読切小説
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ホンキィ・トンク・ウィメン
「ちょっとトーア!!あんたまたお客殴ったろ!!迷惑料払えってメールが来てんだよ!!」

― このキンキン声は雇われ店長のクレアか。バイコーンってハーレム持ちだから落ち着きがあるって誰が言い出したんだ?

「ああ殴ったぜ。でもコイツを使ったから怪我してねえはずだけどな?」

俺はクレアの目の前に左手を見せる。
魔界銀製のフラットリング。客を殴るような俺でもそれくらいはわきまえている。

「それにソイツは俺にヤクを盛ろうとしたんだけどな」

「ヤク?」

「混ぜものの多いエクスタシー。魔物なら問題ないけどな、人間相手だったら人死が出てるところだぜ」

クレアの顔が青ざめる。
前の店長、双子のデビル ― ソワレとマチネだったか ― はそこんトコロはしっかりしていたから楽だった。
もっとも今は寿退店しちまったがな。

「ちょっと待ちなよ!!!」

「いつものケツ持ちに連絡すればいいだろ。レームだっけ?アイツんトコなら後腐れなく処理してくれるぜ。あと今日はヘルプってことで出ただけさ。そうだろ?」

何か言いたげなクレアを残しデリヘル「艶淫」を後にした。


俺は気が付いたら山の中で生きていた。
自分がオーガという種族で魔物ってのは知っていた。
でもそれ以外の事は知らないし知る気もなかった。
ずっと一人でいい。
そう思っていた。
ある時麓に不思議な恰好の人間たちが現れた。
アイツらはしゃべる変な板を持っていた。
俺が近寄ると、アイツらはオーガの俺を恐れずにそれを見せてくれた。
小さな画面には俺の知らない風景や聞いたこともない音楽に溢れていた。
アイツら去って少し経ってから俺の住む山にも魔王軍の奴らが来た。

異世界移住者の募集

退屈な日常に飽き飽きしていた俺はそれに飛びついた。

「ったく退屈だな」

あれだけ欲しかった「魔法の板」スマートフォンを待機状態にすると俺は夕闇の迫る通りをゆっくりと歩きだした。
異世界へ来て「学園」で生きる術を学んだが、結局のところ俺には何もできなかった。
バカ力が災いしてスコップをへし折っちまうし、警備をすれば必要以上にやり過ぎちまう。
愛想のない顔で客商売も出来やしない。
結局俺は身体を売ることにした。
だが堕落教会に入るほど信心深くないし、さりとて愛の女神教会の信者のように愛が全てを救うなんて考えるほどうぶでもない。
俺はそれなりにしっかりとしたデリヘル「艶淫」に流れ着いた。
デリヘルだから本番やアナル、逆アナルはNGだ。できてパイズリやフェラチオ、手コキくらいものだ。
おまけに人間魔物問わず既婚者は利用できない。
白馬の王子様に股を濡らすほど世間知らずじゃないが、せめて最初は好きな男とヤリたい。
一緒に入店したゲイザーの那津やショゴスのタリアは俺よりも先に恋人をゲットして退店していった。

「出会いって難しいな」

口でそう言ってもそんなにも俺は追い詰められてはなかった。一人身が長くそういった感情が無くなってしまった。

「や、やめてください!!!」

若い男の声が裏通りに響く。
見ると中学生くらいのガキが二人のオークに囲まれていた。
性欲の塊のようなオークにとって中学生くらいのガキでも立派な男だ。
力も弱くアイツらの性欲の吐け口にするには持って来いだ。

「へへっかわいいねぇ〜タップリと嬲りたくなるぜ」

「我慢できねぇよ姉貴。物陰で一発やらねぇ?」

「そうだな。一発ヤっとけば大人しくなるな」

一人のオークがシミのついたパンツをガキの口に押し込もうとする。

「オラ!愛液塗れのパンツでも咥えとけ!!!」

「嫌だ嫌だ嫌だ!!」

「大人しくしてたら優しくシてやる。暴れんなら・・・わかるな?」

― ったく盛りやがって!!

俺は正義の味方でもないが、これから嬲られようとしているガキを笑ってみるほど薄情ではない。

「楽しそうなことしてんじゃねーか」

「ああん?オバサンなんて呼んでないんだけど?」

「奇遇だな発情豚にオバサンと呼ばれる筋合いなんてないんだけどな。そんなに溜まってんなら養豚場の豚とでもヤッたら?」

「っだゴラァァァァ!!!」

― 安い挑発に乗ってくれちゃって

相当頭に血が上っているのだろう、俺がほんの少しサイドステップで移動したらその勢いのままごみ箱へとすっ飛んでいく。

「なんだお前腹が減ってんの?残飯なんか喰っちゃって」

背後に気配を感じる。

「スッゾオラァァァァァ!!!!!」

手に銀色の輝きが見える。
恐らく魔界銀製のナックルダスターだろう。
俺は上体を屈めるとヤツの膝を蹴った。

「グガァァァア・・・膝が膝がぁぁぁ!!!」

「安心しろ。手加減はしてあるぜ。もっとも暫くは松葉杖だがな」

「おいお前!」

「はいっ?!」

「逃げるぞ!!」

俺はガキの手を握ると裏通りから抜け出した。


「ホラよ」

日が落ち肌寒さを感じ始めたガキに缶コーヒーを渡す。

「まったく戦える力もない人間が色街を一人で歩くもんじゃねーよ。それとも犯されたかったのか?」

「いえ・・・・僕家に帰りたくなくて・・・」

「家出か」

ガキは静かに頷いた。

「お前名前は・・・」

「樋口亨といいます。あそこへは一晩過ごすためのマンガ喫茶を探していて・・・そしたらあの人達に連れ出されて」

「なんで家に帰りたくないんだ?」

「それは・・・・お父さんがお母さんになってしまって・・」

「えっ?」

「だからお父さんがお母さんになっちゃたんです!!アルプとかいう魔物になっちゃって!!」

― アルプ ―

サキュバスが魔力を注入した結果、稀に男性が女性になることがある。

「僕のお父さんはお母さんとその・・離婚したあと僕を育てるために女の人の恰好をしてお店で働きはじめました。つい先日のことです。僕が家に帰るとお父さんが女の人に変わっていました」

「そりゃあ家に帰れないわな・・・」

「僕一体これからどうお父さんに接したらいいのかわからなくて・・・」

魔物化は後戻りなんてできない。
ぱっちりとした目が欲しいと願ったらゲイザーになってしまったり、健康食品として食べたゼリーのおかげでショゴスになってしまうこともある。
本人がそれを受け入れることができても、家族はそうではない。
彼女達は家族に見捨てられデリヘルで働いていた。
俺はアイツらを捨てた家族に怒りを覚えたが、家族とて苦しかったのだろう。
今目の前に苦しむ家族の姿を目にして俺はあの時のような怒りは感じなかった。

「なぁ・・・もしよければ俺の」

ピカッ!!!

LEDの冷たい光が俺たちを照らす。

「見たぞ聞いたぞ!!この不良オーガ!!とうとう未成年を誘拐して淫行か!!現行犯逮捕ぉぉぉぉぉ!!!」

「ゲ!鏡花!!!」

目の前にはノリの効いた制服姿の婦警、アヌビスの「金山鏡花」が仁王立ちで立っていた。

「もう怖くないわよ。さぁぼうやこの胸の中へ!!!!望むならアナルセックスもバッチコイよぉぉぉぉ!!」

「ひっ!」

「何ガキを恐怖に陥れてんだよ!!!この不良警官!!!!」

「何を言う!!この完全完璧な警官である私に落ち度でも?」

「よく言うぜ!好みの男とあれば職質して電話ゲット。おまけにウチの店や他の店からも売上からアガリをもらってんだろ?」

「・・・あの・・・お二人は友達ですか?」

「「誰がコイツと」」

見事にシンクロしている鏡花とトーア。
その姿に ― やっぱり友達じゃん ― と亨は思った。


― デリヘル「艶淫」事務室 ―

「で、結局その・・亨ってコとはそれから・・・・・」

「おいおい、お前も色恋沙汰かよ?」

「でもやっぱり興味があるし・・・」

「ソイツの話ではなんとか親父、いやお袋か。受け入れるよう努力しているようだぜ。で、俺は来週の予定を決めに来たはずだが?」

「だって気になるでしょコレ!」

店長のクレアが週勤表を見せる。
見事に4時以降がフリーになっている。

「それはだな・・・・」

「なになに困ってるの???京ちゃんカメラカメラ!!シャッターチャンスよ!!」

同僚のラタトスクの京がカメラを構える。

「準備オッケーですぅ!!!!」

「お前らぁぁぁぁぁ!!!」

赤鬼のように顔を真っ赤にして二人を追い回すトーア。
その姿にかつてのように疲れ果てた彼女の面影はなかった。


「待ったか?亨」

夕暮れ近づく河川敷
そこに影を残す小柄な人影

「ごめんなさいトーアさん。僕も宿題をしていて遅れてしまって・・・・・」

「じゃあおあいこだな。今日の組手を始めるぞ!!!」

「はい!!」


俺が亨と別れてから、一週間ほど経った頃だった。
鏡花からの電話。俺と会って話すことがあるとのことだった。
どうせ前回の事でネチネチと文句でも言うのだろう、そう思っていた。

メイド喫茶「クラウディア」そのボックス席、そこには亨と・・・・

「亨の母の権三郎です」

「へ?」

目の前にはオーガの俺に勝るとも劣らないがっしりとしたアルプが窮屈そうにソファーに身を納めていた。
これは後から聞いた話だが「彼女」は柔道の黒帯を持っているらしい。
彼女が俺を呼び出したのは亨を助けてくれたお礼と、彼を鍛えてやってほしいとのことだった。
自分の願いを叶えた為に苦しむ息子にできることはこれしかないと考えた結果だそうだ。

「ふざけんなよ!!息子を救えるのは俺じゃなくてお前だろ!!!それでもお前は親か!!!」

「それは・・・・」

「トーアさん、お母さんをあまり責めないでください。鍛えてと頼んだのは僕です」

「お前・・・・」

「あの時見たトーアさんは強くて僕は強くなりたいと思ったんです!!無理を承知で頼みます!!!僕を鍛えてください!!泣いているお母さんを守れるほどに!!!!」

目の涙を溜めて頭を下げる亨。

「辛いぞ?」

「ええ。かまいません!覚悟の上です」

こうして俺は人生で初めて弟子を持った。


「いいか掌底は人間相手なら顎や胸を狙うのがセオリーだが、魔物娘なら臍の下あたり子宮を狙え。デビルバグくらいなら悶絶する」

「はい!!トーアさん!!」

俺にはこれが恋愛感情なのかわからない。
でも
それでも
俺は亨と一緒にいるのが好きだ。
今は・・・・それだけでいい。










17/10/19 21:38更新 / 法螺男

■作者メッセージ
偶にはこういう作品も書いてみたくなった

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