赤熊と古竜

 今でもあの頃の事はあまりに無価値で情けなかったとしか思えない。異端者の拘束・尋問―迫害に他ならぬ―に人体実験。後者はあの時代の教団の科学と魔術の限界故に、全く非論理的な実験ばかりで、いたずらに犠牲者が増えるばかりであった。反教団的な異端者が優先的に実験台として使用されたのは言うまでもない事だ。
 そしてその様な愚かで馬鹿げた2つの所業の責任者として、私が後任となる事になっていた。前の責任者が体調を崩して一線を退いた事を理不尽に恨んだ夜もあった。何を隠そう、あの頃の私は教団の異様性に大きな不信感を抱きながらも、何も言えずに与えられた仕事を行なうしか出来ない臆病者だったのだ。何が教団の誇る最高の勇者「赤熊」か、中身は周りに合わせて我が身を守るしか能の無い…自己嫌悪しても時間の無駄か。
 遂に明日からはその忌々しい責任者の役職に収まるという時の前夜、宿舎の寝室で鏡を見ながら考えた。54を過ぎて白髪だらけだった少ない髪も去年には全て抜け落ちた。皺の刻まれた顔はまだ精悍さを保っていたが、心ここにあらずと言った風情。次に手を見た。何度もメイスを握り魔術を放った荒々しい掌は血に濡れずとも罪には濡れていた、あるいはこれから濡れるところだろうか。
 その日は風がよく吹く夜だった。一際強い風が吹いた時、窓が割られ救い主が現れた。

「赤熊よ」今でもあのお方が現れなさった時の事は鮮明に覚えている。

「今日からお前を私の所有物にしてやろう」

 あの日、フリードリヒ・クレーマンは救われたのだ。ありとあらゆる悪夢から。





 あのお方は、ズィンドログナザール閣下は正に暴風の如し。その立ち振る舞い、そして私などゴミの様に葬れるであろう力量、私の理想がそこにあったのだ。閣下は誠に美しきドラゴンであらせられる。サラサラと風に吹かれ煌めく長い美髪、緑の角や鱗に覆われた小柄で美しいお体。そして幼い顔立ちでありながらも強い意志を感じさせる表情。既に2000年の時を歩んで来られたと仰っていたが、そう仰った後に「体の方はまだ発展途上なのだ!」とお叱りになった。私が閣下のお体を侮辱するなどあり得ない事だが、心の中で無意識にその小さな肉体へ疑問を抱いたのかも知れない。私が「どうかご慈悲を、主よ」と跪いて頭を垂れると、閣下は私の禿頭にポンポンと手を置きながらフン、と不機嫌そうになされた。閣下に触って頂けた事が嬉しく、私は閣下に見えない様に俯いたまま少しだけ笑みを浮かべた。

 閣下はしきりに「お前は私の所有物だ」と仰っている。今もそれは変わらない。それまでの生活からの解脱を渇望していた私が閣下に深く感謝したのは言うまでもない。閣下が不機嫌そうなお顔をされて「所有物の分際で逃げ出そうとは思わぬ事だな」と見下ろす様な視線で私をお睨みになった事もあった。

「言うまでもなく我が全身は閣下の物にございます。如何様にお使いになっても構いませぬ」

 私がそう言うと閣下はわかればよいのだ、とお顔をお背けになった。その様があまりに美しく、私の心は暫し凍り付いてしまった。






 閣下自ら私の食事をお作りになった事もあった。奇跡としか言い様のない事態であったが、身に余る光栄であったのは間違いない。

「所有物が痩せ衰えては、持ち主である私の気分も悪くなるからな」と胸を張り腕を組みながら、食べる私を見下ろしなさった。食べ終わると私は「私を救って下さって、感謝してもし切れませぬ」と閣下の足元に跪いた。すると閣下は気紛れからか、私の頭を胸に抱きながら頭と背中に腕を回され、抱擁をして下さった。

「せいぜいお前が命を狙われた時ぐらいは守ってやろう、所有者としてな」

 閣下は私に生きる意味を授けられたのだ。それを理解し、私は一睡もせず泣き続けた。





 閣下と同じベッドで寝る名誉を与えられてからしばらくしたある晩、目が覚めると裸体の閣下が私の寝巻を脱がせておられた。名誉な事だが、引け目もあった。「ですが、私ごときでよろしいのでしょうか? 閣下と釣り合うとは…」

「黙れ。お前の意思などどうでもよいわ。私の望み通りに行動すればよいのだ」

 至極当然の事を忘れていた。私は「閣下が望まれるのであれば、その様に」と従った。閣下は私の上に跨り、そして私のモノを飲み込んで下さった。圧倒的な被征服感に今まで以上の喜びを感じて数秒間目を瞑ったが、次に目を開けると閣下は痛みに耐えるかの様に、涙を浮かべておられた。

「閣下…? 不手際をお許し下さい」すると閣下は「この程度の痛みなど大したものではない! 故に命令するぞ、私を愛してくれ。名前で呼んで欲しい♥」閣下に拾われて本当によかった。「承知しました、ズィンドログナザール閣下」

 閣下の両手を私は握り、手を繋ぎ合いながら我々は快感を高めていった。閣下のお顔を見上げると、閣下は涙を流しながらも嬉しそうに微笑んでおられた。初めての交わり、初めての口付け。何もかもが光栄で、非現実的で、そしてそういう幸福な時間はすぐに過ぎ去り。

「ズィンドログ…ナザール閣下、申し訳…ございま…せぬ。早く私から…お降りに…でなければ不味い事になりま…しょう…」

「嫌だ、嫌だ、嫌だ! 絶対に離しはせんぞ! 離すものか!」

 閣下の牙が肩に食い込み、閣下の爪が私の背中へ食い込んだ。私はどうする事も出来ず、閣下の中へ下賤な精を吐き出した。唯一の救いは、閣下が私の精をお受けになって強い快楽を得ておられる事だろう。





「あの様なご無礼を働いて、どの様に閣下へ詫びればよいか…」

 終わってから、ドサリと私の上へと倒れ込んだ閣下は私の疑問にこう答えた。

「ならば…お前の腕で私を抱きしめてくれ」

 閣下の言う通りに私は閣下を抱きしめた。私の胸の上でお顔を頬擦りなさりながら、閣下は更にこう続けた。

「お前を愛している。だが我々ドラゴンは素直に愛する者へ気持ちを伝える事が難しく、それで…」

「いえ、閣下。閣下が気にかけられる必要はありませぬ。私は閣下に支配され、征服され…真の幸せを謳歌してきたのですから」

 閣下の涙が私の胸を濡らす。「すまない、本当にすまない! お前との子供が欲しい、欲しくてたまらない。お前が愛おしくてたまらない!」と仰られ「私と共に永遠の時を歩んでくれ…!」と涙を流されながら続けた。

「これからも永久に…お側でお仕え致します、ズィンドログナザール閣下」





 綺麗な夕日だと思った。特に閣下とご一緒に眺める夕日であれば尚更だ。

「フリードリヒよ、ようやく終わったな」私の膝に腰掛けられた閣下が仰った。

「ええ、閣下」

 長きに渡った戦争も終わり、世界は正常な状態へと戻った。これからどうしようか。閣下の魔力を受け、私の肉体も少し若返り、抜け落ちた髪が再び生えてきた。白髪ではあったが。いずれにせよ、戦いだろうが何だろうが、問題なくこなす事が出来たが、これからはこの活力をどこへ向けようか?

「お前は私の物だからな、それだけは幾ら時が廻ろうと変わらない」

 そうだった。私の意思も閣下の物であったのだと思い出した。これから再び訪れる幸福な日々が永遠に続くと信じて、明日を生きてゆこう。赤熊はもうかつての様に嘆きはしないのだ。

 え、なにまただいしゅきホールドなのこれは(ドン引き)

 
 ドラゴンちゃんの名前も思い付かなかったので、某雪国王道RPGに出てくるドラゴン語の3単語を繋げて名前を作りましたw

14/12/25 19:59 しすてむずあらいあんす

top / 感想 / 投票 / RSS / DL

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33