ピンク色の貞操帯
都会の冷たい風が屋上に立つ私の頬を撫でる。
怖気を感じる死神の手のように感じる人もいるだろうが、私には涙を拭いてくれる優しい手のように感じていた。
「・・・・・」
もうすぐだ。
もう数センチで私は自由になる。
― ねぇ・・・ ―
「えっ！」
警備員に見つかった！
振り返るが誰もいない。
ただただ暗闇が広がっているだけだ。
私がまた前を向いた時だ。
「ねぇ・・・・いらないならくれない？その命」
目の前に浮かぶのは赤い瞳の・・・・悪魔だった。
突然だが、君は行きつけの飯屋で頼むメニューは同じものだろうか、それとも毎回別なメニューを頼むだろうか？
チェーン店ならいざ知らず、個人経営の店では同じメニューであっても毎日「同じ」とは限らない。
ラーメン屋でも日によってスープの濃さは違うし、定食屋では旬によって副菜や香の物が変わることもあるし、顔なじみならある程度のリクエストが通ることもある。
だからこそ、私は行きつけの店では「同じもの」を頼む。
「・・・・・志摩様でよろしいですか？」
「ああ・・・」
「お気をつけてお乗りください」
黒塗りのベンツのドアが自動的に開くとその中に身を滑り込ませた。
― スパ アクアヴィタエ ―
スパとは名が付いているが実態は個室浴場、いわゆるソープランドだ。
この店は少々変わっていて、「ホームページへは無料の会員登録しないとは入れない」、「予約は時間帯のみ、二回目以降でなければ泡姫の予約はできない」、「なぜか童貞割がある」
いわゆるコンビニエンスなセックスを求めるなら避けて通る要素ばかりだが、店も泡姫も高級店以上のクオリティで値段は激安店並み。
ただのしがない団体職員である私でも無理なく楽しめる。
特にお気に入りの「美亜」ちゃん。
髪を染めていて、一見よくいるヤンキー上がりの泡姫と思っていたが、彼女は奥ゆかしくそれでいて濃厚なサービス、そして何よりも彼女は可憐だった。
所詮は金で「春」を売る存在、こんな感情を持つのは可笑しいかもしれない。
でも彼女は可憐だった。
今でも思い出せる。
店に入り、彼女のアルバムを見た時の昂りを、彼女の激情に身を任せ溶けあった感情を
全ては完璧だった。
「着きました・・・・・」
もう店には着いたようだ。
「ありがとう」
カウンターで料金を払い、待合所でゆっくりとお茶を飲みながら時間を待つ。
「志摩様」
名前が呼ばれる。
どうやら準備ができたらしい。
待合室を出ると「美亜」ちゃんが待っていた。
ところどころにハートをあしらった黒革のボンテージ。
蠱惑的なその姿に身を震わせる。
「しまちゃん、お久しぶり！」
子猫のようなくりくりとした瞳で私を見つめる美亜
「ああ、久しぶりだな」
不意に美亜は私の手をとった。
暖かで吸い付くような肌
二度三度ど身を重ねるうちに私は彼女の虜になった。
「・・行こう」
「・・・・聞いてる？しまちゃん」
「ごめん。少し考え事をしていてね・・・・」
「もう！私と一緒なんだから仕事を忘れてよ！」
「ごめんって。それでどんな話だったっけ？」
「いつもの部屋が改装中で、お店の人からＶＩＰルームを使ってって！」
「ＶＩＰルーム？この店にそんな場所があったのか？」
「うん！常連の人や特別な人だけが使える部屋で、ダイニングやジャグジーがあるんだよ！憧れだったんだから」
財布の中身が脳裏を過る。
〜 大丈夫だ・・・・ドンペリピンクくらいなら奢れるな 〜
「なら楽しまないとな！何ドンペリくらいなら奢るさ！」
遊びの前に財布の中身を気にする自分の小市民ぶりに辟易させられるが、彼女が喜ぶことをしてあげたい。
判っている。
子猫のように私にすり寄っていてもそれはただの「営業」。
ＶＩＰルームとやらも私に気前よく金を使わせる腹積もりだろう。
しかし、それに目くじらを立てるのは野暮だ。
今はただ心行くまで彼女との逢瀬を楽しみたい。
「ささっ入ってよ！」
「これは・・・・・」
黒の色調で統一されたそこは高級ホテルのスィートといっても過言でなかった。
彼女の言う通り、ダイニングや高級酒の並んだカウンターバー、洋酒集めが趣味である私でも見たことのないラベルの酒も並べられている。
「さすがのＶＩＰルーム・・・」
財布の中身が少し気になった。
「何悩んでるのよ！ＶＩＰルームを使う人は何をどう使ってもいいんだよ。だからあのお酒をいくら飲んでも追加料金はないんだから！！それよりも・・・」
美亜が近づく
「しまちゃん楽しもうよ・・・・」
私は美亜と唇を重ねた。
うねる舌が私の舌と絡み合う。
「うふっ・・・美味しぃ・・キスがこんなにも気持ちよかったなんて・・・」
美亜が蕩けたような表情で啼く。
彼女の吸い付くような手が飾り気のないズボンに入り込み、昂ったそれを握る。
「あっ・・・！」
私もまた、彼女が私を弄ぶように彼女のボンテージに包まれた花弁を愛撫する。
自慰の後のように彼女のそこは蜜に溢れていた。
そしてそのまま自然に奥底へと指が吸い込まれていく。
「だめっ・・・！指なんかじゃなくて・・・・・」
彼女の手が私のそこを強く握る。
「貴方自身で私を犯して」
服を脱ぎ、彼女と向かい合う。
肉体に恵まれた男性でも女性が望むようなセクシーな容姿も私は持っていない。
あるのは三十路過ぎのぶよぶよとした肉塊だ。
だが、私のそれは固く充血し目の前の熟れた肉を貪りたいと猛っていた。
「しまちゃん・・・・・」
彼女は私に跪くと、その唇に迎え入れた。
じゅぽじゅぽと湿った音とともに彼女の亜麻色の髪が揺れる。
不意に彼女が髪を掻き揚げる。
ひょっとこのような口を窄ませた顔。
下品にも見える痴態だが、その表情に浮かぶのは歓喜。
餓えた犬が目の前の餌をがっつく様のようだ。
たとえ演技だとしても男としてうれしい。
女性が悦ぶことがこんなにも充足感を与えてくれるとは。
「で・・・出るっ！」
彼女の口の中で欲望が爆ぜた。
普通の泡姫はスペルマを吐き出すが、彼女は違う。
「うふふ・・・濃い・・・・・抜くのを我慢してくれたんだ！嬉しいな〜」
ねっとりとしたスペルマを飲み込んだ美亜が呟く。
我慢していたのは事実だ。
というよりはいくら自慰をしても満足できず、結果としてオナ禁していただけだ。
決して彼女に濃いスペルマを飲ませようと思ってオナ禁していたわけではない。
そのような変態ではない！はずだ・・・。
「できたよしまちゃん・・・」
いつの間に装着したのだろう、ペニスにはハートの意匠があしらわれたピンク色のコンドームが付けられていた。
毎度のことながら大した技巧だ。
不快感を感じず、まるで何も装着していないかのようだ。
彼女がキングサイズのベットに身を横たえる。
白いシーツの海に身を委ねる美亜はシモネッタという名の少女をモデルに描かれたルネサンス期の有名な絵画を思い出させた。
「美亜・・・・・」
「しまちゃん・・・」
私は彼女と見つめ合う。
彼女の花弁を隠しているレザーのショーツは彼女の蜜でもはや下着としての意味をなしていない。
クンニや手マンなどといった小手先の愛撫は必要ではない。
「挿れるよ美亜」
彼女のショーツをずらし、ピンク色のペニスを突き入れた。
「うっ・・・あぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ！」
あまりの快楽が彼を咆哮させる。
彼女の膣内は彼を歓迎していた。
肉の交わりは何度となく経験していたが、その都度彼女との交わりは驚きに満ちている。
使い慣れた膣のようにペニスを容易く奥底まで向かい入れるかと思えば、引いた瞬間万力のような締め付きが彼を襲う。
欲しい！
欲しい！
彼女のすべてが！
彼女の心が！
その肉体が！
金で買える愛だとしても！
目の前の悦びに震える肢体も！
たとえ演技でも構わない！
欲しい！
彼女が欲しい！！！
激情のまま、コンドームの中で射精した、「はず」だった
「えっ・・・・！」
不意にペニスが軽くなった。
何かの軛がなくなったかのようだ。
「どうした・・の？」
「ごめん。ちょっと抜いていい？」
腰を引く。
案の定、ペニスにコンドームが無くなっていた。
「ごめん美亜ちゃん・・・ゴムが・・・・」
うっかり中出しをしてしまっていた。
彼女は俯いていた。
少しづつ高まる嗚咽。
事故でも許されない罪だ。
出禁にされてもしかたはない。
「ありがとう・・・・・！」
「え？」
なぜだ
なぜ中出しした不逞な客に感謝するんだ？
疑問に答えが出るよりも先に、猛烈な力でベットに引き倒された。
「美亜ちゃん？」
美亜が顔を上げるそこに浮かぶのは歓喜に震え涙を流す「雌」だった。
「うっふぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ！！！！！！」
彼女が身を震わせた瞬間だった。
亜麻色の髪を割り、捻じれた角が飛び出し、彼女の腰からは蝙蝠を思わせる翼が伸びる。
美亜が着用しているボンテージと合わさってフランクフラゼッタのピンナップから飛び出したかのような悪魔がいた。
私が目の前の超常現象についてこれず思考がロックされている間に、彼女はその指をショーツに差し入れていた。
「姉様が言うとおりだったわ・・・処女膜も元通り」
ギシッ！
ベットが軋む
「しまちゃん・・・」
美亜の顔をした悪魔が近づいてくる。
身体はピクリとも動かない。
その手が吐精した後でも反り立つペニスを握り、彼女が頬ずりする。
「愛しい人・・・・・」
その仕草はひどく淫靡だ。
普通、世の男性は数回果てると萎えてしまうものだが、愚息は固く壊れた蛇口のように鈴口から白濁のまじった滴りを零していた。
脳裏に「殺される」という考えが過る。
彼女の関心は今私自身のペニスにある。
不意を突けば逃げられるかもしれない。
私が機会を伺っていた時だ。
悪魔が顔を上げた。
捻じれた角
腰から伸びる翼
ルビーのような瞳
― 異形 ―
そうとしか呼べないのに
なぜだ？
なぜ彼女を愛おしく感じるのだ？
身に危険がせまっている逃げろと理性が叫ぶ。
だがオスとしての本能は違う。
彼女に身を捧げよと・・・・
「一つになろ？しまちゃん」
彼女が身を起こし、ショーツをずらし赤く充血し涎のように愛液を滴らせたヴァギナを見せつける。
「いくよ」
彼女が勢い良く腰を打ち付ける。
何かを引きちぎる感覚とともに先ほど以上の快楽に脳が焼き切れた。
私のようなくだらない人間が彼女のような最上級の美女にヤリ殺されるのだ。
これぞ男子の本懐だろう。
「いいィッ！！！いいわ！！！もう離さない！！もう私のモノよぉぉぉぉぉぉ！！！」
口元から涎を垂らし、彼女の歓喜に震えながら放つ潮に身を濡らしながら私は意識を手放した。
髪を撫でる柔らかな感覚。
快楽を受けきれなくなって黒く塗りつぶされた感覚が目覚めていく。
私は何か柔らかいものに横たえられているようだ。
「あらっ目覚めた？しまちゃん」
聞きなれた声に目線を上げると美亜の顔があった。
どうやら膝枕をされているようだ。
捻じれた角が目に入った
あれは夢ではなかった。
「ごめんね・・・しまちゃん。うれしくってやりすぎちゃって。姉様からサキュバスになりたては気持ちをセーブしなければいけないって言われていたのに・・・・」
「詳しく教えてくれないか？」
「うん・・・」
彼女はポツポツと話し始めた。
派遣労働者として働いていたが、派遣先でレイプされそうになり逃げだした。
しかしそのことで会社に損害を与えたと言われ損害賠償を要求され、抗議しても取り合ってくれなかったこと。
警察に行っても門前払い。もとより弁護士に相談するお金もない。
進退窮まった彼女が投身自殺をしようとした時に、同じサキュバスの「姉様」と出会い「姉妹」となったこと。
彼女の勧めでこの店で働き始めたこと。
「このお店は私のような人を信じること、人を愛せなくなった女性がいるシェルターのようなところなの・・・・」
此処で働き始めてから、私に出会ったこと。
「初めてしまちゃんと出会った時のことを私は今も覚えているよ。私を愛してくれる人だ、私を孕ませてくれる雄だって。だからしまちゃんが来てくれるのを心待ちにしていたんだから！」
この店の奇妙なルールに合点がいく。
全ては彼女達のため、彼女達を真に愛せる人間のみを通すこと。
美亜は彼女の言う「姉様」― オーナ―のサキュバス ― と姉妹になって以来私以外の人間に抱かれたことがないことを話してくれた。
「だって・・・私も女の子だし・・・・」
そう言ってはにかむ彼女のいじらしさに熱が籠ってくる。
「あのピンク色のコンドームはサキュバスの魔力が固体化したものなの。解除するのはお互い真に愛し合った時のみ。その時に解放された魔力でレッサーサキュバスは本当のサキュバスになる。嬉しかったなぁ〜、しまちゃんも愛してくれているってわかって。だから、私はレッサーサキュバスからサキュバスになれたの。」
しんと静まる。
「私は人間じゃなくなったけど・・・愛してくれますか？」
ふと見ると白いシーツに赤いシミが付いていた。
それが意味すること。
サキュバスとなっての再生した処女を捧げてくれた彼女。
答えは決まっていた。
「しがない団体職員で派手な生活は与えられないかもしれない。だが、私は美亜と一緒になりたい。人間かそうじゃないかなんて関係ない！」
そうだ
答えは決まっている。
あの日彼女に出会ってからずっと決まっている。
「お願いします」
私は彼女を愛している。
さて、愛した女性がサキュバスになり添い遂げたといっても人生は終わらず、私の退屈な日々も変わりはない。
朝起きて施設へ行き、書類と睨めっこ。
日々の業務をこなし寝床へと戻る。
「ただいま」
ドアの先には加奈子 ― 美亜の本名だ ― が待っている。
レースの飾りのついた黒いエプロン姿。
エプロンの下には何もつけていない。
「お帰り！しまちゃん。お風呂にする？それともご飯にする？」
「そうだな・・・・」
ドアに鍵を閉めると、私は加奈子の身体を抱き上げた。
「ご飯にしようかな？加奈もお腹が空いたろ？」
お姫様抱っこ、以前の私の体力では彼女を持ち上げることはできなかっただろう。
あの時、彼女とお互い激情のまま身を重ねたおかげで私もまたインキュバスという存在へと変じていた。
サキュバス、いや魔物娘は「精」といわれる生体エネルギーを糧にしている。
故に彼女にとってのセックスは食事と同じだ。
― 謎の大穴が空中に開いてもう三時間たっております！現場から毎朝テレビ報道部神谷がお送りしております。 ―
― 見えますでしょうか！穴の表面から何か・・・・女性です！白い髪の女性が現れました！ ―
― こちらを見て微笑んで・・・・。ああ、あれは・・怪物です！！！大きな蜘蛛の身体をした女性が！！！ ―
― 離せ！！離せ！！！この化け物！！！ おやおやこちらの婿様は生きがいいねぇ！それこそイかせがいがあるってもんさね！！ ―
― 以上、現場からラタトスクのサーラがお届けしました ―
食事は静かに味わうべし。
私は男女の痴態を映し出すテレビを消した。
怖気を感じる死神の手のように感じる人もいるだろうが、私には涙を拭いてくれる優しい手のように感じていた。
「・・・・・」
もうすぐだ。
もう数センチで私は自由になる。
― ねぇ・・・ ―
「えっ！」
警備員に見つかった！
振り返るが誰もいない。
ただただ暗闇が広がっているだけだ。
私がまた前を向いた時だ。
「ねぇ・・・・いらないならくれない？その命」
目の前に浮かぶのは赤い瞳の・・・・悪魔だった。
突然だが、君は行きつけの飯屋で頼むメニューは同じものだろうか、それとも毎回別なメニューを頼むだろうか？
チェーン店ならいざ知らず、個人経営の店では同じメニューであっても毎日「同じ」とは限らない。
ラーメン屋でも日によってスープの濃さは違うし、定食屋では旬によって副菜や香の物が変わることもあるし、顔なじみならある程度のリクエストが通ることもある。
だからこそ、私は行きつけの店では「同じもの」を頼む。
「・・・・・志摩様でよろしいですか？」
「ああ・・・」
「お気をつけてお乗りください」
黒塗りのベンツのドアが自動的に開くとその中に身を滑り込ませた。
― スパ アクアヴィタエ ―
スパとは名が付いているが実態は個室浴場、いわゆるソープランドだ。
この店は少々変わっていて、「ホームページへは無料の会員登録しないとは入れない」、「予約は時間帯のみ、二回目以降でなければ泡姫の予約はできない」、「なぜか童貞割がある」
いわゆるコンビニエンスなセックスを求めるなら避けて通る要素ばかりだが、店も泡姫も高級店以上のクオリティで値段は激安店並み。
ただのしがない団体職員である私でも無理なく楽しめる。
特にお気に入りの「美亜」ちゃん。
髪を染めていて、一見よくいるヤンキー上がりの泡姫と思っていたが、彼女は奥ゆかしくそれでいて濃厚なサービス、そして何よりも彼女は可憐だった。
所詮は金で「春」を売る存在、こんな感情を持つのは可笑しいかもしれない。
でも彼女は可憐だった。
今でも思い出せる。
店に入り、彼女のアルバムを見た時の昂りを、彼女の激情に身を任せ溶けあった感情を
全ては完璧だった。
「着きました・・・・・」
もう店には着いたようだ。
「ありがとう」
カウンターで料金を払い、待合所でゆっくりとお茶を飲みながら時間を待つ。
「志摩様」
名前が呼ばれる。
どうやら準備ができたらしい。
待合室を出ると「美亜」ちゃんが待っていた。
ところどころにハートをあしらった黒革のボンテージ。
蠱惑的なその姿に身を震わせる。
「しまちゃん、お久しぶり！」
子猫のようなくりくりとした瞳で私を見つめる美亜
「ああ、久しぶりだな」
不意に美亜は私の手をとった。
暖かで吸い付くような肌
二度三度ど身を重ねるうちに私は彼女の虜になった。
「・・行こう」
「・・・・聞いてる？しまちゃん」
「ごめん。少し考え事をしていてね・・・・」
「もう！私と一緒なんだから仕事を忘れてよ！」
「ごめんって。それでどんな話だったっけ？」
「いつもの部屋が改装中で、お店の人からＶＩＰルームを使ってって！」
「ＶＩＰルーム？この店にそんな場所があったのか？」
「うん！常連の人や特別な人だけが使える部屋で、ダイニングやジャグジーがあるんだよ！憧れだったんだから」
財布の中身が脳裏を過る。
〜 大丈夫だ・・・・ドンペリピンクくらいなら奢れるな 〜
「なら楽しまないとな！何ドンペリくらいなら奢るさ！」
遊びの前に財布の中身を気にする自分の小市民ぶりに辟易させられるが、彼女が喜ぶことをしてあげたい。
判っている。
子猫のように私にすり寄っていてもそれはただの「営業」。
ＶＩＰルームとやらも私に気前よく金を使わせる腹積もりだろう。
しかし、それに目くじらを立てるのは野暮だ。
今はただ心行くまで彼女との逢瀬を楽しみたい。
「ささっ入ってよ！」
「これは・・・・・」
黒の色調で統一されたそこは高級ホテルのスィートといっても過言でなかった。
彼女の言う通り、ダイニングや高級酒の並んだカウンターバー、洋酒集めが趣味である私でも見たことのないラベルの酒も並べられている。
「さすがのＶＩＰルーム・・・」
財布の中身が少し気になった。
「何悩んでるのよ！ＶＩＰルームを使う人は何をどう使ってもいいんだよ。だからあのお酒をいくら飲んでも追加料金はないんだから！！それよりも・・・」
美亜が近づく
「しまちゃん楽しもうよ・・・・」
私は美亜と唇を重ねた。
うねる舌が私の舌と絡み合う。
「うふっ・・・美味しぃ・・キスがこんなにも気持ちよかったなんて・・・」
美亜が蕩けたような表情で啼く。
彼女の吸い付くような手が飾り気のないズボンに入り込み、昂ったそれを握る。
「あっ・・・！」
私もまた、彼女が私を弄ぶように彼女のボンテージに包まれた花弁を愛撫する。
自慰の後のように彼女のそこは蜜に溢れていた。
そしてそのまま自然に奥底へと指が吸い込まれていく。
「だめっ・・・！指なんかじゃなくて・・・・・」
彼女の手が私のそこを強く握る。
「貴方自身で私を犯して」
服を脱ぎ、彼女と向かい合う。
肉体に恵まれた男性でも女性が望むようなセクシーな容姿も私は持っていない。
あるのは三十路過ぎのぶよぶよとした肉塊だ。
だが、私のそれは固く充血し目の前の熟れた肉を貪りたいと猛っていた。
「しまちゃん・・・・・」
彼女は私に跪くと、その唇に迎え入れた。
じゅぽじゅぽと湿った音とともに彼女の亜麻色の髪が揺れる。
不意に彼女が髪を掻き揚げる。
ひょっとこのような口を窄ませた顔。
下品にも見える痴態だが、その表情に浮かぶのは歓喜。
餓えた犬が目の前の餌をがっつく様のようだ。
たとえ演技だとしても男としてうれしい。
女性が悦ぶことがこんなにも充足感を与えてくれるとは。
「で・・・出るっ！」
彼女の口の中で欲望が爆ぜた。
普通の泡姫はスペルマを吐き出すが、彼女は違う。
「うふふ・・・濃い・・・・・抜くのを我慢してくれたんだ！嬉しいな〜」
ねっとりとしたスペルマを飲み込んだ美亜が呟く。
我慢していたのは事実だ。
というよりはいくら自慰をしても満足できず、結果としてオナ禁していただけだ。
決して彼女に濃いスペルマを飲ませようと思ってオナ禁していたわけではない。
そのような変態ではない！はずだ・・・。
「できたよしまちゃん・・・」
いつの間に装着したのだろう、ペニスにはハートの意匠があしらわれたピンク色のコンドームが付けられていた。
毎度のことながら大した技巧だ。
不快感を感じず、まるで何も装着していないかのようだ。
彼女がキングサイズのベットに身を横たえる。
白いシーツの海に身を委ねる美亜はシモネッタという名の少女をモデルに描かれたルネサンス期の有名な絵画を思い出させた。
「美亜・・・・・」
「しまちゃん・・・」
私は彼女と見つめ合う。
彼女の花弁を隠しているレザーのショーツは彼女の蜜でもはや下着としての意味をなしていない。
クンニや手マンなどといった小手先の愛撫は必要ではない。
「挿れるよ美亜」
彼女のショーツをずらし、ピンク色のペニスを突き入れた。
「うっ・・・あぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ！」
あまりの快楽が彼を咆哮させる。
彼女の膣内は彼を歓迎していた。
肉の交わりは何度となく経験していたが、その都度彼女との交わりは驚きに満ちている。
使い慣れた膣のようにペニスを容易く奥底まで向かい入れるかと思えば、引いた瞬間万力のような締め付きが彼を襲う。
欲しい！
欲しい！
彼女のすべてが！
彼女の心が！
その肉体が！
金で買える愛だとしても！
目の前の悦びに震える肢体も！
たとえ演技でも構わない！
欲しい！
彼女が欲しい！！！
激情のまま、コンドームの中で射精した、「はず」だった
「えっ・・・・！」
不意にペニスが軽くなった。
何かの軛がなくなったかのようだ。
「どうした・・の？」
「ごめん。ちょっと抜いていい？」
腰を引く。
案の定、ペニスにコンドームが無くなっていた。
「ごめん美亜ちゃん・・・ゴムが・・・・」
うっかり中出しをしてしまっていた。
彼女は俯いていた。
少しづつ高まる嗚咽。
事故でも許されない罪だ。
出禁にされてもしかたはない。
「ありがとう・・・・・！」
「え？」
なぜだ
なぜ中出しした不逞な客に感謝するんだ？
疑問に答えが出るよりも先に、猛烈な力でベットに引き倒された。
「美亜ちゃん？」
美亜が顔を上げるそこに浮かぶのは歓喜に震え涙を流す「雌」だった。
「うっふぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ！！！！！！」
彼女が身を震わせた瞬間だった。
亜麻色の髪を割り、捻じれた角が飛び出し、彼女の腰からは蝙蝠を思わせる翼が伸びる。
美亜が着用しているボンテージと合わさってフランクフラゼッタのピンナップから飛び出したかのような悪魔がいた。
私が目の前の超常現象についてこれず思考がロックされている間に、彼女はその指をショーツに差し入れていた。
「姉様が言うとおりだったわ・・・処女膜も元通り」
ギシッ！
ベットが軋む
「しまちゃん・・・」
美亜の顔をした悪魔が近づいてくる。
身体はピクリとも動かない。
その手が吐精した後でも反り立つペニスを握り、彼女が頬ずりする。
「愛しい人・・・・・」
その仕草はひどく淫靡だ。
普通、世の男性は数回果てると萎えてしまうものだが、愚息は固く壊れた蛇口のように鈴口から白濁のまじった滴りを零していた。
脳裏に「殺される」という考えが過る。
彼女の関心は今私自身のペニスにある。
不意を突けば逃げられるかもしれない。
私が機会を伺っていた時だ。
悪魔が顔を上げた。
捻じれた角
腰から伸びる翼
ルビーのような瞳
― 異形 ―
そうとしか呼べないのに
なぜだ？
なぜ彼女を愛おしく感じるのだ？
身に危険がせまっている逃げろと理性が叫ぶ。
だがオスとしての本能は違う。
彼女に身を捧げよと・・・・
「一つになろ？しまちゃん」
彼女が身を起こし、ショーツをずらし赤く充血し涎のように愛液を滴らせたヴァギナを見せつける。
「いくよ」
彼女が勢い良く腰を打ち付ける。
何かを引きちぎる感覚とともに先ほど以上の快楽に脳が焼き切れた。
私のようなくだらない人間が彼女のような最上級の美女にヤリ殺されるのだ。
これぞ男子の本懐だろう。
「いいィッ！！！いいわ！！！もう離さない！！もう私のモノよぉぉぉぉぉぉ！！！」
口元から涎を垂らし、彼女の歓喜に震えながら放つ潮に身を濡らしながら私は意識を手放した。
髪を撫でる柔らかな感覚。
快楽を受けきれなくなって黒く塗りつぶされた感覚が目覚めていく。
私は何か柔らかいものに横たえられているようだ。
「あらっ目覚めた？しまちゃん」
聞きなれた声に目線を上げると美亜の顔があった。
どうやら膝枕をされているようだ。
捻じれた角が目に入った
あれは夢ではなかった。
「ごめんね・・・しまちゃん。うれしくってやりすぎちゃって。姉様からサキュバスになりたては気持ちをセーブしなければいけないって言われていたのに・・・・」
「詳しく教えてくれないか？」
「うん・・・」
彼女はポツポツと話し始めた。
派遣労働者として働いていたが、派遣先でレイプされそうになり逃げだした。
しかしそのことで会社に損害を与えたと言われ損害賠償を要求され、抗議しても取り合ってくれなかったこと。
警察に行っても門前払い。もとより弁護士に相談するお金もない。
進退窮まった彼女が投身自殺をしようとした時に、同じサキュバスの「姉様」と出会い「姉妹」となったこと。
彼女の勧めでこの店で働き始めたこと。
「このお店は私のような人を信じること、人を愛せなくなった女性がいるシェルターのようなところなの・・・・」
此処で働き始めてから、私に出会ったこと。
「初めてしまちゃんと出会った時のことを私は今も覚えているよ。私を愛してくれる人だ、私を孕ませてくれる雄だって。だからしまちゃんが来てくれるのを心待ちにしていたんだから！」
この店の奇妙なルールに合点がいく。
全ては彼女達のため、彼女達を真に愛せる人間のみを通すこと。
美亜は彼女の言う「姉様」― オーナ―のサキュバス ― と姉妹になって以来私以外の人間に抱かれたことがないことを話してくれた。
「だって・・・私も女の子だし・・・・」
そう言ってはにかむ彼女のいじらしさに熱が籠ってくる。
「あのピンク色のコンドームはサキュバスの魔力が固体化したものなの。解除するのはお互い真に愛し合った時のみ。その時に解放された魔力でレッサーサキュバスは本当のサキュバスになる。嬉しかったなぁ〜、しまちゃんも愛してくれているってわかって。だから、私はレッサーサキュバスからサキュバスになれたの。」
しんと静まる。
「私は人間じゃなくなったけど・・・愛してくれますか？」
ふと見ると白いシーツに赤いシミが付いていた。
それが意味すること。
サキュバスとなっての再生した処女を捧げてくれた彼女。
答えは決まっていた。
「しがない団体職員で派手な生活は与えられないかもしれない。だが、私は美亜と一緒になりたい。人間かそうじゃないかなんて関係ない！」
そうだ
答えは決まっている。
あの日彼女に出会ってからずっと決まっている。
「お願いします」
私は彼女を愛している。
さて、愛した女性がサキュバスになり添い遂げたといっても人生は終わらず、私の退屈な日々も変わりはない。
朝起きて施設へ行き、書類と睨めっこ。
日々の業務をこなし寝床へと戻る。
「ただいま」
ドアの先には加奈子 ― 美亜の本名だ ― が待っている。
レースの飾りのついた黒いエプロン姿。
エプロンの下には何もつけていない。
「お帰り！しまちゃん。お風呂にする？それともご飯にする？」
「そうだな・・・・」
ドアに鍵を閉めると、私は加奈子の身体を抱き上げた。
「ご飯にしようかな？加奈もお腹が空いたろ？」
お姫様抱っこ、以前の私の体力では彼女を持ち上げることはできなかっただろう。
あの時、彼女とお互い激情のまま身を重ねたおかげで私もまたインキュバスという存在へと変じていた。
サキュバス、いや魔物娘は「精」といわれる生体エネルギーを糧にしている。
故に彼女にとってのセックスは食事と同じだ。
― 謎の大穴が空中に開いてもう三時間たっております！現場から毎朝テレビ報道部神谷がお送りしております。 ―
― 見えますでしょうか！穴の表面から何か・・・・女性です！白い髪の女性が現れました！ ―
― こちらを見て微笑んで・・・・。ああ、あれは・・怪物です！！！大きな蜘蛛の身体をした女性が！！！ ―
― 離せ！！離せ！！！この化け物！！！ おやおやこちらの婿様は生きがいいねぇ！それこそイかせがいがあるってもんさね！！ ―
― 以上、現場からラタトスクのサーラがお届けしました ―
食事は静かに味わうべし。
私は男女の痴態を映し出すテレビを消した。
17/11/07 22:42更新 / 法螺男