報告書「シー・ビショップ」
白い砂浜、真っ赤な太陽。ここは常夏の観光地として有名で、観光客が賑わっている場所でもあった。ここにアッシュ達一行は来ていた。
ヴィベルは初めての砂浜で感動しているようだ。カーミルは暑さにやられてぐったりしている。メイは胸に汗疹ができてしまうと言いながら団扇で扇いでいる。
トトとイムは留守番だ。ゴーストであるトトは日が強いところに行きたがらないし、サイクロプスであるイムは武器が作れない場所へ行くのを拒否した。
勿論、ここへは調教依頼のためにやってきたのだが、場所が観光地なのでついてきたのだ。
「主人、ここは暑すぎる」
すでにグッタリとしているカーミルはボヤいた。
「お前は俺の助手だ、付いてくるのが当然のことだ」
「宿は?」
「海辺のいい場所だ。予約は取ってあるから先に行ってろ。調教は夜からになる、それまで休んでいるといい」
「了解」
カーミルは荷物を持って宿に向かう。ヴィベルとメイはどこかに行ってしまったようだった。調教に関係なく、観光地を楽しむために来ていた2人は早速歩き回るらしい。
「あいつらは…まったく」
早速依頼主に会いに行くことにした。ここから少しはなれた場所で待ち合わせをしている。観光地とは少し離れた場所、小さな洞窟た。
依頼書に詳しいことは書いて無く、直接会って話すということになっていた。
洞窟は海の水が流れ込んでおり、涼しかった。汗をぬぐい、さらに奥へ進むと誰かが座っている。それはシー・ビショップだった。
ゆったりとした動作で石板を指でなぞる。それだけの動作がやけに艶っぽい。
アッシュに気が付いたのか、姿勢を正した。目の前を指すが、そこにはちょうど良い大きさの岩がある。そこに座れという意味らしい。
「あぁ、失礼する」
「はい、よろしくお願いします」
「…もしかして、お前が依頼主か?」
「はい」
魔物がアッシュのような人間に対して近付くというのは珍しい。むしろ、彼のことを知っていれば呼ぶなんてことはない。逆に抹殺しようとするものだ。
だが、目の前のシー・ビショップには殺気が無い。敵対するつもりはないようだ。
「……で、どんな依頼だ? 遙々ここまで来たんだ、まさか悪戯と言う訳でもないだろう?」
「はい、その前に自己紹介をしましょう。私の名前はリプスと申します。あなた様はアッシュ様で相違ないですか?」
「アッシュ・ランバードだ」
「以来の話をしましょう。実は、調教してほしいというのは私自身です。種族柄、様々な魔物と人間の結婚を取り仕切ってきましたが、私自身、そういった経験がないのです。それなのに、ほかのカップルは私に夜の営みの相談をしてくるし、ほかの仲間たちはどんどん結婚しているのに私だけ置いて行かれるし、私だって結婚願望はあるんですよ? でもチャンスがあっても経験不足からなのか思い切って前に出ることができないし……」
「まった!」
長くなりそうなので中断させる。
「はい?」
「つまり、ほかの魔物に相談されても答えられるくらいの性経験を得たいために俺を呼んだということか?」
「はい、その通りです」
それは拷問でも調教でもない。そう言いたげなアッシュだった。
「……」
「報酬のほうは期待してもらって構いません」
それはおそらく人魚の血だろう。とっておいても損はない。
「わかった。まずお前自身のことをいくつか聞きたい」
「はい」
「経験はあるか?」
「お恥ずかしながら、ございません」
「SEXについてはどれだけ知っている?」
「あの、ソレ事態は知っているのですが、どのようなバリエーションがあるかは知りません」
「そうか」
だが、表情を見る限り、そうでもなさそうだった。チラチラとアッシュの股間を見ている。興味津津の耳年増な子供を相手にしているとみてよいだろう。
「あと1つお願いがあるのですけれど…」
「ん?」
それは非常に面倒なお願いだった。
「つまり、主人は溺れた男の役をやって、それを依頼主が助ける。そこからロマンチックにSEXしたいと?」
呆れた顔になっている。アッシュ自身こんなことはしたくないのが本音だ。
「本当に面倒だ。男娼でも雇えばいいものを」
「報酬は人魚の血。別に要らないから断ればよかったのに」
「売れば金になる。それ以外にもいろいろと役立つからな」
「そう。ところで、主人は泳げる?」
「…泳いだことはないな。やってみないとわからん」
「ならそこらへんの崖から飛び降りればいい。きっと溺れるから」
「ただの人間が泳げるんだ。俺も問題なく泳げるだろう」
適当な憶測で言い放つアッシュ。カーミルも彼の運動能力なら大丈夫だと判断し、それ以上何もいわない。
「いつ始める?」
潮風で髪が傷まないか心配なのか、珍しく毛づくろいをしている。
「明日の夜だ。まぁ、明日は満月だからな。ロマンチストらしい選択ともいえる」
そこらに売っていた果実酒で喉を潤しつつベッドに腰掛ける。大したこともしていないのに疲れていた。あの後、延々と愚痴を聞かされていたのだ。精神的につらいものがある。
これも一種の拷問ではないかと考えていると、メイとヴィベルが帰ってきた。どうやらこの時間まで遊んでいたらしい。
「ダーリィン、明日の昼間は一緒に遊ぼうで。ヴィベルも遊びたいっていってるで」
「もう、メイったら!」
今日1日で大分焼けた2人はクリームを塗っていた。日に焼けすぎてヒリヒリするのだろう。
「少しくらいなら付き合ってやる。だから今日は寝かせろ」
部屋から2人を追い出し、ベッドに横になった。部屋割はアッシュとカーミル。メイとヴィベルだ。カーミルもベッドに入って大きな欠伸をする。どうせ昼間も寝ていただろうに、まだ寝たりないらしい。元から眠そうな瞳がさらにトロンとしている。
「主人、そういえば姉御のことだけど…」
ふいに思い出したようにカーミルが話しかけてくる。
「お前に姉妹がいたのか?」
アッシュは首をかしげた。今までそういった話を聞いたことがなかったからだ。
その言葉を聞いて、カーミルは体を起こした。若干怯えているような気配があった。
「……こ、今度は全員で来よう、主人」
辛うじて出した言葉。いつものカーミルらしくない。
「そうだな、俺にカーミル、メイにヴィベル。今回来なかったトトとイムも連れてこようか」
「全員…」
カーミルがベッドに入り込んできた。背中に寄り添った体は震えていた。
「どうした、寒いのか?」
そんなはずはない。今でも蒸し暑いくらいだ。
アッシュの疑問には答えず、カーミルは黙ったままだ。首だけで背中を見ると泣いているようだった。
声もあげず、ただ喰いしばって涙を流していた。
「なんでも……ない。ただ一緒に、眠るだけ。アッシュ」
昔のように囁く。
まだ幼かったころ、こうしてお互いに体を暖め合って冬を過ごした時のことを思い出した。
「そうか、お休み。カーミル」
次の日、アッシュは2人の約束通り、海に来ていた。直射日光がつらかった。
「…何をするんだ?」
「ビーチバレーや!」
アッシュが手を叩きつけたらボールが割れた。
「スイカ割りしよ」
ただの棒きれなのにスイカが真っ二つになった。
「ワ、ワイを捕まえてみいや!」
全力で追いかけ、捕獲した。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「ダーリンって遊び甲斐がないやね」
アッシュは遊ぶということに慣れていない。付き合ったものの、白けさせてしまうばかりだった。
「あの、アッシュさん。ファイト」
ヴィベルがよくわからない応援をしてくれた。おとなしくかき氷と焼きそばを買って来た。
「おいおい、そこのホルスタウロスちゃん、そのデカパイを絞らせてミルクくれよ」
絵にかいたような、バカっぽい人間がメイに絡んでいる。アッシュは無言でその男の関節を決めて地面に押さえつけた。
「何か用か?」
「なんだテメェ、放せ……イダダダダダ! ギブギブ!」
ついでにろっ骨を横からドついて痛みを与える。
「………次はないぞ」
バカっぽい人間は顔を青ざめさせて逃げて行った。
「ダーリン! かっこいいで、最高や!」
抱きついてきたメイを手で押しやる。今の騒ぎでかき氷と焼きそばを落としてしまった。また買いに戻る。それにメイが付いてくる。
「ヴィベルは?」
「んー、あっちで子供と一緒に砂のお城作ってたで」
本当に子供らしい。アッシュは苦笑してジュースを多めに買った。ヴィベルと一緒に遊んでいる子供たちの分まで買って振舞ったのだ。
「アッシュさん、ありがとう」
「あぁ」
そうしているうちに日が沈んでいく。アッシュは約束通り、海に入って溺れた振りをすることになった、が。膝あたりまで海に入った時点で嫌な予感がする。
「主人?」
「この近くに敵はいるか?」
「たぶんいない」
「…そうか」
少し進んで腰まで浸かると、寒気がする。
「月が大きく見えるな…」
「うん。主人、早く行かないと」
「カーミル。人間は大地で生きることになった生き物だ」
「いきなりどうした?」
「水の中で暮らせるようにはなっていないんだ」
「うん」
「帰るか?」
「………メイ」
「はいな」
「ヴィベル」
「うん?」
3人がかりで押さえつけられて、崖の上から海に叩き込まれてしまった。
「あ、暴れてる」
「おぉー、あんな顔のダーリン初めて見たで」
「やはり主人は泳げなかったか」
「あ、沈む」
「豪快やなー」
「依頼主が助ける。みんな、宿屋に戻る」
ヴィベルだけは最後まで心配していたが、あのアッシュが死ぬことはないだろうとしぶしぶ戻って行った。
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
アッシュが最後に見た光景は目を輝かせたリプスの姿だった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、助かった」
意識が戻ってからしばらくしてやっと落ち着いてきた。口が塩っ辛い。鼻がツンとする。もう2度と海には入らないと誓うアッシュだった。
周りを確認すると、ここは岩場らしい。まるで海が鏡のようになって月を輝かせている。確かに、ロマンチックな場所だ。
「…あの?」
「改めて礼を言おう。ありがとう、美しい人魚さん」
依頼を思い出し、アッシュは適当に演技をすることにした。
「まぁ、まぁまぁ!」
「俺の名前はアッシュ。君は?」
自分の依頼を思い出したのか、リプスは深呼吸をしてからしゃべりだす。
「私の名前はリプスと申します。アッシュさん」
「綺麗な名前だ」
「そ、そそ、そんな事」
アッシュは手の甲にキスをした。リプスは慌ててひっこめた手を抱き、うっとりとしている。
「そんな事はある。名前も、君自身も美しい。俺も君のように泳ぐことができたら」
記憶を手繰り、よくある人魚と人間の愛を綴った物語と同じような台詞を吐く。自分でも鳥肌が立ちそうになる。
「大丈夫ですわ。私の手をお取りになって」
言われるままに手をつなぐ。そしてそのまま海に引きずり込まれた。
急いで息を止めるが、あの不快感がない。目を開ければ、月に照らされた水中が淡く光っている。そして、なぜか呼吸もできる。
「これは?」
「海の魔物と人を繋ぐ。これくらいは当然です」
手を引かれるままに、さらに深く潜っていく。月の明かりも届かなくなったところで、何かが光り始めた。
「結晶珊瑚、自然界にこれほど大きなものがあったのか」
周囲の魔力を吸収し、光に変える性質をもつ。それは宝石よりも高値がつく。何故なら海岸に流れ着いた欠片しか入手できず、誰も取りに行けないからだ。
「それほど珍しいものではありません。宜しければどうぞ」
拳よりやや小さい塊をアッシュに渡す。これだけで十分すぎる報酬になる。
「貰うだけでは悪い。これを」
海に投げ込まれる前に購入した髪飾り。魚と海藻が彫られている、少し子供っぽい物だ。水中で腐らないように魔法で加工されている。
大きな店ではなく、道から外れた場所で買った。海の魔物たちが素朴なものを好むと聞いたことがあるのでこういった選択をした。
「素敵!」
予想通り、彼女はとても嬉しそうにした。
「記念に何か買おうと思ったら、それが目について。きっと君と出会うための運命だ。とてもよく似合うよ」
「ありがとうございます。…運命……ッキャ」
今まで口説かれたことがなく、ありきたりの言葉で目を輝かせるリプス。
「月を見に行こうか?」
「はい」
2人は水面に上がっていき、先ほどの岩場まで戻る。リプスは無言になり、アッシュを盗み見る。この次を期待しているのは明らかだった。
そっと肩を抱いて自分に引き寄せる。一瞬硬直したがすぐに力をぬいて寄りかかる。
「リプス、こっちを向いて」
「なんです……!!」
断りもせずに唇を奪う。ただ重ねるだけのやさしいキス。
「……リプス、君が欲しい」
「お、お月さまが見ています…」
「見せつけてしまえばいい」
そっと押し倒す。抵抗はなかった。ただ瞳を潤ませていた。
「アッシュさん…」
また唇を奪う。今度は重ねるだけでなく、唇を甘噛みして舌を入れ込む。
一瞬だけ体がこわばり、すぐに受け入れた。唾液を流し込み、飲ませる。
背中に回された腕から力が抜けて行った。
「リプスのも飲ませてくれ」
口から食べてしまうかと思うほどに吸いつく。舌を絡ませ、口の中を舐めまわす。
どれほどの時間やっていたのか、濃厚なキスが終わるとリプスはぐったりとして顔を真っ赤にしていた。
「はぁ、はぁ…スゴイですわ」
甘い、蜜のような時間は瞬く間に過ぎて行った。
日がもうすぐ顔を出す。海岸まで連れてきてもらったアッシュは、そっと呟く。
「そろそろ行かないと」
「もう?」
「あぁ」
後ろから抱きつく。
「行かないでください」
「それは……ん!?」
抱きついた腕に尋常じゃない力が籠っている。イヤな予感がした時には遅かった。
海水が2人を包み込むように広がる。
「フタリデ、クラス。イッショニ、ケッコン!」
目が危ない光を放っている。
全力でその腕から逃れ、水からも離れる。
「どういうつもりだ!?」
冷や汗を流しつつアッシュは叫んだ。
「旦那様、旅行はどうなさいます? ウフフフッフフフフフ」
全力で逃げた。
これほどの怖気は初めてだった。逃げ去る後ろから『だんなさまぁぁぁぁ!!』という声が響く。
「主人、楽しかった?」
「もう、2度と海には来ない。そう決める程度には楽しんださ」
12/01/12 00:13更新 / Action
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