連載小説
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その1 山は白く鳴りて
白 しろ シロ

視界は白く煙り、鼓膜は風に震える。
伸ばした手の先すら吹きすさび舞い上がる雪の粒に霞みゆく。
そんな前後左右さえ判然とせぬ只中を、
男は胸に灯るかがり火だけを頼りにひたすら行進していた。

薄い大気に体を刻む冷気、
体は酸素の不足を訴え皮膚は既に寒さよりも熱さを感じ始めていた。
それは体が凍死を防ぐために起こる行き過ぎた防御反応であり、
男の体が凍えてしまう瀬戸際にいる証左とも言えた。

「・・・マテ・・・マテ・・・マテ。」

声が聞こえる。自分の息さえ体内から掻き消されそうなこの吹雪の中で、
それは耳元で囁かれる様にハッキリと男の元に届いていた。
それも何度も何度も、男は最初何度か振り向いたが声はすれど姿は見えず、
だが男は見たのだ、隊長の元へとただ歩き続ける中で、
霧よりも濃い白い地獄の中で、確かにその影を見たのだ。

「・・・イクナ・・・イクナ・・・イクナ。」

この声さえなければ、それが疲れと雪が見せた幻だと自分に言い聞かせられただろう。
だが現実に声は聞こえ続ける。ちらとだけ見たその影は、
直立した白熊、または二本足で立ったバッファローを想起させる。
そんな巨大で毛むくじゃらの何かだった。
一瞬の事であったため、細部は不明だがその何かによって、
自分たちの隊は今全滅の危機に瀕しているのは事実だ。

死にたくない。そんな原始的な恐怖に突き動かされ男は進み続ける。
反応が強くなる。目的の場所が近づいている証拠だ。
目の前に先程の影とは異なる、見知ったシルエットがチラついていた。

(隊長・・・ようやくついた。早く皆で此処から脱出を・・・)

人影以外全てが白く、地面さえ判然としないそんな曖昧な視界の中で、
それでも男は必死に見逃さぬよう目を凝らして見ていた。
その男の最後を・・・それは余りにもあっさりと無音で訪れた。

横合いから突然伸びてきた大きな毛むくじゃらの腕が、
瓶のふたを開ける様にあっさりと、隊長の首を捩じり曲げた。
吹き付ける風にぶらりぶらりと揺れる頭蓋。
破砕された頸椎で、辛うじて繋がっているそれはバランスを崩し倒れ伏した。

自然はただ其処にあり全てに平等である。
人が自然に対し何かを思う時は、ただ自らの願望や悲嘆を鏡の様に映しているに過ぎない。
男は長年そのような思想を持っていたし、今後もそれを曲げることは無いだろうと信じていた。
だが、今この状況を前に男は絶望と共にその考えを改めさせられていた。

自分達を追跡してくる吹雪という悪意の前に・・・・・・


※※※


「成程、それで旦那が見たっていう巨大な手の痕がこれですかい。」
「はい、そうです。確かに見たんです。巨大な獣の様な手が隊長の頭を捻り落すのを。」

2人の男が凍りついた遺体を前にしていた。
そして男の顔には巨大な指の跡がくっきりと残っていたのだ。

「旦那の他数名を残し帰ってきた者はおらずですか。」
「はいエレンさん。隊長の遺体回収にしても貴方がいなければ、
こうも早くはいかなかったでしょう。本当にありがとうごさいます。」
「なあに、隊長さんの位置は魔導タグによって追跡可能でしたしね。」
「本来は吹雪で逸れても隊長の位置に皆が辿りつけるためのものでした。
吹雪の中、私もそれを頼りに隊長の元を目指していたんですが・・・」

男は肩を落として隊長だったものから目を逸らした。
そんな男の背中を黙って見つめるもう一人のエレンと呼ばれた男。

彼はエレン=ノーマン、
特定の国に属さず依頼をこなして生計を立てているフリーの勇者だ。
その姿はモコモコした白い毛皮で頭までフードで覆い、
元来あまり背が高くない事もあり突き出た手足を殊更短く見せている。
覗いている顔は雪焼けによるものか黒人の様に真っ黒で、
ギョロリとした目とピンクの唇だけが浮いて見えるようだった。
ビッグフットやギガスなどの二つ名を持つ彼を、
初めて見た者達はその異名と実物との乖離に失笑するもの多数、
といったさえない容姿である。だがその腕は確かで、
主に雪原や雪山での任務を受け持つが失敗したという話は聞かない。
そんな彼に対しある小国オジブワが一つの依頼をしてきたのだ。

その国はある大きな山脈に寄り添うように存在する小国群の一つであった。
この周辺は地形や気候が厳しく、土地もやせているためありがちな隣国との衝突も殆どない。
ただ領土や資源を求めて戦争を仕掛けても攻めるに厳しく守りに易い状況で、
更に勝っても得るものが少ないからだ。

山に強い山岳兵を派遣する傭兵業や勇者の貸し出し、
領内を抜ける隊商の雪山案内などで細々と生計を立てていたその国にとって、
現在の世界情勢は余り良いものとは言えない状況であった。
魔王と主神の和解、教団の権威の失墜に続く世界的な流れとして、
戦や小競り合いなどによる外貨獲得は、この先難しくなっていく可能性が高い。
現王はそれなりに堅実な政治手腕や経済観念を持っており、
このままではいかんと家臣たちと一丸となって儲けの手段を探していたところ、
朗報がこの国にもたらされた。
彼らの領内に良質な鉱石が眠っている事が調査の結果判明したのだ。
だが問題が一つあった。その採掘にはそれなりの元手が必要であった事だ。
王と家臣は悩みに悩んだが、背に腹は代えられず禁じていたある手段に出た。

古文書の調査により、その国が接する山脈、隣国アルゴンキンとの曖昧な国境線上付近に、
旧魔王軍所縁の実験施設がある事が以前から判明していた。
だが、地理的に通商や国家間の行き来でさえも通らぬ場所にあり、
下手に手を出せば隣国を刺激しかねない。
単純にどんな危険があるか判らないなどの理由から、
手を出すことを禁じてきた歴史があった。
だがその施設には研究用に、大量の貴金属や魔金属などが眠る公算が高く。
それを売れば採掘の元手を稼げるだろうという皮算用がなされた。

危険はあるが決断の時でもあり、王と家臣は調査隊を編成した。
結果は散々であった。突如として現れた猛吹雪に会い、
隊は多数の行方不明者を出しながらも辛くも逃げ帰った。
中には吹雪の中で声を聞き巨大な影を見たという証言もあったが、
この時は疲れからくる幻聴やパニックによる幻覚であろう。
そんな風に憐憫の眼差しを送られた生還者たちであったが、
第二次調査隊も同様の結果に終わり、同じ様な証言が上げられると話は変わった。

第三次調査隊、今度はしっかりと吹雪に遭遇する前提で対策を取りその調査は実行された。
隊長の位置が判るように魔導タグと追跡用の魔法石を隊の皆に配り、
吹雪による視界や体温低下、雪による移動力の低下を、
同伴した魔導士達の補助魔法によって一時的に防ぎ、
待ち構えた吹雪を雪中と思えぬ速度で一気に突っ切るという荒業、
それにて一気に目標の施設まで行く算段であった。
隊長の護衛役である副長は無名ながら勇者であり、謎の影との戦闘にも備えた。
実際この作戦は功を奏し、彼らは三度目の正直とばかりに吹雪を抜けた。
しかし勝利を確信し、強行の疲れを休みながら癒やしていた彼らの眼前で、
吹雪がまっすぐバックして彼らを追いかけてきた事によって彼らは再び捕まった。
そして今回、初めて声の主であろうと思われたその影が凶行に及ぶ様が目撃され、
直接的な犠牲者までが出てしまった。

オジブワの王はこれ以上の自国の犠牲者を出すわけにもいかず。
雪山での実績名高い勇者の一人であるエレンに事件の解決を依頼した。

調査隊を研究施設まで送り届ける事と、
謎のブリザードモンスターの調査、可能なら無力化をという依頼であった。
彼は費用は出来高、つまり施設の方から発見されるであろう儲けの額が出てから、
其処から3割頂くという契約を結び、調査に乗り出した。

ブリザードモンスターとは謎の影の仮の名である。
吹雪と共に人間を追跡し襲ってくる謎の魔物。
そんな種族は聞いたことも無いため便宜上そう呼ばれていた。

「これで旦那方の証言が嘘でも幻でもない事が証明されましたね。
ブリモンの正体に迫る証拠が残ってるかもしれやせん。
この遺体、こちらで調査させて頂いてもよろしいですかねえ?」
「ぶ・・・ブリモン?」
「長いでしょう一々、ブリザードモンスターじゃあ。」
「え、ええ、エレンさんがそれでいいなら。それと遺体ですが。
何よりも事態の解決を優先せよと王が仰っていましたし。
調べたいというならどうぞ。」
「ありがとうございやす旦那。」
「旦那はよしてください。オウルでいいですよ。」
「まま、口癖みたいなもんでしてねオウルの旦那。
それじゃあこれからは別行動だ。こっちはこっちで調べごとがありやすんで、
調査隊の人選や準備何かはそっちでお願いしやす。」
「こちらこそよろしくお願いします。エレンさん。」

握手を求めたオウルに対しエレンは革の手袋を外さずに応じた。

「無作法で申し訳ありやせんが、仕事中は外さないそういうスタイルでしてご容赦願いやす。」
「・・・いいえ、別にマナーに五月蠅い王侯貴族という立場でもありませんし。」

2人はがっしりと握手を交わすと、仮の遺体安置所とされた天然の冷洞を後にした。


※※※


カチャカチャ ハムハフッ ゴッゴッ プハッ
クチャクチャ ムシャッ 

食べる食べる。男は冷え切った体に暖かな食事を流し込む。

「アツッ。」 「ハワワ・・・」

感覚が戻り始め、自分が口内を軽く火傷してる事に気づき思わず漏れた声。
それに輪唱するかの様に別の音が男のいる洞窟内に響いた。

「ん?」

あの何もかもが白に染まる地獄の淵で、
男は気絶し目覚めたら雪の差し込まぬ洞窟に寝かされていた。
目覚めると身体中に何かの符と葉っぱがもっさりと盛られ、ギリ―スーツの様な有様だった。
腹の上には彫り物がされた木の人形が乗っていて、何かの儀式の生贄にされた気分だ。
傍には火が焚かれ、何時の間にか暖かな食事までが置いてある。

男は何故を考える前に、熱を寄越せという体の強い訴えに逆らえず。
乗っている物をゆっくりと崩しながら這い出る。
そして最初はゆっくりと、次第に豪快に目の前の食事を嚥下し始めた。
次第に満たされる中で誰が助けてくれたのか?
この暖かな食事を用意してくれたものが近くにいるはずだ。
という当然の思考に男は至る。
凍死寸前だった体がすっかり元通り、手足や指が凍傷で壊死していないのも、
そのものが施してくれたあの儀式的な何か、そのおかげなのだろうと男は考えた。

「誰かいるのか。」

男は声を上げ辺りを見回すが、目の届くところに人影は見当たらない。
だが確かに先ほど声がしたのだ。

「フー・・・フー・・・」

突如男の近くでか細くだが音がした。口笛を吹こうとして失敗しているかのような音だ。
体を捻り周囲を見回す男の前方からその音はしていた。
男はバッと体を戻す・・・だがその視界には相変わらず何も変ったものは映らない。

(ん?)

だが男の視界の端に何かが引っかかった。先程まで食べていた具入りのスープ。
芳しい芳香を湯気と共に立てているその水面に、波紋が立って消えるところであった。
まさか体を捻った振動でスープに波風が立ったわけでもあるまい。
やはり近くに誰かがいて、そのものがあの一瞬の波を立てたに違いない。
どういうつもりでこんな事をしているのか、男は確認せねばならないと思った。

(気になってみると、何か気配の様な物は感じるのだが。)

どうやら相手はこちらに姿を見せたくはないらしい。だが近くでこっちを見ているのも確か。
男は子供の頃にやったレッドライト・グリーンライト(ダルマさんが転んだ)を思い出す。

(地元で開かずの信号と恐れられた力を見せる時が再び来ようとは。)

男は何気ない動作で食事に戻る・・・ふりをして頭を皿に近づけると見せかけ、
素早く異常に柔らかに体を捩じり、脇の下から斜め後方を見据えた。
生まれつき柔らかな体を使い、普通なら無理な角度から相手を視認する。
それが彼の強さの秘密であった。来ないと思った攻撃が思わぬタイミングで来る。
そのフェイントを織り交ぜて繰り出される彼の赤信号は、多くの違反者を生み出し皆を恐怖させた。

(居た?!)

一瞬だった、敵もさる者流石の回避であったが、それでもその体の端を一瞬目撃される事となる。
深い毛に覆われた体の端と尻尾の先、彼が目撃したものはそれだった。

(獣人種の魔物・・・こいつがブリザードモンスターか? 
だが小さいな、まだ子供のようだ。)

あの吹雪の中で彼が目撃した影、サイズこそ小さいがそれと同じものの様に彼には見えた。
隊長は殺され、彼の隊はもう全滅したのだろうか。
それとも彼と同様に何処かで生きているのだろうか。
どちらにせよ、今の自分に出来る事は回復とこの奇妙な同居人の正体を探る事だ。
男はそう考えた。そして相手がどんなつもりであれ、
すぐには自分を害するつもりが無い事は感じていた。

「ふー美味しいけど、喉が渇いたなあ。」

彼はわざとらしくそんな事を言った後、洞窟の入り口に目を向けた。
視線を戻すと案の定、目の前には何時の間にかコトリと器に入った水が置かれていた。
彼はそれをゆっくりと飲んでいく、その美味しさを堪能しつつも彼の狙いは別にあった。
スープと同じ器に入れられた水、それを傾け体の向きを微妙に調節していく事で、
彼はそれを鏡の代わりに使うことに成功した。無論あまりくっきりとは見えないが、
物陰から角の生えた小さな二足歩行の何かが、
こちらの視野を気にしながら覗いているのが判った。

(地毛だと思ったが、全身すっぽりと毛皮の様な物を着込んでいるのか。
隊長の頭を捩じった奴と同種とは思えんほど華奢だな。)

男は垂れ下がっている尻尾の生え際を見て、それが何かを着込んでいる事に気づく。
水を用意してくれたりと、言葉を理解してくれてはいるらしい、
だから男は自分の言葉に相手がどう反応するかで、相手の真意を推し測ろうとした。

「ふう、御腹いっぱいだ。しかしどうしてこんなところに自分はいるのだろう。
一体誰が何の目的で・・・あの毛むくじゃらの影が私を連れてきたのだろうが。
食事まで与えて、私を太らせてからバリバリ食べるつもりでは?」

彼自身もそれはないな・・・と思いつつ水鏡を見つめる。
反応は劇的であった。そのちっさい毛むくじゃらは全身の毛皮の様な外套をブワッと逆立てて、
小さな角の生えた頭を懸命にブンブン振り回して否定の意を表す。

「だが暖かな食事と細やかな気づかい。
そんな邪な考えでこの様なもてなしが出来るとも思えんな。
単純に善意なのだろう。体が弱ると心も弱るらしい、疑い深くなっていかんな。」

尻尾の毛を広げながらブンブン振り回し、必死にコクコク頷いてる。
どうやら本当に裏の無い善意で彼を助けてくれたらしい。

「それにしても空腹だったとはいえ、本当に美味しかった。
シェフには心から礼を言いたい。そして出来ればまた御馳走になりたいものだな。
こんな山の中であれだけの料理を作る何て、是非我が家に欲しい逸材だ。」

最後の台詞の反応は更に劇的だった。尻尾が千切れんばかりに振られ、
ガクガクと全身は痙攣し、謎の影は洞窟の奥へと疾走していった。
何かに足を引っかけたのか、何かを倒したらしき音と転んで壁に体をぶつけたらしき音が響いた。

(めっちゃ動揺してる。さらわれるとでも勘違いしたか?)

その揺れ幅の大きな心の震源が何かは彼には推し測れないが、
それでも彼の体から、得体の知れないものを相手にする固さは抜けていた。
あれが何であれ、どういうつもりであれ、敵意や害意は欠片も感じられない。

「・・・おやすみ、ごちそうさん。獣の子。」

緊張が解けると食事の影響と蓄積した疲労により、
彼の体は急速に睡眠を欲した。
聞いているかもわからないが、彼は奇妙な同居人に御休みを言うと眠りについた。

「・・・ドウイ・・・タシマシテ。」

耳元で囁くように、何処かで聞いた事のある声が聞こえた気がした。
それは吹雪の中で聞いたあの声に似ていた。


※※※


緑の草原に等間隔でドミノの様に広がる白い墓石。
教会に併設された共同墓地、その端に少女がいた。
一番端の墓石の横に、小さな土の山が出来ている。
少女は其処に国で良く取れる魚の燻製をお供えしていた。

「誰か亡くなったのかい?」
「・・・・・・」

少女の横に何時の間にか男が立っていた。
少女は男の方には見向きもしない。

「ジャーキーか、ふむ・・・察するに友達のネコさんが亡くなったのかな。」
「・・・そう、チック。寒いお外で凍えてしまったの。どうして?」
「なあに。おじさんは見える人なのさ。君の事を見て心配そうにしてるネコさんが見えたからね。」
「・・・うそ、うそよ。」
「もう歳だったのか、左足が悪かったみたいだね。あと額に特徴的な縦ブチが三つ。尻尾は・・・」
「もういいわ、凄いのねおじさん。」
「凄かないさ。おじさんはたまたまお友達に恵まれて、こういう力を授かっただけでね。」
「チック、寂しいしいっぱいいっぱい泣いちゃった。恥ずかしい所見せちゃったね。
またお供えにくるね、でも心配しないで。もう泣かないから。」
「強いね君は。」
「ううん。格好つけたいだけだわ。大好きだったチックの前で。」
「それでいいさ。自分の死でチックが駄目になってしまうとこを君は見たい?」
「そうよね。うん。ありがとうおじさん。」
「どういたしまして。」

少女は駆けていく、それを見送った男の肩には、年老いた老猫が一匹乗っていた。
その猫の頭を撫でつける細い指に、猫はグルグルと喉を鳴らしている。
もっとも男の両腕はポケットにしまわれたままで、
撫でる腕は中空の何も無い所から心霊写真の様に生えていた。
そして裏側から猫を見れば、その下半身は千切れてあまり見れたものではない。

(凍えて死んだか・・・親御さんが嘘をついたのかな。)

男は自分の腕をポケットから抜くと、猫の幽霊にかざした。
「痛かったろう。ずっとその痛みに耐えながらも自我を保つあんたの魂は気高い。
よっぽどあの子の事が心配だったんだな。だがあれはもう大丈夫だ。」

男の言っている事を理解しているのか、老猫の魂は一鳴きすると、空気に融ける様にその形を失っていった。

「ロハでお仕事とは景気が良いですな旦那。」
「あんな子供からまでお代を頂戴するのもね。待たされた暇を潰すために勝手にやったことだし。」
「あいやお耳がいてえ、待たせちまって悪かったですよ心霊探偵の旦那。」
「別にいいさ、あんたとはそれなりの付き合いだしなエレン、
さてこんな辺鄙なとこまで呼び出してどうしたい。」
「いつも通りですよ旦那、調べて欲しい事があるんでさ、これを。」

エレンは心霊探偵と呼んだ男にある巻物を渡した。

「名簿? 例のブリザードモンスターとかいう奴に関係する人のものか。」
「相変わらず耳が早え、何も説明してねえっつうのに。まあ助かりますがね。
さいです。全部知ってるもんとして話やすが、そりゃ三回の調査隊で生還した連中のリストでさ。」
「こいつらについて調べればいいのか。期限はどんくらいだ?」
「1週間後には出立の準備が整うらしいんで、それまでにお願いしたいんですが。」
「少々多いな、やれやれ暫くは寝ずに聞き取りだな。」
「待って下せえ旦那。最初に聞き取る相手はこっちが指定しやす。」

少々不機嫌そうに探偵はエレンに向き直る。

「誰だ?」
「今回の件で唯一遺体が回収できた第三次調査隊の隊長さんでさあ。」
「遺体があるのか? 現場は山中と遠いが本人の新鮮な遺体ならまあ、
まだ魂と繋がってるだろう。」

死者の魂は冥界を通り完全に転生するまで、
現世で強い縁のあるものとはへその緒の様に霊的な繋がりがあり、
力のあるものならそう言ったものを触媒に、一時的に霊魂を呼び出すことは不可能ではない。
本人の原形を保った遺体なら触媒としては十分、しかし探偵はあくまで見聞きしたり、
普通の人には触れない霊魂に触ることが出来るだけである。
彼に冥府から降霊する力はない、そちらは彼のパートナーの出番である。

「また頼むトート。」

先程は腕だけ見せていた彼のパートナーが姿を現す。
華奢で透き通るような白い肌をした、いや実際に透けている青白い女性が彼の隣に現れる。

「お久しぶりですミセス・ルアッハ。」

顔なじみらしくそのゴーストはエレンに向けて会釈をした。
彼女は死者であるため冥界へも行き来可能であり、
冥府の一丁目で転生を待つ魂を、現世へと引っ張ってくることが出来るのだ。
地縛霊や浮遊霊の様に、成仏せず死神たちの回収待ちの魂は探偵だけで聞き込みできるが、
そうでない魂に関しては聞き込みに彼女の協力が必要となる。

死者の意識はとてもフワフワしており、
余程強固に固めた怨念となるくらいの強い意志でもなければ、
基本彼らの口に戸は建てられない。
知識として知っている事なら彼らの口から聞きだすのは容易である。
こうして普通なら地元民や内部のものしか知りえない情報を短時間で大量に調べられる。
それが彼ら心霊探偵の情報収集の優れた点である。

(さてさて、隊長殿の口から飛び出す真相は鬼か蛇か。めんどい事にならないといいですがね。)

エレンは共同墓地の白い墓石の間を探偵と抜けつつ、頭の中で軽く嘆息した。


※※※


男はパチンと火にくべられた薪の弾ける音でスッと目を覚ました。
体を動かさず、目だけで周囲の状況を観察するが、
どうやらあの子は近くにいないらしく、
洞窟の入り口から外の風鳴りだけが下手くそな笛の音の様に聞こえていた。

だが横たわる地面に耳をつける様にすると、
何やら洞窟の奥の方から聞こえてくる音が彼にも聞き取れた。

カチャンカチャン パチパチ ジュジュ〜〜 ブクブク

調理器具が振られる音、火の爆ぜる音、脂が踊る音、何かが沸騰する音。
鼻腔を広げてみるとやっぱりだ。あの子が料理しているのだろう。
男はゆっくりと立ち上がると、抜き足差し足で音のなる方へ近づいていった。

聞いた事の無い鼻歌が聞こえてくる。
尻尾をフリフリ、肩はノリノリ。
鼻歌混じりに踊る様に調理をする小さな影が其処には居た。

(随分と機嫌が良いみたいだな。)

その姿を見て男は微笑ましくなってフッと軽く微笑んだ。
その小さな声が刺さったのか、ビグンと毛を逆立てるとその子は恐る恐る男の方を振り向いた。
あどけない可愛らしい少女の獣人、やっと正面から顔をまともに見る事が出来た。

(女の子だったのか・・・将来は別嬪さんになるなこりゃあ。)

小さな角の生えた顔以外の全てを毛深い外套ですっぽりと覆い、
突き出た手足と尻尾も毛むくじゃらの獣人の少女。
甲斐甲斐しく男の世話を焼いてくれた小さな影の正体がそれであった。

鳩が豆鉄砲を食ったような表情でひたすら静止する少女。
男はこの後の反応を予想して機先を制そうとしたが遅かった。

「ま・・・」 ガシャンメシャンとけたたましい音が被さって彼の声を掻き消した。

洞窟の更なる奥へと身を隠そうとしたのだろう。
少女は調理器具もスープもぶちまける慌ただしさで踵を返した。
だが慌て過ぎていたのか、彼女は自分の長い尾を踏んで思いきりすっころんだ。

「危ない!!」

そのままでは彼女は火に顔を突っ込んでしまう。
咄嗟に男は病み上がりとは思えぬ俊敏さで、
その小さな体を抱えていた。

「グゥッ・・・」
「アッ?!」

掌に無理やり皮膚をはがした様な痛みが走る。
彼の手はぶちまけたスープの上について二人分の体重を支えていた。

「フッ〜〜〜〜!!」
唸り声を上げた少女は彼の手を跳ね除け、その小さな体に見合わぬ怪力で彼を寝かしつけた。
泣きそうな顔で白く変性した彼の手のひらをじっと見ている。
ドタンバタンとその場で跳ねて回る。だが暫くそうした後、しょんぼりと尾を垂らした。

「モウナイ・・・クスリ・・・ヤケド。」
「大丈夫だったかい?」
「ダイジョバナイ・・・ソレ・・・オマエ。」
「いいさ。私は君に命を救われた。その恩に報いるためならこのくらい安いもんだよ。」
「ナイ・・・ムクイテ・・・バカオマエバカ。」

少女は全身の毛を逆立てている。怒っているらしい。
可愛らしい顔を憮然とさせ、少女は調理用に燃えている火に手を突っ込んだ。

「やめっ?!」

男は止めようとするが、ふさふさの尻尾で胸のあたりを抑えられているだけでピクリとも動けない。
そんな男の眼前で、少女は火の中から赤々とした石を摘まみ上げ、それをポイと口に入れた。
それをクチュクチュと口の中で転がすと、プッと口から吐き出した。
真っ赤に光る石が洞窟に光の線を描き、勢いよく飛び出したそれは、
洞窟の壁に当たるとそのままいい音を立てて視界の外へ飛んで行った。
恐ろしい事に地面に落ちた音はしなかった。
反射した後外まで一度もバウンドせずにすっ跳んで行ったらしい。
唖然とそれを見送る男の肩をポンポンと叩く少女。
向き直る男に少女は手のひらとンベっと舌を出して見せた。
どちらも綺麗なもので火傷など微塵もしていない。

「・・・はは・・・は。」

豆鉄砲を喰らったような顔をさせられたのは今度は男の方だった。
(そうだよなあ。彼女は魔物、あの勇者とかと渡り合える存在なんだ。)
実戦経験も無く、魔物を見たことが無い彼にとって、
自国の勇者が演習で見せた力こそが、唯一の常人の域を置き去りにしたレベルの武力であった。
目の前のあどけない少女は、それと近しいもの持っているのだろう。

「・・・ムダ・・・イタイオモイ・・・バカオマエ。」
「手厳しいなあ、でもその通りだね。馬鹿な事をしちゃったかな。」
「ムガガッ・・・バカジャナイゾ! コノバカ!!」
「ええ〜〜〜?!」

少女の理不尽な怒り処が判らず、梅干しを無理矢理喰わされた様な顔をする男。
どう二の句を継いだら良いのか判らず。取りあえず話をそらすことにした。

「ところで・・・もう姿は隠さなくていいの?」
「ヨクナイ・・・デモ・・・ハンセイ・・・オマエ・・・ソノセイデ・・・ケガシタ。」
「そっか、でも何でそこまで頑なに姿を隠すんだい?」

顔を覗き込む男に対し、少女は後ろを向き亀の様にフードを深くした。

「ハズカシイ・・・ジロジロ・・・ヨクナイ。」

どうやら顔を見られるのが恥ずかしいらしい。
それであそこまでする? 男はそんな何とも言えない顔になりながらも続ける。

「それだけ?」
「・・・ソレダケジャナイゾ・・・ホントダゾ・・・エハウィ・・・ウソツカナイ。」
「顔を見ながら言わないと説得力ないと思います。」
「・・・ホントダゾ・・・ニンゲン・・・コワガル・・・エハウィ・・・コワガル。」

(エハウィというのが彼女自身の事か、彼女達の種族の事かは判らないが、
まあ概ね納得した。彼女の様な小さい方なら兎も角、
吹雪の中で突然あの大きな影に出くわせば普通はびびる。)

「う〜〜ん、君のお父さんかな? あの大きな影は、
彼なら突然出てきたら驚くかもしれないけどね。
エハウィ・・・君の名でいいんだよね? エハウィならそんな事にはならないよ。
助けられたからっていう贔屓目抜きに、君の姿はとても可愛らしい。
君を怖がる男何ていやしないさ。」
「グルルルルル・・・ウ―――・・・」

何やら唸り声を上げている。威嚇のつもりなのかもしれないが。
尻尾が千切れそうなくらいにバッシンバッシン床を叩いており、
照れ隠しなのがバレバレだ。

「怒らないでよ。他意なんてないんだからさ。」
「シッテル・・・シャコ―ジレー・・・エハウィ・・・ダマサレナイ。」
「本当だって、君は間違いなくキュートガールだ。」
「マタ・・・コノ・・・シティーボーイメ!」

グルんと向き直るとペシペシ肩を叩きながら上目遣いで抗議する。
その可愛いふくれっ面を見ながら男は新鮮な気持ちに浸っていた。

シティボーイ・・・短い人生ながらそんな形容されたのは産まれて初めてだったからだ。
冬ともなれば、朝起きると目にするのは薄明りに反射する自分の白い吐息。
布団の誘惑を振り払い、刺すような床板の冷たさに肩を縮めながら起床し、
着替えて薄闇残った空の下、畑へ出かけ来る日も来る日も芋を掘る。
そんなマンナン芋農家の次男坊。それが彼であった。

「エハウィの住んでる場所ってこの山なのかい?」
「ソウダゾ。」
「そっか〜〜。」

確かに、この人跡未踏と言ってもいい此処らと比較すれば。
彼の実家はシティと言えるかもしれない。
何せ水車があり風車がある、牛車や馬車何てハイカラな乗り物まで完備だ。
十数キロごとに無人の野菜売り場が軒を連ね、
山三つも超えればもう芋を売る為の市があるくらいの開けっぷりである。
そんな場所に産まれた彼こそは。

(これはシティーボーイですわ・・・・・・やめよう。)

カレー味のうんことうんこ味のカレー。
言わばそのような両者の比較をしてどちらが上だの下だのと・・・
刹那の優越感の為に大切なものを犠牲にしてしまいそう。
そんな気がして男はそれ以上考えるのをやめた。

「エハウィ、どっちが都会か何て別にいいじゃないか。
何処だって住めば都だよ。君達が住んでる以上此処だって都、
つまりはシティってやつに違いないさ。」
「・・・チョウシイイゾ・・・ヤハリ・・・シティーボーイ。」

ジト目で見上げてくるエハウィ、だがフンスと満更でもない表情だ。

「・・・デモウレシイ・・・コキョウ・・・ワルクイワナイ・・・イイヤツ。」
「その台詞はそっくり返すよ。君の方が良い奴さ。」
「ガウウ・・・フツウ・・・ソウナン・・・ニンゲン・・・タスケル・・・フツウ。」
「優しいなあ君らは、稼げない奴に食わす飯はない。
そう言ってこの山の調査に放り込んだ。
うちの親にも聞かせてやり・・・あつつっ。」

火傷を忘れて無意識に動かした腕が壁面に擦れ、男は痛みに顔を顰める。
それを見てエハウィの顔がシオシオとしょぼくれる。

「ミセロ・・・ダセ。」
「・・・はい。」

男は少女の意図を察し、掌を差し出した。
その痛々しい皮膚に対し、少女は口を開くと舌を出して舐めようとした。
それに驚いた男は声を上げた。

「ちょちょちょっ?! 待った待った。汚いよ。駄目だって。」

エハウィは元々雪の様に白い肌を、更に蒼白にしてショックを受けていた。

「キ・・・キタナクナイゾ・・・キタナクナンテ・・・ゴメン・・・イヤナラヤメルゾ。」
(メッチャ凹んどる!!)
「地面に付いた砂利だらけの手を舐める何て汚いって言ったんだよ。」
「ホントカ?」
「ホントホント。」
「・・・ダイジョブ・・・エハウィタチノツバ・・・シンセイ・・・」
「マジか! 君達っていったい何なのさ?」
「ウェンディゴダゾ・・・エハウィナメル・・・バイバイキン・・・オテテキレイキレイ。」
「ホントに〜〜?」
「ウェンディゴ・・・ウソツカナイ・・・」

早くしろと言わんばかりに、少女は舌出したまま上目遣いでこちらを見てくる。
そのままにさせておくわけにもいかず。男はおっかなびっくり手を差し出した。

レロ・・・レロレロレロピチャピッチャピチャピチャレレロロ。

ぬるりとした感触と共に、火傷している手のひらの上を、
別の生き物の様にエハウィの舌が踊っている。
その小さな口から湧き出る唾液を、塗り付け沁みこませるように。

(んんん・・・これは・・・くすぐ・・・いや・・・イイ・・・キモチ・・・ああ。)

最初に感じたのはくすぐったさ、それは次第に冷え切った体で温泉に入った様に、
彼の手のひらにじんわりとした陶酔を染み込ませていく。

ピチャピチャピチャッ・・・

跳ねる舌が立てる水音、それが響く度に甘い波紋がトクトクと手のひらから体に伝わる。
男の口は何時の間にかだらしなく開き、瞳は焦点を失おうとしていた。
手のひらから伝わる感覚は、彼をだらしなく弛緩させつつも、
ある一か所に血流を集め始めていた。

(ああ・・・指・・・間・・・イイ、シャブッテ・・・ソンナ・・・スッテ。)

一心不乱に、彼の手と指を舐めしゃぶる少女の立てる音と姿は官能。
背の差もあって見下ろす姿は、今まで気づかなかったが外套の襟元が開いており、
そこから闇の中に浮かぶは少女のあるか無しかの、
なだらかですべらかな見えそうで見えぬ起伏の頂上。

レルレル・・・チュププ、チュルルゥ〜〜チュポッ・・・ピチャピチャピチャ

いけない、趣味じゃないだろ、恩人だぞ、初めてのはず。
理性、良識、義理、貞操観念。
培ってきた防波堤、それは腕から伝わる甘美な波濤に融かされ、
彼の中に白い欲望という雪を深々と積もらせる。

男は浸りながら夢想する。
外套に隠された細い腰の曲線を、あのふさふさな尻尾の生え際を。
毛深さに隠されたまだ生えていない蕾の柔らかさを。

エハウィの方ものってきたらしく。
舐め方が多彩かつ情熱的になってきた。
ぬめる舌、まとわりつく頬、吸い込む喉。
頭を振りそれらを駆使してまるで手がアレであるかのように奉仕する。
その頭部の振りが肩を揺らし腰と膝を蝶番の様に跳ねさせた。

外套は毛深さの所為で厚手に見えていたが、
その実はかなり体の線を見せる薄さとしなやかさを持っていた。
立ち姿だけではそれは知れなかった。
雌豹の様に這って腰を曲げて初めて判る事であった。

彼の脳裏に今までの光景がフラッシュバックする。
彼が今まで無意識に見る事を避けていたもの、
振られる尻尾の根本で捲れ上がる外套の縁、
その内側にちらつく薄くのった太腿の肉。
そしてきわどく見えぬそのさらに根本。

彼の本能は理解していた。
その先、さらに内側の深淵を覗いた時、
帰ってくることは出来ないのだという事を。

それでも見たいか 見たい。
それでも見るのか 見る。
引き返せ     断る。

積もり続けていた白い欲望が、
ついに頭頂から噴きだすようであった。
毛穴が開き頭がふらつく、溢れだす情動の獣が、
生存本能と言う最強の鎖さえ容易く千切る。

男は長く振り乱される髪の毛と、フード部位を下げられた外套の襟から覗く白いうなじ。
その細い首筋に肉食獣の様な視線を定め、何の躊躇もなく顔を降ろした。

匂いを嗅ぐ 深く浅く荒い呼気で、
痙攣するかの様にその暗闇と白の対比から漏れ出るものを吸い込む。
唇で激しく啄ばむ、吸い付き嘗め回し、その円周の細さを堪能する。
少女も一瞬驚いたようで舌の動きが止まるが、男の口が囁く情熱を歓喜した。

「ヌイッ! ・・・ンンン♥ ・・・ダメ・・・イイ・・・モット。
アフオオォオオォオオオオオ―――――ン♥♥」

細く高い遠吠えの様な歓声、男はそのまま少女を中心にロールし、
少女を支えにぶら下がりながら頭から外套に顔を突っ込んだ。

麗しい喉と滑らかな鎖骨を超え、その下の果実を含んだ。

ジュズ・・・チュブ、ジュゾゾゾゾゾ。アムアムアム。
下品な音を立て一心不乱に食んで吸って舐めしゃぶる。

「ンンアア♥ チッチャイゾ・・・ダメダゾ・・・あゝ嗚呼アアッ?!」

んンンンム! ンンンンゥウウウウ!!
もはや獣の様に唸るだけで男は人語を介さぬ畜生になっていた。
それで良かった、言葉など必要ない。
その口は目の前の闇に広がる、白く淡い丘を味わうためだけにあればいい。

ペロペチョペロ、ジュブブペチャ・・・
男はミミズかモグラにでもなったように、
少女の隠された外套の下を潜航していく。
口で、舌で、頬で堪能しつくした青い果実の先には、
今度は膨らみではなく小さな凹みを発見し、
其処を思う存分舌で舐め、ほじり尽す。そして一拍於いて強く吸った。
まるでその穴から何かが出てくるのを確信してるかの様に。
迷いなくひたすらに、先程よりもさらに高い、ガラスの様な音が近くで鳴った。

「ァァぁァぁアアァァァアッぁィぃィアイァ―――――ッ♥♥」

ミミズの旅はまだまだ続く、下腹と言う禍福を超えた先にあるのは、
男が夢見たパライソだ。これまでの旅で男が蒔いた種によって、
其処はすでに収穫の準備が出来た田畑の様に満ち満ちていた。
とろりと熱く男の頭頂から額、眉間、鼻を超えたあたりでそれの芳しい香り。
もはや自分がほどけてなくなるのではないかという悦楽、
男は自分の頭を少女の裂け目に埋めるかの様に、
飢えた獣、いや性欲というものの具現とでもいうべき何かとなり果てた。

垂れる、満ちる、舐める、吸う、貪る、摘まむ。
甘い蜜を啜り、狂ったように、体の境界さえ自覚できぬ酩酊で、
男は暗い旅から生還すると、何時の間にかひっぺがされていた下半身、
そこから屹立するそれが少女の腹を叩きそのまま呑み込まれていた。
背中から抱きしめる様に体位を変え、そのまま見た目通り軽い少女の体を持ち上げ、
物の様に自分のアレに打ち下ろした。
三擦り半という言葉さえ足りぬ解放に次ぐ解放。

ニュルンニュルンニュルンニュリニュリニュルルルルニュルニュル
ドブッジュポッドプッドプッジュポッジュジュポポッドプドプッ

男は入れる度、抜いていく度、壊れた蛇口の様に大量の精液を少女に吐き出していた。
キュゥという締め付けとニュルというぬめり、子宮を突くと融けて削られる様な・・・
開放感に加え喪失感さえもどこまでも甘美。やめられない止まらない。
そんな必要さえなくただこれだけをする何かに男は成った。

男は自分と言う肉と、少女の背中という肉を隔てる外套に激怒していた。
捲り揚げその芸術的な背中、その溝に犬の様に舌を這わせながら突くことも止めない。
男はあらん限り肉体を駆使して少女を喰らう。
だが、実際に貪られているのはくわえ込まれている男の方なのだ。
それはとてもあまくあまく幸せの洪水だった。


※※※


極寒の冷気が氷の粒を伴い、天から山伝いに白い煙の様に吹き降りる。
それが絶え間なく続く山肌、今此処は常人に取って生存限界点を超えた環境と言えた。
風の怒声は聴覚を奪い、踊り狂う雪の精達は旅人たちの眼を塞ぐ、
叩きつける風圧と傾いた地面が平衡感覚や地理感覚を鈍らせる。
壁一つ無い開かれた迷宮となった山間、
此処は幾人もの旅人達に神への祈りを捧げさせた場所。

だがそんな限界環境の中、地面に相当する雪がもこりもこりと盛り上がって行く、
それは畑に侵入した土竜の様でもあったが、
彼らはこんな場所にいないし何よりサイズが桁違いだ。
それは決して早くはないが、確実に粛々と移動を続けていた。

そんな謎の雪モグラ、その正体はエレンと第四次調査隊の面々であった。

「皆さん、体に異常を感じなすったら言って下せえ。」
「凄いですねエレンさん、こんな力がある何て。
こりゃ雪原や雪山で評判の勇者に成るわけだ。」
「全くですよ、耳を壁に着けりゃ上が吹雪いてるのが判りますが、
此処はポカポカと暑い位だ。防寒具や山岳での用意が丸々無駄になりそうです。」
「それにこの葉も凄いですね。空気の薄い外に比べたら、
これつけてこの雪の下歩く方が楽ですよ実際。」

エレンの能力である雪操作により、雪を持ち上げ固めて作ったトンネル、
これを使う事により、彼らは吹雪の猛威を一切被る事なく順調な登山を行うことが出来た。
雪で作ったかまくらの様にこの中は温まった空気が逃げないので、
彼らの体温でたちまち暖かくなっていた。
地面もしっかりと大地を踏みしめられるので、雪中に比べだいぶ早い移動が可能であった。
ただ唯一の難点は、遠く離れた場所まではエレンの力も及ばず、
一定以上離れるとトンネルは暖かい空気に溶け、雪の重みで崩落してしまう。
そうなると空気が入る穴が無くなり、次第に中の酸素が不足するという問題があった。

だが、エレンが持ってきた人数分の大きな葉がそれを解決した。
その葉に紐を括りつけ、皆マスクの様に口と鼻を覆っていた。
それは明緑魔界に生えるある種の広葉樹の葉で、
周囲に酸素が無くなると、急速に人が生存できる酸素濃度まで酸素を作る。
そんな都合の良い性質を持つ不思議な植物であった。
どんな仕組みかは解明されていないが、
ランプほどの鈍い灯りでも必要十分な光合成を行なうらしく。
この葉を発見後、中立や親魔界の地域での探検者は洞窟や坑道など、
酸素の供給に難がありそうな場所には、皆これを持っていくようになった。
エアーリーフと名付けられたこれは、
どこぞの狸の商会が、契約トロルとの独占販売で一儲けしているとかなんとか。

「ちょっと青臭いのが難点ですがねえ。
まあ慣れてくりゃクセになる何てかたもいらっしゃますがね。」
「明緑魔界のものと伺いましたが、魔力汚染などは大丈夫なのですか?」
「そこら辺は全然大丈夫でさあ、オウルの旦那。まあ独占してる相手が魔物ですからねえ。
反魔物領には流通してないし、ここいらじゃ知られてないのも無理ありませんがね。」

ポンポンと指で葉を叩きながらウインクするエレン、
そんな彼の足に何かがぶつかる。

「む・・・これはこれは。」

遭難者の遺骸であった、かなり古いものらしく、
その格好は今のオジブワ、アルゴンキンどちらの物とも違う。
遺体は雪のおかげで状態よく保存されていた。

「ここら辺にいるという事は、この方もブリモンの犠牲者でしょうか?」
「吹雪で遭難した可能性は高いですがね、ブリモンが絡んでるかは微妙なとこですな。
この仏さんには外傷が無さそうですしね。吹雪で獲物が凍死していくのを見守る。
そんな趣味の良い連中とも思えませんしねえ。」

エレンはお道化ているのか、脅しているのか判らないような調子で、
太古の遺体を囲んでいる皆の顔を一瞥していく。

「さあさ、思わぬ道草ですが皆さん。目的地はもうすぐです。
気を引き締め直していきやしょう。」
「判っていると思うが、相変わらず吹雪は我らを追跡中だ。
当然上には奴らもいる事だろう。襲撃に備えて逃走準備だけは各人怠るな。」

この調査隊を編成し指揮する立場のオウル、彼の言葉で全員が規律よく返事をした。
其処からは閉じられた雪のトンネルの中を無言の行軍が続く、
皆の吐息と足音だけが単調に鳴る。
周囲の雪が音を吸っているらしく、洞窟の様な反響音はない。
上の吹雪が聞こえるのは、それだけ音が大きいのと、
襲撃されてもすぐにトンネルをばらして、すり鉢状に雪を開いた後皆で逃げられるように、
雪の層が薄めの所をルートにしているためだ。
厚めの場所なら上から視認できぬようにも出来るが、
目視以外の方法で探知され、上から攻撃された場合逃げ場所が無い。
また雪の厚い個所を通ると、かなりの回り道をさせられるという事もあり、
エレンとオウルらが話し合って、このルートでの旧魔王軍の研究施設行きを敢行していた。

規則正しい行軍が時計の秒針の様にリズムを刻んでいく。
何処をどれくらい歩いたのか、全く外が見えないため、
それを理解しているのは案内人のエレンだけだ。
だがそれでも彼らは重い装備を背負い、一糸乱れず弱音を吐くこともなく付いてくる。
この国の精強な山岳兵は国の財産でもあり、内外の評判も上々である。

彼らは時折、古の凶暴な頃の姿のまま凍った魔獣や、
何に使うのかさえ判らぬ謎のオブジェを掘り当てながら、
目的の研究所への道のりを進んだ。

「いやあ凄いもんですね。世界的に有名な帝国博物館だって、
この山に眠る遺物達には見劣りするんじゃないですかね?」
「ハハハ、いっそのことブリモンの件が解決したら、
洞窟掘って観光地にでもしますか? オウルの旦那。」
「・・・いやあ難しいでしょうね。只でさえここいらはアルゴンキンが主張する領土と、
オジブワが主張する領土の重なっているホットスポットですから。
この件が無くても、おいそれと民間人を観光されられる場所ではないでしょう。」

先頭でそんな軽口を叩き合うエレンとオウルだったが、
急にエレンの足が止まる。その先には柱と何かの壁面が見える。

「どうやら着きましたぜオウルの旦那。この柱が設備の端です。」
「ではこの柱と壁伝いに移動していけば。」
「ええ、目的地にご到着でさあ。」
「上に出るのか・・・皆、壁を背にして周囲を警戒しながら移動せよ。」
「その必要はありやせんぜ、オウルの旦那。ほら、耳をすましてみてくださいよ。」

エレンの言葉に調査隊は静まり返る。
静寂の中、息をのむ音が次第に上がり始める。
音が聞こえない。地上付近まで上がってきているのにまるで無音だ。
顔を見合わせた彼らは、一拍後にエレンの方に視線を集中した。

「雪をどけやす。少し下がってて下せえ。」
天井に位置する雪に彼が手を触れる。
するとまるで砂が風に吹かれて飛んでいくように。
雪は放射状に天井伝いに広がっていき、
手を触れた場所の雪が次第に薄くなっていく。

ついにはサクッと軽い音と共に穴が空き、
其処からは雲越しとはいえ、薄い日の光が差し込んでくる。
そして顔を出した彼らは、口元のエアーリーフを外して山の香りで肺をいっぱいにした。

「吹雪が・・・遠くに。」
「此処は台風の目ってわけでさあ。」

空を見上げると、相変わらず厚い雲が空を覆っているが、
其処から吹く雪と風は彼らを一定の間隔で遠巻きにしていた。
施設を中心にまるで巨大な透明の円柱が覆っているかのよう、
彼らの眼前にそんな異様な景観を披露していた。

「これは・・・一体。」
「まあ説明はこちらで致しやす。ささ皆さんどうぞ目的地へ。」

エレンはまるでフィクションの様な景色に圧倒されている隊をしり目に、
ひょうひょうと一人先に歩き始めた。
オウルがいち早くそれに気づき後を追う。そして皆もそれに続いた。
彼らは4度目にしてついに、目的の研究所に到達したのである。

施設の中はガランとした空間で、
有機的かつ幾何学的な立体が統一感なく壁や床にあしらわれていた。
それがどのような代物なのか、見て分かるものはその場には皆無であったが、
オブジェの内の一つが淡く光を放ち、呼吸をするようにゆっくりとした明滅を繰り返していた。

「エレンさん。これは・・・一体。」
「さあてねえ、これが何なのかそれを調査するのはそちらさんの仕事ですぜ。
あっしとしては依頼の一つである、皆さんの送り届けを達成しただけですんで。」
「・・・成程、これから第二の依頼であるブリモンの退治というわけですか。
まあ非戦闘員も多い我らを引き連れていたのでは、何かと足手まといでしょうしね。
判りましたエレンさん。我々は此処で調査を開始しますので、どうかご武運を。」

調査隊は死地に赴くエレンの為に敬礼をし、彼を見送る。
だが、そんな彼らに対しエレンはいっこうにその場を動こうとしなかった。
待っても微動だにしないエレンを訝しむオウル。

「どうしました? ああ、そうか報酬は発見物の三割でしたね。
我らが価値ある何かをネコババするとお疑いですか?」
「いえいえ、そうじゃありやせん。オウルの旦那。
あっしもこの1週間、ただ待ってたわけじゃねえんですよ。
その調査結果を皆様に聞いて頂く必要がありやしてね。
何せ、もう一つの依頼達成にはそれが欠かせない話でして。」
「それはどういう・・・事でしょうか。」


※※※


どうして私は此処にいるのだろう?
どうして私は・・・・・・

男は歩いていた、見覚えのある洞窟の中を。
男は探していた。その目に焼き付いた白い・・・


――――――――――――――――――


男は正気を無くし、獣の様に盛りあい。
相手もそれを受け入れ二人で睦み合った。

寝食を忘れ、時を数えるを忘れ、自らの在り様を忘れる。
そんな爛れた喰らい合いを、何時果てる事無く重ねた。

体格では男が勝り、力では少女が圧倒的に勝る。
そんな歪な二人であったが、それはまるで定められた定理の様に、
2人の行為は滞りなく、やればやるほど深まる様に馴染んでいった。

傍らにぐったりとして汗でその肢体を彩った少女を見つけ、
男が自分と言うものを再び認識した時、遭難からどれだけの時が費やされたか、
もはや判るものは何一つ無くなっていた。
治療された凍傷の跡も、火傷したはずの掌もとうに治っていた。
体に気怠さは無く、むしろ何処からと訝しむほど、調子が涌いて出るようだった。
 
男は後ろ髪をかなり引かれたが、このままでは色々と不味い事も判っていた。
だから断腸の思いで此処を出ていくと少女に告げた。

「・・・イッチャウノカ・・・サビシイゾ・・・トッテモ。」
「また帰ってくるよ。絶対。やる事をやったらまた。」
「・・・ゲンマンダゾ・・・ウソツカナイ。」
「うん。」

男は膝を折り、少女は踵を伸ばした。
2人は同じ高さに肩を並べ、その小指を絡ませてキュッとした。
男は洞窟を後にした。洞窟の場所は少女に聞き、帰りのルートは大体理解出来た。

(一体どれくらいの時間が経っているのだろう。
我々の調査隊は失敗したのだろうな。でも国はきっと諦めないはずだ。
この調査は国の存亡がかかったものだと聞いた。
他に国の外貨を稼ぐ手段が無い以上、諦めるという選択肢はないだろう。
そして失敗した以上は、その原因を国は取り除こうと考えるはずだ。)

男は軽快に白い雪の上を歩きながら考える。
自分に取って最悪のシナリオを。

(ブリザードモンスター、エハウィ達ウェンディゴを国はそう呼んでたが、
彼女じゃない。私は彼女達の事を全て理解した訳ではないが、
それだけは断言できる。だが国はそうは思わないだろう。
より強力な勇者を雇うかして、彼女達を排除しようとするはず。
子供でさえあれだけの力を持つ彼女達が、そう後れを取るとも思えない。
だが彼女一体ならどうだろう。生態や弱点を調べるために捉えられるかもしれない。)

檻に入れられるエハウィを想像し、男の胸は張り裂けそうになった。
怯えて竦み特製の鎖に繋がれる彼女、檻を開け入ってくる武骨な腕の主達。
調査と称して四肢を繋がれ、大勢の前でその白い裸身を晒すエハウィ。
その時何が起こるか、男には手に取る様に判った。

(荒くれ達、碌に女を買う金も無く、酒を飲んで歌うのとカード位しか娯楽の無い奴ら。
その前にあの真珠や絹さえかすむ肌、その美しさをさらしたらどうなるか・・・・・・
暴発だ。秩序も理性も矜持も誇りも、吹き飛んで皆が蟻の様に群がり・・・ああ・・・駄目だ!!)

男の夢想の中で

涎を垂らし犬の様に舌を剥き、男達は乙女の柔肌を蹂躙するのだ。
周りで見ている王や学者たち、本来諌める立場にいるはずの彼らさえ、
目を血走らせ、何かの期待に満ちた目で固唾を飲んでいる有様。
前で騒ぐか後ろで凝視するか、その差でしかなくその二者が共有する背徳的な何かは。
場に歪んだ一体感を生み全てを呑み込み支配していた。

(それだけは・・・それだけは・・・急がなければ。
早く山を越え、国に帰り、自分の見聞きした事実を伝えねばならない。)

男は急いだ、飛ぶ様に、翔ける様に。
切り立った崖をカモシカの様に駆けあがり、
白い稜線を幾つも超えて超えて、
休む暇も無く、立ち止まりもせずひた走りつづけた。

日が傾いていく度に、彼の脳裏には汚らしい手と泣き叫ぶ少女の姿が浮かぶ。
その犯さざるべきものを、触れてはならない者達が蹂躙しようと舌なめずり。
沸々とマグマの様に湧き上がるものが、男の足に更なる血を通わせその速度を加速させる。

(触れるな・・・触れるな!! あれは・・・あれはお前達なんかに・・・)

もうハッキリと瞼の裏に浮かぶその像は、
手を伸ばせば触れられる様なリアリティを持って男に降りかかる。
夢想の少女、その白い肌と上を向く頭、共に美しく反り上がった背中のライン。
それが目の前の雪化粧をした峰の優美なラインと重なった。

山から吹き下ろす風の音が、男には少女のあげたか細い喘ぎに聞こえた。
もう山の稜線だけではない。雪と風と太陽、それらが織りなす山肌に出来る風紋。
その描き出す曲線と陰影、その全てが男にはかつて貪り脳に焼き付いた、
少女が闇の中で浮かび上がらせた痴態に重なる。

(そうだ・・・何故気づかなかったんだ。駄目じゃないか。
行き違いだ。行き違いになったらどうするんだ。
こうしている間にも、勇者共の魔の手が彼女に・・・
戻るんだ。急いで戻る。待てばいいんだ。
洞窟で・・・何時までも待てばいい。
そうすれば・・・いずれ調査に来た奴らと・・・
その時でいいじゃないかその時に私が出て行って全てを伝えれば解決じゃないか
そうだそうだ何も心配はいらないじゃないか洞窟にいさえすれば
全ては丸く収まり上手くいくじゃないかどうして思いつかなかったんだ。)

男は踵を返していた。洞窟から既に幾つかの峰を超えて来たにも関わらず。
その健脚に衰えは見えない。むしろ帰る事を決めてからそれは加速を始めた。
普通であれば転げ落ちる様な速度で、白い斜面を階段飛ばしの要領で跳ねて降りる。
登りも一歩一歩踏みしめるなどと欠伸の出る様なことはしない。
パルクールかロッククライミングの様に、本来であればルート足りえない場所を、
跳ねて掴んで引き上げて、それを繰り返してグイグイと踏破していく。
片手で鉄の棒を平行に移動していくような有様だが、
彼はそれを重力に逆らいながら行っていた。

(ああ汚らしい汚らしい許し難いどうしてやろうどうしてやろう
どうすればいい?あれは私のなのにこんな屈辱は無いな此れはお仕置きが必要だそうだろう?
あの子の可愛らしく象牙よりもすべやかな角を掴み
私のモノを突込んで反省させつつ口の中を消毒だ
次は顔で次は喉で次は肩だ全身を隅々まで染め直して優しく叱りつけてやろうダメダゾ
ゴメンってあの風鈴の様な声で言われたら私は顰め面を維持できるだろうかしなければならない
全てはあの子の為だから私はしなければならないまたしなければならないならない。)

男は何時の間にか到達していた。目的の洞窟に・・・
其処にはあどけない姿で愛らしい寝姿を晒す少女がいた。
投げかけられた影に反応するように耳がピクピクピンとして、
次第に瞼が上がっていく。

「・・・オカエリダゾ・・・ハヤカッタナ。」
「ああ・・・」

男の中で渦巻く狂気は、その笑顔を見ただけで全てが許され満たされた。
しかし足りない。男はそう思っていた。
常々思っていた。重ねるべき肌が足りないと思っていた。
そして不満だった。少女の柔肌を覆う外套の存在が。
あれはあんなにも広くしっかりとぴったりと彼女を覆えている。
だというのにどうだろう。自分の体の足りない事不便な事。

「ああ・・・そうか・・・」
「ン? ドウシタ・・・」
「何でもないよ。成ればいいんだ私がアレに。」
「・・・ンン? マアイイ・・・ヤクソク・・・ハタシタ。」
「うん。」
「オカエリ。」
「タダイマ。」

ヒシと少女を抱く男の手首と指、それは異常に毛深くなっていた。
16/04/15 18:25更新 / 430
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■作者メッセージ
約半年ぶりくらいですが無事投稿出来ました。
師走からリアルの忙しさやばい。
それはさておき今回は事件編、次回が解決編的な構成です。
雪の中の殺意の行方、そして吹雪と施設の謎。
エハウィと男の、そして調査団や国の行く末はいかに・・・

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