新米騎士と蟷螂娘
―― 1 ――
簡単な任務だと聞いていたし、俺自身もそう信じて疑わなかった。
親魔物領に潜入している密偵に手紙を届けろ。なーんて言われりゃ、本部の連中なら顔を青くするところだろうが、実際には危険なんざほとんどない。ウチなら見習いすら知ってる事実だ。
少なくともあのおっさん率いる“日長石の騎士団”において、旧時代的な「魔物は人の肉を裂き血を啜る」なんていう迷信に囚われている奴は存在しない。存在しえない。
幸せそうに暮らす人と魔物の姿、なんてものを目の前(とはいえ隣の街だが)に突きつけられりゃ、そんな迷信なんぞ抱き続けようがない、というわけだ。
街と街の間にある森だって、気の良いもしくは臆病な連中しか居ないと聞いていた。
だから、俺としては隣の街まで遠乗りだひゃっはぁぁぁぁぁ程度のテンションで挑んだわけだ。
……いや、手紙自体はきちんと届けましたよ。返事もこうして貰ってきてますし。
向こうで綺麗なお姉さんに鼻の下伸ばしてみたり、何かちっこい角生えた子に懐かれかけてちょっと戯れたりはしてたけどさ。
まあ油断してたんだな、うん。
彼女たちに剣を向けなきゃならない唯一の機会、親魔物勢の侵攻だって、団長がこの辺りの三つの街に封(ほう)じられてからは全くない。向こうの街中に居る魔物に(性的な意味で)襲われることも、あっちの規則によってあり得ない。
街の外で暮らす魔物も、危険度の高い奴は居ない――そのはずだった。
「まさか、森の暗殺者(フォレスト・アサッシン)に襲われるとは……ついてねぇ」
こうね、森の中をのんびり馬走らせてたら、ちょっと先の右手の木がね、スパッと。
ズズズ、ってずれてズドンってぶっ倒れて来て、何とか跳び越えて避けたら“奴”が現れた。
鎌持った憎いあんちくしょう。
森に溶け込むような保護色なカラーリングに、白く眩しい太腿。
突き出た触覚に、金色の宝石で出来た髪飾り、同色の冷たーい無感情な眼。
ちらっと見ただけでも分かる色白美人なんだけど、それ以上に氷のナイフみたいな眼光が印象的だった。すましたような表情と相まって、すんげー怖い。
必死で馬を走らせてるけど、木の上を涼しい顔で並走してきやがる。それだけじゃなく、時折攻撃を仕掛けてくるから始末に負えない。鎧や盾は傷だらけだ。
「だー畜生! この森にはやばい奴ァ居ないっつー話じゃなかったのかよッ!」
何で襲われているのか分からない。魔物は人を(エロ目的以外で)襲わないんじゃないのか。
あの凍てつく視線にしろ、時折襲いかかってくる鋭い鎌にしろ、色気なんぞ欠片もないぞ。
「クソッ、街までもう半刻足らずだってのに」
もう少し速度を出していたら遭遇しなかったんだろうな、とか思う。
こうなったらなんとか防ぎきるしかない。俺だって、守りにおいてはあの“金剛石”の連中すら凌ぐと言われる、日長石の騎士団の一人だ。炊きたての超新米の底力見せてやる。
そう腹を据えて十数合。
ひたすらに迫る鎌を盾で弾いていたが、ふとしたはずみに切っ先が額をかすめた。
職業柄痛みには慣れているが、額は出血が多い。舌打ちをした途端、攻撃が止んだ。
「なんだ……?」
姿もない気配もない。諦めてくれたのか、はたまた何かの策か。
ぐるりと辺りを見回し背後を向いたところで、ズッという重たい音と共に、いきなり馬が跳ねた。慌てて手綱を引くも手応えがない。正面向いたら、手綱どころか馬の頭がなかった。
「ンだとォ!?」
断ち切られた首から噴水のように血が吹き出て、馬の脚が崩れる。
俺は走っていた勢いのままに投げ出され――何か柔らかい感触に落ちて、意識を失った。
―― 2 ――
子猫がミルクを舐めるような水音と、額の温かくざらりとした感触に目が覚めた。
起き上がろうとしたら、柔らかくてあったかいものに乗っかられて動けない。寝ているところに顔を舐めつつ乗っかってくるものと言えば、奴しか考えられなかった。
「おい……ジョン、やめろよ……」
愛犬(むろんワーウルフではない、というかオスだ)の名を呼びつつ、押しのけようとする。が、手のひらに触れたのは、期待していたもさもさとした毛皮ではなく、つるむにっとした何か。
……そういや、ジョンは数年前に死んでたな。十六歳(人間で八十前後)の大往生だった。
恐る恐る目を開けたら、すました無感情な顔が目の前にあった。
「うおあッ!?」
け、けん、剣は何処だ! ……ねぇ! 剣どころか剣帯からねぇ。というか鎧もねぇ。いつの間にかインナーだけになってやがる。道理であったかさがダイレクトだと思った!
動転する俺の目の前に、冷ややかな表情を浮かべた蟷螂娘の顔がずい、と迫った。何を考えているか分からない金色の眼に見つめられ、焦りがすーっと引いて行く。
なんだこれ俺は食われるのか。グールですら人肉は食わねぇこのご時世に、頭からムシャムシャバリバリと。額を舐めてたのも「血、美味しいです」とかそんなんか。
「ぐおッ……」
戦々恐々としているところに顔を寄せられ、仰け反ろうとしたところ後ろ頭をぶつけた。どうやら、今俺が寄りかかっているのはデカい木らしい。本気で進退きわまった。
それにしても、間近で見ると並はずれて整った容姿をしていることが分かる。抜けるように白い肌に、大きい切れ長の眼、肩ほどまでの少しハネたこげ茶色の髪。魔物は美人ばかりだと言われていて、事実そうだと思うが、中でも俺のハートにストライクな感じだった。
……こいつになら食われても良いかな、なんてちょっと思った。
団長に手紙が届けられないのが悔やまれるが、そもそもこの辺のほとんどを把握してるはずのあの人が、こいつを見逃していたのが元凶だ。
目をつぶって最期を待つ。流石に怖ぇ。頭からガリガリやられると痛いよな。つるんと丸呑みならまだマシかも知らんが、あんなちっさい花びらみたいな唇じゃそれは無理だろうし。
頭の後ろにするりと腕が回され、いよいよかと身構える。
だが訪れたのは痛みではなく、ぷるんと柔らかい感触だった。それも場所は唇だ。
恐る恐る薄目を開けると、至近距離で金色の瞳がこちらを観察していた。一体何だと思う間もなく、唇を割ってぬるりとしたものが口内に侵入してくる。
さすがに、ここに至って何をされているか分からないほど初心でも鈍感でもない。ほんの一瞬、舌から食う趣味でもあるのかと思いはしたけれど。
良く考えれば、捕食が目的なら気を失ってる間に食われてるはずで。
(しかし、なんで、キス……をッ!)
俺のよりも薄く華奢な舌が口の中で暴れ回っている。ぬめりつつもザラリとした軟体が、頬の裏や歯列をこそげ落とすように蠢く。やっているのは紛れもなく情熱的なディープキスだ。
だが、フーッフーッという興奮した獣そのものの呼吸で貪ってきているくせに、こいつの顔色は欠片も変わっちゃいない。喜色や優越感の一つも見せてもおかしくなさそうなのに、ただただ冷静な観察者の眼で、こちらをじっと見つめてきている。
それが無性に腹立たしい。
(こんのッ……くそッ!)
苛立ちに任せて舌を動かし反撃を試みるも、一瞬で絡め取られねじ伏せられた。悔しいが、技量で完全に負けている。慣れているのか、天性の巧者なのか。
どうにも敗色が濃厚だが、一旦退いて態勢を立て直そうにも、回された腕によって頭は動かせない。そうしている間も舌は粛々と動き、ガリガリと音を立てて理性を削り取っていく。
ふと、自分の姿と、鎌で押さえられ頭を食いちぎられる蟷螂のオスが重なった。マンティスの原型と考えられている蟷螂のメスは、交尾の前後にオスを食べることがある。極端なものになると、頭を食われることが射精のトリガーで、そのため頭を食いちぎってから性交に及ぶなんて種も存在するらしい。
『それでも、ほとんどの種でオスは食べられようとして食べられるわけじゃないんだ。メスだって率先して同種を食べるわけじゃない。単に、動くものに襲いかかる習性があるってだけ』
だから、利口なオスは背後から近づいてヤり逃げするんだったな。さしずめ俺は、正面から馬鹿正直に挑んで貪り食われるアホなオスってことか。
強引に熱烈に、それでいて瞳は冷ややかに、ディープキスは続く。唇を押しつけ貪るようなキスに翻弄され、抵抗しようと突き出した舌は、逆に相手の口中に誘い込まれしゃぶられる。
長くねっとりと濃厚なキスと、薄い肌着越しに押しつけられる柔らかい肢体――特にムニュムニュと形を変える大ぶりなおっぱいと、白く眩しい太腿に、下半身が煮えていた。
じーっと冷静に注意深く俺のことを観察していた蟷螂娘にそれは筒抜けだったようで、異常なまでの熱を帯び、見ずとも分かるほどにガチガチになった息子を、張りのある太腿でぐりぐりと刺激してくる。余りの気持ちよさに身体を震わせる俺に、感情の籠らない視線を向け、最後に何もかも奪い尽くすような強烈な口吸いをした後、彼女は顔を離した。
魔物が、膝立ちでこちらを見下ろしてきている。
桜色だった可憐な唇は充血して紅くなり、唾液でてらてらと光っていた。
木漏れ日を後光として感情のない視線を向けてくる彼女は、信じられないほど美人で、同時に恐ろしい。濡れた唇を舐めるさまは、獲物の血に口元を赤く染めた肉食獣そのものだ。
しばらく無言で見つめあった後、相手がふらりと動いた。
やっぱり無表情なまま、蟷螂娘はズボンに手をかけ無造作に引き下ろす。適当な性分で良かった、なんてことをぼんやりとした頭で考えた。きっちり紐を締めてたら、あの鎌でズボンを裂かれてただろう。
だが次の瞬間、ぼろんと外に出た息子に目を疑った。あらあらこんなに大きくなって、とかそういう段階じゃない。普段の勃起に比べて一回り以上大きい。
そこで、再び蟷螂の話がキスで蕩けた頭をよぎった。つまり俺は、頭を食われて交尾の準備をさせられたオスってことになるんだろう。
そんな思考を裏付けるように、彼女は股を隠している布をたくし上げた。
「ぶはっ!」
思わず噴き出した。穿いてないんかい。
太腿と同じく白くすべすべとしたお腹と、産毛も生えてない恥丘に鼻血を吹きそうになった。
大打撃を受けた俺をよそに、彼女は恥じらいの一つもないまま、具合を確かめるように自らの生殖器に触れる。そして粘液に濡れた指先を確認すると、ガチガチにいきり立った俺のペニスを跨いだ。
冗談みたいに凶悪になった我が息子と、つつましやかな割れ目の対比は滑稽ですらある。流石にこれは無理なんじゃないかと思う俺の目の前で、彼女はむんずと息子を掴み先端を割れ目にあてがうと、一気に腰を沈めた。
「おい、ちょ――く、あッ!?」
「――ッ!?」
熱く滾った肉の洞穴が、飲み込んだモノをギチギチと食い締めてくる。だがまさに剛直と化した息子は、ちぎれそうなほどの締めつけを物ともせず突き進むと、奥底をごちゅんと叩いた。食らいついてくる膣内は多少痛いぐらいではあるが、それ以上ににゅぐにゅぐと揉みたてるような刺激が凄まじく気持ち良い。
さすがのこいつもこれは効いたろうと、自分を棚に上げて蟷螂娘の顔を見ると、唇は半開きで焦点は合っていない。試しに肩を揺すってみると、呆然とこちらを見つめてきた。
何が何だか分からない、といった表情だ。周囲に大量のクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えそうなほど、動揺しきっているのが分かる。
痛いのかな、と思って腰を抱き身体ごと揺らしてみると、「あっ」なんて色っぽい声が聞こえた。自分でもどうしてこんな声が出たのか分からない、なんて顔をしやがるので、続けて腰を揺すってみる。
「あ、あっ? ……あふ、ふぁっ、あ!? ――あっ、あふっ、ふぁ、あっ、あ!!」
最初は途切れ途切れだった声が次第に連なっていき、しばらくすると耳に心地良い歌になった。こんな可愛らしい声をしてたのか。
腰を動かしていると、耳だけでなく息子も気持ち良い。肉杭を包み込んでいるぬめった洞穴は、グリッと刺激するたびに、きゅんきゅんと締めつけを返してくれる。
目の前に広がる視覚的効果が、それらの快楽を倍増させていた。冷たかった金色の眼はとろんとして、うっすら涙を浮かべている。朱が上った頬と、半開きの唇が実にいやらしい。
明らかに尋常ではない形で肥大していようと、自分の息子がこの反応を引き出したのだと思うと、何とも言えない征服感がある。
しかし、調子に乗れたのはそこまでだった。
されるがままだった蟷螂娘が、腕と足を使ってぎゅっと全身でしがみついてきたのだ。急な動作にむぎゅっとおっぱいが押しつけられ、肉杭がゴリッと最奥を抉る。
それに甘い声を上げると、彼女は確信を得たように腰を上下させ始めた。対面座位の形だ。
「くっ……お、あッ……!」
「あっ、あふっ、ふぁ、あっあっ、あう、あ、ふあっ、あっふぁっ、あっあああっ!!」
先ほどまで冷え切った表情で俺を観察していた女が、開いた唇から嬌声を上げ、桜色の肌に珠の汗を浮かべ、がむしゃらに身体を揺すって快楽を貪っている。
たったあれだけの間に“気持ち良い”を理解し、どうすればもっと良くなれるのか考え、実行に移したらしい。流石魔物――なんて思ってる余裕はなかった。
幾重にも連なった襞と握り潰さんばかりの締めつけを持った膣内が、ぞりぞりごりごりと削り取るような勢いで肉杭を擦りあげてきている。ただひくひく収縮しているだけでも十分気持ち良かったところに、この上下運動は効きすぎた。獣のような声が喉から絞り出される。
今の俺はさぞかし情けない顔をしてるんだろうな、なんて。そんな思いはお構いなしに、蟷螂娘は蕩けた目でこちらをじっと見つめてきていた。貪るような激しい腰遣いをしながらも、視点だけは俺の顔から動かさない。
ただ、視線そのものはずっと柔らかくなっていた。言うなら、ハートがいっぱい飛んでいるような。捕食者然としていた以前のそれと異なり、親愛の情みたいなものすら感じられる。
その“親愛の情”の証拠になるかは分からないが、彼女は自分が気持よくなれる動きを探ると同時に、俺の様子をつぶさに観察し、より大きい反応を引き出そうとしているように見える。実際、加速度的に気持ち良くなってきていて、イッちまってないのが不思議なぐらいだった。
いや、不思議どころか明らかにおかしい。恥ずかしながら、俺はこれが初めてだ。しかも、ここ二週間ばかり訓練が忙しく、ヌいてる時間なんてなかったから相応に溜まってるはず。
「……うぐぉっ」
そこでグリッと腰を回され、思考が途切れた。亀頭が捏ねられる快感に背筋が震える。
見れば、心なしか蟷螂娘の表情が不満げだった。若干むくれたままぐちぐちと、腰を回してこちらを高めてくる。何だか愛しく感じて腰を突き上げると、「ふぁっ」と鳴いて身体を震わせた。
そうだ。せっかくこいつに通用する攻撃と耐久があるのだから、存分に活用しなけりゃ勿体ない。高めてイカせて、より可愛らしい反応を引きずり出してやろう。
蟷螂娘の動きに合わせて、こちらも腰を使う。彼女が上下に腰を振れば、左右に揺らしてより複雑な刺激を。時には合わせて上下に動き、最奥を抉る。何だか剣術のようだ。
膣内の刺激も、キツい締めつけと絡みつくような襞に加えて、強烈な吸いつきが加わっている。魂まで吸い上げられてしまいそうな快感に腰が抜けそうになるが、動きは止めない。
高め合う、という言葉が脳裏をよぎった。相手も自分も熱い。抜けるように白かった彼女の肢体は、今や全身にわたって朱が上り、鮮やかな桜色に染まっている。浮かんだ珠の汗は肌の密着度を高め、結合部以外からもいやらしい音をさせていた。
最大のクールダウン機能である射精が一向に訪れず、際限なく快感が高まっていく。同時に段々と余裕がなくなってきて、動きが単調になっていった。
コリコリとした感触の何かが、先端に触れてきている。少し下のほうを狙うようなイメージでそこを突くと、蟷螂娘の唇がぱくぱくともの欲しげに開閉する。たまらず口づけると、熱烈な歓迎があった。上と下で深くつながりながら、互いを押し上げていく。
そんな永遠に続くように思えた交尾にも、ついに終わりが訪れた。
「――ッ!!」
蟷螂娘が息を飲んだかと思うと、ぎゅーっと背骨を反らし渾身の力で抱きついてくる。膣内もこれまでにないほど強く締まり、張りつめていた肉杭の先が奥の弾力のある部分に固定された。
途端、腰の奥で何かがはじける。ドクッドクッと脈動する息子を意識して、射精だと分かった。
ああ、なるほど。今までイケなかったのは、最初のキスでこいつのオスにされた身体が、メスが準備を終えるのを待っていたから、というわけか。
――ああ、愛しい愛しいこんちくしょうめ。
「望み通り、孕ませてやる。胎ん中にたっぷり種付けして、ぼってり膨らませてやるよ」
濡れた金色の眼が大きく開かれ、抱きしめた身体が急にじたばたともがき始めた。それを腕でがっちり捕まえ、動けないようにする。
精液が上ってくるのが妙に遅い。ペニスは必死で子種を送り込もうとしているのに、のろのろと、まるで尿道内に引っかかっているかのよう。
いや、実際に引っかかっているのかもしれない。多分、それだけ濃縮されているのだ。
甘い唇を貪り腰を強く抱きつつ、子種が上り詰めるのを待つ。
「イクぞ」
囁くと、ぱったりと抵抗が止んだ。代わりに細い腕が首に巻きつき、白い太腿が腰をしっかりと挟みこんで、まるで逃さないとでも言うように抱きついてくる。
引き締まってしなやかな、それでいて出るところは出ている極上の肢体を、全身で余すところなく感じた瞬間、一際大きく肉杭が跳ねた。
ドクッ、ドクッと、ゆっくりと確実に途切れなく、粒の残る粥のように濃厚な精液を子宮に注ぎ込んでいく。きつい締めつけがあるが、絞り取られるではなく、まさに注ぎ込むという感じだった。
圧倒的な解放感と征服感。自分よりも強いメスを屈服させていることに、身体が震える。子宮に口移しで子種を飲みこませる行為には、全身が蕩けるような放出感があった。
「ぐ、う……」
「あは、あ……」
全身全霊をかけての種付けも終わりが近づき、同時に気が遠くなる。脱力する身体を、愛しいメスがねぎらうように抱きしめてくる。
交尾が終われば、俺は用済みだろう。今度こそ食われるのかな、なんて思いつつ、視界が溶け落ちるように崩れて、意識が闇へと沈んでいった。
―― 3 ――
血の味がする。訓練で口の中を切った時のような。重ねて濃厚な錆の匂いが鼻腔を支配していて、騎士団で慣れていると言えど辟易した。
きつい血臭に悩まされながらも、まだ意識の大部分がまどろみの中にある。そんなところに、ぬるりと何かが口内へ侵入してきた。柔らかくも力強い軟体がペースト状の何かを押し込み、掻き回して、ほのかに甘い液体と共に飲み込ませようとしてくる。血の味が濃くなった。
得体の知れないものを飲み込むことに心は抵抗していたが、身体はあっさりと従ってしまった。この裏切り者めと罵りつつ、意思の力を総動員して瞼をこじ開ける。
木漏れ日に彩られた森を背景に、すました無感情――ではない顔が目の前にあった。
「うおあッ!?」
デジャブだ。違うところと言えば柔らかくなった表情と、正真正銘血まみれの口元。
俺の反応にわずかに心外そうな顔をして(微妙な表情の変化が分かることに驚いた)、蟷螂娘は行為を続けようとする。手にした赤い塊をもぐもぐと咀嚼し、俺の首に腕を回すと、真紅に染まった唇で口づけてきた。ざらついた舌が蠢いて、噛み砕かれたそれを飲みこませてくる。濃厚な血の味。これは生肉か。だとしたら、一体何のだ。
ちゅぽん、と唇が離れたのを機に、ぐるりと周囲を見渡す。散らばった鎧と武器の先に、首を断ち斬られ、内臓を晒している馬の姿があった。
「ああ、馬か……」
「――もったいないと、思った。駄目、だった?」
独り言に予期せぬ返答があってぎょっとした。喋れたんかい。
いや、それもそうか。“孕ませる”だの“種付け”だのに思いっきり反応してたしなぁ。
そんな卑猥な言葉と同時に、それらを完膚なきまでに実行したことを思い出した。……ああ畜生、やっちまったんだよなぁ。
「いいや。殺しちまった以上は、きっちり使ってやらないと申し訳ないしな」
気を取り直して、落ちこんだ風の蟷螂娘に頷いてやる。
それに一瞬顔を明るくした彼女だったが、再び表情に影が落ちた。
「貴方を止めるのに、馬を殺してしまった。……ごめんなさい」
「いや、まぁ……ここからだったら、徒歩でもそんなに掛からないだろうし――って、ああッ!」
そうだ、手紙を届けなきゃならんのだった。
幸いにも手紙の入った袋はすぐ近くに転がっていたので、引っ掴んで立ち上がる。と、不安げに揺れる金色の瞳が目に入った。
「何処か行く、の?」
「ああ。手紙を届けに、街まで戻らなきゃ――」
「私も、行く」
蟷螂と違って、交尾を終えたら餌扱いというわけではなさそうだ。まぁ、口移しで食事を与えてくれていた辺りで、既に分かってはいたんだが。
不味いことになった。アホみたいにゆるい団長が治めてるとは言え、あの街は反魔物領。こいつを連れて戻るわけにはいかない。騎士団に居続けるつもりなら、ここで別れるべきだ。
ああ、だが、しかし――。
「分かった。だけど、街に入るのは駄目だ」
「でも……」
「手前の森で待っててくれ、命ある限りは戻ってくる。……万が一、三日経っても戻らない場合には、俺のことは死んだものとして逃げるんだ」
この国において、魔物を愛する騎士など許されない。間違いなく処刑される。
だから、その前に辞めて逃げる。それなら手紙なんて捨ててしまえば良いとも思うが、散々恩を受けたあの人に対し、そこまで不義理にはなれなかった。
心配してくれているのか、涙ぐんでいる蟷螂娘を抱きしめて頭を撫でる。そして身体を預けてくれた彼女に、目下最大の問題を解決するため問いかけた。
「それで、話は変わるんだが……近くに、川ないか? 流石に、このざまじゃ戻れない」
―― 4 ――
自分の心臓の音が聞こえそうな気がする。
門番に事故に遭ったことを伝え(傷だらけの鎧を見てすぐに信じてくれた)、処理した馬の肉や皮を預けて館の中に入った。ここまでは良いが、団長室へ近づくほどに緊張が高まる。
身体はしっかり洗ったから、あいつの臭いはしないはずだ。そんなことを考えてたら、水浴びの際の白魚のような肌を思い出しそうになって、ぶんぶんと頭を振る。
「あら、帰ってたんだ」
「――ッ!」
いきなり声をかけられて背筋が凍りついた。
振り返れば、眩しい金髪に幼い顔立ちの、翼を持った少女が立っている。魔物ではない。彼女は教団の象徴、あの団長に付き合っている奇特なエンジェルだ。
そもそも奇特だったから団長の元に遣わされたのか、それとも団長に感化されたのかは分からないが、他の団の天使に比べると随分くだけているという話だ。
「……ふーん」
「な、何でしょうか」
じろじろと眺められると非常に気まずい。今は負い目があるのでなおさらだ。
だが、天使はしばし俺を観察した後、にっと笑って踵を返した。
「団長なら、部屋の中にいるよっ」
思い出したように付け加えて、微妙に浮かびつつ去っていく。確かに気安いんだが、どうにも掴めない感じが苦手だった。軽く溜息をついて気を取り直す。
団長室の扉を叩いて所属を言うと、「どうぞー」なんて気の抜けた声が返ってきた。
「ご苦労だったね。途中で事故に遭ったんだって?」
「はい。森で魔物の襲撃に遭いまして……こちらが、手紙になります」
傍から見るとまるで騎士には見えない、のんびりとした風体の人に封筒を渡す。
こんな気の抜けた感じのする人が、主神から加護を受けた、勇者としての資質を持つ騎士――パラディンだというのだから、分からないものだ。
「あの森で魔物に? ホーネットでも住みついたのか」
「いえ、フォレスト・アサッシンでした」
「あー……予定よりも半年ほど早いな。そうか、彼女にねぇ……」
くすんだ色の赤毛をぐしゃぐしゃとかき回して、団長は呟いている。
手紙は渡した。これで義理が果たせたとは思えないが、切り出すなら今しかない。
「団長、俺……」
「騎士アレンに、“日長石の騎士団”団長の名において新たな任を与える」
意を決しての言葉は、鋭い気迫を伴った団長の声に斬り裂かれた。
動揺が胸を内から叩いてくる。新たな任……まさかあいつの討伐だろうか。いや、それなら共に逃げれば良いだけだ。だけど、例えば他団への異動だったりすると――。
「隣の親魔物領に潜入し、領民として内部からその様子を観察してくるように」
「……は?」
思いっきり間抜けな面で訊き返してしまった。
それに、団長は心底おかしそうな顔でくすくすと笑っている。
「私は言わば堤防だからね。外からの波は防ぐけど、泳ぎに入る人を止める気はないんだ」
……どうやら、バレバレだったらしい。
「報告は半年に一回ぐらいで良いよ。それで、すぐに出るつもりかい?」
「待たせてる奴が居ますので、荷をまとめたらすぐにでも。今頃、やきもきしてるでしょうし」
「そうか。なら、一筆したためよう。向こうの官舎に持っていけば便宜を図ってくれるはずだ」
ありがとうございますと深く一礼して、部屋を後にする。
その足で宿舎に向かって、荷物を整理した。色々と思い入れはあるが、あいつと生きることを選んだ以上は余り頓着してもいられない。
整理を終えて戻ると、見習いが手紙と金貨の入った袋を手渡してくれた。ありがたく受け取って、門をくぐる。出たところで、建物に向かって一礼した。
これで全部だ。幸か不幸か、騎士団以外の繋がりを俺は持たない。
「さて、行くかね」
つい先日騎馬で駆け抜けた街並みを、徒歩でのんびりと抜けていく。馬なしでは向こうの街までかなりかかるはずだが、今度は道連れも居るし、気になるまい。
そんなことを思いながら森に入った途端、樹上から落下してきたものに潰されかけた。まなじりに涙を浮かべながら抱きついてくる蟷螂娘の頭を撫でて、そう言えばと思い立つ。
「実に今更な話なんだが……お前、名前何ていうんだ?」
「私は、シルヴァ。貴方は?」
「俺はアレンだ。――よろしくな、シルヴァ」
こうして俺の騎士としての生活は終わり、新たな暮らしが幕を開けた。
未練がないと言えば嘘になる。申し訳なさもある。だが、惚れてしまったのだから仕方ない。
だから、申し訳を立てるためにも、シルヴァとの生活をより良いものにしよう。温かく柔らかい身体を抱きしめつつ、そう心の中で誓った。
簡単な任務だと聞いていたし、俺自身もそう信じて疑わなかった。
親魔物領に潜入している密偵に手紙を届けろ。なーんて言われりゃ、本部の連中なら顔を青くするところだろうが、実際には危険なんざほとんどない。ウチなら見習いすら知ってる事実だ。
少なくともあのおっさん率いる“日長石の騎士団”において、旧時代的な「魔物は人の肉を裂き血を啜る」なんていう迷信に囚われている奴は存在しない。存在しえない。
幸せそうに暮らす人と魔物の姿、なんてものを目の前(とはいえ隣の街だが)に突きつけられりゃ、そんな迷信なんぞ抱き続けようがない、というわけだ。
街と街の間にある森だって、気の良いもしくは臆病な連中しか居ないと聞いていた。
だから、俺としては隣の街まで遠乗りだひゃっはぁぁぁぁぁ程度のテンションで挑んだわけだ。
……いや、手紙自体はきちんと届けましたよ。返事もこうして貰ってきてますし。
向こうで綺麗なお姉さんに鼻の下伸ばしてみたり、何かちっこい角生えた子に懐かれかけてちょっと戯れたりはしてたけどさ。
まあ油断してたんだな、うん。
彼女たちに剣を向けなきゃならない唯一の機会、親魔物勢の侵攻だって、団長がこの辺りの三つの街に封(ほう)じられてからは全くない。向こうの街中に居る魔物に(性的な意味で)襲われることも、あっちの規則によってあり得ない。
街の外で暮らす魔物も、危険度の高い奴は居ない――そのはずだった。
「まさか、森の暗殺者(フォレスト・アサッシン)に襲われるとは……ついてねぇ」
こうね、森の中をのんびり馬走らせてたら、ちょっと先の右手の木がね、スパッと。
ズズズ、ってずれてズドンってぶっ倒れて来て、何とか跳び越えて避けたら“奴”が現れた。
鎌持った憎いあんちくしょう。
森に溶け込むような保護色なカラーリングに、白く眩しい太腿。
突き出た触覚に、金色の宝石で出来た髪飾り、同色の冷たーい無感情な眼。
ちらっと見ただけでも分かる色白美人なんだけど、それ以上に氷のナイフみたいな眼光が印象的だった。すましたような表情と相まって、すんげー怖い。
必死で馬を走らせてるけど、木の上を涼しい顔で並走してきやがる。それだけじゃなく、時折攻撃を仕掛けてくるから始末に負えない。鎧や盾は傷だらけだ。
「だー畜生! この森にはやばい奴ァ居ないっつー話じゃなかったのかよッ!」
何で襲われているのか分からない。魔物は人を(エロ目的以外で)襲わないんじゃないのか。
あの凍てつく視線にしろ、時折襲いかかってくる鋭い鎌にしろ、色気なんぞ欠片もないぞ。
「クソッ、街までもう半刻足らずだってのに」
もう少し速度を出していたら遭遇しなかったんだろうな、とか思う。
こうなったらなんとか防ぎきるしかない。俺だって、守りにおいてはあの“金剛石”の連中すら凌ぐと言われる、日長石の騎士団の一人だ。炊きたての超新米の底力見せてやる。
そう腹を据えて十数合。
ひたすらに迫る鎌を盾で弾いていたが、ふとしたはずみに切っ先が額をかすめた。
職業柄痛みには慣れているが、額は出血が多い。舌打ちをした途端、攻撃が止んだ。
「なんだ……?」
姿もない気配もない。諦めてくれたのか、はたまた何かの策か。
ぐるりと辺りを見回し背後を向いたところで、ズッという重たい音と共に、いきなり馬が跳ねた。慌てて手綱を引くも手応えがない。正面向いたら、手綱どころか馬の頭がなかった。
「ンだとォ!?」
断ち切られた首から噴水のように血が吹き出て、馬の脚が崩れる。
俺は走っていた勢いのままに投げ出され――何か柔らかい感触に落ちて、意識を失った。
―― 2 ――
子猫がミルクを舐めるような水音と、額の温かくざらりとした感触に目が覚めた。
起き上がろうとしたら、柔らかくてあったかいものに乗っかられて動けない。寝ているところに顔を舐めつつ乗っかってくるものと言えば、奴しか考えられなかった。
「おい……ジョン、やめろよ……」
愛犬(むろんワーウルフではない、というかオスだ)の名を呼びつつ、押しのけようとする。が、手のひらに触れたのは、期待していたもさもさとした毛皮ではなく、つるむにっとした何か。
……そういや、ジョンは数年前に死んでたな。十六歳(人間で八十前後)の大往生だった。
恐る恐る目を開けたら、すました無感情な顔が目の前にあった。
「うおあッ!?」
け、けん、剣は何処だ! ……ねぇ! 剣どころか剣帯からねぇ。というか鎧もねぇ。いつの間にかインナーだけになってやがる。道理であったかさがダイレクトだと思った!
動転する俺の目の前に、冷ややかな表情を浮かべた蟷螂娘の顔がずい、と迫った。何を考えているか分からない金色の眼に見つめられ、焦りがすーっと引いて行く。
なんだこれ俺は食われるのか。グールですら人肉は食わねぇこのご時世に、頭からムシャムシャバリバリと。額を舐めてたのも「血、美味しいです」とかそんなんか。
「ぐおッ……」
戦々恐々としているところに顔を寄せられ、仰け反ろうとしたところ後ろ頭をぶつけた。どうやら、今俺が寄りかかっているのはデカい木らしい。本気で進退きわまった。
それにしても、間近で見ると並はずれて整った容姿をしていることが分かる。抜けるように白い肌に、大きい切れ長の眼、肩ほどまでの少しハネたこげ茶色の髪。魔物は美人ばかりだと言われていて、事実そうだと思うが、中でも俺のハートにストライクな感じだった。
……こいつになら食われても良いかな、なんてちょっと思った。
団長に手紙が届けられないのが悔やまれるが、そもそもこの辺のほとんどを把握してるはずのあの人が、こいつを見逃していたのが元凶だ。
目をつぶって最期を待つ。流石に怖ぇ。頭からガリガリやられると痛いよな。つるんと丸呑みならまだマシかも知らんが、あんなちっさい花びらみたいな唇じゃそれは無理だろうし。
頭の後ろにするりと腕が回され、いよいよかと身構える。
だが訪れたのは痛みではなく、ぷるんと柔らかい感触だった。それも場所は唇だ。
恐る恐る薄目を開けると、至近距離で金色の瞳がこちらを観察していた。一体何だと思う間もなく、唇を割ってぬるりとしたものが口内に侵入してくる。
さすがに、ここに至って何をされているか分からないほど初心でも鈍感でもない。ほんの一瞬、舌から食う趣味でもあるのかと思いはしたけれど。
良く考えれば、捕食が目的なら気を失ってる間に食われてるはずで。
(しかし、なんで、キス……をッ!)
俺のよりも薄く華奢な舌が口の中で暴れ回っている。ぬめりつつもザラリとした軟体が、頬の裏や歯列をこそげ落とすように蠢く。やっているのは紛れもなく情熱的なディープキスだ。
だが、フーッフーッという興奮した獣そのものの呼吸で貪ってきているくせに、こいつの顔色は欠片も変わっちゃいない。喜色や優越感の一つも見せてもおかしくなさそうなのに、ただただ冷静な観察者の眼で、こちらをじっと見つめてきている。
それが無性に腹立たしい。
(こんのッ……くそッ!)
苛立ちに任せて舌を動かし反撃を試みるも、一瞬で絡め取られねじ伏せられた。悔しいが、技量で完全に負けている。慣れているのか、天性の巧者なのか。
どうにも敗色が濃厚だが、一旦退いて態勢を立て直そうにも、回された腕によって頭は動かせない。そうしている間も舌は粛々と動き、ガリガリと音を立てて理性を削り取っていく。
ふと、自分の姿と、鎌で押さえられ頭を食いちぎられる蟷螂のオスが重なった。マンティスの原型と考えられている蟷螂のメスは、交尾の前後にオスを食べることがある。極端なものになると、頭を食われることが射精のトリガーで、そのため頭を食いちぎってから性交に及ぶなんて種も存在するらしい。
『それでも、ほとんどの種でオスは食べられようとして食べられるわけじゃないんだ。メスだって率先して同種を食べるわけじゃない。単に、動くものに襲いかかる習性があるってだけ』
だから、利口なオスは背後から近づいてヤり逃げするんだったな。さしずめ俺は、正面から馬鹿正直に挑んで貪り食われるアホなオスってことか。
強引に熱烈に、それでいて瞳は冷ややかに、ディープキスは続く。唇を押しつけ貪るようなキスに翻弄され、抵抗しようと突き出した舌は、逆に相手の口中に誘い込まれしゃぶられる。
長くねっとりと濃厚なキスと、薄い肌着越しに押しつけられる柔らかい肢体――特にムニュムニュと形を変える大ぶりなおっぱいと、白く眩しい太腿に、下半身が煮えていた。
じーっと冷静に注意深く俺のことを観察していた蟷螂娘にそれは筒抜けだったようで、異常なまでの熱を帯び、見ずとも分かるほどにガチガチになった息子を、張りのある太腿でぐりぐりと刺激してくる。余りの気持ちよさに身体を震わせる俺に、感情の籠らない視線を向け、最後に何もかも奪い尽くすような強烈な口吸いをした後、彼女は顔を離した。
魔物が、膝立ちでこちらを見下ろしてきている。
桜色だった可憐な唇は充血して紅くなり、唾液でてらてらと光っていた。
木漏れ日を後光として感情のない視線を向けてくる彼女は、信じられないほど美人で、同時に恐ろしい。濡れた唇を舐めるさまは、獲物の血に口元を赤く染めた肉食獣そのものだ。
しばらく無言で見つめあった後、相手がふらりと動いた。
やっぱり無表情なまま、蟷螂娘はズボンに手をかけ無造作に引き下ろす。適当な性分で良かった、なんてことをぼんやりとした頭で考えた。きっちり紐を締めてたら、あの鎌でズボンを裂かれてただろう。
だが次の瞬間、ぼろんと外に出た息子に目を疑った。あらあらこんなに大きくなって、とかそういう段階じゃない。普段の勃起に比べて一回り以上大きい。
そこで、再び蟷螂の話がキスで蕩けた頭をよぎった。つまり俺は、頭を食われて交尾の準備をさせられたオスってことになるんだろう。
そんな思考を裏付けるように、彼女は股を隠している布をたくし上げた。
「ぶはっ!」
思わず噴き出した。穿いてないんかい。
太腿と同じく白くすべすべとしたお腹と、産毛も生えてない恥丘に鼻血を吹きそうになった。
大打撃を受けた俺をよそに、彼女は恥じらいの一つもないまま、具合を確かめるように自らの生殖器に触れる。そして粘液に濡れた指先を確認すると、ガチガチにいきり立った俺のペニスを跨いだ。
冗談みたいに凶悪になった我が息子と、つつましやかな割れ目の対比は滑稽ですらある。流石にこれは無理なんじゃないかと思う俺の目の前で、彼女はむんずと息子を掴み先端を割れ目にあてがうと、一気に腰を沈めた。
「おい、ちょ――く、あッ!?」
「――ッ!?」
熱く滾った肉の洞穴が、飲み込んだモノをギチギチと食い締めてくる。だがまさに剛直と化した息子は、ちぎれそうなほどの締めつけを物ともせず突き進むと、奥底をごちゅんと叩いた。食らいついてくる膣内は多少痛いぐらいではあるが、それ以上ににゅぐにゅぐと揉みたてるような刺激が凄まじく気持ち良い。
さすがのこいつもこれは効いたろうと、自分を棚に上げて蟷螂娘の顔を見ると、唇は半開きで焦点は合っていない。試しに肩を揺すってみると、呆然とこちらを見つめてきた。
何が何だか分からない、といった表情だ。周囲に大量のクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えそうなほど、動揺しきっているのが分かる。
痛いのかな、と思って腰を抱き身体ごと揺らしてみると、「あっ」なんて色っぽい声が聞こえた。自分でもどうしてこんな声が出たのか分からない、なんて顔をしやがるので、続けて腰を揺すってみる。
「あ、あっ? ……あふ、ふぁっ、あ!? ――あっ、あふっ、ふぁ、あっ、あ!!」
最初は途切れ途切れだった声が次第に連なっていき、しばらくすると耳に心地良い歌になった。こんな可愛らしい声をしてたのか。
腰を動かしていると、耳だけでなく息子も気持ち良い。肉杭を包み込んでいるぬめった洞穴は、グリッと刺激するたびに、きゅんきゅんと締めつけを返してくれる。
目の前に広がる視覚的効果が、それらの快楽を倍増させていた。冷たかった金色の眼はとろんとして、うっすら涙を浮かべている。朱が上った頬と、半開きの唇が実にいやらしい。
明らかに尋常ではない形で肥大していようと、自分の息子がこの反応を引き出したのだと思うと、何とも言えない征服感がある。
しかし、調子に乗れたのはそこまでだった。
されるがままだった蟷螂娘が、腕と足を使ってぎゅっと全身でしがみついてきたのだ。急な動作にむぎゅっとおっぱいが押しつけられ、肉杭がゴリッと最奥を抉る。
それに甘い声を上げると、彼女は確信を得たように腰を上下させ始めた。対面座位の形だ。
「くっ……お、あッ……!」
「あっ、あふっ、ふぁ、あっあっ、あう、あ、ふあっ、あっふぁっ、あっあああっ!!」
先ほどまで冷え切った表情で俺を観察していた女が、開いた唇から嬌声を上げ、桜色の肌に珠の汗を浮かべ、がむしゃらに身体を揺すって快楽を貪っている。
たったあれだけの間に“気持ち良い”を理解し、どうすればもっと良くなれるのか考え、実行に移したらしい。流石魔物――なんて思ってる余裕はなかった。
幾重にも連なった襞と握り潰さんばかりの締めつけを持った膣内が、ぞりぞりごりごりと削り取るような勢いで肉杭を擦りあげてきている。ただひくひく収縮しているだけでも十分気持ち良かったところに、この上下運動は効きすぎた。獣のような声が喉から絞り出される。
今の俺はさぞかし情けない顔をしてるんだろうな、なんて。そんな思いはお構いなしに、蟷螂娘は蕩けた目でこちらをじっと見つめてきていた。貪るような激しい腰遣いをしながらも、視点だけは俺の顔から動かさない。
ただ、視線そのものはずっと柔らかくなっていた。言うなら、ハートがいっぱい飛んでいるような。捕食者然としていた以前のそれと異なり、親愛の情みたいなものすら感じられる。
その“親愛の情”の証拠になるかは分からないが、彼女は自分が気持よくなれる動きを探ると同時に、俺の様子をつぶさに観察し、より大きい反応を引き出そうとしているように見える。実際、加速度的に気持ち良くなってきていて、イッちまってないのが不思議なぐらいだった。
いや、不思議どころか明らかにおかしい。恥ずかしながら、俺はこれが初めてだ。しかも、ここ二週間ばかり訓練が忙しく、ヌいてる時間なんてなかったから相応に溜まってるはず。
「……うぐぉっ」
そこでグリッと腰を回され、思考が途切れた。亀頭が捏ねられる快感に背筋が震える。
見れば、心なしか蟷螂娘の表情が不満げだった。若干むくれたままぐちぐちと、腰を回してこちらを高めてくる。何だか愛しく感じて腰を突き上げると、「ふぁっ」と鳴いて身体を震わせた。
そうだ。せっかくこいつに通用する攻撃と耐久があるのだから、存分に活用しなけりゃ勿体ない。高めてイカせて、より可愛らしい反応を引きずり出してやろう。
蟷螂娘の動きに合わせて、こちらも腰を使う。彼女が上下に腰を振れば、左右に揺らしてより複雑な刺激を。時には合わせて上下に動き、最奥を抉る。何だか剣術のようだ。
膣内の刺激も、キツい締めつけと絡みつくような襞に加えて、強烈な吸いつきが加わっている。魂まで吸い上げられてしまいそうな快感に腰が抜けそうになるが、動きは止めない。
高め合う、という言葉が脳裏をよぎった。相手も自分も熱い。抜けるように白かった彼女の肢体は、今や全身にわたって朱が上り、鮮やかな桜色に染まっている。浮かんだ珠の汗は肌の密着度を高め、結合部以外からもいやらしい音をさせていた。
最大のクールダウン機能である射精が一向に訪れず、際限なく快感が高まっていく。同時に段々と余裕がなくなってきて、動きが単調になっていった。
コリコリとした感触の何かが、先端に触れてきている。少し下のほうを狙うようなイメージでそこを突くと、蟷螂娘の唇がぱくぱくともの欲しげに開閉する。たまらず口づけると、熱烈な歓迎があった。上と下で深くつながりながら、互いを押し上げていく。
そんな永遠に続くように思えた交尾にも、ついに終わりが訪れた。
「――ッ!!」
蟷螂娘が息を飲んだかと思うと、ぎゅーっと背骨を反らし渾身の力で抱きついてくる。膣内もこれまでにないほど強く締まり、張りつめていた肉杭の先が奥の弾力のある部分に固定された。
途端、腰の奥で何かがはじける。ドクッドクッと脈動する息子を意識して、射精だと分かった。
ああ、なるほど。今までイケなかったのは、最初のキスでこいつのオスにされた身体が、メスが準備を終えるのを待っていたから、というわけか。
――ああ、愛しい愛しいこんちくしょうめ。
「望み通り、孕ませてやる。胎ん中にたっぷり種付けして、ぼってり膨らませてやるよ」
濡れた金色の眼が大きく開かれ、抱きしめた身体が急にじたばたともがき始めた。それを腕でがっちり捕まえ、動けないようにする。
精液が上ってくるのが妙に遅い。ペニスは必死で子種を送り込もうとしているのに、のろのろと、まるで尿道内に引っかかっているかのよう。
いや、実際に引っかかっているのかもしれない。多分、それだけ濃縮されているのだ。
甘い唇を貪り腰を強く抱きつつ、子種が上り詰めるのを待つ。
「イクぞ」
囁くと、ぱったりと抵抗が止んだ。代わりに細い腕が首に巻きつき、白い太腿が腰をしっかりと挟みこんで、まるで逃さないとでも言うように抱きついてくる。
引き締まってしなやかな、それでいて出るところは出ている極上の肢体を、全身で余すところなく感じた瞬間、一際大きく肉杭が跳ねた。
ドクッ、ドクッと、ゆっくりと確実に途切れなく、粒の残る粥のように濃厚な精液を子宮に注ぎ込んでいく。きつい締めつけがあるが、絞り取られるではなく、まさに注ぎ込むという感じだった。
圧倒的な解放感と征服感。自分よりも強いメスを屈服させていることに、身体が震える。子宮に口移しで子種を飲みこませる行為には、全身が蕩けるような放出感があった。
「ぐ、う……」
「あは、あ……」
全身全霊をかけての種付けも終わりが近づき、同時に気が遠くなる。脱力する身体を、愛しいメスがねぎらうように抱きしめてくる。
交尾が終われば、俺は用済みだろう。今度こそ食われるのかな、なんて思いつつ、視界が溶け落ちるように崩れて、意識が闇へと沈んでいった。
―― 3 ――
血の味がする。訓練で口の中を切った時のような。重ねて濃厚な錆の匂いが鼻腔を支配していて、騎士団で慣れていると言えど辟易した。
きつい血臭に悩まされながらも、まだ意識の大部分がまどろみの中にある。そんなところに、ぬるりと何かが口内へ侵入してきた。柔らかくも力強い軟体がペースト状の何かを押し込み、掻き回して、ほのかに甘い液体と共に飲み込ませようとしてくる。血の味が濃くなった。
得体の知れないものを飲み込むことに心は抵抗していたが、身体はあっさりと従ってしまった。この裏切り者めと罵りつつ、意思の力を総動員して瞼をこじ開ける。
木漏れ日に彩られた森を背景に、すました無感情――ではない顔が目の前にあった。
「うおあッ!?」
デジャブだ。違うところと言えば柔らかくなった表情と、正真正銘血まみれの口元。
俺の反応にわずかに心外そうな顔をして(微妙な表情の変化が分かることに驚いた)、蟷螂娘は行為を続けようとする。手にした赤い塊をもぐもぐと咀嚼し、俺の首に腕を回すと、真紅に染まった唇で口づけてきた。ざらついた舌が蠢いて、噛み砕かれたそれを飲みこませてくる。濃厚な血の味。これは生肉か。だとしたら、一体何のだ。
ちゅぽん、と唇が離れたのを機に、ぐるりと周囲を見渡す。散らばった鎧と武器の先に、首を断ち斬られ、内臓を晒している馬の姿があった。
「ああ、馬か……」
「――もったいないと、思った。駄目、だった?」
独り言に予期せぬ返答があってぎょっとした。喋れたんかい。
いや、それもそうか。“孕ませる”だの“種付け”だのに思いっきり反応してたしなぁ。
そんな卑猥な言葉と同時に、それらを完膚なきまでに実行したことを思い出した。……ああ畜生、やっちまったんだよなぁ。
「いいや。殺しちまった以上は、きっちり使ってやらないと申し訳ないしな」
気を取り直して、落ちこんだ風の蟷螂娘に頷いてやる。
それに一瞬顔を明るくした彼女だったが、再び表情に影が落ちた。
「貴方を止めるのに、馬を殺してしまった。……ごめんなさい」
「いや、まぁ……ここからだったら、徒歩でもそんなに掛からないだろうし――って、ああッ!」
そうだ、手紙を届けなきゃならんのだった。
幸いにも手紙の入った袋はすぐ近くに転がっていたので、引っ掴んで立ち上がる。と、不安げに揺れる金色の瞳が目に入った。
「何処か行く、の?」
「ああ。手紙を届けに、街まで戻らなきゃ――」
「私も、行く」
蟷螂と違って、交尾を終えたら餌扱いというわけではなさそうだ。まぁ、口移しで食事を与えてくれていた辺りで、既に分かってはいたんだが。
不味いことになった。アホみたいにゆるい団長が治めてるとは言え、あの街は反魔物領。こいつを連れて戻るわけにはいかない。騎士団に居続けるつもりなら、ここで別れるべきだ。
ああ、だが、しかし――。
「分かった。だけど、街に入るのは駄目だ」
「でも……」
「手前の森で待っててくれ、命ある限りは戻ってくる。……万が一、三日経っても戻らない場合には、俺のことは死んだものとして逃げるんだ」
この国において、魔物を愛する騎士など許されない。間違いなく処刑される。
だから、その前に辞めて逃げる。それなら手紙なんて捨ててしまえば良いとも思うが、散々恩を受けたあの人に対し、そこまで不義理にはなれなかった。
心配してくれているのか、涙ぐんでいる蟷螂娘を抱きしめて頭を撫でる。そして身体を預けてくれた彼女に、目下最大の問題を解決するため問いかけた。
「それで、話は変わるんだが……近くに、川ないか? 流石に、このざまじゃ戻れない」
―― 4 ――
自分の心臓の音が聞こえそうな気がする。
門番に事故に遭ったことを伝え(傷だらけの鎧を見てすぐに信じてくれた)、処理した馬の肉や皮を預けて館の中に入った。ここまでは良いが、団長室へ近づくほどに緊張が高まる。
身体はしっかり洗ったから、あいつの臭いはしないはずだ。そんなことを考えてたら、水浴びの際の白魚のような肌を思い出しそうになって、ぶんぶんと頭を振る。
「あら、帰ってたんだ」
「――ッ!」
いきなり声をかけられて背筋が凍りついた。
振り返れば、眩しい金髪に幼い顔立ちの、翼を持った少女が立っている。魔物ではない。彼女は教団の象徴、あの団長に付き合っている奇特なエンジェルだ。
そもそも奇特だったから団長の元に遣わされたのか、それとも団長に感化されたのかは分からないが、他の団の天使に比べると随分くだけているという話だ。
「……ふーん」
「な、何でしょうか」
じろじろと眺められると非常に気まずい。今は負い目があるのでなおさらだ。
だが、天使はしばし俺を観察した後、にっと笑って踵を返した。
「団長なら、部屋の中にいるよっ」
思い出したように付け加えて、微妙に浮かびつつ去っていく。確かに気安いんだが、どうにも掴めない感じが苦手だった。軽く溜息をついて気を取り直す。
団長室の扉を叩いて所属を言うと、「どうぞー」なんて気の抜けた声が返ってきた。
「ご苦労だったね。途中で事故に遭ったんだって?」
「はい。森で魔物の襲撃に遭いまして……こちらが、手紙になります」
傍から見るとまるで騎士には見えない、のんびりとした風体の人に封筒を渡す。
こんな気の抜けた感じのする人が、主神から加護を受けた、勇者としての資質を持つ騎士――パラディンだというのだから、分からないものだ。
「あの森で魔物に? ホーネットでも住みついたのか」
「いえ、フォレスト・アサッシンでした」
「あー……予定よりも半年ほど早いな。そうか、彼女にねぇ……」
くすんだ色の赤毛をぐしゃぐしゃとかき回して、団長は呟いている。
手紙は渡した。これで義理が果たせたとは思えないが、切り出すなら今しかない。
「団長、俺……」
「騎士アレンに、“日長石の騎士団”団長の名において新たな任を与える」
意を決しての言葉は、鋭い気迫を伴った団長の声に斬り裂かれた。
動揺が胸を内から叩いてくる。新たな任……まさかあいつの討伐だろうか。いや、それなら共に逃げれば良いだけだ。だけど、例えば他団への異動だったりすると――。
「隣の親魔物領に潜入し、領民として内部からその様子を観察してくるように」
「……は?」
思いっきり間抜けな面で訊き返してしまった。
それに、団長は心底おかしそうな顔でくすくすと笑っている。
「私は言わば堤防だからね。外からの波は防ぐけど、泳ぎに入る人を止める気はないんだ」
……どうやら、バレバレだったらしい。
「報告は半年に一回ぐらいで良いよ。それで、すぐに出るつもりかい?」
「待たせてる奴が居ますので、荷をまとめたらすぐにでも。今頃、やきもきしてるでしょうし」
「そうか。なら、一筆したためよう。向こうの官舎に持っていけば便宜を図ってくれるはずだ」
ありがとうございますと深く一礼して、部屋を後にする。
その足で宿舎に向かって、荷物を整理した。色々と思い入れはあるが、あいつと生きることを選んだ以上は余り頓着してもいられない。
整理を終えて戻ると、見習いが手紙と金貨の入った袋を手渡してくれた。ありがたく受け取って、門をくぐる。出たところで、建物に向かって一礼した。
これで全部だ。幸か不幸か、騎士団以外の繋がりを俺は持たない。
「さて、行くかね」
つい先日騎馬で駆け抜けた街並みを、徒歩でのんびりと抜けていく。馬なしでは向こうの街までかなりかかるはずだが、今度は道連れも居るし、気になるまい。
そんなことを思いながら森に入った途端、樹上から落下してきたものに潰されかけた。まなじりに涙を浮かべながら抱きついてくる蟷螂娘の頭を撫でて、そう言えばと思い立つ。
「実に今更な話なんだが……お前、名前何ていうんだ?」
「私は、シルヴァ。貴方は?」
「俺はアレンだ。――よろしくな、シルヴァ」
こうして俺の騎士としての生活は終わり、新たな暮らしが幕を開けた。
未練がないと言えば嘘になる。申し訳なさもある。だが、惚れてしまったのだから仕方ない。
だから、申し訳を立てるためにも、シルヴァとの生活をより良いものにしよう。温かく柔らかい身体を抱きしめつつ、そう心の中で誓った。
15/02/05 12:26更新 / 具入りラー油