読切小説
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奥手な人虎の恋愛感情
 自然というのは実に過酷だ。

 という言葉があるが、私は同意しかねる。

 私は十数年ほど冒険家をしている。ジャングルを歩き、海を泳ぎ、洞窟をさまよってきた。幾度となく魔物に襲われそうになり、運良くここまで貞操と共に生きてきた。

 この様に色々と打ち勝ってきた私だったが、ついに敗れる時が来てしまったのである。

 砂漠に入って一時間ほどの地点で、突如として現れた盗賊に身ぐるみを剥がされ、水も食料も衣服も、全て奪われてしまった。

 最初のうちは全身の解放感に浸っていたが、すぐに余裕でいられなくなっていった。

 私は今、砂漠にフルチン状態で立っている。三日前にジパングを出て船を漕ぎ、たどり着いた大陸を旅している。一昨日からこの砂漠を歩いているが、一向に人がいる気配は無い。

 時々見つけた水たまりで喉を潤したりしてきたが、いよいよ限界が来た。何しろ食事をしていない。たまに見つかるサボテンを食べようと思ったのだが、棘の存在によって断念するほか無かった。朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止めながら、ただただ砂漠を歩く。

 しばらくして密林が見えてきた。私は歓喜し、密林に向かって全裸疾走する。羞恥心など既にどうでもよかった。この状態の私はもはや冒険家ではない。歩く猥褻であった。

 私は生い茂る緑をかき分け、ひたすら歩く。獣すら歩けないほど植物が乱雑して生えている悪路を、全裸で進んでいった。

 ちなみにさっき木の実を食べたが、程よい酸味で美味かった。

 木の幹に寄りかかり、久々の休憩を試みる。しかし直後、何かの気配を察した私は体勢を低くして耳を澄ませる。


「フン……フン……」


 体術をしている時の、独特の短い息遣いが聞こえる。

 私は走って勢い良く茂みを飛び出し、助けを求めることにした。






   *






「……一拳勢抑」


 呟いて、拳を突き出す。


「二脚牽制……三走翻弄……」


 上段の蹴りを決めると同時に一瞬だけ高速で動き、丸太の後ろに回る。


「四爪尖殺!」


 トドメと丸太の真ん中に、鋭い爪を突き刺した。

 私が独自に編み出した拳法で、まだ名前は付けていない。それに普及させることは難しいだろう……この拳法は私と同じ人虎でなければまず使えないから。


「さて、こんなものか」


 私はランという。密林の中で日々鍛練に打ち込み、いつか世界中の武術を極めたいと思っている。

 午前の鍛練を終え、家に戻ろうと片付けを行う。

 そんな時だった。


「…………いる」


茂みの向こうに動物の気配。いや――

 私は武者震いした。同時に耐え難い喜びの感情が湧く。


「人間か」


 こんな辺鄙で過酷な場所に人間などそうは来ない。こんな所に平々凡々な人間が来るはずがない……来るのはそう、私が好むかなりの強者……!

 玄関から入ってこない姑息な手段は気に入らないが、久々の客だし大目に見てやる。


「さあ来い……不意打ちに動じるような私ではないぞ!」


 そして出てきたのは――


「うおおおおお!」

「ふぇ、え、あ……」


 全裸の若い男だった。


「っとぉ……やっと人を見つけたぁ」


 何が幸せなのかさっぱりだが、男は爽やかな顔をしていた。まるで災難から助かったような表情を浮かべている。

 私と男の間にむなしく風が吹く。

私の虎毛と男の股間がたなびいた。


「あ、え、なんで……!?」


 私は後ろに振り返って状況を整理しようと試みるが、初めて見る男の全裸が頭に焼き付いてそれどころではなかった。


「実は砂漠で追い剥ぎされちゃいまして。いやぁ盗賊を生業にしてる人ってすごいですねー、あっという間に全身すっぽんぽんなんですから」

「そ、そそそそうだな……災難だったなお前……ッ///」


 熱い!顔が熱い!


「って……貴女こそ大丈夫ですか?顔が真っ赤ですよ?」

「わ私は問題な――」


 気が付くと後ろにいたはずの男が私の前にいた。

再び男の全身が惜しげもなく私の目に映った。


「私の視界に入るなーっ!!///」

「おふうっ!?」


 私の拳を食らった男は、情けない悲鳴を上げて倒れた。

 ……あとで謝るべきかもしれない。





   *





「孤高の格闘家が男の裸体に取り乱すなんて、情けないねぇ」

「返す言葉も無い」


 しばらく男の体を見ることは出来なさそうなので、知り合いであるギルタブリルのシァーゼに運んでもらった。

 ついでにバナナの葉で即席の服も作ってもらい、最低限の対策をしてもらった。


「アンタの育ちの環境を知ってるアタイだから良いけど、他の魔物からしたら笑い話さ。いい加減、男を傍に置いたらどうだい?」

「し、しかしだな……そのぉ……」

「しかし?」

「男とどう接すればいいか、よく分からないというか……///」


 シァーゼは唖然とした。

 そして、含み笑いをする。


「そんなこと、決まってるじゃない……」

「な、何だ?」

「簡単さ。一発ヤる!それだけ!」

「お前は良い友達だったよ」

「失望!?」

「男と接点を持ったことの無い私によくそんなこと提案出来るな」

「だってそうだろうさ。アタイたち魔物は、いつだってそうやって接点を持ってきた。すぐに実を結ばなくても、キッカケにはなるはずだ」


 まぁ頑張りなー、とシァーゼは去っていった。

 当然、残ったのは私と男の2人。


「ど、どうしようどうしよう……いきなりこんな状況になって、この男が起きたらどういう言葉を交わせばいいのか分からないし……やっぱり謝るべきかなぁ、困ってたようだし償いとして助けようか……ああでもなんか虫が良すぎる気もする……」

「ん、お……?」

「ひゅく!?」


 振り返ると男が寝ぼけた顔をして、上半身だけを起こし辺りを見回していた。


「め、目が覚めたようだな……」

「おや?さっきの……あれ、何か記憶が飛んでいるな……僕、もしかして貴女と会ってすぐに気を失いました?」

「えっ、あ、そ、そうだ。お前はその……私とすぐに会って倒れてな……」

「そうですか……なんか腹に疼痛が……」

「倒れた時に痛めたのだろう!た、多分そうだ!」


 強引に事実をねじ曲げて誤魔化しているために、おそらく私の顔はかなり引きつっていたに違いない。私は嘘が下手だった。

 幸運にも彼は何も覚えてないようだ。我ながら拳の威力が恐ろしい。


「あ、服が……作ってくれたんですか?」

「ま、まあな……うん。男が裸でのびていると恰好がつかんからな」

「ありがとうございます!」


 男は深々と頭を下げた。


「お礼ならいい。ところで、何があったんだ?盗賊に色々奪われたようだが……」

「お恥ずかしながらその通りです。砂漠の真ん中で襲われて、全裸にされてしまったわけで」

「そうか……私はランだ。お前、名前は?」

「ベレト、ですけど」

「良かったら、支度が整うまで泊まっていくといい」

「え……本当ですか?」

「か、勘違いするなよ!私はただ、旅は準備を万全にして行くべきだと……」


 私の思考が全停止した。

 独特の汗臭さが鼻から脳に伝わる。


「嬉しいなぁ、ランさんは優しい人なんですね!」

「な……!?///」


 私はベレトに抱きつかれていた。

 ぎゅむと密着され、彼の体温が直に伝わる。

 突如私の脳内にあの全裸が浮かび、心臓が加速を始めた。

 私はとっさにベレトを突き飛ばした。


「い、いきなり抱きつくなっ///」

「あっ、すいません……」


 なかなか心拍が収まらない。

 私は精神的にどっと疲れを感じ、午後の鍛練はしないことにした。





   *





 彼が食事をしばらくしていないというから、昼食をご馳走することにした。

 鶏肉を捌いていると、ベレトがこちらを時々覗きに来る。格闘家であるがゆえに、視線がとても気になってしまう。手伝いたいのだろうか……それとも……

 いやいや落ち着け私!と強く首を振る。

 これはある種の試練だと思え、そうだこれは試練だ。一流の格闘家たるもの、この程度のことで取り乱してはいけない。平常心平常心……


「痛……っ!」


 包丁で指を傷つけてしまった。

 赤い液体がじんわりとにじみ出る。

 悲鳴を聞いて、ベレトが慌てたように近付いてきた。


「大きな声が聞こえたんですけど、どうしたんです……って、ケガしてるじゃないですか!」

「こ、この程度ケガに入らん!舐めていれば自然と……」

「ちょっと指を」


 言って、ベレトは私の手をとり出血している指を見る。そしていきなり、彼は傷を舐め始めた。


「ちょ!?何やって……!?」

「何って、この程度なら舐めていれば治るって言ったの、ランさんでしょう?」

「確かに言ったが……っ///」


 生暖かい舌が毛に隠れた皮膚を這うたびにゾクゾクと体が震え、言い表せない感覚が脳髄に直接なにかを訴えてくる。


「あ、血が止まった……どうしたんです?赤くなって……」

「礼は言うが、そ、そのっ!いきなり他人の指を舐めるなんて……非常識にも程が……!///」

「あぁ……す、すいません。確かにそうですよね」


 ベレトは落ち込んだような顔をする。


「いや……そこまで強く言ったつもりでは……」

「僕は居間にいますから、手伝えることがあれば呼んでください」


 静かにベレトは去った。


「……はぁ」


 突き放してしまった。

 素直にお礼を言いたかったつもりだった。

 それにしても。


「どうしたんだ……私は」





   *






「美味しいですねえ!」

「そうか……口に合って何よりだ。欲しいならもっと飲め、まだまだあるぞ」


 鶏肉のスープを嬉々と飲むベレトを眺めていると、なんだか不思議と落ち着く。なんというか、安心する……というか。気が付けば、私は普通に喋れるくらいに慣れる事ができていた。

 今の今まで煩悩を排し修行と鍛練に身を置いてきた私だが、この男の前でだけ『私らしくない私』を抑えられなくなる。

 もしかして、甘えたいのだろうか。

 今まで自分にすら甘えたことがないから?


「……ランさんは」

「む?」

「ランさんはずっと、この密林の中で暮らしているんですか?」

「ああ。もう四十年と少し、ここで暮らしている。物心ついたばかりのとき、母親によって私はここに残された」


 目を丸くするベレトを見て、私は付け足した。


「ああ、別に捨てられたわけじゃないぞ。『虎は谷底に我が子を突き落とす』ように、母は私を人虎という種族の誇りを汚さぬ存在にするために、試練としてここに残したのだ」

「そうだったんですか」

「私のことを話したところで、さて、お前はどうなんだ?」


 ベレトは少し考え、言った。


「別に大した理由で旅をしているわけではありませんよ。ただ……世界が本当に丸いのかを、この目と体全体で知りたいだけです」

「そうか……充分、大した理由だと私は思うよ」


 私は言う。


「私は未だに井の中の蛙、この密林から出たことがない。だから私の実力がどの程度なのかを知らないし、どれほど通じるのかも分からない」

「なら、出ればいいじゃないですか」


 そのアドバイスは実に単純だった。私もずっとそう考えていた。

 知らない場所に出ることは不安でしかたがない。格闘家として生きてきた私でも、それは怖くてたまらなかった。

 しかし、彼はそれを私に初めて言ってくれた。

 私の心の中が、何か温かい感情で満たされたように思えた。

 この男が一緒なら――


「あ、あの……だな!」

私は立ち上がり、ベレトに近付いて彼の手を握る。


「私を、お前の旅に連れて行ってくれないか……っ!」

「え、いや、いきなりそんな……」

「無理は承知……私は初めて、こんなに人と関わりたいと思ったんだ。私は、多分、えっと……お前が好きなんだ……///」


 私はベレトをゆっくり押し倒した。そして体を預けて密着し、体温をじっくりと全身で味わう。


「あのランさん、もしかして……その、この展開はアレ……ですかね?」

「今は……これだけでいい」


 私はベレトの瞳を覗く。澄んだようなキレイな黒い瞳。

 そこに映って見える私の顔は、信じられないほど惚れ、瞳を潤ませ、赤く火照りきった女の顔だった。

 私は彼の唇に唇を重ね、強く抱きしめる。


「大好きだ……ベレト……♥」

「……一緒に行きましょう。ランさん、私も、貴女と旅がしたい」


 二人は見つめ合い、気恥ずかしく笑いあった。



   *




 自然というのは実に過酷だ。

 という言葉があるが、私は同意しかねる。

 私は十数年ほど冒険家をしている。ジャングルを歩き、海を泳ぎ、洞窟をさまよい、砂漠を進んできた。幾度となく魔物の脅威から逃れてきた私だが、つい昨日、私の伴侶となる女性が出来た。名前をランという。

 色々と勝ち、一度だけ負けを味わい、新たな仲間をそばに置いた私だったが、まさかまた敗れる時が来るとは思わなかった。

 密林を出、1日ほど歩いたところで突如として現れた盗賊に襲われてしまったのである。1人鍛練を続けてきたランも不意打ちにやられてしまった。二人して身ぐるみを剥がされ、水も食料も、全て奪われてしまった。

 私たちは今、砂漠の真ん中で全裸で立っている。私たちはお互いを見て、顔を赤くした。しかしバカバカしく思い、二人して大いに笑った。それは私が旅を始めて、初めての経験だった。
14/07/20 09:17更新 / 祝詞

■作者メッセージ
 姐御肌は最高っすわ(自己満足

 某МF文庫のライトノベルでツンデレ恐怖症に陥った私にしては、まあ上手く書けた方じゃないかと思います…うん

 また次もよろしくお願いします。ではでは

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