソレをあてがい熱く滾る肉槍を挿入した。
彼女を手に入れて以来、健康的な生活を心掛けているおかげか「彼女」へと捧げる精の量も増えたが、この疑似的な性交を行ったほうが迸る精の量も多く効率が良かったのである。
程なくして吾輩が果てると、ザーメンが零れないように注意しながらチューブをメインコンソールの挿入口へと押し込む。
ピピッ!
― エネルギーゲージが満タンになりました。これより覚醒シークエンスへと移行します。マスターの血液認証を ―
コンソールの一部が開き、メーアに教えられた通りに手のひらを乗せた。
魔界銀製の針を使用しているようで痛みはなかった。
― DNA登録完了 ―
ブゥゥーン・・・
低い起動音が高まる。
そして・・・その時はやってきた。
バシュッ!バッ!バッ!
チューブが跳ね上がり、「彼女」が身を起こした。
「初めまして芳雄さん。ようやく現実でも会えた・・・。不躾で申し訳ありませんが、私に名前をつけて頂けませんか?」
鈴を鳴らすような声、肉感的な身体を走るメンテナンスハッチ。夢の中でしか会えなかった「彼女」が目の前に立っていた。
今宵はクリスマスイブである。
ならば選ぶ名前は一つだけである。
「そなたの名はイヴである。美しく、愛しい人よ」
硬くそして熱く滾る吾輩の肉塊にとって、身を包む衣服は拘束服に他ならず仕立ての良いナイトガウンを引き裂くように脱ぎ放つ。
「さぁ・・・最後の認証を・・・愛しき芳雄さんの精を直接この肢体に刻み付けてください」
吾輩に答えなかった。
ケダモノのように彼女を組み敷き、一年越しの劣情を「生まれたばかり」の無垢な肢体に吐き出していた。
さて、一年越しではあるが理想の伴侶を得た吾輩であるが・・・・
「味噌汁おかわり!!」
「はい!義母さま」
吾輩の邸宅の食卓に揺れる緑髪。
「どうして吾輩の邸宅にメーアがいるのである!!!」
「そりゃ・・・。仕事でポカやって店が吹っ飛んじまったんだよ。やっぱり家族は助け合わないとね!」
吾輩の脳裏に店の地下室で見たオートマトンたちの姿が過る。
「あ、未完成のオートマトンは知り合いのグリムリンたちに引き取ってもらったから大丈夫だよ」
「店はどうするのであるのか?」
「廃業廃業。だって売れないもん。いやぁ、流石に起動に一年かかると聞いて買う奴なんていないよ。でも、いずみっちは誇っていいよ。なんてったって、一年も彼女のことを想い続けたんだからね」
「メーア・・・って!いい話で終わらせようとしないのである!!」
「ったく!」
メーアが腕につけたグローブを操作する。
ガシュッ!ガシャ!!!
かつてメーアの店で「見慣れた」マジックハンドが吾輩を拘束する。
「これはなんであるか!!このっ!!!このっ!!」
抵抗しても一向に戒めは解けず、さらに伸びてきた二つのマジックハンドが吾輩の両足を拘束して持ち上げる。
40男のM字開脚。我ながら酷い絵面である。
「いずみっちってさ、契約の時に終身永久保証サポートサービスを申し込んだよね?あれってさ、私らの業界じゃね・・・・婚姻と一緒なのよね」
メーアの瞳が吾輩を射抜く。
「だから、この家に私が居てもいいわけ、OK?」
「わかったわかった!!居ていい!!ずっと居ていいから吾輩を早く開放するのである!!!」
「わかってもらって嬉しいよ」
メーアが満面の笑みを浮かべる。
「じゃあサポートを開始するね!」
「サポートとはなんであるか!!!」
「そりゃ、娘の負担を減らしてやるのもサポートだろ?」
そう言うとメーアは吾輩のベルトは外しにかかる。
「助けてくれイヴ!!このままではそなたの生みの母に吾輩がNTRされるのである!!」
「芳雄さん・・・・これは何ですか?」
イヴが見せたもの、それは煽情的な女性が描かれた漫画本、所謂「エロ劇画」であった。
タイトルは「極上親子丼 ― 隠し味は義母様 ― 」
吾輩自ら書斎の隠し抽斗に隠し込んだ代物である。
「私の存在意義は芳雄さんを満足させること。この行為は芳雄さんの要求を満足させる行為であると判断します」
「あ・・・・あ・・・あ・・」
「正妻の許可も出たしね・・・・さあ、抜きサポの時間だよ!!!!」
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
その日伴侶とその生みの母に散々搾られ、吾輩は生まれて初めて太陽が「黄色く」見えたのである・・・・。
18/04/11 07:02更新 / 法螺男