本物の違い
たまの休日、散歩でもしようかと思って町をぶらぶらと歩いていたら、気がつけば森であった。他に説明のしようがない、ぼうっと店の品物や行き交う人々を見ていたら薄暗い森の中にいたのだ。
「…何か不味い物でも食べてしまったかな・・・?」
今日の朝は食べてないから夕食か…特に心当たりがあるわけでもない。オーソドックスに頬を抓ってみたが、これってそんなに痛いものでもない気がする、だが一応感覚らしきものも存在することはわかった。となるとやはりこれは現実に相違ないということになる。もしかしたらどこかの魔法使いが魔法を失敗させてそれに巻き込まれ転移させられたのかも知れない。しかし、その場合は幻覚をみているよりも更に厄介だ、ここがどこか全く検討もつかない。何か手がかりになるものはないだろうか…?
「本当にどこなんだここは…?」
周囲を見渡して見ると、少し先に道が出来ていることに気がついた。そして、道に出てみると、長い一本道であることもわかったのだがどちらも鬱蒼と木々が生い茂っている。さすがにどちらか闇雲に歩いていくのは無謀すぎる。いっそ、このまま誰か来るか待っているか…? いや、いつくるか分からない人を待つよりもやはりどちらかにいくべきか…道があるということは抜けることが出来るというわけだし…いやしかし…
「ん?」
考えあぐねて道につっ立っていると、前の方から紫色のシルエットがこちらに手を振りながら近づいて来ている。妙な色の服であるが、人であることは間違い無さそうだ。なんとか森から抜け出せそうである
「いやあ、どうも…初めまして」
はにかんだ笑顔を見せながら、(おそらく)ワーキャットが歩み寄ってきた。
「あ、どうも初めまして」
「ここに来るのは……初めて…だよね?」
どうやら答えが不安なようで、人差し指の指先(厳密言えば爪先)をつんつんと合わせながらこちらの顔色を伺っている。
「ええ、その通りです。気がついたらいきなり森の中にいて…どうしようかと、ほとほと困っていたところです」
「よかった〜。もう知ってる、なんて言われたらどうしようかと思ったよぉ」
溜息がこちらにまで聞こえてきそうなほど、安堵の吐息を漏らし、表情は満面の笑顔へと変わっていった。
「・・・それってどういうことでしょうか?」
「あぁ、ごめんね!自己紹介が遅れたよぉ。あたしはチェシャ猫のノア=ヘコです!」
「チェシャ猫?じゃあここは不思議の国?」
昔図鑑で読んだことはあるが、こんなフレンドリー全開の魔物だった覚えはない。
「そうだよ!道案内はお任せあれだよ!」フンス
「別に、兎を追いかけたわけでも子猫とごっこ遊びしてたわけでもないんですけど…」
「じゃあなんでか来ちゃったんだね」
「そうみたいですね・・・」
「でもせっかく来たんだからたっぷり観光するといいよ!」ボフン
「え…まあ明日も仕事は休みだし…今日だけなら」
「やったぁ!じゃあ、どこから、見てくぅ?」
そういうと当たり前のように寄り添い腕にぎゅっとしがみついてきた。悪い気がしないが流石に戸惑いを隠せない。
「ノアさんの…」「ノアでいいよぉ」「初対面ではちょっと…」「じゃあ、代わりにあたしがノアっていうね!」
「…ノアさんのオススメの場所はどこですか? 来たばかりでどこに何があるのかすら把握で来ていないので…」
「よかったぁ一緒だ!ノアも来たばっかだからわからないよぉ」
「…はい?」
「ノアもこっちに来たばかりだから、どこに何があるのかさっぱり」
「不思議の国出身じゃないの?」
「出身は宮城の仙台だよぉ」
「すごい意外な所から出てきたよこの人…
…てかそれでどうやって道案内するつもりだったんですか?」
「チェシャ猫だからなんか出来る気がしてたよぉ」
「……」
開いた口が塞がらない。緊急手術しなければ命に関わるレベルで。
「あ、ところで」
「え?何ですか?」
「牛タンもずんだ餅もそれ程好きじゃないよ!」
「うるせぇ!!」
「……やっと着いた…へんな双子に合わなくてよかった」
森を抜けると開けた土地に出た。
森を抜けるまで色々と話を聞いたところ、両親は不思議の国で出会い、しばらくはこちらで生活していたらしい。しかし、父の望郷の念からなのか、母のきまぐれさゆえなのかわからないが、現実世界に戻ってきたらしい。その後、彼女が生まれ、そのまま父の故郷で生まれ育ったそうだ。ほとんどチェシャ猫らしいこともせず育ったが、母の生まれ故郷の不思議の国に興味を持ち、自分もチェシャ猫らしくなりたいとやってきたということだ。
「随分時間がかかったね…」コシコシ
魔物の彼女も疲れたらしく、ほんのりと額に汗がにじみ出ている。……そしてそれをしがみ付いていた腕のシャツで拭きやがった。
「…不思議の国ならどこでもワープみたいにできるんじゃないんですか?」
「どこに何があるわからないのに、そんなことしたら壁に埋まって一発ロストだよぉ」
やれやれと言わんばかりに首を振って溜息を吐かれた。むかつく。
「さて…これからどうするか…
ノアさんは帰り方って知ってる?」
観光も道案内も期待できないとなると、もはや帰って寝たい気分である。かといって帰り方もわからない。
「全然だよ!」
屈託のない笑顔がかえってきた。
「…じゃあどうするつもりだったんだ?」
彼女は帰るつもりがないのだろうか?
「ん〜、道案内してるうちにわかるかな〜って考えてた!」
つまり彼女はただの腕の重しである。
「……」
「あ、なんかすっごい役立たずみたいに見られてる気がするよぉ」
「ノア、こっちに来る前にいろいろと予習しておいたから、場所はわからないけど誰がなにやってるのかはわかるよ!」
「おお、それはよかった、危なくそこらへんに捨てていく所でした」
「え、よかったのぉ?」
「もちろん、でも役に立たないがあまり役にたたないになっただけですけどね」
「む〜酷い、役に立つもんね!あたしは今何をすべきかちゃんとしってるよ!」
「と、いいますと?」
「お茶会が開かれているところを探せばいいよ!」
「ふむ・・・なるほど…その通りだな」
確かにお茶会は不思議の国の住民の集会場みたいな機能をしているらしいし有益な情報集められるかも知れない。
「…」ドヤッ
「だが、ここの住人達はどこかずれてるというか・・・ぶっちゃけ狂ってるんだろ?
話し通じるのか?」
「なんとかなるんじゃないかな!」
「…まあ、お前と会話出来てるってだけでも、かなりの自信にはなるな」
「えへへ、それほどでもだよぉ」
「それにノア、この国でもやっていけるように色んな本を読んで耐性付けてたんだ」
「何読んだんだ?」
「えっと、ドグラマ○ラって本と、ル○イエ異本ってのと、あとボボボーボボー○ボ」
「とんでもないのばっかり読んできたよこの子!!」
「○ーボボが一番精神的にやばかったよぉ…」メケメケメケメケメケメケメケ…
「…で、だ。あそこでやってるのがそれなのか?」
大きなテーブルに人が大勢座り、楽しそうに紅茶や茶菓子を摘みながら歓談していた。
「ヨコセヨーシブヤクオオガタデパートヨコセヨー…「おい」
「え?あぁ。そうだよぉ皆でお茶会やってるんだよ。いってみようか?」
「お前だけで行ってくれないか?」
「ええーどうしてぇ?」
「確かここの菓子や紅茶を飲むのはまずいんだろ? 味とかそういう意味じゃなくてな」
「美味しいよ!って言おうと思ったのに…ボケ殺しは残酷だよ。お答えするとその通り、全部と言っていい程大量の魔力が混ざってるね」
「それはちょっとな…」
「食べちゃった時はあたしがちゃんと「シテ」あげるから心配しなくてもいいよぉ♥」
一瞬だけぞくりとするほど、妖艶な笑みを浮かべた彼女はやはり魔物のチェシャ猫なのだ。
「………」
「どしたのぉ?」
「…何でもない。とにかく、俺はこんな変なところで訳もわからず童貞捨てるつもりはないしドーマウスのキラキラ蝙蝠を聞く気もない」
「…キラキラ蝙蝠ってなぁに?」
「なんだ?そんなことも知らずに不思議の国来たのか、しょうがない歌ってやろう」
「…あ、ありがとうだよぉ……」
俺がキラキラ蝙蝠を歌ってやったのだが聞いた事がなかったのか、なんともよく分からない表情をしていた。歌い終わり、ふと空を見ると何かがこちらに向かってやってきているようだ。
「お、おいあれはなんだ?」
「あれはジャバウォックだよ!」
「ジャバウォック?」
「うん、不思議の国にいるドラゴンだよ」
「クッォウバャジだろ?」
「?」
「ここは鏡じゃなくて不思議の国だからな、ククッ」
「「……?」」
「この男はなんと言ってるのだ?」
「あたしもわかんないよぉ…」
「くそ…」
これだから教養のないやつは困るのだ。
いつの間にか降り立っていたジャバウォックは、アホ猫と見合わせたのち、一緒にこちらを不思議そうに眺めている。
「もしかしたら、この国に来る時に頭を打ったのやもしれんな。この国にも病院はないわけではない。そこでゆっくりと療養するがいい」
「ありがとう!あたし、この人が治るまで頑張って看病するよ!」
「そうか…
私もここであったのは何かの縁だ、たまにだが見舞いにきてやることにしてやろう」
「御厚意痛み入ります、この馬鹿!!」
「錯乱しているみたいだな」
「ここまで来るのにとっても歩いて疲れてたし、帰り道も分からないから一気に来ちゃったんだね」
「おい、こういう時に限ってまともな考察するんじゃない、俺は正常だ」
「「うん、そうだね(な)」」ニコッ
「その、私達が何とかして上げなくちゃっていう視線はやめろ、まじでやめろ」
「「とにかく病院行こう、ね(な)?」」
「嫌だよ!」
「こういう病気って本人の自覚がないから厄介だね」
「全くだ」
「とりあえず、適当に歩いている振りして病院に向かって欲しいよぉ…」「承知した」
「聞こえてるからな!」
「ジャバウォックの私に案内させるなんて、この上ない名誉だぞ」
「別に頼んだ覚えはないんだがな…
そもそもお前は本編では全く出てこないのに、不思議の国がわかるはずないだろ!!」
「本編…いったいなんのことだ?」
そう、ジャバウォックはアリスの作中の詩の中に登場する竜であって、本編自体には登場しないのだ。
「そ、そういえば、名前聞いてなかったよ!あたしは、ノア=ヘコ!、ノアって呼んで欲しいよ!」
「マドラ・ダグオンだ。私もマドラで構わん」
「えへへ〜よろしくマドラちゃん!」
「偉そうに…お前なんてボーパルの剣で一突きだからな!!」
「ボーパルなんて言葉初めて聞いたぞ…」
「うぅ…やっぱりおかしいよぉ…」
「だから、正気だ! お前だってチェシャ猫らしく笑いだけ残して消えてしまえ!!」
「消えろなんて酷いよ…」
「うるさいうるさい!! なら首だけ残せばいいだろ!!」
「どうしよう…あたしがちゃんと案内してあげられなかったせいだ…」
泣きそうな声でジャバウォックに縋り付いている。あまりにも取り乱しすぎだ、このままでは本当に狂ってると思われてしまう。なんとかしなければ…
「それは違う。そんな理由で人間が狂うはずないんだ…これは元々彼の…」
「人を狂人扱いするな!お前なんて詩の中じゃドラゴンと言ったってあっさり殺されて大したことないじゃないか!!」
「詩?一体なんのことだ!落ち着くんだ!」
「はぁ・・・はぁ・・・落ち着け?俺は落ち着いているぞ。いいか?よく聞けよ?この世界はな、ルイス・キャロルって奴が書いた不思議の国のアリスと鏡の国のアリスっていう童話がモチーフになってるんだよ!!だからお前らはチェシャ猫って、ジャバウォックって、マッドハッターって、ドーマウスって、マーチヘアって名前なんだよ!!それくらい常識だろうがぁぁぁぁあ!!!!!」
「知らないよ…そんな話、知らないよ…」
「……今、我々が出来ることは、一刻も早く彼を連れて行くことだ」ガシッ
「うん…絶対、ぜったい治してあげるからね…」
「放せ!!俺がおかしいんじゃない!!この国がおかしいんだ!!
はなせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
その後、マドラちゃんと一緒に彼を病院に連れて行きました。…すぐに治る程度の症状ではないほど、彼は狂気に蝕まれていました。今も拘束具を外すことが出来ません。
彼はこの不思議な国は、童話の世界を元に作られていると思いこんでいるそうです。あの後私は彼の言っていた本を探して見ましたが、それらしき本はどこを探しても一冊も見つかりませんでした。
彼はたまに落ち着いて、あの時の話をしてくれることがあるのですが、どうやら私は、ここの生まれではなく、ミャギのセダイ?というところで生まれ育って、あの時たまたまこちらに来たのだそうです。そして、それらの話は全て私が森を抜けるまでに喋った話だと言うのです。私は彼に観光を進めた後、すぐに別の場所に移動しました。…もちろん不思議の国で生まれ彼の行っていた地名も一切聞き覚えありません。
次に合った時は彼が森を抜けた後でした。酷く憔悴しきった顔で何かうわ言を言いながら歩く彼を見つけ、思わず彼の腕に匂いをつけてはぐれない様にマーキングしました。その後は覚えている通りです。私と話しているはずが、ときおり無言になり口だけ動かしている様を見た時は、得体の知れない恐怖と不気味さ、そして…庇護欲を感じました。やはり私もこの国の住人らしく、少々狂っているのかもしれませんね。
「ん?もう交替の時間か?」ナデナデ
「ぁぅ〜…」
マドラちゃんが、魔導具によって両手足を隔分され胴体だけになっている彼を膝に乗せ、頭を撫でていました。彼も、口枷の置くから気持ち良さそうな声を漏らしています。行為の残り香がするところみると、余韻に浸っていたところなのでしょう。
「そうだよぉ、今からは私の番♥」
マドラちゃんも『なぜかわからないが、彼をモノにしてみたくなってな。まあ、恋とは得てしてこういうものなのかも知れない』とあの後毎日のように看護(…これが看護といえるかわかりませんが、日に日に穏やかになっていく彼を見ればそうだといえるでしょう)に来てくれています。……邪魔ウォックだなんて思っていませんよ? 彼が治ったら3人一緒に出来ますし。
「こいつももうそろそろ退院できるかもしれないな…んむ…」チュルヂュル
「ん…ん…」
ゆっくりと優しく大きなベッドに彼を寝かし、名残惜しそうに彼の唇を舐っています。もうすっかりメストカゲですね。
「気が早いよぉ…まだ時々…」
「うむ…そうだったな
気長にやっていこう…確実に良くなっているんだ」
「うん、いつの日か…彼の話を聞ける日が来るよ……
…作り話として、ね」
終わり
「…何か不味い物でも食べてしまったかな・・・?」
今日の朝は食べてないから夕食か…特に心当たりがあるわけでもない。オーソドックスに頬を抓ってみたが、これってそんなに痛いものでもない気がする、だが一応感覚らしきものも存在することはわかった。となるとやはりこれは現実に相違ないということになる。もしかしたらどこかの魔法使いが魔法を失敗させてそれに巻き込まれ転移させられたのかも知れない。しかし、その場合は幻覚をみているよりも更に厄介だ、ここがどこか全く検討もつかない。何か手がかりになるものはないだろうか…?
「本当にどこなんだここは…?」
周囲を見渡して見ると、少し先に道が出来ていることに気がついた。そして、道に出てみると、長い一本道であることもわかったのだがどちらも鬱蒼と木々が生い茂っている。さすがにどちらか闇雲に歩いていくのは無謀すぎる。いっそ、このまま誰か来るか待っているか…? いや、いつくるか分からない人を待つよりもやはりどちらかにいくべきか…道があるということは抜けることが出来るというわけだし…いやしかし…
「ん?」
考えあぐねて道につっ立っていると、前の方から紫色のシルエットがこちらに手を振りながら近づいて来ている。妙な色の服であるが、人であることは間違い無さそうだ。なんとか森から抜け出せそうである
「いやあ、どうも…初めまして」
はにかんだ笑顔を見せながら、(おそらく)ワーキャットが歩み寄ってきた。
「あ、どうも初めまして」
「ここに来るのは……初めて…だよね?」
どうやら答えが不安なようで、人差し指の指先(厳密言えば爪先)をつんつんと合わせながらこちらの顔色を伺っている。
「ええ、その通りです。気がついたらいきなり森の中にいて…どうしようかと、ほとほと困っていたところです」
「よかった〜。もう知ってる、なんて言われたらどうしようかと思ったよぉ」
溜息がこちらにまで聞こえてきそうなほど、安堵の吐息を漏らし、表情は満面の笑顔へと変わっていった。
「・・・それってどういうことでしょうか?」
「あぁ、ごめんね!自己紹介が遅れたよぉ。あたしはチェシャ猫のノア=ヘコです!」
「チェシャ猫?じゃあここは不思議の国?」
昔図鑑で読んだことはあるが、こんなフレンドリー全開の魔物だった覚えはない。
「そうだよ!道案内はお任せあれだよ!」フンス
「別に、兎を追いかけたわけでも子猫とごっこ遊びしてたわけでもないんですけど…」
「じゃあなんでか来ちゃったんだね」
「そうみたいですね・・・」
「でもせっかく来たんだからたっぷり観光するといいよ!」ボフン
「え…まあ明日も仕事は休みだし…今日だけなら」
「やったぁ!じゃあ、どこから、見てくぅ?」
そういうと当たり前のように寄り添い腕にぎゅっとしがみついてきた。悪い気がしないが流石に戸惑いを隠せない。
「ノアさんの…」「ノアでいいよぉ」「初対面ではちょっと…」「じゃあ、代わりにあたしがノアっていうね!」
「…ノアさんのオススメの場所はどこですか? 来たばかりでどこに何があるのかすら把握で来ていないので…」
「よかったぁ一緒だ!ノアも来たばっかだからわからないよぉ」
「…はい?」
「ノアもこっちに来たばかりだから、どこに何があるのかさっぱり」
「不思議の国出身じゃないの?」
「出身は宮城の仙台だよぉ」
「すごい意外な所から出てきたよこの人…
…てかそれでどうやって道案内するつもりだったんですか?」
「チェシャ猫だからなんか出来る気がしてたよぉ」
「……」
開いた口が塞がらない。緊急手術しなければ命に関わるレベルで。
「あ、ところで」
「え?何ですか?」
「牛タンもずんだ餅もそれ程好きじゃないよ!」
「うるせぇ!!」
「……やっと着いた…へんな双子に合わなくてよかった」
森を抜けると開けた土地に出た。
森を抜けるまで色々と話を聞いたところ、両親は不思議の国で出会い、しばらくはこちらで生活していたらしい。しかし、父の望郷の念からなのか、母のきまぐれさゆえなのかわからないが、現実世界に戻ってきたらしい。その後、彼女が生まれ、そのまま父の故郷で生まれ育ったそうだ。ほとんどチェシャ猫らしいこともせず育ったが、母の生まれ故郷の不思議の国に興味を持ち、自分もチェシャ猫らしくなりたいとやってきたということだ。
「随分時間がかかったね…」コシコシ
魔物の彼女も疲れたらしく、ほんのりと額に汗がにじみ出ている。……そしてそれをしがみ付いていた腕のシャツで拭きやがった。
「…不思議の国ならどこでもワープみたいにできるんじゃないんですか?」
「どこに何があるわからないのに、そんなことしたら壁に埋まって一発ロストだよぉ」
やれやれと言わんばかりに首を振って溜息を吐かれた。むかつく。
「さて…これからどうするか…
ノアさんは帰り方って知ってる?」
観光も道案内も期待できないとなると、もはや帰って寝たい気分である。かといって帰り方もわからない。
「全然だよ!」
屈託のない笑顔がかえってきた。
「…じゃあどうするつもりだったんだ?」
彼女は帰るつもりがないのだろうか?
「ん〜、道案内してるうちにわかるかな〜って考えてた!」
つまり彼女はただの腕の重しである。
「……」
「あ、なんかすっごい役立たずみたいに見られてる気がするよぉ」
「ノア、こっちに来る前にいろいろと予習しておいたから、場所はわからないけど誰がなにやってるのかはわかるよ!」
「おお、それはよかった、危なくそこらへんに捨てていく所でした」
「え、よかったのぉ?」
「もちろん、でも役に立たないがあまり役にたたないになっただけですけどね」
「む〜酷い、役に立つもんね!あたしは今何をすべきかちゃんとしってるよ!」
「と、いいますと?」
「お茶会が開かれているところを探せばいいよ!」
「ふむ・・・なるほど…その通りだな」
確かにお茶会は不思議の国の住民の集会場みたいな機能をしているらしいし有益な情報集められるかも知れない。
「…」ドヤッ
「だが、ここの住人達はどこかずれてるというか・・・ぶっちゃけ狂ってるんだろ?
話し通じるのか?」
「なんとかなるんじゃないかな!」
「…まあ、お前と会話出来てるってだけでも、かなりの自信にはなるな」
「えへへ、それほどでもだよぉ」
「それにノア、この国でもやっていけるように色んな本を読んで耐性付けてたんだ」
「何読んだんだ?」
「えっと、ドグラマ○ラって本と、ル○イエ異本ってのと、あとボボボーボボー○ボ」
「とんでもないのばっかり読んできたよこの子!!」
「○ーボボが一番精神的にやばかったよぉ…」メケメケメケメケメケメケメケ…
「…で、だ。あそこでやってるのがそれなのか?」
大きなテーブルに人が大勢座り、楽しそうに紅茶や茶菓子を摘みながら歓談していた。
「ヨコセヨーシブヤクオオガタデパートヨコセヨー…「おい」
「え?あぁ。そうだよぉ皆でお茶会やってるんだよ。いってみようか?」
「お前だけで行ってくれないか?」
「ええーどうしてぇ?」
「確かここの菓子や紅茶を飲むのはまずいんだろ? 味とかそういう意味じゃなくてな」
「美味しいよ!って言おうと思ったのに…ボケ殺しは残酷だよ。お答えするとその通り、全部と言っていい程大量の魔力が混ざってるね」
「それはちょっとな…」
「食べちゃった時はあたしがちゃんと「シテ」あげるから心配しなくてもいいよぉ♥」
一瞬だけぞくりとするほど、妖艶な笑みを浮かべた彼女はやはり魔物のチェシャ猫なのだ。
「………」
「どしたのぉ?」
「…何でもない。とにかく、俺はこんな変なところで訳もわからず童貞捨てるつもりはないしドーマウスのキラキラ蝙蝠を聞く気もない」
「…キラキラ蝙蝠ってなぁに?」
「なんだ?そんなことも知らずに不思議の国来たのか、しょうがない歌ってやろう」
「…あ、ありがとうだよぉ……」
俺がキラキラ蝙蝠を歌ってやったのだが聞いた事がなかったのか、なんともよく分からない表情をしていた。歌い終わり、ふと空を見ると何かがこちらに向かってやってきているようだ。
「お、おいあれはなんだ?」
「あれはジャバウォックだよ!」
「ジャバウォック?」
「うん、不思議の国にいるドラゴンだよ」
「クッォウバャジだろ?」
「?」
「ここは鏡じゃなくて不思議の国だからな、ククッ」
「「……?」」
「この男はなんと言ってるのだ?」
「あたしもわかんないよぉ…」
「くそ…」
これだから教養のないやつは困るのだ。
いつの間にか降り立っていたジャバウォックは、アホ猫と見合わせたのち、一緒にこちらを不思議そうに眺めている。
「もしかしたら、この国に来る時に頭を打ったのやもしれんな。この国にも病院はないわけではない。そこでゆっくりと療養するがいい」
「ありがとう!あたし、この人が治るまで頑張って看病するよ!」
「そうか…
私もここであったのは何かの縁だ、たまにだが見舞いにきてやることにしてやろう」
「御厚意痛み入ります、この馬鹿!!」
「錯乱しているみたいだな」
「ここまで来るのにとっても歩いて疲れてたし、帰り道も分からないから一気に来ちゃったんだね」
「おい、こういう時に限ってまともな考察するんじゃない、俺は正常だ」
「「うん、そうだね(な)」」ニコッ
「その、私達が何とかして上げなくちゃっていう視線はやめろ、まじでやめろ」
「「とにかく病院行こう、ね(な)?」」
「嫌だよ!」
「こういう病気って本人の自覚がないから厄介だね」
「全くだ」
「とりあえず、適当に歩いている振りして病院に向かって欲しいよぉ…」「承知した」
「聞こえてるからな!」
「ジャバウォックの私に案内させるなんて、この上ない名誉だぞ」
「別に頼んだ覚えはないんだがな…
そもそもお前は本編では全く出てこないのに、不思議の国がわかるはずないだろ!!」
「本編…いったいなんのことだ?」
そう、ジャバウォックはアリスの作中の詩の中に登場する竜であって、本編自体には登場しないのだ。
「そ、そういえば、名前聞いてなかったよ!あたしは、ノア=ヘコ!、ノアって呼んで欲しいよ!」
「マドラ・ダグオンだ。私もマドラで構わん」
「えへへ〜よろしくマドラちゃん!」
「偉そうに…お前なんてボーパルの剣で一突きだからな!!」
「ボーパルなんて言葉初めて聞いたぞ…」
「うぅ…やっぱりおかしいよぉ…」
「だから、正気だ! お前だってチェシャ猫らしく笑いだけ残して消えてしまえ!!」
「消えろなんて酷いよ…」
「うるさいうるさい!! なら首だけ残せばいいだろ!!」
「どうしよう…あたしがちゃんと案内してあげられなかったせいだ…」
泣きそうな声でジャバウォックに縋り付いている。あまりにも取り乱しすぎだ、このままでは本当に狂ってると思われてしまう。なんとかしなければ…
「それは違う。そんな理由で人間が狂うはずないんだ…これは元々彼の…」
「人を狂人扱いするな!お前なんて詩の中じゃドラゴンと言ったってあっさり殺されて大したことないじゃないか!!」
「詩?一体なんのことだ!落ち着くんだ!」
「はぁ・・・はぁ・・・落ち着け?俺は落ち着いているぞ。いいか?よく聞けよ?この世界はな、ルイス・キャロルって奴が書いた不思議の国のアリスと鏡の国のアリスっていう童話がモチーフになってるんだよ!!だからお前らはチェシャ猫って、ジャバウォックって、マッドハッターって、ドーマウスって、マーチヘアって名前なんだよ!!それくらい常識だろうがぁぁぁぁあ!!!!!」
「知らないよ…そんな話、知らないよ…」
「……今、我々が出来ることは、一刻も早く彼を連れて行くことだ」ガシッ
「うん…絶対、ぜったい治してあげるからね…」
「放せ!!俺がおかしいんじゃない!!この国がおかしいんだ!!
はなせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
その後、マドラちゃんと一緒に彼を病院に連れて行きました。…すぐに治る程度の症状ではないほど、彼は狂気に蝕まれていました。今も拘束具を外すことが出来ません。
彼はこの不思議な国は、童話の世界を元に作られていると思いこんでいるそうです。あの後私は彼の言っていた本を探して見ましたが、それらしき本はどこを探しても一冊も見つかりませんでした。
彼はたまに落ち着いて、あの時の話をしてくれることがあるのですが、どうやら私は、ここの生まれではなく、ミャギのセダイ?というところで生まれ育って、あの時たまたまこちらに来たのだそうです。そして、それらの話は全て私が森を抜けるまでに喋った話だと言うのです。私は彼に観光を進めた後、すぐに別の場所に移動しました。…もちろん不思議の国で生まれ彼の行っていた地名も一切聞き覚えありません。
次に合った時は彼が森を抜けた後でした。酷く憔悴しきった顔で何かうわ言を言いながら歩く彼を見つけ、思わず彼の腕に匂いをつけてはぐれない様にマーキングしました。その後は覚えている通りです。私と話しているはずが、ときおり無言になり口だけ動かしている様を見た時は、得体の知れない恐怖と不気味さ、そして…庇護欲を感じました。やはり私もこの国の住人らしく、少々狂っているのかもしれませんね。
「ん?もう交替の時間か?」ナデナデ
「ぁぅ〜…」
マドラちゃんが、魔導具によって両手足を隔分され胴体だけになっている彼を膝に乗せ、頭を撫でていました。彼も、口枷の置くから気持ち良さそうな声を漏らしています。行為の残り香がするところみると、余韻に浸っていたところなのでしょう。
「そうだよぉ、今からは私の番♥」
マドラちゃんも『なぜかわからないが、彼をモノにしてみたくなってな。まあ、恋とは得てしてこういうものなのかも知れない』とあの後毎日のように看護(…これが看護といえるかわかりませんが、日に日に穏やかになっていく彼を見ればそうだといえるでしょう)に来てくれています。……邪魔ウォックだなんて思っていませんよ? 彼が治ったら3人一緒に出来ますし。
「こいつももうそろそろ退院できるかもしれないな…んむ…」チュルヂュル
「ん…ん…」
ゆっくりと優しく大きなベッドに彼を寝かし、名残惜しそうに彼の唇を舐っています。もうすっかりメストカゲですね。
「気が早いよぉ…まだ時々…」
「うむ…そうだったな
気長にやっていこう…確実に良くなっているんだ」
「うん、いつの日か…彼の話を聞ける日が来るよ……
…作り話として、ね」
終わり
15/11/25 00:30更新 / ヤルダケヤル