ドーマウスが就職希望だそうです
「ええと、相川リンさんですね」
現在の日本は大変な不況に見舞われ、就職難が一般庶民の大変な課題になっている。ハローワーク職員は、職を手にし固まった生活を得ようという志を持った老若男女を支援するのが仕事、というよりは使命である。
ここに来るようになった理由は人によって様々だ。リストラくらって職を失った人、性格や言動に難があって受け入れてもらえない人、前科のある人、高校・大学で勉学や就活を疎かにしていた人……といった具合である。その他、人間に限らず魔物も種族的なモノによって就職出来ないこともある(その割合およそ98%)。
職員の一人である異島ユウタ、は第4相談室で待機してあらゆる人の相談を受けている。その相談によって職場を紹介・斡旋しているのだ。
今日は特別、珍しい客が来た。
「種族がドーマウスでしてぇ……むにゃむにゃ」
「相川さんしっかり」
「どうしてもぉ、眠くなっちゃ……ぐう……♪」
「…………」
異島ユウタは過去に百もの魔物の就職難民を救ってきたが、その歴史を見てもここまで種族の壁を感じさせる就職難民はいなかった。ゴブリンやピクシーなど年齢確認が難しい(労基的にこれがキモ)種族や、スキュラやケンタウロスのように一部部位が大柄な種族(職探し希望は『労働に適している広々とした環境』がほとんど)もいたが……
ここまで労働に不向きな種族はそうはいない。
なぜなら相手は眠ってるのだ。とことん寝ているのだ。どうやってこのハローワークまで来れたのかが不思議なくらい、なんかこう……常識が通じない。
「では相川さん、希望する就職先はありますか?」
「うーん……えっと、労働条件が良いことが条件です」
「ならこちらがオススメですよ。『金山製作所』という、まあ仕事内容は簡単に言うとロボット部品のチェック作業です」
「そういう作業は苦手で……」
常に目を瞑っているのだ、出来るはずがなかった。
「それではドーマウスに対応してくれる職場を探しておきますので、明日は大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫ですよ」
リンは立ち上がり、ふらふらとした足取りで帰って行った。きっと歩きながら寝ているのだろう。
「はぁー………」
頭を掻き、パソコンの画面を覗く。そこにはハローワークに登録されている企業一覧が映っていた。
ユウタは『ドーマウス可』と条件を打ち込みエンターキーを押す。画面が切り替わり、出された結果は『Not Found』という文字。企業がハローワークに求人票を出す際、魔物を雇用したい時ぜひ取りたい種族がいる場合や雇うことが可能な種族を書き込んでもらうのだが、残念ながらドーマウスはいなかった。
「そりゃ見つからんわなぁ」
「何が見つからないって?」
ユウタの同僚の佐川トウヤが相談室を覗いてきた。
「さっきここにドーマウスのお客さんが来たんだ。相川リンさん。就職希望なんだがピッタリな企業が見つからないんだよ」
「というかユウタ、ドーマウスは生まれながらに生活保護が受けられる特別指定枠だろ?国が生態を認可して」
「だけど、相手が就職を望んでいるし門前払いは出来ない」
「相談に乗った結果がそのザマだろうが」
ユウタは反論出来なかった。
昼休みのアナウンスが鳴り、ユウタとトウヤは席を立ち建物を出、昼食を食べに空いている食堂を探した。
「無理ですか……」
食事後は相談室ではなく交渉に出向いた。なんとか相川リンが働ける場所が無いかを探すため、ハローワークから場所が近い企業を手当たり次第に訪れた。
「うちは医療機器の部品を造っているからさ、ドーマウスなんか雇ったら危なっかしくてしょうがないんだよ。旋盤とか平気で指無くなる恐れあるし」
「そうですか……」
ビルを出て、リストの最後の企業名にバツ印を書き込んだ。
全てバツ印に染まったリストを見て、ため息。やはり生活保護で過ごすことを勧めるべきか……とユウタは悩んだ。
「あ、相川さん」
そこに偶然、相川リンが通りかかった。スーパーの袋を提げ、目を瞑ってふらふらと歩いていた。
「その声は……コトシマさん?」
「お出かけですか?」
「はいぃ……近くのスーパーで食材を買ってきたところです」
「そうですか……近くでお茶でもどうですか?袋は私が持ちましょう」
近くの喫茶店に入り、ユウタとリンはアイスコーヒーを注文した。カフェインを摂取して大丈夫なのかと軽く心配になるユウタだったが、ゴクゴク飲んでも心地よさそうな寝顔は変わらなかった。
「忙しいみたいですねぇ」
「このご時世、忙しいことはいいことですから」
アイスコーヒーを少し飲み、ユウタは言う。
「気になっていたんですが、なぜ就職を?」
「私……思ったんです」
今まで閉じていた目を開け、ユウタを見る。
「お母さんは私に、『リン、私たちは働く義務は無いのよ』と言われたんです。最初は何も疑問は無かったのですが、それから数年後、中学生だった私は支給されるお金が働いてる人たちの税金から出ていることを知りました」
「それで……どう思ったんです?」
「義務は無くとも権利はあると思って、私もただ座ってるだけじゃなく働きたいと思ったんです」
「そうだったんですか」
「でも、私じゃ足手まといですよね。今は起きてますけど、ほとんどが寝てますから……」
少し俯くリン。
しっかりしているとユウタは思った。
「一応、希望の職種を考えておいてください。それから、二人で考えましょう」
「お願いしますね」
お互いは一礼した。
「ええと……引っ越し業やカフェなどがありますね」
次の日、朝一番にユウタはワーラビットの相談を受けていた。どうやら職場でセクハラをやらかし前の仕事をクビになってしまったようだった。
「他には、他には!?」
「ワーラビットの受け入れはかなり整っているので、希望の職場はすぐに見つかるはずですよ」
「はぁーよかったぁー」
胸をなで下ろすワーラビット。
「それで、どのような職種を希望ですか?」
「そうですねぇ〜……ウエイトレスとかいいなぁ」
「接客業はかなりいいみたいですよ」
「もしくはぁ……異島さんの主婦に就職したいなぁ……♥」
「望月さんセクハラですよ?」
「えぇー」
「とりあえず、接客業を中心にまとめるので、後日また来ていただければ」
「ありがとうございましたー」
上機嫌でワーラビットは帰って行った。
「主婦に就職ねぇ……」
これまた斬新な魔物ジョークだとユウタは思った。
「次の方どうぞ」
そう言うと、次の客が来た。
「相川さん。どうぞこちらに」
「昨日はどうも……すやすや」
いつも通りリンは寝ていた。
「えっと……希望の職なんですけど……まだ見つかってなくて」
「相川さん」
ユウタはリンの手を握った。
「私の妻に、就職していただけませんか?」
「え……、え?」
パクりだが、ユウタの頭にこれしか浮かばなかった。
「無理に働こうと思う必要はありませんよ。いいじゃありませんか、好きなだけ迷惑を掛けたって。生きていれば誰かに必ず迷惑を掛けるんです」
「好きなだけ……」
「だから相川さん、私と結婚していただけませんか?」
リンは目を開けた。そしてユウタの手を握り返した。ユウタの目をまっすぐ見つめ、プロポーズに答えた。
「私……実は結婚してまして」
「うぅ」
「泣くなよユウタ。過去に色々なオナゴに振られたこの佐川トウヤを見ろ」
「違う。これは心の汗だ……」
その日の夜にトウヤとユウタはファミレスにいた。振られた悲しみに打ちひしがれてるユウタを励まそうと、トウヤが誘ったのだ。
ワケを聞いたところ、リンはフリーターの男性と結婚していて、夫の稼ぎと生活保護の額では生活がやや厳しいということで職探しをしていたそうだ。
「でもまあ……なんかスッキリした」
「どうした?振られてスッキリとかマゾか?」
「ここまで綺麗に振られたら、さ」
「ま、飲めや飲めや」
男二人のファミレス酒盛りが続き、二軒目は居酒屋へと向かった。
ちなみにユウタはその日からハローワークで職業を紹介しながら、結婚相談所で女性を紹介してもらう日常がスタートしたのだった。
現在の日本は大変な不況に見舞われ、就職難が一般庶民の大変な課題になっている。ハローワーク職員は、職を手にし固まった生活を得ようという志を持った老若男女を支援するのが仕事、というよりは使命である。
ここに来るようになった理由は人によって様々だ。リストラくらって職を失った人、性格や言動に難があって受け入れてもらえない人、前科のある人、高校・大学で勉学や就活を疎かにしていた人……といった具合である。その他、人間に限らず魔物も種族的なモノによって就職出来ないこともある(その割合およそ98%)。
職員の一人である異島ユウタ、は第4相談室で待機してあらゆる人の相談を受けている。その相談によって職場を紹介・斡旋しているのだ。
今日は特別、珍しい客が来た。
「種族がドーマウスでしてぇ……むにゃむにゃ」
「相川さんしっかり」
「どうしてもぉ、眠くなっちゃ……ぐう……♪」
「…………」
異島ユウタは過去に百もの魔物の就職難民を救ってきたが、その歴史を見てもここまで種族の壁を感じさせる就職難民はいなかった。ゴブリンやピクシーなど年齢確認が難しい(労基的にこれがキモ)種族や、スキュラやケンタウロスのように一部部位が大柄な種族(職探し希望は『労働に適している広々とした環境』がほとんど)もいたが……
ここまで労働に不向きな種族はそうはいない。
なぜなら相手は眠ってるのだ。とことん寝ているのだ。どうやってこのハローワークまで来れたのかが不思議なくらい、なんかこう……常識が通じない。
「では相川さん、希望する就職先はありますか?」
「うーん……えっと、労働条件が良いことが条件です」
「ならこちらがオススメですよ。『金山製作所』という、まあ仕事内容は簡単に言うとロボット部品のチェック作業です」
「そういう作業は苦手で……」
常に目を瞑っているのだ、出来るはずがなかった。
「それではドーマウスに対応してくれる職場を探しておきますので、明日は大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫ですよ」
リンは立ち上がり、ふらふらとした足取りで帰って行った。きっと歩きながら寝ているのだろう。
「はぁー………」
頭を掻き、パソコンの画面を覗く。そこにはハローワークに登録されている企業一覧が映っていた。
ユウタは『ドーマウス可』と条件を打ち込みエンターキーを押す。画面が切り替わり、出された結果は『Not Found』という文字。企業がハローワークに求人票を出す際、魔物を雇用したい時ぜひ取りたい種族がいる場合や雇うことが可能な種族を書き込んでもらうのだが、残念ながらドーマウスはいなかった。
「そりゃ見つからんわなぁ」
「何が見つからないって?」
ユウタの同僚の佐川トウヤが相談室を覗いてきた。
「さっきここにドーマウスのお客さんが来たんだ。相川リンさん。就職希望なんだがピッタリな企業が見つからないんだよ」
「というかユウタ、ドーマウスは生まれながらに生活保護が受けられる特別指定枠だろ?国が生態を認可して」
「だけど、相手が就職を望んでいるし門前払いは出来ない」
「相談に乗った結果がそのザマだろうが」
ユウタは反論出来なかった。
昼休みのアナウンスが鳴り、ユウタとトウヤは席を立ち建物を出、昼食を食べに空いている食堂を探した。
「無理ですか……」
食事後は相談室ではなく交渉に出向いた。なんとか相川リンが働ける場所が無いかを探すため、ハローワークから場所が近い企業を手当たり次第に訪れた。
「うちは医療機器の部品を造っているからさ、ドーマウスなんか雇ったら危なっかしくてしょうがないんだよ。旋盤とか平気で指無くなる恐れあるし」
「そうですか……」
ビルを出て、リストの最後の企業名にバツ印を書き込んだ。
全てバツ印に染まったリストを見て、ため息。やはり生活保護で過ごすことを勧めるべきか……とユウタは悩んだ。
「あ、相川さん」
そこに偶然、相川リンが通りかかった。スーパーの袋を提げ、目を瞑ってふらふらと歩いていた。
「その声は……コトシマさん?」
「お出かけですか?」
「はいぃ……近くのスーパーで食材を買ってきたところです」
「そうですか……近くでお茶でもどうですか?袋は私が持ちましょう」
近くの喫茶店に入り、ユウタとリンはアイスコーヒーを注文した。カフェインを摂取して大丈夫なのかと軽く心配になるユウタだったが、ゴクゴク飲んでも心地よさそうな寝顔は変わらなかった。
「忙しいみたいですねぇ」
「このご時世、忙しいことはいいことですから」
アイスコーヒーを少し飲み、ユウタは言う。
「気になっていたんですが、なぜ就職を?」
「私……思ったんです」
今まで閉じていた目を開け、ユウタを見る。
「お母さんは私に、『リン、私たちは働く義務は無いのよ』と言われたんです。最初は何も疑問は無かったのですが、それから数年後、中学生だった私は支給されるお金が働いてる人たちの税金から出ていることを知りました」
「それで……どう思ったんです?」
「義務は無くとも権利はあると思って、私もただ座ってるだけじゃなく働きたいと思ったんです」
「そうだったんですか」
「でも、私じゃ足手まといですよね。今は起きてますけど、ほとんどが寝てますから……」
少し俯くリン。
しっかりしているとユウタは思った。
「一応、希望の職種を考えておいてください。それから、二人で考えましょう」
「お願いしますね」
お互いは一礼した。
「ええと……引っ越し業やカフェなどがありますね」
次の日、朝一番にユウタはワーラビットの相談を受けていた。どうやら職場でセクハラをやらかし前の仕事をクビになってしまったようだった。
「他には、他には!?」
「ワーラビットの受け入れはかなり整っているので、希望の職場はすぐに見つかるはずですよ」
「はぁーよかったぁー」
胸をなで下ろすワーラビット。
「それで、どのような職種を希望ですか?」
「そうですねぇ〜……ウエイトレスとかいいなぁ」
「接客業はかなりいいみたいですよ」
「もしくはぁ……異島さんの主婦に就職したいなぁ……♥」
「望月さんセクハラですよ?」
「えぇー」
「とりあえず、接客業を中心にまとめるので、後日また来ていただければ」
「ありがとうございましたー」
上機嫌でワーラビットは帰って行った。
「主婦に就職ねぇ……」
これまた斬新な魔物ジョークだとユウタは思った。
「次の方どうぞ」
そう言うと、次の客が来た。
「相川さん。どうぞこちらに」
「昨日はどうも……すやすや」
いつも通りリンは寝ていた。
「えっと……希望の職なんですけど……まだ見つかってなくて」
「相川さん」
ユウタはリンの手を握った。
「私の妻に、就職していただけませんか?」
「え……、え?」
パクりだが、ユウタの頭にこれしか浮かばなかった。
「無理に働こうと思う必要はありませんよ。いいじゃありませんか、好きなだけ迷惑を掛けたって。生きていれば誰かに必ず迷惑を掛けるんです」
「好きなだけ……」
「だから相川さん、私と結婚していただけませんか?」
リンは目を開けた。そしてユウタの手を握り返した。ユウタの目をまっすぐ見つめ、プロポーズに答えた。
「私……実は結婚してまして」
「うぅ」
「泣くなよユウタ。過去に色々なオナゴに振られたこの佐川トウヤを見ろ」
「違う。これは心の汗だ……」
その日の夜にトウヤとユウタはファミレスにいた。振られた悲しみに打ちひしがれてるユウタを励まそうと、トウヤが誘ったのだ。
ワケを聞いたところ、リンはフリーターの男性と結婚していて、夫の稼ぎと生活保護の額では生活がやや厳しいということで職探しをしていたそうだ。
「でもまあ……なんかスッキリした」
「どうした?振られてスッキリとかマゾか?」
「ここまで綺麗に振られたら、さ」
「ま、飲めや飲めや」
男二人のファミレス酒盛りが続き、二軒目は居酒屋へと向かった。
ちなみにユウタはその日からハローワークで職業を紹介しながら、結婚相談所で女性を紹介してもらう日常がスタートしたのだった。
14/01/26 16:14更新 / 祝詞