連載小説
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04:次元の穴
 ネフェルダス地方・ロドの森。

 ネフェルダス地方は、サルマリアのあるサムシュ地方の南に隣接している、大半が森で占められた自然の多いエリア。たった1つの街以外、土地区分が非常に複雑なために、所有者に名付けられた森だけでも3桁の数があるが、土地境界線やそれの目印が無いために地図を持った冒険者でも迷ってしまうという。



「おお、神よ!ついに、ついに見つけました!こんなにも早く見つけることができたのは、神のお導きがあったがこそ!さあウォーレン殿!この恩恵に感謝し祈りまブベァ!!」

「イチイチなげーんだよインチキ聖職者。思わず後ろから蹴っちまった」

「何をするのですかウォーレン殿!私はインチキではなく立派な神官です!これだから貴方はそんなにツルツルなのです!」

「ツルツルは自作だボケ!」

「ヒガブ!!」



 ロドの森に響く漫才の声と蹴り飛ばす音。

 ウォーレン・クルーとロダン・メッシュ。二人はサルマリア魔法学園の生徒である。ウォーレンは荒い性格で根っからのあらくれ者で、スキンヘッド。対してロダンは本物の聖職者であり、神官の服をまとう元主神信仰者。

 二人は学園の課外授業で、この森を訪れていた。

 目的は単純、『次元の穴』を塞ぐこと。二人の目の前には、まるで絵画の上にインクを垂らしたかのような違和感を放つ、紫の禍々しい穴が空いていた。その穴からは微かに風と、奥に何か不愉快な力の流れを二人は感じていた。



「しかしこの穴、平野とかの分かりやすい所に出来ないものですかねぇ。こんなメダルくらいの小さな穴を塞ぐためにわざわざこうやって歩いてくるんですから」

「どうだっていいだろ。とっとと塞ぐぞ」 



 ウォーレンが穴を隠すように両手で覆う。そして一気に魔力を込めてドンと穴を破壊した。



「まだ発生したばかりの小さな穴だ。これで再発はねぇだろ」

「教務への報告には私が行きましょう。お疲れさまでした」



 二人は寄り道することなく、サルマリアへと戻っていった。











「次元の……穴?」

「そう、これを塞ぐことがこの学園の仕事でもある」



 とりあえず僕は一暴れしようとしたカルナを抑え、なんとか本題である話し合いに持ち込むことに成功した。

 僕とカルナは並んでソファに座り、その向かいにある椅子に学園長が座る。

 重たい雰囲気。



「魔王が代替わりを果たして半世紀以上が過ぎ、人間界と魔界、あるいは別の異界が盛んに交流するようになった。旧魔王時代に比べて異界の数は圧倒的に増え、どの次元にも何かしらの空間が存在するようになった。だが、あらゆる次元の開拓を進めていた時、ある問題が頻繁に発生するようになる」

「それが次元の穴よ。次元同士が過干渉すると、二つの次元を隔てる壁の役割を担う魔法の効力が薄くなって『穴』が空く。人間や魔物の往来が激しくなって、発生しやすくなってるのよ」

「カルナ君の言う通りだ。その穴を閉ざして補修する、それがサルマリア魔法学園の生徒の役割だ」



 ここで僕は疑問を投げた。それなら、普通の魔法使いでもできるんじゃないですか、と。学園長は首を横に振って答える。



「確かにこれだけの説明ではそう思うだろうな。しかし穴の空いた壁は次元を隔てる巨大な魔力の流れ。並大抵の魔法使いでは塞ぐことすら出来ん」

「だから、優秀な生徒を集めてるんですか?」

「いいや。結果的に優秀な人材が多く揃っただけで、能力の良し悪しでは集めていない。最大の条件は、『魔法体質者(スキルユーザー)』であることだよ」



 つまり。

 魔法体質者は、根本的に生み出す魔力の性質が通常のそれと僅かに異なるらしい。壁の魔法も普通の魔法とは違い永続的に発動しているため、目には目を、異質には異質をという感じで、生じた穴を修復するための魔力に最適なのだそうだ。



「さて……ネーテル君。君を呼んだのは、申し訳ないがカルナ君を連れてきてもらうためだったんだ。彼女には《魔法体質(ユニークスキル)》という、稀有な能力がある」

「……だと思いました」

「そういじけずに聞いてくれ。私は君にも、《魔法体質》があるのではないかと思っている。君に手紙を届けたイルチ君が、自分の《魔法体質》で感じたそうだ。『彼の魔力には何か感じるものがあるのだ』と」

「でも、僕はカルナを召喚する時まで全く魔法が使えなかったんですよ?そのイルチさんがどんな能力を持ってるかは知りませんけど、それは勘違いではありませんか?」

「確かにな。だが、もし本当に能力を持ってたとしたらどうだろうね」



 学園長は僕に右の手を伸ばしてくる。



「どうかね、この際自分の価値を確かめてみたくはないかな?1週間、1週間だけで構わん。この手を握るか、拒むかだ」



 僕はカルナを見る。



「少しは自分で判断しなさいよ。あと、私に遠慮は無用だから。アンタがこの学園に残るのなら私も残る。それだけよ」



 僕は……



「1週間だけなら」



 と、シワの多い学園長の手を握った。










 話し合いが終わってカルナは大きなアクビをする。そしてゆっくり立ち上がると、ずっと黙って立っていた秘書のサンダーバードがカルナに近付いて。



「カルナさん」



 サンダーバードはキツく睨み付けた。彼女が着ている袖の無いハーピー種用のオーダーメイドスーツから、チリチリと静電気の音を発する。どう見ても、どう贔屓目をしても、彼女は明らかにカルナを威圧している。



「ここらで、ちょっと手合わせしてもらっていいっすかね。気になってんですよ、アンタの《魔法体質》がどんなもんか」

「……サブラ」

「止めないでくださいよ学園長。終わったでしょ、ネーテル・ログフォーツの体験入学式は。でも私の用が終わってねーんですよ」



 それを聞いたカルナは背伸びして、少しストレッチしながらサンダーバードを睨み返す。


「うーん……まぁいいわ。ちょっとした運動にはなるし、勿体ぶるほどの能力じゃないし」



 スパーク。

 彼女の周囲を細長く青白い閃光が躍る。気分が昂っているのだろう、ニヤリと笑うと雷鳴に似た轟音が部屋を埋め、彼女の体はさらに激しく光を放つ。



「アタシはサブラ・フォストレイ。《魔法体質》は見ての通り、雷」

「へえ、でも《魔法体質》って言うけど、それはサンダーバード全員の能力でしょ?言っちゃえば種族の《固有魔法(オプション)》」

「……と思うじゃないですか」



 バァン!と爆発音。それと共に稲妻状の閃光や火花が散り散りになる中で、一筋の巨大な光が壁や天井を目で追えない速さで駆け抜ける。



「はー、なるほどね。これは厄介だわ……」

「カルナ……?」



 僕が見たカルナの表情に、一切の余裕は無い。

 少しだけ、焦っている。



「雷を起こすだけじゃなくて、雷そのものになれるわけね。確かに特異な能力だわ。いくら魔力の扱いが抜きん出た個体でもこれはできないでしょうね」

「冷静な分析ですね」



 瞬きより速く、カルナの背後にサブラの姿が現れる。

 彼女の体は激しい光そのものだった。どこか不安定で、ゆらゆらとしていて、常にバチバチとうるさい。



「アタシの《魔法体質》は体を巨大な電流そのものに変質させる。メルキュラ・ベクラのような多機能性は持ってねーですけど、半実体と光速の移動を可能にするこの能力、たとえ捉えることができても物理攻撃なんて効きゃしませんよ」



《五閃の槍(アラドヴァル)》



 これが彼女の魔法だろう。部屋の四つの角とカルナの頭上に成形された5発の雷が、一直線に飛んでカルナを狙う。カルナの後ろに立っていたサブラは不敵に笑み、再び光となってどこかへ消えた。

 カルナは床を転がって回避。雷はそのまま壁や天井に当たると跳ね返り、縦横無尽に空間を駆け巡る!


「触れないし、加えて攻撃がノーモーションとか……もう、ずるっちぃわね!」



 雷はさらに増え、容赦のない前後左右上下の全方向からの槍のような雷を、2歩以内の最小限の動作で回避し続けるカルナ。小躍りしているようなその洗練され尽くされた無駄のない動きに圧倒された僕は開いた口を閉じれなかった。

 一応、カルナの主だから僕もこのバトルの参加者なんだけど。

 雷1発も来ないけど。

 というか、ここまでカルナは一度も魔法も使わずに相手の雨のような攻撃を避け続けている。まるで魔法を使いたくないと言わんばかりに、頑なに避けている。これが10分ほど続いた。1発の電撃を回避しきれず翼の端を焦がしたくらいで、カルナはほとんど無傷でいる。

 何を考えているのかさっぱりだ。



「避けてばっかりじゃなくて、いい加減に見せてくださいよ。アンタの《魔法体質》が見たくてバトってんです。アタシは気が短いんですよ」



 どこから発しているか分からない声が聞こえたかと思うと、サブラの攻撃は止んだ。カルナの様子を伺っているのだろうか……?



「そんなに煽ってないで、さっさと姿を見せなさいよ。ボロボロに叩きのめしてあげるわ」

「でもそれは叶わねーんですよ」

「!?」



 カルナの直立していた体が、まるでカルナの立つ所だけ重力が強まったように簡単に折れ、一瞬で両膝を床についた。

 這いつくばった。

 カルナはワケが分かっていない、そんな顔で平伏している。



「か、カルナ!?」

「来ないで!」



(動かない……関節ひとつどころか表情筋のほとんども……!?)



 そのとき、カルナの右人差し指がひとりでに動く。指先に魔力を灯し、それで絨毯の毛を何かを書くように焼いていく。



「あ、アンタ……まさか……!」



 そして、指先は止まった。

『I'm in your brain.』――焦がされた絨毯の毛でそう書かれていた。

 意味は、『お前の脳の中にいる』



「そうですよカルナさん。私は今アンタの体内、正確には脳――中枢神経系の中にいる」



 中枢神経系。

 脊椎を持つ動物全てに存在し、脳から脊髄までの神経群を指す。手足などの感覚器から与えられた情報を基に計算(あるいは思考)し、その結果を筋肉などの運動器に送る機能を持つ巨大な神経である。つまり、例外を除いて体を動かすために必要不可欠な神経系。

 そこを支配されるということは、体の全体を支配されるということ。



「脳波という微々たる電流に体を変化させて、その焦げた翼の端から筋肉を介し末梢神経に侵入。そして神経の繋がりを辿って支配した。脳さえ支配できれば、あとはアンタに降参を促すだけです。口だけフリーにしているのはそのため」

「アンタ……アタシの能力を見たいだけじゃないでしょ……何をさせたいわけ……!?」

「アタシはね、高い魔力を持ってるヤツらに『敗北』を味わわせるのが大好きなんですよ。プライドを持つヤツらに『屈辱』を塗りたくってやるのを使命的にやっている」

「趣味が悪いことね……」

「勘違いしないでくだせー。別にアタシはただの性悪じゃない、アタシは『ソイツが歩むであろう運命』にイタズラをしているだけです。例えばカルナさん。アンタの高い能力は、生きていくこの先到底敗北することがないでしょうよ。だからこうして敗北させる。汚点を付けさせるんですよ。そして今日の敗北が枷となり、楔となり、トラウマとなる」



 さっきからカルナの独り言が収まらない。おそらく、カルナは会話しているのだろう。僕にはサブラさんの声は聞こえない。同じく二人の戦いを見ている学園長は、まるで見飽きたように呆れた顔をしていた。

 奇妙な、冷戦状態。



(さて、これは困った)



 カルナは目を閉じて黙る。



(今現在、使える筋肉は口だけ。魔力は使えるけど、光速の相手に速撃ちガンマン対決では確実に負ける。それに相手は神経の中、手出しするにも無茶すぎるわね。神経系を焼き切られたらたまったもんじゃない。魔力を限界まで高めて追い出せるかどうか……もう、アレしかないか)



「早く降参してくださいよ……アタシは気が短いんですってば」

「……我が右手には見えざる鎖」

「なんですか急に」



 唐突に、カルナは呟いた。

 それは確かに、呪文のように聞こえた。



我が右手には見えざる鎖
左手には万物の境
たゆたう夢は餞別の標
対価は力
闇は大いなる扉の元へ還る
汝の前に答えはあるか
参れ 我が声を以て――



 僕はハッとする。

 これは、僕がカルナを初めて喚んだ時の――そう気付いた瞬間、カルナの体を中心に展開された巨大な魔法陣。それは僕が描いたあの時の陣より、ずっと大きく力強いものだった。



「アンタいったい、何を喚ぼうと……!?」

「ねぇサブラ。アタシ、まだ負けるわけにいかないのよ。例え口しか動かせなくても……特に、御主人様の前じゃあね。魔法体質使うのやーめた……というわけで、眼前の猛威に震えなさい……!!」



 地響きと共に聞こえてくる唸り声のような重低音。その時、突然外壁が巨大な爪のような物体によって破壊され、身の毛がよだつ咆哮が部屋に響き渡る。

 本能から恐怖を感じる威圧感。

 これは、こわい。



「そんな……こんなことが……」



 学園長すら、目の前の事態に腰を抜かすほど驚いていた。

 僕も、それは同じだった。

 目を疑った。



「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」



 崩れた外壁に生じた穴。そこから見えたのは、巨大な、旧魔王時代のドラゴンの頭だった。
15/12/20 21:05更新 / 祝詞
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■作者メッセージ
 祝詞です。

 バトルって難しいですね。
 動きをつけるために頭捻ったけど、結局なんかいつも通り(汗

 さて作品について。
 カルナさんの魔法体質はまだ秘密です。見せると重大な発表しなきゃ
ならないので、まだ使えないです。というか使いたくないです。
 全体的に、もうちょっと図書館に籠って勉強したいなぁと反省です。
文章力が欲しい。妄想をそのまま書き起こせたらなぁと……
 次回はこのバトルが終わるんで、ネーテルくんにスポット当てたい
ですね。いい加減に主人公をどうにか喋らせないと……あと、次回の
新しいキャラは魔物にしよう。稲荷さんがいいなぁ……へへ

 待て、次回!
 ……モチベーション欲しい

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