連載小説
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ゴーゴン人形館
朝を告げる「鳥」達の歌声を聞きながら目を覚ます。
大きなあくびを一つし、妻のいない寂しげなベッドに別れを告げる。

ジューッジューッ

フライパンの中で切り分けたベーコンが踊り、聴覚と嗅覚を刺激する。
ベーコンがほどよく焼きあがったところで皿に乗せ、空いたフライパンに準備しておいたホットケーキのタネを注ぎ入れる。
そして皿の上のベーコンが冷める前に出来上がったばかりのホットケーキを乗せる。
ナイフとフォークを用意して一人きりのテーブルに着いた。

食事を終え、身支度を整えログハウスを出る。
手には仕事に使う手斧。
じっと、目の前の的を見る。
スライスした丸太を鎖で固定した粗末なものだが、距離は七フィート以上ある。
静かに斧を垂直に構えると、左足を踏み込み斧を放つ。
手斧は手から離れた瞬間、回転を始めその勢いのまま的の中心に突き刺さった。
今日もいい日になりそうだ。




「おい居たぜ、噂どおりだな」

物陰から四人の若者が一人の男を見つめていた。
くたびれたコートと目深に被った帽子でどの様な人相か判断できない。

「閉鎖された遊園地に一人残った忘れられた警備員。正体は勝手に住み着いたホームレスとか、精神病院から逃げ出した患者とか言われているな」

背の低い男がスマフォを弄りながら呟く。

「警備員がいるってことはまだ警報機があるわけだろ?やっぱよした方が良くね?光也もそう思うだろ?」

小太りの男が周りを見ながら、髪を茶色に染めた男に同意を求める。

「おいおい方多、俺たちはもうゲートを乗り越えちまっているんだぜ?もし警報機があればすっ飛んでくるだろうよ。それがねぇということは・・・・分かるな。」

方多と呼ばれた小太りの男は静かに頷く。

「どうする角谷?」

眼前から「警備員」と呼ばれた男が立ち去ったのを確認し、方多から角谷と呼ばれたリーダー格の背の高い男がゆっくりと身を起こす。

「島田、最初にお勧めのスポットは?」

島田と呼ばれた背の低い若者は、先ほどから手放さないスマートフォンに表示された文を読み上げる。

「ここがメインエントランスのピクシーの森だから、一番近いのはゴーゴン人形館かな」

「じゃあそこに決まり!」

角谷が手をパンと打ち鳴らし、「角谷」、「方多」、「光也」、「島田」の四人はゆっくりと島田のスマートフォンに表示された地図を頼りにゴーゴン人形館へと向かった。


俺たち四人は大学で同期で、何度か長期休暇を利用して廃墟探検旅行をしている。
今回、たまたま泊まった旅館の女将から昔あった遊園地が廃墟になっていると教えられて此処にいる。
一度もオープンしたことがない遊園地なんて魅力的だ。

「しっかし、デルエラランドなんて、まったくセンスのない名前を考えたもんだな」

「なんでも最も高貴で偉大な名前なんだと」

「おいおい島田、いくらお前の検索能力が高くてもなんでそんなことがわかんだよ?」

島田は光也の軽口に答えず、静かにあるものを指さした。
その先には煽情的な姿の女性の銅像が立っていた。
銅像に「デルエラ陛下万歳」と刻まれ、由来が書かれている。

「銅像に書いてあったよ。何か質問は?」

「・・・・ねぇよ」




プルルルル!

いつもの見回りをしていると園内用の無線機が鳴った。
内容は「フレイア」からお客さんの到着を告げるものだった。

「なに予定よりも早いくらいさ。じゃあ予定通り歓待してくれていい。ああ、くれぐれもやり過ぎない様に」

フレイア自身の準備もあるだろう、早めに通信を切りそのまま、次の連絡先に連絡する。

「ジュナ、フレイアの方にお客が来ている。そちらもアトラクションの準備をしておいてくれ」




俺の目の前には髪が毒蛇となった妖女「ゴーゴン」の絵が書かれた洋館が立っていた。
閉園してもう五年も経っているというのに妙に小奇麗なところと、ゴーゴンの絵が変に艶めかしいのが気になったが、どうやらいたって普通のお化け屋敷のようだ。

「おじゃましますよぉ〜〜〜」

方多がゆっくりとドアを開く。
幸い監視カメラも警報装置も見当たらない。
しかし、電気が入っているわけはないので、あらかじめ持参したフラッシュライトのスイッチを入れる。

「廃墟旅行に来ているのにペンタイプのフラッシュってどうなのよ?」

「そういうがな、今じゃレギュラータイプのフラッシュライトは武器って判断されるんだよ」

LEDの熱を感じない青白い光の中に浮かんできたものはまるで生きているかのような蝋人形の数々だ。
それだけなら普通だが、しかしそこに陳列してある人形は異常だ。
手前にアクリルケースには「異端審問」と書かれているが、アクリルケースには凄惨な拷問の場面ではなく、ベッドに縛りつけられた屈強な裸の男性に跨る黒衣のシスターが神に祈るかのようなポーズをとっている。
局部は隠されているが明らかに性交している。

「もしかして此処は秘宝館だったり?」

方多からの問いに島田は首を振る。

「いや、データにはそんなことはなかったよ」

「にしてはやたらと肌色多めだがな・・・・」

確かにそうだ。
「戦慄の電気椅子」と題された展示にはこれまた屈強な男が裸で電気椅子に縛り付けられ、その背後にセクシーな女性型ロボットが男の乳首と陰部を愛撫している。
異常だ。
この遊園地が一度もオープンしなかった理由が理解できた。
秘宝館じみたこんなところに家族連れは来ないだろう。

「・・・?」

「どうした方多?」

「いや・・・なんかさっきから誰かに見られているような」

「止まれ!」

俺は手でライトを隠し、咄嗟に身を隠すよう仲間たちに指示する。
非常口を指し示す緑色のライトに照らし出され、何者かのシルエットが浮かびあっていた。

「例の警備員か?」

「いや、確か奴は俺たちとは逆方向へ歩いて行ったはずだ。先回りできるはずがない」

「なら一体・・・・」

身を隠しながら様子をみる。
その人物は身動きすらしない。
ただただそこに立っているのみだ。

「決まってんじゃねーかよ!」

光也が立ち上がり、つかつかとその人物に近づいていく。
そしておもむろに叩いた。
ゴトッと、重々しい音とともにそれが地面に叩きつけられる。

「ほらな!人形だろ」

光也が勝ち誇るかのように笑みを浮かべる。

― ギリィ・・・・・・ギリィ・・・・ ―

何かが軋む音が響く。

「・・・あんだよ。こっちを睨みつけやがって!だいたいなお前らは!!いいか・・・」

信じたくはない。
その思いが俺たちから身体の自由を奪う。

「早・・・・早く離れ・・」

ゆっくりとソレがコチラをむく。
典型的なクラウン ― サーカスのピエロ ― の顔が俺たちを見つめていた。

「あんだ?聞こえ・・・」

「早くそこから離れろぉぉぉぉぉ!!!」

「え?!」

もう何もかも遅かった。
倒れ伏したはずの「人形」は俺たちの見ている前で立ち上がり、そしてそのまま光也を拘束する。

「畜生ぉぉぉぉぉ!!!!離せ!!!離しやがれ!!!!!」

光也が出鱈目に拳を振り回し、それが人形のにやけたピエロ顔を砕いた。
だが、拘束が緩むことはなくその砕けた顔から青色の粘液が滴る。

「なんだよこれ!!なんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!」」

「光也!!!今助けにいくぞ!!!!」

俺は近くにあった消火器を手にもってピエロに殴りかかろうとした時だ。

「待てよ!!」

島田がそれを制止する。

「なんだよ島田!!」

「周り見ろよ・・・・・」

周りを見ると俺たちは「人形」達に囲まれていた。
下半身がサソリとなった女
涎を垂らした赤い肌の食人鬼
鎌を持った紫色のケンタウロス
とても生き物とは思えない異形の群れ。
その瞳はどれも暗い欲望に染まっていた。
捕まればただじゃすまない。

「角谷それを貸して!」

方多が俺から消火器を奪うと安全ピンを引き抜き躊躇いもなくレバーを引く。
途端に白い闇が俺たちを包み込んだ。

「非常口へ走れぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

俺たちは白い煙の中、非常口へ走りこむ。

「光也!!!」

煙の中、光也のレザージャケットが見えた。
俺はそれを掴んだ。

「!」

そこには光也の「衣服」しかなかった・・・・・・





― 「ゴーゴン人形館」地下 ―

ピチャン・・・

「うぅん・・・・ここは・・・・」

一人の青年が肌寒さの中目を覚ました。

「なんだよ!!!なんで裸に!!」

青年の肢体は身を包む布すらなかった。

「目覚ましましたか。我が君・・・」

「誰だ!!!!!!」

青年 ― 光也 ―  は怒声をあげ、暗闇の中目を凝らす。

「!!!」

暗闇にあのピエロ人形が立っていた。
それだけじゃない。
その後ろに無数の異形の姿が見えた。
逃げようとするがヌルヌルの何かのせいで立ち上がることすらできない。

「チクショォォォォォ!!!!!」

人形が近づく。

「お前なんて怖くない怖くないぞ!」

人形の手がが光也に伸びる。
そして・・・

ギュッ!

人形は彼を抱きしめた。
暖かく、安心するような柔らかな身体
その温かさは父子家庭で母親のいなかった光也に「母」というものを感じさせた。

「落ち着きましたか?我が君?」

「お前は・・・・・?」

人形が割れ、中から青い透明な身体の女性が現れる。

「わらわの名はクィーンスライムのフレイア。この者たちはわらわの従者にして一部。」

フレイアと名乗るその女性は自らをクィーンスライムと名乗ると同時に、後ろの異形達も仮初の姿を脱ぎ捨てた。
皆、一様に青い透明な身体を持っていた。

「わらわはずっとお待ちしておりました・・・・わらわと共にスライム王国を統べる王の到来を。」

「王・・・?」

「ええ、そうですわ。世界を超えてまで・・・・」

「ちょっと待て!!話が分からない!!それに・・・・」

不意に光也は自身のペニスが勃起していることに気が付いた。
彼が隠そうするが・・・

「あらあら・・・」

フレイアが彼のペニスに触れる。

「さ・・触るな!」

光也は声を荒げるが、ペニスはさらに血を高め熱く滾っていた。

「王の劣情をおさめるのも妃の重要な役割。さあ閨の準備を・・・」

「「「はい」」」

フレイアの後ろに控えるスライムたちが溶け、そのままクィーンサイズのベットへと変貌する。

「わらわの居た世界については睦言を交わした後でもゆっくりと・・・・」

そう言うとフレイアは再び光也を抱きしめた。
もう抵抗する気力は彼になかった。
彼女の柔らかさ、そしてその包容力に屈したのだ。























17/01/16 19:11更新 / 法螺男
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