囚われの竜と姫
「お主を旅の勇者と見込んで頼みがある。どうか囚われの我が子を救ってはくれないだろうか?」
お決まりの台詞である。なんらおかしくない。囚われの子を助けるために勇者に頼るのは至極当然だ。唯一つ違和感を覚える点があるとすれば、頭を下げているのがドラゴンであるという点か。
「はァ」
自分でもずいぶん間抜けな声が出たと思う。意味が分からない。ドラゴンの子を攫うなんて正気の沙汰ではない、どこかの身の程知らずのアホ勇者だろうか?
とにかく詳しく話を聞くことにする。
「我が住処を離れている間に娘の一人がトムラーダ城の姫によって攫われてしまったのだ。お前の手で悪しき姫を倒し我が娘を助けてやってくれ」
「ハァ?」
聞き間違いだろうか。私は耳が良いほうだと思っていたがこの年で難聴のようだ。きっと、娘が姫を攫ってしまったが、乱暴な勇者に襲われると危ないから、比較的魔物に理解のある私が手心を加えて、娘を倒しに行けとかそういう意味だろう。
「我が娘がトムラーダの姫に攫われたから姫を倒し娘を助けてくれ」
「もう一度お願いします」
難聴が気付かぬうちにかなり進行していたみたいだ。まったく別の意味に聞こえてしまっている。これでは姫を倒してドラゴンを助けるみたいではないか。
「だから! 姫を倒し我が子を助けろと言っているのだ!!」
ご丁寧に前時代の姿で仰ってくださりありがとうござます。よ〜く聞こえました。
…耳から血が出るほどな。こっそり治癒魔法で鼓膜を直したがまだ耳鳴りが酷い。
「娘さんがトムラーダの姫に攫われたと…そういうことですか」
「何度も言わせるでない」
「それは失礼しました。ですが、なぜご自身で娘さんを助けに行かないのですか?」
お前が行けば万事解決だろうに、こういう大事な事を人に任せるからどこの悪役もやられてしまうのだ。…とは言えない。怖いもんドラゴン。
「それが出来れば苦労せぬわ!!」
いちいち元の姿に戻らないと叫べないのか。お前の咆哮はスタンだけじゃ済まないんだよ。ダメージもしっかり入ってるの。また鼓膜を直さなければならない。
「姫が我が娘を捕らえたことによりトムラーダはもちろん、その周辺の国までも我が住処を攻め落とそうと画策しておる。ここにはまだ一人立ちできぬ我が子たちがいるのだ。動くことなどできぬ」
確かに洞窟の奥のほうで小さいのが何匹かこちらを覗いている。これが全て成体になったらと思うと… 今の時代になってよかったとつくづく感じる。
「失礼ですが旦那様はどちらに?」
かなりプライベートな話だがやるからには、気になる点は全部聞いておかないと気が済まない。
「皆、代替わり前の子だ」
代替わり前って…何年経ったと思っているんだ。それであれしか成長してないとは…ドラゴンの寿命はいったいいくらなのだろうか。
「もう一つ気になるのですが、なぜその子だけ連れて行かれて他の子は無事なんですか?」
「無事ではなかったわ…私が帰ってきた時には皆虫の息であった… 話を聞くと、急に襲い掛かられ、ろくに抵抗も出来ずにやられてしまったらしい。戦いの仕方は抜かりなく教えていたが…この様だ」
「姫一人にですか!?」
「姫一人に だ」
つまり、幼いと言えども無類の強さを誇るドラゴンの群れを抵抗を受けずににボコボコにしたと
一国のお姫さまが …何かの間違いではないか
「そ…そもそもなぜ姫の仕業だと…」
「我が子は皆体は小さいがすでにお前の倍は生きておる。並みの勇者であれば一人ででも追い払える実力をもっておる。それを簡単に負かすこと出来るのは、この国ではあの姫しかおらぬわ」
「そんなに強いんですか…?」
「この大陸一帯に名が知れ渡っているほどな」
確かに噂でとんでもなく強い姫がいると聞いてはいたがまさかそいつとは…
嫌な汗が垂れてくる。
「最後にもう一つ質問、なぜ私なのですか?」
私じゃなくても良いなら、他の人に代わってもらおう。ていうか代わって欲しい。
「お主の武勇伝は我が耳にも入っておる。それに我の咆哮に動じぬ胆力やその隙のない佇まいを見ても高い実力があるのは見てわかる。これはそんなお主にしか頼めぬことだなのだ」
べた褒めだが、この状況では全く嬉しくない。昔は名が挙がって喜んでいた時期もあったが、魔物も人も関係なく依頼を受けていたので名声が高くなるにつれて、教団に狙われ、魔物にも目を付けられて、とさんざんな目に遭っている。襲ってくる盗賊団もなぜか名声に比例して強くなっている気がする。
「なるほど、理由は分かりました。人間にしろ魔物にしろ子が攫われて心配しない者は居ませんからね。任せてください。必ずや貴方の子供を助け出して見せましょう」
本当は行きたくもないし逃げ出したいが、断れば恐らくこの場で昼ご飯、約束を破って逃げ出しても速攻で捕まえられて晩御飯だ。生的な意味で。
それに今言ったことは本心でもある。プライドの塊のドラゴンがこうして頼み込んでいるのだ、出来る限りのことはしてやりたい。
「受けてくれるか感謝する勇者…」
嬉しそうに微笑むドラゴンをよく見ると、目に涙が溜まっている。よほど心配なのだろう。…先ほどまでは鋭い眼光と威圧感のせいで思わなかったが、こうやってまじまじと見ると、非常に整った顔立ちと容姿であることがわかる。後ろで嬉しそうに笑い合っている子ドラゴン達も同様である。本当に今の時代になってよかったと思う。
「褒美については楽しみにしているがよい」
「お主が想像もできないような褒美がまっておるぞ!」
ドラゴンに見とれてぼっとしていたが、「褒美」の言葉で我に返った。ドラゴンの褒美となると期待できる。それはもうとんでもない量の金銀財宝だろう。いや、もしかしたらドラゴンが秘宝とする伝説級の装備かも…
「はっ、必ずや娘さんをお助けして見せます!」
意気揚々と私は娘が囚われているという洞窟に向かっていった。
「というわけで、言われた洞窟にやって参りました」
ここにドラゴンの娘が囚われているらしい。なぜ城ではなく、この洞窟なのかと思ったが、おそらくドラゴンが娘を奪い返しに来てもここならば周囲に被害が出ないからであろう。
「うわぁ…」
洞窟の中から聖気が溢れ出ている。本来おどろおどろしい雰囲気であるはずの洞窟入り口が神聖な神殿の前にいるかのように、心洗われる場所になっている。しかし、今から戦うであろう相手がこれを放っているのだ。少しも喜べない。今頃後悔が顔を出し始めた。たまには先に立ってはどうかな後悔君?
ここまできたので仕方なく洞窟の中に入ることにした。
「サングラスでも持ってくればよかったな…」
こんな時代にあるのかよ、と思った人は気にしちゃいけない。あるといったらあるのだ!
…私はいったい誰に弁明しているのだ?
それはいいとして、洞窟の様子だが… 明るい、とにかく明るい。外よりも明るく夏の日の陽射しより強烈に私を照らす。魔法のようであるが、この広さの洞窟をこの明るさで照らすなんてよほどの魔力がなければ出来ない。無論俺でもこんな化け物じみた芸当はしない。後悔、お前マジで来んのおせーんだよ。
「……」
さらに濃くなっていく聖気にドラゴンの安否が心配になってくる。こんなところに魔物が長く居ては体にどんな影響が及ぶか分かったものではない。勇者の私ですら毒気を抜かれ、一日一善とかの目標を本気で実行しそうになる。そもそも、さっきまで自分の心配しかしていなかったのに急にドラゴンの心配をし始めた時点で影響は甚大だ。
さらに奥に進み、階段を見つけたので、世界平和と正義について考えながら降りることにする。
「いよいよ帰りたい…」
自分を長年助けてくれた危険信号が、メーターを振り切り爆発しそうだ。階段を下りたそこは人の手で作られた広間の隅であった。床はタイルのようなものが敷き詰められ、壁はレンガのようなもので覆われている。なぜ、「ようなもの」なのか。見た目は確かにタイルでレンガである、しかし、その一つ一つに超高度な魔法防御が掛けられているのだ。鉄を切り裂くドラゴンの爪だろうが全てを灰燼にするバフォメットの魔法だろうが傷一つ付かないだろう。こんなのタイルやレンガどこにあるのだ。
さらに恐ろしいことに、この魔法は持続性がない。つまり、常に魔力を消費しつつ展開しなければ維持できないのだ。大魔導師でもこんな防御魔法10秒も使えない。こんなことが出来るなんて本当に人間なのだろうか…因みに、もう後悔は息してない。
「見るからにまぁ…」
広間の中央に目を遣ると魔方陣が描かれている。見る所これは召還系の魔方陣のようだ。
ある程度広間を進むとトラップとして発動するタイプである。いろいろと回避方法を探ってみるがどれも対策が完璧に施されており解除は困難だ。下手にいじるとさらに凶悪な魔法が発動される仕組みになっている。しかも、わざわざそれが分かりやすいように術式を組んでいる。是が非でも召還させたいようだ。まさに避けては通れない。
「鬼が出るか蛇が出るか…」
諦めて魔方陣に接近する。魔方陣まで10メートルというところで、光り出し何かを召還した。おおよそ見当は付いているが。
「……鬼でも蛇でもなく蜥蜴か」
「誰がトカゲだ無礼者!!」
召還されたのは案の定ドラゴンだった。番人といえばドラゴン、ドラゴンといったら番人、古今東西老若男女の共通認識である。とにかく、目当てのドラゴンを見つけることが出来た。出来たことは出来たのだが…
「なんで真っ白な訳?心労?」
髪から体まで透き通るような白。白雪姫もここまで白くはなかっただろう。気の毒に、恐怖のあまりこんなに白くなってしまうなんて…それでもなお美しく芸術品のような美貌はさすが魔物娘といったところか。
「無視をするな!!体が白いのはこの洞窟にいたせいだ!」
「なるほど…ここの聖気にあてられた訳だ…」
まさか、脱色作用があるとは思いもしなかった。この様子ならきっと食べ物のえぐみやケチャップのシミ、黒くなった乳首にも効果がありそうだ。あったからなんだという話であるが。
「それよりもだ!誰がトカゲだ!誇り高きドラゴンを愚弄する気か!」
変身して叫ぶところは親子そっくりだ。おかげで今日三回目の鼓膜治療である。
「あ〜はい、申し訳ありませんでしたマッシロオオイグアナさん。貴方のお母様からここから助け出すように言われた勇者です」
「貴様はドラゴンをなんだと思っているのだ!!き、貴様だけは八つ裂きにしてくれ…
へ?私を助けに来た?」
真っ赤になって怒っていた白ドラゴンだが素っ頓狂な声を上げて固まっている。
「ほんとに助けに来てくれたのか?」
プルプルと震えながらこちらを見ている。また、よくよく見ると他の子ドラゴンたちよりも体が大きい。特に胸、母ドラゴンほどではないが結構ある。体の大きさから恐らく長女だろうか?
「えぇ、まぁ証拠はないですけどね」
貰い忘れていた。まぁどうにでもなるだろう。
「なっ!!それでどうやって信用しろというのだ!」
「私の目を見ればきっと信用していただけるかと…」
じっと白ドラゴンの目を見る。母ドラゴンと比べるとやや垂れ目気味でどことなく柔らかい印象を受ける。にしても、なんで魔物娘ってこんなにかわいいのだろうか…
ジィ………
「………?」
真剣な表情で私の目を見ている。こいつは本当に分かると思っているのだろうか…?
「ん〜……?」
もっと目を見ようと顔を近づけてくる。端正な顔がさらに近くなり、吐息が顔に掛かる。想像とまったく違った甘くまろやかな口臭に胸がときめく。
え?どんなの想像してたかって?昔のドラゴンは火薬の臭いと血の臭いと胃の荒れたおっさんの息を足して10倍にした感じだったよ。因みにそれは火を吐くドラゴンの話で、氷を吐くドラゴンは火薬の代わりに湿布の臭いが混ざったみたいのだった。
「んんん〜〜〜………?」
もう額同士がくっ付いてお互いの眼しか見えない。本人は至って真面目なようだ。こんなことになるならミントでも噛んで繰ればよかった。
「わからん!」
そりゃそうである。私としてはかなり楽しめたのでよしとする。
「もっと分かりやすい方法を思いついた」
纏っている雰囲気が変わる。ひしひしとこちらを威嚇しているのがわかる。しかし、まだまだドラゴンにしては不十分である。それどころか背伸びをしてようで可愛らしい。
「といいますと?」
「母上が依頼した者ならば、よほどの勇者に違いない。私と手合わせ願おう!!」
「行くぞ!!ドラゴンの力思い知るがい ガツッ! 」
「きゅ〜……」
いきなり飛び掛ってきたが、剣の鞘で頭のてっぺんを殴打するとのびてしまった。
この間0.8秒。私の最短戦闘記録を大幅更新してくれた。少しは相手の出方を窺ったり、力量を探ったりするつもりがなかったのだろうか…
「おい、起きろ」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「ハッ!まだ勝負は着いてな ゴツッ! 」
「あう〜……」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「卑怯者め!起き上がった瞬間を狙うと ドツッ! 」
「ふみゅ〜……」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「まだだ!まだ終わら ガツゴツドツ!!! 」
「う…うぬぅぅ……」
まるで拷問しているようだが仕方ない。起き上がった瞬間に襲い掛かってくるのだ。可哀想に頭にたんこぶが6個重なっている。
「いい加減俺の勝ちでいいですよね?」
「………」
頭を叩きすぎたのだろうか、こちらをじっと見たまま動かない。
「………………」
呼吸も乱れ、顔も上気している。目の焦点もあっているのかわからない。
まずい、やり過ぎたか!? さすがにパッパラパーのまま母親に引き渡せない。どうやってこのパッパラパーを治すか… あ、でもこいつ最初からパーだったし、パッパラが増えただけだし意外にこのままでも大丈夫かも? いやいやいやさすがにそれはまずいかな…?
「………ん〜♪」
「うわ、勝負はもう着いただろうが!」
一人でブツブツ呟いている間に、いつの間にか白ドラゴンが体を引っ付けている。温かくなんとも心地いいがそれどころではない。
「あぁ…完全に私の負けだ。だからお前の子供を私に孕ませてくれ…」
「やった!喋った!そこまでパーじゃなかった! って、ハイ?」
また難聴か。魔法店で補聴器でも買おうかな…。
「私はもうお前のものだ…さぁ思い切り私を犯してく ガツッ! 」
「いったい何が起こってるんだ…?」
こいつが気絶しているうちに回復方法を考えるしかな…
「あう!そういうプレイが好みなら…受け入れよう…さぁ好きなだけ叩くがいい!!」
「もう復活したのか!?」
ハァハァと息を弾ませながら大の字で立っている。さっきまでもパーだったがさらにパーになってしまった。無闇に人を叩くべきではなかったのだといまさらながら後悔している。
「なんでいきなりそういう話になったんだ!?」
「私たちドラゴンは、自分より強いと認めたオスと子作りしたくてしょうがなくなるんだ♥」
「何がもっと分かりやすい方法だ!こうなることを考えてなかったのか!? ていうかオスって言い方やめろ!!」
「あはぁ…すまん、忘れてた♥」
「こんのバカトカゲ!!」
藪から棒どころの騒ぎじゃない。何でいきなり、どうしてこうなった。
「まぁいいじゃないか…さっ…種付けしてくれ」
体の鱗を消しあられもない姿で股を開いて誘惑する。ここでいつもの私なら誘惑に負けてしまっていただろうが、今回は違う。さっきまで普通に話していた奴がいきなり痴女化したのだ、パニックでそれどころではない。
「するか!服を着ろ!」
「着衣プレイが好きか…なかなかいい趣味をしているな…」
「そういう意味じゃないよ!?」
「んむぅ〜じゃあいったい何なんだ? …わかった焦らしプレイだな!?」
「ふふふ…私がもっと乱れる姿を見たいなんて…さすが私の夫だ♥」
「誰が夫だ!」
完全にペースを握られている。このままでは本当に夫にさせれてしまう。
「そうか…私は妻でもないただの性奴隷か…ククク…私のツボをもう理解してくれているとは…嬉しいぞご主人様!」
「畜生!!どうしようもねぇ!」
「もういい!お前の母さん所に帰るぞ!」
「そうか!私の母上に挨拶に行くんだな!母上もきっと認めてくれるさ!」
「………」
もういい、報酬だけ貰ってさっさと帰ろう。とにかくこれで終わったのだ。
『あら?ドラゴンさんと遊んだだけで帰っちゃうの?』
「!!?」
魔方陣が再び輝きだす、今一番会いたくない奴が召還される。
「ごきげんよう」
「よさそうに見えたら眼科にいった方がいいですよ」
華麗なドレス。流星を束ねたように煌びやかな金色の髪。花も恥らう整った顔立ち。どこをとっても魔物娘と遜色ない美しさである。しかし、それらすらも霞む特徴がある。体から漏れている恐ろしいまでの魔力である。女性は本来、周囲から魔力を吸収するものであるはずだ。なぜ漏れ出すほど莫大な魔力を保有しているのか…
それはともかく、白ドラゴンが私の後ろに隠れ震えている。さっきまでのテンションはどうした。
「失礼ですわね。こう見えて私は目がとてもよくてよ? 貴方の正体だってもう見えちゃうほどね」
「それはそれは…眼科ではなく脳外科にいったほうがよさそうですね」
「外科が必要になるのは貴方の後ろにいるドラゴンさんよ?」
「貴方の役目を忘れたのかしら?」
「………」
微かにカチカチと歯の鳴る音が聞こえる。いくらバカとはいえドラゴンがここまで怯えるなんて通常あり得ない姿である。
「どんな役目なんですか?」
「私の婿に相応しい殿方を探すため、彼女に審査員を頼んでいますの」
「審査員?」
「そう!ドラゴンを倒せる殿方ならば私の夫に相応しいでしょう?
だから審査員をお願いしてましたの 死ぬまでね」
後ろに隠れている白ドラゴンを睨みつける。あぁなるほど、これは怖いな。
「それって…ネコに鰹節運搬させるようなことなんじゃ…」
いや、俺もドラゴンのああいう習性初めてしったけどさ。
「いえ、そんなことはありませんわよ。言ったじゃないですか「死ぬまで」って」
彼女から漏れ出す魔力がなくなった。
「 !? 避けろ!!」
とっさに白ドラゴンを抱え後ろに飛び退く。彼女が手を軽く掲げると、さっきまで居た場所がタイルごと消滅している。
「あら、ドラゴンさんのお仕事を終わらせて差し上げようと思ったのに…」
「あ、ヤバイ。こいつはヤバイ。少しは話が通じるかと思ったけど全然無理そうだわ」
全く、ずいぶんお転婆なお姫様のようですね。
「ご主人様…逆になってるぞ?」
「………いいんだよ!どうせ頭のおかしい奴に敬語使ったって仕方ないしな!」
「ずいぶんな言い草ですわね。私も少しだけ傷ついてしまいますわ」
「それに、魔物に肩入れする貴方こそ私から見れば狂人ですわよ?」
「じゃああんたも、もう少し楽な喋り方に換えたらどうだ?」
「いいえ、結構ですわ。これが私の楽な話し方ですの」
「それにもう話す必要もないですもの」
明確な殺意がこちらに向けられる。
「あぁそうかい!それは何よりだ!!」
「魔物の味方をしている時点であなたには慈悲を与える価値もないですわ。せいぜい苦しんでお死になさいませ!」
避けきれない無数の魔力の塊が私たちに殺到する。一つでも食らえば微塵も残らず消滅してしまうだろう。
「そうだな!これからの長い人生、老衰になるまで苦しみぬいて死ななきゃな!!」
足元に転移魔方陣を展開させる。行き先は母ドラゴンの住処だ。
「貴方!!敵に背中を見せる気ですか!?」
「俺はイベント戦でもとりあえず にげる を選ぶほど平和主義者だぜ?お前みたいなやつなんざ相手にしてられるか!」
「あばよ姫さん!次会うときはその性格矯正されてることを願うぜ!」
次に会うときといったが二度と会いたくない。
白ドラゴンを抱きかかえ、魔方陣を発動させる。妨害呪文を大量に掛けられたがそれくらいで打ち消されるほど、弱い魔法ではない。
こうして私たちの体は転移魔法の光に包まれていった。
「はい、ということで帰ってきました。ドラゴンの住処」
転移魔法を妨害する術式をありったけ展開する。少しでも時間を稼がなければ。
「ここに帰って来たのも大分久しぶりな気がするよ。ありがとうご主人様」
興奮して赤くなっていた顔もまた透き通るような白に戻っている。やはり、かわいいのだがさすがにあれを見てしまうとなんだかなぁ…
「なんか落ち着いたみたいだけど、その言い方は変わらないのね」
「もちろん、ご主人様はご主人様だ」
「さぁ!母上に結婚報告だ!」
「おい」
「母上!!ただいま!!」
母の胸に飛び込み抱きついている。
「お帰り…無事で本当によかった…」
それを涙を流しながら受け止めきつく抱きしめている母ドラゴン
「「「姉上〜〜!!」」」
それの周りを大量の子ドラゴンが取り囲んでいる。
他人の俺でもウルッと来るシーンだが、子ドラゴンこんなにいたんかい…
「で、水を差すようだが話があるんです」
子ドラゴンを掻き分けながら、母ドラゴンの前に出る。
「あ!そうです母上!お話しなければならないことがあるのです!」
「お前のは違うから言わなくていいよ」
「え!?そんな!これ以上焦らしプレイなんて耐えられないです、ご主人様♥」
「いったい我になんだと言うのだ」
不思議そうな顔でこちらを見ている。こういう時の顔が親子で非常にそっくりだ。
「依頼を失敗しました」
「私の娘は無事に帰って来た、どこが失敗なのだ?」
「姫の力が強すぎて娘さんを連れて逃げ帰ってきました。直ぐに姫が追ってくるでしょう」
「そんなことか、案ずるな今度は私が居るのだ娘たちだけとは違うよ」
何を言っているのだ幾ら成体のドラゴンと言えどもあれとまともにやり合えるはずがない。親子揃って手の掛かる奴らだ。
「いいえ!あなたでは絶対に勝てません!今すぐ皆を連れて魔界に渡りましょう!!」
「貴様!ドラゴンを馬鹿にしておるのか!娘を助けた恩人とはいえそれ以上は許さぬぞ勇者ァァァ!!」
さすが前魔王時代から生きてきたドラゴンである。ドラゴンの中でもかなりの力を持っているだろう。このドラゴンが持っているプライドは実力で裏打ちされたものである。しかし、それでもあの化け物には勝てない。このままではこいつも娘たちも殺されてしまう。それだけ絶対にさせない。
今回は咆哮で鼓膜は破れなかった。
「は…母上ぇ…」
白ドラゴン含む子ドラゴンたちは急な事態に対応できずおろおろしているだけだ。
「あぁ!!バカにしてるんだよ!!ドラゴンは聞き分けのないバカばっかりだ!!」
本音を言うだけで挑発になるのでとても簡単だ。
「貴ぃぃぃぃ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ その言葉!!後悔するがい ガツッ 」
「きゅ〜……」
「おい、起きろ」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「その程度で私が屈服するとおも ゴツッ 」
「あう〜……」
以下略
「ハッハッ…ご主人さまぁ…」
「…私だけに飽き足らず母上まで性奴隷にしてしまうとはさすが私のご主人様だな…」
「違うぞ、我「たち」のご主人さまだ♪」
「そうですね母上!」
この方法しかないとはいえ…やっちまった感が半端ではない。ただでさえ鬱陶しい痴女が二人になってしまった。俺はもっと健全に付き合いたかったです!!
「………じゃ、俺は魔界に行くけど君たちはどうすんの?」
「「もちろん着いて行くに決まっているだろう!!」」
ハモるな。
「母上と姉上が行くなら当然私たちも一緒に行くよ!」
「というか勇者様は、私たちよりも強い姉上よりも、もっと強い母上よりももっともっと強いんでしょ?」
「あ!!それなら私たちよりも強いってことだよね!」
「「「じゃあ私たちのご主人様でもあるんだね!!」」」
「違うよ!!そんな三段論法認めませんよ私は!!」
「「「ご主人様〜」」」
ぞろぞろと子ドラゴン達が群がってくる。ある種のホラーを感じずには居られない。どこだ?どこで俺は間違えたのだ!!
「もういいめんどくせぇ!さっさと魔界に行くぞ!」
こうして私は、大規模転移魔法を展開させドラゴンの一団共に魔界に向かうのだった。
「かれこれ5年か…」
魔界の魔王城近くに居を構え、妻たちとのんびりとした生活を送っている。
「妻」たちとだ。性奴隷でも肉便器でもない。
結局あの後姫からの追っ手が来ることもなく、至極平和だった。
皆も特に変わらず、元気にやっている。変わったことといえば俺の性癖ぐらいだ。
「あぁ…あっという間であったな」
元母ドラゴンは安楽椅子に座りながら大きくなったお腹を嬉しそうに撫でている。誰の子供かは推して知るべし。
「本当にあっという間でした…きっと幸せな時間だから早く過ぎるんでしょうね」
そういいながら紅茶を持ってきたのは元白ドラゴン、てか今も白ドラゴンは、5年だけだが一部の身体の成長は著しかった。体だけではない。心のほうも成長…といいたいが今も昔もパッパラパーだ。
「紅茶に入れる砂糖を塩と間違っちゃうのも幸せか?」
「あぅ…」
「おかーさんに紅茶頼むからこうなるんだよ」
ひょっこりと白ドラゴンの背中から小さく白いドラゴンが顔出す。今年で4歳になる娘だ。4歳にしてはしっかりしていると、親馬鹿ではないが自負している。白ドラゴンの言葉遣いが変わったのもこの子が生まれたからだ。出来る限り高圧的な言葉遣いはしないようにするため、だそうだ。後、母上と被るからと言ってたな。
「「「あなた〜」」」
とてとてと元子ドラゴン達も集まってくる。最初は誰が誰だか皆目検討がつかなかったが今では全員名前と特徴と性癖を空で言うことができる。
いつのまにやら全員集合している。それだけならいいのだが全員から熱っぽい視線が飛んでくる。この状態はまずい!
「ねぇ貴方…皆今日の仕事は終わっちゃったみたいですよ…」
白ドラゴンがにじり寄って来る
「あ、あぁ…そうみたいだな」
後ろに後ずさるが元母ドラゴンに背中から抱きつかれる。
「じゃ、今度はお主が仕事をする番だな」
両腕を子ドラゴン達に絡まれる。
「「「ノルマは全員に10回ずつね〜」」」
「い…いやぁぁぁぁぁぁあぁ」
この悲鳴は嬉しい悲鳴ということにしておく。
終わり
お決まりの台詞である。なんらおかしくない。囚われの子を助けるために勇者に頼るのは至極当然だ。唯一つ違和感を覚える点があるとすれば、頭を下げているのがドラゴンであるという点か。
「はァ」
自分でもずいぶん間抜けな声が出たと思う。意味が分からない。ドラゴンの子を攫うなんて正気の沙汰ではない、どこかの身の程知らずのアホ勇者だろうか?
とにかく詳しく話を聞くことにする。
「我が住処を離れている間に娘の一人がトムラーダ城の姫によって攫われてしまったのだ。お前の手で悪しき姫を倒し我が娘を助けてやってくれ」
「ハァ?」
聞き間違いだろうか。私は耳が良いほうだと思っていたがこの年で難聴のようだ。きっと、娘が姫を攫ってしまったが、乱暴な勇者に襲われると危ないから、比較的魔物に理解のある私が手心を加えて、娘を倒しに行けとかそういう意味だろう。
「我が娘がトムラーダの姫に攫われたから姫を倒し娘を助けてくれ」
「もう一度お願いします」
難聴が気付かぬうちにかなり進行していたみたいだ。まったく別の意味に聞こえてしまっている。これでは姫を倒してドラゴンを助けるみたいではないか。
「だから! 姫を倒し我が子を助けろと言っているのだ!!」
ご丁寧に前時代の姿で仰ってくださりありがとうござます。よ〜く聞こえました。
…耳から血が出るほどな。こっそり治癒魔法で鼓膜を直したがまだ耳鳴りが酷い。
「娘さんがトムラーダの姫に攫われたと…そういうことですか」
「何度も言わせるでない」
「それは失礼しました。ですが、なぜご自身で娘さんを助けに行かないのですか?」
お前が行けば万事解決だろうに、こういう大事な事を人に任せるからどこの悪役もやられてしまうのだ。…とは言えない。怖いもんドラゴン。
「それが出来れば苦労せぬわ!!」
いちいち元の姿に戻らないと叫べないのか。お前の咆哮はスタンだけじゃ済まないんだよ。ダメージもしっかり入ってるの。また鼓膜を直さなければならない。
「姫が我が娘を捕らえたことによりトムラーダはもちろん、その周辺の国までも我が住処を攻め落とそうと画策しておる。ここにはまだ一人立ちできぬ我が子たちがいるのだ。動くことなどできぬ」
確かに洞窟の奥のほうで小さいのが何匹かこちらを覗いている。これが全て成体になったらと思うと… 今の時代になってよかったとつくづく感じる。
「失礼ですが旦那様はどちらに?」
かなりプライベートな話だがやるからには、気になる点は全部聞いておかないと気が済まない。
「皆、代替わり前の子だ」
代替わり前って…何年経ったと思っているんだ。それであれしか成長してないとは…ドラゴンの寿命はいったいいくらなのだろうか。
「もう一つ気になるのですが、なぜその子だけ連れて行かれて他の子は無事なんですか?」
「無事ではなかったわ…私が帰ってきた時には皆虫の息であった… 話を聞くと、急に襲い掛かられ、ろくに抵抗も出来ずにやられてしまったらしい。戦いの仕方は抜かりなく教えていたが…この様だ」
「姫一人にですか!?」
「姫一人に だ」
つまり、幼いと言えども無類の強さを誇るドラゴンの群れを抵抗を受けずににボコボコにしたと
一国のお姫さまが …何かの間違いではないか
「そ…そもそもなぜ姫の仕業だと…」
「我が子は皆体は小さいがすでにお前の倍は生きておる。並みの勇者であれば一人ででも追い払える実力をもっておる。それを簡単に負かすこと出来るのは、この国ではあの姫しかおらぬわ」
「そんなに強いんですか…?」
「この大陸一帯に名が知れ渡っているほどな」
確かに噂でとんでもなく強い姫がいると聞いてはいたがまさかそいつとは…
嫌な汗が垂れてくる。
「最後にもう一つ質問、なぜ私なのですか?」
私じゃなくても良いなら、他の人に代わってもらおう。ていうか代わって欲しい。
「お主の武勇伝は我が耳にも入っておる。それに我の咆哮に動じぬ胆力やその隙のない佇まいを見ても高い実力があるのは見てわかる。これはそんなお主にしか頼めぬことだなのだ」
べた褒めだが、この状況では全く嬉しくない。昔は名が挙がって喜んでいた時期もあったが、魔物も人も関係なく依頼を受けていたので名声が高くなるにつれて、教団に狙われ、魔物にも目を付けられて、とさんざんな目に遭っている。襲ってくる盗賊団もなぜか名声に比例して強くなっている気がする。
「なるほど、理由は分かりました。人間にしろ魔物にしろ子が攫われて心配しない者は居ませんからね。任せてください。必ずや貴方の子供を助け出して見せましょう」
本当は行きたくもないし逃げ出したいが、断れば恐らくこの場で昼ご飯、約束を破って逃げ出しても速攻で捕まえられて晩御飯だ。生的な意味で。
それに今言ったことは本心でもある。プライドの塊のドラゴンがこうして頼み込んでいるのだ、出来る限りのことはしてやりたい。
「受けてくれるか感謝する勇者…」
嬉しそうに微笑むドラゴンをよく見ると、目に涙が溜まっている。よほど心配なのだろう。…先ほどまでは鋭い眼光と威圧感のせいで思わなかったが、こうやってまじまじと見ると、非常に整った顔立ちと容姿であることがわかる。後ろで嬉しそうに笑い合っている子ドラゴン達も同様である。本当に今の時代になってよかったと思う。
「褒美については楽しみにしているがよい」
「お主が想像もできないような褒美がまっておるぞ!」
ドラゴンに見とれてぼっとしていたが、「褒美」の言葉で我に返った。ドラゴンの褒美となると期待できる。それはもうとんでもない量の金銀財宝だろう。いや、もしかしたらドラゴンが秘宝とする伝説級の装備かも…
「はっ、必ずや娘さんをお助けして見せます!」
意気揚々と私は娘が囚われているという洞窟に向かっていった。
「というわけで、言われた洞窟にやって参りました」
ここにドラゴンの娘が囚われているらしい。なぜ城ではなく、この洞窟なのかと思ったが、おそらくドラゴンが娘を奪い返しに来てもここならば周囲に被害が出ないからであろう。
「うわぁ…」
洞窟の中から聖気が溢れ出ている。本来おどろおどろしい雰囲気であるはずの洞窟入り口が神聖な神殿の前にいるかのように、心洗われる場所になっている。しかし、今から戦うであろう相手がこれを放っているのだ。少しも喜べない。今頃後悔が顔を出し始めた。たまには先に立ってはどうかな後悔君?
ここまできたので仕方なく洞窟の中に入ることにした。
「サングラスでも持ってくればよかったな…」
こんな時代にあるのかよ、と思った人は気にしちゃいけない。あるといったらあるのだ!
…私はいったい誰に弁明しているのだ?
それはいいとして、洞窟の様子だが… 明るい、とにかく明るい。外よりも明るく夏の日の陽射しより強烈に私を照らす。魔法のようであるが、この広さの洞窟をこの明るさで照らすなんてよほどの魔力がなければ出来ない。無論俺でもこんな化け物じみた芸当はしない。後悔、お前マジで来んのおせーんだよ。
「……」
さらに濃くなっていく聖気にドラゴンの安否が心配になってくる。こんなところに魔物が長く居ては体にどんな影響が及ぶか分かったものではない。勇者の私ですら毒気を抜かれ、一日一善とかの目標を本気で実行しそうになる。そもそも、さっきまで自分の心配しかしていなかったのに急にドラゴンの心配をし始めた時点で影響は甚大だ。
さらに奥に進み、階段を見つけたので、世界平和と正義について考えながら降りることにする。
「いよいよ帰りたい…」
自分を長年助けてくれた危険信号が、メーターを振り切り爆発しそうだ。階段を下りたそこは人の手で作られた広間の隅であった。床はタイルのようなものが敷き詰められ、壁はレンガのようなもので覆われている。なぜ、「ようなもの」なのか。見た目は確かにタイルでレンガである、しかし、その一つ一つに超高度な魔法防御が掛けられているのだ。鉄を切り裂くドラゴンの爪だろうが全てを灰燼にするバフォメットの魔法だろうが傷一つ付かないだろう。こんなのタイルやレンガどこにあるのだ。
さらに恐ろしいことに、この魔法は持続性がない。つまり、常に魔力を消費しつつ展開しなければ維持できないのだ。大魔導師でもこんな防御魔法10秒も使えない。こんなことが出来るなんて本当に人間なのだろうか…因みに、もう後悔は息してない。
「見るからにまぁ…」
広間の中央に目を遣ると魔方陣が描かれている。見る所これは召還系の魔方陣のようだ。
ある程度広間を進むとトラップとして発動するタイプである。いろいろと回避方法を探ってみるがどれも対策が完璧に施されており解除は困難だ。下手にいじるとさらに凶悪な魔法が発動される仕組みになっている。しかも、わざわざそれが分かりやすいように術式を組んでいる。是が非でも召還させたいようだ。まさに避けては通れない。
「鬼が出るか蛇が出るか…」
諦めて魔方陣に接近する。魔方陣まで10メートルというところで、光り出し何かを召還した。おおよそ見当は付いているが。
「……鬼でも蛇でもなく蜥蜴か」
「誰がトカゲだ無礼者!!」
召還されたのは案の定ドラゴンだった。番人といえばドラゴン、ドラゴンといったら番人、古今東西老若男女の共通認識である。とにかく、目当てのドラゴンを見つけることが出来た。出来たことは出来たのだが…
「なんで真っ白な訳?心労?」
髪から体まで透き通るような白。白雪姫もここまで白くはなかっただろう。気の毒に、恐怖のあまりこんなに白くなってしまうなんて…それでもなお美しく芸術品のような美貌はさすが魔物娘といったところか。
「無視をするな!!体が白いのはこの洞窟にいたせいだ!」
「なるほど…ここの聖気にあてられた訳だ…」
まさか、脱色作用があるとは思いもしなかった。この様子ならきっと食べ物のえぐみやケチャップのシミ、黒くなった乳首にも効果がありそうだ。あったからなんだという話であるが。
「それよりもだ!誰がトカゲだ!誇り高きドラゴンを愚弄する気か!」
変身して叫ぶところは親子そっくりだ。おかげで今日三回目の鼓膜治療である。
「あ〜はい、申し訳ありませんでしたマッシロオオイグアナさん。貴方のお母様からここから助け出すように言われた勇者です」
「貴様はドラゴンをなんだと思っているのだ!!き、貴様だけは八つ裂きにしてくれ…
へ?私を助けに来た?」
真っ赤になって怒っていた白ドラゴンだが素っ頓狂な声を上げて固まっている。
「ほんとに助けに来てくれたのか?」
プルプルと震えながらこちらを見ている。また、よくよく見ると他の子ドラゴンたちよりも体が大きい。特に胸、母ドラゴンほどではないが結構ある。体の大きさから恐らく長女だろうか?
「えぇ、まぁ証拠はないですけどね」
貰い忘れていた。まぁどうにでもなるだろう。
「なっ!!それでどうやって信用しろというのだ!」
「私の目を見ればきっと信用していただけるかと…」
じっと白ドラゴンの目を見る。母ドラゴンと比べるとやや垂れ目気味でどことなく柔らかい印象を受ける。にしても、なんで魔物娘ってこんなにかわいいのだろうか…
ジィ………
「………?」
真剣な表情で私の目を見ている。こいつは本当に分かると思っているのだろうか…?
「ん〜……?」
もっと目を見ようと顔を近づけてくる。端正な顔がさらに近くなり、吐息が顔に掛かる。想像とまったく違った甘くまろやかな口臭に胸がときめく。
え?どんなの想像してたかって?昔のドラゴンは火薬の臭いと血の臭いと胃の荒れたおっさんの息を足して10倍にした感じだったよ。因みにそれは火を吐くドラゴンの話で、氷を吐くドラゴンは火薬の代わりに湿布の臭いが混ざったみたいのだった。
「んんん〜〜〜………?」
もう額同士がくっ付いてお互いの眼しか見えない。本人は至って真面目なようだ。こんなことになるならミントでも噛んで繰ればよかった。
「わからん!」
そりゃそうである。私としてはかなり楽しめたのでよしとする。
「もっと分かりやすい方法を思いついた」
纏っている雰囲気が変わる。ひしひしとこちらを威嚇しているのがわかる。しかし、まだまだドラゴンにしては不十分である。それどころか背伸びをしてようで可愛らしい。
「といいますと?」
「母上が依頼した者ならば、よほどの勇者に違いない。私と手合わせ願おう!!」
「行くぞ!!ドラゴンの力思い知るがい ガツッ! 」
「きゅ〜……」
いきなり飛び掛ってきたが、剣の鞘で頭のてっぺんを殴打するとのびてしまった。
この間0.8秒。私の最短戦闘記録を大幅更新してくれた。少しは相手の出方を窺ったり、力量を探ったりするつもりがなかったのだろうか…
「おい、起きろ」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「ハッ!まだ勝負は着いてな ゴツッ! 」
「あう〜……」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「卑怯者め!起き上がった瞬間を狙うと ドツッ! 」
「ふみゅ〜……」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「まだだ!まだ終わら ガツゴツドツ!!! 」
「う…うぬぅぅ……」
まるで拷問しているようだが仕方ない。起き上がった瞬間に襲い掛かってくるのだ。可哀想に頭にたんこぶが6個重なっている。
「いい加減俺の勝ちでいいですよね?」
「………」
頭を叩きすぎたのだろうか、こちらをじっと見たまま動かない。
「………………」
呼吸も乱れ、顔も上気している。目の焦点もあっているのかわからない。
まずい、やり過ぎたか!? さすがにパッパラパーのまま母親に引き渡せない。どうやってこのパッパラパーを治すか… あ、でもこいつ最初からパーだったし、パッパラが増えただけだし意外にこのままでも大丈夫かも? いやいやいやさすがにそれはまずいかな…?
「………ん〜♪」
「うわ、勝負はもう着いただろうが!」
一人でブツブツ呟いている間に、いつの間にか白ドラゴンが体を引っ付けている。温かくなんとも心地いいがそれどころではない。
「あぁ…完全に私の負けだ。だからお前の子供を私に孕ませてくれ…」
「やった!喋った!そこまでパーじゃなかった! って、ハイ?」
また難聴か。魔法店で補聴器でも買おうかな…。
「私はもうお前のものだ…さぁ思い切り私を犯してく ガツッ! 」
「いったい何が起こってるんだ…?」
こいつが気絶しているうちに回復方法を考えるしかな…
「あう!そういうプレイが好みなら…受け入れよう…さぁ好きなだけ叩くがいい!!」
「もう復活したのか!?」
ハァハァと息を弾ませながら大の字で立っている。さっきまでもパーだったがさらにパーになってしまった。無闇に人を叩くべきではなかったのだといまさらながら後悔している。
「なんでいきなりそういう話になったんだ!?」
「私たちドラゴンは、自分より強いと認めたオスと子作りしたくてしょうがなくなるんだ♥」
「何がもっと分かりやすい方法だ!こうなることを考えてなかったのか!? ていうかオスって言い方やめろ!!」
「あはぁ…すまん、忘れてた♥」
「こんのバカトカゲ!!」
藪から棒どころの騒ぎじゃない。何でいきなり、どうしてこうなった。
「まぁいいじゃないか…さっ…種付けしてくれ」
体の鱗を消しあられもない姿で股を開いて誘惑する。ここでいつもの私なら誘惑に負けてしまっていただろうが、今回は違う。さっきまで普通に話していた奴がいきなり痴女化したのだ、パニックでそれどころではない。
「するか!服を着ろ!」
「着衣プレイが好きか…なかなかいい趣味をしているな…」
「そういう意味じゃないよ!?」
「んむぅ〜じゃあいったい何なんだ? …わかった焦らしプレイだな!?」
「ふふふ…私がもっと乱れる姿を見たいなんて…さすが私の夫だ♥」
「誰が夫だ!」
完全にペースを握られている。このままでは本当に夫にさせれてしまう。
「そうか…私は妻でもないただの性奴隷か…ククク…私のツボをもう理解してくれているとは…嬉しいぞご主人様!」
「畜生!!どうしようもねぇ!」
「もういい!お前の母さん所に帰るぞ!」
「そうか!私の母上に挨拶に行くんだな!母上もきっと認めてくれるさ!」
「………」
もういい、報酬だけ貰ってさっさと帰ろう。とにかくこれで終わったのだ。
『あら?ドラゴンさんと遊んだだけで帰っちゃうの?』
「!!?」
魔方陣が再び輝きだす、今一番会いたくない奴が召還される。
「ごきげんよう」
「よさそうに見えたら眼科にいった方がいいですよ」
華麗なドレス。流星を束ねたように煌びやかな金色の髪。花も恥らう整った顔立ち。どこをとっても魔物娘と遜色ない美しさである。しかし、それらすらも霞む特徴がある。体から漏れている恐ろしいまでの魔力である。女性は本来、周囲から魔力を吸収するものであるはずだ。なぜ漏れ出すほど莫大な魔力を保有しているのか…
それはともかく、白ドラゴンが私の後ろに隠れ震えている。さっきまでのテンションはどうした。
「失礼ですわね。こう見えて私は目がとてもよくてよ? 貴方の正体だってもう見えちゃうほどね」
「それはそれは…眼科ではなく脳外科にいったほうがよさそうですね」
「外科が必要になるのは貴方の後ろにいるドラゴンさんよ?」
「貴方の役目を忘れたのかしら?」
「………」
微かにカチカチと歯の鳴る音が聞こえる。いくらバカとはいえドラゴンがここまで怯えるなんて通常あり得ない姿である。
「どんな役目なんですか?」
「私の婿に相応しい殿方を探すため、彼女に審査員を頼んでいますの」
「審査員?」
「そう!ドラゴンを倒せる殿方ならば私の夫に相応しいでしょう?
だから審査員をお願いしてましたの 死ぬまでね」
後ろに隠れている白ドラゴンを睨みつける。あぁなるほど、これは怖いな。
「それって…ネコに鰹節運搬させるようなことなんじゃ…」
いや、俺もドラゴンのああいう習性初めてしったけどさ。
「いえ、そんなことはありませんわよ。言ったじゃないですか「死ぬまで」って」
彼女から漏れ出す魔力がなくなった。
「 !? 避けろ!!」
とっさに白ドラゴンを抱え後ろに飛び退く。彼女が手を軽く掲げると、さっきまで居た場所がタイルごと消滅している。
「あら、ドラゴンさんのお仕事を終わらせて差し上げようと思ったのに…」
「あ、ヤバイ。こいつはヤバイ。少しは話が通じるかと思ったけど全然無理そうだわ」
全く、ずいぶんお転婆なお姫様のようですね。
「ご主人様…逆になってるぞ?」
「………いいんだよ!どうせ頭のおかしい奴に敬語使ったって仕方ないしな!」
「ずいぶんな言い草ですわね。私も少しだけ傷ついてしまいますわ」
「それに、魔物に肩入れする貴方こそ私から見れば狂人ですわよ?」
「じゃああんたも、もう少し楽な喋り方に換えたらどうだ?」
「いいえ、結構ですわ。これが私の楽な話し方ですの」
「それにもう話す必要もないですもの」
明確な殺意がこちらに向けられる。
「あぁそうかい!それは何よりだ!!」
「魔物の味方をしている時点であなたには慈悲を与える価値もないですわ。せいぜい苦しんでお死になさいませ!」
避けきれない無数の魔力の塊が私たちに殺到する。一つでも食らえば微塵も残らず消滅してしまうだろう。
「そうだな!これからの長い人生、老衰になるまで苦しみぬいて死ななきゃな!!」
足元に転移魔方陣を展開させる。行き先は母ドラゴンの住処だ。
「貴方!!敵に背中を見せる気ですか!?」
「俺はイベント戦でもとりあえず にげる を選ぶほど平和主義者だぜ?お前みたいなやつなんざ相手にしてられるか!」
「あばよ姫さん!次会うときはその性格矯正されてることを願うぜ!」
次に会うときといったが二度と会いたくない。
白ドラゴンを抱きかかえ、魔方陣を発動させる。妨害呪文を大量に掛けられたがそれくらいで打ち消されるほど、弱い魔法ではない。
こうして私たちの体は転移魔法の光に包まれていった。
「はい、ということで帰ってきました。ドラゴンの住処」
転移魔法を妨害する術式をありったけ展開する。少しでも時間を稼がなければ。
「ここに帰って来たのも大分久しぶりな気がするよ。ありがとうご主人様」
興奮して赤くなっていた顔もまた透き通るような白に戻っている。やはり、かわいいのだがさすがにあれを見てしまうとなんだかなぁ…
「なんか落ち着いたみたいだけど、その言い方は変わらないのね」
「もちろん、ご主人様はご主人様だ」
「さぁ!母上に結婚報告だ!」
「おい」
「母上!!ただいま!!」
母の胸に飛び込み抱きついている。
「お帰り…無事で本当によかった…」
それを涙を流しながら受け止めきつく抱きしめている母ドラゴン
「「「姉上〜〜!!」」」
それの周りを大量の子ドラゴンが取り囲んでいる。
他人の俺でもウルッと来るシーンだが、子ドラゴンこんなにいたんかい…
「で、水を差すようだが話があるんです」
子ドラゴンを掻き分けながら、母ドラゴンの前に出る。
「あ!そうです母上!お話しなければならないことがあるのです!」
「お前のは違うから言わなくていいよ」
「え!?そんな!これ以上焦らしプレイなんて耐えられないです、ご主人様♥」
「いったい我になんだと言うのだ」
不思議そうな顔でこちらを見ている。こういう時の顔が親子で非常にそっくりだ。
「依頼を失敗しました」
「私の娘は無事に帰って来た、どこが失敗なのだ?」
「姫の力が強すぎて娘さんを連れて逃げ帰ってきました。直ぐに姫が追ってくるでしょう」
「そんなことか、案ずるな今度は私が居るのだ娘たちだけとは違うよ」
何を言っているのだ幾ら成体のドラゴンと言えどもあれとまともにやり合えるはずがない。親子揃って手の掛かる奴らだ。
「いいえ!あなたでは絶対に勝てません!今すぐ皆を連れて魔界に渡りましょう!!」
「貴様!ドラゴンを馬鹿にしておるのか!娘を助けた恩人とはいえそれ以上は許さぬぞ勇者ァァァ!!」
さすが前魔王時代から生きてきたドラゴンである。ドラゴンの中でもかなりの力を持っているだろう。このドラゴンが持っているプライドは実力で裏打ちされたものである。しかし、それでもあの化け物には勝てない。このままではこいつも娘たちも殺されてしまう。それだけ絶対にさせない。
今回は咆哮で鼓膜は破れなかった。
「は…母上ぇ…」
白ドラゴン含む子ドラゴンたちは急な事態に対応できずおろおろしているだけだ。
「あぁ!!バカにしてるんだよ!!ドラゴンは聞き分けのないバカばっかりだ!!」
本音を言うだけで挑発になるのでとても簡単だ。
「貴ぃぃぃぃ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ その言葉!!後悔するがい ガツッ 」
「きゅ〜……」
「おい、起きろ」
のびているドラゴンに魔法できつけを行う。
「その程度で私が屈服するとおも ゴツッ 」
「あう〜……」
以下略
「ハッハッ…ご主人さまぁ…」
「…私だけに飽き足らず母上まで性奴隷にしてしまうとはさすが私のご主人様だな…」
「違うぞ、我「たち」のご主人さまだ♪」
「そうですね母上!」
この方法しかないとはいえ…やっちまった感が半端ではない。ただでさえ鬱陶しい痴女が二人になってしまった。俺はもっと健全に付き合いたかったです!!
「………じゃ、俺は魔界に行くけど君たちはどうすんの?」
「「もちろん着いて行くに決まっているだろう!!」」
ハモるな。
「母上と姉上が行くなら当然私たちも一緒に行くよ!」
「というか勇者様は、私たちよりも強い姉上よりも、もっと強い母上よりももっともっと強いんでしょ?」
「あ!!それなら私たちよりも強いってことだよね!」
「「「じゃあ私たちのご主人様でもあるんだね!!」」」
「違うよ!!そんな三段論法認めませんよ私は!!」
「「「ご主人様〜」」」
ぞろぞろと子ドラゴン達が群がってくる。ある種のホラーを感じずには居られない。どこだ?どこで俺は間違えたのだ!!
「もういいめんどくせぇ!さっさと魔界に行くぞ!」
こうして私は、大規模転移魔法を展開させドラゴンの一団共に魔界に向かうのだった。
「かれこれ5年か…」
魔界の魔王城近くに居を構え、妻たちとのんびりとした生活を送っている。
「妻」たちとだ。性奴隷でも肉便器でもない。
結局あの後姫からの追っ手が来ることもなく、至極平和だった。
皆も特に変わらず、元気にやっている。変わったことといえば俺の性癖ぐらいだ。
「あぁ…あっという間であったな」
元母ドラゴンは安楽椅子に座りながら大きくなったお腹を嬉しそうに撫でている。誰の子供かは推して知るべし。
「本当にあっという間でした…きっと幸せな時間だから早く過ぎるんでしょうね」
そういいながら紅茶を持ってきたのは元白ドラゴン、てか今も白ドラゴンは、5年だけだが一部の身体の成長は著しかった。体だけではない。心のほうも成長…といいたいが今も昔もパッパラパーだ。
「紅茶に入れる砂糖を塩と間違っちゃうのも幸せか?」
「あぅ…」
「おかーさんに紅茶頼むからこうなるんだよ」
ひょっこりと白ドラゴンの背中から小さく白いドラゴンが顔出す。今年で4歳になる娘だ。4歳にしてはしっかりしていると、親馬鹿ではないが自負している。白ドラゴンの言葉遣いが変わったのもこの子が生まれたからだ。出来る限り高圧的な言葉遣いはしないようにするため、だそうだ。後、母上と被るからと言ってたな。
「「「あなた〜」」」
とてとてと元子ドラゴン達も集まってくる。最初は誰が誰だか皆目検討がつかなかったが今では全員名前と特徴と性癖を空で言うことができる。
いつのまにやら全員集合している。それだけならいいのだが全員から熱っぽい視線が飛んでくる。この状態はまずい!
「ねぇ貴方…皆今日の仕事は終わっちゃったみたいですよ…」
白ドラゴンがにじり寄って来る
「あ、あぁ…そうみたいだな」
後ろに後ずさるが元母ドラゴンに背中から抱きつかれる。
「じゃ、今度はお主が仕事をする番だな」
両腕を子ドラゴン達に絡まれる。
「「「ノルマは全員に10回ずつね〜」」」
「い…いやぁぁぁぁぁぁあぁ」
この悲鳴は嬉しい悲鳴ということにしておく。
終わり
15/11/25 00:28更新 / ヤルダケヤル