ふぁーすと
元々そんなに異性と話すのは得意ではなかった。話す必要性がある場合は別としても、2人きりでいい雰囲気になっても気の利いた言葉の1つさえ出て来ない。同姓にはよくかっこいいとか綺麗だとか言われるものの、男性にはあまりモテない。気になったので夫持ちの友人に聞いてみると、男性から見た私は女集団のリーダーに見え、かっこよくクールな雰囲気のせいで異性として意識するには至らない、という事らしい。
好きでそうしているわけじゃないのに、どうすればいいのだろう。同年代の友達―人間の女の子も魔物娘も問わず色々いた―はみんな好きな人が出来て、結ばれたり結ばれなかったり…それでも最後には誰かと添い遂げている。それがどうだろう、私だけは。別に私はあなた達のリーダーなんかじゃないけど、どうしてこんな役回りなのか。海でも陸でもみんな幸せそうにイチャイチャしているというのに、私は今日もこうして1人で月に照らされるだけ。こうしてアンダークリフ沿いの砂浜で海を眺めるのは何回目だろう? いいや、私が本当に誰かと愛し合える仲になりたいのであれば、ここで油を売るよりもそこらのホテルやバーで男性に自分から声をかけてみるべきではないだろうか? …この問いも何度目だろう。では過去を思い返してみよう。
「いえ…そういうつもりは」ホテルの1室、冷たい表情の下で必死に焦りながら私は自分に出来る最大限の引き止めを行なっていた、が。
「今日はもう帰るよ。また電話する」
彼から再び私へ電話がかかってくる事はなく、風の噂でクライストチャーチに住む魔女と結婚したと聞いた。だからってロリコンに恨みはない、考えても余計空しくなるだけだから。
別段他人よりも心が弱い、あるいは意志が弱いつもりもないけど、既に諦めの境地へ入って久しい。自分からアプローチをかけたって私は男性と上手く話せないし、冷めた印象を与えてしまう。逆に向こうから声をかけてもらえれば楽だが、誰も声をかけてくれない。以前人間の友達―もちろん女の子だ―が面白がった様子である雑誌を片手に私へ話しかけてきた。何事だろうかと思っていると、彼女が予め開き易い様に指を挟んでいたページを開いて私に見せつけてきたので、一応目を通しておいた。そして溜め息をついた。
コラム記事の写真に写る1人のスキュラ。月に照らされ砂浜に1人佇んで海を眺めている。そう、それはどう見ても私だった。何が「彫刻か絵画の様に美しい」だ。私は雑誌に掲載されて持て囃されたかったわけではない。しかも勝手に撮って許可なく載せるとは。あの写真のせいで、私はお気に入りだったビーチの桟橋から東のアンダークリフ・ドライブの辺り―エリザベス・コートの南ぐらいまで―へと移動する羽目になった。あのコラムを読んでここまで来る様な男性が、私と実際に会った場合に失望しないとは到底思えない。心の中で勝手に「つまらない女」の烙印を押して帰っていく事だろう。
私は改めて自分の体を見てみた。白い半袖シャツの袖から出ている白い細腕の、健康的でふにふにとした柔らかい感触は学生時代から変わらず残っている。スキュラの様に下半身のボリュームがある種族用としてデザインされたスカート―2足歩行種族で言うところの膝丈ぐらいの長さ―から覗く8本の脚は、血色の良さや美しさからよく褒められたものだった。陸では脚が汚れない様に、それぞれの脚には耐久性に優れたブーツ―と言っても2足歩行種族のそれとは全然違うが、陸ではこういう靴を履くのが一般的であった―を履いているが、このブーツとスカートの間の空間が所謂絶対領域に見えない事もないのではないだろうか?
私は自分でもなかなかの優良物件であるとの自負はあるものの、所詮冷ややかで冷めた印象を与えてしまう女―本当は対異性限定のコミュ障―には誰も継続的に付き合おうという気は起きまい。そういうのが好きだと公言する意見はネット上でよく見かけるが、実際にそういう人物を見た経験は1度たりとも無かった。随分な詐欺ではないか。
これ以上の自己嫌悪はもうやめよう。海水対応・高い対水圧性を誇るiPhoneのモデルを取り出し、時刻を確認してみると既に午後11時5分だった。帰ろうかとしたところで今度は自分のiPhoneを見て更に嫌な事に気付いてしまった。このモデルは確かに過酷な環境でも使用可能な優れたモデルではあるものの、その重厚なデザインは女性向けとは言い難い。つまり、こういう些細な「色気の無さ」が積み重なった結果、「あの女は恋人候補としては正直ないわ」と世の男性に評価されているのだろう。ちなみに、私がこのモデルを購入した半年後にはもっと可愛らしいモデルが登場して、私を大いに苦笑させたのは言うまでもない。
ではさっさと帰ろう、と思い私は海へと歩き出した。あの誰も帰りを待っていない、水棲種族用の安アパートへと。若い頃は営業職でかなりの額を稼いでいるので本当はもっといい物件に住めるのだが、誰も相手がいない私がそんなところに住んで何になろう。
歩きながら空を見上げると、そろそろ見納めになりそうなオリオン座が月明かりに対抗するかの様に輝いていた。何故だかわからないが、その姿は私と似ている気がした。なるほど、お互い見苦しく輝くだけの…
「今日はいい天気だな」
後ろから響いてきた声を聴いて、信じられないと思った。男性から声をかけられた経験なんて、何か月ぶりの事だろう?
これはチャンス到来か、と考えながら振り向いてみた。幸い話かけてきた男性の顔は月明かりのお陰でよく見える。彼の褐色で艶のある肌が月明かりを反射しており、切れ長の目と少し尖った顎が目を引く。ラフに被った野球帽から短く剃った髪が少し覗いていた。今まで会った男性の中で最もハンサムに見える。モデルだろうか? フワッとした上着とダボダボなズボンのせいで体のラインはよく見えないが、身長は6フィートを越えている為かなりスラっとしているはずだ。しかし恐らく服の下にはガッシリとした筋肉があって…
「ヘイ、お嬢さん。そんな食い入るみたいな目をしてどうしたんだ?」
しまった。彼の事が気になってついついまじまじと見つめてしまったらしい。
「ごめんなさい…」そうしていつも通り色気の無い言葉しか、私の口は吐けなかった。また冷ややかな印象を与えてしまったのではないだろうか。だが彼は気にすることなく「別に謝る必要なんてねぇ」と微笑んで更に話しかけてくれた。
勇気を出して更に私も何か言わなくては。
「失礼だけど…モデルか何かを…している人?」まあ我ながらよく喋れている方だと言える。勇気を振り絞ってこの程度だとも言えるのだがそれはともかく。
「ん?」やってしまった、彼は困惑している…少々質問が唐突過ぎただろうか? 異性と話し慣れていないせいで、何を言えばいいのか迷ってしまう。しかし合点が行ったのか、彼は「いや違う、そりゃたまに雑誌の表紙を飾る事はあるが、モデルに専念してるわけじゃない」と再び微笑みながら答えてくれた。
ここまでのやり取りで気付いた事は、彼が今まで私が話してきた男性よりも辛抱強く、すぐさま「はい、さいなら」と消えていく様なタイプではないという事。これまでの人生で、もううんざりする程迎えてきた春の月夜の下、ようやく私の人生の春がやって来た。そうやって舞い上がる気持ちを抑えられない。そのくせ私の表情は硬く、氷の様に冷たいのだろうけど。
「ラジオやテレビでデトックスという名を聞いた事は?」と彼は問いかけてきた。その名には聞き覚えがある。彼のどこか得意げで期待を込めた眼差しを見ながら、記憶を辿ると答えはすぐに出てきた。最近ヒップホップ系のラジオでもよくデトックスという名は耳にする。全体的に速い曲調で歌うラッパーで、速過ぎて聞き取れない部分も多かった。だがそれでいて耳に残り、彼の曲が流れるとついつい私も口ずさんでいる。最近の私は就業内容が楽な仕事についているので早く帰宅出来るのだが、1人寂しいアパートの中でラジオから流れる彼の曲を聴くのがささやかな楽しみになっていた。よくよく考えてみると彼の声は目の前にいるこのハンサムな男性の声とよく似ている気がする。まさか。
「もしかして」
「そう、俺がデトックスだ。実はボーンマスに住んでてな」
彼の曲には激しく相手をディスする曲もあるが、今の彼はとても優しく語りかけてくれている。それがより一層魅力的に思えて。頭がぼんやりとしてきた私はまたもや「ごめんなさい、驚いちゃって」と抑揚の無い返答をしてしまった。彼はそれを気にする事なく微笑んでいたが、5秒程間を置いてこう質問してきた。
「君の名は?」
そしてまた私は淡々とした調子で答える。「アマンダ・ノートン、よ」返す刃で聞く。「あなたの本名は?」それを聞いた彼はフッと笑ってこう答えた。
「俺ん家まで来てくれたら教えてやるよ…って冗談だけどな」
「行っても…いいの?」願ってもないチャンスが巡ってきた。
好きでそうしているわけじゃないのに、どうすればいいのだろう。同年代の友達―人間の女の子も魔物娘も問わず色々いた―はみんな好きな人が出来て、結ばれたり結ばれなかったり…それでも最後には誰かと添い遂げている。それがどうだろう、私だけは。別に私はあなた達のリーダーなんかじゃないけど、どうしてこんな役回りなのか。海でも陸でもみんな幸せそうにイチャイチャしているというのに、私は今日もこうして1人で月に照らされるだけ。こうしてアンダークリフ沿いの砂浜で海を眺めるのは何回目だろう? いいや、私が本当に誰かと愛し合える仲になりたいのであれば、ここで油を売るよりもそこらのホテルやバーで男性に自分から声をかけてみるべきではないだろうか? …この問いも何度目だろう。では過去を思い返してみよう。
「いえ…そういうつもりは」ホテルの1室、冷たい表情の下で必死に焦りながら私は自分に出来る最大限の引き止めを行なっていた、が。
「今日はもう帰るよ。また電話する」
彼から再び私へ電話がかかってくる事はなく、風の噂でクライストチャーチに住む魔女と結婚したと聞いた。だからってロリコンに恨みはない、考えても余計空しくなるだけだから。
別段他人よりも心が弱い、あるいは意志が弱いつもりもないけど、既に諦めの境地へ入って久しい。自分からアプローチをかけたって私は男性と上手く話せないし、冷めた印象を与えてしまう。逆に向こうから声をかけてもらえれば楽だが、誰も声をかけてくれない。以前人間の友達―もちろん女の子だ―が面白がった様子である雑誌を片手に私へ話しかけてきた。何事だろうかと思っていると、彼女が予め開き易い様に指を挟んでいたページを開いて私に見せつけてきたので、一応目を通しておいた。そして溜め息をついた。
コラム記事の写真に写る1人のスキュラ。月に照らされ砂浜に1人佇んで海を眺めている。そう、それはどう見ても私だった。何が「彫刻か絵画の様に美しい」だ。私は雑誌に掲載されて持て囃されたかったわけではない。しかも勝手に撮って許可なく載せるとは。あの写真のせいで、私はお気に入りだったビーチの桟橋から東のアンダークリフ・ドライブの辺り―エリザベス・コートの南ぐらいまで―へと移動する羽目になった。あのコラムを読んでここまで来る様な男性が、私と実際に会った場合に失望しないとは到底思えない。心の中で勝手に「つまらない女」の烙印を押して帰っていく事だろう。
私は改めて自分の体を見てみた。白い半袖シャツの袖から出ている白い細腕の、健康的でふにふにとした柔らかい感触は学生時代から変わらず残っている。スキュラの様に下半身のボリュームがある種族用としてデザインされたスカート―2足歩行種族で言うところの膝丈ぐらいの長さ―から覗く8本の脚は、血色の良さや美しさからよく褒められたものだった。陸では脚が汚れない様に、それぞれの脚には耐久性に優れたブーツ―と言っても2足歩行種族のそれとは全然違うが、陸ではこういう靴を履くのが一般的であった―を履いているが、このブーツとスカートの間の空間が所謂絶対領域に見えない事もないのではないだろうか?
私は自分でもなかなかの優良物件であるとの自負はあるものの、所詮冷ややかで冷めた印象を与えてしまう女―本当は対異性限定のコミュ障―には誰も継続的に付き合おうという気は起きまい。そういうのが好きだと公言する意見はネット上でよく見かけるが、実際にそういう人物を見た経験は1度たりとも無かった。随分な詐欺ではないか。
これ以上の自己嫌悪はもうやめよう。海水対応・高い対水圧性を誇るiPhoneのモデルを取り出し、時刻を確認してみると既に午後11時5分だった。帰ろうかとしたところで今度は自分のiPhoneを見て更に嫌な事に気付いてしまった。このモデルは確かに過酷な環境でも使用可能な優れたモデルではあるものの、その重厚なデザインは女性向けとは言い難い。つまり、こういう些細な「色気の無さ」が積み重なった結果、「あの女は恋人候補としては正直ないわ」と世の男性に評価されているのだろう。ちなみに、私がこのモデルを購入した半年後にはもっと可愛らしいモデルが登場して、私を大いに苦笑させたのは言うまでもない。
ではさっさと帰ろう、と思い私は海へと歩き出した。あの誰も帰りを待っていない、水棲種族用の安アパートへと。若い頃は営業職でかなりの額を稼いでいるので本当はもっといい物件に住めるのだが、誰も相手がいない私がそんなところに住んで何になろう。
歩きながら空を見上げると、そろそろ見納めになりそうなオリオン座が月明かりに対抗するかの様に輝いていた。何故だかわからないが、その姿は私と似ている気がした。なるほど、お互い見苦しく輝くだけの…
「今日はいい天気だな」
後ろから響いてきた声を聴いて、信じられないと思った。男性から声をかけられた経験なんて、何か月ぶりの事だろう?
これはチャンス到来か、と考えながら振り向いてみた。幸い話かけてきた男性の顔は月明かりのお陰でよく見える。彼の褐色で艶のある肌が月明かりを反射しており、切れ長の目と少し尖った顎が目を引く。ラフに被った野球帽から短く剃った髪が少し覗いていた。今まで会った男性の中で最もハンサムに見える。モデルだろうか? フワッとした上着とダボダボなズボンのせいで体のラインはよく見えないが、身長は6フィートを越えている為かなりスラっとしているはずだ。しかし恐らく服の下にはガッシリとした筋肉があって…
「ヘイ、お嬢さん。そんな食い入るみたいな目をしてどうしたんだ?」
しまった。彼の事が気になってついついまじまじと見つめてしまったらしい。
「ごめんなさい…」そうしていつも通り色気の無い言葉しか、私の口は吐けなかった。また冷ややかな印象を与えてしまったのではないだろうか。だが彼は気にすることなく「別に謝る必要なんてねぇ」と微笑んで更に話しかけてくれた。
勇気を出して更に私も何か言わなくては。
「失礼だけど…モデルか何かを…している人?」まあ我ながらよく喋れている方だと言える。勇気を振り絞ってこの程度だとも言えるのだがそれはともかく。
「ん?」やってしまった、彼は困惑している…少々質問が唐突過ぎただろうか? 異性と話し慣れていないせいで、何を言えばいいのか迷ってしまう。しかし合点が行ったのか、彼は「いや違う、そりゃたまに雑誌の表紙を飾る事はあるが、モデルに専念してるわけじゃない」と再び微笑みながら答えてくれた。
ここまでのやり取りで気付いた事は、彼が今まで私が話してきた男性よりも辛抱強く、すぐさま「はい、さいなら」と消えていく様なタイプではないという事。これまでの人生で、もううんざりする程迎えてきた春の月夜の下、ようやく私の人生の春がやって来た。そうやって舞い上がる気持ちを抑えられない。そのくせ私の表情は硬く、氷の様に冷たいのだろうけど。
「ラジオやテレビでデトックスという名を聞いた事は?」と彼は問いかけてきた。その名には聞き覚えがある。彼のどこか得意げで期待を込めた眼差しを見ながら、記憶を辿ると答えはすぐに出てきた。最近ヒップホップ系のラジオでもよくデトックスという名は耳にする。全体的に速い曲調で歌うラッパーで、速過ぎて聞き取れない部分も多かった。だがそれでいて耳に残り、彼の曲が流れるとついつい私も口ずさんでいる。最近の私は就業内容が楽な仕事についているので早く帰宅出来るのだが、1人寂しいアパートの中でラジオから流れる彼の曲を聴くのがささやかな楽しみになっていた。よくよく考えてみると彼の声は目の前にいるこのハンサムな男性の声とよく似ている気がする。まさか。
「もしかして」
「そう、俺がデトックスだ。実はボーンマスに住んでてな」
彼の曲には激しく相手をディスする曲もあるが、今の彼はとても優しく語りかけてくれている。それがより一層魅力的に思えて。頭がぼんやりとしてきた私はまたもや「ごめんなさい、驚いちゃって」と抑揚の無い返答をしてしまった。彼はそれを気にする事なく微笑んでいたが、5秒程間を置いてこう質問してきた。
「君の名は?」
そしてまた私は淡々とした調子で答える。「アマンダ・ノートン、よ」返す刃で聞く。「あなたの本名は?」それを聞いた彼はフッと笑ってこう答えた。
「俺ん家まで来てくれたら教えてやるよ…って冗談だけどな」
「行っても…いいの?」願ってもないチャンスが巡ってきた。
12/08/31 12:11更新 / しすてむずあらいあんす
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