連載小説
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報告書「ワーバット」(上)
「依頼か」

 アッシュの部屋でふんぞり返っているブタ…もとい、ギースはワインを水のように飲みながら頷く。最近は涼しくなってきたので、滴るほどの汗は流れていない。

「その通りだよ、アッシュ君。北の方にある町なんだが、そこは最近増えてきた魔物と人が共存している町でな。そこである事件が起こったのだよ」

「ふうん」

 ワイングラスを揺らし、波打つ赤い液体を見ながら聞き流す。

「口を割らないだのなんだの、よく分らんがね。そこで君の出番というわけだ」

「共存しているんじゃなかったのか?」

「だからこそ、魔物も法に守られている。まあ、それでも魔物差別者が多いのは確かだ。だから自分がやったという証言がなければ刑罰を与えることができないのだよ」

 今回の依頼は、捕まえた魔物が犯人であろうとなかろうと、無理やり自分がやったと言わせるために拷問をやるということらしい。

「いつもと変わらんな。北にある町か」

「あぁ、頼むよ。内容はよく知らん。依頼書に詳しく書かれているから読むといい」

「この城に連れてこないということは、俺自ら行けということか」

「もちろん」

 アッシュは面倒くさそうに立ち上がり、依頼書を受け取った。それに満足したようにギースも立ちあがる。それを見てアッシュは首をかしげた。

「珍しいな、すぐに帰るのか」

「ブフ。まあ、最近隣国と近々戦争になりそうだからね。わしも忙しいのだ」

 むしろ早く帰れ、と思っていても、そんなことは顔に出さずにアッシュは適当に相槌を打った。

 宣言通り、ギースは本当に忙しいのか、馬車に乗るとすぐに出て行ってしまった。

「主人、ブタは帰ったのか?」

 ギースがいなくなってから出てきたのはカーミル。種族はワーウルフだ。目は眠そうだが、周りを警戒するように時々耳が動いている。

「あぁ、忙しいらしい」

「そうか、うん。じゃあ、今回の依頼は?」

 依頼書を興味深く見ている。鞭を振るえる機会があるなら付いて来る気だろう。

「……魔物に『自供』を促す仕事だな。ついてこい」

 それを聞くと、カーミルは口元を歪めた。魔物を痛めつけるのが楽しみでしょうがないらしい。ちなみに、カーミルは痛めつけるのは好きだが、切断したり、焼き鏝をつけるのは嫌いらしい。後に問題が残るのが気に食わないらしい。

 だからヴィベルの羽を切断するとき、不機嫌になったのだ。

「じゃあ、荷物の準備する。どうせ明日出発?」

「ついでに、俺の荷物もやっておけ」

 カーミルは軽く手を振って部屋から出て行った。それを見届け、机の引出しに隠すように置いてあった薬を取り出し、ワインを水代わりにして飲み干してベッドに入った。




 朝になり、馬車まで用意したカーミルが声を上げる。

「主人、準備できた」


 馬車に乗り込み、皆が揃っている方へ顔を向ける。

「留守は頼んだぞ。 カーミル、出発しろ」

「了解」

 パシーンと鞭を叩き、馬車を急発進させる。いつものことなのか、アッシュは驚きもせずに、顔を下げて眠り始めた。

 カーミルは割とスピード狂なところがある。乗物の速度を出さずにはいられないのだ。この調子なら、夕刻には目的地へとつくだろう。

 アッシュは今回の仕事のことを考えた。

 ワーバットへの自供のための尋問。物を盗んだという。だが、物を盗んだ程度で尋問に掛かるのはおかしい。おそらく、他に言いたくないことがあるのか、紙という媒体に残すのがまずいのか。ともあれ、直接聞くしかないようだった。

「主人」

 スピードを出しながらカーミルが話しかけてきた。

「運転中におしゃべりとは、珍しいな」

「体の調子は?」

「悪くない。そういうお前は中々良さそうだな」

 当たり障りのない会話にも思えるが、カーミルは基本的に関係ない話はしない。このように聞いてくるということは、何かしら思惑があって話しかけてきたのだ。

「茶化さない。ゴミ出しの時に、大量の薬の瓶があった。ラベルが張ってなかったけど、何の薬?」

 有無を言わさないような低い声だった。

「……黙れ」

 それを、さらに低い声で拒絶した。

 これ以上言っても無駄だと感じたのか、それとも命令に従っただけなのか、カーミルはそれっきり話しかけてこなかった。

 それから到着するまで、2人の間には見えない壁が存在しているようだった。




「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」

 町に着くと、笑顔を張り付けたような、胡散臭い男が2人を出迎えた。

「尋問師として呼ばれたアッシュ・ランバードだ」

「はい、わたくしは町長のオーデル・ニクレッペンです。立ち話もなんですし、屋敷へと案内しますよ」

 お互いに握手をする。それからすぐに歩き出す。魔物と共存しているというのは本当らしく、そこらに歩いている魔物の姿が見える。

 案内された屋敷は大きく、それほど大きくない街にしては不釣り合いなほどだった。

「……ふん。それで?」

 到着するなり、依頼の内容を聞く。町長は人払をし、声をひそめるようにして話し出した。

「大きな声じゃ言えないんですけどね……秘密は守れます?」

「こんな生業だ。口は堅い」

「それでは、あるものを盗られたんですけど、それが…」

「麻薬か何かだろう?」

「分かっていらっしゃいましたか」

 あてられても、特に問題がないようで、町長は落ち着き払った態度だ。

「町の住人に売りさばいているんだろう? 裏路地には禁断症状の出た奴らがいたしな。それに、歩いている奴らもどこか挙動がおかしかった」

「そう、ここは麻薬のマーケットです。ほかの町からのお客様もいましてね。それを上納する前に、盗んだやつがいたのですよ。隠したにせよ、捨てたにせよ、それなりの報いを受けてもらわねばいけません」

「ということは?」

「今回あなたに頼むのは尋問ではなく、拷問です。拷問の途中で場所を吐くならそれに越したことはありませんが、そこまで重要でもありません。惨たらしく殺すのがあくまでも第一。麻薬の場所はついででいいです。そこまで大量の麻薬を盗られたわけでもありませんし」

 すでに貼り付けた笑顔を棄て、闇の住人のような顔をしている。

「それなら話は早い。どれだけ苦しめる?」

「2,3日でいいですよ。餌にも金はかかりますし。あ、首から上は傷つけないでくださいね、斬り取ってみせしめますから」

「わかった」

 予想通り、この屋敷にも地下室があり、そこに魔物が繋がっていた。


 魔力を封じる枷、超音波を出させないようにするための猿轡。視力を封じるアイマスク。何をしているか把握させないためのイヤーカップ。

 体を揺らし、拘束具を緩ませようとしている。

「拷問器具はこちらで用意しています。好きなのを使ってください。それでは、わたくしは仕事があるので失礼しますよ。気晴らしに覗きに来るかもしれません」

 ここで、不機嫌になっているカーミルに向きなおる。

「どうした?」

「尋問って聞いてたのに、拷問、処刑は嫌い。というか、依頼書と違う。帰る」

 本当に出て行きそうだったので、肩を掴んで逃がさないようにする。

「待て、帰るのはいいが、探し物をしてから帰れ」

「……了解。隠された麻薬を見つけてから帰る」

 カーミルは荷物を投げ捨て、拷問部屋から出て行ってしまった。アッシュは小さくため息をついてワーバットに近づいた。

 まずはアイマスクをとる。それから持ってきていた首輪をつける。これは、喉を少しだけ圧迫し、ワーバットの武器である超音波を封じるものだ。そして、イヤーカップと猿轡を取り外す。

「ってめえ、なんだよ!」

 部屋が薄暗いからか、ワーバットは睨みつけ、声を荒げる。ワーバットとは、暗い場所では強気で、明るい場所では気弱になるという2面性を持った魔物だ。

「盗んだ相手が悪かったな、アネット」

 質問を無視し、さっそく鞭を取り出す。名前は依頼書に書いてあった。

「お、脅そうっていうの? そんなもんで…」

 ヒュン! バシ!

 素振りをし、床を軽くたたく。その音だけで、彼女は口を閉ざしてしまう。

「鞭は初めてか? これから大変だな」

 アネットは歯を食いしばり、やってくるであろう痛みに備えた。



**********

  彼女の名前はアネット。種族はワーバット。スラリとした肢体に、大きな耳。短めの髪をした黒い毛並みが自慢だ。

 彼女には姉妹同然に育った人間がいた。名前はアリア。

「アネット、ここの町なら差別されないよ」

 最初にここの町に着いたとき、アリアは笑顔でそういった。一緒に生まれ育った村は、魔物差別が強く、住むのに限界だったのだ。アネットが出ていけばいい話だったのに、一緒に暮らすといって飛び出してきたのだ。

「別に、そんなに気にしなくていいのに…」

「あー、テレてる」

 腰のあたりに抱きつき、頬ずりする。こそばゆさにアネットは体をよじった。

「テレてない」

 こうして2人はここの町で働き出し、暮らし始めたのだ。

 アリアとアネットは夜に酒場で働いた。器用に動かせるような手の形ではなく、鍵爪だったアネットには酒場での仕事は洗い物だけだった。それでもよく皿を割り、店主に怒られてばかりだった。その一方アリアの方は、もともと愛想も良く、すぐに仕事に馴染んだ。

 そんな差が付いてしまってもアネットがクビにならなかったのは、アリアがいっしょじゃないと働かないと店主に言ったかららしい。

 なので、働かせてもらってはいるが、低い賃金だった。逆に、アリアはそれなりの賃金をもらっているようだった。

「ねえ、アリア」

「なあに?」

 狭い部屋で2人きり。お互いに寄りかかるようにして話し始めた。

「私なんて放っておけばいいのに。アリア1人だったらもっと贅沢できるくらいのお給料もらってるじゃん」

「何言ってるのよ、2人だからいいんでしょ?」

 そう言ってもらえるのは嬉しいが、心苦しくもあった。

 だから

「これじゃあ、アリアにばかり負担がかかるわ。だから、もっと稼げるところで働こうと思うの」

「へ?」

「アリアはあの酒場で働いて。私は別のところ」

 難色を示したが、アネットの決意が固いことを知るや、すぐに折れた。

「うーん、心配だけど、アネットなら大丈夫ね」

 こうしてアネットは郵便屋を始めた。これなら軽い手紙を運ぶだけなので、両手のハンデはない。それどころか、空を飛べるので歩くより早い。

 一日中飛び回り、クタクタになったが満足感があった。

「おかえり、アネット」

「うん、ただいま。ゴメン疲れてるから寝るね」

 このように、キチンと会話できていないのがいけなかったのかもしれない。たまに休みの日にしかアリアを見ることができなかったのだ。

「おかえりー」

「ただいま、なんか機嫌いいね」

「うふふー」



「…おかえり」

「どうしたの、機嫌悪いよ?」



「…おかえり

「気分悪いの?」



「あははは、おあえりー」

「ただいま、酔ってるの? もう」



「ただいま」

「……」

「???(どうしたんだろ)」


 日によって気分が変わる日が続いた。そのときはたいして気にしていなかった。

「たいだいま」

「うるさいな!」



「ただいま」

「おっかえりー!」



「ただいま」

「……」

「ねえ、最近おかしいよ、どうしたの? 着てる服もなんだか汚れてるし」

「ほっといてよ」



 ある日、仕事が早く終わった日があった。

「ただいま」

 不思議なにおいがした。そして、部屋にいるアリアを見たとき、すべてを理解した。

 白い粉、目をトロンとさせ、半開きの口。

「えへへへー、おかえりー、早いねー」

「な、何やってんのよ!」

「これを吸うとね、とっても気持ち良くなるのー」

「馬鹿!!」

 肩を強く押して、床に倒してもへらへらと笑っている。

「怒ったらヤーよ」

「ア、アリア……もう、それは使わないで!」

「えー、でも…」

「ダメ!」

「わかったよ。我慢する」

 言えば我慢してくれる。それを信じてその時は薬を捨てただけで、それ以上何も言わなかった。

「ただいま、薬はやってないよね?」

「…うるさいわね、やってないわよ!」

 息を荒くし、体が震えている。

「我慢してればきっと良くなるからね」

「はいはい、気分が悪いからもう寝る!」

「ただいま」

「……」

 それからしばらくは機嫌が悪い日が続いた。

「ただいま」

「おかえりー!」

「……使ったの?」

「だってー、我慢できなかったんだもん」

「もう!」

「それでさ、実はお薬を買うお金がなくて、悪いけど貸してくれる?」

「貸すはずないでしょ! 馬鹿!」

 それからひどい日が続いた。

 部屋の者がだんだんと減ってくる。買い集めた服も、小物も、すべてアリアが売り払ってしまったのだ。

「それで聞いてよー、あの服が高く売れたんだー」

「……てよ」

「どうしたの?」

「もう、いい加減にして!」

 感情を爆発させても、聞き分けてくれるはずもなく、薬のせいでボロボロになっていく彼女を見ることしかできなかった。

 使用する回数が増え、量が増え、借金までして、……悪循環だった。

 そしてある日、何の前振りもなくアリアは倒れた。医者に見せるお金もなく、あっけなく死んでしまった。

 抜け殻のように過ごしていた時、路地裏で知らない人が話しかけてきた。

「楽になる薬があるんだけどさ」

「……」

 そうだ、この薬のせいでアリアは。

 そう思った時にはこの人間を鋭い爪で斬り付けていた。

「大元はどこ? 誰がこれをばらまいているの?」

 町長だということを聞き出すのに時間は要らなかった。後のことなんて考えもせず、大きな集会を開いているど真ん中に突入して、薬が入っている箱を抱えて逃げ出した。

 これで被害をほんの少し少なくできた。

 そう安心する暇もなく、捕まった。

 薬を隠した場所は言うつもりもない。何をされてもしゃべらない。そんな覚悟でいたのに、視覚聴覚を封じられ、拘束されたままだった。

 それからどれだけ時間がたったのかなんてわからない。

 アイマスクをはずされ、暗い表情の男が目の前にいた。喉を圧迫する首輪を付け、それから猿轡を外された。

「ってめえ、なんだよ!」

 目の前にいた男の雰囲気に飲まれないように、強がって見せた。

「盗んだ相手が悪かったな、アネット」

 だが、男は質問を無視し、鞭を取り出した。

「お、脅そうっていうの? そんなもんで…」

 ヒュン! バシ!

 素振りをし、床を軽くたたく。その音だけで、震えてしまった。

「鞭は初めてか? これから大変だな」

 表情は変わらない。これからすることが脅しではなく、作業だと言っているようだった。歯を食いしばり、痛みに備えることしかできない。

11/02/20 19:57更新 / Action
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■作者メッセージ
思ったよりも執筆が遅れている…これもシムシティDS2が面白いのがいけないんだ。

なんて言い訳を言いつつ、とりあえず拷問に入るまでの最初の部分。

完全に拷問される側の視点で、これから書いていこうと思います。

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