らしくないマンティコアとらしい勇者
「あいびりぶいんざも〜にさ〜ん♪」テシテシ
マンティコアのメコレは、いつもの様に森の中をぶらぶらと男探し・・・もとい散歩をしている。天気も良くなんだか気分がいいらしく鼻歌をし始めた。そして、思いのほか気分が乗ったようで、尻尾でリズムを執り、持ってきた如雨露を振り回しながらの熱唱に変わっていった。
「ゆ〜めいせいあむあふ〜る♪」クルクル
遂には、ミュージカル風に自分をプロデュース開始、わざとらしくスキップしてみたり、ありもしないカメラアングルに気を遣いながら手を広げて回ってみたり木にぶら下がってみたり。
「ゆきゃんこるみぽりあなせい♪・・・あう!!」ボキッ
調子に乗って木の枝にぶら下がった結果、枝は根元から折れてメコレはしたたかにお尻を打ち付けた。しばらくその場で間の抜けた苦悶の声を上げてのたうち回っていたが、少しすると素知らぬ顔で立ち上がり体についた埃を払うとまた散歩に戻った。
―――
――
―
「メコレお姉ちゃん〜!」
自分の名を呼ばれたメコレが後ろを振り向くと、笑顔で手を振りながらこちらに向かってくるワーウルフの姿が見えた。
「よお、ルプ。今日も元気そうだな〜でも、あんまりはしゃいで怪我しないように・・・じゃなかった。
・・・フン、全く五月蠅いのに会っちまったぜ」
笑顔で手を振りかえし、駆け寄ってきたワーウルフの少女の頭を撫でていると、はっとした表情で両手を組みしかめ面になった。
「こんにちわん!!」
特にそれを気に留めることもなく、ワーウルフの少女、ルプスは元気よく頭を下げた。
「何か用か、俺は静かに散歩したいのだが?」
つっけんどんに言い放ち、そのまま無視して歩き出す。その後をワーウルフが笑顔を崩さぬまま楽しそうに付いていく。
「実は昨日ね!シューさんのねー!あ、シューさんは『ひネズミ』なの!強いの!その人がね!あのね!えっとね!こうびゅんびゅんってしてるのみたの!」
ルプスは大袈裟な身振り手振りを交えて、火鼠のシューが昨日彼女に拳術の演武を見せたことを拙いながらも一所懸命に説明した。
「ああ、シューさんか!俺もこの前見たぜ、凄かったよな!パンチするたびにびゅっびゅっ!て音がして!離れてみてた俺のところにまで空気が飛んでくるのが分かったもん!」
腕を組んでツンとしていたのは最初だけで、すぐに自然とルプスと同じ目線までしゃがみ込んで行き、最終的には一緒になって盛り上がり始めた。
「うんーとってもすごかったの!」
「今度はいつ来るんだろうな、楽しみ・・・・・・じゃない!
・・・あんなの大したことないぜ。俺の方があれの10倍強いね」
にこやかに談笑している自分に気づき、すぐにまた腕を組んで難しい表情に戻したが先ほどまで笑っていた顔を無理やり変えたので、なかなかに間抜けな顔になってしまっている。
「えーほんとー?」
「俺を誰だと思っているんだ?」
「変だけど優しいイヌ科寄りのお姉ちゃん」
「違う!マンティコアだマ ン テ ィ コ ア !それに変じゃないし優しくもなくてイヌ科要素もないの!」
握り拳を胸の前におき膨れ面で、大人げなくワーウルフに抗議している。
「そうかなー?」
「そうだ!もう!不愉快だからさっさとどこか行けよ!
俺はお前みたいに暇じゃないんだから!」
嘘である。むちゃくちゃ暇である。
「はーい!じゃあまたね!メコレお姉ちゃん!」
後ろ手に手を振りながら来た道を風の様に走っていった。
「拳法かぁ・・・」
見送った後にぼそりと独り言ちて、またふらふらと歩き始めた。
―――
――
―
「シュッシュッ!」
今度は闇雲に拳を振り回し、体と尻尾を左右に揺らしながら森を徘徊している。
「ていっ!ていっ!」
全く知りもしないのに、霧の国の火鼠がやっていた演武の真似事で、上段蹴りや正拳突きらしきものを放っているがどこか締まらない。だが、本人はかなり満足そうに手足を動かしている。
「はぁっ!せい!・・・あう!・・・ど、どうだあ!」
最後に回し蹴りを木に叩き込むが、蹴り慣れていない上にすねの裏で木を思い切り蹴ってしまった。じんじんと足が痛み目の端に涙が溜まっているが、今思いついた決め台詞を言うまでは我慢するつもりのようだ。
「ふ・・・ふふふ、隠れているのは分かっている!今きさまに見せたのはほんの余興に過ぎない!
命が惜しくなければ出て来い!このマンティコアのメコレが真の力を見せてやるぜ!」
もちろん、誰かがいるなどと思ってはいない。その場のノリと勢いだけである。
「ほう、分かったか。お前がここらを根城にしているマンティコアだな?」
「フハハハン!!やはり俺に臆して逃げ出したようだな・・・
って、だ、誰だお前!?」
茂みの中から鎧を付けた男が音もなく現れた。全く予想もしていなかった事態にメコレは完全にパニック状態に陥っている。
「俺はスティス・アグニー。近くの村からマンティコアが出ると聞いてここに来た勇者だ」
「勇者!?」
「ああ、そうだ」
「そ、そう・・・その勇者様が俺に何の用だ?」
腕を組み、ぎこちなくも不敵な笑顔を作り、魔獣マンティコアとしての最低限の威厳を演出している。
「いや、あまり居そうにない所にマンティコアがいるらしいんで気になってな」
「俺がどこに住んでいようが、お前たち人間には関係ないよな?」
自分たちって普通どこに住んでるんだろうと、心の中で首を傾げているが表情には出さないように気を付けている。
「それもそうだな。実際マンティコアにお目にかかるのは今回が初めてだし、本の知識のみでお前らの生態を知ることは出来んしな、森に棲んでもいいのかもしれん。
だが、ここは主神の恵みを受けた地・・・お前たちに言わせれば反魔物領なわけだ。そんな所でお前のような上位の魔物がうろつかれるとこちらも困る。」
「上位の魔物だなんて・・・」テレテレ
褒められたと思うと素直に反応してしまう。体は正直なのだ。
「それに、村人たちはお前らマンティコアは特に凶暴で残忍で人を食うと教えられていて、ひどく怯えている。まあ勝手に怯えて勝手に憔悴しているだけだが・・・察してやってくれ」
「それは「ああ、分かっている。お前ら魔物が人間の肉を食うことも痛めつけたりしないこともよ〜く知っている」
話を遮って勇者が喋りだす。どうやらすっかり魔物の生態を熟知しているらしい。
「いや、その「長い間勇者やってきたが、人を殺生する魔物には出会ったこともない。「なあ、その」今まで一度もだぞ?村を襲ったオークやゴブリンにしても、邪教に勧誘する魔女にしてもだ。「ねえ?」ドラゴンに攫われた騎士を助けに行ったら攫ったドラゴンと盛ってる最中だったときはどうしてやろうかと・・・くそっ!
まあいい・・・今回俺が来たのは交渉だ。悪いがもっと森の深い所に行くか別のところに移って欲しいだけだ。タダでとは言わん。それなりの金か男を見繕ってやる」
どこか投げやりな言い方で、自分がここに来た目的を明かした。
「それで、お前はどちらに・・・「話を聞け!!」
メコレが大声を出してけん制すると、勇者はさして動じた様子はないがぴたりと話しを止める。
「うむ、なんだ」
「マンティコアは人を食べるぞ」
「ハア・・・性的にな、とか付け加えるんだろ。もうわかってんだ、こっちは」
呆れたように首を横に振って溜息をつく。
「食べるよ!食べるって言ったら食べるの!」
ムキになって少し素が出てしまう。
「ほう・・・」
今まで興味なさげにメコレを見ていたスティスであったが、この言葉聞いて目つきが変わった。
「ふふ、勇者が平和ボケとはお笑いだぜ」
この差異を見逃さなかったメコレはこれを動揺と判断した。未知数の力を持つ勇者に警戒していたが、自分が喰われると聞いて怯えていることが分かれば、なんという事もない、恰好の獲物である。気取られぬように徐々に尻尾の先を勇者に合わせ針を逆立てた。
「平和ボケしたのは俺だけじゃなくて、世界全てかもな・・・
・・・もう一度聞くが、本当に人を食うんだな?」
少しだけ期待しているような声色でメコレに訊ねる。剣を携えているが、腕は無気力に垂らしたまま、鎧も針が貫けぬほど厚いようには見えない。メコレは獲物の捕獲を確信した。
「なら、本当かどうか教えてやる!」バシュッ
勇者に向けて尻尾の針を飛ばす。針に塗られた淫毒は、掠っただけでも男性器を異常なまでに怒張させる強力なものだ。その後、毒にやられた勇者を押し倒し思い存分に嬲り、自分の物にするのだ。このけだるげな顔が射精を求めてどんな切なそうな顔になるのか、メコレは針を放つ数瞬に期待で豊かな胸をいっぱいにしていた。
「シッ!」
スティスが鋭く息を吐くと、金属の衝突音が響き、僅かに遅れてチンと剣を収める音が聞こえた。
「あ、あれ・・・なんで?」
メコレの針が的を外したことは今まで一度もなかった。そして、今回も今まで同様に命中すると確信していた。しかし、目の前の勇者には何の変化見られない。
「明確な答えになっていないな。もう一度だけ聞こう。
貴様らマンティコアは人を殺め、その肉を食らう『魔物』なのだな?」
「え・・・あの、えーっと・・・」
眼だけが飢えた獣の様にギラギラと光りメコレの瞳をねめつける。ここでようやくメコレは、この勇者の異常さに気が付いた。ここで本当の事を言って平和裏に終わらせるか、どうなるか分からないがマンティコアの矜持を取るか、究極の選択を迫られている。
「どうしたんだ」
「いやーそのー・・・」
額から汗をだらだらと垂れ流し、目は眼中至る所を遊泳している。肯定すべきか、否定すべきか、仮に否定したとしても無事に帰してもらえるのか、いっそのこと飛んで逃げてしまおうか、それともヤケクソで立ち向かってみるか。そんなことが頭の中をぐるぐると巡り思考は一向にまとまらない。しばらく、二人で立ち尽くしているだけの時間が流れた。
「・・・もういい。見逃してやるからさっさとこの場を離れろ
やはりお前マンティコアも口だけの『魔物』か」
痺れを切らしたスティスは呆れたように頭を掻き、捨て台詞を吐いて森の奥に戻ろうと背中を向けた。
「・・・・待て!」
この場を立ち去ろうとする勇者にメコレが吠えた。
「なんだ?」
「ほ、他の魔物は知らないが、俺たちマンティコアは人を食べる邪悪な魔物だ!」
例え木の枝から落ちようが、子供にからかわれようが気にしないが、獲物に見下されたどころか情けをかけられることは、メコレのプライドが許さなかった。
「ふん。先ほどまで怯えていたお前が邪悪な魔物とは一切思えん。はったりも程々にするんだな」
振り返り冷たく一瞥する。その瞳はすでにメコレへ何の感情も持っていなかった。
「おい!!無視するな!!逃げるのか!!」
「・・・・・」
スティスはその咆哮を振り返ることもせずに、そのまま歩を進めて行く。
「ぐ・・・舐めやがって・・・舐めやがって!!
俺はマンティコアなんだぞ!!怯えろよぉぉぉ!!!」
見透かされとことん虚仮にされたメコレは激昂した。怒りに身を任せたメコレはしなやかに跳躍しスティスの背中に飛びかかり、獅子のような爪を振り下ろした。
「・・・!」
魔物娘の身体は魔力で覆われているため、それをもって人間を傷つけることはあまりないとされている。しかし、人間が傷を負わない一番の理由は彼女たちが獲物に対して手心を加えている所が大きいと言えるだろう。そして、その理性のたがが外れた爪は鎧を切り裂きその下の肉にまで及び、ぽたぽたと爪に付着した鮮血がしたたり落ちている。引き掻かれた本人は異様なことに微動だにしなかった。
「あ、あぁぁ・・・」カラン
自分の爪に真っ赤にこびりついた血を見て、ふらふらとよろめき倒れ、横にあった木にもたれかかる。そして、無意識に固く握っていたもう一方の手から如雨露が落ちていった。
「そうか・・・やはり本当にマンティコアは人を害する『魔物』なのだな」
そういって振り向いた勇者の顔には笑いを堪えるような気味の悪い笑顔が張り付いていた。背中の傷から血は流れ出ているが未だにそれを気にも止めず、それどころか歓喜に体を打ち奮わせてる。
「はっ・・・!お、おい。
今のは謝るから傷を「クッ・・・フフ・・・アハ、アハハハ!!」
我に返ったメコレが、スティスに駆け寄ろうとした途端、彼は枝に止まっていた鳥たちが全て逃げ出すほどの大きさで笑い出した。その様子に驚愕とも恐怖とも取れる感情を覚えたメコレは地面にへたり込み、また呆然と勇者を見つめるしかなかった。
「ついに!『悪い魔物』を見つけたんだ!!やっぱ俺は勇者やってていいんだ!!ハハハハハ!!」
今まで険しく変化に乏しかったスティスの表情が、氷の様に解け消えて少年のような晴れ晴れとした笑顔で喜びを噛み締めている。
「主神様を疑う日々ももう終わり!俺の勇者としての真の使命はこれだったのですね!!
今なら胸を張って言える!!俺が悪から善を守る正義の勇者!!スティス・アグニーだぁぁアヒヒヒ、クククク!!」
自分の言った台詞に腹を抱えて笑い転がる姿は、まさしく狂人そのものである。立て続けに衝撃的な光景を目の当たりにしているメコレはしばらく現実に帰ってこれそうにない。
「長かった・・・!本当に自分が正しいことをしているのかいつも疑問だった・・・教えられた魔物などどこにもいやしないからな!殆どの魔物は善良で心優しい隣人だった!そんな奴らを殺せるか、殺してたまるか!何が化け物だクソッタレが!」
スイッチが切り替わるように誰にともなく怒り狂い地団駄を踏み、勇者として生まれた鬱憤を吐露し始めた。抑え込まれていたストレスや感情が一度にこみ上げ破裂しているようだ。
「だがやっとお前たちマンティコアを見つけた!人間の敵であり悪であるまさしく『魔物』!主神様が!神父が!皆が言っていた悪の化身!!
俺!これからマンティコアだけ殺して生きていく!!」
一片の曇りもない瞳で飛んでもないことを言っている。
「・・・なあどうしたんだ?・・・せっかく話して待ってやったのにいつまで座ってるんだ?」
「え?」
マッチの火が水に浸かったように発狂前までの無感情な声色と表情で、座り込んだままのメコレを見下ろしている。自分に訊かれているのだと気付いたメコレは、かろうじて正気を取り戻した。
「まさかもう諦めたのか?・・・それとも俺が本当に自分を殺せるわけがないと高を括っているのか?・・・どちらでもいいがな」
剣を流れる様に、かつ常人では到達できぬ速度で引き抜くと、ぴたりとメコレの首筋に刃を食い込ませた。
「わわわわ・・・剣!?・・・ま・・まって・!ちょっと待っ!」
首筋に当たる冷たい感触によって完全に現実に戻され、自分が置かれている立場を理解した。そして、今までのプライドや抵抗の意志が完全に打ち崩され、生命への純粋な渇望のみが剥き出しになった。
「なんだ、遺言があるなら聞いて・・・クックク、ベタだなあ俺も。自分で言うならもっとカッコいいこと言おうと思ってたのに。クヒヒ」
一人でくつくつと笑っているが、剣を持つ肩から先は一切メコレの首から動いていない。
「あの、あうあうえ〜っとだな俺はだなあの・・・あうだからそのえっとまって・・・まっていうからまって・・・」ジワッ
どうにか誤解を解きたいと口を動かすが、死の恐怖のあまり何を言っていいのかわからず。無意味な発声のみが続き、それがさらにメコレの焦りを増長させ余計に混乱させ、目は潤み体は震え、膀胱と胃は縮みあがり口は酸味で充満し下着の端からちょろちょろと液体が漏れている。
「じゃあ、10数えてやるから言ってみろ」
その姿をみてにたりと笑うと、切ることなくさらに深く剣を首の肉に食い込ませた。
「わかった、うんわかった、だからな、いうからまって、いまいうから「10」まってってばぁ!「9」えっとまずおれたちマンティコアはにんげんを、たべるんだけど「8」、いやちがうえっとあのたべるといってもえっと「7」たべるんだけどぉ・・・ちがうんだよ・・・「6」えっとあう・・・えっと・・・ひっぐ・・・たべるっていわなくちゃいけなくて「5」・・・でもたべるんだよぉ・・・・・・あうちがう「4」、たべないたべない!たべるんだけどたべないっていわないと・・・「3」あう、そうじゃなくてぇ・・・えっとえっとえっとえっとえっと「2」・・・ねえ!まってやめて!・・・「1」・・・たすけておねがいまってたすけ「0」
そして地面にびしゃびしゃと液体が撒き散らされ、その中にメコレの体は倒れこんでいった。
「だから待ってよぉ!!」ガバッ
庇うように両手で顔を覆いながらベッドから跳ね起きた。
「・・・・・夢かぁ・・・よかった〜」
怪訝そうにメコレが自分の首をさすってもどこにも傷は見当たらず、着ている服もいつも使っている着古してヨレヨレになってしまったパジャマだ。
先ほどまでの体験が夢であったことに心から安堵し胸を撫で下ろした。確かに、夢ならば合点がいくことも多い。自分の必中の針が体に当たらなかったことや、血が昇ったにしろ相手を傷つけてしまったこと。そして、背中を抉られたにも関わらず突如として笑い始め、自分を切り殺そうとした勇者。それらが全て夢であったことであるならば説明が付く。
「・・・ゴホン、全く酷い夢をみたぜ・・・欲求不満が原因か?
切られさえしなければ結構好みだったしなあ・・・あの勇者」
メコレの喋り方は威圧感がないと親に言われてからは、男言葉にするように気を配っているが、油断するとすぐに抜けてしまう。
「いい加減、強引にでも捕まえなきゃいけねえのかなぁ・・・ トトトト
・・・ん、足音・・・ルプの奴か?また人に断りもなく入ってきやがって」
しかし、なぜ自分がこんな夢をみたのだろうか、やはり男が見つからないことへの不満が潜在的な部分でも顕著になってきたのか。今度町に行くときは夢占いの本でも一冊買ってこようかと思案していると、台所の奥から足音が聞こえてきた。ルプスが勝手に家に上がり込んでいるのだろうと、溜息を吐きながら台所の方に目を遣った。
「よお、起きたか」
「ひぃ」
そして、夢の中の殺人鬼が顔を出したのを見た途端白目を剥いて気を失った。
「ん、うぅ・・・」
「あ、気が付いた?メコレお姉ちゃん!」
メコレがまた目を覚ますと今度は目の前にルプスの顔が迫っていた。やはりあれも夢だったのだろうとルプスの顔をどけて起き上がった。
「もう、お前は人の家に入り込みやがって・・・」
「入り込んだのはわたしだけじゃないけどね!」
「そういうことだ」
「ぴぃ」
ルプスの隣に立っていた男の顔をみてまた気を失「わせないよ!お姉ちゃん!」失神して倒れこむところをルプスが抱え込み事なきを得た。
「やっぱり夢じゃなかったんだ・・・」
「うんー!そうだよー!」
「じゃあなんで俺生きてるんだ・・・?あの時首を切られたんじゃ・・・」
「それはだな・・・」
「あ、わたしがいいたいー!」
しばらくして、落ち着くとレプスが経緯を語り始めた。が、非常に分かりづらかったので
読者の諸兄には回想をご覧になっていただきたい。
回想
「たすけておねがいまってたすけ「0
・・・そういえば今使っている剣は魔界銀だった・・・運が良かったなぁ。
それでだ、もしお前が人を食わぬと約束するなら助けてやっても・・・ん、どうした?」
スティスが剣を鞘に納めても、メコレはがくりとうな垂れて何の反応も示さず動かない。
「・・・ぶ・・・うぇ」
「何だ声が小さくて聞こえないぞ」
スティスが顔を近づけてもメコレは、か細く呻くような声を発しながら俯き小刻みに震えたままだ。
「うぇ・・・」
「だから何だ・・・もしや、助かって泣いているのか?・・・
・・・泣くほど怖かったのならこれに懲りて、人間を食わないと約束すれば許してや「うぇ※自主規制※」パシャァ
あまりのことにスティスが態勢を崩し、そのまま失禁を続ける太ももの間に顔を埋まってしまった。その上からさらにびしゃびしゃと※自主規制※が降り注いでいった。
「何この臭いー?お姉ちゃんもしかして、ついに旦那様見つけたのー?」
運悪く、この騒ぎと異臭で駆け付けたルプスが茂みの中から現れた。
「・・・・・・まにあっくすぎだよお姉ちゃん・・・」
ワーウルフの少女の記憶に、いつも優しいお姉ちゃんが男性の顔面に※自主規制※を浴びせて放尿プレイという、魔物娘ですらドン引く一生のトラウマを刻み付けることになったのであった。
回想終了
「で、その後ねーお姉ちゃんの家に行って体拭いてね、パジャマにしてねースティスお兄ちゃんにベッドに運んでもらったの!」
「あと、風呂場。借りたぞ」
「・・・・・・・・・しにたい」
メコレは話を聞いてる途中に布団の中に潜り込み包まったまま動かなくなってしまった。
「お姉ちゃんが気にすることないよ!悪いのはスティスお兄ちゃんだから!」
「まあそうかもしれんがこいつが人を食べると嘘をつくから・・・」
「だいたいねー!自分でお姉ちゃんをちょーはつしたのに、手を出されたら悪い魔物あつかいだなんて『こそく』すぎてゆうしゃのかざかみにもおけないよ!!」
「・・・」ザクッ
言葉の刃が胸に刺さる。
「そもそも、絶対とちゅうでちょっとおかしいなって思ってたくせに、メコレお姉ちゃんが泣いておしっこもらして命ごいしてるのに止めずにいじめつづけるなんて、とんだヘンタイやろーだよお兄ちゃん!!」
「・・・」ズシュッ
また刺さる。
「どんなに正しいことだなんていってもねー!自分のうっくつとしたストレスをメコレお姉ちゃんではっさんさせたようにしか見えないよ!ダークエルフさんのちょうきょうだってここまでさでぃすてぃっくなことしないよ!このりょうきへんたいゲロスキー!」
「・・・そ、それは不可抗力だから・・・」ズグッ
致命的に刺さる。
「というよりもー!
こんな毎日ゴミ拾いしつつじょうろもっておさんぽして、道に咲いてる花に水やりしてほほえんだり、子供の((主にルプスの))めんどういっぱいみたり、きんじょのお母さんたちののろけ話をやな顔もしないで聞いてあげたり、そのうえおかしのおすそわけまでしたり!そんなお姉ちゃんが悪い魔物に見えるはずないでしょーもうー!」
「うっ・・・ルプ・・・それは今言わなくていいから」ザグッ
布団を貫通してメコレにまで刺さったようだ。
「一応マンティコアは凶暴性のある魔物として分類されていてだな・・・」
「お姉ちゃんのどこに『きょうぼうせい』があるの!!
お姉ちゃんは女の子なんだよ?『ぼう』なんてあるわけないじゃん!
つまり、お姉ちゃんにあるのは『きょせい』だけだよぉー・・・なんちゃって♪」
「おー、かなり上手だな」
「じつはしばらく前から温めていたネタだったんだよー!」
ルプスがドヤ顔で自慢している横で、妙に納得したようにスティスが頷いている。
「ルプにはもうクッキーもケーキも作ってやんない・・・」グスン
「えー!そんなー」
「凶暴性に棒がなくて虚勢か・・・クッククク・・・」
「笑うなぁ!!」
先ほどのあれがじわじわと笑いのツボに入り始めたスティス。それに耐えられなくなったメコレは飛び起きて、スティスの襟首を掴んでぶんぶんと頭を揺らしている。
「それじゃ、メコレお姉ちゃんも元気になったみたいだし、わたしは帰るねー!
スティスお兄ちゃんと二人でちゃんとお話してね!」
布団から飛び出したメコレをみると気を利かせたのか、足早にメコレの家から去っていった。
「おい!まだ話は終わって・・・ちっ・・・行っちまいやがった」
「ずいぶんお前に懐いているようだな」
「懐いてるっつーか遊び道具にされてる気がするぜ・・・」
「そうかもな、案外子供というのは目ざとい生き物だ。お前みたいな人の良さそうな奴に近寄っていく」
「誰がお人好しだ!俺はマンティコアなんだぞ!」
「いいんじゃないか?子供に好かれるお人好しのマンティコア」
「ダメだ!『マンティコアたるもの凶悪でなければいけないのだ』ってお母さんが言ってた!」
「まあ、家庭の教育方針にとやかく口を出すつもりはないが・・・お前のどこに凶悪要素があるんだ?」
「もちろんあるぞ!
え〜っと・・・あっそうだ!お前のこと引っ掻いたのなんてとっても凶あ・・・く・・・
・・・あの、さっきは引っ掻いたりしてごめん・・・」ショボン
先ほどの自分がやったことを思い出した。耳をぺたりと頭にくっつけて、申し訳なさそうに謝罪した。
「気にするなよ、掠っただけで、あの程度なら痕すら残らん。それに悪いのあの子が言っていたように俺の方だ。」ナデナデ
「はふ・・・よかったぁ・・・
・・・っていつまで撫でてるんだよ!触んな!」
そんなメコレの頭をぽんぽんと叩き撫でて励ます。見た目よりもさらさらと肌触りのよい髪を気に入ったのか、メコレが恥ずかしがって怒るまで続けていた。
「ああ、済まない。ちょうど撫で心地がよかったから」
「気安く撫でるなぁ!・・・まあもっと親しくなったら考えてやっても・・・」ゴニョゴニョ
「・・・では、俺もそろそろ帰るとしよう。
村の方には『マンティコアに擬態している至極穏やかな魔物』とでも言っておくさ」
「なんかそれも納得できないぜ・・・あとちょっと待て」
「なんだ?」
「その・・・だな。お前は勇者で、俺は凶悪な魔物だろ?」
「まあ、それでいいんじゃないか?」
「でも俺はまだ凶悪なことしてないだろ?・・・引っ掻いたりしたけど」
「だな」
「でも、俺は凶悪な魔物だからこれから凶悪なことをするかもしれないんだ。だけど、凶悪なことをしたわけじゃないから退治するのは間違っているよな?」
「ん?まあ・・・うむ。そうだな」
「だからお前は勇者として、俺が凶悪なことをしないか見張らなきゃいけないと思うんだ」
「理屈としては・・・確かにそうだが・・・」
「これからお前は、ときどきでいいから俺を見張りに来い!」
「それくらいならお安い御用だ」
「ホントか!?
・・・じゃ、じゃあ出来ればお昼すぎくらいに来い!・・・そしたらお茶と菓子くらい焼いておいてやる!」
「ククッ、わかった。三日後くらいにまた見張りに来るとしよう」
「ああ、約束だぞ!」
村への帰路、メコレの無邪気に手を振って見送っている顔を思い出すと、確かに『魔物娘』としては凶悪に違いないと、スティスはまた一人でくつくつと笑うのであった。
終わり
マンティコアのメコレは、いつもの様に森の中をぶらぶらと男探し・・・もとい散歩をしている。天気も良くなんだか気分がいいらしく鼻歌をし始めた。そして、思いのほか気分が乗ったようで、尻尾でリズムを執り、持ってきた如雨露を振り回しながらの熱唱に変わっていった。
「ゆ〜めいせいあむあふ〜る♪」クルクル
遂には、ミュージカル風に自分をプロデュース開始、わざとらしくスキップしてみたり、ありもしないカメラアングルに気を遣いながら手を広げて回ってみたり木にぶら下がってみたり。
「ゆきゃんこるみぽりあなせい♪・・・あう!!」ボキッ
調子に乗って木の枝にぶら下がった結果、枝は根元から折れてメコレはしたたかにお尻を打ち付けた。しばらくその場で間の抜けた苦悶の声を上げてのたうち回っていたが、少しすると素知らぬ顔で立ち上がり体についた埃を払うとまた散歩に戻った。
―――
――
―
「メコレお姉ちゃん〜!」
自分の名を呼ばれたメコレが後ろを振り向くと、笑顔で手を振りながらこちらに向かってくるワーウルフの姿が見えた。
「よお、ルプ。今日も元気そうだな〜でも、あんまりはしゃいで怪我しないように・・・じゃなかった。
・・・フン、全く五月蠅いのに会っちまったぜ」
笑顔で手を振りかえし、駆け寄ってきたワーウルフの少女の頭を撫でていると、はっとした表情で両手を組みしかめ面になった。
「こんにちわん!!」
特にそれを気に留めることもなく、ワーウルフの少女、ルプスは元気よく頭を下げた。
「何か用か、俺は静かに散歩したいのだが?」
つっけんどんに言い放ち、そのまま無視して歩き出す。その後をワーウルフが笑顔を崩さぬまま楽しそうに付いていく。
「実は昨日ね!シューさんのねー!あ、シューさんは『ひネズミ』なの!強いの!その人がね!あのね!えっとね!こうびゅんびゅんってしてるのみたの!」
ルプスは大袈裟な身振り手振りを交えて、火鼠のシューが昨日彼女に拳術の演武を見せたことを拙いながらも一所懸命に説明した。
「ああ、シューさんか!俺もこの前見たぜ、凄かったよな!パンチするたびにびゅっびゅっ!て音がして!離れてみてた俺のところにまで空気が飛んでくるのが分かったもん!」
腕を組んでツンとしていたのは最初だけで、すぐに自然とルプスと同じ目線までしゃがみ込んで行き、最終的には一緒になって盛り上がり始めた。
「うんーとってもすごかったの!」
「今度はいつ来るんだろうな、楽しみ・・・・・・じゃない!
・・・あんなの大したことないぜ。俺の方があれの10倍強いね」
にこやかに談笑している自分に気づき、すぐにまた腕を組んで難しい表情に戻したが先ほどまで笑っていた顔を無理やり変えたので、なかなかに間抜けな顔になってしまっている。
「えーほんとー?」
「俺を誰だと思っているんだ?」
「変だけど優しいイヌ科寄りのお姉ちゃん」
「違う!マンティコアだマ ン テ ィ コ ア !それに変じゃないし優しくもなくてイヌ科要素もないの!」
握り拳を胸の前におき膨れ面で、大人げなくワーウルフに抗議している。
「そうかなー?」
「そうだ!もう!不愉快だからさっさとどこか行けよ!
俺はお前みたいに暇じゃないんだから!」
嘘である。むちゃくちゃ暇である。
「はーい!じゃあまたね!メコレお姉ちゃん!」
後ろ手に手を振りながら来た道を風の様に走っていった。
「拳法かぁ・・・」
見送った後にぼそりと独り言ちて、またふらふらと歩き始めた。
―――
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―
「シュッシュッ!」
今度は闇雲に拳を振り回し、体と尻尾を左右に揺らしながら森を徘徊している。
「ていっ!ていっ!」
全く知りもしないのに、霧の国の火鼠がやっていた演武の真似事で、上段蹴りや正拳突きらしきものを放っているがどこか締まらない。だが、本人はかなり満足そうに手足を動かしている。
「はぁっ!せい!・・・あう!・・・ど、どうだあ!」
最後に回し蹴りを木に叩き込むが、蹴り慣れていない上にすねの裏で木を思い切り蹴ってしまった。じんじんと足が痛み目の端に涙が溜まっているが、今思いついた決め台詞を言うまでは我慢するつもりのようだ。
「ふ・・・ふふふ、隠れているのは分かっている!今きさまに見せたのはほんの余興に過ぎない!
命が惜しくなければ出て来い!このマンティコアのメコレが真の力を見せてやるぜ!」
もちろん、誰かがいるなどと思ってはいない。その場のノリと勢いだけである。
「ほう、分かったか。お前がここらを根城にしているマンティコアだな?」
「フハハハン!!やはり俺に臆して逃げ出したようだな・・・
って、だ、誰だお前!?」
茂みの中から鎧を付けた男が音もなく現れた。全く予想もしていなかった事態にメコレは完全にパニック状態に陥っている。
「俺はスティス・アグニー。近くの村からマンティコアが出ると聞いてここに来た勇者だ」
「勇者!?」
「ああ、そうだ」
「そ、そう・・・その勇者様が俺に何の用だ?」
腕を組み、ぎこちなくも不敵な笑顔を作り、魔獣マンティコアとしての最低限の威厳を演出している。
「いや、あまり居そうにない所にマンティコアがいるらしいんで気になってな」
「俺がどこに住んでいようが、お前たち人間には関係ないよな?」
自分たちって普通どこに住んでるんだろうと、心の中で首を傾げているが表情には出さないように気を付けている。
「それもそうだな。実際マンティコアにお目にかかるのは今回が初めてだし、本の知識のみでお前らの生態を知ることは出来んしな、森に棲んでもいいのかもしれん。
だが、ここは主神の恵みを受けた地・・・お前たちに言わせれば反魔物領なわけだ。そんな所でお前のような上位の魔物がうろつかれるとこちらも困る。」
「上位の魔物だなんて・・・」テレテレ
褒められたと思うと素直に反応してしまう。体は正直なのだ。
「それに、村人たちはお前らマンティコアは特に凶暴で残忍で人を食うと教えられていて、ひどく怯えている。まあ勝手に怯えて勝手に憔悴しているだけだが・・・察してやってくれ」
「それは「ああ、分かっている。お前ら魔物が人間の肉を食うことも痛めつけたりしないこともよ〜く知っている」
話を遮って勇者が喋りだす。どうやらすっかり魔物の生態を熟知しているらしい。
「いや、その「長い間勇者やってきたが、人を殺生する魔物には出会ったこともない。「なあ、その」今まで一度もだぞ?村を襲ったオークやゴブリンにしても、邪教に勧誘する魔女にしてもだ。「ねえ?」ドラゴンに攫われた騎士を助けに行ったら攫ったドラゴンと盛ってる最中だったときはどうしてやろうかと・・・くそっ!
まあいい・・・今回俺が来たのは交渉だ。悪いがもっと森の深い所に行くか別のところに移って欲しいだけだ。タダでとは言わん。それなりの金か男を見繕ってやる」
どこか投げやりな言い方で、自分がここに来た目的を明かした。
「それで、お前はどちらに・・・「話を聞け!!」
メコレが大声を出してけん制すると、勇者はさして動じた様子はないがぴたりと話しを止める。
「うむ、なんだ」
「マンティコアは人を食べるぞ」
「ハア・・・性的にな、とか付け加えるんだろ。もうわかってんだ、こっちは」
呆れたように首を横に振って溜息をつく。
「食べるよ!食べるって言ったら食べるの!」
ムキになって少し素が出てしまう。
「ほう・・・」
今まで興味なさげにメコレを見ていたスティスであったが、この言葉聞いて目つきが変わった。
「ふふ、勇者が平和ボケとはお笑いだぜ」
この差異を見逃さなかったメコレはこれを動揺と判断した。未知数の力を持つ勇者に警戒していたが、自分が喰われると聞いて怯えていることが分かれば、なんという事もない、恰好の獲物である。気取られぬように徐々に尻尾の先を勇者に合わせ針を逆立てた。
「平和ボケしたのは俺だけじゃなくて、世界全てかもな・・・
・・・もう一度聞くが、本当に人を食うんだな?」
少しだけ期待しているような声色でメコレに訊ねる。剣を携えているが、腕は無気力に垂らしたまま、鎧も針が貫けぬほど厚いようには見えない。メコレは獲物の捕獲を確信した。
「なら、本当かどうか教えてやる!」バシュッ
勇者に向けて尻尾の針を飛ばす。針に塗られた淫毒は、掠っただけでも男性器を異常なまでに怒張させる強力なものだ。その後、毒にやられた勇者を押し倒し思い存分に嬲り、自分の物にするのだ。このけだるげな顔が射精を求めてどんな切なそうな顔になるのか、メコレは針を放つ数瞬に期待で豊かな胸をいっぱいにしていた。
「シッ!」
スティスが鋭く息を吐くと、金属の衝突音が響き、僅かに遅れてチンと剣を収める音が聞こえた。
「あ、あれ・・・なんで?」
メコレの針が的を外したことは今まで一度もなかった。そして、今回も今まで同様に命中すると確信していた。しかし、目の前の勇者には何の変化見られない。
「明確な答えになっていないな。もう一度だけ聞こう。
貴様らマンティコアは人を殺め、その肉を食らう『魔物』なのだな?」
「え・・・あの、えーっと・・・」
眼だけが飢えた獣の様にギラギラと光りメコレの瞳をねめつける。ここでようやくメコレは、この勇者の異常さに気が付いた。ここで本当の事を言って平和裏に終わらせるか、どうなるか分からないがマンティコアの矜持を取るか、究極の選択を迫られている。
「どうしたんだ」
「いやーそのー・・・」
額から汗をだらだらと垂れ流し、目は眼中至る所を遊泳している。肯定すべきか、否定すべきか、仮に否定したとしても無事に帰してもらえるのか、いっそのこと飛んで逃げてしまおうか、それともヤケクソで立ち向かってみるか。そんなことが頭の中をぐるぐると巡り思考は一向にまとまらない。しばらく、二人で立ち尽くしているだけの時間が流れた。
「・・・もういい。見逃してやるからさっさとこの場を離れろ
やはりお前マンティコアも口だけの『魔物』か」
痺れを切らしたスティスは呆れたように頭を掻き、捨て台詞を吐いて森の奥に戻ろうと背中を向けた。
「・・・・待て!」
この場を立ち去ろうとする勇者にメコレが吠えた。
「なんだ?」
「ほ、他の魔物は知らないが、俺たちマンティコアは人を食べる邪悪な魔物だ!」
例え木の枝から落ちようが、子供にからかわれようが気にしないが、獲物に見下されたどころか情けをかけられることは、メコレのプライドが許さなかった。
「ふん。先ほどまで怯えていたお前が邪悪な魔物とは一切思えん。はったりも程々にするんだな」
振り返り冷たく一瞥する。その瞳はすでにメコレへ何の感情も持っていなかった。
「おい!!無視するな!!逃げるのか!!」
「・・・・・」
スティスはその咆哮を振り返ることもせずに、そのまま歩を進めて行く。
「ぐ・・・舐めやがって・・・舐めやがって!!
俺はマンティコアなんだぞ!!怯えろよぉぉぉ!!!」
見透かされとことん虚仮にされたメコレは激昂した。怒りに身を任せたメコレはしなやかに跳躍しスティスの背中に飛びかかり、獅子のような爪を振り下ろした。
「・・・!」
魔物娘の身体は魔力で覆われているため、それをもって人間を傷つけることはあまりないとされている。しかし、人間が傷を負わない一番の理由は彼女たちが獲物に対して手心を加えている所が大きいと言えるだろう。そして、その理性のたがが外れた爪は鎧を切り裂きその下の肉にまで及び、ぽたぽたと爪に付着した鮮血がしたたり落ちている。引き掻かれた本人は異様なことに微動だにしなかった。
「あ、あぁぁ・・・」カラン
自分の爪に真っ赤にこびりついた血を見て、ふらふらとよろめき倒れ、横にあった木にもたれかかる。そして、無意識に固く握っていたもう一方の手から如雨露が落ちていった。
「そうか・・・やはり本当にマンティコアは人を害する『魔物』なのだな」
そういって振り向いた勇者の顔には笑いを堪えるような気味の悪い笑顔が張り付いていた。背中の傷から血は流れ出ているが未だにそれを気にも止めず、それどころか歓喜に体を打ち奮わせてる。
「はっ・・・!お、おい。
今のは謝るから傷を「クッ・・・フフ・・・アハ、アハハハ!!」
我に返ったメコレが、スティスに駆け寄ろうとした途端、彼は枝に止まっていた鳥たちが全て逃げ出すほどの大きさで笑い出した。その様子に驚愕とも恐怖とも取れる感情を覚えたメコレは地面にへたり込み、また呆然と勇者を見つめるしかなかった。
「ついに!『悪い魔物』を見つけたんだ!!やっぱ俺は勇者やってていいんだ!!ハハハハハ!!」
今まで険しく変化に乏しかったスティスの表情が、氷の様に解け消えて少年のような晴れ晴れとした笑顔で喜びを噛み締めている。
「主神様を疑う日々ももう終わり!俺の勇者としての真の使命はこれだったのですね!!
今なら胸を張って言える!!俺が悪から善を守る正義の勇者!!スティス・アグニーだぁぁアヒヒヒ、クククク!!」
自分の言った台詞に腹を抱えて笑い転がる姿は、まさしく狂人そのものである。立て続けに衝撃的な光景を目の当たりにしているメコレはしばらく現実に帰ってこれそうにない。
「長かった・・・!本当に自分が正しいことをしているのかいつも疑問だった・・・教えられた魔物などどこにもいやしないからな!殆どの魔物は善良で心優しい隣人だった!そんな奴らを殺せるか、殺してたまるか!何が化け物だクソッタレが!」
スイッチが切り替わるように誰にともなく怒り狂い地団駄を踏み、勇者として生まれた鬱憤を吐露し始めた。抑え込まれていたストレスや感情が一度にこみ上げ破裂しているようだ。
「だがやっとお前たちマンティコアを見つけた!人間の敵であり悪であるまさしく『魔物』!主神様が!神父が!皆が言っていた悪の化身!!
俺!これからマンティコアだけ殺して生きていく!!」
一片の曇りもない瞳で飛んでもないことを言っている。
「・・・なあどうしたんだ?・・・せっかく話して待ってやったのにいつまで座ってるんだ?」
「え?」
マッチの火が水に浸かったように発狂前までの無感情な声色と表情で、座り込んだままのメコレを見下ろしている。自分に訊かれているのだと気付いたメコレは、かろうじて正気を取り戻した。
「まさかもう諦めたのか?・・・それとも俺が本当に自分を殺せるわけがないと高を括っているのか?・・・どちらでもいいがな」
剣を流れる様に、かつ常人では到達できぬ速度で引き抜くと、ぴたりとメコレの首筋に刃を食い込ませた。
「わわわわ・・・剣!?・・・ま・・まって・!ちょっと待っ!」
首筋に当たる冷たい感触によって完全に現実に戻され、自分が置かれている立場を理解した。そして、今までのプライドや抵抗の意志が完全に打ち崩され、生命への純粋な渇望のみが剥き出しになった。
「なんだ、遺言があるなら聞いて・・・クックク、ベタだなあ俺も。自分で言うならもっとカッコいいこと言おうと思ってたのに。クヒヒ」
一人でくつくつと笑っているが、剣を持つ肩から先は一切メコレの首から動いていない。
「あの、あうあうえ〜っとだな俺はだなあの・・・あうだからそのえっとまって・・・まっていうからまって・・・」ジワッ
どうにか誤解を解きたいと口を動かすが、死の恐怖のあまり何を言っていいのかわからず。無意味な発声のみが続き、それがさらにメコレの焦りを増長させ余計に混乱させ、目は潤み体は震え、膀胱と胃は縮みあがり口は酸味で充満し下着の端からちょろちょろと液体が漏れている。
「じゃあ、10数えてやるから言ってみろ」
その姿をみてにたりと笑うと、切ることなくさらに深く剣を首の肉に食い込ませた。
「わかった、うんわかった、だからな、いうからまって、いまいうから「10」まってってばぁ!「9」えっとまずおれたちマンティコアはにんげんを、たべるんだけど「8」、いやちがうえっとあのたべるといってもえっと「7」たべるんだけどぉ・・・ちがうんだよ・・・「6」えっとあう・・・えっと・・・ひっぐ・・・たべるっていわなくちゃいけなくて「5」・・・でもたべるんだよぉ・・・・・・あうちがう「4」、たべないたべない!たべるんだけどたべないっていわないと・・・「3」あう、そうじゃなくてぇ・・・えっとえっとえっとえっとえっと「2」・・・ねえ!まってやめて!・・・「1」・・・たすけておねがいまってたすけ「0」
そして地面にびしゃびしゃと液体が撒き散らされ、その中にメコレの体は倒れこんでいった。
「だから待ってよぉ!!」ガバッ
庇うように両手で顔を覆いながらベッドから跳ね起きた。
「・・・・・夢かぁ・・・よかった〜」
怪訝そうにメコレが自分の首をさすってもどこにも傷は見当たらず、着ている服もいつも使っている着古してヨレヨレになってしまったパジャマだ。
先ほどまでの体験が夢であったことに心から安堵し胸を撫で下ろした。確かに、夢ならば合点がいくことも多い。自分の必中の針が体に当たらなかったことや、血が昇ったにしろ相手を傷つけてしまったこと。そして、背中を抉られたにも関わらず突如として笑い始め、自分を切り殺そうとした勇者。それらが全て夢であったことであるならば説明が付く。
「・・・ゴホン、全く酷い夢をみたぜ・・・欲求不満が原因か?
切られさえしなければ結構好みだったしなあ・・・あの勇者」
メコレの喋り方は威圧感がないと親に言われてからは、男言葉にするように気を配っているが、油断するとすぐに抜けてしまう。
「いい加減、強引にでも捕まえなきゃいけねえのかなぁ・・・ トトトト
・・・ん、足音・・・ルプの奴か?また人に断りもなく入ってきやがって」
しかし、なぜ自分がこんな夢をみたのだろうか、やはり男が見つからないことへの不満が潜在的な部分でも顕著になってきたのか。今度町に行くときは夢占いの本でも一冊買ってこようかと思案していると、台所の奥から足音が聞こえてきた。ルプスが勝手に家に上がり込んでいるのだろうと、溜息を吐きながら台所の方に目を遣った。
「よお、起きたか」
「ひぃ」
そして、夢の中の殺人鬼が顔を出したのを見た途端白目を剥いて気を失った。
「ん、うぅ・・・」
「あ、気が付いた?メコレお姉ちゃん!」
メコレがまた目を覚ますと今度は目の前にルプスの顔が迫っていた。やはりあれも夢だったのだろうとルプスの顔をどけて起き上がった。
「もう、お前は人の家に入り込みやがって・・・」
「入り込んだのはわたしだけじゃないけどね!」
「そういうことだ」
「ぴぃ」
ルプスの隣に立っていた男の顔をみてまた気を失「わせないよ!お姉ちゃん!」失神して倒れこむところをルプスが抱え込み事なきを得た。
「やっぱり夢じゃなかったんだ・・・」
「うんー!そうだよー!」
「じゃあなんで俺生きてるんだ・・・?あの時首を切られたんじゃ・・・」
「それはだな・・・」
「あ、わたしがいいたいー!」
しばらくして、落ち着くとレプスが経緯を語り始めた。が、非常に分かりづらかったので
読者の諸兄には回想をご覧になっていただきたい。
回想
「たすけておねがいまってたすけ「0
・・・そういえば今使っている剣は魔界銀だった・・・運が良かったなぁ。
それでだ、もしお前が人を食わぬと約束するなら助けてやっても・・・ん、どうした?」
スティスが剣を鞘に納めても、メコレはがくりとうな垂れて何の反応も示さず動かない。
「・・・ぶ・・・うぇ」
「何だ声が小さくて聞こえないぞ」
スティスが顔を近づけてもメコレは、か細く呻くような声を発しながら俯き小刻みに震えたままだ。
「うぇ・・・」
「だから何だ・・・もしや、助かって泣いているのか?・・・
・・・泣くほど怖かったのならこれに懲りて、人間を食わないと約束すれば許してや「うぇ※自主規制※」パシャァ
あまりのことにスティスが態勢を崩し、そのまま失禁を続ける太ももの間に顔を埋まってしまった。その上からさらにびしゃびしゃと※自主規制※が降り注いでいった。
「何この臭いー?お姉ちゃんもしかして、ついに旦那様見つけたのー?」
運悪く、この騒ぎと異臭で駆け付けたルプスが茂みの中から現れた。
「・・・・・・まにあっくすぎだよお姉ちゃん・・・」
ワーウルフの少女の記憶に、いつも優しいお姉ちゃんが男性の顔面に※自主規制※を浴びせて放尿プレイという、魔物娘ですらドン引く一生のトラウマを刻み付けることになったのであった。
回想終了
「で、その後ねーお姉ちゃんの家に行って体拭いてね、パジャマにしてねースティスお兄ちゃんにベッドに運んでもらったの!」
「あと、風呂場。借りたぞ」
「・・・・・・・・・しにたい」
メコレは話を聞いてる途中に布団の中に潜り込み包まったまま動かなくなってしまった。
「お姉ちゃんが気にすることないよ!悪いのはスティスお兄ちゃんだから!」
「まあそうかもしれんがこいつが人を食べると嘘をつくから・・・」
「だいたいねー!自分でお姉ちゃんをちょーはつしたのに、手を出されたら悪い魔物あつかいだなんて『こそく』すぎてゆうしゃのかざかみにもおけないよ!!」
「・・・」ザクッ
言葉の刃が胸に刺さる。
「そもそも、絶対とちゅうでちょっとおかしいなって思ってたくせに、メコレお姉ちゃんが泣いておしっこもらして命ごいしてるのに止めずにいじめつづけるなんて、とんだヘンタイやろーだよお兄ちゃん!!」
「・・・」ズシュッ
また刺さる。
「どんなに正しいことだなんていってもねー!自分のうっくつとしたストレスをメコレお姉ちゃんではっさんさせたようにしか見えないよ!ダークエルフさんのちょうきょうだってここまでさでぃすてぃっくなことしないよ!このりょうきへんたいゲロスキー!」
「・・・そ、それは不可抗力だから・・・」ズグッ
致命的に刺さる。
「というよりもー!
こんな毎日ゴミ拾いしつつじょうろもっておさんぽして、道に咲いてる花に水やりしてほほえんだり、子供の((主にルプスの))めんどういっぱいみたり、きんじょのお母さんたちののろけ話をやな顔もしないで聞いてあげたり、そのうえおかしのおすそわけまでしたり!そんなお姉ちゃんが悪い魔物に見えるはずないでしょーもうー!」
「うっ・・・ルプ・・・それは今言わなくていいから」ザグッ
布団を貫通してメコレにまで刺さったようだ。
「一応マンティコアは凶暴性のある魔物として分類されていてだな・・・」
「お姉ちゃんのどこに『きょうぼうせい』があるの!!
お姉ちゃんは女の子なんだよ?『ぼう』なんてあるわけないじゃん!
つまり、お姉ちゃんにあるのは『きょせい』だけだよぉー・・・なんちゃって♪」
「おー、かなり上手だな」
「じつはしばらく前から温めていたネタだったんだよー!」
ルプスがドヤ顔で自慢している横で、妙に納得したようにスティスが頷いている。
「ルプにはもうクッキーもケーキも作ってやんない・・・」グスン
「えー!そんなー」
「凶暴性に棒がなくて虚勢か・・・クッククク・・・」
「笑うなぁ!!」
先ほどのあれがじわじわと笑いのツボに入り始めたスティス。それに耐えられなくなったメコレは飛び起きて、スティスの襟首を掴んでぶんぶんと頭を揺らしている。
「それじゃ、メコレお姉ちゃんも元気になったみたいだし、わたしは帰るねー!
スティスお兄ちゃんと二人でちゃんとお話してね!」
布団から飛び出したメコレをみると気を利かせたのか、足早にメコレの家から去っていった。
「おい!まだ話は終わって・・・ちっ・・・行っちまいやがった」
「ずいぶんお前に懐いているようだな」
「懐いてるっつーか遊び道具にされてる気がするぜ・・・」
「そうかもな、案外子供というのは目ざとい生き物だ。お前みたいな人の良さそうな奴に近寄っていく」
「誰がお人好しだ!俺はマンティコアなんだぞ!」
「いいんじゃないか?子供に好かれるお人好しのマンティコア」
「ダメだ!『マンティコアたるもの凶悪でなければいけないのだ』ってお母さんが言ってた!」
「まあ、家庭の教育方針にとやかく口を出すつもりはないが・・・お前のどこに凶悪要素があるんだ?」
「もちろんあるぞ!
え〜っと・・・あっそうだ!お前のこと引っ掻いたのなんてとっても凶あ・・・く・・・
・・・あの、さっきは引っ掻いたりしてごめん・・・」ショボン
先ほどの自分がやったことを思い出した。耳をぺたりと頭にくっつけて、申し訳なさそうに謝罪した。
「気にするなよ、掠っただけで、あの程度なら痕すら残らん。それに悪いのあの子が言っていたように俺の方だ。」ナデナデ
「はふ・・・よかったぁ・・・
・・・っていつまで撫でてるんだよ!触んな!」
そんなメコレの頭をぽんぽんと叩き撫でて励ます。見た目よりもさらさらと肌触りのよい髪を気に入ったのか、メコレが恥ずかしがって怒るまで続けていた。
「ああ、済まない。ちょうど撫で心地がよかったから」
「気安く撫でるなぁ!・・・まあもっと親しくなったら考えてやっても・・・」ゴニョゴニョ
「・・・では、俺もそろそろ帰るとしよう。
村の方には『マンティコアに擬態している至極穏やかな魔物』とでも言っておくさ」
「なんかそれも納得できないぜ・・・あとちょっと待て」
「なんだ?」
「その・・・だな。お前は勇者で、俺は凶悪な魔物だろ?」
「まあ、それでいいんじゃないか?」
「でも俺はまだ凶悪なことしてないだろ?・・・引っ掻いたりしたけど」
「だな」
「でも、俺は凶悪な魔物だからこれから凶悪なことをするかもしれないんだ。だけど、凶悪なことをしたわけじゃないから退治するのは間違っているよな?」
「ん?まあ・・・うむ。そうだな」
「だからお前は勇者として、俺が凶悪なことをしないか見張らなきゃいけないと思うんだ」
「理屈としては・・・確かにそうだが・・・」
「これからお前は、ときどきでいいから俺を見張りに来い!」
「それくらいならお安い御用だ」
「ホントか!?
・・・じゃ、じゃあ出来ればお昼すぎくらいに来い!・・・そしたらお茶と菓子くらい焼いておいてやる!」
「ククッ、わかった。三日後くらいにまた見張りに来るとしよう」
「ああ、約束だぞ!」
村への帰路、メコレの無邪気に手を振って見送っている顔を思い出すと、確かに『魔物娘』としては凶悪に違いないと、スティスはまた一人でくつくつと笑うのであった。
終わり
15/11/25 00:29更新 / ヤルダケヤル