獣が住む
「獣が住む」
気分は七輪の上の鮎である。
八月の日差しは、連日衰えを見せる事無く大地に降り注ぎ、近頃は水が足りぬと皆が口々に言うのであった。
そんな中、昨日から馬に揺られているのである。
黒毛の逞しい馬の背は、この上ない程の暑さであった。
うんざりして周りを見回すと、昨日からの旅の友である牛車が変わらぬ様子で付いてくる。
これを引くのは私の馬に負けんばかりのたくましい牡牛であるのだが、いたって涼しい顔をして、のっそりと変わらぬ調子で車を引いている。
簾が降ろされたままの屋形は出発の時と変わらず、供回りの者も付いていない。
乗っているのは、陰陽術者である。
しかも唯の星詠み学者では無く、所謂「妖術」だの「呪い」だので「問題」を解決する専門家だと話していた。
対して私の専門は、やっとうや弓で「問題」を解決することである。
得意とする術の全く異なる私たちはつい先日、「火急の用である」とお上から都へ上るようにと呼びつけられたのだ。
そして、都で私と陰陽術者が命じられたのは、暴れまわる妖物を鎮める事だった。
町人やそこいらの剣客にとっては骨の折れる仕事であるだろうが、私が先祖伝来の武具や剣術を駆使して、鬼や天狗を懲らしめるのであれば他愛もない話であった。
しかし、聞くとその妖物とは牛鬼であるらしい。
鬼の怪力と人を騙す狡猾さを持ち、その上病を振り撒くと言い伝えられる恐ろしい妖怪だ。
討ち取るための手段は知られておらず、退けるためには強力な封印を施す他には無い。
力か術かのどちらかのみでは確実ではないとお上に判断され為に、私と陰陽術者が呼ばれ、件の牛鬼の現れる村へと赴く事となったのである。
早朝に宿場を出た私たちは、太陽と共に動き続け、頂点に差し掛かる頃には目的地にたどり着いたのであった。
―――
憔悴した様子の村長は、私と陰陽術者を見て驚いた様子だった。
何せ七尺近い大男の私と、何とか五尺に届く程のか細い少女が「妖怪退治にお上から遣わされた」と村を訪れたのだから無理も無いだろう。
疑う村長にお上からの書状を見せると、直ぐ様に空き家を宛がわれ牛鬼討伐の一切に協力すると申し出てくれた。
空き家に私の荷物と陰陽術者の荷物を運びこみほっと一息をつく。
「春日殿。まずは、何から取り掛かりましょうか。」
私は馬から降ろした武具を整理しながら陰陽術者に声をかけた。
「そうですね…。明るい内に牛鬼を封印していた場所を確認しておきたいですね。」
陰陽術者の少女は囁く様な、それでいて優美な笛のように良く通る声で返事をした。
体の線が隠れる狩衣を身に着けていても分る線の細さと、学者としての陰陽術者にありがちな病的な肌の白さは、か弱さを強く印象付ける。
私も初めて目にしたときには全てが私の半分しか無いのではないか、と思ってしまった。
さらに顔の造作など黒目勝ちな瞳にさほど高くないにしても整った鼻梁、微かに紅に染まった頬と慎まし気な小さな口をしている物なのだから、十代前半の童女と言われてもおかしくは無い雰囲気である。
しかし、いつも浮かべている涼し気な微笑と、落ち着いていると言うよりも冷めていると感じられる眼差しは、底知れぬ迫力を湛えており、彼女の雰囲気を神秘的なものにしていた。
「安原様。私の準備は終わりました。いつでもどうぞ。」
「では行こう。」
最低限の道具を身に着け、家を出た。
―――
安原を最初に見た時は、大きさを作り間違えた式鬼かと思ったのだ。
誰が作ったのか見破るべく、掛けられた術の癖や流派を読み解いてやろうと思い、じっと見つめていると、
「申し訳ない。私が何か。」
と、とぼけた顔で声をかけられた。
しまった。と思い半歩下がった後すぐさま
「私では頼りにならないかね。」
笑いながらそう続ける。
素直に誰かの式鬼かと思った事を告げ、謝ると
「いや、構わん構わん。実は鬼なのではないかとよく言われるのだ。」
と大笑いしながら返した。
陰陽術者同士なら失礼に当たる事を笑い飛ばして許せるのは、この男と陰陽術に日常的なかかわりが無い故に出来る事なのかもしれない。
しかし、所作や話し方の随所から見て取れる利発さは、共に牛鬼を相手にする仲間として十分信頼できると思えた。
とりあえず今はそれだけ分かれば十分だった。
道中の警護をこの男に任せ、方々から集めた天候や地図などの公の資料と表には出せない反乱や呪い合戦の記録を突き合わせ、おおよそどの程度の相手でどのあたりにいるのかは推測できた。
後は現場を確認し、確実に仕留める方法を取るだけだ。
そして私たちは件の村にたどり着き、件の牛鬼が封じられていたという泉にたどり着いた。
木々の間に突如として現れた泉は、百歩も歩けばぐるりと回れてしまう大きさで、ぐしゃぐしゃに潰された祠であった物が打ち捨てられていた。
「ははぁ。」
感嘆交じりに安原が木材の山をかき分け始める。
「鏡か札があれば教えてください。」
私はそう言って泉に歩を進める。
一見すると澄み切った水を湛えた、何の変哲もない泉なのだが牛鬼を封じていた「容器」として使われていたに違いない。
水の持つ此岸と彼岸を断絶する性質は、強力な呪いであり、三途の川がその最たる例である。
「春日殿。ありました。」
「此方へ持ってきてください。」
安原が割れて縁のひしゃげた鏡を持ってくる。
「春日殿…これは…」
「鍵ですね。」
「はぁ…」
今一納得のいかない様子で安原に鏡を返す。
「泉が牢。鏡が錠。牛鬼を封じた方法です。」
「ではなぜ牛鬼は牢から出られたのでしょうか。」
安原が鏡の表裏をしきりに見比べながら言った。
「想像してください。」
私は両手を安原に向かって広げる。
「貴方は何人かの男に謂れの無い罪を着せられ、とても素手では壊せない牢に閉じ込められてしまいました。」
安原は、ふむ。と唸って右手を顎に添えて眉間に皺を寄せる。
「長い長い獄中の生活の恨みと怒りは自身に罪を着せた者たちに向かうでしょう。」
そこで私は広げた両手をぎゅっと握る。
「ところがある日、あなたは牢がボロボロに腐り、思い切り暴れれば壊せそうなことに気が付きます。」
どうしますか。とゆっくり手を広げながら問う。
「無論、壊すな。」
「牛鬼もそうしたのです。」
最も牛鬼にしてみれば謂れの無い罪というのは本人の感覚の話であって、封じ込めた私たちの側からすれば家畜を殺され、疫病をばらまかれるぐらいの事はあったのだろう。
「同じ方法で封印します。」
近頃の日照りで泉の水が当時の術者の想定よりも減ってしまった事が封印を弱めた原因だろう。
しかし暴れる力もない程に弱らせて封じてしまえば、その隙に封印をより念入りに施せるだろう。
「まずは、牛鬼を誘い出し弱らせる必要があります。」
「で、あるなら村で罠にかけるのが一番でしょうなぁ。」
安原はにやりと笑みを浮かべながら話す。
「奴は村を狩場だと思っているでしょう。」
佩いた太刀の柄をゆっくりなでながら続ける。
「似たような動きの獣を狩ったことがあります。餌に毒でも食らわせればてき面に効くでしょうが、それだと気づかれるかもしれない。」
「それなら…」
「春日殿の牛。あれ、式鬼でしょう。あれ使いましょう。」
牛車を曳いて来た牛を餌に使おう。と言おうとしたところ先に言われた。
「本物そっくりですから、ばれないと思いますが。」
よく見たらわかりますがね。とぽつりと付け足した。
確かによくよく観察すれば生気の無さが所々に見られるが、少なくとも陰陽術の素養の無いものに見抜ける類のものではない。
やはりこの男、唯の力自慢の武者では無いようだ。
「そうですね。では直ぐ村に戻って準備いたしましょう。」
「ええ。」
―――
私と春日殿は村に戻って直ぐ様にそれぞれが準備に取り掛かった。
既に真っ赤になった空を見上げながら甲冑を身に着ける。
上代から受け継がれた甲冑は様々な種類の魔除けの香で燻されているため独特の匂いがする。
「凄い匂いです。」
春日殿が袖で顔を覆いながら私に言う。
「恨みと狂喜が混ざった…。いえ…失礼しました。」
敏感な者には鼻に付くらしいこの匂いは、戦いの匂いであり、家の匂いである。
「申し訳ない。私たちにとっての精一杯の呪いなのだ。」
「分かっております。でも…此処まで濃いのは初めてです。」
彼女の瞳の中に刃のように冷たい光が走る。
「くれぐれも…。其れに呑まれませんよう…」
「其れ」が何を指しているのかは今一はっきりしないところではあるが、おおよそ彼女の言いたいことを察することはできた。
「任せてください。己を見失うことはありません。」
そう言って最後の面と兜を身に着ける。
恐ろし気な牙と角の意匠をあしらったこれらを身に着けた私は、正に鬼か妖怪に見える事だろう。
甲冑を身に着け終え、太刀を身に帯びると、いつでも家から飛び出せるよう玄関にしゃがみ込む。
「では待ちましょうか。」
「そうだな。」
傾いた日が山の陰にゆっくりと落ちていた。
―――
群青の夜空に煌めく月の光が美しく、やけに眩しく感じた。
眠りから覚めると、眠る前とさして変わらぬ風景が私を出迎えた。
兎に角、腹が空いていたので以前と同じ様に彼方此方から奪い、貪り、満ち足りれば眠る。
この体になった時から続けていた事を再び繰り返した。
だが、それはどこか空虚で刹那的な満足感を得るのみだった。
何故かは分からない。
どうすれば良いのかも分からず、唯々食う量が増えていくだけだった。
しかし今夜は違った。
嗅いだことのない好い匂いが、ぷぅんと漂っていた。
匂いを辿って忌々しい泉を通り、いつも家畜を食い荒らしていた村へとたどり着く。
罠かもしれない。
だが罠だとしても、ちょっと乗ってやっても問題は無い。
私は牛鬼だ。
人も妖も私を恐れ、避けて通る。
いつも通り化けて近づき、油断したところをグサリとやる。
きっとそれだけだ。
其れだけで終わるのだ。
でもなぜか今日は、今までに無い程に胸が弾んだ。
―――
日がすっかり落ちた後、春日殿の式鬼である、「牛車の牛」を見張り続けて一刻程が経っていた。
戸口で立膝のまま待ち伏せる私とは対照的に春日殿は囲炉裏の火を突いていた。
待ち伏せしていると悟られない為、飽くまで普段通りの生活をしている風を装っている。
村長の他、僅かに残った村人達にも同様の指示を出し、協力を仰いでいる。
作戦通りに事が進めば、彼らに全く危害を与えないまま終わるだろう。
ずっと闇を睨み付け、その時を待つ。
上弦の月が夜空を明るく照らし、山の形がはっきりと浮かび上がっていた。
風は無く、昼間の暑さが未だ空気中を漂っているように感じられる。
涼しい顔の春日殿に対して、私は鎧の下にじっとりと汗をかいていた。
頬を伝う汗の感触がうっとうしくなり始めたその時、暗闇に揺らめく影を見つけた。
「来たようです。」
微かな声で合図を送る。
春日殿は火箸を囲炉裏の灰に突き刺し、袖の内からすらりと符を取り出す。
人差し指と中指を突き出した刀印の間に符を挟み、小声で何やら唱え始める。
その間にも影は少しずつ闇の中を近づいて来たのであった。
村の周りの林を抜けた時、その姿が月明かりに晒され明らかになる。
女だ。
ボロボロの着物を纏った女が村に向かって歩いてくるのである。
「少し様子を見ましょうか。」
春日殿が静かにそう告げる。
勿論そのつもりだ。
刀の柄に手を掛け、じっと息を呑み、機を窺う。
やって来た女はふらふらと歩みを進め、村の中に入り、やがて式鬼の牛の傍に歩み寄る。
式鬼の牛は女の事等気にも留めぬ様に飼い葉を食んでいた。
そして暗闇の中で女の口元が月明かりを受けきらりと光る。
笑っているのだ。
牛の首を撫でるようにゆっくりと手を伸ばしたその刹那。
「オン!」
春日殿が突如叫びを上げる。
次の瞬間、牛の形を取っていた式鬼達が一斉に散会し、金色の光を帯びた紙の人型の大群となる。
それらが、さながら群れを成した蝗の様に渦を成し、女を飲み込んだ。
「応!」
私はその光景を目の当たりにしながら、一気に太刀を引き抜き飛び出した。
僅かの後、式鬼達の光の渦の中から、熊の様な獣毛に覆われ、鋭い爪を備えた腕が突き出される。
私が全力疾走で距離を詰める中、最初に現れた左腕に続き、右腕も光の渦を掻き分け飛び出してくる。
次の瞬間には巨大な蜘蛛の食腕が光の渦を引き裂き、その恐ろしい獣が、私達の前に全貌を晒した。
美しい女である。
ほっそりとした輪郭にぼさぼさの長髪。
そこからは二本のねじくれた角が突き出していた。
顔の造作は大袈裟な程はっきりとしているのだが、不快ではない。
どこぞの姫君だと言われても疑わないだろうが、青白い肌と恐ろしい爪を備えた剛腕が人外であることを如実に表していた。
下半身は獣毛に覆われた巨大な蜘蛛そのものであり、見ているだけで体中の毛穴が粟立ってくる。
「はぁっ!」
現れた牛鬼に走り寄り、向かって右側の足に袈裟切りに太刀を振りぬく。
切れぬ。
錆びた刃物で獣を捌いている時に似た手応えと共に、刃が獣毛の上を滑っている。
何かしらの術か、それとも元々の性質なのか牛鬼の獣毛は鎧の如く刃を阻んだ。
「むん!」
渾身の力を籠め、古の剣豪が編み出したと言われる「燕返し」の様に太刀を返し、同じ軌道を逆袈裟に切りつける。
全身の筋肉が軋むのを感じたが、戦いの興奮の中では些細なことだった。
この鎧を着てる時は何時もそうだ。
獣毛を切り裂き、僅かに刃が妖怪の肉に潜り込み、血飛沫が舞う。
面の隙間から妖怪の血が顔にかかり、顔を顰める。
やたらに甘い匂いのする血を浴びながら、牛鬼の足を切り落とすべく再度太刀を振り上げ、必殺の気迫をもって振るう。
「へへへっ。」
満面の笑みを浮かべた牛鬼は、足の一本を途轍もない速さで振るい、私の太刀筋に潜り込ませ、巨大な爪で受け止めた。
岩を切りつけた時に似た嫌な音を立て、爪の途中で刃が止まる。
「うへへっ。」
そして絡め取る様な動きで太刀毎腕を振るい此方の体制を崩してくる。
たまらず踏ん張るが、体格に勝る相手に持ち堪えるのは難しく、太刀を手放して小太刀を抜き、上半身の人間部分に突きを放つ。
「捕まえたぞぅ。」
正面に生える食腕のような二本の足で小太刀を受け、その隙に人間部分の両腕が私の両腕を捕らえ、吊し上げられる様な格好で拘束されてしまう。
「私を殺しに来たのかい。」
牛鬼が楽し気に話しかけてくる。
「無駄だよぅ。」
妙に間延びした調子で話すのは演技なのか、とにかく耳障りだった。
「ぜぇんぶ食ってやる。」
食腕が伸びてきて兜と面をはぎ取られる。
「お前もその女も。」
私の顔に付いた自身の血をべろりと舐め取った後、私に口付ける。
幽かに甘く感じたのは、彼女の血だろうか。
さらりと流し込まれる唾液と共に、舌が口内を犯し、蹂躙する。
同時に蜘蛛の糸で私の四肢を雁字搦めにしているのだった。
「肉も、魂も。」
まつ毛の触れ合いそうな至近で彼女はそう囁いた。
爛々と金色に輝く瞳が私を真っ直ぐ見つめ、潤んでいた。
「急急如律令!」
春日殿の声が背後から聞こえ、牛鬼を私毎包囲する何本もの光の柱が現れる。
「その方を離しなさい。」
「だめだ!私ごとやれ!」
その一瞬の逡巡を彼女は見逃さなかった。
「おそぉい。」
牛鬼は、傷を負った足を勢いよく振り、血飛沫を飛ばして目くらましをすると同時に、春日殿に向かって私と同様に蜘蛛の糸を吹き付け、雁字搦めにする。
「へへへ。寝てなよ。」
牛鬼がそう言うのが早かったか、彼女の目が妖しく輝き、私は意識を手放した。
―――
ひんやりとした空気と湿度を感じて目を覚ました。
背中に感じるごつごつとした地面と、むき出しになった岩の天井からどこかの洞窟だということは察しがついた。
自身の汗と鎧の匂いが混ざる嗅ぎなれた戦いの匂いに、自分が何をしていたのかをすぐに思い出す。
直ぐ様に起き上がろうとするが、手足がびくとも動かなかった。
「目が」
頭上から牛鬼がぬぅっと顔を覗き込んでくる。
「覚めたかぁ?」
見る者を小馬鹿にしているような嫌な笑みを貼付けながら話しかけてくる。
「見てみろよぉ。」
仰向けで拘束されている私の左側を目配せした。
「…無い…で…。」
春日殿の声がする。
「…見ないで…くださいっ…。」
こちらに向かって両足を開いた体勢で、両足を糸で拘束されている春日殿がそこにいた。
「見ないで!」
暗闇の中で白く浮かび上がった両腿の間を白い指が蠢いていた。
「見ないで…ください。っつ…はぁ…。」
そこからは聞こえるのは湿った音であり、彼女が何をしているか僅かな間を置いて理解することが出来た。
下半身のみ衣服をはぎ取られた春日殿が、自身の秘所に指を這わせ自慰しているのだ。
「そそるよなぁ。」
牛鬼が喜色満面といった様子で続ける。
「なぁ。犯したいだろぉ。」
私の耳元で恋人同士が睦言を囁くように優しく、艶やか声でそっと囁く。
「分かるぞぉ。前からかぁ。後ろからかぁ。」
そういいながら牛鬼は私の衣服を破り取り、陰茎を露出させる。
「あいつ生娘だぞぉ。」
牛鬼はいつの間にかに自身の腕を人間と同じように変化させ、青白いしなやかな指で陰茎を包み込んだ。
「見ろよぉ。これを見ながらシてるんだぜぇ。」
春日殿の痴態と牛鬼の手の柔らかさで、はち切れんばかりに勃起してしまう。
息も絶え絶えになりながら春日殿は自慰を続けていた。
「だめ…もう…。」
「さぁ。イケよ。コレでぐちゃぐちゃにされてるところを想像しながら。」
春日殿は目を瞑って一層指の動きを速める。
何度か両腿を閉じようと力を入れているようだが、牛鬼の糸の拘束は固く、体勢を変えることができないでいた。
「安原様…ごめんなさい…ごめんなさい…。」
瞑ったままの瞳から涙が零れ、全身を震わせる。
「なぁ。逝ってるぜぇ…。」
そういいながら牛鬼は陰茎に指を添えゆっくりと上下に擦る。
「なぁ。陰陽師。」
囁き声から普段の調子に変わり、春日殿に話しかける。
「この男としなよ。」
満面の笑みで言った。
「ヤったら、アタシはもうあんた等に手を出さんよ。」
「…本当に?」
「あぁ本当さぁ。」
涙と汗で汚れた顔に乱れた髪が貼り付き、未だ絶頂の余韻の残る放心した様子で返事をした。
牛鬼がふっと息を吹くと春日殿の拘束が解ける。
よろけながらも春日殿が立ち上がり、寝転がったまま拘束されている私に向かって歩み寄る。
「すみません安原様…。」
「春日殿…。」
春日殿が私にまたがり屹立した陰茎を自身の秘所に添えた。
「私は…私は…。」
彼女の中には入りきらないであろう長さの陰茎の先を慣らす様に、ぬめった秘所の入り口部分に擦りつける。
「安原様を…あなたを…。」
粘着質な音を立て彼女の入り口に亀頭が潜り込み始めた。
「犯したくてたまらないの。」
蕩けたような笑みを浮かべ、一気に腰を落とした。
彼女の豹変ぶりに背筋に冷たいものが走る。
こんな状態でも痛いほどに勃起する自身の陰茎と言い、牛鬼に催淫の術を掛けられたか、接吻の時に飲まされた牛鬼の血が媚薬の様に作用しているのかわからないが、すでに術中に嵌まっているのは明らかだった。
自慰で解されているとは言え、未だ狭い膣を亀頭が掻き分ける様にして押し進んでゆく。
まとわりつく軟肉はぴったりと陰茎に吸い付き、一切の隙間なく包み込んでいた。
半分ほど彼女の中に納まり、最奥部に突き当たった。
「安原様。気持ちいいですか?」
彼女がうっとりしながら、私の顔に両手を伸ばし、ゆっくりと頬を撫でる。
結合部からは水音が響き、膝立ちのまま小刻みに上下運動を繰り返していた。
入り口が私を咥えこんで小刻みな動きに合わせて私の陰茎に快感を与える。
「私はとっても気持ちいいですよ。」
ゆっくりと私の顔の形を確かめる様に指が顔を這う。
「私が私で無くなっているんです。」
そのまま撫でる様に指を私の胸まで運び、ぐっと体重を掛けた。
腰が上下運動から陰茎を中心とした円の動きに変わり、彼女の中で亀頭が奥をこね回す様に動いていた。
きつく締め付け、私を逃がすまいとする膣口とは異なり、彼女の中は私を柔らかく包み込み、吞み込んだモノの形に合わせて形状を変えている様だった。
「でも何も苦しく無いんです。」
彼女は目を瞑ってゆっくりと口で呼吸しながら円の動きを続けている。
「安原様。」
開かれた彼女の瞳は、牛鬼と同じ様に金色に輝いていた。
「私と、一緒に、堕ちましょう。」
彼女の中が一気に蠢き陰茎を刺激する。
およそ人間ではありえない搾精するための蠕動は、一気に私の射精感を高め、我慢できるほどの間も無く彼女の中に射精した。
腰の奥深くから襲ってくる快楽の渦は射精の間中収まらず、射精の快感が次の射精の呼び水となり、長い時間をかけてすべてを彼女の中に出し切っていた。
その間中彼女は瞳を潤ませながらも声を押し殺し、快楽に体を震わせていた。
「見ていてください。」
胸に置いた彼女の両手が両肩に移動していき、仰向けの私をぐっと押さえつける。
ぞわりと背中の毛穴が粟立つ。
強大な妖物や強力な呪物を目の当たりにした時の様な強烈な不安感が私の肝をぐるぐると走り回り、眼前でこれから起ころうとしている事の危険を本能が訴えていた。
それは彼女の心の臓から起こった。
私を捕らえた牛鬼と同様の青白い肌が、彼女の陶器のように白い肌を虫食んでゆく。
その『浸食』が彼女の腕や腹部まで及ぶと性質を変え、獣毛を生やしていった。
『浸食』は彼女の体中を余すところなく覆い犯していった。
その間中彼女は激しく腰を振るい、固くそびえ立った肉棒を何度も自身の最奥へと突き立てていた。
最初は半分までしか収めることのできなかった彼女の女陰はすっかり私を咥えこみ、私が際限なく吐き出す子種を溢れさせながらも貪欲に私を求めた。
彼女の最奥をこじ開ける様に私の先端が何度も彼女を貫き、私は何度も子種を放った。
彼女は自身に起きる『浸食』と私に貫かれる快楽に背を反らせ、小ぶりな乳房をぴんと張るように天を仰いで止めどなく押し寄せる絶頂に打ち震えていた。
天を仰いでいた彼女がゆっくりと私の方へと向き直る。
青白い肌。ねじくれた二本の角。闇夜の月の様に輝く両眼。
「見てください。」
鼻の触れ合える距離で静かに彼女が囁いた。
「あぁ…。」
人間としての生を捨て、妖物に成り果てた彼女は恐ろしい程に美しかった。
切れ味の鋭い刃物がそうであるように。
月夜の晩の凪いだ海の底知れぬ輝きの様に。
「済まない…。春日殿…。済まない…。」
取り返しのつかない過ちを犯してしまった事に気が付き涙が溢れた。
私は叱られた童子の様にぽろぽろと涙を溢していたのだろう。
彼女は私の涙を舐め取り、その小さな胸に私の頭を抱き寄せ囁いた。
「良いのです…。もう…。良いのですよ…。」
全てを包み込む慈母の様に穏やかな声で彼女は言った。
―――
強い男だった。
強い女だった。
私が好む理由としてはそれだけで十分だった。
気高く強く、それ故深く暗い世界と対峙せねばならない者。
そういった相手を常世の苦しみから解放する事こそが私の望みであった。
己の術に自信を持ち、それ故に傲慢さを宿した女は只淫らに男を求めるだけの雌となった。
己の力を過信し武具の呪いのままに怒りと力を振りかざす男は雌の虜になった。
己に宿した獣に忠実になった彼らと交わりながら私は力を蓄える。
全ての獣が、内に住む獣のままに生きる国を作り上げるために。
―――
ある時を境に旅人が行方を眩ませる事が増えた。
彼らは老若男女様々だったが、一つの共通点があった。
ある小さな村の近くの山を通ったと言う。
その小さな村の住人は口々にこう語った。
「あの山には『恐ろしい獣』が住む」と。
気分は七輪の上の鮎である。
八月の日差しは、連日衰えを見せる事無く大地に降り注ぎ、近頃は水が足りぬと皆が口々に言うのであった。
そんな中、昨日から馬に揺られているのである。
黒毛の逞しい馬の背は、この上ない程の暑さであった。
うんざりして周りを見回すと、昨日からの旅の友である牛車が変わらぬ様子で付いてくる。
これを引くのは私の馬に負けんばかりのたくましい牡牛であるのだが、いたって涼しい顔をして、のっそりと変わらぬ調子で車を引いている。
簾が降ろされたままの屋形は出発の時と変わらず、供回りの者も付いていない。
乗っているのは、陰陽術者である。
しかも唯の星詠み学者では無く、所謂「妖術」だの「呪い」だので「問題」を解決する専門家だと話していた。
対して私の専門は、やっとうや弓で「問題」を解決することである。
得意とする術の全く異なる私たちはつい先日、「火急の用である」とお上から都へ上るようにと呼びつけられたのだ。
そして、都で私と陰陽術者が命じられたのは、暴れまわる妖物を鎮める事だった。
町人やそこいらの剣客にとっては骨の折れる仕事であるだろうが、私が先祖伝来の武具や剣術を駆使して、鬼や天狗を懲らしめるのであれば他愛もない話であった。
しかし、聞くとその妖物とは牛鬼であるらしい。
鬼の怪力と人を騙す狡猾さを持ち、その上病を振り撒くと言い伝えられる恐ろしい妖怪だ。
討ち取るための手段は知られておらず、退けるためには強力な封印を施す他には無い。
力か術かのどちらかのみでは確実ではないとお上に判断され為に、私と陰陽術者が呼ばれ、件の牛鬼の現れる村へと赴く事となったのである。
早朝に宿場を出た私たちは、太陽と共に動き続け、頂点に差し掛かる頃には目的地にたどり着いたのであった。
―――
憔悴した様子の村長は、私と陰陽術者を見て驚いた様子だった。
何せ七尺近い大男の私と、何とか五尺に届く程のか細い少女が「妖怪退治にお上から遣わされた」と村を訪れたのだから無理も無いだろう。
疑う村長にお上からの書状を見せると、直ぐ様に空き家を宛がわれ牛鬼討伐の一切に協力すると申し出てくれた。
空き家に私の荷物と陰陽術者の荷物を運びこみほっと一息をつく。
「春日殿。まずは、何から取り掛かりましょうか。」
私は馬から降ろした武具を整理しながら陰陽術者に声をかけた。
「そうですね…。明るい内に牛鬼を封印していた場所を確認しておきたいですね。」
陰陽術者の少女は囁く様な、それでいて優美な笛のように良く通る声で返事をした。
体の線が隠れる狩衣を身に着けていても分る線の細さと、学者としての陰陽術者にありがちな病的な肌の白さは、か弱さを強く印象付ける。
私も初めて目にしたときには全てが私の半分しか無いのではないか、と思ってしまった。
さらに顔の造作など黒目勝ちな瞳にさほど高くないにしても整った鼻梁、微かに紅に染まった頬と慎まし気な小さな口をしている物なのだから、十代前半の童女と言われてもおかしくは無い雰囲気である。
しかし、いつも浮かべている涼し気な微笑と、落ち着いていると言うよりも冷めていると感じられる眼差しは、底知れぬ迫力を湛えており、彼女の雰囲気を神秘的なものにしていた。
「安原様。私の準備は終わりました。いつでもどうぞ。」
「では行こう。」
最低限の道具を身に着け、家を出た。
―――
安原を最初に見た時は、大きさを作り間違えた式鬼かと思ったのだ。
誰が作ったのか見破るべく、掛けられた術の癖や流派を読み解いてやろうと思い、じっと見つめていると、
「申し訳ない。私が何か。」
と、とぼけた顔で声をかけられた。
しまった。と思い半歩下がった後すぐさま
「私では頼りにならないかね。」
笑いながらそう続ける。
素直に誰かの式鬼かと思った事を告げ、謝ると
「いや、構わん構わん。実は鬼なのではないかとよく言われるのだ。」
と大笑いしながら返した。
陰陽術者同士なら失礼に当たる事を笑い飛ばして許せるのは、この男と陰陽術に日常的なかかわりが無い故に出来る事なのかもしれない。
しかし、所作や話し方の随所から見て取れる利発さは、共に牛鬼を相手にする仲間として十分信頼できると思えた。
とりあえず今はそれだけ分かれば十分だった。
道中の警護をこの男に任せ、方々から集めた天候や地図などの公の資料と表には出せない反乱や呪い合戦の記録を突き合わせ、おおよそどの程度の相手でどのあたりにいるのかは推測できた。
後は現場を確認し、確実に仕留める方法を取るだけだ。
そして私たちは件の村にたどり着き、件の牛鬼が封じられていたという泉にたどり着いた。
木々の間に突如として現れた泉は、百歩も歩けばぐるりと回れてしまう大きさで、ぐしゃぐしゃに潰された祠であった物が打ち捨てられていた。
「ははぁ。」
感嘆交じりに安原が木材の山をかき分け始める。
「鏡か札があれば教えてください。」
私はそう言って泉に歩を進める。
一見すると澄み切った水を湛えた、何の変哲もない泉なのだが牛鬼を封じていた「容器」として使われていたに違いない。
水の持つ此岸と彼岸を断絶する性質は、強力な呪いであり、三途の川がその最たる例である。
「春日殿。ありました。」
「此方へ持ってきてください。」
安原が割れて縁のひしゃげた鏡を持ってくる。
「春日殿…これは…」
「鍵ですね。」
「はぁ…」
今一納得のいかない様子で安原に鏡を返す。
「泉が牢。鏡が錠。牛鬼を封じた方法です。」
「ではなぜ牛鬼は牢から出られたのでしょうか。」
安原が鏡の表裏をしきりに見比べながら言った。
「想像してください。」
私は両手を安原に向かって広げる。
「貴方は何人かの男に謂れの無い罪を着せられ、とても素手では壊せない牢に閉じ込められてしまいました。」
安原は、ふむ。と唸って右手を顎に添えて眉間に皺を寄せる。
「長い長い獄中の生活の恨みと怒りは自身に罪を着せた者たちに向かうでしょう。」
そこで私は広げた両手をぎゅっと握る。
「ところがある日、あなたは牢がボロボロに腐り、思い切り暴れれば壊せそうなことに気が付きます。」
どうしますか。とゆっくり手を広げながら問う。
「無論、壊すな。」
「牛鬼もそうしたのです。」
最も牛鬼にしてみれば謂れの無い罪というのは本人の感覚の話であって、封じ込めた私たちの側からすれば家畜を殺され、疫病をばらまかれるぐらいの事はあったのだろう。
「同じ方法で封印します。」
近頃の日照りで泉の水が当時の術者の想定よりも減ってしまった事が封印を弱めた原因だろう。
しかし暴れる力もない程に弱らせて封じてしまえば、その隙に封印をより念入りに施せるだろう。
「まずは、牛鬼を誘い出し弱らせる必要があります。」
「で、あるなら村で罠にかけるのが一番でしょうなぁ。」
安原はにやりと笑みを浮かべながら話す。
「奴は村を狩場だと思っているでしょう。」
佩いた太刀の柄をゆっくりなでながら続ける。
「似たような動きの獣を狩ったことがあります。餌に毒でも食らわせればてき面に効くでしょうが、それだと気づかれるかもしれない。」
「それなら…」
「春日殿の牛。あれ、式鬼でしょう。あれ使いましょう。」
牛車を曳いて来た牛を餌に使おう。と言おうとしたところ先に言われた。
「本物そっくりですから、ばれないと思いますが。」
よく見たらわかりますがね。とぽつりと付け足した。
確かによくよく観察すれば生気の無さが所々に見られるが、少なくとも陰陽術の素養の無いものに見抜ける類のものではない。
やはりこの男、唯の力自慢の武者では無いようだ。
「そうですね。では直ぐ村に戻って準備いたしましょう。」
「ええ。」
―――
私と春日殿は村に戻って直ぐ様にそれぞれが準備に取り掛かった。
既に真っ赤になった空を見上げながら甲冑を身に着ける。
上代から受け継がれた甲冑は様々な種類の魔除けの香で燻されているため独特の匂いがする。
「凄い匂いです。」
春日殿が袖で顔を覆いながら私に言う。
「恨みと狂喜が混ざった…。いえ…失礼しました。」
敏感な者には鼻に付くらしいこの匂いは、戦いの匂いであり、家の匂いである。
「申し訳ない。私たちにとっての精一杯の呪いなのだ。」
「分かっております。でも…此処まで濃いのは初めてです。」
彼女の瞳の中に刃のように冷たい光が走る。
「くれぐれも…。其れに呑まれませんよう…」
「其れ」が何を指しているのかは今一はっきりしないところではあるが、おおよそ彼女の言いたいことを察することはできた。
「任せてください。己を見失うことはありません。」
そう言って最後の面と兜を身に着ける。
恐ろし気な牙と角の意匠をあしらったこれらを身に着けた私は、正に鬼か妖怪に見える事だろう。
甲冑を身に着け終え、太刀を身に帯びると、いつでも家から飛び出せるよう玄関にしゃがみ込む。
「では待ちましょうか。」
「そうだな。」
傾いた日が山の陰にゆっくりと落ちていた。
―――
群青の夜空に煌めく月の光が美しく、やけに眩しく感じた。
眠りから覚めると、眠る前とさして変わらぬ風景が私を出迎えた。
兎に角、腹が空いていたので以前と同じ様に彼方此方から奪い、貪り、満ち足りれば眠る。
この体になった時から続けていた事を再び繰り返した。
だが、それはどこか空虚で刹那的な満足感を得るのみだった。
何故かは分からない。
どうすれば良いのかも分からず、唯々食う量が増えていくだけだった。
しかし今夜は違った。
嗅いだことのない好い匂いが、ぷぅんと漂っていた。
匂いを辿って忌々しい泉を通り、いつも家畜を食い荒らしていた村へとたどり着く。
罠かもしれない。
だが罠だとしても、ちょっと乗ってやっても問題は無い。
私は牛鬼だ。
人も妖も私を恐れ、避けて通る。
いつも通り化けて近づき、油断したところをグサリとやる。
きっとそれだけだ。
其れだけで終わるのだ。
でもなぜか今日は、今までに無い程に胸が弾んだ。
―――
日がすっかり落ちた後、春日殿の式鬼である、「牛車の牛」を見張り続けて一刻程が経っていた。
戸口で立膝のまま待ち伏せる私とは対照的に春日殿は囲炉裏の火を突いていた。
待ち伏せしていると悟られない為、飽くまで普段通りの生活をしている風を装っている。
村長の他、僅かに残った村人達にも同様の指示を出し、協力を仰いでいる。
作戦通りに事が進めば、彼らに全く危害を与えないまま終わるだろう。
ずっと闇を睨み付け、その時を待つ。
上弦の月が夜空を明るく照らし、山の形がはっきりと浮かび上がっていた。
風は無く、昼間の暑さが未だ空気中を漂っているように感じられる。
涼しい顔の春日殿に対して、私は鎧の下にじっとりと汗をかいていた。
頬を伝う汗の感触がうっとうしくなり始めたその時、暗闇に揺らめく影を見つけた。
「来たようです。」
微かな声で合図を送る。
春日殿は火箸を囲炉裏の灰に突き刺し、袖の内からすらりと符を取り出す。
人差し指と中指を突き出した刀印の間に符を挟み、小声で何やら唱え始める。
その間にも影は少しずつ闇の中を近づいて来たのであった。
村の周りの林を抜けた時、その姿が月明かりに晒され明らかになる。
女だ。
ボロボロの着物を纏った女が村に向かって歩いてくるのである。
「少し様子を見ましょうか。」
春日殿が静かにそう告げる。
勿論そのつもりだ。
刀の柄に手を掛け、じっと息を呑み、機を窺う。
やって来た女はふらふらと歩みを進め、村の中に入り、やがて式鬼の牛の傍に歩み寄る。
式鬼の牛は女の事等気にも留めぬ様に飼い葉を食んでいた。
そして暗闇の中で女の口元が月明かりを受けきらりと光る。
笑っているのだ。
牛の首を撫でるようにゆっくりと手を伸ばしたその刹那。
「オン!」
春日殿が突如叫びを上げる。
次の瞬間、牛の形を取っていた式鬼達が一斉に散会し、金色の光を帯びた紙の人型の大群となる。
それらが、さながら群れを成した蝗の様に渦を成し、女を飲み込んだ。
「応!」
私はその光景を目の当たりにしながら、一気に太刀を引き抜き飛び出した。
僅かの後、式鬼達の光の渦の中から、熊の様な獣毛に覆われ、鋭い爪を備えた腕が突き出される。
私が全力疾走で距離を詰める中、最初に現れた左腕に続き、右腕も光の渦を掻き分け飛び出してくる。
次の瞬間には巨大な蜘蛛の食腕が光の渦を引き裂き、その恐ろしい獣が、私達の前に全貌を晒した。
美しい女である。
ほっそりとした輪郭にぼさぼさの長髪。
そこからは二本のねじくれた角が突き出していた。
顔の造作は大袈裟な程はっきりとしているのだが、不快ではない。
どこぞの姫君だと言われても疑わないだろうが、青白い肌と恐ろしい爪を備えた剛腕が人外であることを如実に表していた。
下半身は獣毛に覆われた巨大な蜘蛛そのものであり、見ているだけで体中の毛穴が粟立ってくる。
「はぁっ!」
現れた牛鬼に走り寄り、向かって右側の足に袈裟切りに太刀を振りぬく。
切れぬ。
錆びた刃物で獣を捌いている時に似た手応えと共に、刃が獣毛の上を滑っている。
何かしらの術か、それとも元々の性質なのか牛鬼の獣毛は鎧の如く刃を阻んだ。
「むん!」
渾身の力を籠め、古の剣豪が編み出したと言われる「燕返し」の様に太刀を返し、同じ軌道を逆袈裟に切りつける。
全身の筋肉が軋むのを感じたが、戦いの興奮の中では些細なことだった。
この鎧を着てる時は何時もそうだ。
獣毛を切り裂き、僅かに刃が妖怪の肉に潜り込み、血飛沫が舞う。
面の隙間から妖怪の血が顔にかかり、顔を顰める。
やたらに甘い匂いのする血を浴びながら、牛鬼の足を切り落とすべく再度太刀を振り上げ、必殺の気迫をもって振るう。
「へへへっ。」
満面の笑みを浮かべた牛鬼は、足の一本を途轍もない速さで振るい、私の太刀筋に潜り込ませ、巨大な爪で受け止めた。
岩を切りつけた時に似た嫌な音を立て、爪の途中で刃が止まる。
「うへへっ。」
そして絡め取る様な動きで太刀毎腕を振るい此方の体制を崩してくる。
たまらず踏ん張るが、体格に勝る相手に持ち堪えるのは難しく、太刀を手放して小太刀を抜き、上半身の人間部分に突きを放つ。
「捕まえたぞぅ。」
正面に生える食腕のような二本の足で小太刀を受け、その隙に人間部分の両腕が私の両腕を捕らえ、吊し上げられる様な格好で拘束されてしまう。
「私を殺しに来たのかい。」
牛鬼が楽し気に話しかけてくる。
「無駄だよぅ。」
妙に間延びした調子で話すのは演技なのか、とにかく耳障りだった。
「ぜぇんぶ食ってやる。」
食腕が伸びてきて兜と面をはぎ取られる。
「お前もその女も。」
私の顔に付いた自身の血をべろりと舐め取った後、私に口付ける。
幽かに甘く感じたのは、彼女の血だろうか。
さらりと流し込まれる唾液と共に、舌が口内を犯し、蹂躙する。
同時に蜘蛛の糸で私の四肢を雁字搦めにしているのだった。
「肉も、魂も。」
まつ毛の触れ合いそうな至近で彼女はそう囁いた。
爛々と金色に輝く瞳が私を真っ直ぐ見つめ、潤んでいた。
「急急如律令!」
春日殿の声が背後から聞こえ、牛鬼を私毎包囲する何本もの光の柱が現れる。
「その方を離しなさい。」
「だめだ!私ごとやれ!」
その一瞬の逡巡を彼女は見逃さなかった。
「おそぉい。」
牛鬼は、傷を負った足を勢いよく振り、血飛沫を飛ばして目くらましをすると同時に、春日殿に向かって私と同様に蜘蛛の糸を吹き付け、雁字搦めにする。
「へへへ。寝てなよ。」
牛鬼がそう言うのが早かったか、彼女の目が妖しく輝き、私は意識を手放した。
―――
ひんやりとした空気と湿度を感じて目を覚ました。
背中に感じるごつごつとした地面と、むき出しになった岩の天井からどこかの洞窟だということは察しがついた。
自身の汗と鎧の匂いが混ざる嗅ぎなれた戦いの匂いに、自分が何をしていたのかをすぐに思い出す。
直ぐ様に起き上がろうとするが、手足がびくとも動かなかった。
「目が」
頭上から牛鬼がぬぅっと顔を覗き込んでくる。
「覚めたかぁ?」
見る者を小馬鹿にしているような嫌な笑みを貼付けながら話しかけてくる。
「見てみろよぉ。」
仰向けで拘束されている私の左側を目配せした。
「…無い…で…。」
春日殿の声がする。
「…見ないで…くださいっ…。」
こちらに向かって両足を開いた体勢で、両足を糸で拘束されている春日殿がそこにいた。
「見ないで!」
暗闇の中で白く浮かび上がった両腿の間を白い指が蠢いていた。
「見ないで…ください。っつ…はぁ…。」
そこからは聞こえるのは湿った音であり、彼女が何をしているか僅かな間を置いて理解することが出来た。
下半身のみ衣服をはぎ取られた春日殿が、自身の秘所に指を這わせ自慰しているのだ。
「そそるよなぁ。」
牛鬼が喜色満面といった様子で続ける。
「なぁ。犯したいだろぉ。」
私の耳元で恋人同士が睦言を囁くように優しく、艶やか声でそっと囁く。
「分かるぞぉ。前からかぁ。後ろからかぁ。」
そういいながら牛鬼は私の衣服を破り取り、陰茎を露出させる。
「あいつ生娘だぞぉ。」
牛鬼はいつの間にかに自身の腕を人間と同じように変化させ、青白いしなやかな指で陰茎を包み込んだ。
「見ろよぉ。これを見ながらシてるんだぜぇ。」
春日殿の痴態と牛鬼の手の柔らかさで、はち切れんばかりに勃起してしまう。
息も絶え絶えになりながら春日殿は自慰を続けていた。
「だめ…もう…。」
「さぁ。イケよ。コレでぐちゃぐちゃにされてるところを想像しながら。」
春日殿は目を瞑って一層指の動きを速める。
何度か両腿を閉じようと力を入れているようだが、牛鬼の糸の拘束は固く、体勢を変えることができないでいた。
「安原様…ごめんなさい…ごめんなさい…。」
瞑ったままの瞳から涙が零れ、全身を震わせる。
「なぁ。逝ってるぜぇ…。」
そういいながら牛鬼は陰茎に指を添えゆっくりと上下に擦る。
「なぁ。陰陽師。」
囁き声から普段の調子に変わり、春日殿に話しかける。
「この男としなよ。」
満面の笑みで言った。
「ヤったら、アタシはもうあんた等に手を出さんよ。」
「…本当に?」
「あぁ本当さぁ。」
涙と汗で汚れた顔に乱れた髪が貼り付き、未だ絶頂の余韻の残る放心した様子で返事をした。
牛鬼がふっと息を吹くと春日殿の拘束が解ける。
よろけながらも春日殿が立ち上がり、寝転がったまま拘束されている私に向かって歩み寄る。
「すみません安原様…。」
「春日殿…。」
春日殿が私にまたがり屹立した陰茎を自身の秘所に添えた。
「私は…私は…。」
彼女の中には入りきらないであろう長さの陰茎の先を慣らす様に、ぬめった秘所の入り口部分に擦りつける。
「安原様を…あなたを…。」
粘着質な音を立て彼女の入り口に亀頭が潜り込み始めた。
「犯したくてたまらないの。」
蕩けたような笑みを浮かべ、一気に腰を落とした。
彼女の豹変ぶりに背筋に冷たいものが走る。
こんな状態でも痛いほどに勃起する自身の陰茎と言い、牛鬼に催淫の術を掛けられたか、接吻の時に飲まされた牛鬼の血が媚薬の様に作用しているのかわからないが、すでに術中に嵌まっているのは明らかだった。
自慰で解されているとは言え、未だ狭い膣を亀頭が掻き分ける様にして押し進んでゆく。
まとわりつく軟肉はぴったりと陰茎に吸い付き、一切の隙間なく包み込んでいた。
半分ほど彼女の中に納まり、最奥部に突き当たった。
「安原様。気持ちいいですか?」
彼女がうっとりしながら、私の顔に両手を伸ばし、ゆっくりと頬を撫でる。
結合部からは水音が響き、膝立ちのまま小刻みに上下運動を繰り返していた。
入り口が私を咥えこんで小刻みな動きに合わせて私の陰茎に快感を与える。
「私はとっても気持ちいいですよ。」
ゆっくりと私の顔の形を確かめる様に指が顔を這う。
「私が私で無くなっているんです。」
そのまま撫でる様に指を私の胸まで運び、ぐっと体重を掛けた。
腰が上下運動から陰茎を中心とした円の動きに変わり、彼女の中で亀頭が奥をこね回す様に動いていた。
きつく締め付け、私を逃がすまいとする膣口とは異なり、彼女の中は私を柔らかく包み込み、吞み込んだモノの形に合わせて形状を変えている様だった。
「でも何も苦しく無いんです。」
彼女は目を瞑ってゆっくりと口で呼吸しながら円の動きを続けている。
「安原様。」
開かれた彼女の瞳は、牛鬼と同じ様に金色に輝いていた。
「私と、一緒に、堕ちましょう。」
彼女の中が一気に蠢き陰茎を刺激する。
およそ人間ではありえない搾精するための蠕動は、一気に私の射精感を高め、我慢できるほどの間も無く彼女の中に射精した。
腰の奥深くから襲ってくる快楽の渦は射精の間中収まらず、射精の快感が次の射精の呼び水となり、長い時間をかけてすべてを彼女の中に出し切っていた。
その間中彼女は瞳を潤ませながらも声を押し殺し、快楽に体を震わせていた。
「見ていてください。」
胸に置いた彼女の両手が両肩に移動していき、仰向けの私をぐっと押さえつける。
ぞわりと背中の毛穴が粟立つ。
強大な妖物や強力な呪物を目の当たりにした時の様な強烈な不安感が私の肝をぐるぐると走り回り、眼前でこれから起ころうとしている事の危険を本能が訴えていた。
それは彼女の心の臓から起こった。
私を捕らえた牛鬼と同様の青白い肌が、彼女の陶器のように白い肌を虫食んでゆく。
その『浸食』が彼女の腕や腹部まで及ぶと性質を変え、獣毛を生やしていった。
『浸食』は彼女の体中を余すところなく覆い犯していった。
その間中彼女は激しく腰を振るい、固くそびえ立った肉棒を何度も自身の最奥へと突き立てていた。
最初は半分までしか収めることのできなかった彼女の女陰はすっかり私を咥えこみ、私が際限なく吐き出す子種を溢れさせながらも貪欲に私を求めた。
彼女の最奥をこじ開ける様に私の先端が何度も彼女を貫き、私は何度も子種を放った。
彼女は自身に起きる『浸食』と私に貫かれる快楽に背を反らせ、小ぶりな乳房をぴんと張るように天を仰いで止めどなく押し寄せる絶頂に打ち震えていた。
天を仰いでいた彼女がゆっくりと私の方へと向き直る。
青白い肌。ねじくれた二本の角。闇夜の月の様に輝く両眼。
「見てください。」
鼻の触れ合える距離で静かに彼女が囁いた。
「あぁ…。」
人間としての生を捨て、妖物に成り果てた彼女は恐ろしい程に美しかった。
切れ味の鋭い刃物がそうであるように。
月夜の晩の凪いだ海の底知れぬ輝きの様に。
「済まない…。春日殿…。済まない…。」
取り返しのつかない過ちを犯してしまった事に気が付き涙が溢れた。
私は叱られた童子の様にぽろぽろと涙を溢していたのだろう。
彼女は私の涙を舐め取り、その小さな胸に私の頭を抱き寄せ囁いた。
「良いのです…。もう…。良いのですよ…。」
全てを包み込む慈母の様に穏やかな声で彼女は言った。
―――
強い男だった。
強い女だった。
私が好む理由としてはそれだけで十分だった。
気高く強く、それ故深く暗い世界と対峙せねばならない者。
そういった相手を常世の苦しみから解放する事こそが私の望みであった。
己の術に自信を持ち、それ故に傲慢さを宿した女は只淫らに男を求めるだけの雌となった。
己の力を過信し武具の呪いのままに怒りと力を振りかざす男は雌の虜になった。
己に宿した獣に忠実になった彼らと交わりながら私は力を蓄える。
全ての獣が、内に住む獣のままに生きる国を作り上げるために。
―――
ある時を境に旅人が行方を眩ませる事が増えた。
彼らは老若男女様々だったが、一つの共通点があった。
ある小さな村の近くの山を通ったと言う。
その小さな村の住人は口々にこう語った。
「あの山には『恐ろしい獣』が住む」と。
18/04/19 21:33更新 / 熊五郎太郎