あれ?バフォ様出るの後半過ぎじゃない?
「いい加減働こうか…」
特に理由はない。強いて言うと飽きだ。今の生活に不満もない。静かに魔法の研究が出来ることは幸せだ。しかし、休暇にしてはあまりに長すぎた。
森の奥にひっそりと佇む小屋の中で、いい加減飽きてきた隠遁生活に終止符を打つべく一人呟いた。一人暮らしだと独り言が多くなってしまうのだ。
「そうなると問題は…神と魔王どちらに付くかだな」
魔王交替から数十年、世界も劇的に変わった魔物達に徐々にだが慣れ始めてきた頃だ。初めは、こんな有様では今回の魔王はあまり長くないだろう、と思っていたが数十年で魔王の中でも最大の版図を築き上げた。
それどころか、神に対抗するため完全に人間を滅ぼすつもりらしい。これを聞いた時は、ついに世界も終わりかと思ったものだが、方法が方法なため拍子抜けしてしまった。
「やってることは魔王の方が好感持てるが…俺が必要とされるのはむしろ主神側か?」
お前は何様だと思われたところで自己紹介と行こう。
名前は別に興味ないだろうから割愛する。種族は人間。今の職業は魔導師。昔は勇者であったが魔王側に裏切る。同じく勇者であった兄弟達といっしょに国を攻め落としてその一帯を治めていた。
裏切った理由は単純明快だ。勇者であるが故に、教団の派閥争いに巻き込まれ暗殺されかけたのだ。それに憤慨した兄が
「もういい!!教団のパッパラパー共に泡吹かせてやる!!」
というわけで反逆した。その後、敵の敵は味方ということで魔物と手を結んだという次第だ。
なぜそんな奴が今も生きてるかというのは
これまた単純明快だ。魔物と交流があったおかげで、延命の方法や不老の術など知ることが出来たからだ。『人魚の血で100倍!!それに200倍寿命が延びる魔法を組み合わせて20000倍だぁぁぁ(兄談)』らしい、実際、今もこうして生きているためあながち嘘ではないのかもしれない。
その後、平和に国を治めて暮らしていた俺達だが、魔王交替劇のせいで散々な目にあった。派閥争いに関わるのは懲りたので、魔物の身内での争いには関与していなかった俺達だが、今度はそれが裏目に出た。魔王交替に因る魔物娘化に、全く対策を行って来なかったのだ。魔王交替によって変化した家臣の魔物達は、男性を求めてどこかに飛び立っていった。また、人間の家臣も数多く居たが変化した魔物娘達に捕まってしまい、誰一人として城までたどり着けなかった。魔物娘の中には、残ってくれるものも居たが、家臣の大半を失ってはどうしようもなかった。そのため、魔王に国を献上し、俺達兄弟は各々旅をすることにしたのだ。
そして今に至るというわけだ
長い? 何を言うか、誰でもこれくらいのドラマがあるのだ。君達も父さんと母さんに二人の出会いを聞いてみるといい。案外とんでもないことが聞けるかもしれない。
「いや、もう神とか魔王とか関わるの止めるか、もっと慎ましく普通の職業にするべきだ」
そうなると何が良いか…
「…たまには人に仕えるというのもおもしろいかもしれんな」
今まで神に仕えるとか国民に仕えるとか口では言ってきたが、基本的に好き勝手やってこれた。一度くらい本気で仕えるというものをしてみようと思う。
「そうすると行くところは決まったな」
身支度を済ませ、長年暮らしてきた森の我が家に別れを告げた。
「王者の帰還……なんてな」
30日間の旅を経て、昔住んでいた城の城下町に到着する。転移魔法を使おうと思ったが、それでは味気ないため徒歩で来ることにしたのだ。旅の途中でいろいろと話を聞くことも出来たので、無意味ではなかった。
久しぶりの第二の故郷である。しかし、たかだか数年で国の様子もすっかり変わってしまった。まず第一に目に入るのが宿と娼館の多さだ。今の魔物らしい特徴だ。
その宿や娼館の呼び込みをしているのはサキュバスである。人間離れした美しさ、というのを地で行く容姿だ。
「そこのかっこいいお兄さん!!ちょっと寄ってかない?」
そのサキュバスの一人に声をかけられた。普通の人間ならば魅了されてしまうところだが、魔物の魔力にはそれなりに耐性がある。ちょうどいい機会だ、魔物娘除けの結界を試してみるか。
「すまないが、妻がラミアでな、勘弁してくれ」
「あれ!?番が居るの!?あっホントだわ!ごめんなさ〜い間違えちゃった」
「あんたと話してても怒られそうなんだ、じゃあな」
「は〜い奥さんと仲良くね」
「もちろんだ」
「 いたら だがな」
なかなかの出来映えだ。近くの魔物娘に番がいるように錯覚させる結界だが効果が実証されたようだ。わざわざこのために既婚インキュバスたちに高い金を払って調べたのだ、これくらいの効果は当然である。
軽くスキップしながら城に向かうことにする。
途中懐かしい顔と話し込むことが何度かあった。魔物化やインキュバスになっても中身は大して変わらないらしい。少し安心した。しかし、皆口々に誰と結婚したのか聞いてくるため、魔物娘除けの結界を解くことにした。
そして現在、城の前にいる。
門番にリザードマンが二人立っており、そこそこ腕が立つ様子だ。どちらも見たことのない顔である。魔王領地になった後でこの城に勤めたのだろう。これは予想外であった。
「バーメット殿に面会を頼みたいのだが」
「名前と身分を証明できるものを提示願いたい」
「名前ではないが次男といえばわかるだろう。身分証明になるものは持っていない」
「…申し訳ありませんが身分を明かせない者をバーメット様に合わせることは出来ません。お引取りください」
「…明かしてもいいがそれを証明できるものがないのだ」
「では、どのような身分の方でしょうか?」
「この国の元参謀だ」
「ユニコーンを連れて来い。あいつなら何とか治せるかもしれん」
「いやいや、これはただの酔っ払いだ。そんなことする必要ない」
「おい、俺は酔ってもないし正常だ」
「酔っ払いや病人は皆そう言うんだ!」
「とっとと失せろ酔っ払い!」
「いいからバーメットに次男が来たと伝えろ!!」
「バーメット様を呼び捨てとは無礼な!」
「牢屋に入りたいのか貴様!」
「今の言葉を伝えて、バーメットが知らないというなら牢屋でもなんでも入ってやろう。さっさと言って来い!!」
急にリザードマンの表情が変わる。まるで獲物を捕らえたかの様な笑みだ。
「その言葉忘れるなよ! もしバーメット様がご存じなければ、兵舎に連れて行って仲間達と共にこってり搾ってやるからな」
嬉しそうに片方のリザードマンが走っていった。
「そうか…酔っ払いかキチガイだと思っていたが…実はお前、これが望みで来たのか?」
もう片方もニヤニヤし始めた、勝手に都合の良いように解釈しているようだ。
「抜かせ」
「ふふふ…もちろんだ、一人で歩けなくなるほど抜いてやろう」
「……」
「かなりイイ男だが輪姦希望の変態とはな…いいだろう寮に帰ったら遊んでやろう。だがしかし、私達リザードマンと突き合うことは出来ても付き合うことは無理だぞ?私たちリザードマンは自分より強い男でなければ歯牙にもかけんのだ。だが、かわいそうな変態のお前のために特別に相手をしてやろう。けして欲求不満というわけではないぞ!? 哀れなお前のために仕方なく協力してやろうというのだ。あ…でも、もしかしたらベッドの上で負けを認めてしまうかもしれん…その時はしっかりと責任取るのだぞ!!わかったか!?責任を取らせる代わりにお前の家の家事洗濯をしてやろう、口の周りにご飯粒が付いていたら私の口付けで取ってやろう!お風呂にいっしょに入って背中を流してやろう!そして帰ってきたお前に今から行われるレイプのように乱暴な快楽ではなく愛情たっぷりのご奉仕プレイを毎晩して明日への活力を与えてやろう!どうだ!嬉しいか!?」
「8回も『やろう』を使っているな、もう少し語彙を増やせ」
「このやろう！」
「9回目だ。ツッコミは兄か弟の担当だ、あまり俺にボケられても困る」
「どこがボケだ!!それに今のはどう考えても違うだろ!」
「そんな余裕ぶっていても今のうちだ!!見ろ私の相方が帰ってきたぞ!」
息を切らせ、先程のリザードマンが帰ってきた。顔が真っ青になっている。
「ﾊｧｯﾊｧｯﾊｧｯ…バーメット様が…そいつ…じゃなかった、その方を無礼なきようお連れしろと…」
「えぇぇ!!?」
片方も顔面蒼白となる。
「…何か言うことがあるのではないか?」
「「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そのまま誰一人喋ることなく謁見の間まで連れて行かれた。
「久しぶりだな、バーメット」
「お久しぶりでございますじゃ。ジナン様」
「(バーメット様が敬語でお辞儀!?)」
「(終った、私達絶対終った)」
「ジナンじゃない次男だ」
「これは失礼しましたのじゃ、ジ・男様」
「……」
名前はバーメット・インディゴート 種族はバフォメット 現在はこの国の善き領主として君臨しているようだ。彼との出会いは前魔王時代、城を落とし国を手に入れた俺達であったが、政治など誰も出来なかった。そこで、前魔王に頼ったところ、有能な文官として紹介されたのが彼だ(今は彼女というのが正しいか)。実際に彼女は有能であった。魔物と人間が共存できる国を目指して東奔西走し、国内の安定を導いた。当初は、人魔共存など出来るはずのない夢物語であった。彼がそれにどれくらい近づけるか、半ば試すような形で言ったことであったが、彼の手腕により現実のものになったのだ。
本当は、家臣などではなく腹を割って話せる友人として、俺達に政を教授してくれた師匠として接したいのだが彼の信条に反するらしくこのような関係になっている。
『お前の説明って設定資料集みたいだな』 ……なぜか兄の声が聞こえた気がする。
ところで、魔物娘化してからと言うもの壊れた水道のようにじゃーじゃー言い始めたが、彼女に何があったのだろうか?
「おぉ、そうじゃ、おぬしら、ご苦労じゃったな下がってよいぞ」
「はっ!(あぁ…どうしようどうしようどうしよう…)」
「ちょっと待て」
「(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)」
「(あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば)」
「いかがしましたのじゃ、ジナン様?」
「そいつらにはとても丁寧に応対してもらった、後で褒めてやってくれ」
「「へ?」」
「わかりましたのじゃ」
「よくやってくれたのぅおぬしら、後で褒美を取らすゆえ楽しみにしておるのじゃ」
「は…ハッ!(え?助かった?私たち助かったの?)」
何が何だかわからない顔をしたまま彼女達は出て行った。実際そこまで悪い対応ではなかった。門番が身分の分からない不審者を警戒するのは当然であるし、面倒くさがらず一応報告しておくという姿勢も評価できる。待っている間も、何いっているかよくわからなかったが退屈にさせないように必死で喋ってくれていた。
「で、頼みがあったので来た訳だが…」
「ジナン様の頼みとあらば全身全霊をかけて完遂致しましょう…なのじゃ」
「俺をここで働かせてくれないか?」
「もちろん、そのようなこと造作もないことですじゃ、今から魔王様に領主の交代を報告しに…「そうではない、お前の下で働かせてくれといったのだ」
「 ??? おっしゃる意味が分かりかねますのじゃ」
「人の下で働いたことがないから働いてみたいのだ」
「……それはまたなんとも」
なぜか半目で呆れられている。昔からたびたびこういう目をされる。理由を聞いても、一度も答えてもらったことがない。
「申し訳ないですが私では荷が重いのでお断りさせていただきます」
「なぜだ? 理由はどうあれ、仕事に関しては真摯に取り組むつもりだぞ?」
「それは存じております。やるとなったらジナン様が一番真面目に取り組むことも知っております、ですがそういう問題ではないのです」
「いったいなんだ?」
「私はジナン様が部下になったとしても馬車馬のように働かせる自信がありますが、他の者達はそうは行かないでしょう」
「あぁ…なるほど…」
「ジナン様が何者か知っている者は今では数える程しかいませんが、もしジナン様がここで働くとなるとすぐに話しは広まります。そうなるとジナン様が何かするたびに周りの者たちが萎縮してしまいます」
「全く持ってその通りだ…考えが浅かった。申し訳ない」
「いえ、謝ることではございません。」
「ところで途中から言葉遣いが変わっていたがどうしたんだ?」
「あ゛ーーー!!わ…忘れていまし…じゃなくて、忘れていたのじゃ…
……気にしないでください…なのじゃ」
「お前も大変みたいだな」
「そう、私も…じゃなくて儂も大変なのですじゃ…
本当に近頃は頭の痛いことが多くてのう…」
「お前でも悩むことがあるのか」
聡明で俺達の大半の無理難題に答えを出してきた彼女が悩むようなことがあるとは
「褒めてくださるのはありがたいのですじゃが、その言い方は誤解を招きますのじゃ」
また半目で呆れられてしまった。何がいけないのだ。
「バーメット様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
急に小さな子供が部屋に飛び込んでくる。おそらくこいつが魔女だろう、縁の付いた三角帽をしている。
「フォーメル様が…」
「今度は何をやらかしたのだ!?」
俺が見たこともない剣幕で魔女に詰め寄る。
「フォーメル様の自作魔法が暴発し「あの子に怪我は!?」
「怪我はありませんが、爆発アフロに…」
「…よかった……のじゃ」
よかったのか?
バーメットはそれを聞くとへたへたとその場に座り込んだ。よっぽど大切な人物のようだ
「誰なんだそいつは?」
「私の娘ですじゃ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?いつの間に!?」
柄にもない大声を上げてしまった。こいつに娘がいたのか…
「そういえば、アーレトと結婚したのはジナン様たちがこの国を去った後でしたのう」
「アーレト!?アーレトってあの…」
「そう、私の補佐だったアーレトです」
「あいつ男だぞ!?」
「何の問題があるのですか? 今は身も心も幼女ですじゃ」
「そ…そうか…そうだったな…」
身近な人物だと魔物娘化したことを忘れてしまう。
「と…とにかくおめでとう」
「ありがとうございます…ですじゃ!」
「お前とアーレトが結婚か…感慨深いものがあるな」
「じゃのう…そしてその二人の愛の結晶として儂がうまれたのじゃ、さらに感慨深いのう」
いつの間にか小さいアフロが部屋の中にいる。顔はバーメットにそっくりだがアーレト譲りの真紅の髪をしている。
「ところで母上と父上を呼び捨てにするお主は何者じゃ?」
「元参謀」
「そうみえんのう…よくて部隊長ぐらいじゃの」
「フォーメル!!」
いつの間にか整った長髪に戻ったフォーメルの頭にバーメットの鉄拳が下る。
ｺｰｰｰﾝ
木魚のような音が鳴り響き
「あうぅぅぅ〜〜痛いのじゃ〜〜」
赤髪のバフォメットがのた打ち回る。魔物娘の頭は人間とは違い空洞のようだ。
「ま、実際参謀らしいことはしたことなかったがな」
「それは否定しませんのじゃ」
「じゃあなんで怒られたのじゃ!?」
「そういう問題ではない!人を傷つけるようなことは言うなといっているのじゃ」
「む〜〜〜」
「まったく…誰に似たのやら…」
膨れ面したフォーメルを無視しこちらに向き直ってため息を吐く。
「俺に聞かれても困る」
「仕方ないのぅ…お主に失礼なことを言ってしまった分、お主も儂に失礼なことを言う権利を与えよう。これでおあいこなのじゃ」
名案を思いついたと、自慢げに鼻を鳴らしている。
「こら!!」
ﾎﾟｺｯ
「あう〜〜〜〜〜」
またげんこつを食らい悶えて転げまわっている。あの肉球の付いた手では痛そうに見えないが…
「確かにそれでおあいこだな」
「じゃ…じゃろう…?」
涙目になりながらも得意げにこちらをみている。
「せっかくの名案だ、乗ってやろう」
「うむうむ、鋼鉄の心臓と呼ばれる儂のメンタリティの前には無意味じゃがな」
軽く適当なジョークを言って、この場を収めよう。
「…お前よりバーメットの方がキャラ立ってるぞ」
「「「酷っ！！！」」」
「ジナン様!!それはあんまりにも酷すぎます!!」
「そうですよ! フォーメル様はまだ７歳ですよ!? 何てこと言うんですか!!」
「……すまん」
ここまで顰蹙を買うとは予想外だ。
「そ…そんな…そんなことないのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
言われた本人は大泣きし始めた。鋼鉄の心臓はどこにいったのだろうか。
「うっ…うっ…ひぐっ…許さん…
お…お主だけは許さんのじゃ… 儂の魔術の全てを以って葬り去ってくれる…」
フォーメルは涙目で魔方陣を展開する。魔方陣のルーンから察するに暗黒系の上級魔法だろう。しかし、ところどころアレンジしているのか正規の魔方陣ではありえない組み方がされている。７歳といっていたが末恐ろしい能力だ。
「フォーメル!!止めなさい!」
「お止めくださいフォーメル様!!」
「いやいい、そのまま撃たせてみろ」
「しかし…」
「あれぐらいでは掠り傷も出来ん
それにお前の子供がどれほどのものか興味が沸いた」
「ジナン様…」
だからその半目を止めろ。
「儂にこの魔法を使わせたことを後悔するのじゃ!!」
「ブラックメイルシュトロム!!」
ポﾌﾝ
「ブラックメイルシュトロム!」
ポﾌﾝ
「……」
「……」
暴発しないだけマシとしよう。
「もう一度ゆっくりやってみろ」
「言われなくともそうするのじゃ!!」
再度魔方陣を展開しこちらに向ける。魔方陣を注視すると何箇所かアレンジではなくミスがあることに気づいた。
「ちょっと待て」
「なんじゃ?今頃命乞いかのぅ?」
「撃てない魔法に命乞いしても仕方ないだろ
そのまま魔方陣を維持してろ」
「なっ!!舐め腐りおって…誰が言うことを聞くか!!もう一度じゃ!!
ブラックメイルシュト「だからちょっと待て」
聞き訳がないので、拘束魔法で一度動きを止める。人間相手の拘束魔法では効果がなさそうなので、かなり強度を高めておいた。
「ぐっ!!う…動けんのじゃ」
「魔方陣は解除するなよ、そのまま話を聞け」
「うむ…しょうがないから聞いてやるのじゃ」
「まず、こことここのルーンの位置が反対だ。これでは弁を逆に作ったようなもので、魔力がうまく循環しない。恐らくこれが失敗する原因だな」
「あ゛!!」
慌てて魔方陣を見直している。どうやら間違いに気づいたようだ。
「そして、魔方陣の外枠も正円になってない。正円以外で魔方陣を書きたいのだったらルーンの書き方もそれにあわせろ」
「う゛…こんな初歩的なミスをしてしまうとは…ちょっとめげそうじゃ…」
「まぁ、逆に言えばこれくらいしかミスがないのは、大したものだ」
「ほんとうかの!?
うへへ、儂の魔法を分析できるとはお主もなかなか見所があるではないか!」
「じゃ、言われたところを直して撃ちなおせ」
「了解なのじゃ!」
魔方陣がゆっくりと空中に描かれていく、さまざまな色の光によってルーンが紡がれ徐々に魔方陣の中央に黒い魔力の塊が出来始める。今回はどこにも異常は見当たらない。しかし、通常の方法とは異なるルーン展開のため彼女は知らずに魔法の難易度を上げてしまっている。
「呑み砕け!!ブラックメイルシュトロォォォォォォム!」
凝縮された魔力が黒い激流となり襲い掛かってくる。部屋を一瞬で埋め尽くすほどの黒い水流は全て俺を目標に向かってくる。
範囲と質量は申し分ない。問題の威力だが…実際に当たらなければ分からない。
流れてくる水流に身を任せる。
「35点くらいだな…」
彼女のアレンジが原因だろう。属性のごった煮で威力を殺しあっている。
「!!? 儂の最高呪文を食らって無傷とは…何をしたのじゃ!?」
「なにもしてないぞ
そして質問だが、なぜ多色でルーンを書いたんだ?」
「これだから魔法を知らないものは困る」
ため息を吐かれてしまった。これでも魔法に自信はあるのだが
「いいじゃろう!教えてやろう!儂がたくさんの色でルーンを描く理由は、それは!!」
「それは?」
「その方が綺麗でかわゆいからに決まっておるのじゃ!!」
「……」
こんな時、ツッコミを入れることが出来る兄達を羨ましく思う。
「同じ色だけでルーンを描くなんてつまらないのじゃ!」
「……バーメット」
「…言わないで下されなのじゃ…」
「儂が魔法を教える時間は政務であまり取れず、魔女達ではもうこの子の魔法に付いていけず怪我をしないか見張ることしか出来ないのですじゃ…
どれもこれも言い訳ですがのう…
儂の努力と才能が足りないのがいけないのじゃ…
すまんのう…フォーメル」
沈痛な面持ちで事情を説明するバーメット。彼女は何事も自分の責任にする悪癖がある。
「母上!何を暗い顔しておるのじゃ!魔法くらい自分一人でなんとでもできるのじゃ!
じゃから…じゃから! これ以上無理はせんで下され!母上が辛いと父上も儂も悲しくなってしまうのじゃ!!」
「フォーメル…」
赤髪のバフォメットが同じような姿のバフォメットにしがみついて涙を流している。それに応えるように抱きつかれたバフォメットも優しく抱き返す。
端から見ると子供が相撲を取っているようにしか見えないが、これがこの親子の愛と絆である。
「う…うぅ…」
傍にいた魔女はそのシーンを泣きながら魔法で撮影している。
「………元を正せばバーメットに国や面倒事を丸投げした自分達兄弟に責任があるな」
「いえ!そのようなことは!!」
「代わりといっては何だが…
俺がこいつに魔法を教えよう」
「「「え？」」」
特に理由はない。強いて言うと飽きだ。今の生活に不満もない。静かに魔法の研究が出来ることは幸せだ。しかし、休暇にしてはあまりに長すぎた。
森の奥にひっそりと佇む小屋の中で、いい加減飽きてきた隠遁生活に終止符を打つべく一人呟いた。一人暮らしだと独り言が多くなってしまうのだ。
「そうなると問題は…神と魔王どちらに付くかだな」
魔王交替から数十年、世界も劇的に変わった魔物達に徐々にだが慣れ始めてきた頃だ。初めは、こんな有様では今回の魔王はあまり長くないだろう、と思っていたが数十年で魔王の中でも最大の版図を築き上げた。
それどころか、神に対抗するため完全に人間を滅ぼすつもりらしい。これを聞いた時は、ついに世界も終わりかと思ったものだが、方法が方法なため拍子抜けしてしまった。
「やってることは魔王の方が好感持てるが…俺が必要とされるのはむしろ主神側か?」
お前は何様だと思われたところで自己紹介と行こう。
名前は別に興味ないだろうから割愛する。種族は人間。今の職業は魔導師。昔は勇者であったが魔王側に裏切る。同じく勇者であった兄弟達といっしょに国を攻め落としてその一帯を治めていた。
裏切った理由は単純明快だ。勇者であるが故に、教団の派閥争いに巻き込まれ暗殺されかけたのだ。それに憤慨した兄が
「もういい!!教団のパッパラパー共に泡吹かせてやる!!」
というわけで反逆した。その後、敵の敵は味方ということで魔物と手を結んだという次第だ。
なぜそんな奴が今も生きてるかというのは
これまた単純明快だ。魔物と交流があったおかげで、延命の方法や不老の術など知ることが出来たからだ。『人魚の血で100倍!!それに200倍寿命が延びる魔法を組み合わせて20000倍だぁぁぁ(兄談)』らしい、実際、今もこうして生きているためあながち嘘ではないのかもしれない。
その後、平和に国を治めて暮らしていた俺達だが、魔王交替劇のせいで散々な目にあった。派閥争いに関わるのは懲りたので、魔物の身内での争いには関与していなかった俺達だが、今度はそれが裏目に出た。魔王交替に因る魔物娘化に、全く対策を行って来なかったのだ。魔王交替によって変化した家臣の魔物達は、男性を求めてどこかに飛び立っていった。また、人間の家臣も数多く居たが変化した魔物娘達に捕まってしまい、誰一人として城までたどり着けなかった。魔物娘の中には、残ってくれるものも居たが、家臣の大半を失ってはどうしようもなかった。そのため、魔王に国を献上し、俺達兄弟は各々旅をすることにしたのだ。
そして今に至るというわけだ
長い? 何を言うか、誰でもこれくらいのドラマがあるのだ。君達も父さんと母さんに二人の出会いを聞いてみるといい。案外とんでもないことが聞けるかもしれない。
「いや、もう神とか魔王とか関わるの止めるか、もっと慎ましく普通の職業にするべきだ」
そうなると何が良いか…
「…たまには人に仕えるというのもおもしろいかもしれんな」
今まで神に仕えるとか国民に仕えるとか口では言ってきたが、基本的に好き勝手やってこれた。一度くらい本気で仕えるというものをしてみようと思う。
「そうすると行くところは決まったな」
身支度を済ませ、長年暮らしてきた森の我が家に別れを告げた。
「王者の帰還……なんてな」
30日間の旅を経て、昔住んでいた城の城下町に到着する。転移魔法を使おうと思ったが、それでは味気ないため徒歩で来ることにしたのだ。旅の途中でいろいろと話を聞くことも出来たので、無意味ではなかった。
久しぶりの第二の故郷である。しかし、たかだか数年で国の様子もすっかり変わってしまった。まず第一に目に入るのが宿と娼館の多さだ。今の魔物らしい特徴だ。
その宿や娼館の呼び込みをしているのはサキュバスである。人間離れした美しさ、というのを地で行く容姿だ。
「そこのかっこいいお兄さん!!ちょっと寄ってかない?」
そのサキュバスの一人に声をかけられた。普通の人間ならば魅了されてしまうところだが、魔物の魔力にはそれなりに耐性がある。ちょうどいい機会だ、魔物娘除けの結界を試してみるか。
「すまないが、妻がラミアでな、勘弁してくれ」
「あれ!?番が居るの!?あっホントだわ!ごめんなさ〜い間違えちゃった」
「あんたと話してても怒られそうなんだ、じゃあな」
「は〜い奥さんと仲良くね」
「もちろんだ」
「 いたら だがな」
なかなかの出来映えだ。近くの魔物娘に番がいるように錯覚させる結界だが効果が実証されたようだ。わざわざこのために既婚インキュバスたちに高い金を払って調べたのだ、これくらいの効果は当然である。
軽くスキップしながら城に向かうことにする。
途中懐かしい顔と話し込むことが何度かあった。魔物化やインキュバスになっても中身は大して変わらないらしい。少し安心した。しかし、皆口々に誰と結婚したのか聞いてくるため、魔物娘除けの結界を解くことにした。
そして現在、城の前にいる。
門番にリザードマンが二人立っており、そこそこ腕が立つ様子だ。どちらも見たことのない顔である。魔王領地になった後でこの城に勤めたのだろう。これは予想外であった。
「バーメット殿に面会を頼みたいのだが」
「名前と身分を証明できるものを提示願いたい」
「名前ではないが次男といえばわかるだろう。身分証明になるものは持っていない」
「…申し訳ありませんが身分を明かせない者をバーメット様に合わせることは出来ません。お引取りください」
「…明かしてもいいがそれを証明できるものがないのだ」
「では、どのような身分の方でしょうか?」
「この国の元参謀だ」
「ユニコーンを連れて来い。あいつなら何とか治せるかもしれん」
「いやいや、これはただの酔っ払いだ。そんなことする必要ない」
「おい、俺は酔ってもないし正常だ」
「酔っ払いや病人は皆そう言うんだ!」
「とっとと失せろ酔っ払い!」
「いいからバーメットに次男が来たと伝えろ!!」
「バーメット様を呼び捨てとは無礼な!」
「牢屋に入りたいのか貴様!」
「今の言葉を伝えて、バーメットが知らないというなら牢屋でもなんでも入ってやろう。さっさと言って来い!!」
急にリザードマンの表情が変わる。まるで獲物を捕らえたかの様な笑みだ。
「その言葉忘れるなよ! もしバーメット様がご存じなければ、兵舎に連れて行って仲間達と共にこってり搾ってやるからな」
嬉しそうに片方のリザードマンが走っていった。
「そうか…酔っ払いかキチガイだと思っていたが…実はお前、これが望みで来たのか?」
もう片方もニヤニヤし始めた、勝手に都合の良いように解釈しているようだ。
「抜かせ」
「ふふふ…もちろんだ、一人で歩けなくなるほど抜いてやろう」
「……」
「かなりイイ男だが輪姦希望の変態とはな…いいだろう寮に帰ったら遊んでやろう。だがしかし、私達リザードマンと突き合うことは出来ても付き合うことは無理だぞ?私たちリザードマンは自分より強い男でなければ歯牙にもかけんのだ。だが、かわいそうな変態のお前のために特別に相手をしてやろう。けして欲求不満というわけではないぞ!? 哀れなお前のために仕方なく協力してやろうというのだ。あ…でも、もしかしたらベッドの上で負けを認めてしまうかもしれん…その時はしっかりと責任取るのだぞ!!わかったか!?責任を取らせる代わりにお前の家の家事洗濯をしてやろう、口の周りにご飯粒が付いていたら私の口付けで取ってやろう!お風呂にいっしょに入って背中を流してやろう!そして帰ってきたお前に今から行われるレイプのように乱暴な快楽ではなく愛情たっぷりのご奉仕プレイを毎晩して明日への活力を与えてやろう!どうだ!嬉しいか!?」
「8回も『やろう』を使っているな、もう少し語彙を増やせ」
「このやろう！」
「9回目だ。ツッコミは兄か弟の担当だ、あまり俺にボケられても困る」
「どこがボケだ!!それに今のはどう考えても違うだろ!」
「そんな余裕ぶっていても今のうちだ!!見ろ私の相方が帰ってきたぞ!」
息を切らせ、先程のリザードマンが帰ってきた。顔が真っ青になっている。
「ﾊｧｯﾊｧｯﾊｧｯ…バーメット様が…そいつ…じゃなかった、その方を無礼なきようお連れしろと…」
「えぇぇ!!?」
片方も顔面蒼白となる。
「…何か言うことがあるのではないか?」
「「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そのまま誰一人喋ることなく謁見の間まで連れて行かれた。
「久しぶりだな、バーメット」
「お久しぶりでございますじゃ。ジナン様」
「(バーメット様が敬語でお辞儀!?)」
「(終った、私達絶対終った)」
「ジナンじゃない次男だ」
「これは失礼しましたのじゃ、ジ・男様」
「……」
名前はバーメット・インディゴート 種族はバフォメット 現在はこの国の善き領主として君臨しているようだ。彼との出会いは前魔王時代、城を落とし国を手に入れた俺達であったが、政治など誰も出来なかった。そこで、前魔王に頼ったところ、有能な文官として紹介されたのが彼だ(今は彼女というのが正しいか)。実際に彼女は有能であった。魔物と人間が共存できる国を目指して東奔西走し、国内の安定を導いた。当初は、人魔共存など出来るはずのない夢物語であった。彼がそれにどれくらい近づけるか、半ば試すような形で言ったことであったが、彼の手腕により現実のものになったのだ。
本当は、家臣などではなく腹を割って話せる友人として、俺達に政を教授してくれた師匠として接したいのだが彼の信条に反するらしくこのような関係になっている。
『お前の説明って設定資料集みたいだな』 ……なぜか兄の声が聞こえた気がする。
ところで、魔物娘化してからと言うもの壊れた水道のようにじゃーじゃー言い始めたが、彼女に何があったのだろうか?
「おぉ、そうじゃ、おぬしら、ご苦労じゃったな下がってよいぞ」
「はっ!(あぁ…どうしようどうしようどうしよう…)」
「ちょっと待て」
「(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)」
「(あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば)」
「いかがしましたのじゃ、ジナン様?」
「そいつらにはとても丁寧に応対してもらった、後で褒めてやってくれ」
「「へ?」」
「わかりましたのじゃ」
「よくやってくれたのぅおぬしら、後で褒美を取らすゆえ楽しみにしておるのじゃ」
「は…ハッ!(え?助かった?私たち助かったの?)」
何が何だかわからない顔をしたまま彼女達は出て行った。実際そこまで悪い対応ではなかった。門番が身分の分からない不審者を警戒するのは当然であるし、面倒くさがらず一応報告しておくという姿勢も評価できる。待っている間も、何いっているかよくわからなかったが退屈にさせないように必死で喋ってくれていた。
「で、頼みがあったので来た訳だが…」
「ジナン様の頼みとあらば全身全霊をかけて完遂致しましょう…なのじゃ」
「俺をここで働かせてくれないか?」
「もちろん、そのようなこと造作もないことですじゃ、今から魔王様に領主の交代を報告しに…「そうではない、お前の下で働かせてくれといったのだ」
「 ??? おっしゃる意味が分かりかねますのじゃ」
「人の下で働いたことがないから働いてみたいのだ」
「……それはまたなんとも」
なぜか半目で呆れられている。昔からたびたびこういう目をされる。理由を聞いても、一度も答えてもらったことがない。
「申し訳ないですが私では荷が重いのでお断りさせていただきます」
「なぜだ? 理由はどうあれ、仕事に関しては真摯に取り組むつもりだぞ?」
「それは存じております。やるとなったらジナン様が一番真面目に取り組むことも知っております、ですがそういう問題ではないのです」
「いったいなんだ?」
「私はジナン様が部下になったとしても馬車馬のように働かせる自信がありますが、他の者達はそうは行かないでしょう」
「あぁ…なるほど…」
「ジナン様が何者か知っている者は今では数える程しかいませんが、もしジナン様がここで働くとなるとすぐに話しは広まります。そうなるとジナン様が何かするたびに周りの者たちが萎縮してしまいます」
「全く持ってその通りだ…考えが浅かった。申し訳ない」
「いえ、謝ることではございません。」
「ところで途中から言葉遣いが変わっていたがどうしたんだ?」
「あ゛ーーー!!わ…忘れていまし…じゃなくて、忘れていたのじゃ…
……気にしないでください…なのじゃ」
「お前も大変みたいだな」
「そう、私も…じゃなくて儂も大変なのですじゃ…
本当に近頃は頭の痛いことが多くてのう…」
「お前でも悩むことがあるのか」
聡明で俺達の大半の無理難題に答えを出してきた彼女が悩むようなことがあるとは
「褒めてくださるのはありがたいのですじゃが、その言い方は誤解を招きますのじゃ」
また半目で呆れられてしまった。何がいけないのだ。
「バーメット様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
急に小さな子供が部屋に飛び込んでくる。おそらくこいつが魔女だろう、縁の付いた三角帽をしている。
「フォーメル様が…」
「今度は何をやらかしたのだ!?」
俺が見たこともない剣幕で魔女に詰め寄る。
「フォーメル様の自作魔法が暴発し「あの子に怪我は!?」
「怪我はありませんが、爆発アフロに…」
「…よかった……のじゃ」
よかったのか?
バーメットはそれを聞くとへたへたとその場に座り込んだ。よっぽど大切な人物のようだ
「誰なんだそいつは?」
「私の娘ですじゃ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?いつの間に!?」
柄にもない大声を上げてしまった。こいつに娘がいたのか…
「そういえば、アーレトと結婚したのはジナン様たちがこの国を去った後でしたのう」
「アーレト!?アーレトってあの…」
「そう、私の補佐だったアーレトです」
「あいつ男だぞ!?」
「何の問題があるのですか? 今は身も心も幼女ですじゃ」
「そ…そうか…そうだったな…」
身近な人物だと魔物娘化したことを忘れてしまう。
「と…とにかくおめでとう」
「ありがとうございます…ですじゃ!」
「お前とアーレトが結婚か…感慨深いものがあるな」
「じゃのう…そしてその二人の愛の結晶として儂がうまれたのじゃ、さらに感慨深いのう」
いつの間にか小さいアフロが部屋の中にいる。顔はバーメットにそっくりだがアーレト譲りの真紅の髪をしている。
「ところで母上と父上を呼び捨てにするお主は何者じゃ?」
「元参謀」
「そうみえんのう…よくて部隊長ぐらいじゃの」
「フォーメル!!」
いつの間にか整った長髪に戻ったフォーメルの頭にバーメットの鉄拳が下る。
ｺｰｰｰﾝ
木魚のような音が鳴り響き
「あうぅぅぅ〜〜痛いのじゃ〜〜」
赤髪のバフォメットがのた打ち回る。魔物娘の頭は人間とは違い空洞のようだ。
「ま、実際参謀らしいことはしたことなかったがな」
「それは否定しませんのじゃ」
「じゃあなんで怒られたのじゃ!?」
「そういう問題ではない!人を傷つけるようなことは言うなといっているのじゃ」
「む〜〜〜」
「まったく…誰に似たのやら…」
膨れ面したフォーメルを無視しこちらに向き直ってため息を吐く。
「俺に聞かれても困る」
「仕方ないのぅ…お主に失礼なことを言ってしまった分、お主も儂に失礼なことを言う権利を与えよう。これでおあいこなのじゃ」
名案を思いついたと、自慢げに鼻を鳴らしている。
「こら!!」
ﾎﾟｺｯ
「あう〜〜〜〜〜」
またげんこつを食らい悶えて転げまわっている。あの肉球の付いた手では痛そうに見えないが…
「確かにそれでおあいこだな」
「じゃ…じゃろう…?」
涙目になりながらも得意げにこちらをみている。
「せっかくの名案だ、乗ってやろう」
「うむうむ、鋼鉄の心臓と呼ばれる儂のメンタリティの前には無意味じゃがな」
軽く適当なジョークを言って、この場を収めよう。
「…お前よりバーメットの方がキャラ立ってるぞ」
「「「酷っ！！！」」」
「ジナン様!!それはあんまりにも酷すぎます!!」
「そうですよ! フォーメル様はまだ７歳ですよ!? 何てこと言うんですか!!」
「……すまん」
ここまで顰蹙を買うとは予想外だ。
「そ…そんな…そんなことないのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
言われた本人は大泣きし始めた。鋼鉄の心臓はどこにいったのだろうか。
「うっ…うっ…ひぐっ…許さん…
お…お主だけは許さんのじゃ… 儂の魔術の全てを以って葬り去ってくれる…」
フォーメルは涙目で魔方陣を展開する。魔方陣のルーンから察するに暗黒系の上級魔法だろう。しかし、ところどころアレンジしているのか正規の魔方陣ではありえない組み方がされている。７歳といっていたが末恐ろしい能力だ。
「フォーメル!!止めなさい!」
「お止めくださいフォーメル様!!」
「いやいい、そのまま撃たせてみろ」
「しかし…」
「あれぐらいでは掠り傷も出来ん
それにお前の子供がどれほどのものか興味が沸いた」
「ジナン様…」
だからその半目を止めろ。
「儂にこの魔法を使わせたことを後悔するのじゃ!!」
「ブラックメイルシュトロム!!」
ポﾌﾝ
「ブラックメイルシュトロム!」
ポﾌﾝ
「……」
「……」
暴発しないだけマシとしよう。
「もう一度ゆっくりやってみろ」
「言われなくともそうするのじゃ!!」
再度魔方陣を展開しこちらに向ける。魔方陣を注視すると何箇所かアレンジではなくミスがあることに気づいた。
「ちょっと待て」
「なんじゃ?今頃命乞いかのぅ?」
「撃てない魔法に命乞いしても仕方ないだろ
そのまま魔方陣を維持してろ」
「なっ!!舐め腐りおって…誰が言うことを聞くか!!もう一度じゃ!!
ブラックメイルシュト「だからちょっと待て」
聞き訳がないので、拘束魔法で一度動きを止める。人間相手の拘束魔法では効果がなさそうなので、かなり強度を高めておいた。
「ぐっ!!う…動けんのじゃ」
「魔方陣は解除するなよ、そのまま話を聞け」
「うむ…しょうがないから聞いてやるのじゃ」
「まず、こことここのルーンの位置が反対だ。これでは弁を逆に作ったようなもので、魔力がうまく循環しない。恐らくこれが失敗する原因だな」
「あ゛!!」
慌てて魔方陣を見直している。どうやら間違いに気づいたようだ。
「そして、魔方陣の外枠も正円になってない。正円以外で魔方陣を書きたいのだったらルーンの書き方もそれにあわせろ」
「う゛…こんな初歩的なミスをしてしまうとは…ちょっとめげそうじゃ…」
「まぁ、逆に言えばこれくらいしかミスがないのは、大したものだ」
「ほんとうかの!?
うへへ、儂の魔法を分析できるとはお主もなかなか見所があるではないか!」
「じゃ、言われたところを直して撃ちなおせ」
「了解なのじゃ!」
魔方陣がゆっくりと空中に描かれていく、さまざまな色の光によってルーンが紡がれ徐々に魔方陣の中央に黒い魔力の塊が出来始める。今回はどこにも異常は見当たらない。しかし、通常の方法とは異なるルーン展開のため彼女は知らずに魔法の難易度を上げてしまっている。
「呑み砕け!!ブラックメイルシュトロォォォォォォム!」
凝縮された魔力が黒い激流となり襲い掛かってくる。部屋を一瞬で埋め尽くすほどの黒い水流は全て俺を目標に向かってくる。
範囲と質量は申し分ない。問題の威力だが…実際に当たらなければ分からない。
流れてくる水流に身を任せる。
「35点くらいだな…」
彼女のアレンジが原因だろう。属性のごった煮で威力を殺しあっている。
「!!? 儂の最高呪文を食らって無傷とは…何をしたのじゃ!?」
「なにもしてないぞ
そして質問だが、なぜ多色でルーンを書いたんだ?」
「これだから魔法を知らないものは困る」
ため息を吐かれてしまった。これでも魔法に自信はあるのだが
「いいじゃろう!教えてやろう!儂がたくさんの色でルーンを描く理由は、それは!!」
「それは?」
「その方が綺麗でかわゆいからに決まっておるのじゃ!!」
「……」
こんな時、ツッコミを入れることが出来る兄達を羨ましく思う。
「同じ色だけでルーンを描くなんてつまらないのじゃ!」
「……バーメット」
「…言わないで下されなのじゃ…」
「儂が魔法を教える時間は政務であまり取れず、魔女達ではもうこの子の魔法に付いていけず怪我をしないか見張ることしか出来ないのですじゃ…
どれもこれも言い訳ですがのう…
儂の努力と才能が足りないのがいけないのじゃ…
すまんのう…フォーメル」
沈痛な面持ちで事情を説明するバーメット。彼女は何事も自分の責任にする悪癖がある。
「母上!何を暗い顔しておるのじゃ!魔法くらい自分一人でなんとでもできるのじゃ!
じゃから…じゃから! これ以上無理はせんで下され!母上が辛いと父上も儂も悲しくなってしまうのじゃ!!」
「フォーメル…」
赤髪のバフォメットが同じような姿のバフォメットにしがみついて涙を流している。それに応えるように抱きつかれたバフォメットも優しく抱き返す。
端から見ると子供が相撲を取っているようにしか見えないが、これがこの親子の愛と絆である。
「う…うぅ…」
傍にいた魔女はそのシーンを泣きながら魔法で撮影している。
「………元を正せばバーメットに国や面倒事を丸投げした自分達兄弟に責任があるな」
「いえ!そのようなことは!!」
「代わりといっては何だが…
俺がこいつに魔法を教えよう」
「「「え？」」」
12/10/06 04:47更新 / ヤルダケヤル
戻る
次へ