城に住む魔物「イムとの出会い」
―――10年ほど前・・・
アッシュは小さい戦争に参加していた。
その戦闘能力を買われ、調教師としての活動を一時的に休止していた。
「ッハ!」
つけている鎧ごと両断し、目の前の兵士は絶命した。と、同時に使っていた剣が折れる。
「今だ! 殺せ!」
今が好機とばかりに雑兵たちがアッシュに襲いかかる。それを身のこなしだけでなんとかよけ続ける。死んだ兵士の剣を拝借し、反撃し始める。
「雑魚が……群れるな!」
まさに悪魔のような戦闘能力。
ものの10分で彼らは全滅してしまった。
「…ゼェ、ゼェ」
息が切れ、その場で膝をつく。
さすがに無傷ではない。肩や背中に何本か矢が突き刺さり、素早く動くため軽装だったので、何箇所か切られている。
「大丈夫かい、アッシュ君」
今まで隠れていた男が顔を出す。
少し小太りの、金髪の男だ。名をキース・ガントレットという。貴族だからと言って小部隊を任されていたのだ。アッシュはたまたま彼の下についたのだった。
「ここでの戦いは勝利した。報告でもしに行け」
「傷が酷いぞ?」
「俺はインキュバスだ。人よりずっと丈夫だ、放っておけば治る」
矢を引き抜き、立ち上がる。服が赤く染まるが特に気にしない。
飾りになった剣の鞘を投げ捨てる。
「インキュバスになった勇者というものは強いな」
キースは何度も頷き、アッシュを眺めている。アッシュはこういう視線が嫌いだった。
「勇者になりたければ、そこらの神と契約すればいい」
「だが、その神の方針に従わなければらないのだろう? 私はごめんだね」
「それに俺は勇者の中では出来損ないだ。魔法が使えない勇者なんて何の価値がある?」
「こうして戦争の役に立っているだろう?」
アッシュは鼻で笑い、歩き出す。
「攻城戦は参加しないぞ。最後くらい自分の部隊で終わらせろ」
「待ってくれたまえ〜」
アッシュは無視してある山に向かう。もともと、ここの山に住むある魔物が目当てで参加したのだから。
険しい山道を進み、森の中を突っ切る。傷口が傷んだが、無視した。それがいけなかったのだろう。だんだん目の前がかすんできた。
「思ったより傷が深かったか」
凄腕の武器造りがいると聞いて無策でやってきたのは失敗だったかもしれない。せめて傷を治してから来るべきだっただろうか。
血が抜け過ぎたのか、膝をついて動けなくなってしまった。
「くだらん死に方だ」
「……死ぬ、の?」
いつの間にか魔物の子供が接近していた。
大きな一つ目、青い肌、額の角。探していたサイクロプスだった。
何か言おうとするが、体が動かない。
「……ん」
そのサイクロプスはアッシュをおぶり、運び始めた。さすが巨人族、力強い。そんな風に変に感心してアッシュの意識は途絶えた。
目が覚めると焚き火があった。しばらくその焚き火を眺めてから状況を確認し始める。
周りは暗い。洞窟。傷が治療されている。
血が足りないのか、断片的にしかものを考えられない。
「…グ」
無理やり起き上がったところで、腕に収まる何かが一緒になって寝ていたことに気がついた。
「…起きた?」
「あの時のサイクロプス……ここはお前の寝どこか」
「ん」
今気がついたが、2人はお互いに裸だった。
「そうか、温めていたのか」
「ん」
いろいろ聞きたいことがあったが、彼女が眠たそうにしていたので質問をやめ、寝ることにした。
「明日いろいろ聞くぞ」
「……ん」
「…ん」
ユサユサと肩を揺らされ、目を覚ます。
「よう」
彼女はアッシュが起きるのを確認すると、干した魚や果実を出した。
「ん」
「食べろってことか。俺はアッシュという。お前は?」
「イム」
そっけなく言い、立ち上がる。
「どこへ行く?」
「お母さんの世話」
「病気か?」
「ん」
イムは濡れたタオルや皿に載せた果実をもって洞窟の奥に姿を消した。
「武器を作れなんて頼める状態じゃない…か」
濡れタオルを持っているということは、ほぼ寝たきりなのだろう。毎日体を拭き、食べ物を口に運んでいるのだろう。
アッシュは壁にかかっている服を着て出ていく準備をする。これ以上ここにいても邪魔なだけだろう。
「ダメ」
「いつの間にそこにいた?」
「ケガ」
「平気だ」
「………………………………」
1つ目でにらまれると意外に怖い。
「わかったわかった。治るまで世話になる。これでいいか?」
「ん」
怪我の状態は悪くなかった。適切な治療のおかげだろう。折を見て武器を作ってくれないか聞くために、ここに残ることにしたのだ。
「ただで世話になるわけにはいかん。まき割くらいなら手伝うぞ」
「洞窟を出て、すぐ右にある」
「何が?」
「物置、薪置場」
どうやらまき割をしたらそこに置けという意味らしい。アッシュは片腕を上げ、表に向かう。表に向かう途中、いくつもわかれ道があった。
「洞窟というより、ダンジョンに近いな」
上級の魔物ほど深いダンジョンにいる傾向があるという。金持ちがでかい家を買うのと同じだろう。
「それにしても、あの洞窟の中の臭い……まあ、今度確認するか」
こうして2人の奇妙な同棲関係が始まった。アッシュはまきを割り、そこら辺で動物を狩る。イムは洞窟内の掃除、親の世話などをしている。
特製の薬草の効果が良かったのか、2週間ほどで完治した。
そこでようやくアッシュは本題を切り出すことにした。
「サイクロプスであるお前に頼みがあるんだが、武器を作ってくれないか?」
「お母さん」
「……」
腕をひかれ、今まで入ることができなかった部屋に入る。どうやら親に確認を取るらしい。
部屋に入って最初に感じたのは肉の腐ったにおい。
「お客人、もてなすこともできずに申し訳ございません」
この声にはアッシュは軽く驚いた。てっきり死んでいるかと思ったからだ。
イムの母親はどう見ても死んでいなければおかしい状態だった。
手足はなく、頭が半分ほどなくなっている。目は潰れ、腹が腐り始めて変色している。
「腐り病か。その状態で生きているとは驚いた」
腐り病。それは魔物がかかる病気だ。名前の通り体のあらゆる場所がゆっくりと腐っていき、最後には命を失う。致死率100パーセントの”伝染病”だ。
「えぇ、驚かれたでしょう。自分でも生きているのが不思議なのです」
「何故イムには感染しない?」
「わかりません」
「いつからその状態だ?」
「3年前から」
「イムはもらって行くぞ」
「はい。ここで私の世話をするよりずっと幸せになれるでしょう」
アッシュは立ち上がり、イムの手をつなぐ。
「お母さん、世話……」
「いいのですよ、イム。あなたが頑張ってくれたおかげで私はずいぶん長生きしたのです。そろそろ神様のところへ行かねばなりません」
魔物のくせに神の名を出すのは珍しい。
「しんじゃうの?」
「そうですよ。生きる者は皆死んでしまうのです。そして神様が魂を受け取ってくれるのですよ。だから、苦しいことは何もありません。さぁ、お行きなさい。母さんは空からあなたを見守っています」
「うん」
会話はそれだけで終了した。涙の1つもこぼさずにイムはついてきた。おそらく何の世話もしなくともサイクロプスの生命力なら1週間は生きるだろう。
それなのにとどめを刺してほしいともいわず、苦しいともいわずにその命を受け入れるのだろう。
「さびしくないか?」
「私、1人立ちする年越えてる。だからこれでいい」
「そうか」
これから行く場所は魔物を死なせるところだ。苦しませるところだ。城についてから話し、嫌がるようなら好きにさせようとアッシュは考えた。
イムとアッシュの出会いはあっさりしたものだったのだ。
結局イムはアッシュの話を聞いても、武器が作れればいいと言って城にすむことになる。
アッシュは小さい戦争に参加していた。
その戦闘能力を買われ、調教師としての活動を一時的に休止していた。
「ッハ!」
つけている鎧ごと両断し、目の前の兵士は絶命した。と、同時に使っていた剣が折れる。
「今だ! 殺せ!」
今が好機とばかりに雑兵たちがアッシュに襲いかかる。それを身のこなしだけでなんとかよけ続ける。死んだ兵士の剣を拝借し、反撃し始める。
「雑魚が……群れるな!」
まさに悪魔のような戦闘能力。
ものの10分で彼らは全滅してしまった。
「…ゼェ、ゼェ」
息が切れ、その場で膝をつく。
さすがに無傷ではない。肩や背中に何本か矢が突き刺さり、素早く動くため軽装だったので、何箇所か切られている。
「大丈夫かい、アッシュ君」
今まで隠れていた男が顔を出す。
少し小太りの、金髪の男だ。名をキース・ガントレットという。貴族だからと言って小部隊を任されていたのだ。アッシュはたまたま彼の下についたのだった。
「ここでの戦いは勝利した。報告でもしに行け」
「傷が酷いぞ?」
「俺はインキュバスだ。人よりずっと丈夫だ、放っておけば治る」
矢を引き抜き、立ち上がる。服が赤く染まるが特に気にしない。
飾りになった剣の鞘を投げ捨てる。
「インキュバスになった勇者というものは強いな」
キースは何度も頷き、アッシュを眺めている。アッシュはこういう視線が嫌いだった。
「勇者になりたければ、そこらの神と契約すればいい」
「だが、その神の方針に従わなければらないのだろう? 私はごめんだね」
「それに俺は勇者の中では出来損ないだ。魔法が使えない勇者なんて何の価値がある?」
「こうして戦争の役に立っているだろう?」
アッシュは鼻で笑い、歩き出す。
「攻城戦は参加しないぞ。最後くらい自分の部隊で終わらせろ」
「待ってくれたまえ〜」
アッシュは無視してある山に向かう。もともと、ここの山に住むある魔物が目当てで参加したのだから。
険しい山道を進み、森の中を突っ切る。傷口が傷んだが、無視した。それがいけなかったのだろう。だんだん目の前がかすんできた。
「思ったより傷が深かったか」
凄腕の武器造りがいると聞いて無策でやってきたのは失敗だったかもしれない。せめて傷を治してから来るべきだっただろうか。
血が抜け過ぎたのか、膝をついて動けなくなってしまった。
「くだらん死に方だ」
「……死ぬ、の?」
いつの間にか魔物の子供が接近していた。
大きな一つ目、青い肌、額の角。探していたサイクロプスだった。
何か言おうとするが、体が動かない。
「……ん」
そのサイクロプスはアッシュをおぶり、運び始めた。さすが巨人族、力強い。そんな風に変に感心してアッシュの意識は途絶えた。
目が覚めると焚き火があった。しばらくその焚き火を眺めてから状況を確認し始める。
周りは暗い。洞窟。傷が治療されている。
血が足りないのか、断片的にしかものを考えられない。
「…グ」
無理やり起き上がったところで、腕に収まる何かが一緒になって寝ていたことに気がついた。
「…起きた?」
「あの時のサイクロプス……ここはお前の寝どこか」
「ん」
今気がついたが、2人はお互いに裸だった。
「そうか、温めていたのか」
「ん」
いろいろ聞きたいことがあったが、彼女が眠たそうにしていたので質問をやめ、寝ることにした。
「明日いろいろ聞くぞ」
「……ん」
「…ん」
ユサユサと肩を揺らされ、目を覚ます。
「よう」
彼女はアッシュが起きるのを確認すると、干した魚や果実を出した。
「ん」
「食べろってことか。俺はアッシュという。お前は?」
「イム」
そっけなく言い、立ち上がる。
「どこへ行く?」
「お母さんの世話」
「病気か?」
「ん」
イムは濡れたタオルや皿に載せた果実をもって洞窟の奥に姿を消した。
「武器を作れなんて頼める状態じゃない…か」
濡れタオルを持っているということは、ほぼ寝たきりなのだろう。毎日体を拭き、食べ物を口に運んでいるのだろう。
アッシュは壁にかかっている服を着て出ていく準備をする。これ以上ここにいても邪魔なだけだろう。
「ダメ」
「いつの間にそこにいた?」
「ケガ」
「平気だ」
「………………………………」
1つ目でにらまれると意外に怖い。
「わかったわかった。治るまで世話になる。これでいいか?」
「ん」
怪我の状態は悪くなかった。適切な治療のおかげだろう。折を見て武器を作ってくれないか聞くために、ここに残ることにしたのだ。
「ただで世話になるわけにはいかん。まき割くらいなら手伝うぞ」
「洞窟を出て、すぐ右にある」
「何が?」
「物置、薪置場」
どうやらまき割をしたらそこに置けという意味らしい。アッシュは片腕を上げ、表に向かう。表に向かう途中、いくつもわかれ道があった。
「洞窟というより、ダンジョンに近いな」
上級の魔物ほど深いダンジョンにいる傾向があるという。金持ちがでかい家を買うのと同じだろう。
「それにしても、あの洞窟の中の臭い……まあ、今度確認するか」
こうして2人の奇妙な同棲関係が始まった。アッシュはまきを割り、そこら辺で動物を狩る。イムは洞窟内の掃除、親の世話などをしている。
特製の薬草の効果が良かったのか、2週間ほどで完治した。
そこでようやくアッシュは本題を切り出すことにした。
「サイクロプスであるお前に頼みがあるんだが、武器を作ってくれないか?」
「お母さん」
「……」
腕をひかれ、今まで入ることができなかった部屋に入る。どうやら親に確認を取るらしい。
部屋に入って最初に感じたのは肉の腐ったにおい。
「お客人、もてなすこともできずに申し訳ございません」
この声にはアッシュは軽く驚いた。てっきり死んでいるかと思ったからだ。
イムの母親はどう見ても死んでいなければおかしい状態だった。
手足はなく、頭が半分ほどなくなっている。目は潰れ、腹が腐り始めて変色している。
「腐り病か。その状態で生きているとは驚いた」
腐り病。それは魔物がかかる病気だ。名前の通り体のあらゆる場所がゆっくりと腐っていき、最後には命を失う。致死率100パーセントの”伝染病”だ。
「えぇ、驚かれたでしょう。自分でも生きているのが不思議なのです」
「何故イムには感染しない?」
「わかりません」
「いつからその状態だ?」
「3年前から」
「イムはもらって行くぞ」
「はい。ここで私の世話をするよりずっと幸せになれるでしょう」
アッシュは立ち上がり、イムの手をつなぐ。
「お母さん、世話……」
「いいのですよ、イム。あなたが頑張ってくれたおかげで私はずいぶん長生きしたのです。そろそろ神様のところへ行かねばなりません」
魔物のくせに神の名を出すのは珍しい。
「しんじゃうの?」
「そうですよ。生きる者は皆死んでしまうのです。そして神様が魂を受け取ってくれるのですよ。だから、苦しいことは何もありません。さぁ、お行きなさい。母さんは空からあなたを見守っています」
「うん」
会話はそれだけで終了した。涙の1つもこぼさずにイムはついてきた。おそらく何の世話もしなくともサイクロプスの生命力なら1週間は生きるだろう。
それなのにとどめを刺してほしいともいわず、苦しいともいわずにその命を受け入れるのだろう。
「さびしくないか?」
「私、1人立ちする年越えてる。だからこれでいい」
「そうか」
これから行く場所は魔物を死なせるところだ。苦しませるところだ。城についてから話し、嫌がるようなら好きにさせようとアッシュは考えた。
イムとアッシュの出会いはあっさりしたものだったのだ。
結局イムはアッシュの話を聞いても、武器が作れればいいと言って城にすむことになる。
11/10/25 14:16更新 / Action
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